※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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ANNULAR ECLIPSE/2

 

撃たれた右肩を抑えながら、ヴィレッタ・アルノバレルは取り落としたワルサーPPKを左手で拾い上げた。痛みに顔を顰めてはいるが、傷口を押さえようとはしない。その顔に若干の脂汗を滲ませながら、ヴィレッタは京介に声を掛ける。

 

 

「貴方の答えは良く分かったわ。……っ、大佐にも伝えておく。貴方は我々とは相容れない敵だって」

 

 

「そうした方が良い。……リコを撃たずにアンタを撃ったのは、アンタが俺と同じだからだ。アンタも死なない、だが何(・)時(・)か(・)殺(・)す(・)。殺す気で撃たなければ、俺達にも弾は当たることはもう分かってる」

 

 

京介の言葉にヴィレッタは軽く鼻を鳴らすと、未だ足元で悶え苦しんでいるリコを一瞥した。両手で押さえられた喉からは今も尚赤黒い血が溢れ出ており、荒い呼吸もまた回数が減ってきている。その血走った目はヴィレッタと京介を交互に覗いており、まるで助けを求めているようだった。

 

 

「腐っても元隊員ね、死に方が楽じゃないわ。……馬鹿な娘、最初に裏切った段階で両親はとっくに殺されてるって言うのに」

 

 

だがヴィレッタの口から放たれたその言葉を聞いた途端、リコは一際大きな呻き声のような音を発すると血塗れの右手を身を捩りながら腰へと持っていった。肌蹴たイージージャケットとズボンの間にマカロフのグリップが見えた時、再び鳴り響いた銃声がリコの身体を大きく跳ねさせる。硝煙の香りの後には右手をダラリと力無く伸ばし、額に風穴を開けて絶命したリコの顔だけが残った。その顔を直視出来ずに顔を背ける京介に、ヴィレッタは語る。

 

 

「これで、我々がこの地を離れれば貴方の事を知っている人間はいなくなるわ。貴方の特異性が周囲に知られれば我々も困る事になるから、丁度良いのよ」

 

「余計な敵が増えなくて済むからか」

 

「違うわ、余計な敵が幾ら増えようとも我々は簡単に排除出来る。問題はね、それに感化された人間が余計な事を思い出す事よ」

 

「何?」

 

 

肩を撃たれているというのにもう汗が引いているヴィレッタは、テーブルに寄り掛かって銃をホルスターに収めると、ジャケットを脱いでシャツの右袖を引き裂いた。その布で肩口をギュッと縛り、彼女は一息つく。

 

 

「私が貴方に知らせて良い情報はこれだけ。後は自分で気付いていきなさい、大佐はそれを望んでいる」

 

 

ジャケットを袖を通さずに羽織り、ヴィレッタはそう京介に言い放った。既に騒動の種は無く、誰も敵対する意志を見せていない。京介はベレッタを収め、静観していたヴァローナもまた最初の様に壁を背に預けている。二人の人間の死を挟んでいたものの、全てはもう終わったことだった。

 

 

「……いいえ、まだ言わなければいけない事があるわね。これは私の個人的なお話よ」

 

 

「個人的な? ロバートは関係無いのか」

 

 

京介の問いにヴィレッタは静かに頷くと、そこで再び思い出したかのように肩の傷の痛みに顔を顰めた。

 

 

「貴方のお姉さんの事と、貴方の大事にしている小さな女の子への忠告ね。前にカムチャツカの後に我々の基地へ運ばれたのは覚えているかしら? お姉さんが貴方ともう一人の女を逃がしてくれたことも」

 

「……ああ、一応はな」

 

「あの後、貴方のお姉さんは黒色槍騎兵団の隊長の座を下ろされたわ。暫くの間営倉に押し込まれて、今じゃロバート隊の下っ端よ。私達の中隊も何とか存続を許されたけど、前よりは居心地が悪くなったわね」

 

「姉さんが?」

 

「ええ、配置換えになってから会ってはいないけれど……彼女は貴方と戦う事を望んでいるわ。それだけは分かる」

 

 

ヴィレッタが腰掛けているテーブルに赤い染みが出来始める中で、京介は黙って彼女の話を聞いていた。姉・浦城夏希の現在の境遇を聞いて特に同情するような感情は一切持ち合わせていないが、それでも彼女は戦いたがっているという言葉には意識を向けざるを得ない。

 

 

「これから先、貴方と我々が関わる中で、大佐が彼女を貴方にぶつけてくるかは分からない。けれど、もしぶつけて来た場合は、覚悟しておいた方が良いかもしれないわよ?」

 

 

「……そうだな、肝に銘じておく。で、もう一つの忠告とやら何だ。イーニァの事を言っているのは分かる」

 

 

一定の事実をしっかりと受け止めた後、京介は次の段階へと話を進める。リコの喉と額が流れ出た血の池がツンとする鉄の臭いを伴なって、その場にいる全員の鼻腔を強く刺激し始めた。

 

 

「こっちの方はもっと簡単な話よ? もしあの子が貴方やあのESP体以外にすぐ懐いたり話をするようになったら気をつけなさい。その相手は我々と近しい存在だから」

 

「そう判断するその理由は?」

 

「リコと同じよ。他の衛士と比べてこの子にはそれなりに懐いている様子は無かったかしら?」

 

 

言われて始めて、京介はイーニァが時折リコの下へと遊びに行っていた事を思い返した。普段は自分やクリスカの傍に居る事が多いが、稀に二人共忙しかったりした時にはイーニァはリコの下へ行っていたからだ。京介の様子から図星だと判断したのか、ヴィレッタは口の端をやや吊り上げて言葉を続ける。

 

 

「あの子や第五世代のESP体は我々とは真逆の存在と言ってもおかしくはないわ。彼女達はプラーフカの所為で否定的な未来を視る。けど我々は肯定的な未来を視ているわ、その自覚が無くともね。臭い言い方をすれば、彼女達は闇で我々は光なの。闇の中で微かに視える光にはおのずと手を伸ばす。その中でも貴方に強く懐いている理由は言わなくても良いでしょうけど、あの子は例えどんなに小さな光でも視る事が出来る人間なら構わず近づいていくわ。貴方が幾らダメと言ってもね」

 

「つまり……どういう事だ」

 

「あの子が必要以上に近づくような相手は普通じゃないって事よ。場合によってはそいつの言う事も素直に信じるようになるかもしれない。可能性は限り無くゼロに近いけれど、貴方から離れてしまうかもしれない。そういう存在よ、あの子は」

 

「イーニァが俺を裏切る可能性があるって事かよ」

 

「あら、随分怖い受け取り方をするのね? あくまで裏切るかどうかなんてのは可能性の話であって、本題はあの子と必要以上に距離を詰めようとして拒絶されない人間には気をつけた方が良いって話なのに」

 

 

クスクスと笑うヴィレッタを前に京介は顔を顰めるが、一先ず言われた内容はそのまま受け入れる事にした。忠告と言っている以上、ロバート側ではそういった存在がいる事を把握しているからだ。何故そんな事を教えてくれるのか、そこには敢えて考えを及ばせずに京介は必要最低限の礼儀として軽く頭を下げた。相手は敵であると認識してはいるものの、真偽はどうあれ個人的な話として生き残っている唯一の肉親の事を教えてくれたからだ。京介にとって現在の夏希の存在は不安定ではあるものの、生きている事を一応は喜ばなければならない。例えこの先、命を懸けて戦う事になるとしても。

 

 

「そんなに難しい顔することないじゃない。どうせ貴方、自分の敵は容赦無く殺すのだから」

 

「何?」

 

「貴方のさっきの言い方、あの小さな女の子が裏切って敵になれば殺すのも止むを得ない……そんな顔してたわよ」

 

 

煽る訳でもなく、ただ淡々と事実を述べたまでというヴィレッタの態度に、京介はグッと歯を喰いしばった。考えてもいないことを言われて怒ったのか、それとも図星だったことに怒ったのか、自分でも判断のつかない感情が彼にそうさせる。自分がイーニァを殺す、そんな光景なぞ思い浮かべる事も出来ないはずなのに。

 

 

「さっき私を撃ったのだって、別にリコを助ける為じゃなかったでしょう? あの子は自分を騙していた裏切り者だから、私達の側についていた敵だったから。だから彼女が生きていく道を私にそのまま断たせた。自分の敵は絶対に助けない、いいわその考え。私も好きよ」

 

「……違う、俺は!」

 

「取り繕うとしなくてもいいわ。だってそれが我々だもの、自分の生命を危険な目に合わせようとする敵なんていらないから。それが例え家族であっても、恋人であっても、誰であっても。でしょ?」

 

 

目の前から投げ掛けられたその言葉に、京介は納得した。納(・)得(・)し(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)。因果律干渉能力、端的に言えば死なない人間。自分がそ(・)う(・)であることを認めるのであれば、何をするべきかは決まっていた。京介もそれを分かっていて、理解して受け入れたはずだった。生きていく以上自分に害をなす人間がいるのならば、それを排除する。敵(・)は(・)殺(・)す(・)、簡単な事だ。だがその相手が自分の大切な人だったら? クリスカが、イーニァが、或いは唯依が、ユウヤ達が、自分と親しかった人間がもし牙を向けてくれば一体どうするのか。リコは親しか(・)っ(・)た(・)、だからヴィレッタにそのまま撃たせた。自分で撃ちたくはなかったから。だがもしクリスカなら、自分は誰かに彼女を殺させるのだろうか、それとも------。

 

 

「ふふっ……私からはもう何も話す事は無いわ。後は戦場で、敵として。運があったら、また会いましょう?」

 

 

自問自答の坩堝に嵌りかけていた京介の意識を現実に引き戻したのは、ヴィレッタの別れの言葉だった。額を嫌な汗が滴り、僅かに荒くなった呼吸が肩を上下させている。気がついた時には、ヴィレッタは既に背を向けていた。背を向けたまま、彼女は京介に言葉を投げ掛ける。

 

 

「今日受けたこの弾の借りは、何時か必ず返すわ。その時はきっと、夏(・)希(・)も一緒。それまでに答えを出しておくことね、迷いを持ったままの人間を相手にしてもつまらないから」

 

 

 

 

 

ほんの数分前まで生きていた人間(リコ)から流れ出た真っ赤な血が黒く変色し、強烈な死臭が漂い始めた頃、京介は店の外の壁に背を預けて座り込んでいた。傍らには、ヴァローナの姿もある。ヴィレッタは何処へと姿を消し、外はもう陽が昇りきっていた。ジッと日陰になっている地面を見つめながら、京介は小さく言葉を零す。

 

 

「……どうして、俺をここに連れてきた?」

 

「あの女がそれを望んだから、貴方にとって必要な事だと」

 

「何故、連中と関わりを?」

 

「彼らが、私達の次の管(・)理(・)者(・)となるからよ」

 

 

管理者、その言葉に京介は思わず顔を上げた。言葉を発する事はなかったが、ヴァローナはクリスカと同じように京介の顔から何かを読み取ったのか言葉を続ける。

 

 

「当然でしょう、サンダーク大尉を始め私達を必要としていた上官は皆死んでしまったのだから。計画は消滅、クリスカ・ビャーチェノワとイーニァ・シェスチナ以外のESP体は廃棄処分になるしかない。存在理由が無くなったのだから」

 

「だからって……」

 

「祖国の為に戦って死ぬのが私達の本望だった。自分の命に価値を見出したことなどない、が……それもほんの少し前までの話よ」

 

 

含みのある物言いをしたかと思えば、ヴァローナはゆっくりと京介の隣に腰を下ろした。長い銀髪が風に揺れ、嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔を突く。冷たい風が二人の頬を撫でていくと、ヴァローナはそっと自らの髪を掻き上げた。

 

 

「あの戦いは、私達の存在理由を根こそぎ奪って行った。けど残された命令に従って、貴方とイーダル小隊を全員殺そうとした。でも、出来なかった。何故だと思う? シェスチナ少尉から私が貴方を助けた事は聞いているのでしょう?」

 

 

「……ああ、聞いてる。気の迷いとか、そういうんじゃなさそうだな」

 

 

ジッと下を向いたまま自嘲気味に笑ってみせる京介に、ヴァローナは少しの間を空けてからため息を吐き出すような声で告げた。

 

 

「……シェスチナ少尉を通じて、貴方の中のクリスカとマーティカを視たからよ。二人共我々と同じだというのにまるで違っていた、何故? 何故二人共、あんなに心が明るくて暖かくなっていたの? マーティカに至っては瀕死の状態だったというのに、貴方に名前を呼ばれただけであんなにも。……だから私は貴方を助けた。他のESP体も攻撃を止めた。知りたかったから、どうしてあの二人が変わってしまったのか……その理由を」

 

 

真っ直ぐにヴァローナからの疑問をぶつけられて、京介は思わずどう答えたものかと迷った。質問の内容も内容だが、ヴァローナが何を求めているのかが分からなかったからだ。仮にその答えを自分がはっきり述べられたとして、それを聞いた彼女はどうしたいのか。それを京介は知りたかった。

 

 

「……悪いけど、その質問には俺は答えれそうにない。俺だって分からないんだ、クリスカは兎も角マーティカまでどうして変わってしまったかなんて。ただ俺は、アイツが死にそうになってる時に呼び掛けただけだ。アイツの名前を」

 

「名前?」

 

「TACネームとかコールサインとか、言いたくないけど製品番号とか……そういうのじゃない名前だろう、マーティカってのは。誰が付けたにせよ、自分だけの名前だ。クリスカも、お前のヴァローナって名前もそうだ。あの時まではクリスカに似(・)た(・)誰(・)か(・)って認識だったさ、けど……」

 

「けど?」

 

「あんな使い捨ての道具みたいな扱い方をされて、誰にも名前を呼ばれずに死んでいくのは……可哀相じゃないか」

 

 

京介の語る内容は、実際はただの後付だった。あの時、マーティカがサンダークに撃たれた時、京介はまだ彼女をクリスカに似た誰かとしか認識していなかった。青白くなっていく顔がただクリスカと被って見えて、でも彼女はクリスカと違っていて、自分の頭の中で何かが音を立てて崩れていった。死ぬな、それがあの時自分が抱いていた唯一の言葉。それをどう伝えて良いか、彼には分からなかった。

 

 

「……そうか、可哀相……か」

 

 

ヴァローナはそう呟くように言葉を零すと、そのままスッと立ち上がった。肩に掛かっていたその銀髪を手で流すと、彼女は何処かすっきりとした顔つきで空を仰ぐ。

 

 

「それだけで、十分だったのね」

 

 

言いながら差し出された手を京介は取り、そのまま立ち上がった。ヴァローナが何を理解したのかは分からないが、それをこの場で追求しようという気にはなれない。背後にある壁の向こうに転がっている二人の仲間の死体に後ろ髪を引かれる思いをしながら、京介は先に歩き出したヴァローナの背を見つめていた。その背を通して、ヴィレッタやロバートの顔が浮かび上がる。夏希も、あの日共に戦った名も無き衛士達の顔も。

 

 

(このままずっと俺の前に立ち続けるつもりなのか、お前達は)

 

 

自分の人生は、一体何時からここまで歪んでしまったのだろうか。BETAと戦う為に衛士になった、自分でもそう思っていたはずだった。だがアラスカに来てからのことを思い返せば、自分がやって来た事は全て誰かが関わっている。まるで子供の玩具のようにあちこちに振り回されて、自分から離れようとしても後ろから思い切り引き摺り戻されてしまう。振り返れば真っ黒な眼球、冷たい眼差し、呆れた顔がこちらを見つめている。周りを見れば何も知らない、裏切られた、騙していた、そんな連中ばかり。

 

 

(明るくて暖かい? ……俺が知るかよ、そんな事)

 

 

ギュッと握り締めていた拳に力が篭る。

 

 

「お前も……俺の敵になるのか」

 

 

ふと零してしまった言葉に、ヴァローナは足を止める。

 

 

「……もしそうなったら、貴方はどうしたい?」

 

「どうもしないさ。戦うなら、倒すしかない」

 

「否定的な未来しか見えないというのは辛いわ。私達と同じよ」

 

 

背を向けたまま語るヴァローナに京介はそれ以上答えられず、彼女は乗ってきた車の助手席のドアを開け、自分はそのまま運転席へと腰を下ろした。少しの間を空けてから、京介も無言のまま助手席へと腰を下ろしやや乱暴にドアを閉める。そのシートに体重を掛けた時、漸く彼の身体に命のやり取りをした疲労がグッ押し寄せた。頭では死ぬ事は無いと思っていても、身体は正直である。深く息を吐くと共に前を閉じていたコート開き、京介は髪を掻き上げた。僅かに震える腿裏の筋肉と身体中の熱が集ってくるそこを忌々しく思いつつ、京介はヴァローナに車を出すよう頼む。その彼女が自身に向けていた視線の意味を、彼はまだ理解していなかった。

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 

京介が自分の部屋に戻った時、既に日は落ちて外は真っ暗だった。部屋の電気は消えたままで、それを点けることもせずに部屋の中まで入れば、開かれたカーテンから差し込む僅かな月明かりが誰もいないベッドを照らしている。クリスカもイーニァの姿もなく、京介はコートやホルスターを乱雑にベッドの上に放り投げると、そのままドカッと椅子の上に座り込んだ。深いため息をつきながら天井を仰ぎ見、全身の力を抜く。昔の自分なら今頃どうしていただろうか、ふと京介はそう思った。まだXFJ計画に携わっていた当初の自分は、酒だ薬だと逃げられるものに逃げていた。だが今は、それも手元にはない。あるのは銃と弾だけ。抱ける女も、今は傍にいない。

 

 

「…………ふぅ」

 

 

久しぶりに訪れた一人きりの状況に、京介の思考は徐々に過去へ過去へと遡っていく。五年前始めて従事したウランバートルでの作戦、岩国から始まり帝都まで続いた防衛戦、自身にデストロイヤーなどという不相応な------少なくとも自分はそう思っている------渾名が付けられる原因となった明星作戦、この数年の間に行われた複数の戦闘の中で、京介は複数の部隊に所属しその殆どが壊滅していた。少なくとも防衛戦から明星作戦にかけて、生き残っていた仲間は一人しか覚えていない。今でも甘っちょろいと思えることを言っていたあの男も、まだ戦い続けているのだろうか。そんな事を思いながら、京介の思考は進む。初めてロバート達と関わったグアドループでの一件、その時にクリスカに自らの心情を吐露した。カムチャツカで初めてロバートと直接対決し、敗北し、そしてニキータと出会った。日本に戻り、巌谷中佐からXFJ計画存続の為に虚偽の報告をするよう頼まれ、戻ってきてみれば唯依が死んだと言われ、そのままイーダル小隊に移り、そして京介はXFJ計画を裏切った。

 

 

(結局は、俺も同じ穴の狢か)

 

 

そこから先はもう思い出す必要も無いと、京介は目を閉じた。昔は暗闇の中で目を閉じるのが怖かった。先に逝った人間達の顔が闇の中に浮かび、手招きして自分を呼び寄せてくるからだ。だから眠る時は部屋の電気を点けたままで眠り、脅える心を酒と薬で誤魔化していた。だが今は違う。京介はそう心の底から思っていた。自分は死なない人間であるという事を受け入れたのならば、どれだけの死人に手を、足を引かれようとも何の意味も無い。この世の果てまで引き摺られていったとしても、自分にはその先など無いのだから。

 

 

数時間前に嗅いだ血と硝煙と女の臭(・)い(・)と(・)匂(・)い(・)に一日の記憶の全てを思い返すと、京介はそのまま全身の力が抜けていくのと同時に意識を手放した。明日からはまた何時も通りの自分だと、そう言い聞かせながら。堕ち切った今日の自分は、もう二度と現れないと心の何処かで贖罪しながら。京介はたった一人、静かに眠りながらアラスカの夜が更けていった。

 

 

 

 

 

同じ頃、ロバート・ギリアム・イェーガーは一人、薄暗い部屋の中で既に三本目のウイスキーを空にしたところだった。サングラスの奥にある擬似生体である黒い眼球は虚空を見据え、その肌は飲酒しているとは信じられない程に白い。一人グラス片手に立ち尽くしている彼の目の前にある机には古ぼけたノートやファイルが散乱しており、ロバートは時折そのノートのページを捲っていった。

 

 

「……二(・)十(・)年(・)前(・)もそうだったな、白銀。最初からお前は私と決別するつもりで、戦力を集めていた。あの時は……確か、私が勝利したのだったか」

 

 

変色したノートの内容を一枚一枚ゆっくりと捲っていきながら、ロバートは過去の思い出を口ずさんでいく。本人が最早何度同じ世界を繰返してきたかも思い出せない中、ロバートの持つそのノートファイルだけは常にその記録を保持し続けていた。何時からか彼が始めた思い出の清算、数多の因果に起因する内容を書き続けられたその存在は何時しかロバート自身の繰り返しを安定させる為の媒体と化していた。ロバートが世界を繰り返し、その度にノートに新たな体験が記載されていく。そしてその分だけ、彼のかつての記憶は薄くなっていった。そうすることで、ロバートは数多の平行世界にいる自分の影響を受けることなく記憶の混濁を回避させているのである。かつての自分が書き続けたその内容を読み直すことで、現状と最も近い頃の出来事を確認、そしてその対応策を考えていた。

 

 

「今回は一個中隊規模の戦力しか集められなかったようだが、彼がいる分状況は不利……か。また何時もと同じように、あのマークと部隊名を使うのだろうな彼は。恥知らずめ」

 

 

ペラペラとノートを捲くりながらロバートはそう吐き捨てるかのように言い、ある部分でページを捲るのを止めた。それはノートの中でも最初の方に書かれていて、乾いたインクが変色した紙面の上で歪な形を描いている。

 

 

「こ(・)れ(・)を描いたのは一体誰だったか……彼の息子だったかな。もう久しく見ていない……父親に良く似て無鉄砲な衛士だった、本来ならあと三年もすれば生まれてくるというのに……」

 

 

紙面から蘇る僅かな記憶の残光を懐かしく思いながら、ロバートはそこに描かれていたマークを指で軽く撫でた。十二発の弾丸が円を描き、その間に一つずつ日本刀の柄を模したマークが置かれている。円の中心には強化装備を着た頭蓋骨が左側を向き、その口には十三発目の弾丸を加えている。眼窩の奥からは睨みつけるような視線が真っ直ぐこちらを向いている。子供が考えたにしてはやや物騒なそのマーク、その下では母親が書いたのであろう短い英単語がその存在を主張していた。

 

 

「過去の……過ぎ去りし……死者の集団……子供に考えたにしてはやはり野蛮だな」

 

 

Departed、そう描かれた文字の意味に自嘲気味な笑みを浮かべてから、ロバートは少しだけ自らの唇を噛み締める。それは誰にも吐き出す事の出来ない、激しい怒りを含んでいた。

 

 

「だがこれを……貴様が、お前が、我が物顔で使って良いものではないんだよ白銀。これは私(・)達(・)の(・)マ(・)ー(・)ク(・)だ、私達ディパーテッドの------」

 

 

ロバートが言い掛けたところで、急に卓上に置かれていた電話が鳴り始める。彼はノートを端に寄せると、その受話器を静かに取った。相手は、彼の二番機も務めている秘書だった。

 

 

「私だ。……そうか、分かった。アルノバレル少尉はそのままこちらに帰還するように命じろ。それから各隊に通達、現時点を持って全ての監視対象から必要最低限の人員を残して撤収させろ。十月二十一日付けで新たに隊を組み直す、そうだ、すぐに伝えるんだ。それから例の部隊も放っておけ、ああ、例のファイル(リメンバー)を狙っていた……ああ。奴の姉が戦死したと伝えれば暫くは大人しくなる」

 

 

秘書に対して次々と命令を下しながら、ロバートは机に広げていたノートを始めとする書類を乱雑に重ねていく。次に起すべき行動が何か決定した今、これ以上過去を振り返る必要は無い。最後に懐かしいマークが描かれたノートを重ねた書類の上に置いて、ロバートはそのまま自室を出て行った。するとやや乱暴に閉められたドアの衝撃に書類の山は揺れ、一番上に置かれていたノートが音を立てて落ちていく。衝撃で開いたそのページは、奇しくもロバートが先程まで開いていたところと全く同じであった。真っ暗な部屋の中、そこに描かれていた骸骨だけが、まるで全てを見透かしているかのように目を見開いていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

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