※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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Take me back.-3

 

戦争とは古来より、暗闇の中に明かりも持たずに投げ入れられるものだった。明日の太陽も拝めるかも分からない中で、敵の手によって一人、また一人と殺されていく。ある人は故郷にいる母を想い泣き叫び、ある人は何も言い残すことも無く死に、ある人は自分がしんだということに気付かぬままに現世を離れて行く。

 

 

自分が少しずつ狂って逝くのが、浦城京介にはまるで他人事のように感じられた。当初は三十機以上いたはずの仲間達が今では十機以下へと数を減らし、今も尚大量のBETAに囲まれて窮地に陥っている。周囲を山に囲まれた狭い土地に追い込まれた彼らは、飛び立てば光線級に狙い撃ちにされ、近づいた要撃級に管制ユニットを潰され、突撃級にひき潰されていた。CP(コマンド・ポスト)との通信は既に途絶え、自分達が出撃してからどれくらい時間が経過したのかすら分からない。

 

 

補給も無く、仕舞いには発狂して自らBETAの大群に突撃して自殺する衛士も出る始末。今居る場所が死に場所か、等と自嘲していられる余裕も無く、京介は近づいてきていた要撃級の前腕を避けた。それは京介の不知火の後ろにいた陽炎の胴体に命中し衛士の絶叫を響かせたが、京介はそれに構うことなく側面から36mm弾を浴びせ要撃級を抹殺する。倒された陽炎から別の機体が突撃砲や予備のマガジンを回収すると、辺り一面に乱射し始めた。明らかな無駄撃ちだ。だがその攻撃でBETAの包囲網に穴が生まれ、残っていた衛士達は次々とそこから突破しようと跳躍ユニットを噴かす。無論京介もそれに続いたが、先頭を飛んだ乱射衛士は高度を上げた途端光線級に管制ユニットを撃ち抜かれ、そのままBETAの波に飲み込まれた。続く二機は赤く気持ちの悪い多脚をした、硫黄に似た独特の臭気を放つ戦車級の大軍に組み付かれ、これも同じようにBETAの波へと飲み込まれていく。

 

 

戦車級は常に数十から数百の群体で行動している。その為発見次第適切な対応を取らなければ、衛士はその身を彼らに捧げなければならなくなる。戦術機の装甲すら噛み砕く強靭な顎を持つ戦車級は、大破或いは多数の戦車級に取りつかれて動けなくなった戦術機を衛士諸共喰(・)い(・)尽(・)す(・)。その為、戦車級は最も多くの衛士を殺したBETAと言われているが、実際間違いではないのだろうと京介は仲間だった者達の悲鳴を聞きながら、BETAの包囲網を四機の味方と共に突破した。ヘッドセットから鳴り響く断末魔をBGMに、京介は戦術マップを開き現在位置の確認を行った。既にその表記の殆どが役に立たないであろうマップを頼りにすれば、近くに第八防衛ラインが敷いてあるはずだった。そこに行けば味方はいないかもしれないが、未使用の補給コンテナくらいは有るかもしれない。他の四機と共に跳躍ユニット内の推進剤の残量を確認しつつ京介の不知火が飛行していると、彼の目は荒廃した京都の街を流すように見ていた。その耳は帝都がBETAに蹂躙されたことに憤っている衛士達の声を捉えてはいたが、さりとてそれが京介自身に何かしらの感情の変化を及ぼしたかと言えば、そうではない。彼自身にとって、既にこの戦いの意義は何なのか分からなくなっていた。何故戦い、何故生き残り、何故また戦おうとしているのか。彼自身の生存本能がそうさせているのか、或いは、何か大いなる意志によるものなのか、或いは、彼(・)女(・)の加護が自らにあるのであろうか。

 

 

「……涙?」

 

 

気がついた時、京介の頬を一筋の涙が流れ落ちた。それは一度でなく、何度も、何度も彼の頬を濡らしていく。思わず通信を切った京介は、突然操縦桿を強く握り締めたまま荒い呼吸を繰り返しだした。止め処なく溢れ出る涙の濁流は、俯く彼の強化装備を濡らしていく。肩が大きく震え、京介は嗚咽を洩らした。死(・)に(・)た(・)く(・)な(・)い(・)、結局のところ様々な人々に振り回された彼がずっと思っていたことは、単純なことだったのだ。

 

 

「っ…………死にたくねぇ……死にたくねぇよ、俺……こんな所で……ッ!」

 

 

ポツポツと言葉を紡ぐ京介に、味方の声は届かない。気付いた時には既に、目の前に50mを越すBETA------要塞級が立ち塞がっていた。鋭い先端を持つ十本の脚、尾節には触手が内蔵されていて、その先端にあるかぎ爪状の衝角の攻撃を受ければ、強酸性溶解液が分泌され戦術機程の物体でも瞬時に溶かされてしまう。BETAの中で最も巨大なそれを目の当たりにした時、京介の身体は既に反応していた。操縦桿を動かし、レバーを踏み込み、トリガーを引く。左方向にロールした不知火の突撃砲から放たれた120mmの砲弾が要塞級の胴体部に着弾するが、その爆煙を裂くように現れた触手の攻撃に彼は思わず右腕を前に出した。刹那、強い衝撃が京介の身体を揺さぶり不知火の右腕を吹き飛ばす。京介自身は衝角の直撃は免れたものの、味方の一機が攻撃の余波を避け損ね、その衛士は一瞬悲鳴のような声を上げたもののその溶解液によってドロドロに溶かされる。最も、通信を切っていた京介にその断末魔が聞こえていた訳はなかったが。

 

 

視界の向こうで味方が解かされた直後、京介の不知火は廃墟と化した家屋に背中から突っ込んでいた。衝撃で頭部に傷を負い、透明な涙の痕を血の赤が上塗りしていく。機体全体の損傷を知らせるアラームがけたたましく耳朶を打ちつける中、京介はレーダーに映る謎の光点を発見していた。脚を攻撃しようとしていた味方がまたも衝角によって溶かし殺された瞬間、遠距離からの120mm砲弾による狙撃によって要塞級の尾節が破壊される。それから続けざまに現れた見た事も無い蒼い戦術機が長刀を持ち、一撃の下にその首を背後から斬り落とした。

 

 

「あれは……何だ?」

 

 

各部に発光するパーツを持ち、脚の先端が二股になっているその特徴的な戦術機を、京介は見た事が無かった。敢えて説明するとすれば、現状その戦術機の事について知っている者は極々一部の者しかいない。だがしかしそんな事実を京介が知っているはずもなく、震える手で通信機能をオンに戻したところで、彼の意識は疲労と流血の悪魔によって暗闇の奥底へと封じ込まれていったのだった。

 

 

 

 

 

翌日、撤退先の野営地にいた京介は、半壊した不知火の前に立ち尽くしていた。強化装備を着ているものの頭には包帯が巻かれ、その目は虚ろ。目が覚めた時、彼は簡易ベッドの上で眠っている状態だった。気絶していたところを味方部隊に発見され救出されたのだと流れ作業のように怪我人を診ていた軍医は言ったが、その部隊がどの部隊かまでは教えてはくれなかった。恐らく、あの見た事もない戦術機が助けてくれたのだろう。少なくともそれくらいの事が分かる程度には、京介の意識もハッキリしていた。だがしかし、精神的疲労を蓄積させてきた京介にはそれ以上思考を前身させる気力も無く、呆然と愛機を見上げるだけ。ベッドで寝続けることも考えたが、目を閉じると浮かび上がるのだ。自分と共に戦って死んでいった衛士達の普段の顔と、最期の断末魔が。

 

 

実際、京介は仲間の死に対してはそれ程心に傷を負っている訳でもなかった。BETAと戦っている以上死ぬ可能性があるのは誰だって同じだろうし、先の戦闘でも攻撃を避けた自分の代わりにやられた衛士だっている。要はスタート位置に並んで立っている自分達の中から、死神に気に入られた者から手を引かれ、背中を叩かれ、ゴール(死)へと向かって逝くのだ。ただ問題なのは、自分が一人でいる時、眠ろうとする時、そこが少しでも暗ければ先にゴールしていった連中の顔が脳裏に浮かんでくることだった。まだ生きているのか、何時此方に来るのか、俺達は死んだのに、何故貴様はまだ生きているのか。そう囁いてくる亡者達の声が頭の中で反芻し、精神を貪っていく。絶叫しても、壁に頭をぶつけても、消えることのない怨嗟は無くなるどころか増えていくのだ。逃げ切ることなど当に諦めていた。

 

 

「浦城」

 

 

そうして一人呆然としていた京介に、一人の衛士が声を掛けた。寄せ集められた部隊の中で、彼以外に奇跡的に生還した一人の男子だ。名前も、出身も、年齢も知らないその若い衛士は、戦闘での負傷か右腕を包帯で吊っている。頭を包帯で覆っているのは京介も同じだが、腕を吊っている分彼の方が辛そうだと、心の中で何処か人事のように感じていた。

 

 

「よお。……どうしたよ、こんな所まで来て」

 

 

社交辞令に近い声色で京介が声を掛けると、若い衛士は京介の隣に並んで半壊した不知火を見上げた。その目は何処か晴れ晴れとしていて、何か重大な決心を決めてここに来たのだと京介は直感的に悟る。ただそれを自分から聞ける程京介は彼の内に入り込む気は無く、結局そのまま彼が話すまで同じように不知火を見上げる事を続けた。彼が京介に胸の内を明かしたのは、それから数分後の事だった。

 

 

「俺は、衛士を続ける」

 

 

たった一言、時間にして数秒のその言葉に、京介は衛士の顔を一瞥した。先程までの晴れやかな表情とは裏腹に、今度は覚悟を決めた男の表情をしている。それでも京介には引っ掛かるものがあって、それを特に考えぬまま真っ直ぐに吐き出していた。

 

 

「……辞めるってこと、考えてたのか」

 

 

「あんな戦いとも言えない光景を目の当たりにして、ギリギリで生き残って、それでも迷うことなく戦い続けてやるなんて判断が即決出来る奴、いると思うか?」

 

 

衛士の言葉に、京介は耳が痛くなった。死にたくない、それが自分の中で一番強い感情だった。では衛士であることを捨てようとしたか? 戦う事を止めようと考えたか? そう自問すれば、答えはノーだ。初めは国の為に戦おうと志した衛士の座、それが訳の分からぬ部隊に引っ張られ、死に掛け、日本に帰ってくれば一衛士としての訓練に励み、実戦を迎え、また死に掛けた。今自分が衛士でいるのは何の為? 答えは一つ。そんなもの俺が知る訳がない。それが京介の今の結論だった。

 

 

「いない……だろうなぁ」

 

「ここに来る途中、話を聞いたんだ。帝都の衛士養成学校の女子生徒達も防衛戦に駆り出されて、殆どが戦死したって。俺達よりも年下の子達だぞ。そんな子供達が死んで自分達が生き残っているんだ、悔しくないのかお前は」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

若い衛士は言葉を続ける。その語尾には熱が篭り始めていると、京介は素直に思った。彼は使命感に燃えているのだろう、苦境に立たされた自分が出来る事は何かという問題に対して、自分より若い子供達が戦死するという現状をダ(・)シ(・)にすることで。逃げ出したくなる自分をそうやって縛り付けることで、結局自分の寿命を意図的に削っているのだ。そう京介は口に出したくなるのを押さえて、口元を手で覆った。

 

 

「だから俺は戦い続けて見せる。死んで逝った人達の為にも、こんなところで諦めてたまるか」

 

 

「そうしたいなら、そうすれば良い」

 

 

その死んで逝った人達に日夜魘されている京介からすれば、その返事には何の感情も無い相槌以外の何物でもないつもりだった。だが自分の中の何かに酔いしれている彼にとってはそうは聞こえなかったようで、やけに気合の入った敬礼を交した後、若い衛士はその場を去って行った。また一人になった京介は大げさにため息をついてから、再び自身の不知火を見上げる。二度激戦を潜り抜けた事で多少の愛着は湧いているものの、黙って見上げていようが言葉を掛けてみようが不知火はたかが機械の集合体に過ぎない一戦術機。何を期待していたのかと京介は自嘲気味に頭を振って、踵を返した。まだ帝都ではBETAとの戦いは続いている。恐らく自分も、怪我が治り次第また前線へ送られるだろう。

 

 

「……張り切らなくても、死ぬ時は死ぬんだよ」

 

 

若い衛士の顔を思い出しながら湧き上がる怒りのような呆れのような、或いは失望にも似た感情を持て余していた京介は、道行く人々や軍人達を眺めながらただ歩いていた。両足を失い車椅子で移動する男性、血だらけの包帯姿で床に敷かれた担架に寝そべる女性衛士、茫然自失とした表情で膝を抱える子供……。皆傷ついている姿を前に、京介は嫌悪感を覚えていた。死ぬような目にあったとして、そこから生き残れたことを喜べば悲しめば良いのか。自分は生き残って喜んでいるのかいないのか、死にたいのか死にたくないのか。要塞級と対峙する前、自分は確かに泣きながら死にたくないと言った。恐らくそれは京介にとって本心だったのであろうが、彼自身はそれを本心と認めることが出来ないでいた。死んだ風に生きるのならば、いっそ死んでしまえば良い。

 

 

京介がふと背後に振り返ると、今まで自分の歩いてきた道が続いている。そこを沢山の人々が往復し、動いていた。その人々の向こうに、強化装備に身を包んだ衛士の一団が見える。京介の視線の向こうで、その衛士の一団は手を振って彼を呼び寄せた。少なくとも、京介には自分を呼んでいるように見えたのだ。そうして京介がその一団へ向けて一歩踏み出した時、その背後から一人の少女の泣き声が響く。

 

 

「……?」

 

 

再び振り返れば、入院服を着た一人の少女が地面に座り込んで号泣していた。頭に巻かれた包帯が痛々しく、近くにいた看護師が声を掛けているが聞こえていないようだった。親か友人が死んだか、或いは麻痺していた感覚が今になって戻って来たか。どちらにしてもこの惨状では一人や二人泣き出したところで気に留める人間は少ない。そう京介が逡巡して再び衛士達の居た方向へ視線を向けると、何時の間にか彼ら全員がいなくなっていた。まるで最初から誰もいなかったかのように広がる地面に、京介は何故か恐怖心を抱いた。先程まで自分が見ていたはずの衛士達は、果して本当にそこに立っていたのかと。泣き続ける少女の叫びが耳朶を打ちつけ、激しい耳鳴りを生じさせる。その声に何処か聞き覚えがある気がして、京介は耳鳴りからくる気持ちの悪さにイラつきながらも泣いている少女の下へと足を運ぶ。気になったからか黙らせたいからか自分でも判らないまま、京介は看護師に自分に任せるように言って少女の目の前に腰を下ろした。

 

 

「っ……うあああああああ……っ、ううう……!」

 

 

目の前に見知らぬ衛士が座り込んでも変わらず泣き続ける少女を前に、京介は自分の頬に手をあて片肘ついて黙って座り続ける。可憐な少女ではあると、京介は素直にそう思った。顔つきは整っているし肌色も良い、包帯が少し邪魔をしているが、泣き顔であってもその可憐さは失われていない。ただ京介にとって最も重要だったのは、その少女が京介にとって忘れられないある少女と良く似ているということだった。幼少期の最も辛い思い出となっているその少女に、彼女は見れば見るほど似ていると思ってしまう。何か声を掛けた方が良いのか、それともこのまま黙って泣き止むのを待てば良いのか。先程まで感じていたイラつきも何時の間にか無くなってしまい、自分から態々面倒臭そうな事に首を突っ込んでしまったものだと京介は自嘲した。だから周囲を見回して誰もこちらに注目していない事を確認すれば、京介は立ち上がって、その泣いている少女の腕を掴んで無理矢理立たせようとした。

 

 

「ほら、ここじゃ他の人の邪魔になる。……他所に行こう」

 

「っ、放っておいてください……」

 

「そういう訳にもいかないんだよ、ベッドに戻って燻るか、人のいないとこで全部吐き出すかするんだ」

 

明確な拒絶を受けながらも、京介は無理矢理少女の腕を引っ張って野営地から少し離れたところまで連れて行った。離れたと言っても銃を持った兵士が時折近くを巡回する場所で、周囲を見渡せば何人か人がいる。京介が手を離せば少女は再び地面に崩れ落ちて、声は上げないものの肩を震わせ涙を零し続けていた。全部吐き出せなど良くも言えたものだと自分の発言を後悔しながら、京介もまた少女の隣に並ぶように座り込む。昔の知り合いに似ているというだけで、何故ここまでしようとしたのか。自分でも判らない感情に、京介はまた自嘲するように笑ってため息をついた。そうして京介が選んだ方法は、とても褒められたものではない。

 

 

「……家族か友人でも死んだか」

 

「……え?」

 

「俺の親父は数年前に戦術機の訓練中に事故で死んだ。お袋もその後気が違って死んじまったよ。姉貴は消息不明だし、俺の仲間はみんな岩国と帝都で死んだ。知り合いなんて誰もいない、廃れた武家の跡取りが俺だ。だから君の話を聞いても話す相手なんかいないし、俺が死ねば一生の秘密だ」

 

「あ……」

 

 

そこで初めて自分から顔を上げた少女は、隣に座る衛士の顔を一瞥した。同じように頭に包帯を巻いているが、その目は酷く疲れてく(・)す(・)ん(・)で(・)いる。自分より少しばかり年上に見えるその衛士に、少女は口を開きかけ、そして閉じた。その姿に何処か、不安を感じたからであった。

 

 

「……浦城京介、俺の名前だ」

 

 

だからすぐに自分の名前を衛士が口にしても、少女はそれが何かの暗号のようなものにしか聞こえなかった。目の前にいる衛士が浦城京介という名で、男で、身寄りが無いと言っている。だがそれを信じて良いのだろうか、彼は自分を騙しているのではないだろうか。疲れた身体と頭、そして自身が経験した悲劇の所為で少女は疑心暗鬼に駆られていた。そんな彼女の心境を知ってか知らずか、京介は言葉を続ける。

 

 

「別に名前も言いたくなかったら言わなくて良い、いきなりこんな事言われて変な奴だなってのは自分でも思ってる。ただこう、何と言うか……放っておけなかったんだ、君が」

 

 

「それは……どうしてですか?」

 

 

漸く聞けた少女の言葉に、京介は僅かな安心と緊張を感じた。相手は人形ではないことを分かってはいつつも、京介は心の何処かで少女が言葉を発しないままでいることを期待してしまっていたのだ。無論彼女は言葉を発し、しかもそれは京介が放った言葉に対する疑問で、彼はそれに答えない訳にはいかない。

 

 

「似てたんだ、知り合いの子に」

 

 

だから必要最低限の言葉を選んで紡いだその言葉が、適切かどうかまで気を回す余裕は彼には無かった。言った内容は事実であったし、それ以上の理由も無い。ただ言うなれば京介にとってのそ(・)れ(・)は呪いのようなもので、彼はその事に対して十年以上悩み続けてきていた。だから目の前の少女に何かしらの手助けをすることで、贖罪をしようとしているのではないか。そんな自己満足が、余計少年の顔を曇らせる。そしてその表情の動きが少女の顔を再び曇らせた事に気付いた時には、京介は再びため息をつく選択肢しか遺されていなかった。

 

 

「……悪い、ちょっと昔を思い出してたんだ」

 

 

「いえ……。その、貴方は何処の部隊に?」

 

 

続く少女からの問い、それに関して答えるのは簡単。だから京介は、自らの体験を交えながら答えることにする。あの謎の部隊の事は隠して。

 

 

「衛士に志願して訓練して、最初に配属されたのは岩国だ。ランス隊って部隊の6番機をやってた、俺くらいの年齢の奴が殆どで……BETAとの戦闘で俺以外全員死んじまった。その後帝都まで後退した後に、生き残りの寄せ集めで組まれた部隊の2番機を務めて……これも俺と一人を残して壊滅。この後機体が用意されるか傷が治るかすれば、また寄せ集めか正規部隊に組み込まれて帝都に突撃よ」

 

「怖くは……ないのですか?」

 

「怖くない訳ないさ、三度目の正直って言うしさ。まあ二度あることは三度あるとも言うから、もしかしたら生き残るかもしれない。けどそうなるとな、俺は別の意味で怖くて仕方なくなるんだ」

 

「別の意味……?」

 

「夜になって眠ろうとして部屋の電気を消すとな、出て来るんだ、死んでいった仲間達がさ。どうしてお前はまだ生きているんだって言われているような気がして、その責めるような沢山の目が俺を真っ直ぐ睨んで逸らさないんだ。仲間が死ねば死ぬ程、暗闇の中に出て来る奴が増えていく。……それが俺には怖くて堪らないのさ」

 

 

我ながら良く口が回る、そう自嘲気味に頭を振った京介の姿は、少女に少しばかり同情の念を抱かせる。何でもないように振舞っていても、その実、彼の心には大きな闇がある。似たような経験をしたばかりの少女が、自らの抱えるその闇を京介に吐露するのに、そう時間は掛からなかった。

 

 

「まあBETAに喰われちまった奴らがそのマ(・)マ(・)の姿で出て来ないのは、嬉しいところかな。もしバラバラで出て来られちまったら、どうにも------」

 

「私はっ!」

 

「っ」

 

 

突如声を荒げた少女に驚いたものの、京介は口を閉じると少女の顔を見やった。少女は胸元をギュッと握り締めたまま、俯いて、肩を震わせ、言葉を紡いで行く。

 

 

「私は、衛士養成学校の仲間達と共に出撃して……でもみんな、BETAにやられてしまって、先生も……、それで、それで逃げた先で仲間が戦車級に囲まれて、介錯を頼まれたのに、私は……上総をっ! ……あの子を、撃てなかった……!」

 

 

「……そうか」

 

 

つい先程仲間から聞いたばかりの養成学校の生徒、その生き残りが目の前にいる。予想していなかった状況に、京介はただ短い言葉を発する事しか出来なかった。仲間を生きたままBETAに喰われたという経験は、京介にはまだない。あるのは突撃級にひき潰されるか、要撃級に叩き潰されるか、戦車級に引きずり込まれるか、光線級に撃ち抜かれるか、要塞級に------。

 

 

「クソッ!」

 

 

思わず声を荒げ、京介は苛立った様子で頭を掻き毟る。自分で思っている以上に頭が混乱している、その事実が気に入らなかった。所詮自分は二十歳にも満たない半人前、そう考えようとしても逃げ道にはならない。目の前で喰われようとしている仲間の介錯を出来ず、生きたまま喰われたところを見せられた少女を慰める言葉など、一体何処の誰が教えてくれるというのか。

 

 

「せめて、苦しまずに逝かせてあげたかった……なのに……」

 

「っ、君が悪い訳じゃない……。ただ、ただ運が悪かっただけだ」

 

「そんなの言い訳にならない!」

 

「っ言い訳を探すな! 受け止めるしかないだろう、君に出来る事は! なら俺はどうなる? 要撃級の腕を避けた所為で、後ろにいた奴が代わりに潰されて死んだ! 先に飛んで行かせた所為で、仲間が戦車級に掴まって引き摺り下ろされた! 俺の所為で死んだ奴なんてごまんといるんだぞ! 繰返すしかないんだよ、俺達は。自分が死ぬまで同じことを繰返して行くしかないんだよ! 死んだ奴は運が悪かった、そうやって……割り切るしかないじゃないか……」

 

 

気がつけばグッと強く肩を掴んでいた少女の顔が痛みに歪むのに気付いた時、突然声を荒げていたことにも気付いた京介はゆっくりとその細い肩から手を離す。自己嫌悪、それが最も今の京介に似合う言葉であっただろう。偉そうな事を言って見せても、所詮自分だって感情の一つコントロール出来ない。自分よりも若い少女に怒鳴る事しか出来なかった事を、京介は酷く恥じた。少女は京介の剣幕に圧されたのか、言われた言葉に思うところがあったのか、辛そうな顔をして後ずさっている。

 

 

「……ごめん、こんな事言うつもりじゃなかった」

 

 

口から零れた小さな謝罪、京介は立ち上がるとバツの悪そうに頭を掻いた。何とも思っていなかったはずなのに、自分の所為で仲間が死んだ事が心の中に尾を引いている事を自覚させられたのだ。他ならぬ自分の言葉で。心臓の鼓動が激しくなり、手が震える。頬を汗が伝い、噛み締められた奥歯がギリギリと嫌な音を発した。

 

 

「浦城少尉!」

 

 

そして、突如彼を呼ぶ声が響いた。二人が振り返れば、作業服に身を包んだ若い整備員が何かの書類を挟んだボードを持って京介を呼んでいた。彼は自分が呼んだ人物が合っている事を確認すると、続けざまに言葉を発する。

 

 

「招集が掛かっています! すぐに来て下さい!」

 

 

「分かった! すぐ行く! ……悪い、行かなきゃ」

 

 

返事を返した後、京介はそう言って恐る恐る少女の頭に手を伸ばした。強化装備に包まれた手が少女の頭を撫でると、京介はホッとしたような顔をしてその場を離れようとした。だが前に進もうとした手が掴まれ、京介の足が止まる。振り向けば、少女が京介の手をその両手でしっかりと掴んでいた。何かを言いたそうに、口をパクパクとさせている。仕方なく、京介は整備員に集合場所を聞いてから先に向かわせた。

 

 

「あの、名前……」

 

「名前?」

 

「篁唯依、です。浦城少尉」

 

「……分かった。じゃあな、篁」

 

 

自身の手を掴む少女の指を一つずつ外してから、京介は彼女------唯依の肩を軽く叩いた。それから本来の居場所に戻るべく、京介は走り出す。その顔は、何処か哀しそうであった。

 

 

(名前も一緒、か……こりゃあその内、本当に死ぬかもな)

 

 

独りごちた京介は、既に集っていた衛士達の集団に迎え入れられた。彼らの任務は未だ帝都にて戦闘を続けている友軍の救出及びBETAの侵攻を喰い止める事。寄せ集めの人員に寄せ集めの機体、補給もままならない状況の中で彼らは死地へと赴く。それが彼らに課せられた任務だった。

 

 

 

 

一ヶ月にも及ぶBETAとの熾烈な戦闘の末、帝都は陥落。首都は京都から東京へと移された。佐渡島にはハイヴが建設され、その後の戦いに於いて横浜にもハイヴが建設されてしまった。日本は追い込まれたものの、一年後、国連・大東亜連合によるアジア方面初の大規模反抗作戦が発動される。本州奪還作戦・明星作戦、本州をBETAから取り戻すべく行われたこの作戦に於いて、米軍はG弾と呼ばれる特殊爆弾を使用。日本の国土に重大なダメージを与えながらも、横浜ハイヴを奪還する事に成功する。この戦いを通し、何人かの衛士がその類まれな操縦技術を買われ、エース集団として帝国軍内に於いて大々的に発表された。

 

 

その集団の中に、一際若い衛士の名が連なっていた。発表された中でも下位に位置しているその衛士は特に注目を集める事もなく、表舞台に出て来ることも無い為に、その知名度は限りなく低い。だがその存在は、配属された基地司令からすれば最も誇ることの出来ない厄介者として有名となるのだった。

 

 

浦城京介、破天荒な操縦により幾つもの戦術機を破壊した男(デストロイヤー)。それが彼に付けられた渾名だった。

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