※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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ユウヤと唯依と別れた後、やっとの思いで格納庫へと到着した京介を出迎えたのは、AKMで武装した整備員達だった。元からユーリ達の仲間だったのか或いは買収されたのか、彼らに格納庫の中へと通された京介は既に出撃準備が整えられている三機のSu-47を見つける。二機は普段クリスカ達が使用していたE型で、その間には紅のpzX1型がジッと管制ユニットのハッチを開いて操縦者を今か今かと待ち望んでいるように見えた。昇降用ワイヤーが地面にまで伸びているのを確認すると、突然京介の視界にペットボトルが放物線を描いて投げつけられるのが見える。咄嗟に手を伸ばしてそれを掴むと、京介の視界に現れたのは既に強化装備を身に纏っているユーリとリコだった。

 

 

「遅いんだよ、馬鹿野郎が。とっとその汚ねえ血を落として着替えろ、時間が無い」

 

 

「悪い。状況はどうなってる?」

 

 

中身の水を思い切り頭にぶっ掛けて顔や髪に付着した血を洗い落としながらそう京介が問うと、何処かから救急セットと白いタオルを腕一杯に抱えて持ってきたリコが答えた。

 

 

「こちらの施設内に侵入していた米軍は殆ど全滅して、捕虜として数人を捕えてます。今は基地の警備部隊を間に置いて双方の戦術機部隊が睨み合いを」

 

 

白いタオルを即座に赤黒く染め上げながら頭を拭き終えた後、京介は新しいタオルで首下を拭いながらさっさと昇降用ワイヤーで管制ユニットへと昇っていくユーリを一瞥する。そして再び自分の身体に視線を落とすと、そのままリコに声を掛けた。

 

 

「リコ、出張っているこっちの部隊はマーティカみたいなクローン体だけか」

 

「え、あ……はい、今はまだ情報が錯綜しているので睨み合いのまま動けませんけど上の人間が動けばどうなるか……。勿論、生きていればですけど」

 

「死んだのか?」

 

「た(・)ら(・)れ(・)ば(・)、ですよ」

 

 

妙な含みを持たせたリコの言葉に京介は首を傾げるが、肝心の彼女は恍けたように次のタオルを差し出した。腑に落ちないものの仕方なく京介がボロボロになった肌着のシャツを脱ぎ捨てると、傷口に張り付いていたのかシャツの一部が鮮血を飛び散らせながら跳ねる。弾が貫通した所為か、左脇腹の傷は複数の小さな穴の中心に肉が捻れたような銃創が出来ていた。穴は背中側まで貫通していて、今も尚僅かに血を吐き出し続けている。

 

 

「ちっ……止血剤をくれ」

 

「撃たれたんですか?」

 

「かすり傷だよ」

 

「穴が空くのがかすり傷ですか! その傷でよくここまで……」

 

 

言いながらリコはタオルを水で濡らすと傷口に当て、腹部と背部の血を軽く拭ってから止血剤を貼り付ける。それから軽く指先で小さく捻れた穴を刺激していくが、それに京介が反応しない事に彼女は首を傾げた。京介の頭上から流れ落ちる水滴は首や鍛えられた胸板、腹筋を通っていき、道中の騒ぎの所為か割れた腹筋はやや荒い呼吸により規則的に動いている。止血剤の貼られた周囲には火傷で爛れた痕があり、小さな穴はその痕の上に出来ているのだが、リコの触れた感覚ではまだ小さな穴の奥には弾が残っているように感じられた。だがその割に京介が痛がる素振りを見せないのがリコには不思議だった。

 

 

「イワンに薬を打たれた。その所為だ、痛覚が麻痺してる」

 

 

そんな彼女の心情を知ってか知らずか、京介はリコの顔を見下ろして赤く染まったタオルを投げ捨てた。その腕には、かつてグアドループで負った傷痕が残っている。足にも、背中にも、アラスカに来てから京介が負った傷は全て生々しく残っていた。恐らく世界中の衛士の身体を調べたとしても、ここまで身体の傷ついた者は十人と満たないだろう。やがて目ぼしい部分は全て拭き終えた京介は、最後に使ったタオルを足元の赤黒い山に落とすと、ズボンのベルトから銃やマガジンを外しながらリコに自分の強化装備を持ってきてくれるように頼んだ。そしてすぐにリコがその場を離れると、京介は再び頭から水をぶっ掛ける。新たに全身から湧き出した汗を誤魔化す為に。

 

 

実際の所、既に京介の身体からは薬がほぼ抜けかけている状態だった。生命線として残っているのはやや麻痺している痛覚だけであり、既にその麻痺の向こう側からは京介の全身を蝕もうとしている痛みがチラホラと時折顔を出し始めている。ただでさえ撃たれている人間が戦術機に乗ろうとしているだけで有り得ないというのに、その有り得ない事態をより最悪な形で迎えようとしていた。

 

 

「ふぅ……大丈夫だ、信じろ。俺は死なない、この程度の傷どうってことないはずだろう? ただちょっとライフルで撃たれて腹に穴が空いてるだけだ。そうだ、大丈夫……」

 

 

ブツブツと独り言を零しながら顔をタオルで覆う京介だったが、自身の強化装備を抱えて駆けてくるリコの足音を聞けばすぐに口を閉ざし、後は黙って彼女から強化装備を受け取れば相手に背を向けさせて血塗れのズボンとパンツを脱いで再び水を掛けてタオルで拭き始める。幸い、彼(・)自(・)身(・)は悠然たる態度でそこに存在していた。腿の裏から足の裏までを乱雑に拭き終えてからそそくさと強化装備に身を包むと、京介はその全身を強く包み込む感覚に僅かな安心感を覚えた。

 

 

「待たせた、行こう」

 

「傷の縫合は良いんですか? 穴は塞げても傷は塞げませんよ」

 

「どうせ縫い合わせても開くんだ。なら開いたままでいい、血が止まっていればそれで」

 

 

デイバッグに銃やマガジンを押し込んで零れ落ちないように持ち上げると、京介とリコはそのまま自らの戦術機へと繋がる昇降用ワイヤーへと向かった。グリップを握り上昇していけば京介は先にデイバッグを投げ入れ、先に管制ユニットに飛び乗るリコの姿を見送ってから自身もまたシートにその身を任せる。薄暗さや操縦桿を握る感覚に懐かしさにも似たようなものを感じつつ、網膜に直接カメラ・アイからの映像が投影されると、京介は再び白銀と連絡を取るべく回線を繋いだ。

 

 

「こちら浦城、白銀、聞こえるか」

 

 

一瞬の間を置いて、ザーッという耳障りな音が京介の耳朶を打つ。

 

 

「こちら浦城、白銀、聞こえるか! 返事をしろ!」

 

《何をゴタゴタやっている、さっさと出るぞ!》

 

「クソッ!」

 

 

雑音を掻き分けてきたユーリの声に悪態をつくと、仕方なく京介は彼のSu-47Eの後に続いて格納庫を出た。既にソ連側の施設内には京介と同じ紅のpzX1型八機が突撃砲を手に各自エレメントを組んで待機しており、滑走路側には警備部隊のMiG-29ラストーチカがF-16Cと向かい合うようにして並んでいる。互いが銃口を向け合い一触即発の空気を醸し出しているが、見える限りにおいては試験部隊の機体はまだ格納庫内で眠っているようだった。

 

 

《さて……こ(・)っ(・)ち(・)の(・)女(・)共(・)はきちんと働いてくれるかどうか》

 

《サンダーク大尉の指示でしか動かない、何てこと無いわよね? ユーリ》

 

《もしそうだったら、こっちの動きを読める化け物共が第三勢力になるだけだ》

 

《もう、最悪……》

 

 

耳元でユーリとリコが交す言葉を流していると、京介はふとF-16Cの列の更に奥に違和感を覚えた。映像を拡大してみれば、三機のF-16Cの内一機が隊長機を思しき機体に自らの突撃砲を向けている。構えているだけなら兎も角、そのマニピュレーターは明らかにトリガーに指を掛けていた。

 

 

「おい、あの機体------」

 

 

そして京介がその機体を口にし掛けた時、轟音と共に吐き出された36mm弾がアラスカの空に最初の爆煙を巻き上げる。白熱した火球がその場にいた全員の視界を明滅させ、遮光機能が作動して正常な視界を取り戻す頃には既に戦いの火蓋は切って落とされていた。味方からの攻撃という予期せぬ事態に米軍側は一気に混乱の極みに達すると、一機、また一機と味方だったはずのF-16Cが同士討ちを始め出している。

 

 

《おいおいおい、どうなってんだこりゃあ……これもイワンの差し金か!?》

 

 

《こっちにも撃ってきてるわよ! 各機散開! 撃ち返せ!》

 

 

リコの怒号の後、ソ連側のMiG-29部隊もまた突撃砲を手に暴走するF-16C達に向けて撃ち返していく。ユーコン基地全体を舞台に、再び大規模戦闘が始まったのだ。爆発による余波を受けて機体をよろめかせた京介はすぐに体勢を立て直すも、その次の行動は目の前に立ち塞がる二機の紅のSu-47に妨害される。正確には背後にも二機のSu-47が回りこんでおり、四方を塞ぐことで彼(・)女(・)達(・)は京介の一挙一動を潰そうとしていた。

 

 

「こいつら、こんな時に!」

 

 

視線を動かしながら自らを取り囲む四機を見比べると、京介はSu-47のモーターブレードを作動させた。そして跳躍ユニットを噴かすと、機体の重心を右にずらしながら滑らせる。その動きに釣られて四機のSu-47は同じように右、或いは自分達から見て左側へと機体を動かすと、京介はそこで右足を軸に左側の跳躍ユニットを噴かして一気に背後へと振り返りながら吶喊した。正面にいたSu-47に右腕のモーターブレードを突き出すも、それを隣にいた別の機体が容易く同じモーターブレードで妨害する。そのまま前方の二機が同時にモーターブレードを振り上げ、京介はそれを背後に下がって避けようとしたが退路は既に別の二機によって断たれていた。

 

 

(やっぱり、こっちの動きを読んで……っ)

 

 

《イーダル4、カヴァー!》

 

 

刹那、京介の耳朶をユーリが打ったかと思えば京介機の背後の空間を狙うように放たれた36mm弾の雨が、二機のSu-47を彼から遠ざけた。そしてその隙間に捻じ込むようにユーリとリコのSu-47が入り込むと、京介の視界に二人のバストトップ映像が表示される。

 

 

《どうやら連中、また味方の中に敵が紛れ込んでたみたいだぜ。そこかしこでF-16が同士討ちしてやがる》

 

《イワンがそこまで知ってたって言うの? 私達がこいつらの相手をしなきゃいけないのも!?》

 

「来るぞ!」

 

 

ユーリとリコの言葉を無理矢理断つように京介が声を荒げると、三人を取り囲んでいた四機のSu-47が一斉にモーターブレードを振りかざして急接近しようとしていた。ユーリは突撃砲を腰だめに構えて乱射すると一機をそのまま引き付け、リコもまたモーターブレードを作動させて別の一機と真正面から打ち合い始める。そして背後の憂いが無くなった京介は、左右から挟撃しようとする二機のSu-47をそれぞれモーターブレードでいなしながら建物の間を器用にすり抜けていった。一瞬見えた限りでは、撃ち合い始めていたF-16CとMiG-29の集団は、既に施設内のありとあらゆる所へ散開して戦っている。撃つはずがないと皆が心の何処かで思っていた所為か、京介の耳元では混乱の極みに達した衛士達のざわめきが響いていた。

 

 

(唯依のあの言葉……これもロバートの仕業なのか? 結局、何でもかんでも全部アイツの掌の上で物事が動いているに過ぎないって事かよ……!)

 

 

心の中で悪態をつきながら京介は二機のSu-47と格闘戦を行い続け、時折居合わせたMiG-29を処(・)分(・)していた。クリスカと同じクローン体が乗っていると思しき二機はぴったりと京介に追い縋り、彼を自由にさせまいとする。追い詰めは出来ないが追い込まれもしない状況のまま、京介は一機の損傷したF-16Cが歓楽街の方へと逃げていくのを見た。死にたくないから逃げる、その事自体をどうこう思うという事を京介はしない。特に生きるか死ぬかの混乱した状況下では何が起こるか分からないからだ。褒めもしなければ、貶しもしない。だがその一種の達観した感情も、ある一報が届くまでだった。

 

 

《------ちら、……銀……!》

 

 

獲物を捕えることなく振るわれたモーターブレードが轟音と共にビルの一角を粉砕する音に紛れて、京介の耳朶を一瞬ノイズ混じりの声が打つ。そして京介が頭に疑問符を浮かべるよりも前に、再びヘッドセットを通して男の声が彼の耳朶を打った。

 

 

《こちら白銀! 浦城さん、応答を!》

 

「白銀か!? 一体今まで何して------」

 

《話は後です! シェスチナ少尉が、貴方に会うと言って……》

 

 

背後から襲い掛かるSu-47の猛烈なタックル。京介機はバランスを崩しながらも背部ウェポンラックに設置していた突撃砲をサブアームを用いて動かし、半ば銃身で殴りつけるようにして相手を弾き飛ばした。肝心の白銀の言葉は、聞こえていない。

 

 

「もう一度言え! イーニァがどうした!?」

 

 

《貴方に会うと言って逃げ出したんだ! ビャーチェノワ少尉は何とか押さえたが、あっ、こら!》

 

 

突然耳元で大きな物音が響いたかと思うと、京介の意識はすぐに前方のSu-47へと引き戻された。真正面にばら撒かれる36mm弾を軽々と避けていく紅の機体に視線を右往左往させながら、京介は耳を劈くような警告音に唇を噛み締める。そして耳元の物音が収まった時、再び京介の耳朶を打ったのは愛する女性の悲痛な叫びだった。

 

 

《京介!》

 

「っ、クリスカ!」

 

《イーニァが、あの子が貴方に会わなきゃって急に走り出して! 私、追い掛けようとしたけど------》

 

「落ち着け! 今お前は何処にいる、あの子はどっちに向かった!」

 

《私は街の方に! あの子、多分基地の方に戻ってる!》

 

「街……クソ!」

 

 

ついさっき去って行ったF-16Cの姿を思い返すと、京介は悪態をつきながら怒りに任せてモーターブレードを袈裟切りに振り上げた。完全に虚を突かれたのかそれとも読み取った京介の感情の激しさに圧されたのか、一機のSu-47が胸部を切り裂かれてそのまま仰向けに倒れ込む。そしてそのまま背後から組み付いたもう一機のSu-47を忌々しそうに睨みつけると、京介は一気に跳躍ユニットを逆噴射させて建物に背中から突っ込んだ。激しい衝撃と共に視界が赤い警告で染まり、衝撃と共に吐き出した息を吸い込みながら京介はゆっくりと突っ込んだビルから離れていく。視界には項垂れて機能停止したSu-47が映っており、京介は息を荒くしながらまだ通信が繋がっているであろうクリスカに向けて言葉を荒げた。

 

 

「イーニァは俺が必ず助ける、心配するな! ……俺を信じて待ってろ」

 

 

そしてすぐに歓楽街の方へと機体を向けると、乱雑に回線を繋ぎなおしながらユーリとリコに言葉を投げつける。

 

 

「ユーリ、リコ、ここは任せた! 俺は街の方に向かう、上手くやれよ!」

 

 

《何? おい、待------》

 

 

ユーリからの言葉を振り切るように全力噴射によって機体を加速させると、京介機は一気に施設から脱出する為に跳び上がった。強烈なGがその全身に襲い掛かりギシギシと骨に悲鳴を上げさせようとするが、強化装備によって必要最低限の負担だけで済む。だがこの時京介の腹部に刺す様な痛みが奔ると、彼はグッと歯を喰いしばって操縦桿を握り締めた。まるで高熱を持った蛇が全身を這っていくかのような感覚に陥り、急激に視界が滲み出す。腹の底から悲鳴を上げたくなる衝動を抑えながら、京介はそのまま歓楽街へと飛んでいくのだった。

 

 

 

 

 

同時刻、管制塔にはクラウス・ハルトウィックが数人の部下を引き連れて戦闘を止めさせるべくやって来ていた。管制塔内では複数のオペレーターがインカムに向けて怒声を飛ばしており、窓ガラスの向こうでは今も尚戦術機同士による激しい戦闘の光景を見ることが出来る。時折撃墜された戦術機の爆発による衝撃にバランスを崩しながらもオペレーターの一人に近づいたハルトウィックは、インカムに向けてしきりに呼び掛けを続けていたその人物を怒鳴りつけた。

 

 

「一体何がどうなっているのだ! すぐに戦闘を止めさせろ!」

 

「どの機体からも応答がありません! 既に施設全体で戦闘が行われています!」

 

「ええい、一体何処の馬鹿だ最初に撃ったのは!? 軍法会議ものだぞ!」

 

 

管制塔の上を突然二機のF-16CとMiG-29が通り過ぎたことで起きた激しい揺れに耐えながら、ハルトウィックはオペレーターに掴みかからん勢いで怒声を飛ばしている。管制塔近くで撃墜された機体の爆発に視界が明滅し、管制塔内で多くの呻き声や悲鳴が重なって響いていく。

 

 

「大佐、避難を。ここに居ては危険です」

 

 

「何を言っている、この惨状をこのままにしておけるか! こんな所で私は終わる訳にはいかんのだよ!」

 

 

管制塔にいた一人の下士官の進言を、ハルトウィックは五月蝿いと言わんばかりにその身体を腕で突き飛ばして握り潰した。更に自分が直接話すとオペレーターからインカムを奪おうと手を伸ばし、口角から泡を飛ばしながらそれを奪い取る。今までありとあらゆる手段を使って計画を、基地を手中に収めるべく暗躍してきた。それをこんな所で失って堪るか。そんな思いがハルトウィックの胸中にあった。だが今しがた彼が突き飛ばした下士官はゆっくりと立ち上がると、その口の端を歪に吊り上げながら小さく言葉を零す。そして軍服の懐に片手を突っ込むと、カチャリ、と重い音がその服の中で響いた。

 

 

「なら……仕方ありませんね」

 

 

そして次の瞬間、一発の銃声と共にハルトウィックの首筋から鮮血が噴出す。インカムを取り上げられたばかりのオペレーターの顔にはペンキをぶちまけたかのように赤い色が広がり、その奥の窓ガラスには大きなヒビが入った。右手で自らの首筋を押さえながら崩れ落ちたハルトウィックを庇うように部下が振り返ると、そこには今しがたハルトウィックが突き飛ばした下士官が銃を片手に突っ立っていた。硝煙が昇っている銃口を真っ直ぐに構えていたその下士官は口の端を吊り上げると、そのままハルトウィックの部下にもその銃口を向ける。慌てて自分達の持つ銃を引き抜こうとする男達を前に、その下士官は血走った目で言葉を吐き出した。

 

 

「先に逝った同志達の為に!」

 

 

そして数発の銃声が響き渡り、最終的には数人のオペレーターと最初に撃った下士官が地面に伏して戦いは終わった。硝煙の臭いが充満する管制塔内で、ハルトウィックは首筋にハンカチを押し付けられながら部下に肩を借りて立ち上がる。弾丸は首の肉を掠めたものの動脈は辛うじて避けていたようで、出血はしているものの彼の足取りはしっかりとしていた。その視線の下には、何発も胴体を撃たれて口から血を垂れ流した下士官の遺体が転がっている。その目は虚空を見つめていたが、今にも再びハルトウィックを視界に収めんとしているようにも見えた。

 

 

「一体誰だこいつは……まさか恭順派の生き残りか?」

 

「そんな馬鹿な……。兎に角大佐を避難させるんだ、F-16を二機援護に回せ! クソ、何人死んだんだ!」

 

「クライニッドとアルノバレルがこちらに向かうそうです! すぐに車の用意を!」

 

 

喧騒に包まれる室内で、ハルトウィックは首の痛みに顔を歪めながらも唐突に耳朶を打った女の名前に驚愕した。

 

 

「アルノバレル……? まさか、馬鹿な……!」

 

 

ヒビの入ったガラスの向こうには、呼び掛けに応じた二機のF-16Cがエレメントを組んで飛んで来ている。混乱に満ちた管制塔の中で幾人かはその姿に安堵するものの、ハルトウィックの表情は何故か恐怖とも怒りとも言えない風に歪んでいた。その理由は、すぐに管制塔内の人間にも伝わっていく。先頭のF-16Cに追従する別のF-16Cがその手に持つ突撃砲を構えたかと思えば、いきなりその背に向けて発砲した。小規模な爆発と共に跳躍ユニットの片方が吹き飛んだ先頭のF-16Cはバランスを崩すと、そのまま顔面から地面に突っ込んでいく。だがアスファルトを抉りながら止まりつつあったその機体を後続の機体が掴み挙げると、そのまま管制塔へ向けて一直線に加速した。

 

 

「何だ、突っ込んでくるぞ!?」

 

「アイツも敵なのか!?」

 

「っ、貴様ら、早く私を逃が------」

 

 

その突然過ぎる異様な光景に我先にへと逃げ出そうとする人間が後を絶たない中で、ハルトウィックの声は無残にも踏み潰されていく。だがその声を唯一聞いていた返り血で真っ赤に顔を染めたオペレーターは、上官に向けて悲痛な叫びを上げた。窓の向こうには、大写しになったF-16Cの姿。

 

 

「手遅れですっ!」

 

 

直後、凄まじい衝撃と共に管制塔は戦術機の身体に押し潰される。逃げようとしていた者達も、血塗れのオペレーターも、傷を負ったハルトウィックも、死亡したテロリストと思わしき人物も、皆全て関係なく崩壊する瓦礫に飲み込まれていった。その肉体が押し潰され、血が噴出し、絶叫が轟音に掻き消される。地獄の業火の如く湧き上がった炎の渦が一瞬にして生(・)身(・)の部分を焼き尽くし、黒煙が昇華するかの如く立ち昇った。この瞬間、フェアバンクス基地から鎮圧部隊が送られてくるまでの短い間に、ユーコン基地は無法地帯と化すことが確定したのだった。

 

 

 

 

 

イーニァ・シェスチナはその時、小さな自分の身体をすっぽりと覆っている巨大な影を見上げていた。その鉄の巨人は紅の装甲を太陽の光に煌かせ、両手には無理矢理に引き裂いたF-16Cの頭と片腕が握られている。胸部装甲越しに管制ユニットを潰されたF-16Cはつい先程イーニァの頭上を通り越し、仰向けに複数の家屋を巻き込んで機能停止したばかりだ。

 

 

《イーニァ!》

 

 

その紅の巨人------イーニァにとっては見慣れないSu-47------は、外部スピーカーを通じて自身を見上げているイーニァの名を呼んだ。その声は彼女が探していた人物のもので、片膝をついて身を屈めるSu-47の胸部ハッチが開くと彼はすぐにそこから飛び降りる。浦城京介、イーニァが今最も会いたかったその男は無邪気な笑みを浮かべて駆け寄って来た少女の頬を、思い切り左手で打った。強化装備を着ているとはいえ剥き出しの顔を叩かれれば当然痛みは有り、乾いた破裂音の後に残ったのはジンジンと痛みを主張する赤みを帯びたイーニァの白い頬だった。

 

 

「キョウ……」

 

 

「馬鹿野郎! クリスカと一緒に居ろって言っただろ! 何やってんだお前は!」

 

 

京介にビンタされた上に怒鳴られて呆然としているイーニァだったが、次の瞬間にはその太い腕にしっかりと抱えられて宙に浮かんでいた。京介はイーニァをお姫様抱っこの要領で抱え挙げると、そのまま有無を言わさずにSu-47のマニピュレーターに昇る。そしてそのまま開いたハッチまで自動で手が持ち上げられると、京介はスッと管制ユニットの中に入り込んだ。イーニァをそっと下ろすと床に置いていたボロボロのデイバッグを拾い上げ、京介はシートに身を預ける。それからイーニァを手招きすると有無を言わさずに自らの膝に座らせ、持っていたデイバッグを押し付けた。

 

 

「これ持ってろ。しっかり掴まって……そうだ、行くぞ」

 

 

「……ごめんなさい」

 

 

自分の首にイーニァの腕を回させてしっかりと身体を固定させるようにすると、ふいに京介の耳元にイーニァの泣きそうな声が響いた。操縦桿を握り込んで機体を立ち上がらせていた京介は、視線は正面に向けて各部チェックを行いながら静かに問い掛ける。その声に、もう怒気は無い。

 

 

「何でこんなことしたんだ? 今は危ない状況だってこと、分からない子じゃないだろう? イーニァは」

 

「わかってるけど……キョウスケがしんじゃうようなきがして、わたし……」

 

「死ぬ? そうか」

 

 

イーニァの言葉に京介は短く言葉を返すと、機体を基地の方へと向き直させる。怒る訳でもなく悲しむ訳でもなく、京介は静かに片手で彼女の頭を軽く撫でた。

 

 

「ありがとうな、イーニァ。けど大丈夫だ、俺はちゃんとお前とクリスカを無事にここから逃がしてやるから」

 

 

「そうじゃないの、キョウスケ……そうじゃ……」

 

 

イーニァが零した小さな呟きを、京介は聞き逃していた。そしてまた、彼はイーニァの言葉の意味を取り違えていた。「京介が死ぬ」、その言葉はただイーニァが感じた不安を声にしたのではない。だがその本来の意味に京介が気付くのは、もっと後になってからであった。そしてイーニァの言葉を遮るように起こったのが、紅色の戦術機の襲来。六機のSu-47がモーターブレードを構えた刺客達が、京介とイーニァの前に立ち塞がった。

 

 

「揺れるぞ、しっかり掴まってろ」

 

 

言うが早く、京介は操縦桿を握り締めて機体を大きく後退させた。それに釣られて六機のSu-47が距離を詰めるべく前身してくるが、即座に京介は跳躍ユニットを逆噴射させて急制動を掛け、無理矢理正面突破を仕掛ける。二機のSu-47がモーターブレードを構えて迎撃の姿勢を取り、残る四機が左右から囲い込むように連携して動いて見せた。京介は機体の両腕を振り下ろすようにしてモーターブレードを叩きつけるが、その刃は二機のモーターブレードに難なく受け止められる。だが相手の二機がしっかりと衝撃を受け止められる体勢を取っていることを確認するや否や、京介は即座に機体を大きく飛び上がらせた。ぶつかり合うモーターブレード同士だけが支えとなっている状態で、京介の機体は大きく宙を舞い、そして敵の包囲網を突破する。京介とイーニァは共にグッと身体を強張らせて着地すると、そのまま背部の突撃砲を後方に乱射しながら一気に加速した。

 

 

「逃げきれは……しないか!」

 

 

「うえからくるよ!」

 

 

警告音が耳朶を打ち、同時にイーニァの叫びを受けた京介は即座に機体を反転させた。直後に一機のSu-47がモーターブレードを真上から振り下ろし、躱し損ねた京介機の胸部装甲の一部を掠める。その衝撃に身体を揺さぶられながらも京介が振り下ろされた腕目掛けて横一線に左腕を振ると、切断されたSu-47の腕が宙を舞った。そのまま突撃砲を前方に構えた京介だったが、その動きを読んでいたかのように片腕の機体は援護に入った二機の間に消えていく。

 

 

「みぎから!」

 

「次は!」

 

「ひだり!」

 

 

左右からそれぞれフェイントを掛けながら迫るSu-47を前に、京介はイーニァの助言を受けながらギリギリのところで攻撃を捌いていた。互いに相手の動きや感情を読めるのでは、コンマ数秒のレベルでの判断が折り重なって結局は泥仕合となる。だが相手の衛士本人がそ(・)う(・)であるのに対し、同じ存在である少女が同乗しているだけの京介とではいつか必ず差が開く。開かなければおかしいのだ。だが京介は本来なら致命的なはずの情報の遅れ、即ちイーニァが感じ取ったものを言葉として声に出すまでのラグを物ともせずに対応している。そして網膜投影されているカメラ・アイの映像を見ることに集中していたイーニァは、激しく揺さぶられる身体に負けないようにしっかりと京介にしがみ付いていた。強化装備を着ていても身体が固定されていない状態では負担も大きく、その顔には少しずつ汗が浮かんできている。その顔に、時折何か大きな水滴が落ち始めた。

 

 

(……? あせ?)

 

 

その感触に一瞬注意を割かれたイーニァだったがすぐに強い衝撃が身体を揺らすと、再び集中するべく視線を自分達を攻撃する紅の機体へと向けなおす。強い殺意を示す色がグニャリと歪み、鋭い針となって自分達へと向かって来る。それが攻撃の合図。

 

 

「ひだり!」

 

 

それを声に出せば、京介がその攻撃に対応する。だからイーニァはその色の変化に集中する。顔に掛かる汗が自分のものでも京介のものでも生き残ることを優先する、そう覚悟を決めたイーニァが鼻を突くその鉄のような臭いに気付くのは、それからすぐのことだった。

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