※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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亡者/2

 

庚午が自分の視界から消えてから、正人はそのまま身体を大きく伸ばして欠伸をかみ殺した。足元からは男の呻き声とそれを上から押さえつける荒い女の鼻息が聞こえ、面倒臭そうに頭を掻いてから、正人はそっと自分の足の上に乗っていた人の腕を蹴り上げる。

 

 

「おら、行き成り頭から降ってくるんじゃねえよ。猿かお前は」

 

「え~、だって庚午が下に居たら飛び掛からない? 普通」

 

「普通じゃない、異常だ。ほら、退いてやれよ。そいつ息が詰まってる」

 

 

足元から暢気な声で返事が返されるも、正人は意に返さずにもう一度腕を蹴り上げた。それからやや不満そうなため息をつきながら、かの女・要------如月要------は立ち上がる。そのスラリと伸びた足の間には、何時の間にか仰向けに倒れ込んでいた庚午の身体があった。鼻筋を押さえつつ立ち上がろうとする彼に正人は手を貸し、庚午は若干咽こみつつも立ち上がる。その正面に立っていた要は、何時の間にか落ち着きが無い犬のように二人の周りをグルグルと回り始めていた。

 

 

「あつつ……この馬鹿! 行き成り上から飛び降りてくるんじゃねえよ、危ないじゃないか!」

 

 

グルグルと回っていた要の襟を思い切り掴んで引き寄せるや否や、庚午は彼女にそう怒鳴った。首を掴まれた猫のように肩を竦めていた要は彼の言葉にべーっと舌を出しながらも、その頭に彼からの拳骨を受けてすぐにしょぼくれた顔になる。そこへキャットウォークから慌てて下へと戻って来た圭子が合流し、庚午は要の襟首を掴んだまま彼女へと差し出した。

 

 

「ほら、ケイちゃんが155mmの実験がしたいんだとさ。協力してやれ」

 

 

「え、155mm!?」

 

 

慌ててキャットウォークから駆け下りてきた所為で息が上がりかけている圭子の前で、155mmという単語を聞いた要は急に目を輝かせると身を捻って庚午の手から逃れた。そのまま膝に手をついて息を整えていた圭子の手を奪い、ブンブンと上下に振り回しながら要は喜びを吐露する。

 

 

「前に撃ってから二ヶ月と三週間に五日の十七時間で三十四分からの四十八秒ぶりのシャ・ゲ・キ……堪らない! 我慢ならない! あの衝撃がお(・)ま(・)た(・)にジンジン来るぅ! ありがとうケイちゃん! 大好き! 愛してる! で、何発撃っていいの!?」

 

「っえ……ちょっと……えーと……けほっ、今回は数十発は撃てると思う……かな。反動制御計算のソフト調整をしたいんだけど……」

 

「オーケーオーケー任せといて! 庚午と争い事があれば他にはご飯と火薬しかいらないこの要ちゃんに掛かれば、す・ぐ・に! あの155m狙撃砲の完成品を前線のスナイパー達に配り終えてあげるから! 87式支援突撃砲なんてチャチなもん使うポジションなんてぽいぽいのぽーいよ! オッドジョブぅ!」

 

 

まるで数十人の子供が一斉に騒ぎ出したかのような勢いで要は喋り終えると、そのまま格納庫入口傍で内線の受話器を持っていたオドネルの名を呼び叫んだ。そのあまりの声量に庚午達は思わず耳を塞ぐも、当のオドネルは受話器を手で覆いながら何かを伝えると片手でOKサインを出してみせる。

 

 

「82式指揮戦闘車両ならもう申請済み、十分もしない内に来ると思うぜ」

 

「ありがとう! じゃあケイちゃん、私の不知火の準備お願い!」

 

「もう、かなちゃんったら調子良いんだから。すぐに着替えておいでよ!」

 

 

昇って降りてと大忙しだった圭子の苦労などいざ知らず、要は上機嫌で彼女の背を押して自らの乗機のチェックに向かわせた。長い鮮紅色の髪を白く細長い両手の指で掻き上げながら、要はその豊満な肉体を覆い隠していたジャケットを脱ぎ捨てる。上半身のボディラインがはっきりと見える黒いシャツだけの姿になると、彼女はそのまま自らの背後で呆れていた庚午に今度は正面から飛びついた。その光景を見てま(・)た(・)こ(・)れ(・)か(・)と言わんばかりに正人が小指で耳の穴をほじくりながらその場を離れると、後には庚午の背にしっかりと自分の腕を回している要と唇を重ねている庚午の姿が残される。一部の者にとっては最早見慣れた光景であり、その傍を通り過ぎる整備兵達は見向きもしない。時折変なものを見たり下衆染みた視線を向ける者もいるが、大体の場合は別のしっかりと状況を理解出来ている者による鉄拳制裁がその頭頂部にやって来るのである。

 

 

唇を離した後、要は先程までのハイテンションが嘘であったかのように庚午の胸板に顔を押し付けていた。親に甘えたがる子供のように身体を揺らし、庚午はその背を親が子供をあやすかのように手で優しく叩く。鮮紅色に染め上げられた頭髪、その生え際がやや白くなっているのを視界の端に収めながら庚午は要の目を覗きこんだ。真っ赤な瞳をした、その眼(まなこ)を。

 

 

「今日の調子はどうだ?」

 

 

新しく生えてきた髪によって白くなっている頭頂部を手で撫でる事で誰かからの視線から隠しつつ、庚午は要に問い掛ける。頭を撫でられている要が気持ち良さそうに目を細めながら、やや幼げな口調で返事を返した。

 

 

「朝ごはんが食べられなかっただけ。けどお昼は食べられたよ、しっかり」

 

「薬は?」

 

「今日はまだ大丈夫。けどちゃんと準備してる、ポケットに入れてあるよ」

 

 

そう言ってズボンの尻ポケットをポンポンと叩く要に、庚午は小さく頷いて見せる。

 

 

「よし。取り敢えず要の身体の事はケイちゃんも知ってるから、何かあったらちゃんと言うんだぞ」

 

 

「分かってるよ、庚午」

 

 

脱ぎ捨てたイージージャケットを拾い上げ、要は庚午の頬に唇を当てた。その直後に、再び頭上から圭子の怒鳴り声が響く。

 

 

「かなちゃん! とっとと着替えるー!」

 

「はーい! じゃあ、また後でね」

 

「おう」

 

 

大手を振って駆け出していく要の後ろ姿を見送ってから、庚午は指で口元と頬を拭う。そしてその匂いを少しだけ嗅ぐと、ややうんざりした様子で言葉を零した。

 

 

「アイツ……昼に納豆食べやがったな……臭え……」

 

 

 

 

 

 

その光景は、京介には何故か初めて見たような気がしなかった。幼少期を過ごした生家にあった無駄に大きく成長した鯉の住む池の水面に、白いワンピースを着たイーニァが餌の入った袋を片手にその小さな粒をそっと投げ入れている。縁側に座る自分とクリスカはその光景を微笑ましく見つめ、そして自分の視線はクリスカの抱く小さな赤子へと移る。その小さな頭へ手を伸ばそうとした時、京介は自分の身体が大きく揺らされるような感覚を味わった。

 

 

 

「------ん」

 

横浜基地の滑走路に京介達を乗せた輸送機が着陸した時、彼はまだ夢の中だった。長時間のフライトの所為もあるが、アラスカを発つ直前に起きた出来事の所為で精神的に疲弊した事も理由にある。機体が制止して何者かに肩を揺らされた時、俯いていた彼の視界に入り込んできたのは正面から太腿に置かれた白い手だった。

 

 

「京介、起きて」

 

 

「う……ああ、分かった。もうか」

 

 

正面に座っていたクリスカの声を聞き、京介は口元を拭いながら身体を伸ばした。骨が鳴り、一息つく。クリスカが隣で眠っていたイーニァの肩を揺らして起しているのを尻目に、京介は自分のボストンバッグを肩に抱えて立ち上がった。既に後部ハッチ前には白銀武や香月夕呼が待機しており、背後からは大きな欠伸をしながらニキータ・キースが目尻に涙を浮かべながらやって来ている。僅かに覚えている夢の内容に恥ずかしさを感じつつ、京介はやっとという体で口を開いた。

 

 

「漸く横浜、か」

 

「ええ、降りたら部屋へ案内します。それからPXで食事をし、第13中隊に貴方達の紹介を。IDと認識票については後で届けさせます」

 

「癖のある奴ばっかりだぞー、うちは。ははっ」

 

 

白銀の言葉にニキータが言葉を被せ、いじらしく笑ってみせる。当の夕呼は手に持つ資料ファイルを煩わしそうに抱えており、ハッチが開くのを待っている様子だった。

 

 

「今日はさっさと休みたい気分だな……」

 

「時差ボケか?」

 

「疲れてるんだよ、お前も知ってるだろ?」

 

 

横に並ぶニキータを見下ろしてから、京介は欠伸をかみ殺して背後に振り返った。後ろではそれぞれ自分の荷物を持ったクリスカとイーニァが談笑しており、京介がその二人の姿に僅かな微笑ましさを感じていると、目の前のハッチが大きな音を立てて開き始める。開かれた先には数人の銃を持った兵士と金髪のC型軍装に身を包んだ女性が立ち並び、早々に輸送機を降りた夕呼は手に持っていた束をその女性へと押し付けるように渡していた。

 

 

「それじゃあ白銀、頼んできたものはこっちでちゃんとしておくから。アンタはアンタで自分の仕事をしなさいよ」

 

「ええ、分かってます。夕呼さん」

 

「そっちの三人も、いいわね」

 

 

漸く、というより初めて視線と言葉を向けられた京介は、ただ静かに頷いて見せる。その反応に満足したのか或いは呆れたのか夕呼は金髪の女と共に迎えに来たジープに乗り込むと、そのまま基地の方へと走り去って行ってしまう。

 

 

「じゃあ、こっちも行きましょうか。キース少尉、三人の強化装備のデータ移行を」

 

「アタシがですか?」

 

「新品の99式に移すだけだ。終わったら昼にして良い」

 

「了解ですっと。じゃあな浦城、また後で会おうぜ」

 

 

そう言ってニキータは輸送機から降ろした荷物を抱えると、走っていた別ジープを呼び止めて荷台に積んで何処かへと走り去って行く。そしてまた京介達も、やって来たジープに荷物を持って乗り込んだ。時折鼻をくすぐる風の匂いが、何故だか日本に帰って来た事を歓迎してくれているかのように、彼には感じられたのだった。

 

 

 

隣り合って用意されていた部屋にそれぞれの荷物を置いてから、京介達は白銀に連れられてPXへとやって来ていた。国連軍基地と言うこともあり日本人以外にも外国人の姿がチラホラ見られ、初めての日本、アラスカとは気候も何もかもが違う雰囲気にクリスカやイーニァはやや落ち着かない様子を見せている。通り過ぎる誰もが白銀に敬礼し、羨望の眼差しを向けている姿に京介は引っ掛かるものを感じていたが、それも目の前にある合成牛丼(大盛り・つゆだく)の存在と比べればどうでも良かった。人間、空腹を満たす事は他の何よりも重要な事なのである。

 

 

「アメリカは今でも食糧自給率が100%だから、クリスカ達もこっちの合成食品の味に最初は戸惑うかもな。……けど美味いな、横浜の飯は」

 

 

「京塚軍曹が頑張っていてくれているから、ここの食生活はかなり恵まれているんです。最も、米国から国連軍に配属された兵士からすればまだまだらしいですけれど」

 

 

同じ合成牛丼を胃袋に流し込みながら、京介と白銀は言葉を交していた。京介の隣では、クリスカとイーニァがかけうどんをフォークでモグモグ食べ進めている。使い慣れていない箸で行き成り食事をさせるのも悪いと、京介がフォークでも食べられる麺類を勧めたのだ。味については二人共問題無いようで、その事について京介は少しばかり安堵していた。

 

 

「それで、こっちでの俺達の機体はどうなるんだ? そもそもディパーテッド(そっち)じゃ何を使ってる?」

 

「我々第13中隊用の塗装がされた不知火になります。現在開発中の新型OSを組み込む予定で、それ以外に二機程新型装備の実験機となっています。勿論、XFJ計画から接収した不知火弐型が到着すればこちらを使いますが。ああ、ビャーチェノワ少尉やシェスチナ少尉の為の複座式のユニットも用意しています。日本の機体ですから最初は戸惑うでしょうが、使いこなしてもらわなければ困りますよ」

 

「っ……了解だ」

 

 

やや表情を強張らせて返事をしたクリスカを小突いてから、京介は残り僅かになっていた汁と米粒を一気に掻っ込んだ。

 

 

「そんなに気負わなくていい、細かい事を考えんのは飯を食ってからにしろって。冷めるぞ」

 

 

「……分かった」

 

 

ほんの少しだけ顔を綻ばせ、クリスカは再び顔を丼の中へと戻す。その隣でイーニァは白く太い麺に息を吹き掛けて冷ましながら、美味しい美味しいと食べ進めていた。時折自分達に注がれる周囲の視線に嫌悪感を覚えつつ、京介は他のテーブルについている衛士らしき人物達を一瞥していく。ユーコン基地に居た衛士達は皆優れた開発衛士達で、その実力も折り紙つきだった。ならこの基地にいる部隊の衛士達の実力はどうなのか、そんな疑問が京介の頭の中に浮かんでいく。そんな京介の視線に気付いたのか、白銀が小声で囁いた。

 

 

「我々の立ち位置はこの横浜基地の副司令、香月夕呼博士直属の衛士です。存在する部隊は我々第13中隊以外にもう一つ、第9中隊、イスミ・ヴァルキリーズという部隊があります。この二つの部隊が、オルタネイティヴⅣの中核を担う事に。最も我々は、対戦術機用部隊といった体ですが」

 

「9と13って事は、他にも部隊があったのか」

 

「前は我々(13)を除けば四つの中隊がありましたが、伊隅中隊を除いて全てBETAとの戦闘や名無しの連隊(アンネイムド)の襲撃によって壊滅しました。我々の立ち位置については、後でしっかりと説明します」

 

 

白銀の言葉に京介は一瞬言葉を詰まらせるも、すぐに水を流し込んでずいと顔を彼に近づける。

 

 

「連中、基地を襲うのか!?」

 

 

「ええ、これまでに三度。その全ての襲撃の痕跡は必ず消され、こちらの基地司令が幾ら働きかけてもその問題が公になる事は無い。何を目的としているのかは分かりませんが、貴方がここに来た事を連中が把握しているのならきっと近いうちに------」

 

 

白銀の言葉を遮るように、突如PX内にけたたましく警報が鳴り響いた。周囲に居た兵士達も一斉にざわめき立ち、何人かは食べかけの食事を残して慌しく駆け出して行く。椅子から少しばかり腰を浮かせていた白銀も、次に掛かった館内放送を聞くや否やすぐに足を動かした。

 

 

《コントロールタワーよりD中隊、至急ブリーフィングルームへ集合されたし。繰り返す、コントロールタワーよりD中隊、至急ブリーフィングルームへ集合されたし》

 

「もう来たのか、早過ぎる!」

 

「あっ、おい! クソ、お前達はここに居ろ!」

 

「京介! 待って!」

 

 

突如駆け出した白銀を京介は追い掛け、クリスカもその後を追い掛けようとしたが困惑しているイーニァに意識を向けた際に二人は既にPXを飛び出してしまっていた。周囲の兵士達がどんどんその場を離れて行く中で、クリスカはしっかりとイーニァの手を掴んでいた。

 

 

 

白銀の一歩後ろに付いて行く形で通路を爆走していた京介は、すぐにブリーフィングルームと呼ばれる部屋に辿り着いた。その部屋には既にニキータ含む数人の衛士が待機しており、入って来た白銀に敬礼の姿勢を取った後、後から入って来た京介に奇異の視線を向ける。

 

 

「状況は!」

 

 

返礼した白銀がそう声を掛けると、衛士達はすぐに姿勢を崩し正面のモニターに視線を移す。そのモニターには日本地図に重ねられた戦略図が表示されており、南東の位置から中心部にある横浜に向けて進行する赤い光点が複数移動する様子が表示されていた。モニターの隣に立っていた女管制官が部屋の電気を薄暗くすると、そのモニターに向けて手持ちのレーザーポインターを向ける。

 

 

「先程、一二三○時においてレーダーが海上から接近する戦術機部隊を捉えました。機数十五、状況から見て今までと同じ部隊のものと推測されます。現在155mm狙撃砲の実験に如月少尉が出撃している以外に、空条少尉と佐賀馬少尉の機体が修理中。このまま所属不明部隊が進行し続ければ、一四○○時にはこの横浜基地へ到達するものと考えられます」

 

 

「敵さん、漸くおいでなすったか。チッ、こんな時に機体がオーバーホール中なんてツいてねえぜ」

 

 

管制官の言葉に椅子に座っていた男が言葉を零すも、そこに含まれていた声色には怒気が孕んでいる。京介の周囲に居た何人かの衛士達も似たようなもので、白銀は彼らを押し退けるようにしてモニターの前に出ると、その手を大きく叩いて見せた。

 

 

「よし、D中隊各員は出撃準備! 編隊長は私だ、私が指揮を取る。すまないが空条少尉、佐賀馬少尉、今回は待機だ。今不用意に数少ない予備機まで使用する訳にはいかない。如月少尉にも現状待機を命じておく」

 

 

「了解!」

 

 

一斉に返事が返される中、京介は一部の衛士を掻き分けて白銀の前へと姿を現した。その隣にニキータが入り止めようとするも、それを白銀は片手を上げて制止する。周囲の衛士達から奇異の視線を向けられる中、京介は自らに鋭い視線を向けている白銀と睨みあう。だが白銀はすぐに頭を振ると、すぐに京介に問い掛けた。

 

 

「貴方も出撃する気ですか」

 

「敵がア(・)イ(・)ツ(・)ら(・)なら、俺も戦うべきだろう」

 

「機体もまだ用意されてないのに、止めとけって浦城!」

 

「浦城……?」

 

 

京介の名を呼ぶニキータの声に一人の男が反応するも、その事に誰かが興味を示す事は無かった。ただ一刻を争う状況下において、中隊長である白銀がどういう指示を下すのかだけが問題視されている。警報が全員の耳朶を強く打ち鳴らしていく中、白銀は京介の顔を見つめながら小さく頷いた。

 

 

「……分かりました、私の予備機を準備させます。機体には私の残留データがあるから、出撃ギリギリまで誤差修正を行うよう命令しておきます。白鳥少尉、彼をロッカールームまで。強化装備は用意してあるはずだ」

 

「り、了解!」

 

「すまない」

 

 

出撃を許可した白銀の指示を受け、京介は白鳥と呼ばれた男の後を付いてブリーフィングルームを出て行った。白鳥と顔を合わせた時に互いに何処か見覚えがあるように感じたが、他の衛士達が駆け出している状況では詮索する事も出来ず、二人共すぐに強化装備に着替えるべく足を動かした。

 

 

衛士達全員がブリーフィングルームから出て行くと、一人残された白銀は壁にある内線の受話器を取って何処かへと連絡を取り始める。

 

 

「夕呼さん、白銀です。はい、今から出撃を、ええ。それで一つ頼みたい事があるのですが、霞をPXに……そうです。では、お願いします。それと------」

 

 

そう言葉を続ける白銀の背中は、何処か薄暗いものを感じさせるのだった。

 

 

 

 

 

「君が噂の新入りかい?」

 

 

ロッカールームで自身の名が記されたロッカーから着慣れた強化装備を取り出していると、京介は背後からそう声を掛けられた。首だけで視線を後ろに向ければ青いサングラスを掛けた金髪の白人が着込んだ強化装備のサイズ調整を行っており、その問いには京介は答えなかった。

 

 

「つれないな、交友関係も少なそうだ」

 

 

「黙ってろオッドジョブ。出撃前だぞ」

 

 

白人に対し白鳥と呼ばれた男が相手の言動を諌めるも、白人は肩を竦めるだけで反省した様子も見られない。だがその視線が上着とシャツを脱いだ京介の上半身に向けられると、その軽そうな雰囲気は一瞬にして引っ込んだ。白鳥や他の衛士達の視線も同様に、京介のその肉体に刻まれた痛々しい傷痕と今も尚腹部に巻かれている包帯に向けられる。彼らからの視線を知ってか知らずか、その間に強化装備を着終えた京介は、手首の感覚を確かめながら小さく言葉を零した。

 

 

「こっちはわざわざアラスカから日本に戻って来たんだ。実力は心配してくれなくて良い」

 

 

「アラスカ……浦城、成る程。そういう事か」

 

 

白人、オッドジョブの呟きに反応した人間はいなかったが、白鳥庚午の表情はや(・)は(・)り(・)とでも言うようだった。頭上のスピーカーから基地内の全兵士への指示が飛ばされる中、強化装備に身を包んだ男達はすぐにロッカールームを飛び出して格納庫へと向かう。途中ニキータ達女性衛士と合流した後、彼らは整備兵達の手によって出撃準備が整えられている格納庫へと足を踏み入れた。

 

 

「滑走路は空けとけよ! 少佐の予備機は準備してあるな!?」

 

「七番に!」

 

「よし!」

 

 

整備兵と言葉を交した後、庚午は京介の肩を叩くと大急ぎで出撃準備が進められている不知火を指し示した。その合図に京介は黙って頷くとそのまま走って機体へ向かおうとするが、その直後、その背に庚午の声が投げ掛けられる。

 

 

「浦城! 戻ったら話がある、いいか!」

 

 

「ああ!」

 

 

何を言いたいのかは別にして、京介は庚午の言葉に返事を返すと、急かしてくる整備兵の怒声を聞きながら機体から降りていた昇降用ワイヤーに取り付いた。頭上のキャットウォークには複数の整備兵が管制ユニットと大型端末を何本かのコードで繋いでおり、京介は管制ユニットに到達するや否やすぐにそのシートへと背を預ける。

 

 

「誤差修正始めます! データリンク確認、残留データとの照合開始! チェック、どうぞ!」

 

 

頭上から響く声に合わせてスイッチ類を操作し、作動確認を行う。ヘッドセットを起動し網膜投影によって視界にカメラ・アイからの映像が表示される。流れるように表示されているデータの海を確認しつつ、京介は操縦桿を握ってフットペダルに足を掛けた。数分間に及ぶデータの流れが一段落したところで、京介は頭上の整備兵に声を掛ける。

 

 

「データ確認! 後は動かしていれば自動補正が掛かるんだろう!?」

 

「そうです! ……修正完了! 装備は突撃前衛ですが、構いませんね!?」

 

「ああ! 閉めるぞ!」

 

 

整備兵の報告を聞けば京介は管制ユニットを機体に収め、ハッチを閉じる。各部動作チェックを済ませ機体に何の問題も無い事を確認すると、視界に何時の間に準備を終えていたのか強化装備姿の白銀のバストトップ映像が表示された。

 

 

《D中隊各員に告ぐ。今回はまだ部隊の再編成が整っていない為、浦城中尉のコールサインは前部隊のものを流用させる。彼のコールサインはワイルド7だ。我々は全部で八機、出撃後は各機分隊(エレメント)を組んで敵と当たれ。ワイルド7・浦城中尉にはディパーテッド7・キース少尉が付くように》

 

《ディパーテッド(D)7、了解。今度もしっかりアタシがケツを守ってやんよ》

 

「ワイルド7からD7へ、また宜しく頼む」

 

 

白銀の隣に表示されたニキータのバストトップ映像に声を掛けると、京介は機体前方の障害物が何も無い事を確認して機体を歩かせ始める。既に他の機体は格納庫外に出ており、滑走路に設置されているカタパルトに二機の不知火が接続されたところだった。

 

 

《全機発進後は楔形弐陣(アローヘッド・ツー)で私に続け。接敵時まで周囲の警戒を怠るなよ。発進!》

 

 

その白銀の言葉と共に、ネイビーブルーの不知火の集団が二機ずつ滑走路からカタパルトによって大空へと吐き出されていく。ニキータ機は京介の隣に並んで待機し、その間にも他の機体が続々と大空へと吐き出されていった。主機に二本線の緑色のストライプ模様が描かれた機体とその僚機が発進した後、京介とニキータの不知火はそれぞれ自分のカタパルトへと脚部を固定する。

 

 

「ワイルド7よりコントロール、カタパルトへの接続を確認。主機始動、可動チェック問題無し」

 

《D7からコントロール、こっちもチェック完了! ワイルド7を先に出してくれ》

 

《了解。ワイルド7、発進どうぞ》

 

 

跳躍ユニットに問題が無い事を確認してから、京介は管制塔の指示に従い右のフットペダルを押し込んでスロットルを全開にした。一気に加速した機体がカタパルトに沿って前身し、強化装備によって緩和された僅かなGが身体をシートへと押し付ける。どんどん速度を増して行く不知火は脚部を屈め、カタパルトが終着点に到達すると同時に思い切り地面を蹴って大空へと跳び上がった。そのまま自動操縦によって設定された高度まで上昇すると、後方に遅れて発進したニキータの不知火が追従する。

 

 

《Dリーダーより、D中隊各機。編隊を組め、これより敵部隊に関する情報を伝える》

 

 

先行していた六機の不知火の編隊に京介とニキータが並ぶと、再び視界に白銀のバストトップ映像が表示された。その隣には隊長機から送信されたデータが転送されてきたのか、ある戦術機の画像が表示される。

 

 

《敵の使用機体はF-18E・スーパーホーネット、数は報告通り十五機のままだ。図体は大きいが、その分性能は高いぞ。連中、輸送艦を使ったのかは知らないが太平洋上を堂々と飛んで来ている。海底にBETAが居ない事は織り込み済みらしい。五分後にこちらの索敵範囲に届くが、そのままD4 、D6によるミサイル攻撃を仕掛ける。いいな》

 

 

《了解!》

 

 

通信が終了してから、京介は操縦桿やペダルの感覚に違和感が無い事を確認しつつ足元に広がる大海原を見た。もしこの先の戦闘で撃墜された場合、例え緊急脱出が出来たとしてもこの海に放り出されたのではタダでは済まないだろう。アメリカから日本までの長旅の疲れも取れていない状態で戦闘行動に入ろうとするなど、今思えばどうかしている。だが自分と同じ状態である白銀が部隊を率いているのに、自分だけが右も左も知らない基地の中で大人しく待っているなど京介には出来そうも無かった。クリスカとイーニァを置いてきてしまったことに心苦しさを感じるも、京介はそれ以上にロバート達との戦いを待ち焦がれていた事を自覚していた。例の部隊との完全なる敵対をヴィレッタ・アルノバレルに告げてからまだ数日しか経っていないが、早々と巡ってきた機会に、思わず操縦桿を握る手に力が篭る。

 

 

 

白銀武が操る強襲前衛装備の不知火に続くは、突撃前衛装備・二機、強襲掃討装備・三機、そして制圧支援装備が施された二機の計七機の不知火。待機二名を数えても一個中隊にも足らない部隊に受け入れられる間も無く、浦城京介の止まる事の無い戦いが再び始まろうとしていた。亡者の群れ同士が互いの骸を辱め合う、その時が。

 

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