※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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再び席に着いた四人の内、京介は心の内側から来る震えを無理矢理抑えながら、対面に座っている白銀の顔をジッと見つめていた。隣に座るイーニァはその京介の感じている恐怖の色を少しでも薄くしてあげたいと、ギュッとその腕に抱きついている。その京介から感じる恐怖に影響されてか小さく震えているその小さな身体に慰められている自分を情けないと内心侮蔑しながらも、京介は白銀の言葉を待つ。白銀の隣に座っているニキータもまた、神妙な顔つきで二人の様子を伺っていた。

 

 

「……元々俺は、この世界の人間じゃありませんでした。正確には、平行世界の白銀武だったと言う方が正しいんでしょうけど。そこにはBETAも戦術機も存在しない、今とは全く別の平和な世界。俺は学生で……ある日目覚めた時、この世界に来ていました。元々の世界の友人達が衛士として訓練を受けていたこの世界に」

 

 

ゆっくりと開かれた白銀の口から紡がれていく言葉を、京介はただジッと聞いていた。その内容の真偽は兎も角、ただ相手の話を聞いて何が起こっているのかを知りたかった。

 

 

「右も左も分からない中で俺は夕呼さんの……彼女は元々居た世界で先生をしていた人で……その人の計らいで訓練兵として過ごすことになったんです。ですがその世界は俺の知らないところで追い詰められていて、気がついた時には人類はオルタネイティヴ5を発動させていた」

 

「オルタネイティヴ5? 今実行されているのは確か4だったな」

 

「ええ、オルタネイティヴ4が失敗した時に即座に発動される米軍が企画した第五計画。その内容は10万人の選ばれた人類を他星系へと移住させ、大量のG弾を使用してBETAへの最終決戦を挑むというもの。……今となっては最初に迎えたその世界の結末がどうだったかも曖昧ですが、少なくとも数年は持ちこたえていたはずです」

 

「つまり……負けたのか、人類は」

 

 

京介の言葉に白銀はただ黙って分からないとでも言うように頭を振ると、これからが本題だと言って更に言葉を続ける。

 

 

「それから気がついた時、俺はまたこの世界に来た時と同じ状況にいました。最初の世界で過ごした経験をそのままに、一部がぼやけた記憶を持って。……その世界で俺はかつての記憶を元に夕呼さん達と協力して、沢山の人達の犠牲をもってBETAの親玉……オリジナル・ハイヴに存在するあ号標的を破壊しました。一時的とは言えBETAに勝利したんです」

 

 

「……イーニァ?」

 

 

静かに京介が腕に抱き付いているイーニァにそう囁くと、彼女は彼の顔を見上げて黙って頭を左右に振る。嘘はついていない、嘘発見器よりもより正確で確実な証(・)明(・)を得た京介は、そのまま武に疑問をぶつけた。

 

 

「そのあ号とやらを倒して一時的とは言え勝利したと言うのなら、どうしてお前はここにいる? 何故何度も繰返したんだ?」

 

 

「……その戦い、桜花作戦の中で俺の大切な人達がみんな死んでしまったんです。未熟だった俺の所為で死んでしまった人達が沢山いた。だからこそ、この経験と記憶があれば次は必ず……必ず死んでしまった仲間達を助けられるんじゃないか、そう思ったんです。本来であれば俺のこの世界での存在理由はあ号を倒した段階で終わっていました。それを夕呼さんの手を借りて、無理矢理本来の世界に帰るところを捻じ曲げて三回目のあの日を迎えたんです。けどそれが今こんな事になるなんて、あの時の俺は思ってもみませんでした」

 

 

ニキータが運んできた水を一気に飲み干してから、白銀は口元を垂れる水滴を手の甲で拭った。その目は妖しくギラついていて、京介は白銀の次の言葉を息を呑んで待つ。イーニァも少しばかり、その姿に気圧されていた。

 

 

「何度繰返しても、必ず誰かが死んでしまう。どれだけ助けようとしても、ふとした事で簡単にその命が奪われてしまう。その度に俺は繰返して、繰返して、誰もが勝利の朝日を迎えられるように努力してきたんです。……けど俺一人では限界がありました、もう何度繰返したかも分からなくなって、どうして自分が戦っているのかも分からなくなって……結局は俺のしていることは、独り善がりの身勝手な偽善じゃないかとも。そんな中で俺が出会ったのが、ロバート・ギリアム・イェーガーでした。彼もまた、記憶と経験を継承していたんです」

 

「理由は?」

 

「分かりません。ただ挙げられる事と言えば、俺が本来の理と外れた繰り返し(ループ)を何度も行ったことで、この世界の方に何かしらの不具合(エラー)が出て来ていたのかも。兎も角、過程は違えど同じ存在だった俺とロバートは協力してBETAと戦っていくようになりました。ただその時に俺は気付くべきだったんです、彼と俺とでは戦う理由が違う事に。俺は大切な人達の生存を、彼は完璧なBETAの殲滅を」

 

 

強く握り締めたガラスのコップにピシッとヒビが入ると、白銀はハッとしてそのコップをテーブルに戻した。その白銀から何か怖い色が見えたのであろうイーニァがギュッと腕に力を込めると、京介はその手に自分の左手を重ねて擦って落ち着かせようとする。その二人を前に、白銀は両手を組んでから更に言葉を続けて言った。

 

 

「何度も失敗して繰返していく内に、俺と彼の間でもうどうにもならない程の溝が出来ていました。やがてある繰り返し(ループ)を境に俺達は決別し、彼はある計画を思いついた。それが------」

 

「今の奴が率いている連隊か?」

 

「ええ。……彼が集めたのはかつて俺達と共に戦ってきた衛士達の中で、ある共通点がある人達でした」

 

「共通点?」

 

「過去の世界と比べて、明らかにその実力が向上している人達です。例えばある戦いで戦死した衛士が、次の戦いでは少しばかり善戦し、繰返していくごとに徐々に戦果が上がっていき、最終的には難なくその戦いを切り抜けるようになる。彼はある仮説を立て、それを実行に移し出した。それが因果律干渉能力者であり、彼が最も渇望している存在なんです」

 

 

白銀の言葉が一段落迎えると、京介は今までの話の中から取り出したパーツを頭の中で組立て始めた。何故かすんなりと白銀の言葉を正直に受け止められているという事実を見ないフリをしつつ、京介は白銀に言葉を投げ掛ける。

 

 

「つまり……今までの話を全て合わせれば、ロバートが欲しているのは今まで一緒に戦ってきた衛士の中で、戦いの経験だけを継承してきている連中ってことか? 繰返すごとに強くなっていく衛士を自分の手元に置いておく事で、最強の軍隊を創ろうって? 例外とか特別とか言っていたのはそういう事か……」

 

 

「少し違いますが、殆ど正解です。彼は夕呼さんの提唱した因果律量子論を元にその持論を展開し、自らのコネを使って今の連隊となる母体を作り上げた。その中で彼は因果律干渉能力者を三つに分類し、その定義に沿ってありとあらゆる情報を集めたんです。俺のように記憶と経験の全てを継承している存在をA、戦いの経験だけを継承している存在はB、そして記憶だけを朧気ながらも継承している存在をCとして。現状、彼の知っている存在はこの三種類しかいません。貴方を除いて」

 

 

話の対象が自分の事になった時、京介は漸くかと腹を括った。今までの話の中でも聞きたいことは幾つかあったものの、まずは白銀が過去に会ったという自分が一体どういう人間だったのかを知りたくなっていたからだ。その京介の催促するかのような意志が伝わったのか、白銀は小さく頷いてから組んでいた手を離す。

 

 

「かつてロバートとの抗争の果てにオルタネイティヴ5が発動してしまった時、地球に残った俺は斯衛軍の一人として戦っていました。日本帝国斯衛軍第16大隊、その中でも常に最前線で戦う斑鳩崇継を警護していた部隊は群狼中隊(ウルフパック)と呼ばれていて、その中隊長を務めていたのが当時大尉だった貴方です。その苛烈で過激な戦い方から付いた渾名が蒼い牙、それが俺が初めて貴方に会った時の姿でした」

 

「俺が斯衛に? ……どうなってる、親父は斯衛を辞めていたし姉さんも俺も斯衛に入るような人間じゃ無かったはずだ」

 

「その時の貴方の父親は斯衛の人間でした。恐らく現状と違うのも、エラーの所為だと思うしかありません。兎に角そこで貴方と初めて会った時、貴方はもう数え切れない程の繰り返し(ループ)を行っていると言っていました。何時も何かに追い詰められているような顔をしていた貴方は、過去の記憶と経験を継承している事以外は俺に何も語ってくれませんでした」

 

「……その、理由は何だ?」

 

 

当時の自分の姿、斯衛の一員として戦っていたという話を上手く頭の中でイメージ出来ないでいた京介が白銀にそう問うと、彼は何故だが言い難そうに一瞬口元をキュッと引き締めるも、すぐに小さなため息と共に事(・)の(・)顛(・)末(・)を語る。

 

 

「その直後の戦闘で、貴方が戦死したからです。当時はG弾でも倒しきれていなかったBETA以外にも残された人類同士の戦いも勃発していて、俺達は米軍と袂を分かっていました。そのBETAとアメリカが同時に本州に上陸してきた戦いで、貴方は殿を務めてMIA認定されたんです。誰もその最期を見ていませんが、後日その場から貴方が乗っていた武御雷の腕が発見されたことから------」

 

「いや……いや、もういい。斯衛にいたって事だけでも驚きだって言うのに、武御雷にまで乗っていたのか俺は」

 

「ええ、更に言えば貴方はその武御雷にも雪風と名付けていました。どうしてそんな名前を付けたのかは後々になるまで教えてもらえませんでしたが」

 

 

雪風、久しぶりに聞いたその名前に、京介は少しだけ安堵していた。自分の知らない自分と今の自分とで唯一同じなもの、変わっていないものの存在が確認出来たからだ。自分がその名前を使うとすれば、由来は一つしかない。それだけは、京介は自信を持つことが出来た。と、そこでふいにイーニァが京介の腕をグッと引っ張った。

 

 

「キョウスケ、うれしいの?」

 

「ああ、そうかもな」

 

「どうして?」

 

「どうしてって……秘密だよ、今はな」

 

 

小首を傾げるイーニァにどう答えたものかと頭を悩ませる京介だったが、結局その場では秘密と言って誤魔化すしか思いつかなかった。少しだけ身体の震えが治まってきたことを喜んでの質問だったのだろうが、ふくれるイーニァへの対応もそこそこに京介は先を急いだ。

 

 

「……話を進めようぜ、そこでお前が俺と初めて出会って……俺が死んでから何があったのか」

 

 

白銀は静かに頷くと、もう一度その口を開いた。内容は少し間を空けて、次の繰り返しの話へと。

 

 

「次に俺が貴方と会った時は、ロバートとの戦いに勝利してからでした。当時は桜花作戦に向けて準備が進められていて、貴方は本隊突入の為の陽動部隊の一部隊の担当に。そこで俺は貴方が記憶の継承をしているという確証を得ました。俺の事を覚えていたのと、前の戦いの時の事を語ってくれたことで」

 

 

「じゃあお前は、ロバートの次に俺と手を組む事にしたのか? 同じ立場の人間として」

 

 

一見最もそうな意見ではあったものの、白銀は京介の言葉に静かに首を左右に振った。

 

 

「どうしてだ? ロバートとも一時期手を組んでいたのなら、俺とだって------」

 

「そうしようとする前に、貴方が居なくなったからです」

 

「何?」

 

「正確には、貴方が何らかの理由によって記憶の継承を自ら止めてしまった。そうする事で今まで通ってきた道とは別の道を歩み始めてしまい、俺は貴方を見失ってしまったんです。記憶の継承を止めたいとまで思うような何が起こったのか……。そこから俺は何度も繰返す度に貴方の存在を探しましたが、何時も既に亡くなっていたり物理的に接触が不可能な状態で……そして何度も記録を閲覧していく内に貴方が戦いの経験だけを継承している事に気付いた。そこから先はロバートとの競争でした。俺は必死に貴方の情報が奴に流れないように手を回し、俺が繰り返す日までに何をしていたかを調べ続けたんです。そして------」

 

 

そしてと言い掛けたところで突然白銀は口を噤み、京介は首を傾げる。イーニァも、ニキータも、その場に居た全員が白銀に注目している。そして彼が語ったのは、彼にとっても受け入れ難い現実だった。

 

 

「ありとあらゆるものに干渉し続けてきた事によって、全てが狂いだした。俺が向かえていた繰返す(ループ)最初の日、10月22日は乱れて何年の何月何日に目が覚めるかも分からない。殆ど固定されていた人達の立場も少しずつ変化していて、何時も頼りに出来ていたはずの人がずっと昔に戦死していたりもした。ロバートも同じように何かが狂ったのか、何かが原因であの黒い眼球に四肢の擬似生体化を余儀なくされている。そして貴方も、このアラスカで本来貴方がするべき事じゃない事をやっている」

 

「何?」

 

「貴方がしてきた事の大半は、ユウヤ・ブリッジスがしてきた事だ。XFJ計画を軌道に乗せるのも、グアドループでクリスカ・ビャーチェノワや篁唯依を助けるのも、カムチャツカに残って戦うのも、そして……処分されそうになったクリスカ・ビャーチェノワを助ける為に全てを捨てて戦おうとしているのも。貴方はただ彼がやって来たことを違う立場の人間としてな(・)ぞ(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)だけに過ぎない。本来、貴方がこのアラスカを中心に行われてきた事に関わることは無いんです。それが何の因果か貴方はここに来て、こうして出会うはずも無かった人々と関係を持っている。ブリッジス少尉の代わりに」

 

 

白銀の口から長々と語られたその内容に、京介は頭蓋骨をハンマーで思い切り殴打されたような感覚を覚えた。一瞬白銀が何を言っているのかが分からず、正面に座っているはずの男が何処か遠い宇宙の存在のようにも思え、そして隣に座るイーニァが相手の言葉を何(・)も(・)否(・)定(・)し(・)な(・)い(・)という事実が、余計その衝撃を傷みとして京介の脳に変換させる。今まで受けてきた痛みのどれよりも鋭く、鈍く、素早く、だがじっくりと広がっていくその痛(・)み(・)が、今の京介には堪らなく苦痛だった。開かれた口から零れ落ちる言葉も、悲痛さに満ちている。

 

 

「……俺が、ユウヤの真似をしてるって言うのか? 今までやって来た事全部、アイツが……ユウヤが? クリスカを助けようとしている事まで、全部そうだって? そんな事……」

 

「貴方がいなければ、きっとシェスチナ少尉も彼のところに行っていたでしょう。貴方がやって来た事を本来やるべき人間がやっていれば、歴史はその通りに進む。ただ一つ勘違いしないで欲しいのは、貴方は貴方にしか出来ない方法で今までやって来た。ユウヤ・ブリッジスには出来ないやり方で」

 

「銃を持って不必要な人間を殺しまくる事がか? はっ、確かにアイツには出来ないだろうな。これは気が違ってる奴がやるような方法だろうよ」

 

 

ジンジンと痛む頭蓋骨の裏側からやって来る苛立ちもそのままに京介がそう白銀に吐き捨てると、彼はグッと表情を強張らせたかと思えばそのまま声を荒げた。

 

 

「自棄になるな!」

 

「っ」

 

「確かに貴方のやる事には必ず何処かで血が流れる。けどそれは貴方が何時も誰かの為に自分の命を懸けている証拠だ。今回だって、俺が介入する前に貴方は自分の手で彼女達の命を延ばすことに成功していた。俺は言ったはずです、貴方にしか出来ない方法があると。それを最後まで、もう少しだけやり通して欲しい。ユウヤ・ブリッジスとは違う、貴方にしか出来ない方法で」

 

 

そう言いながら白銀がポケットから取り出したのは、強化装備の予備のヘッドセットだった。それをテーブル上に置くと、白銀はただ黙ってそれを受け取るように京介に促す。そして京介がそれを拾って自分のポケットへと押し込むと、後は静かに息を吐いた。

 

 

「これから先、俺と連絡を取る場合はそれを使ってください。協力して欲しい時、情報が欲しい時、俺は必ず貴方の力になります。最終的には貴方達三人をこのアラスカから脱出させる事が目的ですが、それまでに何かしらの障害があれば全力で排除します。ビャーチェノワ少尉に必要な特殊蛋白に関する資料もすぐ用意します、それを彼女か、或いは貴方に協力しているレズノフ少尉に確認してもらえれば本物かどうかは分かるでしょう」

 

 

その言葉を前に、京介は少しの間を空けてから答えた。冷たく、重く、まるで不審者にでも問い掛けるように。

 

 

「……最後にもう一度だけ聞かせろ。本当にクリスカも、イーニァも、無事に生きていける環境を用意出来るんだな? お前に協力すれば、二人をこれ以上道具のように扱われる事は無くなるんだな?」

 

 

自分を信じてくれと言わんばかりに静かに、だが力強く頷いて見せた白銀だったが、今の京介にはそれでも必要最低限の信用の保証にすらならなかった。100%嘘はついていないという事実がある以上、相手の話を全て真実として受け止めなければならない。だがそれでも自分がしてきた事を過去に自分の知っている人間がやっていて、自分はただその流れに沿っていただけだという話を聞かされれば誰だって嫌になるというものだった。例えその流れを、自分にしか出来ない方法でやってきたとしても。

 

 

 

 

 

ユウヤ・ブリッジスに関する話を、白銀武は浦城京介にするべきではなかった。これは隣で一部始終を聞いていたニキータ・キースですらそう思っていた。あの場で必要だったのは白銀と京介に協力関係を結ばせる為の情報だけであり、わざわざ余計に相手の混乱を招くような事を言う必要は無い。只でさえ難解な話を余計にややこしくされたのでは、誰だって嫌になるのは目に見えている。イーニァ・シェスチナと共に去っていった浦城京介のその苛立ちと混乱に満ちた顔を思い出しながら、ニキータは未だ店に残っていた白銀に事の次第を問い質そうか迷っていた。ほんの短い期間ながらも交流のあった自分とでもすぐに一定以上の距離感を築けていた京介。その京介に今までやって来たことを否定したとも受け取られるような物言いをしたのは何故か。

 

 

「……彼にも分かって欲しかったんだ。理由はどうあれ一度でも記憶を持って人生を繰返した人間が、何も奪われずにただ生きていけるなんて事は無いんだって。確かに今言うべき事じゃなかったかもしれないけど、今言わなきゃ、一体何時あの人に言えるようになるのか分からなかった」

 

「ただのエゴじゃないんですか、それって。最後の話、別に黙っていても誰も問題にしなかったと思いますけど。それに……今の彼と昔の彼は違うって、貴方が一番分かってるんじゃないですか? 少佐、焦っちゃ何にもならないですよ」

 

「……分かってる、分かってるさ」

 

 

やや非難するようなニキータの言葉にそう短く答えるしかなかった白銀は、過去と現在の仲間の違いを前に子供っぽく反応してしまった自分を内心軽蔑するしかなかった。何度も戦いを繰返してきたとは言え、やはり同じ境遇の人間に対しては、相手もこうであって欲しいという自分の願望を押し付けてしまうものなのか。最初から上手くいかないことばかりの現状に不安を抱きながらも、白銀はただ京介から連絡が来ることを待つしか出来なくなっていたのであった。

 

 

 

 

「アイツは信用出来ない」

 

 

イーニァを連れた帰路、京介は彼女にそう洩らしていた。白銀武との会合を終えてからずっと疑惑と嫌悪に塗れた表情をしている京介だったが、イーニァが彼の話の真偽を確認している以上、その彼女に対して自分の心の内を言っておかずにはいられなかった。

 

 

「イーニァがアイツを見てどう思ったかは知らないけど、俺はダメだ。人が今までやって来た事をよくもあそこまで馬鹿にして……クソッ」

 

「けどタケル、ほんとうのこと……」

 

「そうかも知れないけどな? 元々得体の知れない奴だった男から、急に貴方は過去の記憶と経験を受け継いでいました。けど貴方は途中から記憶を継ぎませんでした。あと今まで貴方のしてきた事は前にユウヤがやっていましたよって言われてみろ。例え話の内容が本物でも信頼は出来ない。不審過ぎる」

 

「そうなの?」

 

「そうなの。……兎に角、最終的についていくかどうかは別にして利用出来るところは利用するように割り切るしかないな」

 

 

仮にクリスカとイーニァに必要な物資を用意出来るという話が本当であるなら、それを一時的にでも利用する他無い。もし嘘であったなら、どう対応するかは既に決まっている。京介は頭の中で思いつく限りの状況をシミュレートしつつ、イワンと話し合う必要性がある部分をピックアップしていた。色々と差し迫っている現状を脱するには一分一秒と無駄には出来ない。そう京介が考え事をしていると、ふいにイーニァが彼の袖をクイッと引っ張った。思わず立ち止まると、そこに来て漸く京介は自分達がソ連の軍施設に戻って来たことに気付く。そして安堵した表情を浮かべたクリスカとリコが、ユーリを伴って出迎えていることにも。そこで京介は一旦足を止めると、イーニァに一言声を掛けた。

 

 

「……いいか、イーニァ。もしクリスカに何処に行っていたのか聞かれたら、ユウヤに会いに行ってたって言うんだぞ」

 

 

「ユウヤに? ……どうして?」

 

 

小首を傾げて問い掛けてくるその幼い少女の視線を受けながら、京介は自分達に向かって小走りにやって来るクリスカを見つつ小声で答えた。やや冗談めかしく、だが念を押すように。

 

 

「クリスカ(アイツ)によく知らない人間に会いに行っていたって正直に答えてみろ。怒ったら俺より怖いぞ、多分」

 

「キョウスケより?」

 

「多分、な。……イーニァもクリスカをこれ以上心配させたくないだろ? ここら辺で安心させてあげるんだ。いいな?」

 

「うん……わかった」

 

「良い子だ。あと俺がクリスカのこと怒ると怖いって言ったの、秘密だからな」

 

 

険しい顔が幾分か和らいだように見せてイーニァの背中を押してクリスカに押し付けるようにすると、京介はそのまま二人の傍を通り過ぎていった。その背にクリスカが声を掛けるも、京介はただ片手を挙げて返事の代わりにする。そしてリコとユーリに近づくと、京介は再び顔中を険しくさせるのであった。

 

 

「イワンのところへ行こう。相談したい事がある」

 

 

 

 

 

「……そうか、白銀がそんな事を」

 

 

病室に居たイワンは、京介から受けた説明------繰り返しの過去といった重要な部分を避けたもの------を全て黙って聞いていたかと思うと、最後のそう短く言葉を挟んだ。病室には京介だけがおり、ユーリは外で見張りに立ちリコはクリスカ達の護衛も兼ねて出掛けている。ベッド傍のパイプ椅子に腰掛けていた京介は、深いため息をつきながらイワンに事の次第を問うた。

 

 

「お前はどう思う? 連中が本当にクリスカ達に必要なものを用意出来るかどうか……正直なところ、俺はアイツを信じちゃいない。特殊蛋白について向こうが何かしら渡して来ればそこからまた話は進むんだが……」

 

 

「しかし現状、白銀の力以外に頼れそうなものはないな。もし近いうち米国が本格的に動き出せばビャーチェノワ達の研究施設は暴かれるだろうし、必要なものも奪われるだろう。その時にどんな騒ぎが起こるかも分からん。KGBやGRUのスペツナズが来ても同じ事だ、現状において最も必要な施設は絶対に手が届かないところに行ってしまう」

 

 

イワンの言葉に選択肢の少なさを思い知らされる京介だったが、それ以上に自分が不信感を抱いている男が最も生き残る確立の高い選択肢であるという事にやるせなさを感じていた。明らかに見た目と階級が吊り合っていない理由も、DEAの捜査官をあっさりと射殺したり尋問していた姿から見てとれる場慣れした立ち振る舞いも、白銀自身が語った内容から容易に察する事が出来る。だがそれでも、何故だか京介には白銀を信じようという気持ちがこれっぽっちも浮かび上がらなかった。

 

 

(奴の言っていた過去の俺に何があったのかは知らないが……奴を信用するなと、そう誰かが言っている。俺の頭の中で、何かが……)

 

 

奇妙な感覚に京介が頭を悩ませていると、イワンが「だが」とふいに言葉を発した。

 

 

「それよりも先にサンダークが動かない、という保障もない。今のところ奴は静かなものだが……不気味な程に静か過ぎる。ユーリからの報告では奴の秘書が良く出入りしているそうだが、それも一般的な執務の範囲内だと言われればそれまでだ。俺達が前ほど自由に動けない現状では奴がどんな手を打ってきても後手に回るしかない」

 

「奴が動くとすればどう動く?」

 

「ここまで周囲に味方がいない状況でこの余裕だ、普通なら有り得ない。お前一人の協力で俺達イーダル小隊全員の命が保障されている訳でもないだろう。俺やユーリ、リコは何かしらの処分を受けてもおかしくないはずだが……。此処に来て奴の動きが全く読めん、兎にも角にも今お前は白銀との接触に注意を割いておくんだ。逃げ道は作っておけ」

 

「……ああ、分かった」

 

 

一通りの会話をこなした後、京介はイワンの病室を出て自室へと向かった。信じて良い人間、ダメな人間、その判断基準は一体何か。そんな事を頭の中で繰り返しながら、京介はすれ違う兵士達に疑惑の視線を向けていた。何故イワン達を信じられて、白銀を信じられないのか。人種でも思想でも無く、一個人的な感情で判断しているからか。それとも過去の自分とやらの経験がそう判断させているのか。今まで聞いていた因果律干渉能力者と白銀の語るそれとの違いは何なのか、死なない衛士を示すものではなかったのか。過去を繰り返していく中で自分は一体どんな目に会ってきたのか。ロバートとの間に一体何があったのか。

 

 

混沌とした現状を何としても脱したい、そんな思いが、京介の胸中に強く根を張り始めていた。

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