Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
ユーコン基地での二度目のテロ事件が終結してから早六日、十月も半ばを過ぎた辺りで、敷地内に重ね上げられていた死体袋や戦術機の残骸もその殆どが片付けられていた。施設内で働いている人間は重ねて厳しい身元調査が行われ、既に数名のキリスト教恭順派と見られる人間が逮捕されている。プロミネンス計画の廃止に伴ない解散させられた開発チームは多く、既にその殆どがアラスカを後にするべく撤収作業を行っていた。そんな中で、浦城京介もまた本国からの横浜基地への転任命令を受けて身の回りの整理を行っている。整理といっても京介自身の荷物は殆ど無いと言っても良く、C型軍装や予備のジャケットといった服を除けば後は空のピルケースや読みもしない本が数冊と言った有様だった。敢えて言うとすれば、非合法に入手した銃火器を複数部屋の中に隠していただけである。
「こらイーニァ、危ないからあんまり触るな」
「はーい」
ベッドの上で.45口径弾の弾薬箱の中を覗き込んでいたイーニァに注意しつつ、京介はテーブル上に並べていた銃と弾薬箱にため息をついた。我ながらよくここまで集めたと思い、見つかれば確実に捕まるだろうと自嘲気味に口元を歪めながら一つずつ分解・整備していく。リコから受け取ったコルトガバメント、米兵から奪ったベレッタ、そしてトカレフ。予備マガジンも弾薬も十分にあるこれらをどうしようかと迷いながらも、京介はクリーニングキットでバレル内部を掃除していった。その傍らにはベッドの上で退屈そうにミーシャを持ち上げているイーニァがおり、その理由を京介自身も痛いほど理解出来ていた。
「クリスカ……かえってこないね」
「そうだな……帰って来ないな」
カチャカチャと手元のパーツを丁寧に組立てながら、京介はイーニァのか細い呟きに相槌を打った。白銀と言葉を交して早数日、一向に連絡が来る気配も無く、クリスカが帰って来る素振りも見当たらなかった。これまでの間に、ユーコン基地では戦闘に参加していた衛士全員に対する尋問が行われており、その中で京介はイーニァと共に一つの管制ユニットに入っていたことについて何度も追求されていた。戦闘中に自機を破壊されたイーニァを保護したと言おうとしても、出撃記録と合わない。結局のところ搭乗前の彼女を保護したものの降ろす間もなく戦闘が始まったという体で尋問を終えて、京介達は解放された。
そして京介の中にある焦りの一つに、クリスカの生命維持に必要な特殊蛋白の摂取がある。彼女にとって必要不可欠な特殊蛋白はサンダークから受け取ったケースにその他の錠剤と共に収められており、そのケースはずっと京介が所持していた。クリスカが最後に特殊蛋白を摂取したのは騒動が起こる前日であったことは京介もイーニァも記憶している。だがそれ以降京介はクリスカと共に行動しておらず、白銀と接触することが出来ない為に注射器とアンプルを渡す事が出来ていない。特殊蛋白を摂取出来ない状況でクリスカの身体が持つのは一週間前後、それでも摂取していない時間が長ければ長い程特殊蛋白の効果が無くなっていく。注射したとしても意味が無くなるのだ。そんな京介の焦りを感じ取っているのか、イーニァも口には出さないものの落ち着かない様子でミーシャを撫でている。尋問明けで恐らく監視も付いているであろう状況下で行動するのは好ましいことではない。が、ユーリやリコにも頼る事が出来ない以上、京介は多少の危険を犯してでも白銀の下へと向かわなければならないと考えていた。一定数のキリスト教恭順派と思わしき人物が捕らえられたとは言っても、元々はロバートの手が掛かった連中も居た形跡がある。京介の今までの経験から言って、確実に彼らからの干渉はあると判断していた。
(寧ろ遅過ぎたか……俺は)
組み終えた銃器をテーブルの上に並べ、京介は唇を噛み締めながら9mmパラベラム弾の弾薬箱へと手を伸ばす。そしてそれと同時に、京介とイーニァのいる部屋のドアがガチャリと音を立てて開き始めた。
「っ!」
その静かな物音にイーニァはバッと身体をベッドの下へと転がして隠れると、京介は箱から取り出していた9mm弾をスライドを引ききっていたベレッタの薬室に直接押し込んで初弾を装填する。そして開きつつあったドアに銃口を向けると、京介はすぐに銃を下ろした。
「クリスカ……? クリスカ・ビャーチェノワ!」
ドアの向こうに立っていたセミロングの銀髪、国連軍のイージージャケットに身を包み透き通るような白い肌を持つ
「シ、シロガネ少佐から京介に渡してくれと……その、私達の異動について必要な------」
歯切れの悪かったクリスカの言葉を遮るかのように、京介は差し出された手を掴んで引き寄せると、銃とファイルが音を立てて地面に落ちる頃には腰に手を回してその唇を塞いでいた。数日振りに感じるその体温と匂いに心が満たされていくのを感じながら、京介は軽く重ね合わせていた唇を離す。そしてやや頬を紅潮させていたクリスカの瞳をジッと覗き込むと、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そんな事、今はどうだっていいだろう。俺とイーニァを心配させて、最初に言うのがそれか? 違うだろ」
「っ、それは……その、どう言って顔を見せればいいのか分からなくて」
「ただいまって、それだけで良いんだ」
「……ただいま?」
「そう、お帰りクリスカ」
もう一度唇を重ねてから、京介はクリスカから手を離して床に広がっていた銃とファイルの中身を拾い上げた。そしてベッドの下からミーシャを盾にするようにして顔を覗かせていたイーニァと目が合うと、そのままベッドの上に銃とファイルを置いて彼女を引きずり出す。あーだのうーだの言っていたイーニァを立たせてクリスカの前に押し出せば、後は簡単だった。大泣きし始めたイーニァがクリスカに飛びつき、同じように
「お前の出番は後だってさ」
そう何の気無しに呟いて、京介はベッドに座らせたミーシャをわざとらしく転ばせるのだった。
数日振りの再会を果たした日の夜、京介のベッドの上ではイーニァを真ん中に挟んでやや窮屈ながらも川の字になって横になる京介とクリスカの姿があった。傍にあるテーブルの上には空になったアンプルと注射器が転がっており、そのすぐ横には銃を文鎮代わりに置かれているファイルが敷かれている。ミーシャを抱いたまま猫のように身体を縮込ませて眠るイーニァを間に、京介とクリスカは出来るだけ額を近づかせるようにして向き合って眠っていた。
「……それじゃあ、白銀が廃棄された研究所からアンプルを持ってきたって言うのか?」
イーニァを起さないように小声でクリスカと言葉を交していた京介は、彼女の口から放たれた言葉にそう聞き返した。
「京介がシロガネ少佐と会った次の日には、彼はもう複数のアンプルを用意していたの。何時の間に忍び込んだのかは分からないけど……注射した後は普段と同じ感覚だったから、本物なのは間違いない。それでも……」
不安だったから新しいものをすぐに注射した。その不自然に紡がれなかった言葉に京介は引っ掛かるものを感じたが、それ以上その事について理解を深めようとは思わなかった。京介はそのまま仰向けになると、空いた手を伸ばしてクリスカの頬に甲を当てる。撫でるように手の甲を動かすと、クリスカはその手に自らの手を重ねた。だがその視線は、眠っているイーニァを飛び越えてややTシャツが捲くり上がった京介の包帯が巻かれた腹部に注がれている。
「少佐は嘘つきだ。京介は怪我なんかしてないって言っていたのに……」
「怪我だらけだよ。何時もそうだ、衛士になってからずっと。……それでも今回は、過去最大級かもな」
やや茶化すように言ってみせる京介に対して、クリスカはやや非難するように重ねていた手に力を込めた。そうされる理由も分かっているのか、京介は黙ったまま重ねている手の指を絡ませる。
「なあクリスカ、前にグアドループで俺がした話を覚えてるか?」
「え……と、子供の時の話?」
「そう。あの時の事は、俺自身事故だったって認めちまえばそれで終わる。けど今回は……確実に俺の所為で死んだ連中がごまんと居る。イワンだけじゃない、マーティカもサンダークも。俺が得体の知れない存在かもしれない、そんな不確定な情報だけでこれだけの事件が起こったんだ」
「そんな事……」
「ユーリから聞いた話じゃ、発見された当初の俺の状態じゃ良くて数ヶ月はベッドの上が当然だったらしい。それが長時間の手術が成功したとは言え、たった三日間意識を失っていただけで普通に動き回れている。腹をライフル弾が貫通していたんだぞ。それなのに穴が空いていただけで内臓の腐食も起こっていなかったし、出血量もギリギリのところで収まっていた。全ての状況が俺を死なせない様に働いていたとしか考えられない、それがユーリの言葉だった」
だから、そう前置きを挟んでから暫くの間を置いて、京介は何も言わなかった。その後何を言おうとしていたのか、クリスカには朧気ながらも分かっていた。死なない人間であるという事実を受け入れる、受け入れなければならない。
「白銀が裏で何を考えているかなんて分かりっこない。けど、それでも……お前とイーニァから離れる様なことは、したくない」
「……うん、分かってる」
少しの間だけ言葉も無しに視線を交してから、京介はシーツを引っ張って三人の身体が綺麗に収まるように調整した。イーニァを上から覆うように二人の手を繋いで、しっかりと離れないようにして、三人はひと時の安寧を享受したのだった。
翌朝、クリスカが目覚めた時既に京介は部屋の中には居なかった。ベッドの上にはミーシャを抱えて眠りこけるイーニァが居るだけで、テーブルの上に置いてあった筈の銃の代わりに一枚のメモ用紙が置かれている。そのメモを手に取るも内容を見ずに着の身着のまま廊下へと飛び出したクリスカだったが、薄暗い空間が伸びる廊下には人の気配など微塵も無かった。
「京介……離れないって言ったばかりじゃない……。一体何処に行ったの……?」
すぐ帰る、それだけ書かれたメモ用紙が手の中でクシャッと潰れるのも構わずに、クリスカは冷たい廊下の上に座り込んだ。
軍服以外の服に袖を通したのは何年振りだろうか、黒いダッフルコードに身を包んだ京介はそんな事を思いながら、揺れる車のシートに背中を預けていた。今は助手席に座っている京介だったが、その隣にはハンドルを握る女の姿がある。帽子とサングラスで顔を隠しているものの、帽子から僅かに見えている銀色の髪が全てを物語っていた。日も昇らない内に突然やってきた謎の客人に、京介も最初は戸惑っていた。やって来たのはクリスカと同じ第五世代型のESP体クローンの一人、それも先の戦闘の際に気を失った京介の応急処置を行った個体だと言う。突然の来訪に深い眠りについているクリスカとイーニァを心配していた京介を前に、その個体------自らをヴァローナと呼んだ------は危害を加える為に来たのではないと弁明した。
彼女は言う。
「
ベッドに眠る二人の姿に後ろ髪を引かれる思いをしつつも、京介はヴァローナの言葉に誘われて基地を出た。普段着ているイージージャケットではなくダッフルコートを渡され、生き残っている監視カメラの目を避けるようにして。そうまでして向かうところは通いなれた歓楽街の一角、そこに行くまでヴァローナは道中余計な事は何も言わなかった。正確には京介からの質問にも答えず、彼女自身も口を開かなかったと言う方が正しかった。ある真新しくも人の気配の無い建物の前に止まると、ヴァローナは車から降りるや否やサングラスと帽子を外す。クリスカと似通った目鼻立ちが外気に晒され、クリスカよりも長い銀色の髪が朝焼けに輝いている。何処で調達したのか羽織っている黒のレザージャケットの下には、ズボンに差し込まれたホルスターが見え隠れしていた。さっさと建物の中へと入っていくヴァローナに続いて、京介もまた腰に差したホルスターの位置を微調整する。
建物の外観は二階建ての横に長い一種の娼館にも見えなくも無かったが、その実中はただの変哲の無い飲食店だった。ダイナーのようにカウンターとテーブル席が配置されていて、カウンターの奥にはこれまた変哲の無い商品の看板やサーバーが置かれている。足元を汚らしいゴキブリのような虫が猛スピードで駆け抜けていき京介は顔を顰めるが、カウンターの方から漂う生ゴミが腐ったような臭いを嗅いで大まかな事情は察していた。そして視線を店内の至るところに向けていた時、京介は一番奥のテーブル席に誰かが座っていることに気付く。明かりのついていない店内ではぼんやりとしたシルエットしか分からず、京介は腰のホルスターに手を乗せたまま入口横の壁に背を預けていたヴァローナに振り返る。
「そのまま進んで。それが一番の近道よ」
「…………」
「貴方を後ろから撃ったりなんかしないわ。
クリスカと同じ声の響きに言葉には出来ない何かを感じ取った京介は、そのまま謎のシルエットに向けてゆっくりと足を進めた。一歩ずつ進んでいく毎にシルエットは鮮明になっていき、あと数メートルと言ったところで京介は漸くそのシルエットが赤い髪色をしていることに気付く。
「……ユーリ?」
ユーリ・ミン・エゴロワ、赤く染め上げた短髪をした男を、京介は一人しか知らない。やや項垂れ気味ではあるが、その後頭部は間違いなくユーリのものであった。こんな所で一体何をしているのか、何故自分達がやって来た時に反応しなかったのか、どうして呼びかけに応えてくれないのか、そんな疑問を頭の中で浮かべながら近づいていく京介。だがすぐに、その答えは見つかった。
「おい、嘘だろ……!?」
漸く目の前に飛び込んできたその光景に、京介は絶句した。項垂れるユーリの口からは生気の無い舌がダラリと伸びていて、喉下には紐で何重にも締め付けたかのような痕が残っている。極めつけは、心臓に深々と突き刺さっているナイフの存在。ユーリ・ミン・エゴロワは、何者かに殺害されていた。腐敗した生ゴミの臭いに混じって漂う死臭に、京介は思わず胃液を吐き出しそうになる。だが右手で口元を覆うだけに留めて、彼はすぐに左手でホルスターからベレッタを引き抜いた。
「こんな事が、俺が知っておくべきことなのか……?」
「違うわ」
背後から投げ掛けられた言葉に、京介はバッと振り返り銃を向ける。ヴァローナのものとは違う声色に、緊張が走った。振り返った先、銃口の向けられた先には一人の女が立っている。ベリーショートの黒髪、鋭いナイフを連想させるような切れ長の目、国連軍のイージージャケットを羽織るその女の肩には黒い馬に乗った槍騎兵のエンブレムがあった。
「そのマーク……」
「
腕組みをしてそう言葉を発した女の背後から、また別の人影が姿を現す。今度は京介も知っていた、リコ・ヴォルフだ。何処か居心地が悪そうな素振りを見せている彼女に、京介は素直に声を掛ける。
「リコ、一体どうなってるんだ!? ユーリが殺されて、姉さんの部隊にいる奴が此処に居る。お前と一緒にだ!」
「それは------」
「簡単よ、彼女は
そう言って黒髪の女がリコを自分の前に立たせると、彼女は一度反抗するような目付きをしたがすぐに俯いて京介の視線から逃れようとする。
「ねえ浦城中尉、貴方リコ・ヴォルフって名前に違和感を持ったことはないかしら?」
黒髪の女が言葉を紡ぐ。
「リコって名前はヨーロッパ系の男の名前の愛称で、ヴォルフはドイツ語或いはオランダ語で狼を指す姓よ。とてもロシア人の女が違和感無く使える名前なんかじゃないわ。ハーフや移民だって言うのならまだ分かるけど、それでもまだ無理はある」
「……何が言いたいんだ」
「簡単な事よ。すぐに分かってしまいそうな
黒髪の女が言葉を続けるごとに、薄明かりの中でも分かる程リコの顔が青ざめていく。その反応が、京介に女の話が事実であるという確信を抱かしてしまった。
「彼女は我々
女は語り、リコは拳を握り締める。その後方にいるヴァローナは、自分には関係無いと言わんばかりに静観しており、京介はただ黙って女の話を聞いていた。
「……それと、イワン・ゲオルギー・レオニード・レズノフは確かに大佐と共に動いていた時期があったわ、その話は中尉も良く聞いていたはず。けれど、彼は所詮大佐から見放された身よ。彼自身はコンタクトが取れることを理由に勘違いしていたようだけれど……所詮はただの監視対象の一人でしかないわ。貴方と違って、情報漏洩防止対象のね。もしイェジー・サンダークが抹殺対象に上がっていなければこちらに連絡を取って来た時点で死んでいるわ。都合が良かったから生かされていただけなのよ、あの男は」
「じゃあユーリを殺したのも……」
「貴方や我々の事を知ったから。けど殺したのは私じゃないわ、リーゼロッテ……リコって呼んであげましょうか? 彼女が殺したのよ」
女の言葉にリコは大きく身体を震わせると、そのまま勢い良く背後に振り返ると同時に拳を振るう。だがそれを軽いバックステップで女は避けると、そのまま横殴りにリコの右膝を思い切り蹴りつけた。
「いっ……!!」
呻き声を挙げて蹲るリコを女は容赦無く下から蹴り上げると、口の中が切れたのか口の端から血を流しながらリコは倒れ込む。そして女はそのままリコの顔目掛けて足を踏み落とそうとしたが、それは京介が銃を構えることによって妨害された。
「リコから離れろ、ヴィレッタ・アルノバレル」
騒動の最中、京介は行方不明となっていた二人の衛士の名を思い出していた。警備部隊所属のヴィレッタ・アルノバレルとジェラルド・エイミス、二人共米側の衛士だ。今目の前にいるロバートの部下である女が、そのヴィレッタ・アルノバレルだという証拠は一つも無い。だが、京介には不思議と目の前の女がそうであるという認識を持っていた。
「あら、私、自己紹介したかしら? まあいいわ、立ちなさいリコ? お話の続きよ」
そう言ってかの女------ヴィレッタ・アルノバレル------はリコから一歩下がり、肩を竦めて見せる。続いて立ち上がったリコは、そのままテーブルに寄り掛かるように腰を下ろした。そんなリコに対し、京介は疑問をぶつけた。
「リコ、正直に答えろ。ユーリを殺したのは本当にお前なのか? 今その女が言った事もだ」
「っ……全部本当の事よ。私の本名はリーゼロッテ・コースフェルト、元は西ドイツで生まれ、父と母……それに妹と共に故郷を捨てた難民。そこから家族の為に妹と共に衛士の訓練を受けて、戦う為に故郷に戻ったわ」
淡々と語り出したリコの言葉を、その場に居た三人は静かに聴いていた。正確には聴いていたのは京介だけで、ヴァローナは目を閉じ、ヴィレッタは腰の後ろに手を回している。その仕草だけで、京介には彼女が銃に手を掛けていることが分かった。その間にも、リコの過去は紡がれていく。
妹と共に衛士になったリコ------リーゼロッテ------は欧州における作戦行動に何度も借り出される内に、一人前の衛士として成長していった。妹であるアーデルハイトとは配置換えにより離れ離れになったものの、父や母とは手紙のやり取りを行い孤独では無かった。だがある時噂には聞いていた
「そこから先は早かったわ。あの時監視していた男にすぐ私の犯行だって気付かれてね、危うく私が射殺されるところだったの。それで任務に失敗して……怖くなった私は逃げようとしたの。大切な家族の事なんて忘れようとしてね、本当、酷い子。けど結局捕まって……後はさっきアルノバレル少尉が言った通りよ。家族を人質に取られて、私はサンダークやイワンを監視し事態を円滑に進める為の潤滑油役を演じた。大変だったわ、イワンもユーリも私を退けて動こうとするもんだったから」
段々と饒舌になっていくリコに、京介は今まで彼女が被っていたのであろう
「けど、中尉の御蔭で助かったわ。サンダークも、イワンも、主要人物はみんな貴方に釘付け。一介の衛士の動向なんて見向きもしない。だから私は動き続けた、言われるままに、人形みたいに! けどもう終わった、全部終わったのよ! 後は中尉があの忌々しいクローン共とヨコハマに行けば私のここでの任務は終わる! 終わるはずだった! なのに! ユーリは、そいつは私に取引を持ちかけてきたのよ。今回の事件の中心だった中尉達の情報をCIAでもSISにでも良いから売りつけようって」
「ユーリが……?」
「そうよ、ユーリも馬鹿よね。一度仲間を裏切った女に、今度は国を裏切ろうって言ってくるんだから。ユーリが掴んでいたESP体のデータと私が持っていた中尉達のデータ、それさえあればどうにでもなるって。そんな事して見なさいよ、簡単に殺されるわ! CIAだろうがSISだろうが、KGBだってGRUだって
荒い呼吸をし始めたリコを前に、京介は完全に混乱していた。信用し過ぎていた、その言葉が自責の念となって京介の双肩に重く圧し掛かってくる。共に活動してきた三人の仲間、その全てがまるで別々の思考を持って行動していた。当然だ。皆それぞれ独立した人間なのだから。そこへ新たに、ヴィレッタが言葉を挟む。まるで混乱していた京介の内心を理解していたかのように。
「正確には……浦城中尉や我々
「っ……それは」
「忘れた訳じゃないでしょう? 貴女は懲罰代わりにここに送り込まれたただの工作員、我々の下っ端の下っ端も良いところよ。それこそ代わりなんて幾らでもいるわ」
スッとヴィレッタが腰の後ろに置いていた右手を挙げると、その手にはワルサーPPKが握られている。その動作に京介も即座に銃を構えなおすと、その視線の向こうでヴァローナが飛び跳ねるようにレザージャケットの内側からトカレフを取り出してヴィレッタを背後から狙っていた。だがヴィレッタの銃口はリコに向けられる。
「浦城中尉には言わなくても分かっているとは思うけれど、私達と貴方は何時か必ず戦う時が来るわ。何度もね。そしてそれ以外に危害を加えたりする気も全く無い、大佐の気分次第だけれど。つまりここでリコが死ねば------」
「……このアラスカで起きた事の全てを知っている第三者は全員いなくなる」
ひっ、とリコが小さな悲鳴を上げるや否や、二つの銃声が鳴り響く。9mmと.380ACP弾の空薬莢が甲高い音を立ててコンクリートの床に転がり、一人の身体が地面へと叩きつけられた。
「っ、ぁ……! かかっ、ひ……ひゅっ、ひゅーっ! ぉあっ……!」
硝煙の臭いが漂う中、喉下から鮮血を噴出しながら悶え苦しむリコをその場にいた全員が見下ろしていた。穴の空いた喉は呼吸をしようとする度に空気と血液を外部へと送り出し、足りない酸素を求めれば求める程息苦しくなる地獄のような責め苦をリコは味わっている。その目は見開かれ、血走っていて、最早まともな言葉一つ紡ぐ事は出来ない。地面に広がっていく血の池を視界の隅に置きながら、京介は目の前で撃たれた肩を押さえているヴィレッタを見つめている。その目はこの世の誰よりも冷たく、鋭く、そして何よりも覚めていた。
「これが、俺の答えだ」