※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

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明星/2

 

京介と白銀は、横浜基地の地下へと続くエレベーターの中で無言で並んでいた。良好とも険悪とも表現出来ない曖昧な空気が漂うその鉄の箱の中は息苦しく、ただ通過する階数だけが刻まれていく。地下19階、香月夕呼の執務室はそこにあった。

 

 

 

「あら、もう来たの? 技術廠からの返事、来たわよ」

 

 

執務室に二人が入ると、コーヒーの香りを漂わせるマグカップを片手にした夕呼がデスクについていた。その匂いを嗅ぎながら、二人はそれぞれ空いている椅子に着く。

 

 

「不知火弐型のこちらへの引渡しは、何時になりそうですか」

 

 

白銀がそう夕呼に問い掛けると、彼女は飄々とした表情を崩すことなくコーヒーを一口飲み込んでからゆっくりと口を開いた。

 

 

「帝国軍技術廠は、例の二機のこちら側への提供を拒否したわ」

 

「何だって!?」

 

「元々プロミネンス計画が破綻して宙ぶらりんになっていたXFJ計画の異(・)物(・)だもの。向こうもその処遇を決めかねているようだし、仮にも大事な帝国軍の未来の一つになる可能性をそう簡単に国連軍の下には渡せないんでしょう」

 

 

大きな音を立てて椅子から立ち上がった白銀に冷や水を掛けるような物言いをした夕呼は、そのまま京介の方を一瞥する。彼は夕呼の言葉に何処か思うところがあったのか、少しだけ気まずそうに口元を歪めていた。

 

 

「別に浦城(アンタ)がここに居るからって訳じゃないわ。アンタの名前は向こうに通してないし、ただ単に向こうが渡すのを嫌がっただけ。まあ……仮にアンタの名前を出したとしても巌谷は良い顔をしないでしょうけどね」

 

「……違いない」

 

「けどこっちとしても人を三人引っ張っただけで終わりにするつもりは無いわ。別のルートから新(・)型(・)を二機回させる、アラスカでアンタ達がドンパチ派手にやってる間に色々手回ししてきた甲斐があったわ」

 

 

夕呼はそう言うとコーヒーを飲み干し、デスクの上に乱雑に積まれていたファイルの中からクリップでまとめられた書類を取り出した。そして京介に取りに来るように目配せすると、それを押し付けるように突き出した。それを受け取った京介はすぐにその文面に視線を落とす。

 

 

「XFJ-01c、同じくd……? 弐型の三号機と四号機ってことか、こいつ」

 

 

「予備パーツから何まで全部掻き集めて、素体となる不知火はこっちから送ってやったわ。ボーニングと……と言うよりフランク・ハイネマンと一緒にちょっとした小芝居をしてね。書類上はXFJ-01b-Phase2と同型、だけど存在は技術廠の方では把握されていない所属不明機(GHOST)。ばれたら相当面倒臭いことになるのは間違いないわ」

 

 

そう言う夕呼を京介は一瞥するも、彼女はその視線に対し書類を白銀に渡せとでも言う様な意味合いを含んだ眼差しを返す。そして京介がその通りに白銀の方を向かずに書類だけ突き出すと、代わりに彼女は京介に一本のアンプルを差し出した。その中に満たされている液体に、京介はハッとして立ち上がる。

 

 

「それで、今回アンタを来させた理由は作らせたビャーチェノワ用の特殊蛋白の試作品を渡す為よ。後で使って、本人の反応を見なさい。シェスチナ用の錠剤も用意出来ているわ」

 

「……ありがとうございます」

 

「礼を言うなら、しっかりと結果を出してからにしなさい。私がアンタ達を連れてきたのは、白銀が使えると言ったからよ。使えない人間に用は無いわ」

 

「了解、全力を尽くします」

 

 

渡されたアンプルをしっかりと握り、京介は僅かに表情を綻ばせた。その顔を見た夕呼は、思わず口を開く。

 

 

「意外ね、アンタでもそんな顔するなんて」

 

「人を殺すしか能の無い冷血漢とでも?」

 

「その一面を自分が持っている事は否定出来ないでしょう?」

 

 

軽く肩を竦めて見せるようにした京介は手に持ったアンプルをポケットに優しく押し込むと、お望みと言わんばかりに腰のホルスターにそっと手を乗せた。そして頭を抱えるような素振りを見せている白銀を一瞥してから、ゆっくりと口を開く。その表情は、既に安堵から緊張へと移り変わっている。

 

 

「それじゃあ……例のカ(・)ス(・)ミ(・)とか言う奴について、聞かせてもらおうか。白銀」

 

「あら、アンタまだあの子の事教えてなかったの?」

 

「……今、彼を霞に会わせる訳にはいきません。タイミング的にも、悪影響を及ぼす可能性があるんです」

 

 

白銀がそう言うや否や、京介はホルスターからコルトガバメントを引き抜いて腰だめに構えた。ハンマーは起されていることから、脅しでも無く本気で撃つ気があると思わせる意図がある事を夕呼は感じ取っていた。京介は強張らせた表情を浮かべたまま引き金に指を掛け、白銀の顔を覗いている。

 

 

「その悪影響ってのは、俺がそのカスミとかいうガキに与えるのかそれとも……与えられるのか------どっちだ? 俺が危惧してるのはクリスカやイーニァに対する悪影響だ。俺が知らねえところで、知らない人間と、知らない話をされるのは見過ごせねえ」

 

「彼女達は貴方の物ではないはずです」

 

「守ると誓った。そしてお前を信じてここまでやって来たんだ。そのお前が悪影響だの何だの言って俺に隠し事をするって言うなら、厄介事が起こる前に種を摘んでおく必要があるってだけさ」

 

 

京介の言い分に明らかに不快感を露にした白銀は、夕呼を一瞥した。だが相手の顔は面倒だと言わんばかりに顰められており、白銀はすぐに夕呼の言わんとしていることを察する。察しざるを得なかった。「面倒事は避けたい」、そして「さっさと言え」、その二つの意味を。

 

 

「っ……霞が貴方の思考や感情を視(・)れ(・)ば(・)、必ず混乱する。彼女にはまだ俺が知っている全てを伝えていないから……それが貴方を経由して彼女に流れるのを避けたいだけなんです」

 

「イーニァと同じ第六世代の人工ESPなんだろ、その子は。その子に心を読まれる事を避けてるって言うのか? お前は」

 

「原理さえ分かっていれば、大事な部分を読まれないようにするのは簡単に------っ!」

 

 

言いかけて、白銀はしまったとでも言わんばかりに口元を突如手で押さえた。それに合わせ、京介は腰だめに構えていた銃を腕を真っ直ぐに伸ばして構えなおす。

 

 

「だったらクリスカやイーニァにも同じような事が出来るって事だよな? 俺は協力はするが一方的に利用されることを受け入れた訳じゃねえぞ、白銀」

 

「ッ、それ(銃)じゃあ俺を殺せないのは貴方も知っているはずだ!」

 

「死なない部分になら当たるのは俺の身体で実証済みだ。足か腕か、もしくは手前の股間(タマ)でもブチまけるか試してみるか?」

 

「貴方って人は、どうして何(・)時(・)もそうなんだ! どうしてもっと物事を考えて動こうとしないんです!? 貴方は------」

 

 

カチンッ! というハンマーが落ちる音に白銀は思わず口を閉じた。引き金を引いた京介はフンと鼻を鳴らすと、スライドを引いて初弾を装填する。最初に構えた段階で、薬室には装填されていなかったのだ。今度こそ人を殺める事が出来るそれ(銃)を持って、京介は白銀に言葉を投げつける。

 

 

「ダラダラと考えていられる程時間に余裕のある生き方をしてねえんだ、俺達は。生き延びる為に邪魔な奴は殺す、今まで殺してきた連中はみんなそうだった。全員が俺やクリスカ達を狙っていた。だから殺したんだ、その事に関してお前にとやかく言わせねえ。それに……お前は前(・)の(・)俺(・)を知っている、けど俺はお前の事を何も知らない。ロバートも同じだ、お前もアイツも……俺にとっては同じなんだよ白銀」

 

 

「っ……」

 

 

押し黙る白銀に銃を突きつけながら、京介は一歩前に近づく。だがその動きに合わせるように、デスクに腰掛けていた夕呼が乱雑に書類と共に置かれていたUSPに手を伸ばした。ゆったりとした動作と共に拾い上げられたその銃口が向けられたのは、京介ではなく白銀。射殺すような夕呼の視線は白銀に、冷たい言葉は京介に投げつけられる。

 

 

「そこで止めておきなさい浦城。アンタが撃つより先に、白銀の身体が動くわよ」

 

「上等。……と言いたいところだが、素直に聞いときますよ副司令」

 

「白銀は銃をこっちに蹴って寄越しなさい。浦城はそのままこっちのデスクに」

 

「……分かりました」

 

 

京介と夕呼の二人からそれぞれ銃口を向けられていた白銀は、ゆっくりと上着の中からワルサーP99を引き抜くと、それを床に置いてから夕呼の方へと滑らすように蹴った。蹴り飛ばされた銃がデスクの脚にコツンと音を立てて止まると、京介もまた銃口を下に向けてからマガジンを抜き、スライドを引いて装填されていた弾丸を排出してからデスクの上に乱雑に転がした。

 

 

「宜しい。言わなくても分かってると思うけど、アンタ達二人共私の気分一つでどうとでもできるって言う事忘れてないわよね?」

 

「俺達を結果的に助けてくれているのが副司令だって言う事実がある限り、俺は言われた通りの仕事はこなすさ。勿論、隠し事は無しで」

 

「アンタ達に関することで、でしょう?」

 

 

肩を竦めて見せた京介にため息をついてから、夕呼は銃を置いて白銀を一瞥する。

 

 

「アンタも、分かってるわね。もしまたこの私の前で面倒を起すつもりなら、次は無いわ」

 

 

「……分かりました」

 

 

苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべる白銀を前に、京介は小さく鼻を鳴らしてデスクに両手を置いた。これ以上余計な事はしないと言う意思表示と受け取った夕呼は、白銀が現在抱いている感情が一体何のか疑問に思いつつも話を再開させる。

 

 

「霞の印象に関してはアンタがシェスチナから聞いた方が速いわ。あの子はアンタに嘘はつかないんでしょう? だったらそのままアンタが信じるままに行動したほうが良いわ」

 

「その保障は何に対してです?」

 

「好きに解釈すれば良いわ」

 

「じゃあ、俺はこれで。サンプルはすぐにクリスカに渡して試してみますよ」

 

 

空になったホルスターをベルトから外した京介は、それも夕呼のデスク上に投げ捨てた。そしてポケットに収めたサンプルを上から軽く叩くと、白銀を一瞥してから執務室を出て行く。夕呼はその背を見ながら、静かに立ち尽くしている白銀を一瞥した。ドアが音を立てて閉まり、京介の姿を二人の視界から消すまで夕呼も白銀も一言も発さなかった。

 

 

「……それで、どういうつもりなのかしら?」

 

 

京介の姿が消えてから、夕呼は白銀にそう言葉を投げ掛けた。不信感にも似た声色を含んだその声に、白銀は視線を壁に向けたまま口を開く。

 

 

「どういうつもりも何も、俺はただこの先に起こりうる危機を回避しようとしただけです」

 

 

「私には自分から爆弾の導火線を短くしているようにしか見えなかったわよ?」

 

 

ふう、とため息をついた夕呼の吐息を背中で感じながら、白銀はグッと拳を握り締めた。

 

 

「あの人はこちらが何もしなくても、勝手に爆弾に弾を撃ち込むんですよ。俺はただそれを避けようとしただけで……」

 

「なら、点火させないようにしなさい。私が薬で引き止めても、アンタが失敗したら全てがパーよ」

 

「全てを話せと言うんですか、あの人に」

 

「私はアンタが何を隠しているのかなんて知らないし、興味も無いわ。私にとって大切なのは今で、過去のいざこざじゃないのよ白銀」

 

 

そう言い放った夕呼に対し、白銀はただ黙って椅子に座り込む。

 

 

「アラスカ行きで先延ばしにした案件が山ほどあるのよ。それを全部処理しながら円滑な対人関係を築こうなんて、今の様子じゃ出来そうもないわね」

 

「白鳥中尉がかつて彼と共に行動していた時期があります。彼を通じれば第13中隊内やC分隊との関係は問題無いかと」

 

「問題の中心はアイツじゃなくてアンタよ白銀」

 

 

夕呼の言葉に白銀は険しい表情を浮かべると、彼女はそのまま言葉を続ける。

 

 

「今居る連中がアンタの下に居る理由が階級かそうでないか、きちんと見極めなさい。でないとアンタとアイツとで部隊が引き裂かれるかもしれないわ」

 

「……はい」

 

「近いうちに伊隅達との合同演習を組ませるわ。それまでに余計な種は潰しておきなさい、いいわね」

 

 

夕呼はそれだけ言うと、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。そしてデスクに乱雑に置かれた京介の銃やホルスターを一瞥すると、手元のメモ帳に小さく何かを書き足したのだった。

 

 

 

 

 

地上に戻った京介は一先ずブリーフィングルームへと戻ってみたが、そこは既に他の部隊が使用中なのか多くの人の気配があった。仕方なしにまだ昼食には早いもののPXに寄る事にし、京介は窓から見えるグラウンドで訓練に勤しむ数人の新兵らしき姿を一瞥するとそのまま踵を返した。ポケットの中に入れたアンプルの感触を服の上から確かめつつ、京介は執務室でのやり取りを思い返す。

 

 

(香月副司令はてっきり白銀ありきで動いてるものかと思ったが、さっきの様子だとそう簡単な関係じゃなさそうだな……。ならそれはそれでこっちも取り付きようはあるってことだ。少なくとも、こっちが役に立っている限りは)

 

 

廊下を一人歩きながら思考を廻らせ、京介は自分達の状況を好転させられそうな可能性を考える。これから先どんな事態が待ち受けているかは分からないが、香月夕呼と白銀武の関係が絶対的なものでなければその間に入り込むチャンスは十分にある。クリスカとイーニァの身の安全を確保してもらえるのなら、その対価には何を払っても良い。

 

 

(一先ずはディパーテッドの連中を見定めるのと……これからの成り行き次第だな)

 

 

そうやって思考を締めくくると、京介は自室に戻るべく歩き始める。夕呼の部屋で仕方なく銃を渡したものの、やはり常に手元に置いていなければ落ち着かない。幸いアラスカから持ってきた荷物の中にはまだ何挺かの銃を隠してある。もしあの場で携行禁止を言い渡されていたらどうしようもなかったが、京介は一言もそのような事は言われなかったと屁理屈を立てるつもりだ。誰かに裏切られて一方的に銃を突きつけられるのには、もうウンザリだった。

 

 

と、一人廊下を歩く京介は向かい側から走ってくる人影に気付いた。見れば、イージージャケットを着た若い少女二人がやってきている。二人は京介に気付くとそのままスピードを上げて、京介の前で急停止した。

 

 

「うっ、浦城中尉! 白鳥中尉がお呼びです!」

 

 

二人の内の一人が敬礼の姿勢と共にそう告げると、京介は返礼した後ゆっくりと口を開いた。

 

 

「何処だ」

 

 

「シミュレータールームです! ご案内します!」

 

 

少女がそう言葉を返すと共に踵を返そうとしたところで、京介は二人に声を掛けた。見覚えのある二人の顔を何処で見たのかを思い出したからだ。

 

 

「お前ら、俺が白鳥と面倒を見ることになってる連中か」

 

「あっ、は、はい! 第207衛士訓練部隊C分隊所属、右京冴子です!」

 

「同じく、永瀬文です」

 

 

自らの所属と名前を述べた二人に京介は小さく頷くと、そのまま自分を案内するように促した。右京冴子と名乗った少女はやや緊張した面持ちで再び踵を返し、永瀬文と名乗った少女は逆にやや足取りが軽くなったかのように冴子を追い越して行く。京介もまたその二人に付いて行くべく足を進め、再び窓の外を一瞥する。最初にグラウンドに見えていた若い少女達の姿は、何時の間にか見えなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

二人に案内されたシミュレータールームでは冴子と文以外に三人の若い少年が強化装備姿で直立不動の姿勢で立っており、その正面には同じく強化装備姿の庚午、ニキータ、オドネル、龍治の姿があった。その周りにはイージージャケット姿のディパーテッド隊------クリスカやイーニァも------がある。彼らは案内されてきた京介に視線を向けると、早く来いと言わんばかりにニキータが京介を手招く。いきなり呼び出された側である京介からしてみれば一体何なんだと言いたくなるところだが、状況を見れば誰でも理解出来るであろう事に嫌気が差しながらもニキータの傍へと歩み寄った。

 

 

「言わなくても分かってると思うけど、これから模擬戦だ。本当は明日やる予定だったけど、新人(あいつら)がお前の実力を身を持って味わいたいんだとさ」

 

「ならシミュレーターなんか使わずに実機でやれば良いさ。嫌でも身体が理解するだろう」

 

「そしたら戦場に出す前に死ぬだろーがって。一応あいつらも将来的にはうちの部隊に入るんだから、相手してやってくれよ。アタシも一緒にやるんだからさ」

 

 

ニキータの言葉に気怠そうにした京介に、彼女は仕方がないから諦めてくれと言うように対応した。深くため息をついた後、京介はクリスカを一瞥してから言われるがままに強化装備を取りにロッカールームへと向かう。全身を包み込む圧迫感を久方ぶりに疎ましく感じつつ、京介は他のメンバーに続いてシミュレーターマシンのシートへと背を預けた。

 

 

薄暗い空間の中でヘッドセットから網膜投影された光景が映し出されると、そのままチームを組む庚午、ニキータ、オドネル、龍治のバストトップ映像が表示される。

 

 

《状況は対BETA戦からの帰還中における敵戦術機部隊からの奇襲だ。こちらは弾薬、燃料共に少なく敵の情報もCPからの情報で機体数しか把握出来ていない。こちらは不知火、相手の機体は不明、何か質問は?》

 

《こっちはどう部隊を分ける? さっきのブリーフィングなんぞ関係ないチームだ、好きに出来るぞ》

 

《アタシは浦城のケツに付くぜ》

 

《ああ、ニキータはそれで良い。オドネル、龍治は俺に付いてくれ。構わないな、浦城》

 

「ああ、それで良い」

 

 

左右から耳朶を打ちつける声に苛立ちを感じながらもそれを表に出さないように返事をすると、ヴンと小さな音と共に視界が開けシートが小さな振動で震えだす。状況開始の合図だった。突撃前衛装備である自機の装備を確認すれば、突撃砲は36ミリのマガジンが二つ、120ミリに至っては残弾ゼロという有様。それ以外には長刀一本が背部ラックに有るだけだった。眼下に廃墟を納めながら隊列飛行を行っていた京介達五機の不知火は、それぞれの耳朶を劈くアラートと同時に左右に散開した。馬鹿正直に真正面から突入してきた撃震の五機編隊が36ミリ弾をばら撒きながら突入し、左右に散開した京介達と同じ数に分かれて行動し始める。庚午達の方へ向かった三機の撃震は、やや大げさな動きをする機体を中心に構成されていた。反対に京介とニキータを追う二機の撃震は、ピッタリと寄り添うように行動している。

 

 

「ニキータ、途中で急制動を掛けて後ろを取る。わざとふらついて喰らい付かせろ」

 

 

《了解。アタシにぶつかんなよ!》

 

 

短い交信を終えると同時に、京介はフットペダルを踏み込んで機体を加速させた。それに続くニキータ機も、機体をフラフラと揺らめかせながら続いて行く。追いかける二機の撃震も同じように加速していくが、その間の距離は全くと言って言い程離れない。その事に若干の注意を向けつつ、京介はわざと廃墟の間を潜るように機体を降下させる。そしてニキータ機が続いて降下しようとする素振りを見せた途端、京介は一気に急制動を掛けた。強いGをシミュレーターマシンが再現し身体がシートに強く押し付けられ、視界の上を慌てて旋回したであろうニキータ機を通り過ぎて行く。そして急接近による危険を知らせるアラームが京介の耳朶を打った時、視界の左右から機体同士の衝突を回避した撃震が通って行くのが見えた。そして背後から照準を合わせた京介が引き金を引こうとした途端、一機の撃震が急制動を掛ける。跳躍ユニットの閃光が瞬き、撃震のUNブルーの装甲が京介の視界一杯に広がって行くが、京介はそのまま反射的に背部ラックからボルトの炸裂によって跳ね上がった長刀を引き抜いていた。

 

 

「っ------ぐっ!」

 

 

刹那、ただ構えただけの長刀に勢い良く突き刺さった撃震の衝撃を生み出したシートに操縦桿を奪われそうになった京介は、短い呻き声のようなものを漏らす。引き抜いた長刀から手を離せば胴体部を貫かれた撃震はそのまま墜落し、再び京介が正面を向いた時にはニキータが孤立した敵機を撃墜し終えていた。体勢を大きく崩していた京介は機体を地面を滑るように着地させると、そのまま廃墟の壁面を蹴り上げるようにして跳躍する。だがそうして再び跳び上がった時には既に視界の中は暗闇に戻っており、シートの振動も収まっていた。

 

 

「何だ、終わったのか?」

 

 

思わずそう言葉を零した京介の視界に、再び庚午達のバストトップ映像が表示される。庚午の顔は苦虫を噛み潰したように渋く、他のメンバーも呆れたような表情で映し出されていた。

 

 

《ああ、状況終了だ。状況開始から接敵まで約三分、そこから全滅までたったの四分。早過ぎる》

 

《死の八分を超えられなかったな》

 

《この模擬戦のログを副司令に送ったら、どんな顔するんだろうね。庚午の首が飛ぶかい?》

 

《こっちには一人肝っ玉の奴がいたぞ、永瀬だなあれは》

 

 

やいのやいのと言葉を交す庚午達に何も言葉を挟まず、京介はただ黙ってシミュレーターマシンから出た。外気に晒され室内灯の灯りに照らされた部屋に出ると、大きなため息をついてやや乱暴にマシンを叩く。到底模擬戦とも表せない、十分にも満たないお遊戯のような何かをさせられた感覚に苛々とした感覚を味わいながら、京介はキッと自分達とは反対側に並んでいたマシンから出て来た少年少女達を睨みつけた。少年達はバツが悪そうに、右京冴子は京介の視線に気付いたのか身体を縮こませ、永瀬文は逆に活気に満ちた目で見返してきている。そのそれぞれの反応にまた虚脱感を覚え始めていた京介の背を叩くように、庚午の怒号がシミュレータールームに響き渡った。

 

 

「整列ゥ!」

 

 

その声に訓練兵達は一様に並んで背筋を立たすと、庚午はズカズカと彼らに近寄ると同時に一番端に立っていた少年を殴り飛ばした。そしてそれから横に並ぶ全員を手の甲で打つと、ガミガミと言葉を荒げ始める。かつて自身も衛士としての訓練を受けていた中で何度か聞き覚えのある罵倒を言う庚午の姿に、京介は僅かばかりの懐かしさを受けた。だがすぐにその姿に興味を失うと、飲み物を持ってきたニキータの手からそれを乱暴に受け取って中身を喉の奥へと流し込む。そして空になったそれを再びニキータに向けて放り投げると、取り損ねた彼女の手から零れたボトルは床を転々と転がっていった。思わずその動きを目で追った京介は、そのボトルが誰かの足にコツンと当たるのを見届ける。強化装備に包まれたその爪先に。

 

 

「------白鳥中尉」

 

 

その人物は自身の爪先に当たった空のボトルを拾い上げると、喧騒の中でもはっきりと聞こえる程に通る声で新人を怒鳴りつけていた庚午の名を呼んだ。そしてその声に庚午が反応して振り向くと同時に、その人物は空のボトルを彼に向かって放り投げる。放物線を描いて飛来するそれを庚午は片手で掴み取ると、そのままボトルを投げてきた相手を視界に収めて眉を顰めた。

 

 

「伊隅大尉……今日は実機訓練の日では?」

 

 

伊隅大尉、庚午がそう彼(・)女(・)の名を呼んだ時、既にその場に居た全員の視線が彼(・)女(・)達(・)へと注がれていた。

 

 

「そのはずだったが、予定が変わった。香月副司令直々の命令では断る訳にもいかないだろう?」

 

 

自身の後ろに十人の女性衛士を従えた彼女------伊隅みちるはやや非難めいた口調でそう言葉を零すと、京介達ディパーテッドをざっと見回すように視線を動かした。お目当ての人物が見当たらなかったのか、彼女はそのまま言葉を続ける。

 

 

「白銀少佐は居ないようだが関係無い。我々ヴァルキリーズに貴様らの相手をしろとの命令が下った。明星作戦で名を馳せたデストロイヤー、そしてソ連の紅の姉妹(スカーレット・ツイン)の実力、この目で見させてもらいたい」

 

 

自分達を指す名称を口にされた京介とクリスカは互いに視線を合わせると、みちるはその意味を察したのか心配するなと言わんばかりに片手を挙げて見せた。

 

 

「心配は要らない、我々も貴様らと同じだ。特殊任務部隊A-01第9中隊、通称”伊隅ヴァルキリーズ”、それが我々だ」

 

 

「……では、我々ディパーテッドとヴァルキリーズで模擬戦を行えと」

 

 

みちるが自己紹介を終えた後、黙っていた庚午がそう言葉を挟んだ。無論、そう言わんばかりにみちるは頷く。その返答を受け取った庚午は自らの隣に立つ新人達を一瞥すると、ボソボソと何事かを呟いた。すると彼らは蜘蛛の子を散らすように動き出し、つい先程まで自分達が使用していたマシンに顔を突っ込んだ。

 

 

「なら準備が終わるまで待っていてください。その間に、残りのメンバーに着替えを」

 

 

「ああ、構わない」

 

 

みちるの返答を聞いた庚午は持っていたボトルを片手で握り潰すと、そのまま京介達の傍へと戻って来た。そしてまだジャケット姿だったクリスカ達にすぐに強化装備に着替えてくるように指示を出すと、静かに京介の肩を掴んで引き寄せる。

 

 

「本当ならこの後少佐との事で色々話が聞きたかったが仕方がない。いいか浦城、次の模擬戦はお前がチームの半分を率いろ」

 

「何?」

 

「人選は任せる、好きな奴を引っ張って良い。副司令の指示ならお前がどう動くかを注視してくるはずだ、だからそれ相応の働きが出来るってとこを見せるしかない。やれるか」

 

 

やれるか、その庚午の言葉に京介は当然と言わんばかりに肩を掴んでいた腕を振り払う。正直に言えば夕呼の部屋での一件からこの先の立ち振る舞いに頭を悩ませていたところに突然新人を相手にした意味の見出せない模擬戦を強要され、今度は別の中隊にいきなり勝負を吹っ掛けられたのだ。息つく暇も頭の中を整理する時間も与えられない、目まぐるしく好き勝手に盥回しにされているような状況にとっくの昔に嫌気が差していた京介は、やる気には満ちていた。

 

 

「ドイツもコイツも手前勝手な事情でこっちを振り回しに来てるんだ。だったらそれ相応の対応ってやつを見せてやるよ。お前にも、あの伊隅中隊とか言う連中にもな」

 

 

そう言う京介の瞳の奥に渦巻く氷のような冷たさに、庚午は思わず息を呑む。そして同時に、明星作戦後に彼が通って来た茨の道を垣間見たような気がしていた。白銀が彼を呼び込んだのは間違いだったのではないか、ふとそう思わせる程度には。

 

 

そんな二人を見つめるみちるの目には、京介をいぶかしむ視線には、ただただ強い疑念の色が浮かんでいた。

 

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