Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
戦術機の管制ユニットは暗く、狭い。網膜に直接カメラ・アイの映像を投影される分視界については問題無いが、一度混乱に陥って正常な判断力を失えば、その暗さと狭さは一気に中にいる衛士を追い詰める。
《ロメオ2、
耳朶を打つCP将校の悲鳴にも似た報告が、その衛士の心臓をギュッと握り締める。操縦桿を握る手が震え、額から流れ落ちた汗がその目に入り、刹那、衛士は目を閉じてしまう。直後、自機を襲った謎の衝撃に衛士は迷うことなく脱出装置を作動させた。まともに戦って勝てる相手では無いということを、その衛士は嫌と言うほど理解していたからだった。
「ロメオ7、脱出! ロメオ中隊、残り4機!」
「ジュリエット中隊はどうなっている!」
CP将校を怒鳴りつけたのは、再編された日本帝国軍・岩国基地司令官を務める近藤崇夫准将であった。オールバックに撫で付けた黒髪に、やや肥満気味の腹をした中背の男だ。その口から汚い泡を飛ばされたCP将校は、嫌な表情を隠そうともせずに耳元のインカムを押さえながら振り返った。
「既に壊滅しています! っ、ロメオ11大破!」
元々の発端は、基地に配属されていた衛士達による諍いが原因だった。国連軍所属の衛士達が岩国基地に於いて触れてはいけない男に触れた所為で、PXを閉鎖しなければならない程の大乱闘を勃発させたのだ。その決着を拳による喧嘩では無く、実機を使用した模擬戦でつけるように指示を出したところまでは良かったのだが、やはり准将の思ったとおり結果は散々だった。既に12機を超える戦術機が
「何としても
言い掛けた言葉を何とか飲み込むと、近藤准将はグッと握り拳を作ってマップモニターを睨みつける。そこには現在模擬戦に参加している全ての機体の位置が表示されている。その中に一機だけ、凄まじいスピードで移動している機体がいた。岩国基地に於いて最も実戦経験のある且つ問題のある衛士達を集めた部隊、通称ワイルド・ウィーゼル。その7番機だ。その7番機を示す反応とすれ違ったロメオ隊の生き残り二機の表示が消失すると、CP将校が模擬戦の終了を知らせた。それと同時に、管制室に居た一部の兵士達がワッと盛り上がる。ワイルド・ウィーゼルの勝利を信じて金銭の賭け事をしていた連中だ。彼らは近くに基地司令がいるにも関わらず、手を叩き合って喜んでいる。
近藤准将は彼らを一瞥しながらも、咎めても意味のない事を知っているのか何も言わなかった。恐らく帰還した彼らを向かえる整備員達も、ここと同じように盛り上がっているのだろう。ワイルド・ウィーゼル7番機、ワイルド7、その衛士は昨年行われた明星作戦に於いて、エース集団の一人として数えられた男だったのだから。
「奴らの馬鹿騒ぎが終わり次第、浦城少尉を私のところまで連れて来い! いいなっ!」
近藤准将はCP将校にそう怒鳴ると、その分厚い尻を振りながら管制室を出て行った。インカムに手を当てていたCP将校は准将が出て行くのを確認すると、近づいて来た同僚に黙って現金を差し出したのであった。
滑走路に着陸した不知火の管制ユニットから下りた浦城京介を出迎えたのは、整備員やCP将校、果てには警備員達といった親ワイルド派とも渾名される一団の歓声だった。京介の後に続々と不知火が着陸していき、その度に一団からの歓声が強くなる。やがて機体に日の丸以外に腹部を7の字で貫かれを牙を剥いているイタチのマークが描かれた不知火12機が揃うと、1番機の不知火から一人の男が降り立った。スキンヘッドの頭部に沢山の傷が入った、偉丈夫だ。彼は全身に受ける歓声を心地良さげにしながらも、バッと両手を挙げてそれを制す。そしてその見た目からすれば、少し甲高いように思える声を上げた。
「やあ諸君! 此度の戦も我々の勝利! 完全勝利だ! 早くあの負け犬共を回収し、見えないところで唾を吐いてやれ! あの豚饅頭は何か言っていたか!」
スキンヘッドの男の声を受けると、一人の女性が人混みを掻き分けながら現れた。先程近藤准将に怒鳴りつけられていた、CP将校だ。将校はバッと敬礼の姿勢を取った後、口を開く。
「准将より、この馬鹿騒ぎが終わり次第、浦城少尉を司令室へ寄越すよう指示を受けております!」
「ハッハッハッハッハ! そうか、また浦城か! おいデストロイヤー! 今日は何機ぶっ壊したんだ!?」
大声で笑いながらスキンヘッドが振り返ると、7番機から降りた京介に問うた。疲れた様子で首を回していた京介は何度か頬を指先で掻いた後、スキンヘッドの問いに答える。その様子は何処か、退屈そうだった。
「撃震を6機と不知火を2機です、大尉」
「上等上等。今日は戸津塚の奢りだ」
欠伸混じりに答える若い衛士の解答に満足したのか、スキンヘッドの男は周囲の整備員に指示を飛ばしてから京介に向き直った。偉丈夫から発せられる酒と煙草の混じった嫌な匂いが鼻腔を突き、京介は顔を顰める。
「豚饅頭がお前を呼んでるとよ、また説教だろうな」
「げっ、またですか……はぁ」
心底嫌そうな顔を浮かべる京介の背中をバン! と叩き、スキンヘッドはさっさと司令室へ行くよう促した。普段から好き勝手していても上官、しかも基地司令ともなれば意味の無い説教でも態々聴きに行かねばならない時もある。普通ならば軍人が自らの上官に逆らい続け、あまつさえ侮蔑の意味を込めた渾名を平然と公言する等信じられない事だ。だがそれを平気でするのが彼らなのであり、彼らがそれによって罰を受けないのも、彼らの高い実力があってのことだった。だから必要最低限の命令さえ聞いていれば、後はどうとでもなるのである。彼らは明日の命も分からぬ衛士だったのだから。
トボトボと歩いて行く京介を見送ってから、スキンヘッドの男は京介の7番機を見上げた。その不知火は、他の不知火同様個人的なカラーリングを許されている。管制ユニットのある胴体ブロック以外をインディゴブルーに染め上げられたその不知火の肩には、京介自身が書いた文字がある。白い胴体、蒼い四肢と頭部、関節や脚周りは黒い。そのふざけたようなカラーリングからして、書かれている【雪風】の二文字は、異様に浮いていた。
「------これで何機目だ、少尉! 言ってみろっ!」
司令室で直接汚い唾を飛ばされながら怒声を受けるのは、やはり良い気分では無かった。豚饅頭、唾男、肥満禿等々。脳内で失礼極まりない暴言を考えていたとしても、京介の気分が晴れることは無かった。
「シミュレーションなら兎も角、実機による模擬戦でどうして貴様は何時もいつも機体を損傷させるのだ! あの雪風とか言うふざけた渾名を付けた機体を没収すれば飛行訓練で吹雪を三機! 機体を返せば返したで他の部隊と諍いは起す! 今回の件だってそうだ! 酒瓶で三人の頭を殴りつけた挙句、一人は骨折、PXの窓から二人放り投げる! 怪我人も大勢出た! 挙句模擬戦で機体を滅茶苦茶にする! 一体何を考えているのだ貴様は! 答えろ浦城少尉!」
「雪風は俺にとって明星作戦を共に駆け抜けた相棒です、それを一方的に没収されて良い気はしないでしょう。上からも許可が出ていますし。飛行訓練で言えば、あれは新入りに悪い例を見せただけです。今回の件にしても、元々はあの外国人連中が難癖つけてきたのが原因ですよ。……まあ、腕の骨圧し折ったのは事故ですが」
「悪びれもせずいけしゃあしゃあと……模擬戦についてはどう説明する!」
「模擬戦だからと言って手を抜くのは失礼だと思いまして。そもそもBETAは俺達に手加減なんぞしてくれません。俺達衛士は常に生きるか死ぬかの綱渡りを強いられているんですから、模擬戦の段階から死ぬ気で戦えない衛士が実戦で生き残れると思いますか?」
「やり過ぎだと言っているのだ、貴様らがっ! そもそも------」
近藤准将が飛ばした唾がブーツに飛んでくるのを露骨に嫌そうな顔をしていた京介が突然の来訪者に振り向くのと、唾を飛ばしに飛ばしていた准将がノックされたドアを怒鳴りつけるのはほぼ同時だった。現れたのは准将の秘書を務める女少尉、その手に何かしらの分厚い書類を纏めたファイルを持っている。秘書は一度敬礼した後、准将の傍に寄りファイルを差し出した。同時に耳元で何事か呟くと、准将は驚きに目を見開いて京介を一瞥する。そしてファイルの中身にさっと目を通せば、勢い良くテーブルを叩いて立ち上がった。
「浦城少尉! 君に上からの辞令が下った、すぐに荷物を纏めて帝都へ行くように!」
「はっ! ……は? 帝都、でありますか?」
「そうだ、帝都だ。何だか知らんがこれで厄介払いが出来るというものだ! はっはっは!」
数年前と似たような状況に近視感を感じながらも、京介はブーツに付着した唾を床に擦り付けてから、司令室を後にした。押し付けられた書類には、確かに自身の名と帝国軍技術廠への出頭を命じる旨が書かれている。だが逆に言えばそれ以外何も書いておらず、それが余計な不安を京介に与えることとなった。そもそも只の一衛士である京介に技術廠が一体何の用だというのか。仮に父・喜之助が存命であれば京介も姉の夏希も斯衛軍の一員として活動していたであろう。だが父は事故で死に、武家としての浦城家は途絶えた。そもそも父が生きていたとして、彼が斯衛軍に子供達を入れたかどうかも定かでは無い。そうして考えていても仕方ないので、京介は一先ず先の事を帝都に着いてから考えることにしたのだった。どうせすぐ基地に戻れる、この時の京介はそう頭の何処かで楽観視していた。だがそれが間違いと気付くまで、そう時間は掛からなかった。
着慣れない帝国陸軍の制服に袖を通していた京介は、これまた初めての技術廠内で一人待ちぼうけを喰っていた。近くを歩いていた職員に、呼ばれたからと必要な書類を見せて待つように言われて早数十分、京介もいい加減時計の秒針を眺めるのにも飽きてきていた。いっそ寝てやろうかとも思ったが、岩国と違い帝都でそんなことをしてみればどうなるか分かったものではない。しかし我慢の限界が近づいているのも確かで、もう一度確認してみようと立ち上がった時、彼の名を呼ぶ人物が現れた。
「浦城少尉、巌谷中佐がお待ちです。こちらへ」
自分の名を呼んだ同じ陸軍の軍服を着込んだ女性の方へ歩いていきながら、京介の頭にはクエスチョンマークが浮かんでは消え、消えては浮かんでいた。
(中佐? 技術廠のお偉いさんが俺に一体何の用だっていうんだ? しかも巌谷って、まさかあの巌谷か……?)
脳内に該当する人物を思い浮かべながら、京介は案内人の後に着いて行く。普段のラフなジャケット姿とは違う軍服姿ということもあって息苦しさを感じていた京介は、背中に嫌な汗を掻きながら案内された部屋へと入れられた。
「中佐、浦城少尉をお連れしました」
案内人から中佐と呼ばれたその男性は、少し散らかった執務机の資料を纏めている様子だった。鍛えられた肉体が軍服を押し広げ、その顔の左側には一筋の大きな傷が走っている。その男------巌谷中佐は、京介の姿を一瞥すると短く「分かった」とだけ答えた。低く威圧感のある、京介からしてみれば聞きなれない声だった。案内人は一度頭を下げると、そのまま部屋を出て行く。残された京介は気まずい沈黙の中、どうしたものかと手に持っていた書類を揺らす。すると、巌谷が呟くように口を開いた。
「------それで、誰が到着したのだったかな?」
「っ、あっ、浦城京介、只今岩国基地より到着しました!」
バッと敬礼の姿勢を取ると、巌谷もまた立ち上がり敬礼の姿勢を取る。その鋭い視線に射抜かれて、京介は萎縮していた。今まで基地司令に対して取っていた無礼な態度を目の前の男にしてみようものなら、容赦なく鉄拳が飛んでくるだろう。普段ふざけている京介でも、流石にそれくらいの判断は出来た。だが聞きたいことは聞いておかねば気が済まず、京介は巌谷に続いて敬礼の姿勢を解くとすぐに口を開く。
「失礼ながら中佐、今回何故自分が呼ばれたのか、お聞きしても宜しいでしょうか!」
「ん? ああ、そうだな。だがまず、君に会わせておきたい子がいる。
「はっ!」
そうして巌谷中佐に促されて新たに部屋に入って来た人物は、長く美しい黒髪を伸ばし、顔の左側で白いリボンで一房で纏めている、国連軍の制服に身を包んだ一人の少女だった。少女は京介の前までズカズカと歩いてくると、その目の前で敬礼を行う。その顔を見た時、京介は相手が自分より階級が上であることを知ってはいても、言葉を止める事は出来なかった。
「篁、篁唯依! 君なのか!?」
「三年ぶりになりますね、浦城少尉。お久しぶりです」
帝都防衛戦に於いて京介が出会った衛士養成学校の生徒、篁唯依。まだ小さく髪も短かったあの少女が今、成長して目の前に立っていることを京介は最初信じられなかった。だがその顔と口ぶりから、京介は彼女が本物だと確信した。目の前にいぶかしむ視線を向けてくる中佐がいるというのに、京介は唯依の肩を持って言葉を続ける。
「無事だったのか……本当に良かった。しかも中尉って……中尉?」
「ええ、
「上官……」
「はい、上官です」
にっこりと可愛らしい笑顔を浮かべる唯依を前に、京介は強張った表情を浮かべて手を離し敬礼の姿勢を取る。その様子がおかしいのか、クスクスと唯依は口元に手を当てて笑い出した。
「大変失礼致しました、中尉殿」
「うむ、宜しい」
そうして目の前で放置されていた巌谷中佐の咳払いによって唯依もまた敬礼からの謝罪を行い、二人揃ってバツの悪そうな顔をして並ぶこととなるのだった。そしてここから、京介は自分が呼ばれた理由を知ることとなる。
「浦城少尉、貴官の家は元々武家だったそうだね。お姉さんも衛士として活躍しているとか」
「え、ええ、姉も現在は消息不明ですが……」
「そうか、ではこちらの方で一度所在を確認してみよう。それで本題だが、君は先進戦術機技術開発計画……通称プロミネンス計画と呼ばれるものを知っているかね?」
「いえ、聞いたことも……」
京介の返事を聞いた巌谷はそうか、と短く答え、その計画について語り始めた。先進戦術機技術開発計画、通称プロミネンス計画とは国連軍がアラスカにあるユーコン基地で進めている、各国間の情報・技術交換を主目的とした国際共同計画の事だ。外国からの新技術流入によるブレイクスルー、設計思想の硬化防止、世界的な技術水準の向上等のメリットがある一方、水面下では外国への情報流出・機密漏洩の危険性、対BETA戦後を睨んだ参加国の政治的介入や、利益獲得を優先させる企業同士の妨害工作などのデメリットも生じており、国連が掲げる「東西陣営の協調」「人類の大団結」という理想にはほど遠い。その計画の中に、日本帝国もXFJ計画と呼ばれる計画を引っさげて参加するのだと言う。
「我々帝国軍では、主力戦術機のひとつである撃震の耐用期限が迫っている。その代替機を早急に必要としているが、本来その役割を担うべき第3世代戦術機・不知火とその同系統機である吹雪。この二機は非常に突き詰めた設計故、発展性に問題を抱えているんだ。かといって今更新しい戦術機の基本設計改修に費やす時間も無ければ、外国製戦術機を導入することに対する抵抗も根強くある。私はね、浦城少尉、プロミネンス計画により海外の技術を採り入れることで、純国産に拘って袋小路に陥っている帝国軍の体質を変えることも目的としているんだ」
「それと自分をここに呼んだことに、一体何の関係があるのですか? とてもそんな計画について……その、自分で言うのも何ですが、相応しい衛士だとは思えないのですが」
「このXFJ計画は米国の協力によって不知火を強化し、次期主力戦術機の開発までの中継ぎとなる機体とすることにある。篁中尉も勿論優れた衛士ではあるが、彼女は開発計画主任としての責務がある。よってもう一人、向こうで彼女と開発衛士の補佐をする人物が必要となる。それが君だ。デストロイヤーなどと物騒な渾名を付けられてはいるが、不知火の操縦技術で言えば君は確かなものを持っている。それに……篁中尉が君を熱心に推すものでね」
言われて、京介は隣に立つ唯依を一瞥した。俯いていて表情は読めないが、京介には彼女の手が震えている事にまで気付く事は出来なかった。実際のところ、篁唯依は明星作戦後に帝国軍が発表したエース集団の中に京介の名を見つけたことで、彼の生存を喜んでいた。明星作戦中に米軍のG弾の使用により父親を失った彼女は、父の友人であった巌谷の世話になり彼を
「中尉が? それは……あまり悪い気はしませんが……」
「勿論すぐに答えを出せと急かすつもりは無い。一週間、時間を与える。それまでの間この帝都で過ごし、答えを聞かせてくれ。良いな、少尉」
「はっ!」
今日の話はここまでとして、巌谷は一度唯依を部屋から出して京介と二人きりの状況を作り出した。そして先程までとはまた違う険しい表情を浮かべ、京介の顔をジッと見つめる。その視線はまるで、父親が娘の恋人を見定める時のようなものにも似ていた。
「さて、浦城京介。ここからはプライベートな話だ」
「は、プライベート……でありますか?」
首を傾げる京介の前で巌谷は一枚の書類を取り出すと、その内容を声に出して読み始める。それは、彼が岩国基地で起した数々の事件の全てであった。
「正直私個人としては、君のような衛士に唯依を任せるのには些か抵抗がある。彼女は私にとって娘のように大事な子だ、何かあったのでは彼女の父親に顔向け出来ない。だが彼女は君が良いと言って聞かなかった。生まれとその立場から今まで私情を抑えて生きてきた彼女がだ。篁家の当主として立派に成長しているが……彼女はまだ乙女。三年前に君との間に何があったのかまでは聞けなかったが、君が彼女の心に残るような事をしたのだとは予想はつく。……この君の数々の粗暴な行いについて、何か言いたいことはあるかね?」
巌谷の真っ直ぐに自分を貫く視線を前に、京介は逃げ出したくなる衝動に襲われた。だがここで出て行けば外にいるであろう唯依と必ず顔を合わせることになるだろうし、そんな自分の情けないところを見せたくも無かった。だから京介は軍服の懐から四角い長方形のプラスチックケースを取り出すと、それを巌谷の執務机の上に置いた。それはピルケースで、中には幾つかの錠剤が入っている。怪訝そうな表情を浮かべる巌谷に対し、京介はその中身についてゆっくりと説明し始めた。それは今の京介には無くてはならないものであり、またその所為で京介が計画への参加を渋った原因でもあった。
「君は------」
全てを聞き終えた時の巌谷の顔は、もう最初の険しいものではなかった。京介もまた何処かすっきりとした様子で、上官に対して敬礼した後、彼は巌谷の部屋を出て行く。その背を見つめていた巌谷は、彼が扉を閉めて見えなくなると手に持っていた京介に関する書類をビリビリに引き裂いたのだった。
「浦城少尉!」
技術廠を出て提供された宿泊施設へと向かおうとしていた京介を、唯依が追いかけていた。少し離れていたところで待っていたのか、僅かに息が上がっている。長い髪を揺らしながら駆け寄ってくる彼女の姿に昔の姿を重ねていた京介は、ついまた同じように砕けた口調で言葉を掛けてしまった。
「そんなに走ってきて、大丈夫か? 篁……中尉、と」
「今はそんなに畏まらなくても大丈夫だ、浦城少尉。……その、個人的に話がしたくてな」
「話?」
コクリと頷いた唯依は、指先でその長い髪の先端を弄りながら口を開いた。それは三年前の
「あの戦いで死んでしまった友人達と、明星作戦で私達を逃がす為に犠牲になった仲間達の顔が、時折脳裏に浮かんで消えない事があるのだ。あの時私にもっと実力があれば、助けられたかもしれない命が沢山あった。そう考えると、悔しくて苦しくて……どうしようもならなくなる。あの時貴方が言っていたことが、最近になって漸く分かってきた。だが私にはどうすれば良いのか分からないのだ。貴方はあの時、暗闇の中にいると死んで逝った仲間達の姿が浮かぶと言っていた。貴方は今でも、それが続いているのか?」
凛々しい言葉を使うようになった。唯依の言葉を聞いて京介は素直にそう感じた。そして自分と同じ悩みを抱えている事を教えてくれた事に、小さな喜びをも感じていた。
「……ああ、そうだ。今でも部屋の電気を消して寝られない。だから日中馬鹿みたいに騒いで、訓練で暴れて、気を紛らわしてる。それでも夜になれば、一人だ。だから結局、背負い続けるしかない。けどそれは俺の話だ、本当に君の所為で死んだ人はいるか? 俺を追い詰めているのは俺の所為で死んだ連中ばかりだ。自分の所為で死んだと思いたくなるのも分かる、けどな篁、君を守って死んだ人がいるのなら君はその人の想いを背負っていくべきなんだよ。悩むなら、死んで逝った人達の分まで生きる事を考えた方が良い。……俺にはそれが出来なかったからな」
「え?」
京介の言葉の最後の呟きは、唯依の耳にはっきりと入る事は無かった。だから唯依が聞き返しても京介は何でもないとだけ返し、昔のように彼女の頭に手を置いてその場を去った。その後姿がやけに寂しそうだと、唯依はそう感じた。ただそれがどんな理由で、何故彼がそうなっているのかまでは分からない。ただ彼は自分と共にXFJ計画に関わってくれる、そんな自信が、唯依の胸の内に広がっていた。
そして彼女の思った通り、翌日の早朝巌谷の下に現れた京介は、XFJ計画への参加を正式に表明するのだった。