※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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Unchained/5

 

ユウヤと白銀の取引と言う名の話し合いが始まって十数分が経過し、京介は再会するとは思っていなかったニキータとの間でロバート指揮下にあった基地を脱してからの話に花を咲かせていた。無論白銀の正体や考えといった部分に不信感はあったものの、ユウヤとの話が終われば次に奴と話をするのは自分だと割り切っている。合間合間にそれなりに上達したはずだから聞けと言うニキータの日本語に適当なアドバイスを送りつつ、話し合いの様子を観察していた京介は、ふと店の出入り口の方へと視線を向けた。それは勿論何の気無しに行った事であり、監視を気にしようだとかそういった意志は全く無かった。だがドアの陰に一瞬人影のようなものが見えた瞬間からの、京介の行動は素早かった。

 

 

「……? お、おい、急にどうしたんだよ。おい?」

 

 

ズカズカと白銀とユウヤのいるテーブルにまで近づいてから、自分で弾を抜いたトカレフを拾い上げると、京介はチャンバーに直接弾丸を装填してからマガジンを差し込む。そしてハンマーにそれぞれ親指を掛けながら構えると、京介は険しい雰囲気になっている白銀に小さく言葉を投げ掛けた。向かい側に座っているユウヤは、困惑した様子でいる。

 

 

「誰か覗いているぞ。……なあ白銀少佐よ、最初に案内させたあの米軍の運転手……使って良い人間だったのか?」

 

 

その言葉を聞いて小さく舌打ちした白銀もまたテーブル上に置いていたP99にマガジンを戻すと、既に38口径を抜いていたニキータがやって来てすぐにユウヤの首根っこを掴んで無理矢理店の奥へと引き摺って行く。素人じゃない、とニキータの手を振りほどこうとしたユウヤだったが、余計な事はするなとニキータに一方的に告げられてからは黙って奥へと消えていった。

 

 

「DIAが人を送り込んできたなら不味い。だが、ここで捕まる訳にもいかないな。夕呼さんにも手を回されているかも……チッ」

 

「夕呼ってのがアンタの上司か。そいつもここに?」

 

「横浜基地の副司令だ。オルタネイティヴ4……人類がBETAに勝利する為に最も必要な鍵を握る人でもある」

 

「オルタネイティヴ……嫌いな言葉だよ、それ」

 

 

京介と白銀は互いに銃を構えながら、ドアの方へとゆっくりと進んでいた。店内に窓は少なく、出入り口のドア以外に侵入出来る場所は少ない。途中白銀が店内の電気を落とし店内を真っ暗にすると、京介はドアの蝶番側の壁へと背中を預けた。白銀はそこから少し離れたテーブルをゆっくりと倒して障害物にし、そこに身を隠している。ドアの傍に隠れてはみたものの、その外側では誰かが動いているような気配はしなかった。

 

 

(確かに日本から来た得体の知れない軍人が自国のエリート衛士と同郷の人間を潰れた店まで連れてくれば、上に報告するだろうな。……これもワザと? それとも抜けているだけ? どっちにしろ、嫌な予感が------)

 

 

そんな中、京介が内心白銀のミスについて考えていると、いきなり小さな鉄の玉の集団がドアの蝶番を吹き飛ばした。散弾銃だと京介が気付いた時には既にドアそのものが軋むような音を立てて店内へと倒れ込み、それを踏みつけるようにして黒いスーツ姿の男が突入してきた。京介のすぐ隣を通り過ぎたその男は手にシグザウエルのP229を握り締め、店内に銃口を向けて何事か早口で捲くし立てている。向こうが最初からや(・)る(・)気(・)だとと判断した京介は、その男の背中に向けて引き金を引いた。トカレフの弾丸は通常のライフル弾と同じように薬莢の先が酒瓶のようにすぼんでいるボトルネックカートリッジとなっていて、弾速が速く貫通力に優れている。よって通常一般的な9mmや45口径の銃弾の防ぐ事が出来るボディアーマーを着用していたとしても、トカレフ弾はそれを容易に貫通するのだ。

 

 

スーツの上着が若干膨れていたその男も恐らくボディアーマーを着用していたのであろうが、胴体を貫通した事を示す三つの弾痕が開いたスーツに血を滲ませながら前のめりになって倒れ込んだ。その後ドアの有った部分から銃を構えた腕がニュッと伸びると、左手のトカレフを構えていた京介は、その左腕の下に右手首を置いて右手のトカレフの引き金を引く。放たれた銃弾は伸びた腕の手首を貫通し、腕の持ち主であろう男が悲鳴を上げて持っていた銃を取り落とした。そのまま両手を前に突き出した京介は壁から離れると、ドアの向こうに向けて乱射しながら後ろへ下がって行く。壁を貫通したトカレフ弾に撃たれたのであろう男が外れたドアの下辺りに顔を叩きつけ、逆にその方向から多数の銃弾が店内に向けて撃ち込まれて来た。

 

 

「下がれ!」

 

 

背後から投げつけられた白銀の言葉に京介はすぐに身を屈めて反応すると、その間にテーブルの陰から身を乗り出した白銀が構えたP99の引き金を引いて出入り口に対して牽制射撃を行い始めた。その隙に京介は身を屈めたまま白銀の傍まで移動しようとすると、同じタイミングで出入り口周辺の壁を削り飛ばし、歪な合唱を響かせながら大量のライフル弾が撃ち込まれる。壁の一部であるコンクリート片や砕け散った木製の椅子、ソファーから吹き上がった千切れたクッション等が空中に舞い上がる中、京介は地面を這うようにして白銀の隠れているテーブルへと転がり込んだ。出入り口に対してテーブルは斜めに配置されていて、飛び込んでくる弾丸は兆弾でもしない限り木製のそれを傷つけることはない。

 

 

「おい! 連中、最初からこっちを殺す気だぞ!」

 

 

銃声が店舗内に反響し喧しく響き渡る中、新たに飛び込んできた男の足を撃ちながら京介は白銀にそう声を荒げた。対する白銀は冷静にマガジンを交換しながら、京介がギリギリ聞き取れる範囲の声量で答える。

 

 

「ああ、そのようだ。キース少尉とブリッジス少尉の様子を見に行ってくれ、ここは俺が引き受ける」

 

「大丈夫なのか!?」

 

「ああ! 行ってくれ!」

 

 

再びテーブルから身を乗り出して撃ち始めた白銀の背後を通って、京介は身を屈めながら店の奥へと進んで行く。時折頭上に降りかかる木片や羽毛にイラつきながらもニキータとユウヤが倉庫のような部屋に居るのを発見すると、京介はそのままその部屋の中へと滑り込んだ。壁に背中を預けながら両手のトカレフのマガジンを落とすと、出入り口の方を気にしていたニキータが白銀について聞いてくる。その時京介は両方のマガジンが空になっているのを確認していて、それぞれ人差し指と中指でスライドをずらしてチャンバーに弾丸が残っているかチェックしながらそれに答えた。

 

 

「少佐はどうした!?」

 

「入口で粘ってる! 裏口は!?」

 

「回り込まれてる、今出ると危険だぞ」

 

「クソッ、アメリカってのは相変わらずやる事が過激なんだな……。ユウヤ、持ってろ」

 

 

悪態をつきながら腰のベルトにつけたマグポーチからトカレフのマガジンを取り出すと、京介は左手の指の間に二挺挟んでから右手でそれを装填。スライドを戻してから一挺をユウヤに差し出した。

 

 

「いいのか?」

 

 

「向こうの勘違いで無抵抗のまま撃たれましたってなって見ろ、それこそ全部終わりだ。自分の身くらい自分で守ってくれ」

 

 

未だ鳴り響く銃声に口の端を歪めながら、京介は再び出入り口の方へと飛び出そうとした。だが、それと鉢合わせるように現れたのは一人の男を捕えた白銀の姿だった。白いシャツが複数の弾痕を付けて真っ赤に染まり、背中で腕を極められているその男を倉庫の中の床に押し付けながら、白銀は三人の顔を一瞥する。

 

 

「一先ず向こうは態勢を立て直すようだ。今の内に必要な情報を集めてここから脱出する。幸い向こうは少人数だそうから、現状を脱すれば後はどうにかなるだろう」

 

 

苦しそうに大きく肩を上下させて呼吸している男の懐に白銀は手を入れると、何かを探すように動かしてから血に濡れた黒い皮製の手帳のようなものを取り出した。それを京介に投げて寄越すと、すぐにニキータが京介の背後に回ってその手帳を覗き見る。それは目の前の男の身分証のようで、その中身は男がアメリカ国防情報局(DIA)所属であることを示していた。

 

 

「ジョセフ・コートマン……それがこいつの名前か。ユウヤ、知ってるか?」

 

 

「知る訳ないだろう! ……まさかこんな事になるなんて、思いもしなかったんだぞ……!」

 

 

悔しそうにトカレフのグリップを握り締めるユウヤを前に京介が身分証を懐に収めると、白銀はジョセフ・コートマンという名の襲撃者の一人の腕を更に捻り挙げた。関節の痛みに悲鳴を上げながらも、その白人の男は撃たれた激痛に滝のような汗を流しながら歯を喰いしばっている。白銀はジョセフの肘と手首の関節を極めながら、ニキータとユウヤに外の監視を行うように命じてから、二人を倉庫から追い出した。それからゆっくりと関節に悲鳴を上げさせるように体重を掛けていきながら、尋(・)問(・)が始まる。

 

 

「さて、撃たれて苦しんでいるところ申し訳ないが……DIAが何処まで事態を把握しているか教えてもらおうか? コートマン捜査官」

 

 

「っ、ぐ、誰が喋るか……得体の知れない男が……死(・)人(・)が偉そうに……あああああ!」

 

 

突然ジョセフが唾を撒き散らしながら悲鳴を上げたかと思えば、白銀は掴んでいた彼の手の小指を平然と圧し折っていた。既に次の獲物である薬指に手を掛け、白銀は引き攣った苦笑いを浮かべている京介を一瞥してから言葉を続ける。

 

 

「このまま余分な苦しみを味わいながら死ぬか、こちらに必要なものを全て話して生き残る可能性に掛けるか……どちらが良いか、貴方には分かっているはずだ」

 

「っ、この、狂人が……」

 

「好きに言ってくれ。では最初の質問だ、最初から武力を持って突入してきたのはここにユウヤ・ブリッジスがいると知っていて行ったことか?」

 

 

薬指をま(・)だ(・)関節が曲がる方向へプラプラと動かしながら白銀がジョセフに問い掛けると、もうどうにもならないと判断したのかジョセフは静かに頷いてみせる。その反応に少しの間を空けてから、白銀は次の質問をするべく相手の耳元に唇を寄せた。

 

 

「彼の背後に何があるかは良く理解しているはずだ。それでも強行したという事は、そちら側は彼以上に有用な何かを手中に収めているということか?」

 

 

「はっ……、我々には愛国心溢れる者が沢山いる。貴様らのようなジャップが足掻こうとその情報は全て------あああああ!」

 

 

ベキッと小気味良い音と共に薬指が歪な方向へと折れ曲がると、白銀は圧し折った小指と薬指を一度に握り締めて更に捻り上げる。声にならない悲鳴を上げて悶えるジョセフに、白銀は怒りの篭った言葉を投げつけた。

 

 

「そっちの程度の低い情報網なんてものはどうでも良いんだ! 単刀直入に聞く、ジョセフ・コートマン。DIA、或いは米軍には既にロバート・ギリアム・イェーガーの根が張り巡らされているのか! どうなんだ!」

 

「~~~~~ッ! イ、イェーガー大佐は我々に協力的な……ぐ! こ、今回の件も、ユウヤ・ブリッジスに謀叛の気があると……!」

 

「こっちがここに来る事も読まれていた訳か……。浦城中尉、ブリッジス少尉を呼んできてくれ。そうしたら、貴方はそのまま此処から逃走するんだ」

 

「何?」

 

 

白銀からの突然の提案に京介が首を傾げると、白銀はジョセフの指を強く握り締めたまま京介に顔を寄せる。その指を折れた骨が突き抜けているのか、白銀の手の中からは赤い血が流れ出していた。

 

 

「本当なら今日、貴方に本題を持ち出すつもりだった。だがDIAが踏み込んできたということは、俺達には時間が無い。一先ずここはブリッジス少尉の当面の安全を確保する必要がある……それが出来たらまたこちらから接触させてもらう。貴方は基地に戻って平静を装うんだ」

 

「お前が思っていたよりも状況が悪かったって事か? はっ、ロバートに対抗するとか言っておいて後手に回ってるんじゃ先行き不安だな」

 

「だが奴と戦わなければ世界は終わる! 貴方だってかつてそう言っていたはずだ!」

 

「何……? おい、一体どういう------」

 

「兎に角今は逃げろ! 頼む!」

 

 

そう叫んだ白銀は、掛けていたサングラスを漸く外して見せた。初めて目にしたその顔は明らかに少年のもので、だが少年というには疲れきっている。自分と同じ茶色い瞳の奥に大きな暗闇を垣間見た京介はただ、その目を、瞳を何処かで見た事があるような気がしていた。自分に強く訴えかけてくるその意(・)志(・)を前にたじろいだ京介に、白銀は再び懇願するかのように声を掛ける。

 

 

「逃げてくれ! 浦(・)城(・)さ(・)ん(・)!」

 

 

その言葉に反射的に京介は背を向けており、倉庫を飛び出した彼は裏口から外の様子を伺っていたユウヤの下へ真っ直ぐに向かっていた。突然やって来た京介を前に、ユウヤは疑問を口にする。

 

 

「キョウスケ、アイツはどうなったんだ?」

 

「……まだ尋問中だ。だがこれからの話し合いにはお前が必要みたいでな、俺はここで退散させてもらう」

 

「何だって?」

 

「お前のこれからの事を話すんだそうだ、とっとと行け。……運があったらまた会おうぜ」

 

「あ、おい! キョウスケ!」

 

 

ユウヤの持っていたトカレフ用に予備のマガジンを差し出すと、京介はユウヤにそれを半ば押し付けるようにしてから裏口から飛び出した。幸い外には人の気配は全く無く、表の出入り口の方からか風に乗って血や硝煙の臭いが漂ってきている。その臭いを振り払うかのように、京介は胸の内に渦巻き始めた違和感を抱えたまま走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

歓楽街中を転々としていた京介が自室に戻ったのは、深夜を数時間程過ぎてからだった。歓楽街でも離れにあったあの店であった銃撃戦について、街中で噂になっている様子は無かった。あの白銀という男がそれを見越してあの店を選んだのか、それともDIAといった大きな組織が外部に露見しないように手を尽くしていたのか、そのどちらとも判断が付かない状況の中で京介はただひっそりと幾つかの店を練り歩いた。ジャケットのポケットには、白銀が捕えたDIA捜査官の身分証がそのまま入っている。何処か適当なところで捨ててしまえば良いと一度は考えたが、そこから足がついては不味いと結局自室まで持ち帰ってしまったのだ。

 

 

「……ん?」

 

 

自室の鍵を開けて部屋の中に入った京介が初めに感じたのは、無人のはずの部屋に誰か居る気配がする違和感だった。昼間の銃撃戦の所為で頭の中がグルグルと回っている感覚が抜け切っていない京介は、またか、と思いつつ一挺になったトカレフをホルスターから引き抜く。部屋の電気を付けず、足音を立てず、静かに銃を構えて部屋の中を進む。こちらが入って来たことは相手側には知られている、そう判断していた京介は部屋のカーテンが開いたままで月明かりがそのまま差し込んでいるのを見た。そしてその窓の前で一人月を見上げている女の姿も。

 

 

「……クリスカ」

 

 

呆れたようにため息をついた後、京介はその女の名を呼んだ。するとバッと振り向いた後、クリスカ・ビャーチェノワは喜びとも悲しみとも取れない曖昧な表情を浮かべて京介の名を呼ぶ。そして京介が銃を懐に収めながら一歩踏み出すと、そこで漸く自分のベッドシーツが大きく膨らんでいることに気付いた。そこには一人の幼い少女がすやすやと寝息を立てながら眠っていて、その長く綺麗な銀髪は月明かりに煌きながら星の川のように広がっている。

 

 

「イーニァを連れてきたのか」

 

「……ごめんなさい。この子がどうしても貴方に会いたいって……最初は起きていたのだけれど」

 

「もう深夜だ。……悪い事したな」

 

 

眠っているイーニァの頬に自分の左手の伸ばしかけたところで、京介は自分の手が硝煙の臭いに塗れていることに気付いてそれを引っ込めた。その背中に何か感じるものがあったのか、クリスカがおずおずと声を掛けた。

 

 

「また……何かに巻き込まれたの?」

 

 

「お前には関係無いだろ。……はぁ」

 

 

クリスカの言葉一つひとつがまるで自分の心の奥底まで見透かされているような気がして、京介は硝煙臭い掌で顔を覆った。そしてそのまま深く息を吐くと、ベッド脇に置かれたデイバックの中から車のバッテリー程の大きさの冷蔵ケースを取り出した。二つのロックを解除しゆっくりと蓋を開けると、圧縮されていた冷たい空気を吐き出しながらケースの中から数十本のアンプルが姿を現す。そして蓋の裏側のスペースには、ピルケースに入った大量の錠剤と二本の圧縮空気により中身を注入する注射器が並べられていた。先日のサンダークとの賭(・)け(・)によって手に入れたクリスカに必要な特殊蛋白のアンプルと、更に彼女とイーニァにも必要な錠剤等を一まとめにしたセットだ。それを前に、京介はある事に疑問を抱いた。

 

 

「……なあ、クリスカ。俺、最初にケースを受け取った時にアンプルと注射器を一つお前に渡したよな。サンダークが渡した物が本物かどうか確かめたいから使ってくれって」

 

「あ、ああ……」

 

「なら、どうして一個足りないはずのアンプルが全部ここに入ってるんだ?」

 

「それは……その」

 

 

歯切れの悪いクリスカを前に、京介はグラグラと揺れる頭を一気に血液を集めたかのように真っ赤にすると、いきなりクリスカに近づいてその胸倉を掴んだ。窓ガラスにその背を押し付けながら、京介はクリスカに詰め寄る。だがその声は小さく、眠っているイーニァを起さないように配慮されていた。

 

 

「どうして戻したりなんかしたんだ? お前はあの注射を打たないと死んじまうんだぞ……!? 何の為に俺があの時自分のド(・)タ(・)マ(・)に銃を向けたと思ってる……!? 本当に分かってるのかお前は? お前とイーニァに生きてもらいたいからだぞ、例えお前が俺に近づいた切っ掛けが奴の指示によるものだったとしてもだ……!」

 

「そんな事は私だって分かっている……! けど、そうやって私達の始まりが全て仕組まれていただなんて私は思いたくないの……! 国の為、党の為に何も考えずに戦っていたあの頃の私とは違う……私は今、貴方の隣で生き続けたい。この気持ちに理由なんて付けたくない、いらない……! イーニァと、貴方と、三人で……私は死にたくない……!」

 

「……っ、……っっ! 兎に角、兎に角……だ、今から注射を打とう。俺が打ってやるから」

 

 

初めて真正面からぶつけられたクリスカの心情にやり場のない何かを感じた京介は、胸倉を掴んでいた手を離すと再び開いたままのケースに向き直る。アンプルの一つを取り出すと、同じケースの中に入っていた円柱状の圧縮注射器を用意しアンプルの先端を取り外した。それを注射器の後部を開いて中身が零れないようにアンプルを差し込むと、キャップを外して平面状のその先端をクリスカの首筋に押し付ける。ブシュッという音と共にアンプルの中身がクリスカの体内へと送り込まれると、京介は注射器をケースの中へと戻してやや乱暴に蓋を閉めた。そして刺された部分を手で揉んでいたクリスカに向き直ると、京介は視線を下に向けたまま口を開く。

 

 

「……お前が俺の事を好きだと想い続けてくれるなら、それはそれで良い。ただ……」

 

「いいの、言わないで。……分かってるから、私も」

 

「……シャワー浴びてくるから、イーニァと一緒に寝てな。今日はもう休め」

 

「うん……」

 

 

それだけ言葉を交すと、クリスカに背を向けた京介はベッド脇のテーブル上にトカレフを置いた。そしてジャケットをハンガーに掛けてから取り外したショルダーホルスターも引っ掛け、なるべく大きな音を立てないようにしながらベルトを外して靴も脱ぎ捨てる。そうして手に付いた硝煙の臭いや汗、埃等を落とす為に着替えを持ってから備え付けのシャワールームへと入った。ズボンや肌着を適当に脱ぎ捨ててからドアを閉め、適当に温度調節をした少し熱めのお湯がノズルを通って真上から上に向けた顔に叩きつけられる。それを手で顔全体を洗うようにしながら息をついた京介は、これまた適当に泡立てたスポンジで身体を洗って頭の中に反響していた昼間の銃撃戦を振り返っていた。

 

 

(あの白銀武とかいう佐官……明らかに階級相応な歳じゃないのは見れば分かる。そんな奴が居る基地ってのは一体何なんだ? 横浜基地と言えばハイヴがあったところだが……。それにDIAの連中にマークされてるってことは、アメリカから危険視されるようなことをしたのか? 或いは……。明日辺りにユウヤが無事かどうか確認してみるか……)

 

 

一通り身体と頭を洗い終えてから、京介は右頬に貼っていたはずの絆創膏が剥がれてしまっていることに気付いた。床を見てみると排水溝カバーの上にふやけたそれが乗っかっており、傷口がふやけてしまうなと自嘲気味に笑ってから拾い上げようとすると、ふいに京介の脳裏を見た事もない光景が過ぎった。大雨が降る中、自分はぼんやりと真っ暗な空を見上げている。その視界の中には、一人の黒い見慣れない形状の強化装備を着た少年の姿。その少年の顔は雨と血、そして泥で汚れている。何処かで見た事があるようなその少年は、必死に何事かを叫んでいるようだが肝心の声は聞こえない。頭上から降りしきるシャワーが段々と冷たくなっていくにつれ、京介の脳裏を過ぎる映像も鮮明になっていった。

 

 

 

------浦城さんっ!

 

 

 

頭の何処かをハンマーで殴られたかのような衝撃が走ると、京介はその時膝をついてシャワールームの中でへたり込んでいた。そして身体を通って排水溝に流れて行く微温湯に僅かな赤色が混じっていることを発見すると、そこで京介はそれが自分の鼻血であることに気付く。遅れてズキズキと頭全体が痛みだすと、京介はシャワーを止めてから鼻から流れる血を乱暴に拭って備え付けのバスタオルを頭から被った。

 

 

(何なんだこの感覚……疲れてるのか? ……明日は様子見にするしかないか、クソッ)

 

 

少し血の付いたバスタオルで濡れた身体や髪を拭いて髪を乾かしてから、京介はややぼうっとした状態の頭のままでいた。五分か十分か、或いはそれ以上かそれ以下か分からないが、僅かに気分が回復した京介は黒い肌着のシャツとズボンに着替えてからそっとシャワールームを出た。既に壁に掛けてある時計の時刻は午前三時を過ぎようとしており、ベッドではクリスカがイーニァに寄り添うように眠っている。その反対側の僅かに空いているスペースにゆっくりと腰を下ろすと、京介は安らかに眠っている二人の顔を交互に見比べてから、自身もまたそのマットに身体を横たえた。身体を横にすると再び昼間の銃撃戦で狂った感覚が脳に気持ちの悪さを感じさせるが、京介は少しだけ身体にシーツを掛けるとそのまま目を閉じた。考えなければならない事は沢山あったが、その全てを一度に理解するには時間が無さ過ぎる。

 

 

アラスカに蠢く野望の一端を垣間見た京介が新たな選択を迫られるまで、そう長くは無かった。




次回、TE編最終章
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