※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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-ALTERNATIVE-
亡者/1


 

《ヴァイパー02、FOX3!》

 

 

ヘッドセット越しに、部下の一人が36mm弾を発射する旨を伝える声が耳朶を打つ。見れば視界の隅に、UNブルーカラーをした77式戦術歩行戦闘機(TSF-TYPE77/F-4J)-撃震が主機から火を噴いて墜落していく姿が映っている。黒煙を引いて地面に激突したその撃震の真上を、ネイビーブルーをした撃震が二機通過していった。通過直後には火炎と黒煙が盛り上がるように空中に広がり、通過した二機の跳躍ユニットの噴射によって一部の黒煙がぶわっと伸びると共に掻き消されていく。

 

 

《ヴァイパー02、一機撃破! 残敵数、4!》

 

 

《ヴァイパー04、FOX3!》

 

 

CP将校が残存勢力の告知を全体に行うとほぼ同時に、もう一人が攻撃の合図を取る。だが今度は、まるでバケツの中の水を大空にぶちまけるかのように放たれた弾丸は一発もUNブルーの装甲に当たることは無かった。そのまま逃げる敵目掛けて数秒間撃ち続けていたネイビーブルーの撃震は、背後に回りこんだ別の撃震に主機を撃ち抜かれる。一瞬閃光が走ったかと思えば被弾した主機が火を噴きながら盛り上がり、その火が無事な方の主機や機体全体を飲み込んでいくとそのまま火柱と化し、ネイビーブルーのその装甲は爆散し、霧散し、虚空へと消えていった。

 

 

「手前この野郎、坂井! 何度同じ事言わせりゃ気が済むんだ馬鹿野郎!」

 

《……すんません》

 

《ヴァイパー04、撃墜! 緊急脱出(ベイルアウト)確認出来ず!》

 

 

目の前のスクリーンに映し出されている映像を見ていた男は、今しがた撃墜された撃震の衛士に繋がっている手持ちのマイクを怒鳴りつけた。スピーカーからはムスッとした感じの悪い返事が帰って来て、その後CP将校からデータ上たった今撃墜された衛士が脱出する間も無く戦死した事が告げられる。

 

 

《ヴァイパー02、これより敵編隊へ突入します。03、援護宜しく》

 

《ヴァイパー03、了解》

 

《02、03、こちらヴァイパー・リード。敵の陽動は任せろ、05、俺の列機に付け》

 

《ゼッ、05、了解!》

 

 

味方が撃墜された事に何の反応も示さず、残りの衛士達は二グループに分かれて残る敵部隊への攻撃を開始する。まず隊長機と5番機が分隊(エレメント)を組んで匍匐飛行をしている敵の小隊(四機編隊)の前方へと威嚇射撃を行いながら滑り込んでいく。彼らが戦闘を行っているのは山岳地帯であり、大小様々な山地が広がり地表には戦術機が一機通ることが出来る谷が幾つかある。ヴァイパー02とその列機に付いた03の撃震は一列になってその谷を通り、隊長機(リード)と05は味方が進んでいる谷と交差するようにその上空を加速していた。背部にマウントされている突撃砲から撃ち返しながら敵の射線を躱しつつ、隊長機と5番機は自らのケツを振って敵をしっかりと引き付けていく。

 

 

《ヴァイパー02からヴァイパー・リード、間も無く合流地点に着く。そのまま直進してください》

 

 

《ヴァイパー・リード、了解。っ、05! 高度を下げろ!》

 

 

隊長機の怒声が響くと同時に、射線から逃れる事に必死になっていた5番機が不用意に高度を上げ、そのまま敵編隊の射撃に囲まれてしまう。

 

 

《う、うわっ》

 

 

情けない悲鳴と共に5番機が片方の主機に直撃を受けて吹き飛ばされると、隊長機はそのまま後方に一斉射を行った。敵編隊は一度散開し、その間に5番機は黒煙を噴き上げながら麓への緊急着陸を慣行する。だがそれを背後から持ち直した敵機が狙撃し、5番機は前方に管制ユニットを吐き出した直後に火球へと変化していった。

 

 

《ヴァイパー05、撃墜。緊急脱出(ベイルアウト)を確認》

 

 

CP将校の報告を挟み、孤立した隊長機は機体を大げさにロールさせながら背後に撃ち返していた。そのまま何とか合流地点に到達するも、手当たり次第に撃ち捲くっていた所為か谷から敵編隊を真横から突く形で上昇してきた3番機が流れ弾に当たり、そのまま体勢を崩した3番機を置いて2番機が一人突出する形になってしまう。だがそれでも2番機は慌てることなく後続の二機を即座に撃墜すると、そのまま機体を反転させて出遅れた3番機の援護に回った。

 

 

《ヴァイパー02、二機撃墜。残敵数、二!》

 

《ヴァイパー02からヴァイパー・リードへ。三機編隊を組んで敵を追い掛けましょう、03と列機に付きます》

 

《ヴァイパー・リード了解》

 

 

ややもたつきながらも三機編隊を組んだネイビーブルーの撃震は、そのまま逃走する敵機を追い掛けた後、決して短いとは言えない時間を掛けて漸く全機撃墜することに成功したのだった。

 

 

 

「分隊整列!」

 

 

シミュレーターから先程まで戦闘訓練を行っていた衛士達が出て来ると同時に、その様子をスクリーンで監視していた男の声が響く。新兵用の強化装備ではなく99式衛士強化装備に身を包んでいたその衛士達は、即座にシミュレーターから飛び降りるかのようにして男の前に整列した。横一列に並ぶその五人の衛士達は、皆何れも若く少年少女の顔つきのままである。

 

 

国連太平洋方面第11軍・横浜基地衛士訓練学校・第207衛士訓練部隊C分隊、それが彼らのかつての肩書きだった。訓練学校を卒業した彼らには先任少尉の階級が与えられ、現在は特殊任務部隊A-01に新設された第13中隊・通称ディパーテッド隊の預かりとなっている。五人にはヴァイパーのコールサインが与えられ、第13中隊員の指揮の下訓練に励んでいた。他にA分隊、B分隊も存在しているが、A分隊は同じA-01の第9中隊・伊隅戦乙女隊(イスミ・ヴァルキリーズ)に配属され、B分隊は未だ訓練兵の身である。

 

 

「今日の訓練、前よりはマシだがその更に前に比べるとクソ以下だ。坂井、前に出ろ」

 

 

元C分隊の前に立つ教官役の白鳥庚午中尉は、その短い黒髪を片手でガシガシと掻き毟りながら評価を下すと、ヴァイパー04------坂井と呼ばれた少年------を前に呼び出した。角刈りの黒髪にやや荒れた肌、目付きも悪く口元も不満を溜め込んでいるのかへの字に曲がっている。明らかに面白くないと言外に振り撒いている雰囲気のその少年の顔を、庚午は横様に振り切った肘で殴打した。厭な音がシミュレーター・ルームに響き渡り、何人かが厭な顔をして地面に倒れ込む坂井から目を逸らす。呻き声を上げて蹲る坂井を一瞥し、庚午はある少女に声を掛けた。

 

 

「永瀬、今日の訓練の所感を述べろ」

 

 

「はっ」

 

 

ヴァイパー02、今日の訓練で最も多い敵機を撃墜した秀才永瀬文(アヤ)、ややショートヘアの黒髪で前髪がやや目に掛かっている事と、その目付きが言い換えればガラが悪いと表現されるように鋭い事以外は平均的な外見の少女が、バッと背筋を正して庚午へと向き直る。

 

 

「本日の訓練において、我々ヴァイパー隊は敵戦術機一個中隊の発見に伴い奇襲攻撃を慣行したものの、空戦の末約半数を取り逃がしました。その後の追撃戦に移行するまでに味方無人機六機が壊滅させられ、ヴァイパー04が撃墜、次いで05も撃墜され、その後隊長機の誤射により03も墜落の危険に合いました。結果として我々は敵編隊を壊滅させる事が出来ましたが、内容としてはお(・)粗(・)末(・)と評価する以外の言葉を私は知りません、中尉」

 

「続けろ」

 

「まず隊長機、ヴァイパー・リードは終始マニュアル通りに堅実な指揮を執る事を心掛けているようでしたが、不測の事態における柔軟な行動が出来ていないように思われました。05が撃墜された際の乱射も状況認識が甘かったのではないかと考えます。実戦では味方殺しになりかねません」

 

 

文の言葉に庚午は小さく何度か頷いてみせると、彼女の隣に立つ少年を一瞥した。ヴァイパー隊の隊長を任されている少年・東翔、生真面目が服を着ていると評するのが似合うと言われる程度には、よく出来た衛士だった。だが今の彼は自分の不甲斐無さが恥ずかしいのか、それとも副長である文に淡々と自らの不出来を評されているのが悔しいのか、顔を強張らせてグッと拳を握り締めている。

 

 

「続いて03ですが、彼女は今まで通り基本的には自身の僚機から決して離れずに警戒や援護を行えた点は評価出来ると考えます。しかしその分、欠点も今まで通り周囲の警戒に気を配り過ぎて自身の警戒を甘くし過ぎているき(・)ら(・)い(・)があります。ヴァイパー・リードの流れ弾が直撃してしまった原因も、そこにあるかと」

 

 

文の批評を聞き、その隣に立っていたヴァイパー03・右京冴子は苦笑しつつ頬を掻いた。セミロングの茶色い髪を一房に纏めている活発そうな少女だが、部隊内においては下位に位置する衛士である。その分誰かを援護する事に掛けては優秀なのだが、そこが彼女の悩みの種でもあった。

 

 

「04については……予告無しの単独行動、落ち着きが無く意味の無い全力射撃、今からでもB分隊に編入させてやり直させた方が宜しいのではないでしょうか?」

 

「余計な事を言うな、続けろ」

 

「では、最後に05について。作戦行動中特に目立った部分も無ければ悪過ぎた部分も無く、言うなれば無害、悪く言えばお荷物になるかと。個人撃墜も協同撃墜も無く、先程も不用意に高度を上げた所為で隊列が乱れ、結果として余計な損害を出す事になっていたかもしれません。緊急脱出のタイミングも敵の射撃を受けたのとほぼ同時でしたので違和感は有りませんでしたが、あの損傷状況ではまだ地表において何らかの援護行動は行えたのではないかと考えます」

 

 

04、坂井正文が殴られた頬を押さえながらゆっくりと立ち上がっていた隣で、05・一文字真が文の批評にバツが悪そうに肩を小さくしていた。坂井は基本的に何でもそつなくこなせる器量があるが自信過剰のきらいがあり、作戦行動中においても危険なスタンドプレーに走る事が多々あった。文に言わせれば、何故彼の居る自分達C分隊が最終評価試験を突破出来て、優秀な人材が揃っているはずのB分隊が突破出来なかったのだろうとなる。その粗野で無謀で愚かな少年の事に関してそれ以上関心の持てない文が次に評したのは、一文字という大層な姓を持つ少年であった。中背中肉で大人しい印象を持たせる真は少なくとも戦術機の扱いについては部隊内でも上位に入るはずなのだが、その気弱な性格から中々訓練において成果を出せないでいた。名前と性格のギャップからよく坂井に絡まれている真だが、訓練後に自室で常に自らの反省点をノートに纏めている事を文は知らない。最もその反省点を改善出来ていない段階で、知る意味も無いのであったが。

 

 

そして文の言葉が終わって少しの間が空いた後、庚午は最後に小さく頷いてから声を上げた。その内容は、文自身の批評について。

 

 

「では最後に永瀬、お前は今回も(・)最多撃墜を記録したが全体的に操縦に荒が目立つ。射撃も回避行動も申し分無いが、まだ磨ききれていないところが数多くある。後で戦闘記録を見直しておくように」

 

 

「はっ!」

 

 

庚午は文に対し言外に察しろとでも言うように告げると、立ち並ぶ五人を前に再び声を張った。

 

 

「何度も繰り返し言ってきたが、もう一度言うぞ。敵の背後を取って射撃する時は、二秒間だけ引き金を引け! 二秒間に全てを籠めて全力射撃だ、それ以上は無駄弾になる! そして僚機は列機に付いた機が射撃したら照準を合わせていなくても同時に撃て、そうすりゃ協同撃墜扱いになる」

 

「戦術機の撃墜スコアを稼いでどうするって言うんですか? 自分達の敵はBETAだけだと思うんですけど」

 

「黙ってろ坂井、芹澤中隊の事を忘れたか。……兎に角相手が戦術機だろうがBETAのクソッタレ共だろうが二秒間射撃は絶対だ。戦場で敵に囲まれてビビッた奴が手当たり次第に乱射して味方を殺す、何てこたぁよくある。分かるな、東。特に戦車級に囲まれた時なんざ、通信を切っておかないと自分までおかしくなっちまう。だから常に短い間に全力を注ぎ、その後の僅かな時間で敵味方の位置や残弾数を確認するんだ。それを忘れて好き勝手した奴の末路は、言わなくても分かるな」

 

 

かつて三度横浜基地を襲撃した黒塗りの戦術機一個中隊、その謎の敵との戦いで一方的に壊滅させられた中隊の名を上げつつ、庚午は永瀬達に過去の経験を伝えていった。

 

 

「お前らは対戦術機戦用の訓練を主にやらされているが、その理由は何れ分かる。現状のシミュレーションによる訓練が終了した後は、もう一度撃震による実機訓練に移るぞ。もう管制ユニットの中でゲロ吐き忘れた奴はいないだろう。実機訓練には俺と、白銀少佐が連れてくるもう一人の衛士が教官に付く」

 

 

「それは誰ですか?」

 

 

庚午の言葉に文は短く手を上げると、庚午の反応を待つ間も無く問い掛けた。

 

 

「それは俺も知らん。話じゃあ今日か明日にはここに到着するらしいが……少なくとも空条よりはマシだな」

 

 

その言葉に冴子が思わず笑いを零すと、彼女はすぐにペロッと舌を出して背筋を正す。庚午はその仕草にため息をつきつつも、手をパンッと叩いた。

 

 

「兎に角今お前らが気にするのは新しい教官殿じゃねえ、今日のお粗末な訓練内容をそれぞれしっかり見直して反省点を洗い出し、明日の訓練で今まで以上の成果を出す事だ。いいな?」

 

 

五人全員が返事を返したところで、庚午はもう一度手をパンッと鳴らす。

 

 

「なら全員、このまま野戦服に着替えた後40kgの重りを持ってグラウンド五十周。終わったものからここに戻り今日一連の訓練内容を見直して報告書を纏めろ、期限は一五○○まで。行け!」

 

 

急かされるようにシミュレーター・ルームを出て行く五人を見送り、庚午はまた頭をガシガシと掻き毟った。それからシミュレーターに接続されていた情報端末から先程の訓練内容のログをプリントすると、その隣に訓練中CP将校を勤めていた女性が軽い挨拶をした後そそくさと部屋を退出していく。後に一人残った庚午が壁際に設置されているベンチに寝転がると、彼はそのまま足を組んでダラダラとプリントの内容を読み返していった。

 

 

あの五人の事を、庚午は優秀だとは思っていた。性格に難が有り過ぎる男が一人居るが、それ以外は総じて筋が良い。少なくともかつて帝都防衛戦や明星作戦に従事していた頃の自分よりかは、操縦技術は上であろう。それで戦場で生き残れるかどうかは別にして。帝都防衛戦において初陣を飾った当時の自分の事を思い返し、庚午はふうと息をついた。所属していた部隊が潰走し、残存していた他の部隊の生き残りと臨時中隊を組んでもう一度出撃。何度もBETA群に囲まれたが、それでも何とか生き延びる事に成功した。最終的に生き残ったのは自分も含めて二人、その一人は後の明星作戦において名を上げている。一方の自分も色々と表向きには言えない状況を潜り抜けて、白銀武という佐官のスカウトを受けて横浜に来た。

 

 

「アイツ……今どうしてんだろうな……」

 

 

「アイツって?」

 

 

突然真上から掛けられた声に、庚午は思わず跳び上がった。何時の間にかベンチに寝転がっている自分を見下ろすようにして、一人の女性が立っていたのだ。迷彩柄の野戦服を着ているが上着の袖を腰に巻き、頭に油で少し汚れた白いタオルを巻いているその女性は、腰に手を当てて快活な笑みを浮かべている。その幼馴染の女性を前に、庚午はやや非難するような視線を向けた。

 

 

「何だケイちゃんか……ビックリさせんなよな」

 

 

「あはは、ごめんごめん。翔達が走りに行くのが見えたから、シミュレーション終わったのかと思ってね。これさっきの訓練のやつ?」

 

 

ケイちゃんと呼ばれた女性は、そう言うと庚午の手からプリントを引っ手繰るようにして取り上げた。庚午がそれを咎める間も無く内容に目を通すと、彼女の顔はどんどん険しくなっていく。そして全てに目を通し終わった後に彼女が零したのは、呆れたような一声だった。

 

 

「……? こーちゃん、何これ」

 

「何もそれも、さっきのシミュレーションの内容だよ。十二機で一個中隊の撃震相手に、無人操縦の撃震七機を加えたヴァイパー隊はたったの三機しか生き残らなかった。撃墜されても脱出出来たのは一文字だけだ、正確には怖くなって緊急脱出した後に機体が破壊されただけだけどな」

 

「かーっ! 幾ら無人機連れてるとは言ってもまともに編隊飛行も出来ないの翔のやつ……ちょっとこーちゃん、指導が甘いんじゃないの?」

 

 

ケイちゃんと呼ばれる女性------東圭子は、ヴァイパー・リード東翔の実姉であった。初めは衛士として戦場に出た彼女であったが、明星作戦において片足を切断する大怪我を負って技術職へと移ったのである。現在は第13中隊内で若いながらも整備班長を務めている才女だ。元衛士と言う事もあって圭子は時折庚午から弟達の訓練結果を見ては、その内容にお小言を零すのである。そして総じてその指摘は、間違っているものでは無かった。

 

 

「編隊飛行ってのは僚機が下手でもダメだけど、基本的には編隊長によって左右されるっていうのに。編隊長がうろちょろしてたらその度に僚機が合わせなきゃならないし、それで接触して仲良く墜落でもしたらどうするのかしら。自動衝突回避機能が有るって言っても、燃料消費率は上がるってのに」

 

「まだ手前の面倒すらちゃんと見れていないのに、周りにちゃんとさせようとするからそうなるんだよ。アイツのあのマニュアル通りに物事を進めようとする精神は別に構わないけど、下手に頭の中を凝り固まらせると咄嗟の判断が出来なくなって余計なミスを犯すんだ。今日もそこに書いてある通り、5番機が落とされた後に焦って撃ち過ぎて誤射しやがった」

 

「殴った?」

 

「殴ってはいない。けど後で個別反省会だ」

 

 

差し出されたプリントを受け取った後、庚午はそれをビリビリに引き裂いてゴミ箱にまとめて捨てた。内容は殆ど覚えているし、持っていても仕方が無い。そうして庚午は立ち上がると、鼻に圭子から漂う油と汗の臭いの中にある僅かな甘い匂いを感じながら、圭子に本題を問うた。

 

 

「で、ここに来たのは何の用?」

 

「あー、そうだったそうだった。かなちゃん何処に居るか知らない? 155mm狙撃砲の実験データ取りたいんだけど、部屋にも何処にもいないんだよねぇ」

 

「要(かなめ)? アイツの機体は調べたのか?」

 

 

言いながら庚午は立ち上がると、圭子に着いてくるように手で招いた。

 

 

「アイツは基本的に部屋に居ないぞ。寝る時は俺の部屋か機体の管制ユニットの中だし、それ以外は呼び出しでもしない限りずっとフラフラしてる」

 

「猫みたいだよね、かなちゃん」

 

「違いない」

 

 

廊下を二人で進みながら、庚午と圭子は件の人物の事で話をしていた。ディパーテッド隊はその殆どが日本人だが、一部外国人も所属している。それらを合わせてみても、如月要という女性衛士は際立っていた。腰まで伸びた長い髪は鮮紅色に染め上げられているし、背丈も170近く顔立ちも整って分類で言えば間違いなく美人に該当している。だがその行動は、自由奔放な猫そのものだった。

 

 

「初めて会った時は驚いたねぇ、机に座るし話は聞かないし白銀少佐にいーって歯を剥くし、かと思えばこーちゃんが注意したらすぐ大人しくなるんだもん。何? もう調教済みなの?」

 

「変な事言うなって。……正人と同じ部隊に居た頃に初めて出会ったけど、最初はあんなんじゃなかったんだ。色々あって、あ(・)あ(・)なったんだよ」

 

「その色々を聞きたいんだよなぁ……」

 

 

時折すれ違う兵士達から敬礼や馴染みの挨拶を向けられつつ、二人は自分達の部隊に宛がわれた格納庫へと向かっていく。途中通路の窓からグラウンドを走る元C分隊の面々を見かけ、圭子が窓を開けて弟の翔を大声で怒鳴りつけた。その大声に重りを背負った翔が大きく手を振って黙るようジェスチャーするも、自身の姉の隣に教官である庚午が居る事に気付いたのかすぐに前を向いて走り始める。下手に訓練をサボっていると思われると、後の反省会で余計なペナルティを受けてしまうからだ。他の分隊メンバーも黙々と走っている事を確認すれば、庚午は何も文句は無いとでも言うように再び歩き出す。

 

 

「そう言えばケイちゃん、副司令と白銀少佐……あとニキータが戻って来るのは今日と明日のどっちだっけ」

 

「んー? えーと、今日の昼頃じゃなかったかな。何かアラスカ(向こう)も大変だったらしいねぇ、テロ事件が二回も起こったんだってさ」

 

「あぁ、オッドジョブが言ってたやつか。アイツまた軍のデータベースにハッキング仕掛けやがって、ばれたらタダじゃすまねえってのに」

 

「けどあの情報網は役に立つんだよねぇ。この間も私、例のF-22の配備情報教えてもらったし」

 

 

嬉々として語る圭子であったが、すぐに彼女はしまったと自らの口を押さえた。場の流れでさらりと言ってしまった事だったが、その内容は決して口外しないように堅く口止めされていたのだ。こめかみに青筋を立てた庚午は丸めた中指を親指を支えにして圭子の額に当てると、そのまま思い切り弾いた。ビシッと言う音と共に圭子の額に痛みが奔り、涙目になりながらも彼女は情報の流通者(オッドジョブ)を弁解する。

 

 

「あつつ……わ、私が無理に頼んでやってもらった事なんだよ? アラスカにある先行量産型とも、三月にラングレーに配備されてた一個小隊のとも違う識別のF-22が三十六機も横流しされたみたいに行方が分からなくなるなんて。絶対おかしいもん」

 

「だからそれが白銀少佐の言う敵のところに運ばれたって事なんだろ。……堪んねえよ、もしハッキングがばれてそのF-22の三個中隊がここに押し寄せてみろ。終わりだよ」

 

「まあ、対策は考えておかないといけないってのは分かってるんだよねぇ」

 

 

建物を出て格納庫へと向かっていく庚午を圭子の上空を、UNブルーに染め上げられた不知火の編隊が通過していった。実機訓練を終えて帰還するところだったのか、一機ずつ誘導灯が照らされている滑走路へと着陸していく。全十二機の不知火が立ち並び、その内の一機のカメラ・アイが地面に立つ庚午達を見つけると、やや大げさに右手を上げて見せた。首を傾げる圭子の隣で庚午は手を上げ返すと、その不知火はそのまま自分達の格納庫へと戻り始める。

 

 

「宗像中尉だな、あの機体」

 

「何で分かるの?」

 

「前に俺が同じ事をやったから」

 

 

それだけ言って庚午は歩みを進め、後に残った圭子は首を傾げながらも彼に続くのだった。

 

 

第13中隊に宛がわれた格納庫に二人が到着した時、そこでは二機のネイビーブルーに染め上げられた不知火がオーバーホールを受けていた。整備兵達が慌しく資材を持って駆け回り、その様子を肩にディパーテッドの部隊章を付けた二人の衛士が眺めている。

 

 

「正人! オッドジョブ!」

 

 

その二人に庚午が声を掛けると、黒髪の日本人と金髪の白人はそれぞれ揃って自分の右手を上げて見せた。その内日本人の方が、大きな声で庚午に問い掛ける。

 

 

「よー! ガキのお守りはどうだった!?」

 

「後で反省会だ! それよりオッドジョブ、ちょっと来てくれ! ケイちゃんは要のところに」

 

「うん」

 

 

正人と呼ばれた男の言葉に短く言葉を返すと、庚午はその隣に居た白人を呼びつけた。自らを便利屋(odd-job)と称するそのアイルランド人、オドネル・バックスは、ジェルで前髪以外をオールバックにした金髪を掻き上げると、掛けていた青いレンズのサングラスをやや下にずらして視線を庚午に合わせる。それからゆっくりと立ち上がると、やや大げさに肩を竦めて見せた。

 

 

「何だい白鳥、悪いけど俺は男の相手は専門外で------」

 

「エ(・)フ(・)・(・)ニ(・)ー(・)・(・)ニ(・)ー(・)の話だ」

 

「OK. 分かった、のんびりごゆるりとお話しようじゃないか」

 

 

アンニュイな雰囲気を醸し出しつつも、オドネルはすぐに庚午の呼び出しに応じた。その隣にいた正人------空条正人------は何の事か分からずきょとんとしており、圭子はその頭を叩きながらキャットウォークへと昇りだす。オドネルも正人も、ディパーテッド隊の中枢を担う優秀な衛士だ。近づいて来たオドネルに、庚午は耳打ちする。

 

 

「さっき東曹長から聞いたが、また軍のデータベースに不正アクセスしたのか?」

 

「ああ、鬼の居ぬ間に何とやらってね。大丈夫だ、痕跡は残していない」

 

「当たり前だ。……でF-22について、少佐に報告は」

 

「もうしている。返事は無いが……こっちに昼には戻って来るんだ、その時にはあるだろう」

 

「分かった。ただ次からは、女に頼まれたからって何でもやるんじゃないぞ」

 

「それはこっちの気分次第、ってね」

 

 

周囲に漏れないように会話を交してから、庚午はオドネルの腹を軽く小突いてその隣を通り過ぎた。それから一人呆けていた正人に近づくと、二人は視線を合わせる事無く軽く拳を合わせる。同郷であり第13中隊にスカウトされる前の部隊でも一緒に居た二人は、親友・戦友を遥かに通り越した関係であった。二人はオーバーホール中の不知火を見上げながら、同時にため息をつく。

 

 

「今日の訓練はどうだったよ」

 

「前より酷かった、アイツらBETA戦は良いが戦術機相手になると途端に差が出やがる。特に永瀬と坂井が問題だ」

 

「ご愁傷、後で奢ってやるよ」

 

 

庚午は軽口を叩きながら正人に愚痴を零すと、目の前でオーバーホールを受けている二機の不知火を見上げた。同じネイビーブルーの不知火が並んでいるが、その内の一機は取り外された主機にそれぞれ緑色のストライプ模様が二本描かれている。正人の不知火ではあったが、同じ模様は庚午の不知火の主機にも描かれている。黄、赤、緑の三色でそれぞれ強調された三つの中隊で構成されていた第343戦術機甲大隊、その第3中隊・通称“グリーンダイバーズ”に二人は所属していた。第343大隊は俗に言う曰(・)く(・)付(・)き(・)の部隊で、人員の損耗率が高い任務にばかり就いていた。衛士強化装備の皮膜をそれぞれの部隊色を薄くしたものに変更し、三本線のストライプ模様が入った機体を隊長機に据えるルールがあった同部隊は、副長機二機にはそれぞれ二本線のストライプを、一般機には一本線のストライプを描き、立場が上がればそこに新しく線を付け加えるようにしていた。それの意味する事は、隊長若しくは副長の死という重い意味が含まれているが。

 

 

緑色が部隊色である第3中隊に所属していた二人は先代の副長が二人同時に戦死した事もあり、揃って昇格を果たしていた。それから数ヶ月の間戦死する事無く任務をこなしていた二人だったが、ある事件を境に白銀武のスカウトを経て部隊を抜けた経緯を持っている。その過去の経歴を引き摺っている訳ではないが、過酷な任務を潜り抜けてきた自らの誇りとして、二人は今の乗機にも同じ緑色のストライプ模様を描いているのだ。

 

 

二人がそうやって不知火を見上げていると、ふいに頭上から圭子の声が響いた。同時に、庚午は自分の足元の影が段々と広がっている事に気付く。

 

 

「かなちゃんが落ちたぁー!」

 

 

直後、正人の視界に流れるように鮮紅色の長い髪が映ると共に、庚午の姿が消えていった。

 

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