※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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Unchained/3

 

マーティカ・ビャーチェノワは考えていた。背中で両手を、更に両足も紐に縛られて地面に倒されている状況の中で。最初にイワン・ゲオルギー・レオニード・レズノフとユーリ・ミン・エゴロワが突入してきた時、彼らが兵士四名を射殺する間に本来の彼女ならば隠し持っていた銃で二人を射殺することなど容易なはずだった。だが実際には何の抵抗もすることなく自身はユーリに取り押さえられ、持っていたリボルバー・セキュリティシックスも奪われ今は浦城京介の手の中にある。

 

 

何故か。

 

 

その短い言葉が、マーティカの頭の中で繰り返し流れていく。ずっと表舞台に立つことのなかった自分が表に出されたのは、上官イェジー・サンダークの命令を受けたからだ。浦城京介の監視と可能ならば拉致すること、それが命令だった。監視対象が裏切り者の自滅によって負傷した後、彼女は京介をその場から連れ出した。だがその時点で、彼女は一つだけ命令されていないことをしていた。それは彼の様子を確認しに行った際のキス。その後すぐ麻酔薬を打ち込んで京介を無力化したマーティカだったが、その直前にクリスカのフリをして近づいた意味を、彼女自身はっきりと理解していなかった。自分と同じ遺伝子を持つクリスカ(あの女)が執心している意味を心の何処かで知りたいと思っていたのか、或いは……。と、ジッと床の一点を見つめていたマーティカの耳に、閉じられていたドアが開く音が響く。僅かに上げた視界に入り込んだのは、リコ・ヴォルフとそのジャケットを羽織っただけのクリスカと、イーニァだった。

 

 

「リコ、マーティカを見張れ。シェスチナは……ビャーチェノワの服を持ってきてやるんだ」

 

 

マーティカの頭上に銃を向けていたユーリの言葉を聞いて、すぐにマカロフを構えていたリコがユーリと入れ替わりにマーティカにその銃口を向ける。交代したユーリは半ば追い出す様にイーニァを着替えに取りに行かせてから、外の通路の監視に入った。今サンダークに銃を向けているのはイワンと京介の二人で、クリスカはその後ろでジッとジャケットを羽織って黙り込んでいる。その露になっている艶やかな肢体を視界に入れておくのが苦痛で、マーティカはソッと目を閉じた。自分と同じなはずの彼女が、どうしてもそうに見えなくて。

 

 

 

一方、成り行き上サンダークに銃を向けていた京介は、片膝をついた状態でサンダークの心臓付近に狙いを定めていた。そして孤立無援であるはずなのに降参の意志すら見せていないサンダークに、京介は疑問を感じて始めていた。それは隣に立っているイワンも同じなようで、彼は低く冷たい声をサンダークに投げつける。

 

 

「もう貴様は終わりだ、イェジー・サンダーク。諦めて降伏しろ、命までは取らない」

 

 

「それで脅しているつもりかね? レズノフ少尉。まさか私の部下の殆どが裏切り者とは驚いたが……まだ君達は私を追い詰めていない」

 

 

そうサンダークが言葉を零すと、突然パンッという空気の破裂したような銃声と共にイワンの右腕から鮮血が噴出した。短い呻き声を発した後44マグナムを取り落としたイワンが振り返ると、そこには乳房が露になっているにも関わらず38口径のリボルバーを構えているクリスカが立っていた。その目は冷たくナイフのようで、イワンはしてやられたと唇を噛み締める。右腕に痺れが広がっていく中、イワンはジャケットで隠していた腰のホルスターに手を回すと、そこに入れていたはずの銃が無くなっていた。そして次の瞬間には、クリスカはイワンの右太腿に向けて引き金を引いていた。

 

 

「っぐ……!!」

 

 

「イワン!」

 

 

そしてイワンが倒れ込んだのを見た瞬間、京介は一切の迷い無くサンダークに向けて引き金を引いていた。だが狙いは胴体ではなく、イワンが撃たれたのと同じ太腿。銃声と共に鮮血と肉片が飛び散り、サンダークは珍しく声を上げて倒れ込んだ。更に京介はそのままイワンが取り落とした44マグナムを右手で拾い上げると、それをそのまま背後のクリスカに向ける。右の狙いをクリスカに、左の狙いをサンダークに。クリスカもまた京介にその銃口を向けており、イワンは地面に倒れ込んだままでいた。マーティカを警戒していたリコは混乱した様子でマカロフの銃口を左右に動かし、外を見張っていたユーリは迷う事なくクリスカに銃口を向けている。

 

 

「こいつ、予防線を張っていやがったのかよ! イワン、無事か!」

 

「っ、ああ……何とかな……。っ、リコ、そのお前はその女だけ気にしていろ」

 

「け、けど……」

 

 

ユーリ、イワン、リコと言葉が交されていく中、京介とクリスカはただジッと銃口と視線を向け合っていた。互いを前にしているというのに、二人の間にはこれまで見せてきた愛情の欠片も見受けられない。ただ互いが互いを冷めた目で見つめ、引き金に指を掛けている。そんな京介の耳朶を打ったのは、痛みに耐えているサンダークの搾り出すような声だった。

 

 

「う、撃てるのかね……君に。例えその関係が仕組まれたものであっても、君にとって彼女は------」

 

 

「喧しい」

 

 

サンダークの声を掻き消すかのように響き渡った銃声は、その場にいた全員の耳朶を激しく打った。そして撃たれた太腿の下、脹脛の一部を吹き飛ばされたサンダークは再び声を上げて片足を抱え込んだ。それに反応してクリスカもまた引き金を引くが、放たれた銃弾は京介には命中せず、その頬に一筋の細い傷をつけただけだった。44マグナムをクリスカに向けたまま京介は立ち上がると、頬を流れる血を拭う事もせずにサンダークに向けていたセキュリティシックスをズボンの腰に差し込んだ。そして足元で苦しそうにしているイワンを一瞥すると、彼はそのまま44マグナムの銃口をクリスカの乳房の間へと押し込む。代わりにクリスカもその38口径の銃口を京介の額へと押し付けるが、京介はその事に一切の反応を示さなかった。

 

 

「ウラキさん、ダメです!」

 

 

「……分かってる、けどどうしたら良い!」

 

 

目の前に立つクリスカの姿に初めて会った時の姿を重ねながら、京介は冷静な判断を欠きつつあった。クリスカがサンダークの言うように普通の人間ではないことは、あの培養槽での光景を見せられたことで理解できた。それに彼女が今こうしてイワンを撃ち、自分にすら銃口を向けている原因が調(・)整(・)にあることも理解出来ていた。だがそれを納(・)得(・)出来てはいなかった。自分の傍に今まで居てくれた女性が忌み嫌う男の道具と成り下がってしまっていることに、京介は我慢出来ないでいる。だからこそ後先考えずに彼を撃ち、今もクリスカに銃口を向けている。もしサンダークの太腿の動脈を弾が貫通していたら、このまま数分もすれば出血多量で死ぬだろう。だがそうすると、クリスカやイーニァに必要な薬物等は一体どうすれば良いのか。無論二人に関する研究施設については京介もイワンから伝えられてはいたが、そういった知識には疎いのは認めざるを得ない。このままサンダークを見殺しにすれば、必ず良くないことが起こる。だが仮に助けたとしても、これから先、奴に牙を向いた自分達はどうなるのかという不安が残った。

 

 

やがてギリッと歯を喰いしばりながら京介が取った方法は、クリスカに突きつけていた銃口を下ろして44マグナムのシリンダーから弾を抜くことだった。甲高い音を立てながら地面に散らばる弾丸を見ながらイワンは深いため息をつき、ユーリは信じられないといった様子でディフェンダーを両手で構えなおす。リコもまた困惑した様子だったが、心の何処かで京介がそうするのではないかと思っていたのかその表情はやや笑みに近いものが浮かんでいる。

 

 

「止せ、ユーリ」

 

「けどよイワン!」

 

「良いんだ、ウラキに任せよう」

 

 

そう言われてユーリは銃口をクリスカから外すも、次の瞬間、その場にいた全身の耳朶を再び打ったのはクリスカが引き金を引く音だった。だが弾丸は発射されず、京介はただジッと額に銃を突きつけられたままクリスカの顔を見つめている。そして弾丸が不発だったことに顔色一つ変えず、クリスカは再び引き金を引いた。だがまたもカチンッという音と共にハンマーが作動し、弾丸は発射されない。五連発であるそのリボルバーにとって、三発撃った後に二発とも不発だったということは、それ以上引き金を引いても弾丸が発射されない事実を告げている。

 

 

流石に困惑の色を見せたクリスカを前に京介がとった行動は、その身体を抱き締めることだった。両腕を背中に回し、力強く、けど優しく、京介はクリスカの身体を抱き締める。そしてクリスカの腕もまたおずおずと京介の背に回されかけた時、部屋の扉が大きな音を立てながら開かれた。咄嗟にユーリが銃口を向けるも姿を現したのは両手でクリスカの服を抱えていたイーニァで、部屋中に広がっている血の臭いや自分に向けて銃口を向けられたことに、彼女は大きなショックを受けているようだった。そんなイーニァを前に、京介はクリスカの背に腕を回したまま声を掛ける。

 

 

「イーニァ、大丈夫だ。こっちにおいで」

 

「けど……」

 

「大丈夫だから、さあ」

 

「う、うん……」

 

 

右足を押さえて苦しそうにしているサンダークや腕と同じく太腿から血を流しているイワンの姿に恐怖の色を露にしながらイーニァが京介とクリスカの傍までやってくると、彼女は京介の頬からも血が垂れていることに気がついた。小さな悲鳴を上げたイーニァはすぐにクリスカの方に振り返ると、彼女に対しても何か気付いたのか小首を傾げる。

 

 

「クリスカ……へん? どうしたの?」

 

 

「……イーニァ……」

 

 

無垢な瞳に見上げられたクリスカはそれとなく京介から離れると、困惑した様子でイーニァを見つめている。イーニァに関しては普段と変わらないのだろうと判断した京介は、何か覚悟を決めた表情を浮かべると、そっとクリスカの手からリボルバーを取り上げた。意外にも、クリスカは京介に抵抗しなかった。

 

 

「イーニァ、クリスカに服を。ユーリ、イワンを頼む。リコはサンダークを」

 

「何?」

 

「傷の手当をしてやるんだ、失血死されたんじゃ堪らない」

 

 

ユーリもリコも京介の言葉に納得がいっていないようだったが、実際問題撃たれているイワンの意識が朦朧とし始めているのは傍目に見ても明らかだった為に、仕方なくユーリはイワンのズボンの裾を破いて太腿の撃たれた箇所より上で縛ってやった。それから右腕も同じようにイワンのベルトできつく縛ると、リコも同じようにサンダークに処置を施していた。だがイワンに当たったのは38口径の比較的小さめの弾丸だったのに対し、サンダークに当たったのは.357マグナム弾で場合によっては鹿すらも殺せる強力な弾丸。それを二発も同じ足に撃たれたのでは、サンダークの傷が治ったとしてもきちんと両足で歩けることが出来るかどうかというところだった。

 

 

「どうだ、リコ」

 

 

「出血が酷いけど……すぐに治療すれば大丈夫。けどそれじゃあ……」

 

 

イワンの言葉に歯切れの悪い返事をリコが返すと、ふとイワンは京介が38口径のシリンダーから弾薬を抜き取っているのを見た。三発分の空薬莢を地面に捨てて二発残っていた弾丸を装填し直すと、京介はそれを自分のこめかみに押し当てる。そして彼はサンダークの名を呼ぶと、カチンッと引き金を引いて見せた。

 

 

「おい、何してる!」

 

「賭けだ。……サンダーク、あと四発、うち二発は実弾だ。今から一発、お前に向かって撃つ。その後二発連続で俺に引いて……もし弾が出なければ最後の一発をお前に向けて撃つ」

 

「ほう……っ、一体何を賭けるというのかね?」

 

 

カチンッ! と再びハンマーが作動し、サンダークは口の端を吊り上げた。残り三回、実弾は二発、どちらにしても今から京介が二回引き金を引けば最低一発は実弾が飛び出ることになる。しかも一度不発だった弾丸は原因によっては遅れて発射されることもあり、シリンダー内に収めたままにしておくのは非常に危険だ。そんな状態で自分に向けて何度も引き金を引くという行為は、サンダークには自殺行為としか思えなかった。だが一つだけサンダークに誤算があったとすれば、それは危機的状況において自分自身が今まで抱いていた確信の中枢を忘れてしまっていたことだった。何故自分が京介に執着していたのか、その決定的な理由を。

 

 

「俺が負ける時は、俺の頭を弾がグチャグチャにした時だ。もしそうならなければ、お前の負けだ。お前が勝てばここに居る全員をお前の好きなようにして良い、どうせ俺は死んでるからな。だが俺が勝てば……俺の言うことを聞いてもらう」

 

「随分面白い賭けだが……君は私に何を望んでいるのかね」

 

「今夜ここで有ったことを全て無かったことにする。爆発事故をでっち上げ、お前とイワンの怪我の原因を誤魔化すんだ。そして俺達四人を見逃し、クリスカとイーニァが生きていく為に必要なものを全て寄越せ。薬品も、特殊蛋白も、数ヶ月は貴様らの干渉がなくとも無事で居られる分だけ」

 

「ふ……それは少し気前が良すぎるのでは------」

 

 

カチンッ……と再び引き金が引かれると、サンダークの顔がグッと強張った。対する京介の顔にも大粒の汗が流れ出しており、僅かながら息も荒くなりだしている。残り三発、実弾は二発。

 

 

「その代わり、お前がこの条件を飲むなら俺はお前の計画に全面的に協力する。なんならソ連に亡命だってして良い、何だってしてやる、何でもだ。どうだ」

 

「君は思っているのかね……っ、自分が、勝てると。何故だね?」

 

「何故かって? 忘れたのか。お前が言ったんだぞ、俺は------」

 

 

カチンッ! と三回目のハ(・)ズ(・)レ(・)が鳴り響くと、京介は大きく息を吐き出しながらその銃口をサンダークへと向けなおした。

 

 

「------死なない人間だって。お前の負けだ、サンダーク。このまま出血多量で死ぬか、俺の言った条件を飲むか。選べ」

 

 

しんと張り詰めた空気が流れる中、サンダークと京介は互いの顔をジッと睨み合っている。足元には既に殺されている四人の兵士やイワン、サンダークから流れ出た血の海が広がっていて、京介の背後でクリスカを着替えさせたイーニァが気分が悪そうに口元を押さえていた。やがて諦めたかのようにサンダークは両手を挙げてみせると、忌々しそうにイワンやユーリを一瞥してからゆっくりと口を開く。

 

 

「分かった、その条件を飲もう。忘れていたよ、君に対して命を掛けた賭け事を挑むべきじゃないことに……」

 

 

「……よし、ユーリ、頼む」

 

 

漸く僅かに空気が弛緩すると、結果を見届けたイワンの声を受けたユーリが無理矢理サンダークの身体を立たせた。イワンにはリコが付き、混乱に塗れた一夜の出来事は漸く終わりを迎えようとしている。だが去り際に、サンダークは京介に向けて言った。その残りの二発は、どちらにしろ発射されないのではないかと。それに対して京介はスイングアウトしたシリンダーを指先で弄った後に戻し、再び装填された弾丸が放てるように調整する。そしてそれを天井へ向けると、二度連続で引き金を引けば何度も不発だったのがまるで嘘のように銃声が響き渡った。

 

 

「俺の選んだ選択肢は全て正しかったっていう訳だ。……まだ文句はあるか、サンダーク」

 

「いいや、何も。君の求めているモノに関してはすぐに手配させよう、それで構わないかな」

 

「ああ。……だがもしイワン達に何か不審な事が起こってみろ、その時は貴様諸共ここにあるソ連の施設全てをぶっ潰す。何があっても弁解は聞かない、皆殺しだ。……いいな」

 

「……善処するよ」

 

 

そう言ってユーリにサンダークが連れ去られていくと、後に残ったのはリコに抱えられたイワンと未だ捕えられているマーティカ、そしてイーニァに袖を掴まれているクリスカに、背を壁に預けて座り込む京介だけになった。後には四人の物言わぬ死体が転がっているが、誰もその四人に興味を示そうとはしない。京介はズボンに差し込んでいたセキュリティシックスを取り出すと、それを雑に地面に置いた。右頬から流れる血は首を真っ赤に濡らし、着ているシャツやジャケットの一部を赤黒く染めている。

 

 

「これで良かったのか、ウラキ」

 

 

疲労困憊といった様子の京介を前にイワンはリコに支えられながら立ち上がると、彼は座り込む男にそう問うた。

 

 

「良いとか悪いとか……今は分からない。ただその……結局のところ、俺はまだアマちゃんだなって」

 

「大尉に突きつけた条件の事か? あれは現時点でお前に出来る最大限の------」

 

「違うんだよ、イワン。条件の中に入れたクリスカやイーニァに必要なモノ……あれは本当に俺が欲しかったものかって」

 

 

そう言って京介はクリスカとイーニァを一瞥すると、そのまま視線をイワンとリコへと戻した。自嘲気味に鼻を鳴らして右手で乱暴に頬の血を拭うと、一本の赤線が頬から鼻筋に掛けて引かれていく。鉄のような臭いが鼻の奥を刺激し、京介は口の端を不機嫌に歪めながら言葉を吐き捨てた。

 

 

「お前らが突入してくる前にサンダークに言われたんだ。ただ向こうが無条件に自分の事を好きになってくれたとでも思っていたのかって。それで……今回のこれだ、俺はクリスカがあ(・)の(・)中(・)に入れられているのを見て……おまけにイワンを撃った挙句に俺にまで銃口を向けてきた。それって調(・)整(・)ってやつでそうするように仕込まれたってことだろ? だったら……俺との事もそういうことじゃないかって」

 

「それは、大尉がそう明言したのか?」

 

「いや……、けどあの言い方じゃあもうそうとしか……」

 

 

最後まで言葉を続けられず、京介は両手で顔を覆って深くため息をついた。サンダークが言っていたことが本当だとして、それで自分が今まで本物だと思っていたものが真っ赤な偽物だと分かってしまった時、自分はどうすれば良いのだろうか。今までの関係を断ち切って全て捨ててしまえば良いのか、それとも……。と、京介が一人思案していると、その集中はイワンの咳払いによって邪魔された。

 

 

「兎に角、俺としては奴を捕まえるチャンスを再び得た。その事に関してはお前に感謝しよう、ウラキ。それでこれからの事だが、俺も大尉も暫くは傷を癒す事に専念しなければならない。だから……それまでの間お前達で十分話し合え。見たところ、今は俺達を殺す気は無さそうだしな」

 

「けどよ……」

 

「こっちはお前一人助ける為に態々黙っていたリコを引き入れたんだ。俺のこの有様だし……それに今回はお前の独断に乗った。だからこれくらいの事は聞いてくれ」

 

「分かったよ」

 

「その頬の傷も上手く誤魔化しておくんだぞ。……何かあればすぐに連絡する、それとそこのマーティカについてはお前に任せるぞ。じゃあな」

 

「おい……」

 

 

それだけ言ってイワンがリコに連れられて出て行ってしまうと、残された京介は地面に倒されたまま放置されているマーティカに視線を向けた。クリスカと見間違うその姿に困惑しつつ、京介はセキュリティシックスを拾い上げてゆっくりと彼女に近づいていく。するとその背中に、イーニァの震える声が投げ掛けられた。

 

 

「キョウスケ……ころしちゃうの……?」

 

 

「……いや、殺さないよイーニァ。殺せない」

 

 

疲れたような声で返事を返した後、京介はマーティカの手足を縛っていた紐を解いてやった。それから銃口を向けてゆっくりと後退し、彼女が立ち上がるのを待つ。そしてマーティカが立ち上がってその眼が向けられると、京介は黙ってドアの方を示してみせた。

 

 

「お前も自分の帰るべきところに帰るんだ。……言いたい事は分かるな」

 

「ああ」

 

「なら行け。……ほら、行けったら」

 

 

中々動こうとしなかったマーティカの背をやや乱暴に押し出してやってから彼女が廊下を駆けて去っていくのを確認し、京介は再び深いため息をついて銃をズボンに差し込んだ。そんな京介にイーニァはクリスカの袖を引っ張りながら近づいていくと、そっと彼に寄り添うように手を相手の手に伸ばす。

 

 

「キョウスケ、だいじょうぶ? いたいの?」

 

 

「ああ、そうだな……痛いよ、心がね」

 

 

誰が見ても明らかに疲れきっている笑みを浮かべてから京介はイーニァの頭をガシガシと撫でてやると、それから気まずそうに立っていたクリスカを一瞥した。彼女は培養槽から出てから服を着ただけで、その長めの銀髪は未だにしっとりと濡れている。その姿を前に京介は思うところがあったのか、視線を合わせようとはせずに声を掛けた。

 

 

「こんな死体と血で汚れた部屋じゃ休めないだろ。……今日だけ俺の部屋を貸してやるから、シャワーでも浴びなおしてベッドで休め。イーニァも、アイツと一緒に居るんだぞ」

 

「キョウスケは? いっしょにいてくれないの?」

 

「ごめんな、今は無理だ。それにクリスカも色々あって疲れてるからさ、ちゃんとイーニァが面倒見てやるんだぞ?」

 

「うん……」

 

 

良い子だ、とまた幼い少女の頭を撫でてやってから、京介はその場を離れようと足を動かした。名残惜しそうにイーニァが手を離してから黙ってクリスカの隣を通り過ぎようとすると、ふいに右手を力強く掴まれる。勿論京介にはそれが誰の手なのかは見なくとも分かっていたし、何故手を掴んできたかも分かっていた。けれど今その相手と言葉を交す気にはなれず、京介は腕に力を入れて振り払おうとする。だがそれよりも先に指同士を深く絡み合わされると、京介の胸にその相手が強くしがみ付いてきた。乾きかけた首筋の血が顔や髪に付着するのも構わずに身体を押し付けてくるクリスカを前に、京介は何を言えば良いのか迷っていた。正直に突き放せば良いのか、それとも何か言葉を交せば良いのか。結局京介が選択したのは、中途半端な対応だった。

 

 

「お前が今しなきゃいけないのは、イーニァを連れてさっさと休む事だ。俺とこんな事している場合じゃない」

 

 

「……分かってる、分かってるが……こんな状態で京介と離れたくない」

 

 

濡れた髪を指で梳きながらも、京介は何を信じれば良いのか混乱し始めていた。今目の前にいるクリスカが果して今まで自分が見てきたクリスカなのか、それともサンダークに調整されたクリスカなのか。未だ自分自身把握し切れていない現状を余計かき乱してしまうような相手の行動にどう対応するのが正解なのか、分からない。だから京介は、自分で思っていたよりも強くクリスカの身体を突き飛ばしていた。そして直後に放った言葉も、震えを無理矢理抑えた所為でより大きく響いてしまった。

 

 

「俺に信じてもらいたいんだったら! 今すぐ俺の前から失せろ! イーニァを連れて、今すぐここから出て行くんだよ、クリスカ! 行け!」

 

「っ、けど……!」

 

「行けって言ってるだろ! お前はイワンを撃って、俺も撃った! ……俺だってお前を好きでいたいんだよ、だから……!」

 

 

震える口元を手で押さえ、京介はクリスカに背を向けた。その背後ではイーニァに何事か言われたクリスカが駆け出していき、イーニァもまた、京介の背にお休みと声を掛けてその場を離れていく。そうして一人残された京介は、三度ズボンからセキュリティシックスを抜いた。そしてシリンダーから二発分の空薬莢を抜くと、再び銃口を自分のこめかみへと押し当てる。

 

 

(因果律がなんだ……死なないのが何だ……奇跡でもなけりゃ、あんな事起こる訳がない……!)

 

 

一発、二発、三発と引き金を引き続けても、京介の頭部を銃弾が貫通することは無かった。六発を超えて二周も三周もシリンダーが回転し続けても弾丸が発射されることは無く、最終的に京介は怒りに任せて銃そのものを地面へと叩きつける。そして暴発もせず大きな音を立てて血の海を滑っていくリボルバーを前に、京介はガックリと膝をついた。

 

 

「何が最善の選択だ、こうやって自殺紛いの馬鹿をするのが今の俺にとって最も善い事だとでも言うのか……!? 自覚しろとでも、受け入れろとでも言うのか、俺はぁ! 何をしても死なないと言うんなら、俺は何をすれば良いんだ! アイツらの為に、何か出来る事があるのか! ならそれは何だ!? 俺は何をすれば良い!? 誰か説明してくれよ! 俺に教えてくれ!」

 

 

奇跡でもなければ有り得ない出来事の連続を前に、京介は絶叫するしかなかった。自分を取り巻く環境の変化、身近な存在だったはずの人を突き放さなければならない辛さ、自分が普通ではないということを認めなくてはならない恐怖、それらの現状がごちゃ混ぜになって、彼を追い込んでいた。だが今回京介がとったこの愚かにも見える選択が、これから先彼が取るべき指針となっていることに、彼はまだ気付いていなかった。それを気付かせるのはクリスカでも、イーニァでも無く、彼の知っている人物の誰でもない。大きな人生の岐路に立たされているとも知らず、京介はただただ叫び続ける。獣のような絶叫はユーコンの夜空に霧散し、何も彼に与えることは無かった。

 

 

 

その後、京介達とサンダークの間に起きた事件は整備中の跳躍ユニットによる爆発事故という形で隠蔽され、それに伴ない総合評価試験は一旦の中断措置が取られることとなった。態々Su-37一機をスクラップにしてまで起された事故の被害は大きいもので、何十人にも及ぶ死傷者が生み出された。そして原因究明という無駄な遅延行為が続けられる中、日本から一機の輸送機がユーコンへとやって来る。それに乗っていたのは横浜の女狐と揶揄される香月夕呼、傍らに一人の若い衛士を連れた彼女の目的------否、彼(・)女(・)の(・)隣(・)に(・)立(・)つ(・)男(・)の目的は、浦城京介ただ一人。

 

 

白(・)銀(・)武(・)の瞳に映るは、もう何度見たかも分からぬアラスカの青空であった。

 

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