※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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「さて、険悪な雰囲気になるのは構わないが話を進めてもらえるかな? お二方」

 

 

モスバーグを構えてそう言い放ったイワンを前に、サンダークとウェラーは共に冷たい微笑を抱えたままそれぞれの銃を収めた。血と硝煙の臭いが充満し、二人分の死体が転がっている中、サンダークは地面に仰向けで倒れ込み焦点の合わない目をしている京介の顔を覗き込んだ。

 

 

「主役が随分と疲れてしまっているが……暫くはこのままで居てもらおう」

 

 

「それで、肝心の女はどうするつもりだ? 彼を人質にしていれば問題は無いだろうが、例の男の件もある」

 

 

ウェラーがそう問い掛けるもサンダークは特に言及することなく、執務机の引き出しの中から通信機を取り出した。

 

 

「レズノフ少尉、警備部隊は今も他の衛士を監視下に置いているはずだったな?」

 

 

「ええ、そのはずです。我々二人を案内した兵士も、ブリーフィングルームに戻っているはず」

 

 

ぼんやりとした意識の中で聞こえてきたイワンの言葉に、京介は間延びした思考で疑問を感じていた。この部屋に来る途中で、自分達を案内してきた兵士三人は既に射殺しているはず。その事についてサンダークに嘘を言ってどうするのだろうか。自分に打ち込んだ注射と言い一体イワンは何を考えているのだろう、そう京介が少しずつ戻ってきている手足の感覚を味わっていると、通信機に何事か声を掛け続けていたサンダークがふいに手の中にあったそれを机の上に乱暴に転がした。

 

 

「部隊と連絡が取れなくなっている。どうやらエゴロワ少尉達は自力で脱出してみせたようだぞ、レズノフ少尉」

 

「それは……ふむ、恐らく格納庫でしょう。事前に危険な状況に陥った際は戦術機を使用して強行突破を図るよう話をしていましたから。しかし事前に国の方から例の部隊を引っ張ってきているのでは? それを使用すれば」

 

「ああ、分かっている。ウェラー捜査官、すまないが少し事が大きくなりそうだ。こちらの試験部隊を動かす」

 

「例のクローン達による部隊か、中々興味深い。観察させてもらおう。……事が起きるまでの間に、レズノフ少尉から因果律干渉能力について知っている事を聞いても?」

 

「私にそれを止める理由はない。話してやりたまえ、レズノフ少尉」

 

「はっ」

 

 

サンダークとウェラーが言葉を交しているのを黙って聞いていた京介だったが、次第にはっきりしていく意識の中でイワンが自分に打ち込んだ薬物が一体何なのか大まかに予想を立てていた。恐らく劇薬の一種で痛みが和らいでいく感覚がある事から、麻薬に近いものなのであろう。過去に今回使われたものと近いものを服用していたことからか、京介はある程度の身体の自由が利くようになってくるとそっと左手を腰のPT92のグリップ近くへと伸ばす。部屋の中にいるのはサンダークとその秘書にイワン、そして残り三人になったウェラー達CIAの人間。マーティカの傍にあるマカロフも拾えば、即座に全員を射殺することは可能だろう。痛みを感じなくなってきている事が決して良くない事だということを理解しつつ、京介はジッとイワンとウェラーの会話に耳を澄ました。

 

 

「ロバート・ギリアム・イェーガーが提唱した因果律干渉能力は、大まかに言うと三つの要素が要る。一つ目は基本となる平行世界の存在を認識しているという事、これは膨大な数に枝分かれしている並行世界の存在を脳が自覚しているかという事だ。だが当人がその事自体を意識して認識しているかは関係無い、ほぼ全ての候補者はその平行世界の概念すら知らないからな。次に、その無意識の内に認識している平行世界に干渉出来る力を持っているという事。これは誰にだってある事だと思うが、最初にこうしようと決めていたが別の方法を選んだ結果、変えた方がかえって良い結果になった。誰にだってある経験だとは思うが、候補者達はこの結果を偶発的要因の下に発生させる。本人が意識せずにやった事でも、それがその当人にとって最も良い結果を齎すんだ。そして三つ目は、因果律の名の下に自らが死ぬ運命にある平行世界へと繋がる全ての選択肢を排除し、全ての生命に平等に訪れるはずの死の可能性を極限にまで遠ざけることが可能な事。この三段階を経る事によって、因果律干渉能力者は異常なまでの生存率を誇る。自らの死へと繋がる選択肢を全て排除し続けるからだ。仮に候補者が死亡してしまったのであれば、それはこの三段階目の素養が欠けていたという事になる」

 

「そして現在、理論上その存在に最も近い者がイェーガー大佐とそこにいるウラキ中尉という訳だが……あの男が率いている名無しの連隊(アンネイムド)、あれはどうなんだ」

 

「断言は出来ない。奴らもただの近似値に過ぎないのか……或いは本物なのか、入隊してすぐに死んだ奴もいれば部隊結成よりも前から目を付けられ今も生き残っている奴もいる。そもそもイェーガーとウラキの両名も近似値に過ぎないかもしれないという憶測でしか話が出来ないんだ。そうなれば全人類がこの枠組みの中に入ってしまう。兵士にならない事で自らの死の運命を遠ざけた、なんて見も蓋もない話が通ってしまうくらいに」

 

 

イワンの言葉にウェラーはややいぶかしむように息を洩らすと、丁度そこへ待機させている部隊への指示を出し終えたのか、サンダークがテーブルへと近づいた。

 

 

「研究所内で米軍が送り込んだ特殊部隊とGRUのスペツナズが戦闘状態に突入したそうだ。どうやら互いに邪魔者は一掃出来そうだな、ウェラー捜査官」

 

 

「全くもってその通りだ、サンダーク大尉。これで互いの身辺を綺麗に掃除し、自分が動きやすい人員を配置出来るようになる。そして我々はBETA大戦後の世界に向けた新しい兵士の研究を進め、そっちは自らの研究をより良い形で進めることが出来る」

 

 

サンダークとウェラーの会話を聞きながら、京介はゆっくりと身体が勝手に呻き声を洩らすのを聞きながら寝返りを打った。冷たい床の感触が潰れた頬に広がっていき、すぐ目の前には力無く開かれたマーティカの手が伸びている。既に四肢にはそれなりに力が入るようになっていて、後は身体全体に広がっている倦怠感が無くなればすぐにでも飛び上がれそうだった。

 

 

「次は格納庫にいるエゴロワ少尉達の身柄を押さえ、ビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉を我々の監視下に置く。後は互いのでっち上げ(カヴァー・ストーリー)を基に米ソ両国の身の潔白を証明すれば良い。レズノフ少尉はこのままウラキ中尉を監視し、後は今まで通りに多重スパイとして活動してくれれば良い」

 

 

「分かっています。事が終われば再びイェーガー大佐との接触を行い、可能な限りの情報収集を。……ところで大尉、一つ聞いておきたい事が」

 

 

話が次の段階へと進もうとしたところで、ふいにイワンがサンダークへと声を掛けた。その間にも京介は、マーティカの傍に転がっているマカロフにゆっくりとその手を伸ばしていく。その間にも、イワンとサンダークの会話は進んでいった。

 

 

「何だね、レズノフ少尉」

 

 

「ビャーチェノワ少尉とシェスチナ少尉が何故ウラキ中尉に靡いたのか……いや、興味を持つようになったのかを、大尉はどう考えているのかと」

 

 

その言葉を聞いた時、京介は思わず身体の動きを止めた。かつて自分がサンダークに囚われた時、初めてマーティカの存在を、クリスカの真実を知った時、サンダークは言った。彼女が君に近づいたのはそう調整されたからだと。薬物の影響で頭の中が熱を帯びたようにはっきりと覚醒していく中で、サンダークはイワンの問いに答えた。

 

 

「恐らくは、彼女達自身の可能性の未来視(フェインベルク)現象が発端だろう。プ(・)ラ(・)ー(・)フ(・)カ(・)によって意識融合を遂げた彼女達は否定的(ネガティヴ)な未来の確定情報を受信する。それに対して彼は極限まで否定的な未来を排除する事で……言ってみれば肯定的(ポジティヴ)な未来を能動的(アクティヴ)に自ら引き寄せている。その感覚の違いが彼女達の興味を引いたのだろう。無論ユウヤ・ブリッジスにも何かしらの要因があり、だからこそシェスチナ少尉は彼にも興味を持った。幼い彼女には近寄り易い光だったからだ。だがキョウスケ・ウラキの光は、同時に泥沼のような闇を内包していた。それが彼女達と彼が初めて遭遇した時に起きた感応現象の原因だ」

 

「あの直後から、ビャーチェノワはウラキに固執するような素振りを見せていた。他者の思考が勝手に流れ込まないように制御装置を付けていても尚、自らの精神に影響を与えたあの男は何者なのかと」

 

「そうだ。だが彼と接触しその闇の本質に触れるに従って、ビャーチェノワの中でウラキに関する印象が変わっていった。行き過ぎた光と闇を持つ男は、心の弱い自分を隠して生きていたただの人間なのだと」

 

「だから貴方は彼を自分の制御下に置けると確信して、これまで行動してきた」

 

「そうだ」

 

 

イワンとサンダークが交している話の内容の一部に内心首を傾げつつも、京介は必死に逸る呼吸を整えながらタイミングを計っていた。連中が何を考えているにしても、この場を切り抜けなければ自分達に未来は無い。そもそもクリスカ達と連絡が取れない現状は、京介にとって最も回避すべき状況なのだ。幸いイワンに撃たれた位置は通信機を入れているポケットから外れていて、形だけで言えばまだ壊れていない様子が分かる。何としてもクリスカと連絡を取らなければ、そう京介が自らの取るべき行動を実行に移そうとした時、少しの間だけ訪れていた沈黙が破られた。

 

 

「何故……制御下に置けると、彼を自分の手元に置いておけると思えたのか。一芝居打って自らを撃たせた上で、貴方は人質という手段を用いて彼の自由を削いだつもりでいる。その自信は何処から?」

 

 

「ふむ……おかしな事を聞く。彼の弱点として身近な者が危険に晒されるのを極端に嫌がる事を挙げたのはレズノフ少尉、君だ。彼を我々の管理下に置いて研究材料にする事を提案したのも君だ。一体何故、今更そんな事を聞くのかね」

 

 

サンダークのそう言葉を返されると、イワンはモスバーグ片手にスッと立ち上がった。そしてサンダークやウェラー達に背を向けると、ゆっくりと倒れ込んでタイミングを計っていた京介に接近していく。そして自らを見上げている京介と目を合わせると、何故かイワンは心配するなとでも言うような目をして頷いた。

 

 

「------かつてカムチャツカでの事件の後、貴方はイェーガー大佐から連絡を受けていたはずだ。一番最初に彼の身柄を拘束した時に」

 

「ああ……そんな事もあったな。で、それが一体どうした?」

 

「その時に大佐から言われた事を貴方はどう受け止めたか、それをお聞きしたい」

 

 

イワンのその言葉に、サンダークは珍しく声を上げて笑った。だがその声色は嘲笑に塗れており、連られてウェラー達もくっくと声を押し殺して笑い始める。だがイワンがその手に持っていたモスバーグのフォアエンドを動かし、空のショットシェルが宙を舞うと、一瞬にしてその場の空気が凍りついた。ゆっくりと底冷えするような声で、イワンはサンダークに語り掛ける。

 

 

「貴方は忠告されたはずだ。自分で理解出来ない領域に足を踏み込むべきでは無いと。もし貴様らがその身を滅ぼす時が来るとすれば、原因はたった一つだとも」

 

 

ソファーから立ち上がったイワンは正面にサンダークを置くと、ゆっくりとモスバーグを構える。そして次の瞬間、爆音と共に放たれた散弾と炎の渦がサンダークに直撃した。声一つ上げる間もなく身体をくの字に曲げて吹き飛んだサンダークの身体は執務机にぶつかり、焼け焦げた胴体部からは白い煙が上がっている。そのままフォアエンドを動かしたイワンは執務机の隣で呆然としていた秘書にも銃口を向けると、再び爆音と共に一人の人間が焼け焦げて死に絶えた。そこで部屋の中の火災報知機が作動しけたたましいサイレンが鳴り響くと、ウェラーの怒り狂ったような絶叫がそのサイレンに呑まれていく。

 

 

「貴様ッ……!」

 

 

慌ててホルスターに手を伸ばしながら立ち上がる三人を前に、イワンは再びモスバーグの引き金を引いた。三度放たれた鉄と炎の狂気はウェラーの顔の一部を焼きながら、一人の男の胴体をズタズタに引き裂いていく。そしてもう一度フォアエンドをイワンが動かそうとした時、ふいにモスバーグから何かが挟まったような嫌な音が響いた。フォアエンドが最後まで引き切れず途中で止まっている所為で排莢出来ず、イワンは即座にそれを捨てて懐に手を伸ばした。だがそれよりも先に生き残った最後の一人が放った銃弾が、イワンの胴体を何度も貫通する。そして血を噴出しながら倒れ込むイワンが懐からリボルバーを取り出すと、結局は最後に残った男もまたその生涯をあっさりと終えてしまった。

 

 

「っぐ……う……」

 

 

「イワン……? おい、イワン!?」

 

 

京介が顔を上げた時、既に部屋の中は硝煙と血とサイレンに占拠された地獄絵図と化していた。ソファーの上には顔面が焼け爛れたスーツ姿の男が手足を投げ出しており、サンダークはその目を大きく見開いて口を馬鹿のように開けて事切れている。その腹部からブスブスと煙を上げている横で、イワンはジャケットの腹部や右胸に血を滲ませながら虚空を見上げていた。京介は足がもつれて上手く立ち上がれないながらも、地面を這ってイワンの傍まで飛んでいく。2m近い大柄な男が口の端から血を零しながら虚空を見つめているその姿に、京介は思わず言葉を詰まらせた。だがそれでもイワンは自分の視界に京介の顔が映りこむと、すぐに視線をはっきりさせる。

 

 

「つ、通信機を……」

 

「何だ?」

 

「通信機を……ここに、サンダークが……使っていた……」

 

 

今にも消えてしまいそうな声を絞り出すイワンに京介はすぐに執務机に飛びつくと、その上に転がっていた通信機を拾い上げてイワンの口元まで持っていった。それをイワンは弱々しい手で受け取ると、そのまま電源を入れてロシア語で何かを話し始めた。通信機の向こうからは混乱している様子の男の声が響いており、やがて通信が終わるとイワンは通信機を持ったまま腕をダラリと地面に伸ばす。

 

 

「浦城……、連中の、アメリカ人の……身分証を持っておけ。俺達を殺した罪を……連中に擦り付けるんだ……」

 

「何だって?」

 

「この騒ぎで……お前の事を知っている人間の殆どが死ぬ、利用しようとしている人間達だ……。サンダークはすでに邪魔になる人間を消している、そしてウェラー達も……っ、いなくなれば、CIA(ラングレー)の中でお前を追う存在はいなくなる……」

 

 

時折口から血を吐き出しながら、イワンは京介に語り掛けた。

 

 

「今の通信で、サンダークがアメリカ人に殺害されたと情報を流した……。これで研究所内で起きた戦闘と合わせて、米ソの関係は一気に……一気に緊張状態に陥る。そしてこのまま、戦術機を使って……騒ぎを起すんだ。その隙に、お前はあの二人を連れて逃げ出すんだ」

 

「逃げるって、一体何処に!? ソ連の領域か、アメリカか!?」

 

「白銀……武……、奴を利用し……日本に向かえ。そうすれば……オルタネイティヴ4の加護下に入れば……暫くは安全だろう。その後の事は……その時に考えろ、得意だろ? 行き当たりばったりは……ははは」

 

 

乾いた笑い声を発してから、イワンは一度強く咳き込んで血を撒き散らした。京介が傷口を押さえて止血しようとするが、イワンはそれをやんわりと拒絶する。そしてその大きな手で京介の手を握り締めると、イワンは最期の力を振り絞るかのように顔の筋肉を強張らせた。

 

 

「後の事は……ユーリに、任せてある。俺に出来る事は、お前達を利用しようとした人間を……こうして、まとめて……排除することだけだった」

 

「どうしてそんな……こんな回りくどいことをしてまで、というか俺を撃つ必要はあったのか!? 劇薬まで打ってくれて、もう少し穏便な策ってもんが------」

 

「回りくどいのは性分さ……。お前を撃ったのも、必要だったからだ。適切な治療を受ければ死ぬ事はない……。それよりクスリが回って頭がパーになる前に……、前に……」

 

「イワン……?」

 

 

突然言葉を詰まらせたイワンに京介が首を傾げて彼の顔を覗き込むと、その時点で京介は全てを察した。肺と内臓を損傷した時点でイワンの生存率は0%に近く、既に彼の口腔内はせり上がってきたドロリとした血液で満たされている。それでもイワンは最期に口の中の血を押し出して吐き出すと、掠れた声で京介に叫んだ。

 

 

「逃げろ……浦城……! そして俺に見せてくれ、ロバートとの……決着を……。お前という人間が一体何なのか……俺に……!」

 

 

やがて京介の手を掴んでいたイワンの手からスッと力が抜けていくと、京介は見開かれていたイワンの目を閉じさせてやった。そして自らのジャケットを脱ぎ捨てると、傍に落ちていたイワンのリボルバーを拾い上げる。そしてジャケットのポケットからイーニァに渡した通信機の片割れを取り出すと、その回線を繋いだ。

 

 

《------キョウスケ?》

 

 

「……俺だ、イーニァ。無事か?」

 

 

聞き慣れた幼い少女の声が耳朶を打つと、京介はホッと胸を撫で下ろした。そして相手の状況について訊ねると、イーニァなりに分かり易く噛み砕いて説明してくれた。イワンと京介が最初の兵士を倒したのであろう銃声が聞こえると、ブリーフィングルームでもユーリ達が残っていた兵士を射殺して逃走。そのまま格納庫まで逃亡し、混乱に紛れて全員が強化装備を着て待機しているらしい。そして基地の外では騒ぎの影響から米ソのみならずユーコン基地の警備部隊の戦術機まで出撃しているらしく、ユーリによるとサンダークの虎の子であるクリスカと同じロットのクローンで構成されている特殊部隊も待機して居るとの事だった。

 

 

「そうか……。じゃあイーニァ、ユーリにこの回線を教えてくれるか? アイツと話しておくことがあるんだ」

 

《うん、でも……》

 

「大丈夫だ、すぐに俺も合流するから」

 

《うん、まってる》

 

 

それから回線がユーリの強化装備と繋がると、京介は先にイワンが死亡したことを伝えた。その事実に対してユーリの反応はえらく淡白なものだったが、それでも京介にはそれを詰るような事をする余裕は無い。

 

 

《良いかウラキ、格納庫にはお前用にSu-47を一機用意してある。だが俺達のようなE型じゃない、pzX1型……つまりマーティカのような連中が使用する機体だ。どういう訳かイワンは自分の機体じゃなく、そいつらの機体をどうやってか用意していたんだ。お前が合流し次第、俺達も出撃して一悶着起こさせてもらう。プロミネンス計画が根元から引っこ抜かれるような大騒動だ、いいな》

 

「ああ、だがその前にクリスカとイーニァには行ってもらう場所がある。だから騒動を起すのは俺と、お前と、リコの三人だ。いいな」

 

《……チッ、分かった。ならとっととビャーチェノワと話せ、時間が無いぞ》

 

「ああ、待ってろ」

 

 

そうしてユーリとの回線が切断されると、京介はジャケットの中から白銀との連絡用のヘッドセットを取り出してズボンのポケットへと収めた。そしてテーブル上に置かれたデイバッグからAKMとマガジン、手榴弾を取り出すと、それらもズボンのベルトに引っ掛けたり差し込んだりしていく。そして薬物の所為で痛覚が麻痺している所為か左脇腹の火傷や散弾による怪我を派手に手で叩いてみせると、脱いだジャケットを持って地面に倒れているマーティカへと近寄った。クリスカ側の方で何かあったのか、まだ回線が繋がらない。その間に京介はマーティカの身体を仰向けにして整えると、クリスカと瓜二つのその顔が安らかな表情をしている事に安堵しつつ、自らのジャケットを彼女の顔へと被せてやった。そして彼女のマカロフを拾い上げた時、漸くクリスカとの回線が通じた。

 

 

《京介!? 無事なの!?》

 

「ああ、何とかな。そっちも無事で何よりだ」

 

《レズノフ少尉が死んだって聞いたけれど……》

 

「ああ、そうだ。それに……マーティカも殺された、サンダークに。理由は分からんが……」

 

《そう、彼女が……》

 

 

互いに言葉を交しながら、京介は部屋を出発する準備を整えていた。施設内全域で警報が鳴り響いている今、少しの行動の遅れが大きな影響を齎す。だから京介は、すぐにクリスカに本題を振った。

 

 

「いいかクリスカ、今からお前にはイーニァを連れてある男に会いに行ってもらう。そいつは俺達をこれから保護してくれる男だ」

 

《え……? え、何の事? 保護って》

 

「詳しい事はイーニァに聞いてくれ。兎に角お前達は今すぐそいつと合流するんだ、話は通しておく」

 

《京介は、貴方はどうするの!?》

 

「俺もすぐに行く。けどその前にお前達の安全を確保しておきたいんだ。愛してる、クリスカ」

 

《京------》

 

 

通信を一方的に切断すると、京介は耳に付けるヘッドセットを白銀と連絡するものと交換した。恐らく現状の騒ぎは何らかの形で把握しているだろうと考えていた京介は、話がつき次第すぐにクリスカ達の保護を頼むつもりだった。だが白銀との連絡がつく前に、突如ボロボロになっていたソファーの一つが大きな音を立てて倒れ込む。そして京介の前に立ち塞がったのは、顔の半分以上が醜く焼け爛れたウェラー捜査官の姿だった。受けた炎で器官も焼けてしまったのか、ウェラーは掠れに掠れて聞くに堪えない声を京介に向けて発する。

 

 

「この程度で……この私が、諦めるとでも? 貴様やその女のような化け物風情や出来損ないの共産主義者共に良いようにやられて、このまま大人しくくたばるとでも……!?」

 

 

どちらにしても長くは生きられなさそうな姿のウェラーだったが、その全身から発する溢れんばかりの憎悪にも似たオーラを前に、思わず京介は怯んだ。だがそれでも、自分達の生きる未来を勝ち取る為に倒さなければならない。そう思うと、自然と京介の手は拾ったばかりのマカロフを握り締めていた。

 

 

「下手糞な芝居を見せやがって! デカイだけの大男が一丁前にブロードウェイの真似事か!? ああ!? このクズ共が、我々を簡単に出し抜けるとでも思っていたのか!」

 

 

「いや……殺す前のただの冷やかしさ」

 

 

京介がそう冷淡に言い放った時、ウェラーはもう腰のホルスターに手を伸ばしていた。だがそれよりも先に京介は左肘を曲げて脇腹につけ、右手で左手首を掴むと、そのまま持っていたマカロフをやや横向きに構えて引き金を引いていた。放たれた銃弾はウェラーの左胸の辺りを貫通し、撃たれた彼はそのまま膝から地面に崩れ落ちていく。そしてそのまま、京介はマカロフを構えなおして引き金を引き続けた。マカロフが弾切れになればそれを捨ててイワンのリボルバーを引き抜き、そして一歩ずつ近づきながらウェラーに一発ずつ撃ち込んでいく。京介が倒れ込んだ彼を見下ろした時、焼け焦げたシャツに血の染みを広げていたウェラーは、イワンと同じように口から大量の血を溢れさせていた。

 

 

「っ……っ! っぐ、ぉ! ぉぅっ!」

 

 

もう声を発する事しか出来ないのか、呻くように血を飛ばすウェラーを見下ろしながら京介は傍に落ちていた彼とジョセフ・コートマンの身分証を拾い上げる。そしてそれをズボンの尻ポケットに入れると、京介は一つの手榴弾を取り出した。

 

 

「イワンの言う通りに、お前らには最期に俺達の役に立ってもらう。どんな事態が起こるかは想像がつくが、俺達には関係無い。だろう? ウェラー捜査官」

 

 

京介は言いながら手榴弾のピンを抜くと、レバーをしっかりと握りながらそれをウェラーのだらしなく開かれた口腔内へと押し込んだ。ゆっくりと押し込んでいくにつれて溢れた血液がウェラーの頬を伝って床に広がっていくが、京介が手榴弾を最後まで押し込んだ頃には、ウェラーは呼吸困難に陥って白目を向いていた。その後手榴弾の位置を修正してレバーを外れ易くすると、京介はウェラーの頭の上に被さるようにソファーを倒す。丁度背もたれと椅子の部分の空間に、彼の頭が入るように。

 

 

そしてウェラーの足が痙攣し始めたのを見ると、京介はすぐに執務机の陰へ隠れようと急いだ。そして一発の銃声と共に爆音が部屋中を激しく振動すると、机の陰で倒れていた京介に破裂した肉片やスーツの一部、そして霧散した血液が降り掛かる。部屋の中には、手榴弾によって吹き飛んだソファーの破片、ウェラーやその仲間の損傷した肉体がバラバラになって散乱していた。テーブルやデイバッグ、ソファーは勿論、執務机の一部に至るまで破壊されている。京介が身体を起した時には、サンダークの遺体も片足が吹き飛んでしまっていた。

 

 

「火薬の量が……おかしかったな……クソ」

 

 

身体を起しながらそう悪態をつくも、京介はイワンとマーティカの遺体が幸いにも無事だったのを確認すると、手榴弾の爆発でボロボロになっていたデイバッグを拾い上げ、そのままAKMを肩から掛けて部屋を出て行った。部屋の前の通路に背中を預けると、京介はそのまま腰を下ろして深いため息をつく。グロテスクな光景が広がっている部屋の中から目を背けながら、京介はインナーを捲って左脇腹の怪我の様子を確認する。イワンが撃った改造ドラゴンブレス弾は僅かに急所を外していたものの、皮膚の一部は焼けてしまい、更に一部の散弾が肉の一部を抉ってしまっていた。そして今しがた出来たばかりの一発の銃創からは、止まることなく赤い血液が流れ出していた。信じられない事だったが、手榴弾が爆発する直前にウェラーがどうにかして握った銃の引き金を引き、そして放たれた銃弾が京介の身体を貫通した以外考えられない。

 

 

「クソッ、ここまで来て……情けねえ……!」

 

 

悪態をつきながらも、京介の出血は止まらない。そして彼の耳朶を白銀の言葉が打ったのは、正にその時だった。

 

 

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