Muv-Luv The frayed memory/Carved memory 作:REDALERT
「よう、大将。隣良いかい?」
アラスカ・ユーコン基地近くの歓楽街にある小さなバー、そのカウンター奥に一人で座って酒を飲んでいた浦城京介に声を掛けたのは、アルゴス小隊に配属されているイタリア人、ヴァレリオ・ジアコーザ少尉だった。長くクセのある黒髪、軽薄そうな態度、一見すると軟派な男だが、京介は彼を気に入っていた。彼もまた京介と気が合うのか、冗談交じりに何処かで聞きかじった
「……おう」
グラスに入っていた琥珀色の液体をグイッと無理矢理喉の奥に流し込んでため息をついた京介を、ヴァレリオは苦笑混じりに一瞥した。そして自分もマスターに同じものを頼み、一気に飲み干す。そして項垂れる京介に、声を掛けた。
「アンタが悪いって訳じゃないさ。ユウヤも
「何がどう変わるって言うんだよ、VG。壱型丙の組み立ては遅れに遅れて、肝心の主席開発衛士殿は吹雪に乗せたら素人以下。挙句に向こうとこっちの整備員同士で大乱闘だ」
「……まあ、何だ。あの大乱闘に関しては大将も参加してたし、状況だけ見れば最初に煽ったユウヤが悪い」
XFJ計画が開始して早数日、当初予定されていたよりもその進行は遅れに遅れていた。計画の主体となる不知火壱型丙を基にした機体の組み立てが難航している状況で、更にそれに乗る予定のユウヤ・ブリッジス少尉が極度の日本嫌いというのも遅れの原因となっていた。そしてそれに相対する篁唯依も、また同じ。
「唯依も唯依で意固地になっちまって、俺が間に入ろうにも初日のアレであんまり強く言えねえし……何かブリッジスには目の仇にされてるし……」
「まあアレはなぁ……。F-22の開発衛士も務めていたことがあるエリートからすれば、自国の戦術機を使った戦闘で滅茶苦茶されて、一発当てる前に自滅されりゃあ腹も立つってもんよ。膝蹴りから始まって衝突事故
隣でもう何杯目かのウイスキーを飲み干した京介を横目に、ヴァレリオはあの演習後に教えられた事を思い出していた。浦城京介、XFJ計画開発主任補佐、明星作戦に於いてエースとして名を上げた衛士の一人。デストロイヤーの異名の由来は、直前の戦闘で嫌と言うほど実感させられた。自分の機体がバラバラになるギリギリの機動を繰り返し、強引に敵陣へ切り込んで行く。そうして内部から敵中に大穴を開けて離脱、そうして崩れた敵陣を味方機が各個撃破------というのが京介の得意とする手だった。勿論BETAが相手の場合敵の混乱等といった状況は起こらない、が、それが人間相手だったならばどうか。事実ヴァレリオ達はCPとの通信が切られていた事もあり、接触直後は酷い混乱状態に押し込まれた。彼はBETAという混乱しない相手に対し何度この策を実行し、生き残ってきたのか。隣でウイスキーの瓶を仰ぐ京介をVGは一瞥し、そして口に含んでいたウイスキーを噴出した。何時の間に彼はウイスキーを瓶ごと飲み出したのだろうか。
「おっ、おい! そりゃ流石に飲み過ぎだぞ大将!」
「っせーぞんのヤロォ! そもそも俺はなぁ、実戦も経験せずに敵もいねえところで戦術機ブンブン飛ばしてた奴が主席開発衛士って段階で気に入らねえんだ! 一度も死に掛けた事もねえくせに、仲間が目の前で殺されていくところも見たことねえくせに、ガラガラのハンガーに一人で戻って、血塗れになった自分の機体を一度でも見た事あるのかよアイツは!」
「……それが本音か、大将」
「っ……悪い」
ヴァレリオの小さな呟きを受けて、京介は一言謝った。酒酔いからか恥ずかしさからか、京介は自分の顔がカーッと熱くなっていくのを感じていた。ただ実際のところ、京介がユウヤに対して納得し切れていなかったのは事実である。何度も自分が繰返してきた戦いと、仲間達の死、それを経験していない衛士が前線で戦う衛士の為の機体を操る。それだけならまだ納得は出来る、だがユウヤ・ブリッジスの日本製戦術機に対しての言動は我慢出来なかった。米国製と日本製の機体とでは、機体のコンセプトがまるで異なってくる。米国での主戦場は開けた広い場所であり、大雑把な機体でも主機出力と戦術で強引にカバーする戦術------つまり一種の力任せのような運用が好まれるのに対し、日本での戦術機は大量の敵やハイヴ内という閉所に対応するため、繊細な機動が必要とされる。戦場が違えば要求される仕様も変わる、それは常識だ。それ以上に、第三世代機と第二世代機とではまた違った機体挙動を見せることもある。その事実を、F-22という最新型の開発衛士を務めていた事実のある彼が知らないとは思えない。だからこそ、京介はユウヤが吹雪を欠陥機と断定したことに対し、唯依以上に腹を立てていたのだ。
主体となる壱型丙の組み立てが遅れている以上、主席開発衛士である彼には日本製戦術機に少しでも早く慣れてもらう必要があった。だから日本で練習機として使用されている吹雪に搭乗してもらい、感覚を掴んでもらおうとしたのだ。だが彼はF-15Eの時に見せた操縦技術を全く発揮出来ず、帰還早々吹雪を欠陥機だと言ってのけた。これが原因で起こったのが先の大乱闘であり、京介とユウヤはその中で互いの頬を一発殴り合っている。ドーゥル中尉がやって来た段階で京介とユウヤはそれぞれの整備員達に庇われてハンガーを追い出されていた為に特にこれといったお咎めは無かったが、口の端に付着していた僅かな血から京介は唯依にまた問題を起したのかとお叱りを受ける羽目になった。だから京介は一人歓楽街に繰り出し、自棄酒していたところをヴァレリオに発見されたというのが、現状だ。
瓶を片手に持った京介は、一気にその中身を煽って飲み干した。ヴァレリオは心配そうにしているが、京介は大丈夫だとでも言うように笑ってみせる。バーのマスターは無言で空瓶を引き取ると、新しい瓶を京介の目の前に置いた。その瓶を開けながら、京介は自嘲気味に口を開く。
「知ってるか? VG。俺と同じ部隊になった連中ってのはみんな初めは嫌な顔をするんだ、どうしてか分かるか?」
「いや、何でだ?」
「みんな死ぬからさ。明星作戦の間中、雪風を見たら死ぬなんて噂も立てられたもんだし……実際二回部隊を立て直して、二回共全滅した」
「悪運が強いんだな」
「嫌な時にばかり生き残るってのもな……っく……はぁ」
再び瓶を仰いだ京介を見かねたのか、ヴァレリオは彼の持っている瓶を取り上げようと手を伸ばした。だが京介は取られるのが嫌だと言わんばかりに彼の手を軽く叩いて、更に中身を飲み進める。周囲の誰が見ても明らかな飲み過ぎで、その目は完全に据わっていた。仕方なく、ヴァレリオはマスターに二人分の代金を支払って京介の腕を掴んだ。
「ほら、帰るぞ大将。あとは部屋に戻って飲んだ方が良いって」
「ん……俺ぁまだ飲めるぞ」
「だから部屋に戻ってから飲めって言ってるんだ。ユイ姫にまた怒られるぞ」
「それは……面倒……」
無理矢理立たせて引っ張り始めた途端、京介の腕からスッと力が抜けて行った。手からすり落ちた酒瓶を慌ててヴァレリオがキャッチすると、既に京介の意識は半分程吹き飛んでしまっている。全くしょうがない奴だと愚痴を言っているものの、ヴァレリオ・ジアコーザの顔は笑っていた。既に演習後の歓迎会でユウヤ・ブリッジスの愚痴を聞いていた彼にとって、一つ年下の彼ら二人の様子は似たようなものだった。だが現状のままでXFJ計画が上手く行く訳がない。まず小さな問題を一つずつ解決していかなければ、そう少しばかり酔いの回った頭でヴァレリオは考えを纏め、その肩に京介を担いでバーを後にするのだった。
そのヴァレリオが唯依の部屋へ酔い潰れた京介を運んできたのは、日付が変わる時間を過ぎてからだった。ノックされたドアを開けた瞬間に鼻を突いた酒臭さに思わず鼻を押さえた唯依だったが、その臭いの主である京介を運んできたヴァレリオから事の顛末を聞かされ、更にそのまま京介の身柄を渡された為に、彼女は仕方なく部屋のベッドまで足を引き摺りながら運んだ。そうして京介を預けるや否や去って行ったヴァレリオから聞かされたガス抜きをしてやれという言葉に、唯依は頭を悩ませることになる。
朝方に勃発した整備員同士による乱闘の原因がユウヤ・ブリッジスの発言にあることは、既に彼女も把握していた。勿論京介がその場にいたことも確認済みで、彼がそういった騒ぎに参加しないというのも考えられないことや、報告を受けた直後に遭遇した京介が口元に血をつけていたことからも、彼が乱闘に参加していたことは確定的だ。唯依からすれば、ユウヤの態度は非常に腹立たしいものである。同じ日本人の血を引く者でありながら、その日本が創り上げた戦術機を貶すような発言を平気で行う。そんな彼に対し反論し口論となれば、彼は上官に対して平気で暴言を吐く。ドーゥル中尉が彼に鉄拳を喰らわせた事も一度や二度ではない。唯依には、何故ユウヤ・ブリッジスがあれ程までに日本を嫌っているのかが理解出来なかった。
そしてそれ以上に、浦城京介という一人の人間がどういう人間なのかも、分からなくなっていた。彼は何に怒っていて、何の為にその拳を振るっているのか。自分と同じ理由で怒っているのか、そうじゃないのか。先日の演習後も怪我は無いと言っておきながら、結局脇腹の腫れが悪化して医師に怒られていた。それも自分に心配させまいと黙っていたのか、或いは言うまでも無いと思われていたのか。彼は本当に自分を信頼して付いて来てくれたのか、唯依には分からなかった。
「京介……」
ジャケットを脱いだ黒いTシャツ姿でベッドに眠る彼の頬を撫でると、唯依は黙ってシーツを彼の身体に掛けた。もし次の日彼にどうしてこんなになるまで酒を飲んだのか聞いたとしても、恐らく答えてはくれないだろう。テーブルにあるヴァレリオが置いて行ったウイスキーの酒瓶を一瞥すると、唯依はベッドから離れそれを拾い上げた。そうして中身の匂いを嗅げば、鼻腔を突くようなスモーキーフレーバーの香りに思わず顔を顰める。半分以上中身の無いその瓶を凝視した後、唯依は覚悟を決めた顔で一気に仰いだ。だがその中身が口腔内から咽喉へと入り込んだ時点で、唯依は盛大に咽てしまった。喉が焼けるように熱く、肝心の酒は焦げ臭い。ハンカチで口元を拭った後、唯依は未だ咽ながら酒瓶をテーブルに置いた。こんなものを飲んで何がどうなるというのか、それが唯依が初めて飲んだ酒に対する感想だった。
翌朝、唯依が目を覚ました時、時刻はまだ日の出前だった。カーテンの向こうはまだ薄暗く、普段起きている時間よりまだ随分と余裕がある。それでも彼女が目覚めてしまったのは、自身の胸元に縋りつくようにしている京介の姿があったからだった。ギュッと両手で唯依のシャツを掴み、震える身体を彼女に寄せている。何かに脅えるようなその様子の京介を唯依が見るのは、初めての事だった。
「京介……?」
まだ半分寝惚けていた唯依が声を掛けると、そこで初めて唯依は京介が目を伏せたまま呪文のように何事かを呟いているのを聞いた。それは子供が幽霊を恐れているかのような、そんな印象を彼女に持たせた。
「暗い……寒い……やめろ……そんな目で俺を見ないでくれ……俺を見ないでくれよ、頼むから………」
その言葉に、唯依は部屋の電気を消している事に気付いた。彼は未だに戦闘での経験から、部屋の電気を消して寝られないと言っていた。昨夜から酔っていた彼がもし目を覚ました時に周囲が暗ければ、間違いなく本人には良くない状況のはず。現に身体を震わせてうわ言のように何かを呟いている彼の姿を見て、それ以外の何も浮かびはしなかった。
「京介、灯りを点けに行くから。少し待っていてくれ」
そう言って彼の手に触れたが、そうすると逆に一層シャツを掴む手に力が入ってしまった。身体を胎児のように丸めさせている京介には、自分の声は聞こえていない。こうして自分の世界に閉じ込められてしまう程、彼の暗闇に抱いている恐怖心の深さを唯依は知らされた。動く事も出来ず、部屋を明るくすることも出来ない。だから唯依は日の出によって部屋の中がそれなりに明るくなるまで、京介の頭を抱いて安心させるように背中を撫でてやることにした。少なくとも唯依の方から見れば、それだけでも京介の震えが治まったように感じていた。
ステラ・ブレーメルが唯依を朝食に誘おうと部屋に向かっている途中、彼女は朝一番に遭遇したヴァレリオ・ジアコーザの言っていた言葉の意味を考えていた。「もしユイ姫の部屋まで迎えに行ってみれば、面白いものが見れるかもしれないぜ」と。
(一体何の事かしら……。昨日の乱闘騒ぎには特に篁中尉は関わってないはずだし、浦城少尉に関するお悩み相談? もしそうだったら可愛いのだけれど------)
ヴァリレオの言葉の意味を色々考えながら曲がり角を曲がった時、ステラはハッとしてすぐに角へと引っ込んだ。一度飛び出した通路には唯依の部屋があり、彼女が曲がったと同時にそのドアが開かれたからだ。勿論出て来たのが篁唯依本人であればステラも隠れることはなかったのだが、出て来たのが本人でなければ隠れざるを得ない。
「あれは……成る程」
角から廊下を覗いていたステラが見つけたのは、唯依の部屋から出て来る京介の姿だった。少しよれたズボンに黒いTシャツを着て、プロミネンス計画とXFJ計画のワッペンが付いたジャケットを肩に掛けている。何処か気恥ずかしそうに頭を掻きながら、廊下をウロウロと歩き回っていた。その時点でステラは何処か微笑ましいものを見ているような表情をしていたのだが、遅れて部屋を出て来た唯依もまた気恥ずかしそうにしているのを見て、ステラは無粋な事はすまいと妙な勘違いをしたままその場を離れて行った。この時点でステラの目的は、あの軟派なイタリア人を取り敢えず引っ叩くことが優先事項となっていたのだった。
勿論そんな勘違いをされているとは露知らず、京介はハッキリと目が覚めた時の状況を未だに恥ずかしがっていた。ヴァレリオとバーで飲んでいたかと思ったら、気がつけば唯依の腕の中で眠っていたのだ。しかも酔っていた状態で暗闇の中で目覚めた所為で、唯依に思い切り弱っているところを見られてしまった。それだけで、京介にとって一生分の恥とも言える。一先ず昨夜の事については後でヴァレリオに聞こうと決めたものの、廊下に出た二人は互いに何と言葉を掛けて良いものやら悩んでいた。京介としては見せないようにしていた弱い部分を見られてしまったことで、唯依としては他人の頭を懐に抱いたまま眠ってしまったことで。
「……取り敢えず、飯食いにいくか」
「そ、そうだな。そうしよう」
肩に掛けていたジャケットに袖を通した京介は初めこそ唯依の先を歩いていたものの、途中で止まると後ろを歩いていた唯依を一瞥した。言葉は無かったものの、唯依も黙って京介の隣に並べば二人はそのまま歩き出す。勿論この後食堂にてヴァレリオがステラに引っ叩かれていたのを目撃した京介は、自身もまた憂さを晴らすべくその背中を力強く叩いてやるのであった。その光景を少し離れたところで見ていたユウヤ・ブリッジスが京介に対し模擬戦を申し込んだのは、その日の午後の事であった。
ヴィンセント・ローウェルは、XFJ計画に於いて使用される新型不知火の専属整備士を務める米陸軍出身の軍曹であった。ユウヤ・ブリッジスとは米軍時代からのパートナーであり、ユウヤは彼の実力と目に全幅の信頼を寄せていた。そんな彼の停止を無視してでもユウヤが京介との模擬戦を強行したのは、吹雪という機体に関する不信感からだった。何度操縦してもまともに機体制御すら出来ないこの
(イーグルでの戦闘は掻き回されたが、あんな機体でまともに戦えるもんかよ。見てろ……)
F-15Eの管制ユニット内で最終チェックを行いながら、ユウヤは沸々と過去からずっと蓄積されていた日本という存在そのものへの恨みを昇華させていた。
一方、吹雪に搭乗することになった京介は管制ユニット内で早々に最終チェックを終えてリラックスしていた。日本製の戦術機ということもあって、特に操作性に関しては問題は無い。ユウヤの実力は京介も良く分かっている為、侮って掛かることなど考えもしていなかった。ただ彼の悪い癖というか、先日の乱闘の件もあって、京介はユウヤに対する挑発用のフレーズを幾つか脳内に浮かべては添削していた。ここで自分が負けるようなことがあればユウヤは完全に吹雪を欠陥機と見下し、後々乗る事になるであろう試験機に対しても同様の評価を下すかもしれない。そうなればXFJ計画は終わりだ。そうしない為に、ユウヤの認識を根底から覆すようなことをしなければならないと京介は考えていた。勿論手っ取り早いのはこの模擬戦で、何時のものように相手の機体を完膚なきまでに叩き潰せば良い。だが不必要なまでに機体を損傷させることを大っぴらに公言されて禁止されたので、普段の戦い方を行うことは出来ない。ならば自分が出来る最大限の範囲内で最も有効的なものは何かと考えた場合に京介が考え付いたのは、非常にシンプルなものだった。
「ハァ!? 射撃兵装使用禁止だと!?」
突然通信回線を開いてきたヴィンセントに何事かと思っていたユウヤは、彼から知らされた事実に愕然とした。何と全ての射撃兵装を外し、短刀を使用した近接格闘戦を行えと言うのだ。
《ある意味当然っちゃあ当然だぜ、ユウヤ。何せ日本じゃ接近戦に重点を置いているところがあるからな。けどお前だって接近戦が苦手って訳じゃないんだし、吹雪がお前の言う通りの機体なら負けやしないさ》
言外に引っ掛かるような含みを持たせたヴィンセントの言葉にユウヤは一瞬ムッとするも、すぐに意識を切り替えた。接近戦しか行えないのなら、相手を掻き回して出来た隙をつけば良い。いくら相手の衛士の腕が良くても、こっちは自分の機体では無いとはいえF-15Eに乗っているのだ。自分が負けるヴィジョンなど全く浮かび上がらない。
そうしてユウヤのF-15Eと京介の吹雪は、かつて対峙した演習場にて再び剣を交えることになる。そして結果だけで言えば------戦闘は京介の勝利に終わった。短刀による超近接戦、F-15Eはその膝部ウェポンコンテナに内蔵されていた四本の短刀全てを弾き飛ばされた上で、胸部ブロックに一撃を喰らったのだ。時間にして僅か四分、かつてユウヤが行った三機のF-22との模擬戦において自身が生き延びたのと同じ時間。それはユウヤにとってこの上無い屈辱であった。何故敗北したか、機体性能ではF-15Eが上回っていたはず。何故敗北したか、衛士としての実力は向こうが上だった。何故敗北したか、何故、それは何故か。何重にも重ねられた疑問の渦がユウヤの思考を埋め尽くして行く。
ハンガーでF-15Eから降りたユウヤは、相手側の整備員達が侮蔑の意を込めた視線を自分に向けているように感じた。そしてアルゴス小隊の仲間であるはずのタリサ、VG、ステラすらも、敗北したユウヤに声を掛けようとはしない。唯一傍に寄ってきたヴィンセントが何事か声を掛けていたが、今のユウヤにはそれを聞き入れる余裕は無かった。彼の目の前には、今まで自らが欠陥機と言い続けてきた吹雪が仁王立ちしている。そのカメラ・アイが自分を無様だなと見下ろしている、少なくともユウヤにはそう見えてしまった。その吹雪から、一人の男が降りてくる。浦城京介、デストロイヤー、ふざけた日本人。気がついた時には、ユウヤは機体から降りたばかりの京介を殴り飛ばしていた。
ユウヤ・ブリッジスが浦城京介を殴り飛ばした。その時、ハンガー内に居た人々は三種類に分けられていた。二人を止めようとする者、それを制止する者、そして歓声を上げて煽り上げる者。歓声によってハンガー内の空気がビリビリと震える中、立ち上がった京介は口元を手の甲で拭いながらユウヤへと飛び掛った。再び湧き上がる歓声の中、マウントポジションを取った京介はユウヤの鼻っ柱にその左拳を叩き込む。強化装備の皮膜は衝撃に対して瞬時に硬化する性質を持っている。その為胴体を殴りつけたとしても自分の拳を痛めるだけ。だから荒れる二人の衛士は、ただ只管に互いの顔面を殴り合い続けた。
「戦術機じゃ負けたが……ぐっ、殴り合いじゃ負けねえってかぁ!」
一度放り投げられた京介の右手がユウヤの振り抜かれた拳を受け流すと、その左手がユウヤの右頬を思い切り殴り抜ける。
「何なんだお前は! お前と、俺の、一体何が違うって言うんだ!」
殴られた勢いそのままに、ユウヤは思いの丈をぶちまけながら京介の顔面に拳を叩き込んだ。鼻を押さえながらよろめいた京介に続けてタックルをし掛け、マウントポジションを取ったユウヤはそのまま自分がやられた様に京介の顔面に拳を振り下ろす。既に二人共、鼻や口からダラダラと血を流していた。
「おっ、れっ、がっ、知るかってんだよ!」
ユウヤの拳を避けた京介はそのまま相手の胸倉を掴むと、そのまま一気に引き寄せて顔面に頭突きを行った。顔を押さえて隙の出来たユウヤの身体を両足で蹴飛ばして、京介は立ち上がる。頬や口元を流れる血を乱雑に拭うと、再びユウヤに掴みかかった。
「機体を使いこなせてないのは手前の責任だ! それを機体の所為にしてウダウダ言い続けたって、上手く行く訳ねえだろうがッ!」
再びの頭突き。それに対して怯んだユウヤだったが、彼も京介の胸倉を掴み返した。
「あんな汎用性のないガラクタを! どう扱えって言うんだ!」
逆襲の頭突き。二人はそのまま額をぶつけ合うと、血走った目で互いを睨みながら互いの胸の内を叫び合った。整備員達の歓声をバックに、二人はそれぞれの利き腕を握り締める。ユウヤの右手と京介の左手、それがお互いの顔を傷つけ合う。その光景を第三者が見れば、すぐにMPへの通報が行われていただろう。だが既にハンガーの扉は閉じられ、野次馬の輪によってリングが完成してしまっていた。
「今までずっと! 自転車乗ってた奴が! 行き成り! バイクに乗っても! 乗りこなせる訳! ないだろ!」
「そんなものと! 戦術機を! 一緒にしてんじゃ! ねえッ!」
「変わんねえよ! 自分が! 乗る! 機体も! 碌に! 知ろうとも! しないで! 何が! 欠陥だって! どうして! 言い切れるのか! もっぺん! 考えて! 見やがれ!」
「この野郎ォッ!!!」
ぶつ切りの単語を言う度に拳を交し合いながらも、京介とユウヤが仰向けに倒れ込んだのはほぼ同時だった。顔は血塗れで、鼻腔と口腔内は傷だらけ、大きく肩で息をしていても、ユウヤと京介はまだ立ち上がろうともがいている。だが流石に限界だと判断したのか、何時の間にかハンガーに来ていたドーゥルの指示で整備員達が二人を取り押さえた。ユウヤにはタリサとヴィンセントが、京介にはヴァレリオとステラ、そして唯依が駆け寄った。コンクリートには多量の血液が飛び散っていて、どれが誰の血か分からない。それを整備員達が慌しく掃除していき、血だらけの衛士二人の顔面には何処からか濡らしたタオルが投げつけられた。
タオルを受け取った唯依は京介の顔を丁寧に拭いていくと、その唇や頬が切れているのを見て顔を顰めた。そのまま顔中の血を拭き取ったものの、肝心の京介の目は何時の間にか虚空を見つめている。それを見たステラが脳震盪を起していると判断すると、京介は一度そのままコンクリートの地面に寝かされた。一方のユウヤもまた、顔を傷だらけにしてその膝を震わせている。その様子を見たドーゥルはヴィンセントに整備員達への口止めを命じると、その場にいる衛士全員に指示を出した。
「不慮の事故によりユウヤ・ブリッジス及びキョウスケ・ウラキ少尉が負傷、脳震盪を起している為急遽医務室へ。そういう筋書きで頼むぞ、ジアコーザ少尉、ブレーメル少尉」
「はっ!」
「マナンダル少尉とタカムラ中尉はそのまま二人に付いておくように。私は報告書を纏める」
そう言ってドーゥルがハンガーを去ると、ヴァレリオとステラがすぐにハンガーを飛び出して、数分後には担架を持った医療班が駆けつけた。ユウヤと京介はそのまま担架に乗せられて運ばれ、夜には顔中を絆創膏やガーゼを貼り付けられた状態で帰って来た。そして反省の一環としてヴィンセントが二人に無理矢理肩を組ませて笑みを浮かばせると、二人共浮かべたのは引き攣った笑み。苦笑したヴィンセントだったが持ち込んだカメラで写真を撮り、京介とユウヤは苦虫を噛み潰したかのような顔で互いを睨み合った。演習は京介の勝ち、私闘は引き分け、ユウヤのプライドは根底から引っくり返されてしまった。勿論殴り合いを経た事で二人の間に友情が生まれた、等ということは無く、事件から暫くの間もユウヤは吹雪の操作性の難しさについて文句を言い続けた。だがそれは今までとは少しばかり違っていて、機体を根本的に否定するのではなく、それを扱い切れない自分への文句も混じっていた。その様子を見ていた唯依は計画の進行に関して仄かに期待しつつも、自身の隣で傷だらけの顔をした京介を一瞥し、別の大きな不安に襲われるのであった。