※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

36 / 49
Go to the top/4

 

アラスカ・ユーコン基地で事態が大きく動いたのは、京介が白銀と密約のようなものを交してから二日程経ってからだった。早朝からソ連基地施設内にてサイレンが鳴り響き、武装した警備兵達が銃を持って施設内を警戒し始める。厳戒態勢が敷かれている中で、京介達衛士はブリーフィングルームに集められていた。イワン、ユーリ、リコ、京介、クリスカ、イーニァ、この六人を監視するかのようにAKMを持った兵士達数人がミーティングルームの壁に等間隔で並んでいる。

 

 

「……俺達が何かを仕出かしたって空気じゃなさそうだな、これは」

 

 

椅子に座り机の上に足を組んで載せていたユーリがその赤く短い髪を掻き上げながらそう言うと、その隣で松葉杖を持たされている上に、撃たれた腕と脚が未だ包帯で堅く包まれているイワンが静かに目だけを動かした。そのジャケットの懐には左手が差し込まれており、その中に隠された拳銃を何時でも取り出せるようにされている。リコはそんな二人の後ろで困惑した表情で立ち尽くしており、しきりに視線を兵士達へと向けていた。

 

 

「キョウスケ、わたしこわい……」

 

 

同じように困惑した様子のイーニァはクリスカが傍にいるものの、不安そうな顔で京介の袖に手を伸ばしている。当のクリスカも、ズボンに差し込んだマカロフを何時でも取り出せるように気にしていた。そして京介はというと、部屋にクリスカとイーニァに必要な薬や一部の銃器を置いたままにしてきてしまった事を悔やんでいた。手元にあるのはベルトにホルスタークリップを引っ掛けてズボンの内側に差し込んだPT92とその予備マガジンが一つだけ。そして状況が分からない以上、闇雲に行動を起すわけにはいかなかった。

 

 

「大丈夫だ、イーニァ。ほら、これ持ってろ」

 

 

不安がるイーニァを安心させる為に京介が彼女に手渡したのは、白銀から渡されたものとは別に自分で用意した強化装備用の通信機だった。既に回線は繋いでいて、通信可能なのは限られた範囲内だが盗聴や通信不能になる心配は無い。

 

 

「何かあっても、これで連絡が取れる。離れ離れになる事は無いと思うけど、もし俺が居ない時に何かあったらこれを使うんだぞ」

 

 

「うん……」

 

 

小さく頷いたイーニァにホッと一息ついてから、京介はそのままクリスカと視線を合わせた。互いに頷きあって、アイコンタクトで言いたい事を理解し合う。何があっても、この小さな少女を傷つける訳にはいかないと。そして、何があっても必ず生き残る事を。ポケットの中にある二つの通信機の重みを感じながら、京介は開かれたブリーフィングルームのドアに振り返るのだった。

 

 

 

 

 

「------本日未明、ここアラスカの我がソ連領域内にて所属不明の武装集団の存在が確認された。連中は我が軍の後方施設の一部を掌握しようとしており、既に撃退したものの我が軍にもかなりの被害が出た。まだ予想の範囲だが、恐らくその武装集団は米陸軍の特殊部隊だと見られている。テロ事件の際にも米軍と見られる戦術機部隊により我々の研究施設の一部が破壊されている為だ。よって現状最高責任者であるサンダーク大尉の指示により、諸君ら衛士の身柄を一時的に保護させてもらう。腹立たしい事にこの基地施設内でも不審な動きが確認されている為だ。端的に言えば、侵入者がいる」

 

 

淡々と現状を語る警備部隊の隊長の姿を前に、京介達は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。話を簡単にすればアラスカ・ソ連領内にある軍事施設がアメリカ軍の特殊部隊と予想される部隊に襲撃を受け、それを撃退したものの今度はこのユーコン基地内にて似たような動きを察知した。更にテロ事件の際にも米軍機と見られる戦術機部隊にクリスカ達の研究施設の一部を破壊されたと見ている事から、サンダークが衛士達の保護を命じたと言う訳だ。

 

 

「米軍が部隊を送り込んできたって言うのか? 一体何の為に?」

 

 

ユーリがそう疑問を零すも、隊長は何も答えなかった。だが代わりに口を開いたのはイワンで、彼は重苦しい声色でブリーフィングルーム内に漂っていた嫌な空気を表現するかのように言葉を零していく。

 

 

「不穏分子の一掃、自分の邪魔になる存在を第三者の手によって排除させる。自分はそれを利用して更なる権力を得るか、或いは……」

 

 

「……或いは、それすらも捨石にしたもっと大きな計画の為か」

 

 

イワンの言葉にクリスカがそう言葉を続けると、京介達の前に居た隊長がふいに片耳に嵌めていた無線機のイヤホンに指を添えて顔を逸らした。何事か呟いた後に小さな返事を繰返すと、彼は顎を動かして二人の兵士に指示を出した。その二人はAKMのスリングを肩に掛けると、その両腕でまだ動きが不自由なイワンの身体を無理矢理立ち上がらせる。そして隊長は、皮製のホルスターからマカロフを引き抜くとそれを京介にチラつかせながら彼にも立ち上がるように促した。

 

 

「サンダーク大尉から二人を連れてくるようにとの命令だ。お前達はこのまま衛士達の警護を続けろ」

 

 

「はっ!」

 

 

残された兵士達の返事を受けた後、隊長はイワンを両側から抱えた兵士二人を先に行かせると、まだ席に座っている京介にマカロフをチラつかせる。その段階で、京介は既に何かが変だと感づいていた。ロシア人の集団の中に日本人が一人、勉強の為に付いてきている技術屋連中とは違い堂々と基地施設内で過ごしている事が気に入らないのかもしれないが、それにしても上からの命令で連れて行く相手に対して銃で脅しを掛けるような真似をするというのは、どうにも腑に落ちなかった。やや気怠そうにわざと京介が立ち上がって見せると、案の定隊長はイラついた様子で京介の肩を掴んで乱暴に引っ張り始める。

 

 

「京介!」

 

 

「心配すんな、すぐ戻る」

 

 

思わず声を荒げたクリスカにそう即答すると、京介は一瞬だけユーリとリコにも視線を向けた。赤い短髪が微かに上下に揺れるのを確認すると、京介はそのまま乱暴に引っ張られてブリーフィングルームを出て行ってしまう。そして残された四人の衛士の前で、同じく残された兵士達は、ただ黙ってAKMのコッキングレバーにそっと手を掛けるのであった。

 

 

 

 

 

見慣れた通路を慣れない雰囲気の中進むというのは、京介からしてみれば酷く単調なものであった。悪い空気に晒されるのはしょっちゅうで、明らかに何かあると思わせる状態に追い込まれるのも、慣れたものである。目の前で両脇を抱えられたイワンがゆっくりと歩いていくのを眺めながら、京介は背後にいる隊長にも注意を向けている。時折武装した兵士達が慌しく駆けていくところにも遭遇しつつ、緊迫した状況のはずなのに偉くゆっくりと行動している自分達は一体何なのだろうとも京介は考えていた。窓の無い廊下をただ歩き続け、時折遠くから響き渡る軍靴の音やサイレンに注意を引かれていると、再び京介の背後を歩いていた隊長が無線機を通して何者かと連絡を取り始めた。小さなロシア語でボソボソと喋られている所為で何を言っているのかまでは分からなかったが、前を歩く兵士二人に隊長が声を掛けた時点で、京介のするべき行動は決まっていた。

 

 

「今連絡が入った、大尉から貴様ら二人に伝言があるそうだ。それは------」

 

 

「くたばれ、か?」

 

 

ドンッという破裂音が廊下に反響していくと、脳天から後頭部までを吹き飛ばされた隊長の身体が仰向けに転がった。振り向き様にPT92を引き抜いていた京介は左手で構えていたそれをすぐさま身体を回転させて向きを変えると、自分から床に身体を倒しながら二人の兵士へと向き直る。既にイワンの身体から手を離してAKMを構えようとしていた兵士二人だったが、一人は京介に顎を、もう一人は背後からイワンに頭部を撃ち抜かれ、そのまま脳髄を飛散させながら壁に血の線を引きながらその身体をもたれた。倒れた状態で京介がイワンに視線を向けると、彼もまた倒れながら懐からリボルバーを取り出していたようだった。すぐに立ち上がった京介がその巨体に腕を貸して立ち上がらせると、イワンはすぐに撃った空薬莢をシリンダーから取り外して新しい弾を装填する。

 

 

「どうやら奴は部下に伝える言葉を間違えたようだな。俺だけを撃つなら兎も角、お前まで殺そうとするとは……」

 

 

「白銀と接触していたのがバレたって事だろう、多分。例え俺が代えの効かない存在だとしても処分するに足る理由が出来たなら……多分、クリスカ達も」

 

 

遺体から予備のマガジンとAKMを取り上げながら、京介はコッキングレバーを引いて初弾を捨てた。スリングを肩に掛けて銃が落ちないようにしてから、京介はイワンに肩を貸す。

 

 

「ユーリとリコが居るなら一先ずあの場では大丈夫だろうが、ずっとそのままでは流石に苦しいだろう。早い内に連絡を取るべきなんだろうが、それよりも先にサンダークとの決着をつけなくてはな。恐らく米軍が侵入しているのは本当だろう、何が目的かまでは分からないが……兎に角、奴のところに行こう」

 

 

「ああ、あの野郎……今度こそぶっ殺してやる」

 

 

本当なら今すぐ通信機を取り出して連絡を取りたい、そんな思いが京介の胸中に渦巻いていたが、それ以上にこの混乱している現状が何かを確かめなければならないという使命感もまた京介の行動を制限していた。クリスカとイーニァの無事を確かめたい、だがそれ以上にこれから先の脅威となるものを早急に片付けなければならない。互いに一人しか味方がいない二人の男は、自分達の脅威となった男の下へと向かう。

 

 

 

 

 

全ては一瞬の出来事だった。三発の銃声が部屋の外、何処か遠くの廊下から響いてきた途端に、兵士達の感情の色が変わった事にイーニァが小さな悲鳴を上げたのだ。それに即座に反応したのはユーリとクリスカで、兵士達がAKMを構える前に二人のマカロフの小さな弾丸がブリーフィングルームに血の海を生み出した。遅れて反応したリコはイーニァを背中から抱えて地面に倒れこんでおり、撃たれてもまだ息のあった兵士に止めを刺したのは彼女のマカロフ。京介達と同じように遺体からAKMとマガジンを拝借したユーリは、同じようにしていたクリスカとリコに対して即座に指示を出すのであった。

 

 

「格納庫に行くぞ、俺達の機体を確保しておくんだ」

 

「けど、京介とレズノフ少尉が……!」

 

「さっきのはあの二人が相手を殺した音だろう。どうやらサンダークの奴、ここで邪魔な連中を一掃することに決めたらしいぜ。こりゃ研究所の連中も殺されてるな。……おい、連絡は後だ、急げ」

 

 

他人事のように現状を語っていたユーリからイーニァから受け取った通信機を使うことを止められたクリスカは、仕方なく震えるイーニァにジャケットの裾を掴ませてユーリとリコと共に部屋を脱出する。きっとあの人(京介)なら大丈夫だと自分に言い聞かせるようにして、クリスカもまた自らの戦いに覚悟を決めるのであった。ポケットの中の通信機は、無言のままだった。

 

 

 

 

 

一方不思議と言って良い程、京介とイワンは道中誰にも出会わなかった。サンダークのいる場所に大体の見当がついているというイアンの指示通りに進んでいた京介だったが、侵入しているという米軍は兎も角警備の連中を殺害するまで何度かすれ違っていたソ連の兵士とまで出会わなくなった事に、既に異常さを感じ始めていた。

 

 

「どうなってんだ? 人の気配もしないなんて……」

 

 

「全てお見通しという事だろう、予測されているのさ。俺達がどうするか、どう進むのかを」

 

 

イワンにそう言われると、京介は舌打ちし片手でAKMを構えながら前方を警戒しつつ足を進めていた。イワンの予想ではサンダークは自室にいるはずで、既に目と鼻の先にある。そこで何があるかは分からないが、少なくとも京介は引き金を引くことを躊躇う事はないだろうと確信していた。

 

 

「さあ、説明してもらおうじゃないか。今度ばかりは逃げ場は無いぞ」

 

 

「ああ、お互いにな」

 

 

京介がドアノブを回しながらドアを思い切り蹴り飛ばした時、サンダークの部屋の中には思っていたよりも多くの人が居た。一人は部屋の主であるサンダーク本人で、彼は執務机に書類を広げて椅子に深く座り込んでいる。その隣には秘書の女性が立っていて、警戒態勢の所為か他の兵士達と同じようにAKMを持っていた。そしてその反対側には大きく四角いテーブルが置かれており、それを間に挟んで設置されている大きなソファーにはそれぞれ二人ずつ黒いスーツ姿のサングラスを掛けた男達が座り込んでいる。その男達にAKMの銃口を向けながら視線を左右に動かしていた京介だったが、すぐにイワンから身体を離すと両手で構えなおした。

 

 

「何だ、同窓会でもやってるのか? この非常時に」

 

 

「いや……彼らは私の新しい友人達だ、ウラキ中尉。そして親交を深める場にそのライフルは相応しくない。捨てたまえ」

 

 

冷静さを欠くことなく放たれたサンダークの言葉に京介は応じず、腰だめにAKMを構えたままスーツ姿の男達や秘書に注意を向けたままでいた。だが隣に立つイワンが何の行動も起さないことに疑問を抱いた途端、彼の後頭部に硬い何かが押し付けられる。銃口だ。小さく悪態をつくと、京介はAKMのマガジンを取り外してからコッキングレバーを引いて装填されていた弾丸を排出した。そしてガチャンッという雑な音を立ててAKMが床に捨てられると、京介は黙って背後に振り向く。そして自分の顔にマカロフを突きつけているマーティカ・ビャーチェノワの顔を見ると、次に自分にリボルバーの銃口を向けているイワンの顔を睨みつけるのであった。

 

 

「……裏切ったのか、イワン」

 

 

元々傷は完治していたのか、普通に自分の両足で地面に立っているイワンに京介はそう声を掛けたが、イワンから得られた返事は言葉によるものではなかった。鋭く振られたリボルバーのグリップと拳が腹部に深く突き刺さり、その痛みに顔を歪めた京介はそのまま膝をつく。頬を冷汗が流れ落ちていく中呼吸を荒くする京介に、イワンは見下ろすように声を投げつけた。

 

 

「裏切りではない、ただ最初の雇い主のところに戻っただけだ。……サンダーク大尉、彼が所為していた銃器と薬物は既に?」

 

「ああ、没収しここに置いてある。見るかね?」

 

「是非」

 

 

肩で息をする京介を尻目にイワンはサンダークの執務机へと近づくと、秘書が机の陰から持ち出した黒いデイバッグを受け取ってそれをスーツ姿の男達の目の前のテーブルへと置いた。そしてその中から装弾済みのモスバーグM500を取り出すと、興味深そうにフォアエンドをスライドしてみせる。そして中に入っているであろうケースや他の銃器を覗き込んでから、彼はスーツ姿の男達と笑みを浮かべながら握手をし始めた。その姿にふつふつと怒りを湧き上がらせ始めていた京介を、サンダークが牽制する。

 

 

「変な気は起さない方が良いぞ、ウラキ中尉。最近妙な日本人と顔を合わせていたそうだが、その件について私の友人が聞きたいことがあるそうだ」

 

 

「何……?」

 

 

膝立ちの状態でいた京介の目の前で一人の男が立ち上がると、その撫で付けた髪を手で軽く整えながら、男は京介の前でしゃがみ込んだ。サングラスの奥の瞳が妖しく輝いている。

 

 

「初めましてウラキ中尉、私はD(・)I(・)A(・)のウェラー捜査官だ。君にタケル・シロガネについてと……私の部下だったジョセフ・コートマンについて教えてもらいたいが、協力してくれるね?」

 

 

言いながら男が懐から取り出した血塗れの身分証を前に、京介は乾いた笑いを零した。完全にしてやられたと自嘲するその姿を前に、ウェラーと名乗った男もまた口の端に笑みを浮かべる。だが京介が持っていたはずの、白銀が始末した男の身分証を持っているアメリカ人は一瞬にして表情を強張らせると手の甲を振るって京介の頬を打った。

 

 

「笑っている時間は無いぞ、中尉。これは我々にとっては非常に重要な話でね、是非とも……話してもらいたいんだ。あの男について」

 

 

「白銀について話すのは構わないが……その前にこっちの質問に一つ答えて欲しいんだがな。……どうしてアメリカ人が、しかもDIAの人間がここにいる? 今この基地を騒がしている問題は自作自演か?」

 

 

そう京介が問うた瞬間、ウェラーは再び京介の頬を手の甲で打った。そしてその黒髪を乱暴に引っつかむと、そのまま京介の顔を床に乱暴に押し付ける。

 

 

「それでは質問は二つになるから、答える必要は無いぞ中尉。もう一度聞こう、タケル・シロガネとジョセフ・コートマンについて知っている事を全て話してくれないか? 君が奴と繋がっている事は良く知っている、部下を何人も殺されたからな」

 

 

「そっちも……質問は二つだな。だったらアンタの部下について教えてやろうか。あの馬鹿なら指の骨を圧し折られて何かしらの情報を吐いた後、どっかでくたばってるよ。何処にいるかは知らないがな」

 

 

そう答えた京介を待っていたのは冷たい床に顔面を叩きつけられる暴行であり、それを何度か繰返されてから、鼻血や切れた口内から流れ出る血で顔の一部を真っ赤にした京介はウェラーの手から開放される。血液混じりの唾をベッと吐き出してから再び膝立ちに身体を戻した京介は、顔を怒りに歪めているウェラーを前にへらへらとした態度を崩さなかった。

 

 

「こっちは答えてやったんだ、次はそっちの番だぜ。どうして手前らがここに居る?」

 

 

「……ふん、良いだろう。我々はサンダーク大尉と一種の協力関係を結んでいてね、それには君と……あの第五世代目の人工生命体(クリスカ)の遺伝子情報が必要なんだ。だから先に厄介な君の身柄を抑える事で、スムーズに物事を運びたかったのさ」

 

 

ウェラーはそう言うと乱れた髪を手櫛で整え、スッと座っていたソファーへと戻って行った。その顔はまだ聞き足りないと言っているようだったが、これ以上京介に話をするように強制しても意味が無いと判断したからかもしれない。代わりに動いたのはサンダークで、彼はイワンとマーティカに銃口を向けられている京介を一瞥してから、静かに言葉を零した。

 

 

「因果律干渉能力者……今現在確認されている存在は君と、ロバート・ギリアム・イェーガー大佐の二人だけ。これもその可能性が限りなく100%に近いだけという話ではあるが、私は君が何度も生き残ってきたのを目撃している。例え近似値であったとしても、実験する価値はあるのだよ」

 

「実験?」

 

「そう。例えばその不死性は当人の遺伝子に要因があり……それは次の世代へと遺伝するのか、等とね」

 

 

サンダークのその言葉に強い憤りを感じた京介だったが、そこで完全に怒りに呑まれる前にある事に気付いた。サンダークやウェラー達がやろうとしている事が自分とクリスカの子供を使った実験だと言うのなら、それを米ソが手を組んでまで行う理由が分からない。しかも高々国防省の諜報機関であるDIAと、何故か。そこで京介は自分の脳裏に浮かび上がったある単語を口にした。それが正しければ、一応の辻褄は合う。

 

 

「CIA……?」

 

「ふむ……中々カ(・)ン(・)は鋭いようだ。確かにこの規模の人体実験を行うにはDIAでは力不足、だがCIA(ラングレー)なら? それが正解だ」

 

「ソ連の軍人がアメリカに亡命か。ESPや人工生命体のデータと俺を手土産に? 情けない事だな」

 

「勘違いしてもらっては困る、ウラキ中尉。私は別に亡命なぞ望んではいない」

 

 

ウェラーの言葉に京介が侮蔑の言葉を掛けるも、サンダークはそれを一蹴して立ち上がった。イワン程回復してはいないのか、やや片足を引き摺っている。サンダークはそのままウェラー達の目の前に置かれているデイバッグに手を伸ばすと、中から京介が使っていたトカレフを取り出した。

 

 

「私はただ、私の計画をより最高の形でものにしたいだけだ。その為ならどんな手を使っても、何を犠牲にしても達成してみせる。邪魔なものは全て消し去ってな」

 

 

そして鼓膜を激しく揺さぶるような銃声が部屋中に響き渡ると、京介の背後に立っていたマーティカの身体が衝撃で壁に飛ばされ、そして一筋の血の線を壁に引きながらゆっくりと地面へと崩れ落ちて行った。後に残ったのは硝煙迸るトカレフを構えたサンダークと、腹部から血を流して横たわるマーティカの姿だけ。イワンはピクリとも動かずに、ただモスバーグをジッと京介に向けている。

 

 

「おい……何やってるんだ、お前……! 正気かよ!?」

 

 

思わず声を荒げた京介はマーティカに近づくと、その鮮血が流れ出ている腹部を手で押さえて虚ろな目をしている彼女に必死に声を掛けた。まさか自分が撃たれるとは思ってもいなかったのか、彼女は愕然とした様子で身体を震わせている。その白い肌が余計に青白くなっていく姿が脳裏でクリスカと重なってしまい、気が気でなくなった京介は止まるはずの無い血で手を真っ赤に染めていく。

 

 

「おいおいおいおい……しっかりしろ、おい! 俺を見ろ、マーティカ、マーティカ!」

 

 

傷口を押さえている手とは逆の手でマーティカの身体を抱え上げると、京介はその蒼い瞳を覗き込んだ。どんな気持ちでいるのか全く読み取れなかった無機質な女の表情が、今では明確な痛(・)み(・)と恐(・)怖(・)に染まっている。損傷した内臓から上がってきたどろりとした血液がその口の端から溢れてくると、マーティカは身体を震わせながら、だがしっかりと唇を動かして小さな声で言葉を紡いだ。

 

 

「……спасибо(ありがとう)」

 

 

そしてそれだけ言うと、マーティカはそのまま目を閉じた。腕の中にあった彼女の身体がグッと重みを増すと、京介は彼女が強く握り締めていたマカロフに視線を落とす。そしてその背に、サンダークは言葉を浴びせた。

 

 

「一度騙された相手に随分と優しいのだな、ウラキ中尉。それともやはり……自分の女と同じ顔をした女が死ぬのには耐えられんか」

 

 

「ッ!」

 

 

腰に差していたPT92を抜くよりも早く、京介はマーティカの手から取り上げたマカロフを持って背後に振り返った。身体が正面に向く位置にモスバーグを持つイワンの姿が一瞬視界に入り込むも、京介はそれを意に介することなくサンダークに狙いを定めて引き金を引き絞る。だが作動したマカロフのハンマーはカチンッという空撃ちの音だけを部屋に響かせると、次の瞬間には爆音と共にモスバーグの銃口から放たれた炎の渦にも似た白熱した鉄の小粒が、その左脇腹を傷つけた。ジャケットとその中に着ている黒い肌着ごと肉体を一瞬にしてズタズタにされた京介はマカロフをその手から零すと、そのまま声にならない叫び声と共に前のめりに倒れ込む。ブスブスと衣服と肉が焦げていく音と臭いが部屋中に充満していく中、イワンはモスバーグを構えたままフォアエンドを動かした。

 

 

「俄かには信じ難いが……それ程の傷を負っても死なないのか、その男は」

 

 

焦げた臭いに顔を顰めていたウェラーはそう言葉を零すと、サンダークは心配いらないと言葉を返し、そして京介が取り落としたマカロフを拾い上げる。

 

 

「彼は管制ユニット内で至近距離で36mm弾の弾幕を受けても生存していた男だ。傷の具合で言えば、その時の方がもっと酷かった。無論、適切な治療が遅れれば火傷や傷痕は残るだろうが……」

 

 

マカロフのマガジンを抜いて弾丸が装填されていることをその場にいた全員に見せると、サンダークはそれを装填し直してからスライドを引いた。そして傷口が焼けたことで出血が抑えられている京介にそれを向けると、迷う事無く引き金を引いてみせる。先程の散弾銃の銃声と比べると小さな銃声と共に放たれた弾丸は、蹲っている京介の足元に着弾した。ウェラー達がこの距離で外したのかとでも言うような嘲笑を浮かべると、サンダークは不敵な笑みを浮かべ返して再びマカロフの引き金を引く。だが今度は先程の京介と同じようにハンマーが甲高い音を鳴らしただけに終わり、サンダークはウェラー達に向けて最初に放った弾丸の空薬莢がスライドと排莢口の間に挟まっているのを見せた。

 

 

「こちらが彼を殺す気でいるか、或いは彼自身に死の危険が迫っている状態か……。そのどちらかの要件を満たしていれば、我々には彼を殺す事は出来ない。レズノフ少尉が撃ったあのドラゴンブレス弾も、致命傷には至らなかった。寧ろ敢えて傷つくことによって自らを死の危険へと近づけたのだ。諸君らも撃ちたければ撃ってみたまえ、一度その身を持って体験してみると良い」

 

 

その言葉に反応して一人の男が立ち上がると、彼はズボンに取り付けていたホルスターからグロック17を引き抜いた。しっかりと両手で銃を構え、照準を今も尚蹲っている京介の背へと向けている。そして一発の銃声が響くも、放たれた弾丸は狙いを僅かに逸れて京介のジャケットを軽く裂いただけだった。

 

 

「冗談だろ……」

 

 

元々ウェラーに付いてはいるものの関わっているも(・)の(・)自体には懐疑的だったのか、その男はそう言葉を零すとグリップを強く握り締めて京介へと近づいた。今度は至近距離で狙う為に。弾が詰まっていたり不発になっている可能性も考えたのか一度スライドを引いて一発余分に排出させ、男はゆっくりと歩みを進めていく。だがその足元を突然何かが滑っていくのに気付いた途端、男の目の前で京介が突然上体を起こした。歯を喰いしばり鬼のような顔をした京介はその手にマカロフを持っていて、雄叫びと共に引き金を引き絞る。放たれた弾丸は男の喉を貫通し、呼吸困難に陥った男は銃を取り落として首下を苦しそうに押さえながら倒れ込んだ。こうなると助かる術は無く、ウェラーは黙って立ち上がると愚かな部下の為に自分のP229を引き抜いて早急にその脳天をぶち抜いた。

 

 

そして無意味に一つの命が奪われると、その命を奪ったアメリカ人は険悪な様子を隠さずにゆっくりと口を開く。

 

 

「さて……一つ確認したい事があるのだが、サンダーク大尉。何故彼に銃を返した? まさか無意識に地面に置いた銃を蹴り飛ばしていただなんて言わないだろう」

 

 

「そこはウェラー捜査官自身の考えを信じると良い。ただ……彼を殺そう試みた君の部下が、逆にやられただけ。そういう話だ」

 

 

二人の謀略を廻らす男を前に、目を真っ赤にした京介は未だ強く握り締めているマカロフを構えようとしていた。だが猛烈な腹部の痛みと熱に視界が明滅し、身体が震え、人差し指を動かす力も出せない。サンダークははぐらかすように言葉を吐いているが、右手に握っているトカレフの引き金にしっかりと人差し指を掛けている。そしてウェラーもまた、サングラスを外して目元を押さえたりしていたがP229をホルスターに戻す事なく握ったままでいた。協力関係とは言っても、所詮この程度の繋がりか。やや熱を帯び始めた思考の中で京介がそう嘲笑すると、横から伸びてきた大きな手が彼の手からマカロフを奪い取った。自分をこんな状態へと追い込んだ原因となった裏切り者、信じ過ぎたのが自分の失敗かと後悔していた京介は何とかして言葉を発しようとし、そして幼稚な罵声を発する。

 

 

「この、クソ野郎……イワン……!」

 

「黙っていろ、今薬を打つ」

 

「何……?」

 

 

マカロフを横たわるマーティカの方に投げたかと思えば、イワンはポケットからクリスカに使っていたものと同じ圧縮注射器を取り出した。そしてそれを京介の首筋へと押し付けると、ブシュッという音と共に中身が一気に京介の体内へと送り込まれる。そして覗き込んだ京介の瞳の瞳孔が開いていることを確認すると、イワンはモスバーグのストックでその身体を軽く押した。つい先程容赦無く燃える散弾をぶっ放した男とは思えない程、その行為には力が篭っていない。

 

 

「薬が効くまで暫くそうして寝ていろ。そうすれば全てが終わる」

 

 

まるでサンダーク達に聞かれたくないかのように囁いたイワンに疑問を抱きながら、完全に身体の自由を失った京介は地面に仰向けに倒れ込んだ。首一つ動かせず、次第に手足の先から感覚が無くなっていく。辛うじて分かるのは、上向きになった視線の先に見えるイワンの姿だけ。そして朧気な京介の視界の中で、イワンは突如モスバーグをおもむろに構えるのであった。その銃口を、サンダークとウェラーに向けて。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。