※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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《------こちら白銀》

 

 

耳朶を打つ聞き慣れた声に、京介は壁の冷たさを背に感じながら短く息を吐いた。ただ相手が自分の名前を言っただけだというのに、嫌悪感を抱いてしまっている。その事実に、辟易したのだ。グルグルと状況が目まぐるしく変わっていってしまっている中で、誰を信じて誰を信じなければ良いのか分からない。裏切ったように見えたイワンは、結局裏切ってなどいなかった。だがそれでも彼が心の底から望んでいたのは京介とロバートの決着であり、京介自身を仲間として見ていたかどうかまでもう知る事は出来ない。CIAの人間も排除したが、結局イワンの言う通りにアメリカ側からのマークが外れたかどうかすら京介には分からないのだ。だから白銀に対しても、京介は未だにどう思えば良いのか判断がつかないでいる。そんな京介の心情を知ってか知らずか、通信機の向こうにいる白銀が再び口を開いた。

 

 

《浦城さん? ……浦城さん、そちらでの騒動はこちらでも把握しています。今の段階ならまだ三人の保護は可能です。今どんな状況かだけでも------》

 

 

「ッ……黙って聞け、白銀」

 

 

白銀の言葉を遮るように声を発するとそれだけで銃創から血が溢れるが、薬物の所為で痛みは無い。京介は白銀が黙り込んでから少し間を開けてから、言葉を続ける。例え自分が相手をどう思っていようが、ここまで追い込まれた状況では藁をも縋る思いで決断しなければならないこともある。そう自分に言い聞かせるようにしながら、京介は本題を切り出した。一言一言発していくごとに、傷口を押さえている手の指の間から血が流れ出ていく。

 

 

「今からクリスカとイーニァに繋がる周波数を教える。それで連絡を取って、あの二人を先に保護してくれ。俺にはまだ……やる事がある」

 

 

《それは……了解。ですがここから確認出来る限り、相当数の戦術機が戦闘態勢に入っています。これ以上騒ぎが大きくなれば脱出どころじゃ……》

 

 

言い淀む白銀の声色に自嘲した笑みを浮かべながら、京介はこれから自分がやろうとしていることを思い返した。自分の命を危険に晒せば晒すだけ混乱は極まり、深まり、収拾がつかなくなっていく。今の自分がクリスカとイーニァの為に出来る事は、もう決まっていた。イワンに打たれた薬物により恍惚状態に近づいていっているからか、京介の語尾が徐々に弾んでいく。そしてその心の奥にある本心の一端もまた、白銀の心に楔を打ち込むかのように放たれた。

 

 

「心配するな、お前が二人を保護する時間は作ってやれる。……一応言っておくが、本当は俺はお前をクリスカに会わせたくなんかなった。まだあいつに必要な薬に関して、お前から何の情報も貰っていないからな。……けど、もう時間が無い。だから俺はイーニァが信じているお前を信じる事にする。俺自身がお前を信用するのはその後だ。……もしあの二人を少しでも悲しませるような事をしてみろ、そうすれば、俺がお前を殺すぞ」

 

 

壁に寄り掛かりながら予備のマガジンをジャケットのポケットに入れ直しつつ、京介は白銀にそう語った。傷口から溢れている血は下着ごとズボンを塗らしていて、鼻が捻じ曲がりそうな程の鉄の臭いを放っている。その事実に目を背けつつ、京介はデイバッグを背負いなおすと格納庫に向かうべく歩き始めた。

 

 

《……分かりました。二人は必ず俺が保護します、浦城さんも必ず無事に合流してください。貴方がいなければ意味が無いんです》

 

 

「……分かってる。任せたぞ」

 

 

それだけ言って白銀との通信が切れると、京介は廊下の進行方向側からやってくる複数の足音に気付いた。AKMから手を離してスリングで吊るすだけにし、腰のPT92を何時でも引き抜けるように注意する。そして複数の足音が廊下の先の曲がり角に差し掛かった時、京介はわざと廊下に倒れ込んだ。

 

 

 

「生存者だ! 衛生兵!」

 

 

「ウラキ中尉だ、撃たれているぞ!」

 

 

ソ連側の警備部隊である事を示すワッペンが一瞬見えた時、京介は既にどういう行動を取るべきかを即断していた。全身が血塗れの状況で、ズボンのポケットには有力な証(・)拠(・)が入っている。そして自分の立場を使えば、現状を切り抜ける事は十分に可能なはずだった。兵士達に仰向けにされて上着と肌着を捲り上げられた後、京介は左脇腹の傷に応急処置を受けながらポケットから二枚の血塗れの身分証を取り出した。それを隊長らしき人物に差し出すと、大柄な男はその中身を見た後にすぐに京介の顔に視線を戻す。

 

 

「このDIAの身分証を、一体何処で?」

 

「そこの……サンダーク大尉の部屋にある、死体のだ。連中、理由は分からないが大尉のところに居て……いきなり撃ちやがった。途中でイワンが連中の武器を奪ったけど、撃たれて……生き残ったのは俺だけだ」

 

「やはりあの連絡は本当だったか……。兎に角、中尉の身柄は我々が保護します。幸い弾も貫通しているようなので、止血剤を貼っておけば暫くは大丈夫かと」

 

 

 

二人の大柄な兵士に抱えられながら京介は立ち上がると、隊長が指示を飛ばしサンダークの部屋へと部下を向かわせる姿を見ながらその場を離れた。デイバッグとAKMを背負ったまま京介は暫く黙って運ばれていたが、やがてサンダークの部屋から十分離れた位置にまでやって来た事を確認すると、京介は自らの両足を前に出してわざと二人の兵士を引っ掛けた。

 

 

「っお!?」

 

 

「なっ!」

 

 

足が絡まったことで三人の男は思い切り顔面から床に叩きつけられるも、予め覚悟していた京介はすぐに無理矢理膝を曲げて立ち上がった。そして右側の男の頭部を思い切り押さえつけながら左手でPT92を引き抜くと、そのまま左側の男の頭部を即座に撃ち抜く。血飛沫が舞い上がるがそのまま右側の押さえつけていた男の頭部にも銃口を向け、京介は引き金を引いた。吹き上がった血飛沫の雨が止むと、京介はそのまま立ち上がって歩き始める。

 

 

「……はぁ……怪我の治療代だ、取っとけ」

 

 

顔に飛び散った血を手の甲で軽く拭うと、京介はそのまま歩き始めた。鳴り響く警報に頭の奥をガンガンと殴りつけてくるような感覚を受けながら、自分のやるべき事を心の底から正しいのだと思い込む。頬に引き伸ばされた血の線が乾いてボロボロになっても、脇腹に出来た火傷と銃創が本人に感知出来ないチリチリとした痛みを発していても、関係無い。ただ自分達の邪魔をする者がいれば、排除する。後戻り出来ない事を心の底から肯定し続けなければ、今の京介は自分を保つ事が出来なかった。

 

 

 

 

 

同じ頃、ユーコン基地内にて出撃準備を整えていた第37施設警備部隊 "アストライアス"の中に、その女はいた。かつてキリスト恭順派によって引き起こされたテロ事件の際に強奪された戦術機F-16Cを新調し、殺害された衛士の補充として潜入したその女が。

 

 

《現在、米ソ共に警備の戦術機が前線で睨み合っている状態が続いている。原因は未だ不明だが、我々も事態の沈静化に当たる。だが命令があるまで絶対に撃つんじゃないぞ、いいな》

 

 

ヘッドセットを通して聞こえてくる部隊長の声を聞きながら、その女は乾く唇を舌で潤して首を回していた。黒いベリーショートの髪を掻き上げ、かの女、ヴィレッタ・アルノバレルは囁く。全ては、世界を自分達の掌の上で弄ぶ為に。回線を切り替えると、彼女はゆっくりと口を開いた。その言葉を聞いているのは、彼女に保(・)護(・)されていたある人々。部隊長と彼女の言葉が、同時に彼らの耳へと流れていく。

 

 

「ヴィレッタ・アルノバレルより同志諸君へ告ぐ、我々の目的は監視対象の逃走を援護。そして、ユーコン基地の壊滅よ」

 

《ブルー・チームは司令部の防衛に回れ、グリーン・チームは前線部隊の援護。ブルー・リーダーはオリバー、グリーン・リーダーはクライニッドだ。オリバーのウイングマンにはレノ、チョウ。クライニッドにはアルノバレル、イーノが付け》

 

「了解。……聞こえたわね、同志諸君。戦いを盛り上げるのは我々の義(・)務(・)よ、先に逝った仲間達の死をより崇高なものに。キリスト教恭順派の生き残りの意地、見せて頂戴」

 

 

回線を切り替えながらヴィレッタがそう扇動すると、かつてのテロ事件で鎮圧されたキリスト教恭順派の生き残り達は宛がわれたF-16Cを駆って、それぞれに与えられた仮初の任務に就き始めた。テロ事件終結後、ロバートはヴィレッタにある任務を与えていた。それはアラスカにいるロバートの息が掛かった連中に保護されたキリスト教恭順派の生き残りを引き取り、適切な訓練を受けさせた上で再編されるユーコン基地警備部隊に共に工作員として潜入するというもの。生き残りが十名にも満たない人数だった事が幸いし、ヴィレッタ自身の手腕の良さもあって彼らは疑われることもなくその身分を詐称して米軍の追跡を逃れていた。

 

 

ヴィレッタ本人としても、任務開始直後に上官であった浦城夏希が命令違反により黒色槍騎兵団隊長の座を奪われるなどトラブルに見舞われたが、その後は滞りなくアラスカへ戻って来た浦城京介の監視を続けていた。そしてサンダークと通じロバート側の情報を流していたイワン・ゲオルギー・レオニード・レズノフ、更にロバートが潜り込ませていたも(・)う(・)一(・)人(・)の(・)ス(・)パ(・)イ(・)の内偵を行い、漸く彼女が行動を起す時が来たのだ。

 

 

(けれどここまで彼の言う通りに話が進んでいるのを実感していると……まるで最初から仕組まれていたみたい。それなら私達は機械仕掛けの神の手先で、京介(彼)は哀れな主人公ね)

 

 

管制ユニットの中でふとそんな事を思いつつ、ヴィレッタは操縦桿を握り締めてF-16Cの脚を動かした。自らを困難な状況を打開する圧倒的な力を持つ存在として擬えながら、時として名も無き裏方で終わる可能性を秘めている現状にヴィレッタは苛立ちを隠し持っている。人々を扇動し状況を混乱させ、そこに生まれる新しい秩序を見ることを至福としている彼女であっても、自らの行動を一方的に制限されることは好ましくなかった。

 

 

(お膳立てはしてあげているのだから、後はさっさと動いてもらいたいものね。弟君)

 

 

それぞれが動き出す中、ヴィレッタはそう心の中で締めくくって自らが僚機を務める機体の傍に寄らせる。そして飛び立っていくF-16Cの編隊を前に、隊長機の背にそっと突撃砲の銃口を向けたのだった。

 

 

 

 

 

 

状況は切迫していた。サンダークとウェラーとの間で交されていた取引の中には、彼らを内偵していた人物達を一掃する為にそれぞれ部隊を用いて暗殺させる取り決めが組み込まれていた。だがその内情は当の特殊部隊には知らされず、ただ与えられた任務だけを遂行するように指示されている。つまり内情を知らぬ米ソの部隊同士が遭遇した場合、その場で激しい銃撃戦が行われるのは明白だった。ただ問題だったのは、それぞれを指揮するべき人間が同時にこの世から抹殺された事と、その指導者を失った戦いの規模が容易に建物の壁を吹き飛ばしてしまう程に激しいものだったということ。

 

 

「------っ、伏せろ!」

 

 

騒動の中を駆け抜けてソ連軍施設へと潜入していたユウヤ・ブリッジスは、同行者の少女の頭を押さえながら身を屈めた。頭上からはパラパラと爆薬で吹き飛ばされたコンクリートの破片が舞い落ちており、それよりも大きな破片は粉塵を四方に飛び散らせながら数メートル先の地面に叩き付けられている。目の前にある建物の三階辺りは吹(・)き(・)抜(・)け(・)になっていて、その光景を目元をカバーした腕の陰から見た後、ユウヤはそっと胸元に引き寄せていた少女の顔を覗き込んだ。

 

 

「大丈夫か、ユ(・)イ(・)」

 

 

「あ、ああ……私は大丈夫だ、兄(・)様(・)」

 

 

日本人特有の長く艶やかな黒髪、あどけなさを残しながらも力強さを持つ瞳、ユウヤを兄と呼んだその少女は、死んだはずの篁唯依その人だった。二人共国連軍の強化装備を身に纏い、銃を手に持っている。二人が危険を犯してまで施設に侵入した理由は、京介に会う為だった。

 

 

「それより、早くあの人に会わないと……」

 

「けどユイ、アイツが簡単に俺達に保護されると思うのか? そもそもアイツにはもう------」

 

「ビャーチェノワ少尉との事を言っているのなら、私は大丈夫だ。兄様。二人の関係よりも、今はあの人がこれ以上誰かに利用されていくのを阻止したい」

 

 

ギュッとワルサーP99のグリップを握り締めて呟く唯依の姿を前に、ユウヤは死んだと思っていた彼女が再び自分達の前に姿を現した時の事を思い出していた。Su-47との総合評価試験が始まってすぐ、彼女はアルゴス小隊の面々の前に再び姿を現した。狙撃事件の真相を持って。狙撃事件自体はサンダークが仕組んだものだった。テロ事件を通してクリスカとイーニァの秘密の一端に唯依が気付いた事が原因であり、亡き父から受け継いだスーパーカーボン製の懐中時計が無ければ彼女はそのまま死んでいたと言う。奇跡的に生き延びた彼女は、それから自らの存在が外部に漏れる事が無いように徹底的に情報を秘匿し続けた。必要の無い限り部屋から出ず、歓楽街に出ることも無い。その理由を唯依が語ることは無かったが、ユウヤが見る限り随分無理をしているようだった。

 

 

そしてもう一つ判明した事は、ユウヤがかつて日本という存在そのものを忌み嫌っていた原因の一つでもあった日本人の父親が、今は亡き唯依の父親------篁祐唯------だったという事。異母兄弟であったという事実もまたユウヤを驚愕させるには十分だったが、その背景にまで思考を廻らせるには、今のユウヤには時間が足りなかった。

 

 

「動くな!」

 

 

突如頭上から響いてきたその声にユウヤが顔を上げると、そこには吹き飛んだ壁の向こうから顔を覗かせている複数の戦闘服に身を包んだ男達が居た。所持している武器はカスタマイズされたM4------米軍だ------その銃口が自分達を見下ろしている。ユウヤは持っていたコルト・ガバメントを頭上に向けながら遮蔽物になりそうなものを探したが、開けた場所には砕けたコンクリート片しか散らばっていない。強化装備を着ているとは言っても、5.56mm弾の斉射を喰らえば身体へのダメージは避けられない。それに無防備な頭部へ当たってしまえば、それまでだ。唯依の身体を背後に庇いながらユウヤが引き金を引こうとした時、5.56mmよりも.45口径よりも激しい銃声が響き渡った。

 

 

ユウヤの視界では銃を構えていた米軍の兵士達が背後に振り返り、そして何者かに撃たれて倒れていく姿が映っている。何人かは無残にも三階から転落し地面に叩きつけられ、残っている兵士達は地上の二人には目もくれず背後から現れたのであろう敵に向けて撃ちまくっていた。だがやがて轟音が途切れると、ふいに一人の兵士の顔に何か銃のようなものが投げつけられる。ユウヤにはその時知る由も無かったが、それはソ連兵が使っているAKMで、だがその直後に起こった出来事にユウヤと唯依は更に自らの目を疑う事となった。顔に銃を投げつけられた兵士に何者かがタックルし、そこから更に二人の兵士を巻き込みながら飛(・)び(・)降(・)り(・)た(・)のだ。米兵を巻き込んで飛び降りた謎の男は最初にタックルを喰らわせた男の頭部を持っていた拳銃で吹き飛ばすと、そのまま三人の男と先に落ちていた兵士達をクッションにして地面に激突。地面に付着していたコンクリート片が一斉に舞い上がると、ユウヤと唯依は思わず腕で目を覆った。

 

 

「何だ……?」

 

 

「あれは、まさか……」

 

 

それぞれが言葉を洩らす中、大胆にも建物から飛び降りた謎の男は血塗れのジャケットを脱ぎながら穴だらけのデイバッグを地面に落とすと、ゆっくりと膝立ちになった。そして足元で呻き声を上げている一人の米兵の喉下に銃口を突きつけると、口の端に薄ら笑いを浮かべながら容赦無く引き金を引き絞る。血飛沫が舞い上がると、謎の男------浦城京介------は5.56mm弾で全身をズタボロにされた状態でヨロヨロと立ち上がった。そしてユウヤと唯依が見ているのにも気付かずに、肌着のシャツを捲り上げると左脇腹に施されていたボロボロの止血剤を思い切り引き剥がす。その下には散弾によって鉄の弾が減り込んだ穴以外にも、今しがた出来たばかりであろう銃創から赤い血が流れて出ていた。髪も顔も血だらけでどれが自分のものでどれが他人の血なのか分からないまでに傷ついている京介は、人のクッションを挟んでいたとは言え地面に叩きつけられた衝撃もあって、デイバッグを右手に掴むまでユウヤと唯依の存在には気付かなかった。

 

 

「はぁ……ふぅ……あぁ……あ?」

 

 

一瞬の間を置いて、漸く気付いた京介はユウヤと唯依に向けてPT92を突きつける。その額を一筋の赤い線が垂れ、血でベッタリと濡れた前髪の間から鋭い眼光が二人を射抜いていた。軽い脳震盪でも起しているのか僅かに震えている銃口に狙われつつ、ユウヤは先に口を開く。だがその言葉に、京介はすぐに割り込んだ。だがその言葉は朦朧としていて、彼が普通の状態で無い事を裏付けている。

 

 

「キョウスケ、俺達は------」

 

「どうしてお前がここにいる……? それにそっちの……クソ、幻覚か? 兎に角……ここからすぐに逃げろ、ユウヤ」

 

「ならお前も一緒だ、キョウスケ。その為に俺はユイと此処まで来たんだ、説明しなきゃならない事が沢山ある。それに……その怪我の治療も、急いだ方が良い」

 

 

そう言って近づこうとしたユウヤに京介は銃を構え直すと、ユウヤの口から放たれた言葉に対して首を傾げてみせた。

 

 

「唯依、だって? っ、お前今……唯依とって言ったか? どうなってる、お前も幻覚か……?」

 

「違う、キョウスケ。俺もユイもここに居る、現実だ。話せば長くなるが……兎に角ここから逃げよう、お前一人なら俺達で匿える」

 

「……いや、悪いがまだやる事がある。逃げるのはお前の方だ、見つかったら問答無用で銃殺だぞ」

 

 

そう言いながら、京介は米兵の死体から装備を奪い始めた。PT92を捨て新しくホルスターからエリートIAを拝借し、マグポーチから取り出した予備のマガジンをズボンの後ろに差し込んでいく。時折親指で目元に付着した血を拭いながら戦う姿勢を崩さない京介を前に、ユウヤはこれ以上何と声を掛けて引き止めれば良いのか分からなかった。京介の状態を見れば、彼がどれだけ凄惨な戦いを潜り抜けてきたか嫌でも分かる。だがその戦いを潜り抜けてまで成し遂げたい事がある京介をどう言えば引き止められるのか、その為に必要な手をユウヤは持っていなかった。だがそうしてユウヤが戸惑っている間に、京介はボソッと言葉を零す。

 

 

「……一応言っておくが、サンダークは死んだ。DIAのウェラーもだ。俺が殺した」

 

「何……!? 一体どうして……そんな事に、何があったんだ?」

 

「連中、裏で手を組んでやがった。この騒動も最初はアイツらが計画してやった事で……はっ、結局歯止めが利かなくなってるがな。俺はこの騒ぎを利用してクリスカとイーニァを逃がす、可能性は高くないが……アイツらが生き延びられる道を見つけた」

 

 

新しくM4を手に取りデイバッグを背負いなおした京介は、立ち上がり様にそうユウヤに言い放った。生き延びられる道、その言葉にユウヤは白銀武の顔を思い出す。そして背後で戸惑いを隠せない様子の唯依の姿を一瞥すると、ユウヤは彼女の手をとって京介に近づいた。当の京介はM4のスリングを肩に掛けながらヘッドセットを片耳に装着して、すぐにでもこの場を離れようとしている。

 

 

「話は分かった。けど……だったらここからいなくなる前に、ユイと話をしてくれないか。ここに居る彼女は幻覚でも何でもない。正真正銘の本物だ。サンダーク大尉に狙われていたって、そう言えば何があったかはお前にだって分かるはずだろう!?」

 

 

「……今更、俺がどの面下げて話せばいいってんだ。悪いけど俺にはもう時間が無い、だから------」

 

 

言い掛けた京介の言葉は、ユウヤを押し退けて前に出て来た唯依の姿を前に中断された。記憶の奥にある姿と全く違いのないその姿を前に、京介は嫌でもかつても思い出を思い起こされる。帝都防衛戦やアラスカに来た当初の事、そしてグアドループやカムチャツカでの出来事がグルグルと頭の中を回り、感覚の麻痺した全身を更に深い混乱へと引き摺り込んでいく。だが予想に反して、唯依は平然とした様子で京介の傍へと歩み寄った。今も何処か遠くで銃声が鳴り響く中、唐突過ぎる再会を果たした二人。しかしその久しぶりとも言える会話は、とてもそれを祝うようなものではなかった。

 

 

「京介、イェーガー大佐は……」

 

「何?」

 

「イェーガー大佐は全部知っていた。ここで何が起こるのか、貴方が何をするのか、全部知っていた。ここでの騒ぎにも、あの人の部下が関わっている。彼らは何処にでもいるの」

 

 

京介が聞き返すと共に唯依は一歩踏み出すと、その腕をそっと京介の首に回した。ツンとした鉄の臭いが彼女の鼻腔を鋭い刺激するが、それにも構わずに唯依はそのまま京介に囁く。

 

 

「私がずっと生きている事を隠していたのは、あの人の指示に従っていたから。どうしてかは分からないけど……それが貴方の為になるような気がして」

 

「ロバートが? アイツは……知っていたっていうのか、この騒ぎが起こる事を」

 

「ええ。それで……これはに(・)、ユウヤにも言っていないのだけれど、あの人から貴方への伝言があるの」

 

 

少しばかり首に回した腕に力を入れながら、唯依は血の臭いの奥に隠れた懐かしい匂いに悦んでいた。ユウヤとの関係を隠し、目を覚ました時枕元に置いてあった手紙の内容を思い返しながら、唯依はほんの一瞬でも京介と触れ合っている時間を延ばそうとする。だが少しでも違和感を覚えれば彼はすぐにでも去っていってしまうという事も、彼女には十分理解出来てしまっていた。だから唯依は言葉を紡ぐ。自分達が得体の知れない何かの掌の上で踊らされている、ただの駒にしか過ぎないという現実と共に。

 

 

「白(・)銀(・)武(・)を(・)絶(・)対(・)に(・)信(・)用(・)し(・)て(・)は(・)な(・)ら(・)な(・)い(・)。これだけしか教えられなかったけど、貴方には全部伝わるから大丈夫だって。……本当に?」

 

 

「……ああ、もうこれ以上無いって程に伝わったよ。クソ、どいつもこいつも……」

 

 

イラついた様子の京介に唯依は何処か思うところがあったのか更に言葉を続けようとしたが、それは京介に腕を振りほどかれた事で止められた。だが意外にも京介はすぐに立ち去るような事はせずに、血塗れのまま何とも言えないような表情を浮かべて彼女の顔を見つめている。その目は最初よりも少しばかり冷静さを取り戻しているように見え、そして聞こえるか聞こえないかギリギリの音量で彼は呟いた。

 

 

生きていてくれて、良かったと。

 

 

そしてふと京介は左手を唯依の頬に伸ばすと、抱きついた事で付着してしまった血を親指の腹で軽く拭ってみせる。そしてそのまま手の甲で艶やかな黒髪を少しだけ梳くと、彼はそのまま唯依の背後にいるユウヤへと視線を動かした。

 

 

「悪いがユウヤ、俺は一緒には行けない。お前はこのまま急いで唯依を連れてVG達のところに戻るんだ。……もし時間があれば、そのまま戦術機に乗ってここから逃げろ」

 

「逃げろって、これから何をするつもりなんだお前は!?」

 

「人類史上最悪の同士討ちだ。……それにお前達を巻き込ませたくない」

 

 

この段階で、イワンが京介に投与した劇薬はその効果を少しずつ失いつつあった。まずイワンとマーティカという自分にとっての味方、或いは曖昧な立ち位置だった人物と、サンダークやウェラーといった明確な敵の死、更に米ソ関係無く戦ってきたことによる精神的・肉体的疲労が急激に麻痺していた感覚を徐々に引き上げようとしている。そこにユウヤや死んだと思っていた唯依との再会も経て、複雑化した事実の整理という過程を吹き飛ばした京介の脳が一気に状況をまとめようとして急激な覚醒を起こし始めていたのだ。左の脇腹へと減り込んでいる散弾に加え火傷・ライフル弾による銃創・建物から地面への人体クッションを挟んだ上での激突と、常人ならば既に限界を迎えているはずのダメージを蓄積しても尚動けているのは劇薬の効果であり、それが完全に失われた時、蘇った痛覚が京介の全身を貫くのは明白。それが自分でも分かっているのか、京介の頬に初めて汗が流れ落ちたのを唯依は見逃さなかった。だから彼女はギュッと拳を握り締めると、再び京介へと声を掛ける。ユウヤにも分かってしまう程の、声の震えを隠し切れずに。

 

 

「つ、次に会う時は……沢山話そう。貴方に話したい事も、聞きたい事もまだまだ沢山あるのだ。それに、ビャーチェノワ少尉とも話したい事がある。だから京介、……またの日に」

 

「そうだな……またの日に。ユウヤもだ、運があったらまた会おう」

 

「……必ず生き残るって約束出来るんだな、キョウスケ」

 

「ああ、俺は死(・)な(・)な(・)い(・)」

 

 

普通なら世迷い言とでも受け取られそうなその言葉も、何故だか唯依やユウヤには本当の事のように感じられた。死なない人間なんて存在しない、そんな当たり前のような事すら覆してしまいそうな何かを浦城京介という人間は持っているのかもしれない。そんな馬鹿みたいな希望すら抱いてしまう。だからそのまま、三人はそれ以上言葉を交わすこと無く背を向け合った。自分達の行動一つひとつですら容易に予測されていたという言いようの無い恐怖と、久しぶりに再会した想い人への届かぬ気持ちを胸に、唯依は一番最初に足を踏み出す。京介もまた、どう足掻いても纏わりつくように存在するロバートの力に改めて対抗する意志を燃やしながら歩み始める。そしてユウヤも、自分の知らないところで起こっている何(・)か(・)に大きな不安を抱きながら、去っていく男の背中を見送った。

 

 

血に塗れたその身体に安らぎは訪れるのか、京介のアラスカでの最後の戦いの時が近づいていた。

 

 

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