Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
ユウヤ・ブリッジスが馴染みのバーで項垂れる浦城京介を漸く見つけるのに、三日程時間を要した。Su-47墜落事件から然程時間を置かずに発生した今回の爆発事故、あまりにも不自然な状況に疑問を抱いたユウヤは京介に直接話を聞こうとしていた。それに、伝えておかなければならない事もある。ユウヤが見つけた時、京介はバーの奥のテーブル上でシリアルに牛乳をぶちまけて貪り食べていた。その右頬には大きな絆創膏が貼られており、やはりか、とユウヤに確信を抱かせる。
「キョウスケ」
「朝飯食ってんだ、後にしろ」
相変わらずの態度だったものの、話をする気はあるというその返事に、ユウヤは黙って京介の向かい側に座った。
「その怪我、どうしたんだ?」
「クリスカと喧嘩して引っ掻かれた」
それだけ言って追加のシリアルを皿に流し込むと、京介はスプーンを乱暴に突っ込んだ。びちゃびちゃになったシリアルを不味そうに喉の奥に送り込みながら、京介はユウヤを一瞥する。今までとは何か雰囲気の違うユウヤに何か思うところがあったのか、彼は皿ごと持ち上げて残っていた牛乳ごとシリアルを飲み干した。
「……で、何が聞きたいって?」
「今回の爆発事故についてだ。何か知ってるだろう、お前なら」
「買い被り過ぎだ。俺は何も知らない……いや、サンダークが右足吹き飛ばされそうになったくらいか」
「サンダーク大尉が?」
「ああ」
空いたコップに牛乳を注いでグッと煽る京介の言葉に嘘を言っているようには感じられず、ユウヤは黙って彼が牛乳を飲み干すのを待った。口元に付いた白い
「……なあユウヤ、お前が何を気にしてるかはしらないけどな、あんまりこっち側の事に首を突っ込まない方が良い」
「それは暗に何かあるって言ってる様なものだぞ」
「……ああ、あるよ。あるからこそ、お前が首突っ込んでいいもんじゃない」
そう言って京介は再びコップに牛乳を注ぎ込んだ。白く揺らめく波を再び喉の奥へと押し込んで、また紙で白いひげを拭う。その姿にユウヤは若干の苛立ちを含んだ言葉をぶつけた。
「94セカンドの事だけに集中していろって言うのか? 俺達の未来は今回の総合評価試験に懸かってる、それを中断させるような何かが起こって、その事にお前が関係しているなら教えてくれ!」
「ダメだ」
「どうしてだ! 頼む!」
「どうしてもよ」
語尾を荒げたユウヤが京介に詰め寄ると、突如その側頭部に硬い鉄のようなものが押し付けられた。見れば、リコ・ヴォルフがマカロフの銃口をユウヤに突きつけている。
「中尉から離れなさい、ブリッジス少尉。それ以上はダメよ」
「クソッ……」
悪態をつきながらユウヤが席に戻ると、リコはテーブル下でマカロフをユウヤに向けながら京介の隣に座り込む。そして懐からトカレフを取り出すと、それを京介の前に置いた。朝早い時間ということもあって店内に客は少なく、大っぴらに銃が出されても特に気に留める者は居なかった。そしていぶかしむユウヤの前で、リコは京介の耳元に唇を寄せる。
「外に数人、怪しい連中が居ます。ユーリはイワンのところにいるので、私が代わりに」
「分かった。イーニァはどうしてる?」
「ビャーチェノワ少尉のところに。マーティカの居所は分かりませんが、多分基地内の何処かに居ます」
「そうか……」
何事か小声で言葉を交しながら京介がテーブル上のトカレフを持ってジャケットを開けると、既にその内側にはショルダーホルスターに入れられたもう一つのトカレフの姿が見えた。左脇の空いているホルスターにトカレフを差し込み、京介は再びジャケットの前を閉じる。そして目の前のユウヤを一瞥すると、リコに合図して黙って立ち上がった。
「おい、京介、話はまだ……!」
「話は終わりだ。お前はこれ以上俺達に関わるな、イーダル小隊だけじゃなく……アルゴス小隊にまで面倒が起こることになるぞ」
京介に人差し指を指されたユウヤだったが、そのまま京介の腕を取って無理矢理壁にその背中を押し付けさせた。瞬間、リコが再びマカロフを構えようとしたが京介が片手で制して止めさせ、黙ってユウヤに胸倉を掴まれる。
「教えてくれキョウスケ、一体何が起こってるっていうんだ!? グアドループといい、カムチャツカといい、お前の行く先々で得体の知れない事が起こる。どうしてだ!?」
「なら逆に、どうしてお前はそこまで知りたがるんだ。もう俺とお前の間には何もないだろう」
「あるさ! ユイのことだ」
「っ……」
掴みかけたユウヤの腕を京介が放すと、ユウヤはそのまま両腕で京介の胸倉を締め上げる。
「俺達が今94セカンドを最高の状態で仕上げようとしているのは、ユイの為だ。お前に何かあったらユイが悲しむ。そんな事はさせたくないんだよ」
「……もう居ない人間だ。あの世で悲しまれたって……」
「そうじゃない! 何時か教えようと思ってたが、ユイはまだ------うっ」
白熱したユウヤが京介に何事か伝えようとした瞬間、リコがその後頭部を思い切り殴りつけた。呻き声を上げてユウヤの身体がバランスを崩すと、リコはその身体を椅子に座らせた。気を失っているユウヤの頭をそっとテーブルに載せ、京介が使っていたコップに態々牛乳を注いでやる。そうして邪魔者を排除した後、京介は息苦しそうにジャケットの胸元を手で押し広げた。
「悪い、助かった」
「いえ。それより早く移動しましょう、外にいる連中が気になります」
バーカウンターに代金を放り投げてから、京介とリコはドアの小窓から外を見た。少し離れた場所に一台のジープが止まっており、三人の人影が見える。更に後部座席の男は国連軍のC型軍装に身を包んでいる。店の中からはその後姿しか見えないが、明らかに周囲とは浮いていた。
「アイツらか?」
「ええ。ここに来る途中に脇を通りましたけど、ロシア人じゃありません。東洋人のように見えました。助手席には褐色肌の女が……あ、マナンダル少尉じゃありませんよ」
「中華系かもしくは日本人か……。何かあった時は頼むぞ」
「了解」
リコがマカロフをジャケットのポケットに隠してから、京介はゆっくりとドアを開けて外へと飛び出した。それと同時にジープのエンジンが掛かり、突然その車両が方向転換して走り出す。向かう先は京介とリコの方向であり、一度だけ目配せした二人は何時でも銃が抜けるように準備した。ジープはそのままゆっくりと京介とリコに近づき、やがてその隣を通り過ぎようとする。だが一瞬にしてジープのブレーキ音がけたたましく鳴り響くと、その場に居た全員が動いた。助手席に座っていた褐色肌の女が38口径のリボルバーをリコに向け、リコはマカロフを運転席の男に、後部座席に座っていた男はワルサーP99を京介に向け、京介は二挺のトカレフを褐色肌の女と後部座席の男にそれぞれ向ける。
「朝っぱらから血が見たいのか、お前らは」
「そちらが抜く素振りを見せなければこちらも抜かなかった。銃を下ろせ」
後部座席の男はそう言うと、P99を持っていた手を軽く上げてそのまま銃を下へと落とした。シート下へと落ちていく拳銃を前に京介とリコは目配せすると、次にリコがマカロフの銃口を下げる。それから褐色肌の女がリボルバーを懐に収めると、最後に京介もまたトカレフをホルスターへと戻した。後部座席の男はサングラスをしていて顔が分からないが、京介からしてみれば同じ日本人のような印象を受けた。運転席の男は明らかに米軍の人間だが、助手席にいる褐色肌の女もサングラスをしていて顔までは分からない。だが何故だか京介には、その女に懐かしさのようなものを感じていた。
「……それで、態々朝っぱらからジープで寄り付ける程の用ってのは何なんだ?」
後部座席の男の階級章が少佐である事を確認しつつも、京介は不機嫌そうな態度を崩さずに問い掛けた。その京介の態度に腹を立てる様子も無く、サングラスの少佐は本題を切り出す。
「貴方が関わっている日本帝国へのソ連製戦術機導入計画について話がしたい。同時にXFJ計画についても。ブリッジス少尉は? 先程店内に入って行くのを見たが」
「中で寝てるよ。それより、チェルミナートルについての相談だったら技術廠やら何やらに途中経過を記したレポートを送っておいたはずだ。それを見た方が早い」
「あれは正確なものじゃない。それは貴方が一番良く分かっているはずだ、浦城中尉」
少佐の言葉に舌打ちを合わせた後、京介はリコに先に戻っているように伝えた。勿論彼女は拒否しようとしたが、京介はそれを宥めて先に基地へと帰らせる。イワンにはこの事を伝えないように念を押して。そしてそれからリコが離れていったのを確認してから、京介はジープに乗っている連中に振り返った。
「……で、何が聞きたいって?」
ユウヤ・ブリッジスが目を覚ました時、状況は一変していた。京介を追って訪れたバーとは全く違う内装の店、すぐ隣には何故かその京介が座っていて、テーブルを挟んだ向かい側には見知らぬ男女が座っている。片方は褐色肌をしたタリサのような小柄な女で、国連軍のジャケットを羽織っているが、その肩にはその所属を示すワッペンが付けられていた。
(ALTERNATIVEⅣ……DEPARTED……ディパーテッド? 頭蓋骨が強化装備付けてやがる……)
左側を向いた頭蓋骨、それには強化装備と思われる装備が付けられており、周囲を囲う円には十二発の弾丸がグルリと並べられている。ディパーテッド、初めて聞くその部隊名にユウヤが首を傾げていると、隣に座っていた京介が本題を切り出した。
「……それで、俺と
「正確には94セカンドのフェイズ2と、Su-37に関する浦城中尉の報告書についてだが」
少佐の階級章をつけたサングラスの男がそう口を開いた時、ユウヤが最初に抱いたのは若いという率直な印象だった。サングラスで顔全体は分からないものの、その声色は明らかに若い。少佐という高い階級と照らし合わせてもだ。京介がどう思っているかは分からないが、少なくともその事実がユウヤに不信感を抱かせるには十分な材料となる。そしてそんなユウヤの心情を知ってか知らずか、少佐は再び二人に対して口を開く。
「そういえば、まだ自己紹介をしていなかったか。……私は国連太平洋方面第11軍・横浜基地で運用されている
「ヨコハマ? 日本から態々このアラスカにまで来た……という訳ですか」
聞きなれない土地の名を耳にしたユウヤは思わずそう声を発したが、白銀と名乗ったその男は静かに頷いてみせる。そして隣に座る褐色肌の女を一瞥した後、再び口を開いた。
「隣にいる彼女についての紹介は割愛させてもらう、時間が惜しい。……今回我々がここにやって来たのは他でもない、XFJ計画によって生み出された94セカンド。それがどの程度まで使えるのか確かめる為だ。それにソ連機導入計画がどう関わってくるかは、言わなくても分かるだろう」
「どの程度? それはユ……タカムラ中尉や俺達が今まで報告したもので------」
「勿論全て目は通してきた。その上で、私は自分の目で94セカンドがどれ程のものかを確かめたい」
自分の目で、その白銀の言葉を聞いた時にユウヤの脳裏に浮かび上がったのは、かつてこの地を訪れた一人の女の姿だった。上からの物言い、乱暴な態度、そして当時死んだと思われていた京介の姉。目の前にいるこいつも同じなのか、と心の何処かでそう思ってしまったユウヤの心情を感じ取ったのか、白銀は口元に柔らかい笑みを浮かべてみせる。
「そう心配しなくて良い。現状アルゴス試験小隊から欲しいのはフェイズ2の詳細なデータと証言だ」
「え?」
「フェイズ3なんて言う使い道の無いものはハナからどうでも良い。確かに機体としては優れているようだが、今その機体は必要とされていない。それに……化けの皮が剥がれる前に仕事を終わらせたいからね」
白銀から放たれた不穏な言葉に、最初に反応したのはユウヤではなく京介だった。両腕を組んで上体を背もたれに預けたままという上官に対してするべきでは無い態度のまま、彼は白銀に言葉を投げ掛ける。
「確かに94セカンドのフェイズ3はほぼ一品物みたいなものだが……化けの皮ってのはどういうことです? こいつらが、アルゴス小隊の連中が何か不正でも犯したとでも?」
「キョウスケ……」
「いや、アルゴス小隊のメンバーは全員白だ。ただ一人、どす黒い男がいる」
白銀はそう言うと、気怠そうにため息をついて見せた。
「フランク・ハイネマン、彼の所為でXFJ計画は終わる。94セカンドのフェイズ3には、YF-23……ブラック・ウィドウに使われていた技術が使用されている。つまり……米国側の技術が流出したという訳だ」
「な……!?」
白銀の言葉に、ユウヤは絶句した。YF-23は米国の
「まさか……」
「そう、疑惑を抱かれた時点で計画の再開は有り得ない。君を始めとするアルゴス小隊のメンバーは捕えられ尋問されるだろうし、折角の94セカンドも歴史の闇に消える。だが幸いな事に、まだ上の連中はこの事に気付いていない」
「っ、どうしてアンタがそんな事を知っているんだ!? 何者なんだ、アンタは!」
思わず声を荒げて立ち上がったユウヤを、京介は無理矢理首根っこを掴んで席に座らせた。彼もまた、白銀の言葉に怪訝そうな表情を浮かべている。
「フェイズ3はあくまでソ連メーカーに対する牽制で日本帝国が正式採用する予定は無い……とは聞いてはいたが、その為だけにここまでの事をやる理由は何なんだ」
「それはハイネマン自身に聞いてみなければね。……ただこちらとしてもXFJ計画が凍結され94セカンドへの道が断たれるのは本望ではない。さっきも言った通り、君達の持っている94セカンドに関する全てのデータが欲しい。そうすれば、少なくとも計画の凍結だけは避けられるように出来る」
「どうして日本の一地方のいる佐官殿がそんな大層な事が出来るのか、是非お聞きしたいが……」
「色々人には言えないような仕事をしている。ロバート・ギリアム・イェーガー……この名前を出せば、浦城中尉ならすぐに理解してもらえると思う」
白銀の口から零れ落ちたある男の名を聞いた時、京介は無意識の内に懐のトカレフに手を伸ばしていた。だがそれとほぼ同じタイミングで褐色肌の女も懐に手を入れており、奇妙な沈黙が四人の間に訪れる。やや腰を椅子から浮かした体勢の京介は既に左手でトカレフのグリップを握っており、ハンマーに指を掛けていた。安全装置の無いトカレフはチャンバーに弾丸が装填され、更にハンマーが起きていれば引き金を引けば何時でも撃てるようになっている。暴発の危険性もあるが、それよりも実用性を取った為だ。親指を動かせば、何時でもハンマーを起こせる。そうすれば後は引き金を引くだけで目の前の男を殺せるだろう。京介の周りでロバートの存在を知っている者は------正確には生きている中で------イワンを除いていない。そして京介にとってロバートは得体の知れない敵そのものであり、彼の事を知っている白銀もまた警戒すべき相手となる。
「それにブリッジス少尉も、かつてここに来た女を一人知っているはずだ。弐型を自分の部隊で運用したいという日本人を」
「まさか」
「ナツキ・ウラキ」
またも白銀の口から零れ落ちた女の名前を聞いた瞬間、もう京介は自分の感情を止めるようなことはしなかった。握っていたトカレフをホルスターから引き抜いて、白銀に向けるはずだったその銃口をユウヤの側頭部に向けている。銀色に輝くその銃身が白銀のサングラスのレンズに反射し、ユウヤは思わず息を呑んだ。
「……どういう事だ? 何故今、姉さんの名前が出て来る」
「キョウスケ、落ち着け」
「どういう事だって聞いてるんだ、ユウヤ。姉さんがここに来たのか? 何時だ?」
銃口をこめかみに押し付けられた状態で、ユウヤはテーブルの上に両手を置いて抵抗しない意志表示をしながら口を開く。冷汗がドッと噴出し、乾きかけた喉から出て来る声は僅かに震えていた。
「カムチャツカでの戦いが終わって、ここに帰って来てからすぐだ。部下三人を引き連れて、お前を殺した無能だってユイを打った。その後F-15Eを使って俺と戦って……そのまま帰ったんだ」
「どうして俺に言わなかった!」
「言える訳ないだろう! あの時みんなお前は死んだと思っていたのに、急に生きてるなんて話が出て来て……おまけにお前が帰って来た時にはユイが撃たれて、お前もソ連側に行くだなんて話になってそれどころじゃなかった!」
「クソッ! ……白銀少佐、アンタは俺の敵か? 味方か? ロバートについて何を知っている? 姉さんについてもだ!」
悪態をつきながらユウヤから銃口を外した後、京介はそのまま白銀へと銃口を向けた。褐色肌の女が懐から38口径を取り出したが、それを白銀は片手を上げて制止する。
「その二人についての話は今するべきじゃない。その話は、ブリッジス少尉との話が終了してからだ」
「俺にとってはどうでも良い! 答えろ!」
立ち上がり両手でしっかりとグリップを握る京介に狙いを定められながらも、白銀は慌てる様子も無く片手を上げたまま止まっている。だが京介がてこでも動かない事を理解すると、やれやれと言った様子で自身もまた懐からワルサーP99を取り出して京介に突きつけた。
「おい、馬鹿------」
ユウヤが咄嗟に京介のジャケットを引っ張るよりも早く、京介と白銀は互いに引き金を引いていた。だが互いの銃がその弾丸を吐き出す事は無く、ただカチンという不発の音が響くだけ。だがそれだけで、京介はハッとした表情で白銀の顔を見た。
「そうだ、浦城中尉。この行動が俺達にとって最も善い選択だったんだ」
白銀はそう言いながらP99からマガジンを落とし、スライドを引いてチャンバーから弾丸を取り出すと、それをテーブル上に並べて両手を広げて見せる。それから何かを理解した京介もまた同じようにトカレフからマガジンや弾丸を取り出すと、それをテーブル上に置いた。そしてもう一つのホルスターに入っていたトカレフも同じようにすると、後は黙って席に座り込んだ。
「……これ以上俺はもう何も言わねえ。そっちで好きに話してくれ」
「ありがとう。……ではブリッジス少尉、XFJ計画存続の為の取引について------」
白銀がユウヤに再び話題を振ったところで、京介は席を立った。遠くには行かないという意思表示を兼ねて肩を竦めて見せる彼に白銀は黙って頷き、京介は店------テロ事件後に経営者が引っ越した空き店舗だが------の一番奥のテーブルへと腰を据える。すると白銀の隣に座っていたはずの褐色肌の女もまた席を離れており、彼女は京介の向かい側のテーブルにその腰を下ろした。小柄だがタリサ・マナンダルよりも大きい体躯をした彼女のその雰囲気を、何故だか京介は過去に見た事があるような気がしていた。
「しっかし、少佐も意地が悪いねぇ」
「……あ?」
ふいに目の前の女が零した言葉に、京介は眉を顰める。
「ここで一時的に米軍の目を逃れられても、結局は捕まるのさ」
「何?」
「こっちの目的はさ、ハイネマンとその背後にあるボーニングを揺すって必要なパーツを得る事なの。要は94セカンド……えっと……不知火・弐型を運用する為のね。だからそれを手に入れるまでにXFJ計画が潰れてもらっちゃ困るのよ」
口の端を吊り上げながら白銀とユウヤが言葉を交している姿をサングラス越しに眺めているその女の声に、京介は更に眉を顰める。
「つまり、今ユウヤとあの少佐が話している取引は結局は時間の無駄って事になるのか?」
「そうなるかもね」
「馬鹿馬鹿しい。だったら何の為にこんな茶番を起す必要がある?」
京介のその言葉に、褐色肌の女は何時の間にか取り出していた38口径のシリンダーを覗き込みながら答える。その口から放たれた言葉の羅列もまた、京介には聞き覚えのあるものだった。
「国連軍第4特殊戦術機甲連隊……つまりあの黒目玉のロバート達に対抗する為さ。黒色槍騎兵団……アンタの姉さんが率いているあの部隊を筆頭に、連中はどうしようもなく整った部隊を所有してる。それに対抗しようとするなら、生半可な戦術機じゃ相手にならないんだ。アンタ、連中が導入しようとしている機体が何か知ってるか?」
「いや……F-22でも運用しようってのか?」
「大当たり。既に分かっているだけでも二個中隊分のF-22が何処かへと
「……必要なものさえ手に入れば、その後はどうなろうと知ったこっちゃないってか?」
「怒ったかい? 無理もないね」
褐色肌の女は手の中でシリンダーから取り出した弾丸を弄っていたが、やがてそれを元に戻すと一つ大きな欠伸をした。
「で、アタシはアタシでアンタに用があるんだよね」
「何?」
女はサングラスを僅かにずらすと、その蒼い瞳で京介の視線を射止めた。知っている、京介は心の中でそう思った。俺は目の前のこの女を知っている。動揺し始めている京介の前で、褐色肌の女はそのサングラスを外してみせた。整った顔つきだが、よく見れば小さな傷が幾つも刻まれている。顔以外にも、首周りや手にも同様の傷が複数刻まれていた。彼女はサングラスのフレームを折りたたんでシャツの胸元に引っ掛けると、屈託の無い笑みを浮かべて京介の脳みそから記憶を引きずり出す単語を言い放つ。それは彼の中に微かに残っていた、唯一の言葉だった。
「久しぶりだな、
バンッと力強く両手を合わせた彼女------ニキータの姿と声に、京介は一瞬完全に虚を突かれて呆然としていた。だがすぐに彼の脳みそが彼女に関する僅かに残っていた情報を引っ張り出すと、京介は驚きに表情を移行させて声を上げる。かつて自分がまだ何者だったかを思い出せずにロバートの下で戦わされていた時、自分と共に戦っていた大東亜連合の衛士。それが彼女だ。
「ニキータ・キースって……お前だったのか!? 生きてたんだな、お前!」
「さっさと気付いて欲しかったのにさぁ、お前全っ然気付かないんだもん! ずーっと険しい顔しちゃってさ、全く」
まさかの再会に京介が混乱していると、それを察したのかニキータは白銀の方を一瞥し、まだ話が終わらないのを確認してからその唇を京介の耳元に寄せた。白銀の肩の向こう、ユウヤの視線が僅かながら騒いでしまった自分達に向けられていたからだ。
「んん……あの基地での戦いの後に、アタシとアンタは浦城夏希の手で連れ出されたのは覚えてるよな? その後アンタはこのアラスカに戻されたけど、アタシはそこから態々日本にまで運び込まれたんだよ。傷も完治してなかったのに。まさか短い間の相棒の肉親にそんな目に合わされるなんて思っても見なかったけど……まあそこは良いや。それでアタシはその後白銀少佐に拾われて横浜基地に身柄を移されたんだ」
「あの男に? 一体何者なんだ?」
「それはこれから分かるよ。アタシも少佐から最初に
理解し難いニキータの言葉に京介が怪訝そうな表情を浮かべると、ニキータは大丈夫だと言ってその背をバンッと叩いた。かつて同じように叩かれた記憶が思い起こされ、何とも言い難い不思議な感覚が京介の脳裏を突き抜ける。そしてその視線が謎の男・白銀と言葉を交しているユウヤの姿を捉えると、京介はその賢明な姿を前に一抹の不安が過ぎった。ニキータの言葉通りであれば、あの二人の間にある取引は一時的なものでしかない。必要なモノさえ手に入れば、そこから先XFJ計画が、アルゴス小隊がどうなるか分からない。そもそもYF-23の流出した技術が不知火・弐型フェイズ3に使われているという話も真実かどうか、京介には確かめる術はないのだから。
少佐の階級章を付けたC型軍装の背中を前に、京介は自分の取った選択が正しかったのかどうか悩むしか出来なかった。