Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
戦いの火蓋が切って落とされたのは、ほんの一瞬の間の事だった。
《D4、FOX1!》
《D6、FOX1!》
合計六十四発のミサイルが白煙を引いて遥か彼方へと飛んでいき、一瞬の静寂が流れた後に空と海の間に大きな爆発の連鎖が起こる。盛り上がる黒煙と火花から敵の戦術機が何機か破壊されたのが見て取れるが、それもレーダーに映った十数個の赤い光点によって衛士達の注意が割かれた。
《増槽捨て、各機迎撃態勢! 全兵装使用自由、
白銀の命令が全員の耳朶を打った時には、既に機体のカメラ・アイが接近する黒いシルエットを捉えて視界に表示していた。三機編隊を組んだ敵が四組------ミサイルで撃墜出来たのがたったの三機------が左右に散開し、それを分隊を組んだディパーテッド隊四組がそれぞれ追い掛ける。京介とニキータも真正面からやってくるF-18E三機を前に、レティクルを合わせた。
《D7、FOX3!》
ニキータの声が耳朶を打つと共に、京介機の隣を36mm弾が通過していく。それは敵の編隊のど真ん中を貫くように進行し、三機のF-18Eは三方向へと分散させられた。その内の一機は京介機と正面衝突する勢いで加速するも、一発も撃つ事無く直前になって機体を捻り衝突を避けようとする。だがそれを、京介は許さなかった。
「逃がすか!」
機体接触スレスレ、下手をすれば互いの跳躍ユニットの余波によってバランスを崩しそうになる直前に、京介は不知火の左手で保持していた92式多目的追加装甲の表面を思い切りF-18Eに叩き付けた。表面部に搭載されている六角形の指向性爆薬が一斉に起爆し、強い衝撃と共に四肢や主機が胴体から吹き飛ばされたF-18Eは海面に激突し爆発する。吹き上がった水柱をニキータ機が突き抜け、周囲に撒き散らされた人工の雨が虹を形作った。すぐに京介は己の戦果を告げるが、そこにニキータの報告が被せられる。
「ワイルド7、一機撃墜!」
《D7からワイルド7、残った二機は上昇中。どうする!?》
「不用意に高度を上げるなよ! 黙って俺について来い!」
そうニキータに告げると、京介は機体を反転させる。そのまま上昇を続ける二機のF-18Eを視界に捉えつつも、京介は敢えて追い掛けるような事はしない。そのまま散開した敵を見失った体で飛行を続け、時折味方の背中についていた敵機目掛けて射撃を続けるなど混戦の様を構成する。そうすれば上昇していた二機は反転し、急降下からの一撃離脱を狙っているのか二機共両手の突撃砲をしっかりと構えなおしていた。
「D7、加速後ブレイク! タイミングは俺に合わせろ!」
《了解!》
上空から放たれた36mm弾を躱し、京介機とニキータ機は左右に機体を振りながら徐々に高度を上げて行く。そして急加速するF-18Eが出力を落として二人の背後に回りこんだ時、京介は一気に両ペダルを踏み込みつつ叫んだ。
「今だ!」
《っ!》
その声に合わせてニキータが機体を大きく右側へとロールさせると同時に、京介の不知火は跳躍ユニットを反転全力噴射させていた。一瞬にして強烈なGが機体と全身を襲い、激しい揺れの中一瞬にして急制動から失速状態に入った不知火。その不知火と激突しそうになったF-18Eは自動衝突回避機能が正常に作動した為、それぞれ機体が自動で不知火と激突しないように大きく機体を逸らさせる。だがそうして出来た真ん中の隙間を急制動を掛けた不知火が通過し、敵を追い掛けていたはずのF-18E二機は一瞬にしてその背後を晒す結果となった。
「貰った!」
レティクルの光点がその背部を捕捉し、京介は一気に引き金を引く。放たれた36mm弾は吸い込まれるようにF-18Eの主機を吹き飛ばし、爆発と共に眩い閃光が視界に広がった。遮光フィルターによって光がすぐに収まると、京介は残る一機の背中------動揺しているのかまだ機体の制御に手間取っているのかふらついている------目掛けて急加速し、すれ違い様にその背中を背部マウントから取り出した左手の長刀で斬り捨てた。そしてその時、背中から火を噴くF-18Eの肩に部隊章が描かれている事に京介は気付く。
「あれは……」
Vの文字を右肩下がりに三つ重ね、それにX字状になるように剣のクレイモアが重ねられている。黒い装甲に描かれたそのマーク、見覚えの無いそのマークから何故か目が離せなかった京介の耳朶を、ニキータの叫びが貫いた。
《上から墜ちて来るぞ!》
「っ!」
刹那、海面に墜落しようとしていたF-18Eに更に上空から火を噴きながら墜落してきた不知火が激突した。二機の戦術機が誘爆した事で今までよりも大きな爆発が発生し、京介は左手の長刀を取り落としつつもすぐに機体をその場から移動させる。爆発の衝撃波で機体が大きく揺れるが、京介はすぐに持ち直してニキータ機の傍に寄った。
「誰かやられたのか……」
《胸部ブロックが撃ち抜かれてた、あれじゃあもうダメだ……》
警報が耳朶を打ち二人はすぐに別の敵目掛けて機体を反転させたが、それでも視界に焼きついた不知火の最期は離れることは無かった。生身の人間の死に慣れ切っていた京介は、名前も顔も知らない衛士の死に様を前に、少しだけ昔の事を思い出していた。まだ何も知らなかった、あの頃を。
《こちらD3! 僚機がやられてケツに張り付かれてる、振り切れない!》
突然無線に割り込んできた男の声に、京介は思い当たる節があった。出撃前に会った白鳥という男、その声と似ていたのだ。レーダーを確認し視界を動かすと、確かに主機に緑色の二本線によるストライプ模様が描かれた不知火が二機のF-18Eに追われている。彼我の距離は数百m、十分に追いつく距離。頭の中の思考をそう張り巡らせながらも、京介は既に操縦桿を引いてペダルを思い切り踏み込んでいた。ニキータも同じようにしていたのか、すぐに京介機の後に付いて着ている。
「D3、もう少し踏ん張れ!」
背部ガンマウントを損傷したのか片方が無く、もう片方を稼動させる様子の無いD3の不知火はロールを繰り返しながらも高度を下げ、敵の背後を味方が取り易いように誘導していた。味方を追い掛ける敵の背後に滑り込むように回りこんだ京介機とニキータ機は、そのままそれぞれ直線状に並んだ敵機の背中目掛けて引き金を引く。それぞれ放たれた36mmは吸い込まれるように敵機へと着弾し、海面に向けて降下していたD3機が反転すると、火を噴きながら二機共海面へとその身を叩きつける。
《助かった、すまん!》
「僚機が居ないなら俺の後ろに付け! 三機編隊で周囲を警戒する!」
《何処に敵がいるのか見えないぞ!?》
D3やニキータの声が耳朶を打ち、京介はすぐにレーダーと周囲に目を光らせる。レーダーに赤い光点は無く、周囲にも戦闘行動を取っている不知火も見当たらない。全員がそうして暫くの間警戒を続けていたが、その最中白銀からの通信が届いた。
《……敵部隊の全滅を確認。中隊集合、これより帰還する》
「終わったのか……もう?」
味方機がそれぞれ撤収し始める中、京介はニキータから心配の声を掛けられるまでその場を動く事が出来ないでいた。久しぶりとも取れる戦術機同士での殺し合いがあまりにも簡単に終結してしまった事に、感覚が追いつかないでいる。本当に大丈夫なのかと問い掛けるニキータに思わず強い口調で返事を返してしまう程に、京介は自分の心と身体の感覚のズレに惑わされていた。
出撃数八機、未帰還機三機、それが第13中隊の現状だった。横浜基地に帰還した段階で陽は既に落ちかけ、誘導灯に照らされた滑走路に一機ずつ損傷した不知火が着陸していく。戦闘中に繰り返した急加速・急制動の所為で燃料の消費が一番激しかった京介機は機体自体もボロボロで、格納庫に入るや否や彼は整備兵から機体の外へと追い出されてしまった。
昇降用ワイヤーを伝って機体から降りた京介は帰還した五機の不知火にそれぞれ視線を向けると、生き残った衛士達がそれぞれ機体から降りてくる姿を目にする。中隊長であった白銀武、途中助けたD3------やはり白鳥と呼ばれていた男------に戦闘中ずっと僚機に付いていたニキータ・キース、そしてロッカールームで自分に声を掛けてきたオッドジョブと呼ばれた白人の男。それぞれがやや疲れた様子で機体から降りてきたところで、格納庫内に若い女の声が二つ響き渡る。
「庚午! 庚午!」
「京介!」
一つはやたら目を引く鮮紅色の長い髪をした女性、そしてもう一つは聞き慣れたクリスカ・ビャーチェノワの不安に満ちた声。鮮紅色の髪の女が庚午と呼ばれた------白鳥庚午か------男に飛びつくのと同時に、京介もまたクリスカの抱擁を受け止めた。
「似たようなのが増えちゃって……ったく」
ニキータの茶化すような呆れたような声を耳にしながらも、京介は片腕でクリスカの身体を支えて生き残った衛士達を見つめている。鼻腔を擽る匂いと両足で地面をしっかりと踏み締めている感覚に生きて帰って来た事を京介は実感するも、同時に先の戦闘中自らに訪れるであろう死の感覚を全く感じなかった事への違和感は続いていた。
「D中隊各員は休憩した後、二○○○時にPXに集合してくれ。白鳥中尉、すまないが明日のヴァイパー隊の訓練からシミュレーターを外しておいてくれないか」
「了解だ、少佐。……だー、もう、離せって要! 重い!」
圧し掛かっている鮮紅色の女に文句を垂らしつつ白銀に敬礼をした庚午を視界に収めつつ、京介はその二人の先にいる白銀の姿を見つめていた。何処か歯痒そうで、イラついているようにも見えたその男は、京介の視線に気付く事なくそのまま何処かへと歩き去って行く。
「じゃあ、アタシらも休みますかねぇ……。じゃあな浦城、また後で」
「中々気に入ったよ中尉。俺はオッドジョブ、何か用があったら何時でも呼んでくれ」
「ああ……また、後で」
ニキータと金髪の白人・オッドジョブの二人も揃って格納庫から出て行くと、京介はそこで漸く片腕で抱いていたクリスカの身体を離した。腕を離しても彼女の方から背中に回された腕は離れず、京介は強化装備越しの首筋に彼女の身体の感触を堪能しながらもそっと手で空いてを引き剥がす。
「シャワーを浴びてくるから、ちょっと待ってろ」
「あ……うん」
そうしてクリスカを置いて一人その場を離れようとするも、京介は何かを思い返したように踵を返して未だに鮮紅色の女に手間取っている様子の庚午へと近づいた。
「白鳥、ちょっといいか」
「だから離れろってお前……あ? 何だ!?」
唇を突き出してくる女の頬を平手で押さえつけていた庚午は突然京介に声を掛けられると、自分でも思っていなかったのか強い口調で聞き返してきた。その事自体に京介は特別反応する事も無く、ただ黙って肩を竦めて彼に問い掛ける。
「シャワーって、何処にあるんだ?」
「……やっぱりそうか、お前、
間に一人分のスペースを空けた状態で、京介と庚午はシャワールームで身体を洗っていた。シャワーヘッドから噴出すお湯に硬直していた筋肉が解されていくのを感じつつ、二人はそれぞれ身体の調子を確かめながら身体を洗っていく。
「名前も覚えられてないとは思わなかったけどな、こっちはしっかり覚えてたぜ。明星作戦で名を上げた衛士の一人、壊した機体は数知れず、一回の戦闘で三回機体を交換したなんて噂もあったんだ。付いた渾名がデストロイヤー、勘違いした海外の衛士なんざ人型駆逐艦か? なんて笑えねえボケかましたりしてさ」
「出撃する度に機体をぶっ壊してたのは確かだがな……それ以上は覚えてない。帝都防衛戦も明星作戦も、終わってみれば生き残った味方は多分お前だけだ」
案内された集団用シャワールームで、京介は庚午からかつて自分達が同じ部隊にいたことを教えられた。帝都防衛戦の際に敗走した各部隊の生き残りで構成された寄せ集め部隊、その中で唯一生き残った二人。それが京介と庚午だった。京介からすれば、唯依と知り合うほんの直前に言葉を交した衛士と言う事だけを覚えている。
「そんな俺達がまた同じ部隊になるなんてなぁ……何の因果やら」
身体についた泡をシャワーで洗い落としながら言う庚午の身体は多少の傷はあるものの、均整の取れた肉体で綺麗なものだった。それに対して京介は前も後ろも傷だらけで、抜糸や銃創の痕が幾つも残っている。仕切りによって隠れている部分もあるものの、庚午の視界に入るだけでも痛々しいものが幾つも見受けられた。
「何をどうしたら身体がそんな傷だらけになるんだ? アラスカでBETAと戦う事なんざ無いだろうし、あそこで一体何があったんだ?」
「自分の本当の敵が一体何なのか見定めてきたのさ。それにクリスカとイーニァ……俺と一緒に
「成る程……
「何?」
含みのある庚午の言葉に京介が視線を動かすと、庚午は既にシャワーを止めてバスタオルで身体を拭いているところだった。
「今日の夜、少佐の話が終わったらそのまま残っていてくれ。出撃前にも言ったが、個人的な話がある」
「ああ……分かった」
そんな風に庚午とやり取りを交してから、京介はシャワールームを出た。庚午は先に着替えて出て行っており、部屋の外には一人ポツンと所在無さげにクリスカが立っているのみ。少し疲れた顔をして戻って来た京介を前に、クリスカは黙って寄り添った。壁に背を預けた二人は暫くの間静かにしていたが、やがて京介の方が沈黙に耐え切れずポツリと言葉を零す。
「……三人死んだ」
「え?」
「八人出撃して、三人死んだんだ」
両手で顔を覆いゆっくりと息を吐いてから、京介はクリスカの身体をやや強引に抱き寄せた。
「けど、俺は帰って来た」
「……うん、お帰りなさい」
「帰って来れた……」
心の中に湧き上がってきた捉えようの無い感情を押し潰すかのように、京介はクリスカに同じ言葉を繰り返した。自分がどうなってしまったのか判断がつかず、ただ戦って生きて帰って来たその事実だけを基に自己の安定を図る。
「やっぱり……相手はあの?」
「多分な。黒い装甲に肩に大げさなマーク……けど全滅させた。皆殺しだ」
皆殺し、その言葉と共に京介の腕の力が強まるも、次の瞬間にはクリスカは彼の腕から開放されていた。精神が落ち着いたのか、少しだけ楽になった顔つきの京介は頬を掻いてみせると、左右に視線を揺らす。
「ところで……イーニァはどうしたんだ? 部屋か?」
「え? あ……京介がPXから少佐と一緒に飛び出して行ってから、女の子が来たの」
「女の子?」
首を傾げてみせる京介には、クリスカは完全に戸惑っているように見えた。事の本題をそのまま伝えて良いものか迷っているのか、しきりに口元を気にしているようにも見える。
「クリスカ、言えよ」
やや強い口調で京介が彼女に促すと、彼女は戸惑う様子を隠す事なく言葉を続けた。
「その女の子、きっと
「何だって?」
「それも、きっとイーニァと同じ
「どうして分かる?」
「同じなら、傍にいるだけで伝わる事があるのよ。京介」
クリスカの言葉に一瞬言葉を詰まらせるも、京介はそうかとだけ短く答えて腰に手を伸ばした。だがそこに何も無い事に気付くと、銃を部屋に置いた荷物の中に入れっぱなしにしていた事に軽く舌打ちをする。するとクリスカが、最早癖のようになっていた京介の動きを珍しく窘めた。
「落ち着いて京介。その子は敵じゃないし、イーニァも友達が出来たって喜んでいるの」
「例えお前達と同じでも、イーニァに何の悪影響も無いって言えるのか?」
「私なら言える。だからそうやってすぐに誰かを傷つけようとするのは止めて? ここにはアラスカじゃないし、きっと大丈夫だから」
一体何が大丈夫なんだ、そうクリスカに言い放とうとした言葉をグッと飲み込んで、京介は腰から手を離した。そんな京介の心の動きを感じ取ったのか、クリスカもまた不安げに京介から一歩離れる。
「……兎に角、そのイーニァと同じ子供ってのは一度会ってみる必要がある。イーニァは今もその子と一緒にいるのか?」
「多分、まだ香月博士のところに居るはず。最初は私もその子にそこへ案内されたから」
「そうか……、なら後でイーニァに紹介させる。いいな」
静かに頷いたクリスカに京介は静かに息を吐くと、そのまま彼女の手を取った。その頃にはもう彼の顔は険しいものではなく、ただ疲れた身体を休めたいという子供のような顔に戻っている。その表情に若干の申し訳なさを漂わせつつ、京介はクリスカに呟いた。
「道は教えてもらったから、部屋に戻ろう。……それで、その、ごめんな。勝手に置いて行って出撃しちまって」
「……もう」
多少の非難の意味も込めて京介の身体を押すも、クリスカはそのまま京介の後ろを一歩離れて付いて行く。窓の外から見える景色が変わっていても、何故だか彼女にはアラスカに居た時と同じような感覚を覚えていた。目の前にある男の背中がそう錯覚させるのかと思うと、何故だかふいに笑みが零れる。陽が落ちた窓ガラスに映るその姿に気付く事なく、京介は黙って歩み続けていた。
夜、時計が丁度午後八時を差した頃、貸しきり状態のPXには第13中隊の面々が揃っていた。イーニァはまだ京介とクリスカの下に戻っておらず、まだ顔を見せていない白銀を除いた六人の男女が遅めの夕飯を取っている。庚午、要、ニキータ、オッドジョブといった面々とテーブルを囲み、クリスカやこの場に居ないイーニァの紹介を京介が行っていると、集合時間からやや遅れて白銀が姿を現した。中隊の面々が立ち上がって敬礼すれば、京介とクリスカもまた習って敬礼の姿勢を取る。
「楽にしてくれ」
白銀はそう言って片手を上げると、そのまま京介達のテーブルへと近づいて来た。その頃には庚午達も自分の食事に戻っており、近づいて来た白銀は京介とクリスカの前に立つと静かに言葉を零す。
「シェスチナ少尉に関してだが、すぐに貴方達のところに戻せなくてすまない。どうにも霞をえらく気に入ったようで、今日はこのままこちらの方に泊まらせておいてくれないか?」
「私はそれでも構わない。京介は……」
「クリスカが大丈夫だと思うなら、俺もそれで良い。何かあれば、こっちから動くだけだ」
京介の言葉に白銀は静かに頷くと、自らも遅めの夕食を取るべくカウンターへと消えていった。そう言う京介のズボンの腰にはインサイドホルスターに収められたコルトガバメントが差し込まれており、クリスカも銃を持ち出す事を止めようとしたものの、京介がアラスカで受けた精神的苦痛を考えれば無理矢理止め切れるものでは無かったのである。白銀の後ろ姿を見送ってから二人も自分達の食事を再開し、結局PX内にいた第13中隊の面々がもう一度白銀によって呼び集められた時には時刻はもう午後九時を回っていた。
「……よし、一先ず全員揃っているな」
長方形のテーブルを前に白銀が立ち、それと向き合うように六人の男女がテーブルを左右に三人ずつ分かれて立っている。テーブル上には水のペットボトル数本と各種アルコール類の瓶がグラスと共に置かれており、白銀は空のグラスを一つ掴むと全員もグラスを持つように促した。
「全員、飲みたいものを好きに注いでくれ。俺の奢りだ」
そう言って意外にも水を自身の持つグラスに注いだ白銀に続くように、庚午は不知火と銘のついた日本酒の瓶を別の男二人と共に開けた。要も物欲しそうに酒瓶を見ていたが、酒を注ぎ終わった庚午から水入りのペットボトルを押し付けられている。ニキータやオッドジョブはウイスキーを注ぎ、京介は一本だけあったウォッカを見つけるとグラス一杯に注いだ。そして隣に立つクリスカに何が良いか聞こうとしたところで、彼女はウォッカの瓶を持っていた京介に自らのグラスをずいと突き出す。
「……分かった」
そう言ってクリスカのグラスにウォッカを半分程注いでやると、白銀は手に持ったグラスを胸の前に掲げる。その動きに習って全員が同じようにすると、ゆっくりと白銀は口を開いた。
「今日、俺達は新たに三人の仲間に恵まれた。だが同時に、三人の仲間を失う事にもなってしまった」
目の前のグラスにある水面が小さく波打つ。
「俺達は今日、初めて
白銀の声が若干の怒りを伴い、京介とクリスカ以外の衛士達の顔が強張って行く。亡くなった三人の衛士とは二人が横浜基地にやってくる前からの仲だったのだから、京介としてはその反応に対して個人的に思うところがあった。
「ヨナ・キニスン、林碁敏晴、杉田政一、彼らの死は表向きは事故死として扱われる。だが、俺達は彼らを覚えておかなくてはならない。決して忘れてはならない」
ニキータが鼻を啜る音に京介が思わず視線を向けると、彼女はうっすらと目に涙を浮かべていた。亡くなった衛士と仲が良かったのか、そんな様子だった。白銀の言葉は続く。
「そして今回新たに部隊に加わった三名……一名は今ここには居ないが、彼らが俺達と共に地獄を駆ける亡者の列に加わる。浦城京介中尉、クリスカ・ビャーチェノワ少尉、イーニァ・シェスチナ少尉、君達もまた、もう後戻りは出来ないところにまで来てしまった。それでも、これまでと同様に戦い続ける事を願っている」
静かなPXの中で、白銀の言葉が静かに響いていく。そして白銀は少しの間を空けると、掲げていたグラスを少しだけ上に持ち上げた。
「先に逝った亡者達へ」
亡者達へ、白銀の言葉に他の衛士達が言葉を続ける。
「そして、新たな亡者達に」
亡者達に、そう言葉を続けてから全員がグラスの中身を一気に飲み干した。
臭みのあるディパーテッド隊の歓迎会が終わると、殆どの衛士は翌日のブリーフィングルームで会議があるという白銀の言葉を聞いてPXを後にしていった。白銀もイーニァの事は任せてくれと言うと、さっさと帰ってしまった。ニキータやオッドジョブ、そして庚午から名前だけでもと紹介された空条正人と佐賀馬龍治の二名もその場を去り、あとには京介とクリスカ、そして庚午に要の四人だけが残る。
「……さて、それじゃあ乾杯を続けるか」
庚午はそう言うと最初に飲んだ日本酒の瓶を取り上げ、再びグラスに注ぐ。京介もまたウォッカを注ぎ直すと、二人は黙ってグラスを掲げあって中身を飲み干した。
「ねぇ庚午―、私もお酒飲みたいー」
「馬っ鹿野郎、お前まだ十九なんだからダメに決まってんだろ。あと一年待て、一年生き残れば好きなだけ飲ませてやるから」
「ちぇーっ」
テーブルに腰を下ろしてぶつくさと文句を垂らしている要に、庚午はやれやれと言った様子で肩を竦める。そして自分の向かい側に座っている京介とクリスカに視線を移すと、よし、と小さく言葉を零した。
「それじゃあそろそろ……本題に入るかな」
「酒のツマミで言える話か、それとも酔ってもなきゃ話せないようなものなのか……どっちだ?」
言いながら、京介はテーブルの上にズボンから取り外したホルスターを置いた。ゴトリ、という重い音と共に置かれたコルトガバメントを目にした庚午と要は一瞬だけ目を細めるも、すぐに自分達もと言わんばかりにズボンから銃の入ったホルスターを取り外す。庚午は国連軍が正式採用しているUSPが入ったものを、要はなんと二つもホルスターを取り出し、そこには黒とシルバーのスライドを交換した色違いのCZ75がそれぞれ収められていた。
「こういう物が必要になる状況になるかもしれない程度には、重い話だろうな」
何杯目かのグラスを空にした庚午は同じように酒を飲み干した京介を前にしてそう言い放ち、手元に広がっていた要の鮮紅色の髪をすっと梳いてみせる。その時の目はとても悲しそうで、だが同時に強い覚悟が秘められていた。
「そっちの彼女……ビャーチェノワ少尉だったか? 彼女を見てすぐにピンと来たんだ。
「同じ?」
「正確には違うけど、この世に生まれた時から誰かにその命を弄ばれて道具にされて……自分自身はそんな事を変だと思った事も無い。そんな感じだったのさ、要も」
庚午の言葉に京介は思わず身体を強張らせた。彼の言った言葉の内容がクリスカ------オルタネイティヴ3によって生み出された------と似ていたからだ。クリスカ自身も何処か思うところがあるようで、頬を僅かに赤く染めながらもその目はジッと鮮紅色の長い髪を見つめている。
「少佐がわざわざ出向いてまでここに来たお前の事だから、もう知ってるんだろ。俺達は死なない衛士として集められたって」
「……ああ、そうだ。付け加えておけば、俺は前にも
「やっぱりな。まあ、あの敵のいる部隊と戦った事があるって言うのは俺と正人もそうなんだけど」
庚午はそう言うと残り少なくなっていた瓶を引っ掴み、一気に中身を喉の奥へと流し込む。そして大きく息をつくと、口元を手の甲で拭いながら庚午は京介に言い放った。
「要を生み出したのは斯衛軍だ。正式名称は知らないが……端的に言えば強化人間育成計画、上の連中は“甲計画”と呼んでいた。薬物による肉体改造と過激な訓練によって優れた衛士……言い換えれば一種の死なない衛士を造り出そうとした悪魔の計画の産物なのさ。使われたのは身寄りのない戦災孤児、それも恐ろしいまでに幼い子供をだ」
その言葉の後、京介は反射的に要の方に視線を向けていた。彼女は相変わらずテーブルに腰を下ろしたままだったが視線だけは京介達の方に向けており、その時初めて京介は彼女の瞳を凝視する。充血したような白目の真ん中に鈍い光を窓の外に浮かぶ暗闇の中に光らせる、その真っ赤な瞳を。
そして京介が気付いた時、クリスカが腕にしがみ付いていた。その腕は激しく震えていて、俯いた顔はギュッと目を瞑り脅えているようにも見える。困惑する京介を前に、要は静かに言葉を紡ぐ。
「------ねえ、私の
クリスカの絶叫が、京介の耳朶を貫いた。