※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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明星/1

 

朝、スピーカーから起床時間を知らせるラッパが鳴り、京介は痛む頭を押して目を覚ました。シーツが掛かっているものの身体が寒いのはどういう訳だと身体を起してから、京介はベッドの周りに視線を向ける。床には数本の空になった酒瓶や脱ぎ散らかされた二人分の衣類が転がっていて、自分は衣服を纏っていない。そして少し汚れたベッドの上に横たわる全裸のクリスカを見てから、漸く京介は昨夜の事を思い出していた。

 

 

「ああ……そうか、ん……アレの所為か」

 

 

如月要、何処からから流れた因果律干渉能力と死なない衛士の関係に目を付けた一部の斯衛の人間によって生み出された強化人間。死なない理由を超常現象的なものではなく肉体的なものに見出そうとした事で、オルタネイティヴ3によって生み出された人工ESPと同じように投薬によって記憶の消去と肉体改造を繰り返し受けてきた実験体。だからこそ、クリスカは要を恐れた。目まぐるしく変化していく彼女の中の色が一色に定まった時、クリスカは自分の内臓を意識があるまま引き摺り出されたような感覚を味わったという。そのクリスカの絶叫を受けてから、京介に話をした庚午はクリスカの調子が戻ってから続きを話そうとその場を解散させたのだ。

 

 

そこから先は、恐怖心からか混乱し必死に縋り寄って来るクリスカを宥める為に京介の部屋で二人で酒を飲み、求められるがままに京介はクリスカを抱き続けた。身体から漂う酒と体液の匂いに頭の奥がジンジンする感覚をうっとおしく思いながら、京介はまだ眠っているクリスカを起さないように部屋にあった備え付けの簡易シャワーを浴びるべく身体を立ち上がらせる。道中足元に散らばっていた汚れたティッシュや使用済みの避妊具とその包装紙を纏めてゴミ箱に捨てつつ、代えの下着や新しいシャツ、それと床に脱ぎ捨てていたズボンを拾い上げて京介はそそくさとシャワーを浴びた。

 

 

長旅の後の突然の戦闘、過剰な飲酒に夜通し行われたSEXと明らかに一日でこなすには疲労過多だった身体にこびり付いた倦怠感をお湯でギリギリまで洗い流しつつ、京介は壁のタイルに手を突いて頭上から湯を被る。全身を流れていくお湯の感覚に気持ちの良さを感じつつも、京介はそれから手早く身体を洗って着替えを済ませた。シャワーから出た京介はベッドの上でシーツに身体を包んで上体を起こしていたクリスカと目が合うと、そのままベッドの上に座り込んで彼女を抱き寄せる。シーツ越しに触れる柔らかい肌の感触に収まっていたはずの情欲が湧き上がって来るのを自覚しつつ、京介は静かに彼女の後頭部を撫でた。

 

 

「おはよう、クリスカ。もう朝だ、何も心配ないさ」

 

 

「っ……昨日はごめんなさい。私、どうかしてたみたいで」

 

 

上半身を京介に抱き締められていたクリスカはシーツ越しに両足をモジモジと動かすと、汗を掻いたままの自分の身体が恥ずかしいのかやんわりと京介の両肩に手を置いて力を入れる。それを京介は黙って受け入れると、シャワーを浴びて来いと促すように床に落ちていた彼女の服を拾い上げた。

 

 

「あ、けど……替えの下着を取って来ないと」

 

 

「汗を洗い流してからでもいいだろう、起床時間は過ぎてるんだし早く行った方が良い」

 

 

実際はシーツから解き放たれた彼女の裸体を明るい部屋の中でもう一度目に焼き付けたいだけの我侭だったが、クリスカは納得した素振りを見せてシャワーへと向かった。その途中見えた尻に手を伸ばしたくなるのを堪えて、京介は乱れたベッドやシーツを適当に畳んで空の酒瓶を隅に纏める。それからデスクの上に置いていたホルスターを腰の部分に差し込むと、コンコンと外からドアをノックする音が響いた。

 

 

「おーい、浦城ー! 飯行こうぜ飯―!」

 

 

ドアの向こうからニキータ・キースの能天気な声が響くと、京介は頭をぼりぼりと掻きながらドアを開けた。ドアの向こうに立っていた褐色肌の快活な女は京介の顔を見るや否や、口の端を吊り上げたまま首を傾げてみせる。

 

 

「ん? 何か疲れてないか、お前。二日酔いか? 昨日のだけで?」

 

 

「お前らが帰った後に白鳥達と飲んでたんだ……込み入った話があってな」

 

 

ふーん、とニキータは反応もそこそこに首を傾げたまま言葉を続ける。京介の背後からは、何時の間にかシャワーの音が止んでいた。

 

 

「けど庚午達と会ったのは昨日の今日だろ? 何話してたんだ?」

 

 

「色々あったんだよこっちは……。ったく、こっちの話はどうでも良いだろ。おら、飯ならすぐ行くからお前は先に------」

 

 

言い掛けたところで、京介はニキータの視線が自分の肩越しに向いているのに気付いた。その顔が最初はきょとんとしていたのが次に意地悪気に頬を吊り上げ、それからニキータは邪魔したなと言わんばかりに京介の肩をバンバンと叩いて朝食後の第13中隊の集合時間と場所を告げて去って行く。何事かと京介が振り返った先には、濡れた頭をバスタオルで拭いているクリスカの裸体があり、そこで京介は朝一番の大きなため息を吐き出したのだった。

 

 

 

 

 

「それで、今日はもう本当に大丈夫なのか?」

 

 

PXに到着しそこでまた鉢合わせたニキータにからかいの視線を向けられた後、京介とクリスカは静かに朝食を取っていた。昨日とは違い朝から大勢の人達で賑わっているPXの中では、二人に対して注がれる視線など殆ど無い。だからこそ落ち着いて、二人は話をする事が出来ている。

 

 

「うん、もう良いの。心配掛けさせてごめんなさい」

 

 

「クリスカが大丈夫なら俺はもう何も言わないが……」

 

 

言い掛けて、京介はPXに入って来る庚午の姿を見つける。向こうがこちらを見つけて軽く手を挙げたのを見て京介もまた手を挙げ返そうとすると、突然京介の後ろのテーブルに座っていた兵士達がガタッと音を立てて立ち上がった。

 

 

「白鳥中尉に対し、敬礼!」

 

 

子供らしさを残す声------言い換えれば軍隊に似つかわしくない------が響けばザッと姿勢を正す音が続き、京介が首だけを後ろに向けて確認すると、五人の少年少女が庚午に向けて敬礼の姿勢を取っている様子が確認出来た。

 

 

「一々やらなくて良い、飯くらい静かに食ってろ」

 

 

近づいて来た庚午はその五人に対しそう言うも、五人は休めの姿勢まま庚午から視線を逸らさない。面倒臭そうに庚午は頭を掻くと、五人の前に座っている京介を一瞥してから口を開いた。

 

 

「ふぅ……仕方ねえな。おい手前ら、ここに座って飯食ってんのが、昨日言った俺と一緒に教官を務める事になる浦城京介中尉だ。今の内に紹介しておく」

 

「は?」

 

「えっ」

 

 

思わず聞き返した京介に被せるように五人の中に居た一人の少女が言葉を零すと、庚午は任せておけと言わんばかりに再び京介を前に敬礼の姿勢を取ろうとした五人を止めた。

 

 

「まあ、お前らと本格的に顔を合わせるようになるのは明日の話だ。今日は昨日伝えた通りシミュレーターによる訓練を外した分、お前ら自身で対戦術機用の作戦を考えろ。明日の訓練でこっちの用意した部隊と五対五で戦ってその戦術を試してもらう」

 

「はっ!」

 

「時間は限られているぞ。さっさと食ってさっさと動け!」

 

 

そう言って弾かれるように五人の少年少女がテーブルについて慌しく食事を再開すると、庚午は口の端に笑みを浮かべて京介の隣に黙って座り込む。それからふうと一息つくと、他のテーブルに漏れないよう小さな声で呟いた。

 

 

「昨日はすまなかった、ビャーチェノワ少尉」

 

「あ……いや、私はもう大丈夫だから気にしないで欲しい」

 

「要の悪い癖なんだ、ああやって性質の悪い脅し方をするのは」

 

「その話もだが、教官ってのは何の話なんだ? 後ろの連中は誰なんだよ」

 

 

尚も追及する京介に庚午が何か口を開きかけたところで、三人のいるテーブルに新たな来訪者が現れた。如月要だ。両手にそれぞれトレイを持っており、それを庚午とまだ空いているクリスカの隣のスペースに置くと、彼女もそのまま黙って席に着いた。庚午には海苔の付いた三角お結びが三つに沢庵三枚と味噌汁、対する要は納豆パック三つに空っぽの器一つ、そして丼に並々と白米が積まれている。パパパッとパックの中身を器に移した後、要は付属のタレやらか(・)ら(・)し(・)やら醤油やらを流し込むように注ぎ込んで練っちゃ練っちゃと掻き混ぜていく。

 

 

「昨日はごめんなさいね」

 

 

「……え?」

 

 

目の前で得体の知れないものがうねりを持って掻き混ぜられていく光景を目の当たりにして呆然としていたクリスカは、突如要から掛けられた声に思わず反応が遅れた。器の中の大量の納豆は醤油色にその粘液を染め上げていきながらも、段々と粘りが良くなっていく。納豆特有の匂いが鼻腔を突き、京介は隣の庚午を一瞥した。彼は正面から漂う臭気から逃れる為か、鼻を摘んでいる。

 

 

「私もここに来て色んな人に会ったけど、まさか自分の大(・)本(・)の(・)人(・)に会えるなんて思ってなくてね」

 

 

時折お好みで醤油を適量------周囲からすれば過剰------流し込んでいきながら尚も納豆を捏ね回しつつ、要はクリスカに言葉を続ける。これから食事を取ろうとカウンターに向かっていた兵士達がその匂いを嗅いだ所為か、今朝は納豆にしようなどと談笑しながら四人のテーブル脇を通っていった。

 

 

「昨日の夜は初対面ってこともあったし、私、夜には感情が昂ぶったりすることがあるから……加減が分からなくて、自分の気持ちの変化のね」

 

 

掻き回す速度を更に加速させながら、要はペロリと僅かに舌を覗かせていた。発言とは裏腹にその表情は子供のように輝いていて、混ぜ過ぎを遥かに越える表現が相応しい器の中身を見てクリスカが思わずウッと口元を押さえる。流石に臭いと光景が辛くなってきた京介は再び庚午を一瞥する。彼は鼻を少しだけ摘みながらお結びを口の中に運んでいた。

 

 

「確か貴女ともう一人のちっちゃい子は相手の色が見えるんだっけ? だったら私は凄く近寄り難いんだと思うよ? 今も凄いグルグルしてるでしょう」

 

 

気持ちが悪そうにしているクリスカに水を差し出しつつ、京介は庚午の太腿に思い切り拳を振り落とす。痛みに思わず米粒を噴出しそうになりながら、庚午は視線で京介を非難する。そんな庚午に京介が目で非難し返すと、彼は自分ではお手上げだとでも言わんばかりに肩を竦めて食べかけのお結びの残りを全て口内へと放り込む。器の中から聞こえてくる音が形容し難いものになり、明らかに過剰な量の醤油によって強烈な臭いを発し始めていた。

 

 

「だから昨日の夜の事は私にとってはただのお(・)ふ(・)ざ(・)け(・)だったのに、あんな事になっちゃったから。本当にごめんね」

 

「あ、ああ……私は大丈夫。っ、ぷ、だから……心配しなくても良い……っ、こちらこそ、すまなかった」

 

「じゃあ、これで後腐れは無しってことで。まーぜまーぜ」

 

 

唯でさえ白い顔が更に青白くなっているクリスカに流石に危ないと思い、京介は軽く咳払いをしてから要に声を掛けた。気まずそうに、器の中をなるべく見ないように。

 

 

「あー、その……如月? もう納豆を混ぜるのは十分じゃないのか?」

 

 

「え? あ、本当だ……すんすん……ん~良い匂い! 今日は成功だねえ」

 

 

器の中身に鼻を近づけて深く息を吸うと、要はそう言って器の中に丼の白米を思い切り移して軽く混ぜ始めた。鼻歌混じりに白米を粘液の渦へと沈めていく要を尻目に、京介はさっさと残りの朝食を流し込むようにして食べると、もう一度庚午の太腿に拳を振り下ろしてからこの場を離れるジェスチャーを繰り出す。そのジェスチャーに対して庚午もまたこの後の集合に遅れるなと言うジェスチャーを返してから、京介はクリスカを連れてPXをそそくさと抜け出したのだった。

 

 

 

 

「き、京介……あの、如月少尉が食べようとしていたものは一体何……?」

 

「ん? あー、あれ納豆って言うんだ」

 

「ナットウ?」

 

「大豆を発酵させたものなんだけど……食べれば普通に美味いんだ、あれって。ああやってかき混ぜるのは正しい。けど、流石に如月少尉のはやり過ぎだな。あと醤油も入れ過ぎ」

 

「やっぱり、そうだったのね……あの臭いは、暫く忘れられそうにないわ……っぷ」

 

 

 

 

 

食後の休憩がてらに立ち寄った屋上で暫く過ごしてから、京介とクリスカは集合場所であるブリーフィングルームへと足を運んだ。既に中には庚午、要、ニキータにオッドジョブといった見知った面子が揃っている。そこへ新たに二人の人物がやって来た、京介の覚えている限りでは昨日の作戦で待機を命じられた空条と佐賀馬と呼ばれた二人だ。

 

 

「あとは少佐だけか……随分減ったな」

 

 

空条と呼ばれた男が部屋の中を見回してそう呟くと、その視線を京介とクリスカに留めて口の端を窄める。

 

 

「それで増えたのは、出稼ぎの日本人と青白いロシア人か」

 

 

その言葉に京介が顔を強張らせて一歩前に出ると、空条は両手を前に出してからかうように首を軽く振ってみせた。

 

 

「おいおい、そんな熱くなるなって。別に喧嘩しようって訳じゃ------」

 

 

直後、鈍い音と共に京介の左拳が空条の鼻っ面を強打した。鼻筋を押さえて身体をくの字に折った空条を正面から蹴り飛ばし、京介は殴った手を軽く振って鼻を鳴らす。

 

 

「殴った後で悪いが、俺の前でクリスカやイーニァを侮蔑するような事は言うな」

 

「ちょっと、京介……!」

 

「あー、気にしなくても良い。正人は基本的に仲が良く無い奴にはそんな態度なんだ、一回痛い目を見れば覚える」

 

 

慌てて京介の袖を掴んだクリスカに、横で座っていた庚午はそう言葉を掛けた。鼻筋を押さえたまま倒れ込んでいた空条は呆れた顔をしたオッドジョブに助け起され、立ち上がった直後にはこれまた呆れた様子のニキータに頭を叩かれている。

 

 

「でも……」

 

「みんながみんな仲良くなれる訳じゃないんだ。後ろから撃っちまいたいくらい憎み合わなきゃ良いのさ。まあ、慣れれば頼りになる奴だよそいつは」

 

「余計な事言うなよ庚午、クソッ!」

 

 

悪態をつきながら鼻を押さえる空条は京介を一瞬睨みつけるも、すぐにバツが悪そうにしながら椅子に座り込んだ。その姿に苦笑しつつ、佐賀馬は京介に近づいて右手をすっと差し出す。

 

 

「正人はああ見えて、新型兵装の開発衛士をやってるんだ。困った時は頼りになる男だよ。俺は佐賀馬龍治、宜しく」

 

「……ああ、宜しく頼む」

 

「じゃあ、そっちの方も。これから宜しく」

 

「クリスカ・ビャーチェノワ少尉だ。宜しく頼む」

 

 

京介との握手の後に自身にも手を差し出した龍治に一瞬呆気に取られつつも、クリスカもその手を取った。言葉の端に育ちの良さを感じさせる雰囲気を持たせた佐賀馬龍治はそのまま空いている椅子に座り込み、ジャケットのポケットから文庫本を取り出し視線を落とす。くたびれた皮製のカバーを掛けられたその本の内容が何か京介は少しばかり興味を引かれたが、直後に現れた白銀の姿にすぐ注意を向けた。そのすぐ後ろに付いてきていた、イーニァの姿にも。

 

 

「イーニァ!」

 

 

他の者が初めて見るイーニァの姿に首を傾げる前に、椅子の背もたれに偉そうに背を預けていたニキータがそのまま驚いて後ろに転げてしまうような大声を京介が出した。身体を大きく震わせたイーニァを目にしたクリスカが京介の腕を引くも、それを意に介さずに彼は小さくこっちに来いとイーニァを手招きする。おずおずと言った様子でイーニァが京介の傍まで来ると、彼は黙ってイーニァの頭に手を置いた。

 

 

「……?」

 

 

困惑した様子のイーニァを尻目に京介はそのままイーニァをクリスカの方へと押し付けるようにすると、京介は静かに白銀に視線を向ける。昨日の出撃があったとはいえ、一晩中イーニァを自分の知らないところで預かられていたことに対する非難の意味を込めて。

 

 

「……よし、全員いるな」

 

 

その視線に対する白銀の返答は、明らかな無視。

 

 

「浦城中尉とビャーチェノワ少尉の紹介は昨夜したから皆覚えていると思うが、そこにいるシェスチナ少尉もまた俺達の新しい仲間だ。彼女はビャーチェノワ少尉と共に複座型のユニットに搭乗してもらうことになっている。ソ連の紅の姉妹と聞けば、聞き覚えのある人もいるだろう」

 

 

白銀の口から放たれた紅の姉妹という言葉に何人かがほうと息を漏らすと、白銀は軽く手を叩いてから再び全員の意識を自分へと向けさせる。

 

 

「その上で、新たにディパーテッド隊の再編成を発表する」

 

 

「三人減って機体数的に言えば二人分増えた訳になりますが、ヴァイパー隊の五人はどうするんです?」

 

 

白銀の言葉に庚午がそう疑問をぶつけると、白銀は表情を変えることなくそのまま言葉を続ける。

 

 

「彼らは今まで通り我々の預かりのままにしておく。実戦配備させるにはまだ早過ぎる」

 

 

「了解。それともう一つ、少佐は浦城中尉に教官職の事を伝えていなかったのですか? 今朝ヴァイパー隊の連中と話した時、彼は初耳だったようですが」

 

 

庚午の言葉に京介はそうだと言わんばかりに深く頷いてみせ、庚午を一瞥する。その視線に対して庚午が片手を小さく挙げて答えてみせると、白銀がやや面倒臭そうに口の端を引き攣らせるのを庚午は見た。

 

 

「その件に関しては、我々がアラスカから戻り状況が落ち着き次第話すつもりだった。急な出撃と人員消耗で慌しくなった御蔭で報告が遅れた、浦城中尉には申し訳ないと思っている」

 

 

「つまり俺が新米衛士のお守りをするのが事後承諾上等だったって言うのは認めるのか」

 

 

階級も関係無いと言わんばかりの京介の不遜な物言いに驚いた様子を示す人々を尻目に、京介はずいと白銀に詰め寄る姿勢を見せる。アラスカでの事情を知っているニキータは兎も角、他の面々は京介のその態度に僅かに眉を顰める者もいた。

 

 

「既に彼らと会っているのなら話が早い。我々の主目的は対戦術機戦だ、彼らを鍛えるにはそれに慣れた人物でなければならない」

 

「それはプロミネンス計画に参加していたからって意味か? それとも名無しの連隊(連中)と何回も戦ってきたからか?」

 

「その両方だ」

 

 

戦ってきたという京介の言葉に、庚午を始めとする面々の視線が向けられる。

 

 

「今ここに居る隊員の中で名無しの連隊(アンネイムド)の前身部隊に所属していたのは貴方だけだ。選(・)抜(・)を生き抜いたのはキース少尉もそうだが、貴方にはこれまで幾度と無く激戦を切り抜けてきた実績がある。BETAとの戦いでなく、明確な殺意を持った人間との戦いをだ」

 

「だから俺の教える事が新米の糧になるって? 手前の面倒を見れる奴なら話は別だが、まだ手前のケツも拭けないような奴なら付いて来れないぞ。」

 

「それで良い。具体的な事を教えるのは今まで通り白鳥中尉に任せて、浦城中尉には戦闘訓練の相手をしてくれれば良い。彼らに実戦を潜り抜けた衛士の実力を見せるだけで構わないんだ」

 

 

白銀の言葉に小さな沈黙で返した後、京介は静かに庚午を一瞥した。それから自分の後ろに立つクリスカとイーニァに視線を移してから、静かに口を開いた。

 

 

「そのヴァイパー隊とやらが現状どの程度使えるのか、後で確認させてくれ」

 

「ああ、明日には彼らへの正式な通達を行う。白鳥中尉、いいな」

 

「ええ、俺は別に」

 

 

よし、と言葉の端を切り上げて、白銀は背後にあるモニターを機動させる。そしてそこへ表示されたのは、現状残っている第13中隊の顔写真。それが白銀を先頭に縦一列に並べられていく。

 

 

「それでは、今から編成を発表する。第13中隊指揮官(ディパーテッド・リーダー)は私が、ディパーテッド2には浦城京介中尉に就いてもらい、そのまま副長の一人に」

 

 

副長、白銀から放たれたその言葉に空条正人があっと声を上げる。そうして全員の視線を一身に受けた正人だったが、白銀の咳払いによってすぐに視線を床へと落とした。

 

 

「ディパーテッド3にはオドネル・バックス少尉。そしてディパーテッド4には白鳥庚午中尉、中尉には副長を継続してもらう」

 

「了解」

 

「ディパーテッド5、ニキータ・キース少尉。続けてディパーテッド6にはクリスカ・ビャーチェノワ少尉とイーニァ・シェスチナ少尉に。D2、D5、D6はスカル・チームとして小隊を組んでもらう」

 

 

白銀の言葉に合わせてモニターの表示が切り替わり、京介、クリスカとイーニァ、そしてニキータの顔写真が一まとまりにされる。頭蓋骨(skull)と評されたその面子に、京介は少しだけ安堵した。

 

 

「ディパーテッド7には佐賀馬龍治少尉、これでDリーダー、D3、D7でスパイン・チームを組むことになる。残るディパーテッド8には空条正人少尉、そしてディパーテッド9に如月要少尉を。D4、D8、D9、これでペルヴィス・チームだ。この三小隊を基準に作戦行動を取ることになる。十二機に満たない部隊だが、その実力は折り紙付きばかりだ。ヴァイパー隊のみんなが正式に組み込まれるまで、これ以上欠員が出ない事を祈っている」

 

 

白銀がそう言って言葉を締めると、言外に解散の意を感じ取った衛士達はそれぞれ立ち上がったり身体の骨を鳴らすなどして思い思いの行動を取り始める。そんな中で京介の下にニキータが近づいてくると、彼女はイージージャケットのポケットから三枚のワッペンを取り出した。ディパーテッド隊のものだ。

 

 

「これ、お前ら三人分の部隊章。今日はもう特にやる事無いし、良かったらアタシが基地の案内でも------」

 

「ニキータ」

 

「んあ?」

 

「クリスカとイーニァを頼む。俺は少し、白銀に話がある」

 

「え? あっ、おい!」

 

 

ニキータから部隊章を受け取るや否や、京介は彼女の言葉を遮るようにしてその身体を自分の後ろへと押し流した。視線は真っ直ぐにブリーフィングルームを出て行こうとする白銀に向けられており、背後から呼び止めてくるクリスカの声も無視して京介もその背に続いた。白銀が部屋を出て京介もそれに続こうとしたところで、ふいに京介は自分の肩を背後から誰かに掴まれる。振り返れば、庚午の姿が。

 

 

「ちょっと待て浦城、何処に行くつもりなんだ」

 

 

「いや、良いんだ白鳥中尉。先に彼と済ませておきたい用を思い出した。彼を香月博士のところに連れて行く」

 

 

京介の真意を問う庚午に対し廊下で立ち止まっていた白銀はそう声を掛けて止めさせると、京介は静かに自らの肩から庚午の手を離した。そうして白銀が黙ったまま歩みを進めだすと、京介は小さな声で庚午に声を掛ける。

 

 

「クリスカとイーニァはニキータに任せてるが、如月をイーニァに近づけるなよ。いいな」

 

「ああ……分かったよ、ったく。お前こそあんまり少佐に喧嘩売るんじゃないぞ、あの人は色々と人気なんだから。目を付けられると良くない」

 

「知ったこっちゃないね。こっちはその少佐直々にお出迎えされた身だ」

 

 

皮肉を言うような形で京介は庚午の身体をブリーフィングルームにそっと押し返すと、そのまま白銀の後を追い掛ける。一人追い返された庚午は静かにため息をつきながら、要が幼い少女ににじり寄ろうとしていたのを慌てて止めたのだった。

 

 

「……それでよニキータ、アイツ一体何者なんだ? 白銀少佐の階級なんざ知ったこっちゃないって風にしやがって、気に入らねえ」

 

 

そんな中、正人がふいにニキータにそう声を掛けた。彼女は丁度クリスカとイーニァにそれぞれ部隊章を取り付けてやっているところであり、明らかに不機嫌さを隠そうともせず褐色の女は顔だけ正人の方へと向ける。視線の先に居たその男は、つい先程殴られた鼻っ面が痛むのか顔を顰めている。

 

 

「だから言っただろ? 明星作戦でデストロイヤーの異名を取った衛士で、アラスカで行われてたプロミネンス計画に参加してたって。アイツはその白銀少佐直々にスカウトしに行った逸材なんだから、散弾砲の開発衛士でひーひー言ってるお前とは違うんだっての」

 

「誰がひーひー言ってるって!? 新入りの癖に、気に入らねえ」

 

「ちょっとは黙ってなよ正人。気に入らねえ気に入らねえって、彼は正人より階級は一個上なんだし……昨日の戦闘データを見れば優秀なのは明らかだ。白銀少佐の六機撃墜に次いで四機撃墜、庚午の事も守ってる。それとも、正式にもう一回喧嘩売って、ボコボコにされるかい?」

 

「うるせえ!」

 

 

拗ねた子供のように正人が悪態をついていると、ふいにイーニァが彼の前へとずいと身を乗り出した。頬を膨らませ怒った雰囲気を醸し出していたその小さな少女の姿を前に、正人は思わず睨みつけるようにしてしまう。

 

 

「イーニァ、やめ------」

 

「キョウスケのこと、わるくいわないで」

 

「あ?」

 

 

止めようとしたクリスカの言葉を遮るように、イーニァは正人にそう言い放つ。

 

 

「キョウスケはわたしとクリスカをたすけてくれた。いっぱいきずついて、いっぱいくるしんで、わたしたちをたすけてくれたの。だから……キョウスケのことをわるくいわないで!」

 

 

「ッ、こいつ!」

 

 

突然の事にカッとなった正人が強く拳を握り締めると、それを庚午が間に割り込んで止めに入った。正人の肩に手を置き、反対側の手をイーニァへと広げて見せる。

 

 

「止せ正人、子供相手に情けないぞ。君もだ、シェスチナ少尉。あまり問題を起さないでくれ」

 

 

庚午の言葉にイーニァは一転して黙り込み俯くと、すぐに後ろからクリスカが手を引いてその身体を引き寄せる。ニキータはそんな二人に近寄り、要は壁に寄り掛かって傍観者の地位を保ち、オッドジョブや龍治は険しい顔で庚午と正人を見つめていた。止めに入った庚午に、正人は語尾を荒げる。

 

 

「けどよ庚午!」

 

「黙れ。……あの二人は、要と同じなんだよ正人。だったらシェスチナ少尉の言う言葉の意味も、分かるだろう」

 

「……っ、そりゃあそうだけどよ」

 

 

庚午の言葉に何か思うところがあったのか、正人はすぐに意気消沈した様子で肩を落とす。そして庚午の肩越しにイーニァの姿を一瞥すると、小さく「悪かったな」とだけ呟いてブリーフィングルームを出て行った。そんな正人の後を龍治が追い掛け、オッドジョブはニキータにクリスカとイーニァを連れ出すよう指示を出し自らもその場を離れて行く。そして最終的に部屋に残されたのは庚午と要の二人で、要は壁に寄り掛かったまま庚午に言葉を投げ掛けた。

 

 

「私の事はどれだけ話してくれても良いけど……庚午や正人のして来た事も、全部話すつもりなの?」

 

 

「分からない。ただアイツが……浦城が、俺や少佐みたいに他の誰かの命を犠牲にしてでも守りたいものを守り通す奴なら……きっとそうする。けど多分、この考えは間違ってないはずなんだ」

 

 

庚午がそう言葉を零すと、要は小さく相槌を打って彼の背中に寄り添った。強く握りこまれた拳が、小さく震えていた。

 

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