※この作品はR-18です。

Muv-Luv The frayed memory/Carved memory   作:REDALERT

8 / 49
Deception

 

篁唯依が浦城京介が精神安定剤を服用していたことを知ったのは、合同テストが終了した後のデブリーフィングでの事だった。整備士であるヴィンセント・ローウェルがテストに使用された機体の整備を行っている最中に、ハンガーにやってきた京介が突然倒れたという知らせを持って来たことで事態が発覚したのである。医師の診断によれば、京介はかつての度重なる戦いからPTSDを発症していたという。それによる幻覚やフラッシュバックから立ち直る為に専用の薬を一度処方されていたものの、京介はそれとは別に複数の精神安定剤を手に入れていたというのだ。事実、イブラヒム・ドーゥルが京介の部屋を捜索した時、複数の薬物と空になった酒瓶が発見されている。

 

 

衛士がBETAとの戦闘を経験することによってPTSDとなる事自体は珍しくもなんともない、が、その殆どは治療の為に暫くの間任務を離れる事が殆どだ。だが京介はそれでも戦術機に乗り続け、より深刻な状態へと陥ってしまっていた。暗い部屋にいると死んでいった仲間達の顔が浮かぶ、かつて唯依が京介から聞かされたその話は、既に本人の精神を著しく消耗させていたのだ。肝心の京介は医務室にて点滴を受け眠っており、今回の騒動についてはドーゥルと唯依の二人だけで共有されることとなる。アルゴス小隊の面々には、過労の蓄積による一時的なものだという説明をして。

 

 

 

「…………」

 

 

デブリーフィング後、唯依はステラやタリサから心配されながらも、医務室で眠る京介の傍にいた。入院服を着て静かに眠る京介の左拳には、グルグルと包帯が巻かれていた。どうやら壁か何かを殴り続けていたようで、手骨にヒビが入っているらしい。その手に触れようと手を伸ばした時、彼女の脳裏に前日の出来事が過ぎる。自身に覆い被さり、腿に手を這わせながら耳元で囁いた京介。思わず手を引いてしまうと、ユウヤ・ブリッジスが医務室へと入って来た。胸元で手を押さえている唯依と眠っている京介を前にユウヤは何処か不穏な空気を感じ取ったが、特に言う事もなく壁に掛けてあったパイプ椅子を二つ取ってベッド脇に置く。

 

 

「……アンタも座れよ。立ったままだと疲れるだろ」

 

 

「あ、ああ……そうだな」

 

 

ガタッと音を立てて二人が無言でパイプ椅子に座り込むと、部屋にはただ規則正しい寝息を立てる京介の呼吸音だけが時間を刻んで行く。暫くの沈黙の後、先に口を開いたのはユウヤだった。

 

 

「前線で戦う衛士っていうのは……みんなこうなるのか。精神的に追い詰められて、潰れちまいそうになるのか」

 

「貴様……どうしてそれを」

 

「悪い、さっきアンタとドーゥル中尉が話してたのを聞いちまったんだ。勿論、VG達には言ってねえから安心してくれ」

 

 

バツの悪そうな顔で謝るユウヤの顔を一瞥すると、唯依は少しの逡巡の後言葉を返した。

 

 

「……貴様の言うこ(・)う(・)が何処まで指しているのかは分からないが、確かに前線で戦う衛士が精神的外傷を負う事は事実だ。それでも……」

 

 

それを無理矢理押さえつけてまで戦い続けた衛士は、見た事が無い。そう言葉を続け掛けて、唯依は黙り込んだ。その意味を知ってか知らずか、ユウヤは唯依を励まそうと言葉を掛けた。だがその言葉は、今の唯依にとって重荷となるものでもあった。

 

 

「きっと大丈夫さ、こいつは。こいつの事は、アンタが一番知ってるんだしな。起きたら何時もみたいに文句の一つでも言ってやれよ」

 

 

「あ、ああ。……そうだな、何時もみたいに」

 

 

一番知っている、その言葉は唯依の心を締め付けるには強過ぎる言葉だった。もし自分が彼の事を一番良く知っているのなら、昨日のような事にはならなかったのではないか。実際のところ、自分も彼の事を周囲の人々と同じレベルでしか知らないのではないか。彼にとって自分は何でもない、ただの仲間でしかないのであろうか。考えれば考えるだけ、唯依の思考がグチャグチャになっていく。だから彼女は、考える事から逃げた。

 

 

「……ブリッジス少尉、今日の合同テストの結果について話がある」

 

 

それから暫くの間、ユウヤと唯依は今日の合同テストの内容について話し合っていた。統合仮想情報システム(JIVES)を使用した実機での戦闘プログラム、そこでもユウヤは吹雪を使いこなせず良い結果を残す事が出来なかった。頭では分かっていても上手く動かす事が出来ない、今まで一方的な評価を決め付けて掛かっていたツケが来たのだとユウヤは自嘲する。日本製戦術機に対する見方が変わったのは良い事だと、唯依は思っていた。だがまだ何故彼がそうまでして日本を嫌っていたのかは、まだ分かっていない。この自分の隣で自らの反省点を述べる男に対しても、唯依はどう接していけば良いのか分からなかった。

 

 

(この男も……普段では言えないような事を心に隠しているのだろうか……)

 

 

思わず昨日の光景が再び脳裏に浮かび上がり、唯依は膝の上に置いていた手を握り締めた。あの時の自分は、完全に京介を恐れていた。目の前の男が得体の知れない何かに変貌してしまったようで、普段ならくすぐったいはずの手も、あの時だけは身体が震えるだけだった。男女の営みというものを、唯依も知らない訳でもない。そういったものは知識としては知っているし、養成学校時代に友人が恋人とそ(・)う(・)い(・)う(・)事(・)を(・)致(・)し(・)た(・)という話を姦しくしていたのを盗み聞いた覚えもある。勿論当時は気恥ずかしいやらなんやらで、その話に首を突っ込むことも無かったが。

 

 

(私は篁家の……恋だの何だのに現を抜かしている場合では……)

 

 

篁唯依は恋愛を知らない。それは彼女が父を亡くし、家と日本の未来の為に自らを捧げてきたからだ。概念として理解していても、実際のその感情を味わったことが無い。だからこそ、京介に対する感情をどう表現すれば良いか分からなかった。尊敬か、畏怖か、或いは別のものか。隣でユウヤが椅子から立ち上がった時、唯依は漸く長い思考から脱した。視線を上げてユウヤを見れば、彼は呆れたような表情で頭を掻いている。その理由は、すぐに彼の口から語られた。

 

 

「心此処にあらずって感じだな。……暫く一人にしといてやるから、VG達にはアンタは休むって言っておく」

 

「そ、そんなことはない!」

 

「じゃあさっきまで俺が言っていたこと、言ってみろよ」

 

「っ……あっ」

 

 

やっぱりと、ユウヤはため息をついてパイプ椅子を畳んで壁に立掛けた。言葉が出てこない唯依を前に、ユウヤは医務室のドアを開いて何も言わずに外を出た。一人残された唯依はベッドで眠る京介を前にして、その包帯の巻かれた左手に視線を移す。手骨にヒビが入っているという話だったが、昨日唯依が部屋を出た時にはそんな傷は無かった。その後ステラ達が部屋に入ってタリサが彼を殴り飛ばしたらしいが、彼女達はその時の彼の怪我について何も言っていない。言わなかっただけかもしれないが、タリサは兎も角ステラやヴァレリオが皮が裂けている程の怪我を黙っているだろうかと唯依は思っていた。

 

 

「……全部貴方の所為だ」

 

 

思わず呟いた言葉に、唯依は自分でも驚いていた。何故そんな言葉が出て来たのか、自分でも判らない。そもそも今自分が感じているこの感情が一体何なのか、それすらも。

 

 

「……ゆ(・)い(・)……」

 

 

その時、眠っていた京介が急に何事か呟いた。一瞬目を覚ましたのかと唯依は立ち上がったが、それがただの寝言だと分かると安堵か残念か、或いは両方かの意味を込めたため息をついて座りなおした。だがその顔は少しだけ緩んでいて、唯依は少しの間京介の寝顔を眺めていると、再び立ち上がってパイプ椅子を片付ける。そうしてベッドに眠る京介に覆い被さるようにすると、唯依はその額に口付けた。

 

 

「っ……やはり慣れない事はするものではないな……」

 

 

顔を真っ赤に染めて激しく動く心臓を押さえるように手を胸元にやった唯依は、そのまま医務室から早足気味に出て行った。何故あんな事をしたのか自分でも判らないが、ただしてみたくなった。京介が目覚めたら、もう一度、もう一度だけ話してみよう。そうやって、篁唯依は盛大に廊下で転んだのだった。

 

 

 

 

 

 

国連軍第4特殊戦術機甲連隊、それは表側には一切情報開示されることのない存在すらも謎の部隊。常に108機の黒一色に染め上げられた戦術機で構成され、9つに分けられた中隊は常に世界中に存在する最前線で日夜戦っている。そして彼らの派遣される戦場には、BETAも人間も誰も残らない。そんな都市伝説レベルの噂が世界の一部で広まっている。だが、彼らは実在していた。

 

 

彼らに与えられた任務はただ一つ、それはど(・)ん(・)な(・)戦(・)闘(・)か(・)ら(・)も(・)必(・)ず(・)生(・)還(・)す(・)る(・)衛(・)士(・)、言い換えればそれは、絶(・)対(・)に(・)死(・)な(・)な(・)い(・)衛(・)士(・)を発見する事。

 

 

 

「我が隊に生存率70%を切るような衛士はいらない。……それは知っているな? 少尉」

 

 

「し、少佐……もう一度、もう一度チャンスを!」

 

 

アジアの何処かに存在する彼らの本拠地、そこには常に四つの中隊が揃えられている。そこで彼らは何百回ものシミュレーション訓練や模擬戦を受け、確実に生還する事を義務付けられている。仮に訓練での敗北、言わば戦死を迎え続ければその衛士の生存率は下がり続ける。そうして中隊ごとに設定された生存率を下回った衛士は、内々に処(・)理(・)されるのだ。部隊の事を知った人間が生き残るには、自らの生存率を上げるしか無い。

 

 

「仮に貴様をもう一度出撃させて生還したとして、それでも70%を超えることは無い。少尉、君に残されているのはこの場で自らの命を懸けて生き残ること」

 

 

「そっ、そんな……無理だ、あんなの無理に決まってる!」

 

 

周囲を11人の強化装備を纏った衛士達に囲まれていたその若い衛士は、目の前に転がってきたリボルバーを前に歯をガチガチと鳴らした。今から行われるのは、.357マグナム弾を六発フルに装填したリボルバーによる、一人ロシアンルーレット。自らの頭に向けて六回引き金を引き、その全(・)て(・)が(・)不(・)発(・)であれば、処理を免れ部隊にい続ける事が出来る。常識的に考えれば、そんな事は不可能だ。だがそれを要求されるのが、彼らなのだ。

 

 

「さっさとやりな、少尉。他人に撃たれるか自分で撃つか、確立が高いのはどっちだい?」

 

 

その中隊を率いる若い女性衛士に半ば脅されるようにしてリボルバーを拾い上げた男の衛士は、一度こめかみに銃口を押し当てるものの全身を振るわせるだけで、一向に引き金を引こうとはしない。理由は当然、普通なら六発全て装填されている銃の引き金など引きたくはないからだ。だが、彼らはそれを強要する。

 

 

「撃て、少尉」

 

「撃て」

 

「撃っちまえ」

 

「さっさと撃て」

 

「撃てよ」

 

「撃て撃て」

 

「撃てよ、早く」

 

「撃ちなさい」

 

「撃ってよ、少尉」

 

「撃ちな」

 

「ヒッ……ヒッ……ヒヒッ……ヒヒヒッ!」

 

 

周囲の仲間達から掛けられる重圧に、若い衛士は引き金に指を掛けたまま気が狂ったように笑い出した。目から涙が、鼻からは鼻水が、口からは涎を垂らし、男は笑う。そして一際大きく喉を鳴らしたかと思うと、男は目の前に立つ隊長に銃口を向けた。

 

 

「ヒィィィアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」

 

 

ドンッ! と轟音が響き、銃弾が発射される。それは間違いなく隊長目掛けて向かって行くはずだったが、何故か彼女は男の前で変わらぬ姿勢で立っていた。男は続けて引き金を引くも、隊長には何故か当たらない。こだまする銃声が霧散した後に残ったのは、男が狂ったように引き金を引き続けるカチンッという音だけ。そうして男が後ずさると、隊長は一人の衛士から別の銃を受け取った。そのシリンダーを外して銃弾を全て落とすと、一発だけ装填して元の状態に戻す。そして隊長は、その銃口を男へと向けた。

 

 

「今度はアタシの番ね。アンタが本物なら五回引き金を引いても空砲で、最後の一回も不発。じゃあ一発目------バイバイ」

 

 

ドンッ! という破裂音が響き、脳天から後頭部に掛けてグチャグチャになった男の身体が一瞬宙に浮いた。肉片と脳髄、そして赤黒い血液を飛び散らせながら床に倒れ込んだ男の姿に、元(・)仲間達は揃って顔を顰めた。気持ちの悪い生ゴミが出来てしまったと、そう言わんばかりの表情だ。

 

 

「ワンホール・ショット、お見事」

 

 

足元に飛び散ってきた死人の肉片を強化装備の靴で踏み締めていた隊長に、一人の男が声を掛けた。ブリッツ・フォン・フィールド、隊内に於いても高い生存率と操縦技能を持つエースの一人で、またの名を電撃戦(ブリッツクリーク)という。短い金髪を逆立てた背の高い、鍛え上げられた肉体を持つ若者だ。彼に声を掛けられた隊長は遺体目掛けて唾を吐き捨てると、持っていた銃をブリッツへ投げ渡した。

 

 

「フン、元々素行不良で連れてこられたような奴だ。最初から期待なぞしていないよ」

 

「そりゃあご尤も。……それで、例の彼については?」

 

「向こうで宜しくやっているようだよ。時期が合えば、もしかしたらやり合えるかもね」

 

 

隊長の言葉に、ブリッツはヒュッと口笛を鳴らす。

 

 

「次の任務が決まった、という事で?」

 

「ええ、そうよ。生憎どっかの馬鹿がカスを寄越した所為で少し遅れそうだけどね」

 

「差し支えなければ、場所をお聞きしても?」

 

 

ブリッツのわざとらしい態度に、隊長は彼を鼻で笑いながらも答えてやった。

 

 

「西インド諸島、グアドループが次の我々の戦場よ。依頼先はまだ秘密、準備が整い次第また伝えるわ。それで良い?」

 

 

「勿論、ありがとうございます。浦(・)城(・)少(・)佐(・)」

 

 

ブリッツの礼を受けて、国連軍第4特殊戦術機甲連隊内にて最も優れた部隊とされる第一中隊【黒色槍騎兵団】を率いる浦城夏希は、口の端を歪にして見せた。この部隊に組み込まれて数年、彼女は只管に上を目指し続けた。上官に身体を許し、仲間に身体を許し、そしてその全員を葬ってきた。常に死と隣り合わせの状況に置かれ続けた彼女は、もう戦いだけを心の支えにするようになっている。ブリッツもまた彼女と関係を持った男の一人だったが、彼は夏希に殺されるような事態にはまだ陥っていない。それは既に彼女が自分の望む位置にいるからであり、彼女が自分の目的を達成する為にまだブリッツが必要だからであった。

 

 

(さぁて、奴さん……浦(・)城(・)京(・)介(・)だったかな。噂通りの衛士なのか、確かめさせてもらおうか)

 

 

去って行く夏希の背を見つめながら、ブリッツは片付けられていく元仲間の死体の臭いに顔を顰めたのだった。

 

 

 

 

 

------雪が降っている。

 

 

懐かしの丘の上から、京介は深深と降り積もる雪を眺めていた。顔や髪、服が濡れるのも構わずに、白い粒をジッと見つめている。やがて京介の背後から強い風が吹けば、降っていく雪は一斉に舞い上がり、降っていく雪と舞い上がる雪が複雑に混ざり合った。懐かしの光景、心に刻まれた絶景、今では見ることも叶わぬ雪風。風が止めば、雪は落ちて行く。その雪の流れについて行くかのように、京介は丘から身を投げた。その身が雪と共に風に舞い上げられる事を信じて。

 

 

 

「……ん、う……」

 

 

目が覚めた時、彼の目元には濡れたタオルが置かれていた。それを外して上体を起こしてみれば、そこは医務室。窓から見えるその景色が暗く、部屋の明かりが点けられていなければ京介は起きて早々パニックを起していただろう。目元に置かれていた濡れタオルで顔を拭いてから、京介は立ち上がった。寝起きの所為なのか妙に頭が重く、足元が覚束ない。ドアに辿り着くまでも一苦労で、更に京介はどうして自分が医務室で眠っていたのかも思い出せていなかった。

 

 

「何してたんだっけ、俺……?」

 

 

ドアを開いて廊下に出ても、非常灯に照らされた通路には人の気配は全く無い。時刻がかなり遅い事を確認すると、京介はそのまま再び医務室のベッドに戻った。妙に重い頭を枕に押し付ければ一気に全身に安堵感が広がって、京介の意識は吸い込まれるように霧散していった。その段階で、彼が倒れてから既に三日が経過していた。

 

 

翌朝、京介は枕元に置いていたはずのタオルがまた塗らされて目元に置いてあったことから、誰かが医務室にやって来ていた事を悟った。初めは医師かと思ったが、後で現れた医師本人によってそれは否定されてしまう。医師から自分が倒れてから三日程眠り続けていたことを知らされ、更に薬物の大量摂取と飲酒量と咎められた京介は、暫くの間医師の下でセラピーを受けることとなる。そうして久しぶりに国連軍のジャケットに袖を通した京介は、アルゴス小隊の面々がいるというハンガーへと向かっていた。

 

 

「さてと、どんな文句を言われるのかな……と……?」

 

 

計画の進行も他所に三日も眠っていたとあれば、唯依達から何を言われることやら。その事で頭を悩ませながらもハンガーに入った京介を迎えたのは、二機の不知火だった。片方は一見不知火壱型丙に見えるが、細部が違っている。そうしてもう一機は頭と四肢をインディゴブルーに染め上げられ、胴体は白く、肩には汚い字で雪風とデカデカと書かれていた。

 

 

「雪風!?」

 

 

京介は思わず叫びだすと、ハンガー内に居た全員の視線を一挙に集めた。だが既に彼の目には愛機の姿しか映っておらず、無垢な少年の顔をした彼はそのまま雪風の足元へと駆け出して行く。その脚部に到達すると、その装甲に両手を当てて頬を当てた。金属特有の冷たさと匂いが鼻腔を突き、京介の全身を懐かしさに浸らせた。

 

 

「やっと届いたのか……よく帰って来たな、雪風……」

 

 

何時か取り戻すと決めた故郷の光景から名づけたその愛機を前に、京介は慈愛の篭った言葉で出迎えた。そうして装甲から手を離して振り返ると、もう一機の不知火を見上げる。壱型丙の欠点だった稼働時間の短さを解消する為に、機体各部に出力効率が高く消費電力が少ない新開発の米国製パーツが組み込んだ機体。試01式戦術歩行戦闘機【不知火弐型】、その初期段階。

 

 

「漸く組み上がったんだな、不知火弐型が」

 

 

「ああ、そうだ」

 

 

京介の呟きに答える声がハンガーに響くと、京介はそこで漸くタリサ、ヴァレリオ、ステラの三人が不知火弐型の足元に立っている事に気付いた。タリサは複雑そうな表情を浮かべて腕を組んでいるものの、その両隣に立つヴァレリオとステラは軽い感じで京介に向けて手を振っている。二人に向けて手を振り返すと、自身に返事をした人物を探した。だがハンガー内を見回してもその人物は見当たらず、不知火弐型の胴体部を囲うキャットウォーク上にヴィンセントが立っている以外に------と、京介はそこでヴィンセントが自分の後ろを指差していることに気付いた。苦笑しているヴィンセントに首を傾げながらも京介が振り返ると、目と鼻の先に何時の間にか唯依が立っている。

 

 

「っ……とぉ……」

 

「三日も寝坊するとは良い度胸だな、少尉。合同テストの結果も知らなければ、今ブリッジス少尉が弐型のシミュレーションを行っている事も知らないだろう」

 

「そりゃあ、まあ……悪いとは、思ってる。色々」

 

 

唯依から吐かれる言葉に、京介はあの押し倒した日の事を思い出して複雑な気持ちになっていた。頭の中がグチャグチャになって、気がついた時には彼女に覆い被さっていて、引っ込みがつかなくなってつい手を出しかけた。結局目の前で拒絶の意を示した彼女の姿を見て止められたものの、京介からすれば何の弁解のしようもない。だから彼女が何を言っても受け入れるつもりだったし、任を解かれるにしても異論は挟まないと考えていた。だが彼女が京介に掛けた言葉は、彼の予想とは少し違っていた。

 

 

「はぁ……。それなら、早く左手を治すことだな。少尉にはこの不知火を使って弐型との比較試験を行ってもらわなければならないからな」

 

「……え?」

 

「……あの時はすまなかった、私もどうかしていたのだ。どうしてあんな事を言ったのか、貴方が何に苦しんでいたのかも知らないで……」

 

 

唯依の言葉に、京介は思わず彼女の両肩を掴んだ。包帯で巻かれた左手が痛むも、そんな事を一々気にしている場合ではない。

 

 

「っ、唯依は悪くなんかない! あれは、あれは俺が馬鹿だっただけだ、薬のことにしたって面倒な事になるからって……言わずに隠し通そうとしていたし……、あの事だって俺が勝手に自棄になっちまっただけで……」

 

「そういう所も含めて、私が気付くべきだった。一応貴方は私の部下なのだ、そういった所も含めて理解してやるべきだったのだ。だから------その、別に……あの時の事は気にしなくて良い。少し怖かった、だ、だけだから」

 

「へ?」

 

「だ、だから------」

 

 

呆けた表情をした京介に唯依が顔を真っ赤にして声を上げようとすると、二人の頭上から第三者の声が投げ掛けられた。戦術機のスピーカーを通したもので、二人は声を掛けられると同時に振り返る。相手は当然の如く、不知火弐型に乗るユウヤ・ブリッジスだった。

 

 

《いちゃつくのは別に良いんだが、今終わったばかりのシミュレーションの結果についてはちゃんと感想を貰えんのか。中尉》

 

「っ! と、当然だブリッジス少尉! だが浦城少尉の手が治るまで貴様は只管シミュレーションだ!」

 

《へいへい。……しかしキ(・)ョ(・)ウ(・)ス(・)ケ(・)、お前のそのタイプ94……ユキカゼとかいう機体……もう少し何とかならなかったのか? 変なカラーリングだぜ、何で胴体だけ白いんだ》

 

 

ブチッという何かが切れたような音が聞こえた気がした時、唯依はユウヤにからかわれた事で熱くなっていた顔が一気に冷めた感覚に陥った。目の前に立つ京介の背が、鬼の顔に重なって見える。思わず、唯依は京介におずおずと声を掛けてしまった。

 

 

「きょ、京介……? 急に黙って……?」

 

「はっ、面白い事言うなあ、ユ(・)ウ(・)ヤ(・)。俺は教えてやってるんだぜ? 雪風(俺)の胴体(心臓)を狙えば勝てるってよ」

 

《何だと……?》

 

 

不知火弐型の胸部ハッチが開いて管制ユニットが前方に迫り出すと、そこから強化装備姿のユウヤが姿を現した。その顔は京介の挑発を聞いたのか、険しくなっている。キャットウォーク上にいたヴィンセントがユウヤの何事か話しかけているが、ユウヤの視線は京介に向いたままだ。またか、とでも言いそうな表情のヴァレリオ達と心配して京介の腕を掴む唯依だったが、京介は自然に彼女の手に自分の左手を重ねていた。

 

 

「イーグルじゃあ俺が勝った! 吹雪でも俺が勝った! その後の殴り合いはお前の勝ちにしといてやる! 俺が脳震盪でダウンしたからな! 二勝一敗、次でお前が勝てばイーブンだ!」

 

「上等だ! それと、イーグルの戦いで俺はやられてねえ! お前が勝手に自滅しただけだ! だから俺が二勝一敗、勝手に俺の負け数増やしてんじゃねえぞ!」

 

「分かった分かった! じゃあ殴り合いは引き分けって事にして一勝一敗一分にしといてやる! それで良いな!」

 

「ああ!」

 

「……だからさっさと乗り熟せ」

 

「……お前も早く怪我治せ」

 

 

ヒュウッとヴァレリオが口笛を吹くと、ユウヤと京介は互いに悪戯っ子のような笑みを浮かべた。昇降用ワイヤーを伝って降りてきたユウヤにタリサが飛び掛り、ステラがクスクスと口元に手を当てて笑う。そして京介は振り返ると、唯依の手を握っていた左手で彼女の頭を撫でた。包帯越しの少しざらついた感覚と手骨を固定するギプスの固さが、彼女にとっては少しくすぐったい。

 

 

「今まで迷惑掛けてきた分は、これからきっちり挽回してやるさ。……んで、また暫く迷惑掛けるけど、宜しくな」

 

 

「……ああ、期待しているぞ。……それより、身体はもう何ともないのか? 薬に関しては色々と聞いてはいるが……?」

 

 

京介が服用していた精神安定剤について唯依が問うと、京介が一瞬辛そうな顔をしたのを彼女は見逃さなかった。思わず彼の右腕を掴む手に力が入り、痛がった京介は思わずその手を振り払ってしまう。

 

 

「っと、悪い。……薬とかそういうのは、暫くは医者のとこで治していくよ。だから怪我が治るまでは、弐型の方に集中しといてくれ」

 

「あ、ああ」

 

「さて、と、雪風も来た所で久々に機体のチェックでもするか」

 

「あ……」

 

 

露骨に余所余所しくなった京介を唯依は本当に大丈夫なのか問い詰めようとしたが、既に彼は昇降用ワイヤーで管制ユニットに入ってしまっていた。どうしたものかと悩んでいると、誰かが彼女の肩を叩いた。振り返れば、ステラが笑みを浮かべて立っていた。唯依が何事かと問う前に、彼女はその口を開く。

 

 

「大丈夫よ、中尉。彼が無理し過ぎないように私達もちゃんと見ておくから、貴女はユウヤと94セカンドを見てあげて」

 

 

「……そうだな、すまない」

 

 

ステラの言葉にそうじゃないと反論したかった唯依だったが、グッと心の奥にその言葉を押し込んだ。自分が心配しているのは京介の事で合っている、が、その内容が彼女達と自分では違うのだ。彼女達は京介が倒れたのは過労が原因と説明されているが、実際は薬物の過剰摂取等が関係している事を知っているのは彼女とドーゥル中尉、そしてユウヤだけ。既に唯依は、京介の振る舞いと中身の状態が一致していない事を理解していた。だからこそ普段通りに振舞おうとしている京介の姿に、不安を隠しきれないのだ。振舞おうとしている、唯依自身何故そう断定したかについては、全く気付いていない。

 

(卑怯とは言いたくないが、貴方のしている事はそういう事なのだぞ……。賢しい事をしても、辛くなるのは自分だと言うのに。)

 

 

振り返り雪風を見上げても、その心臓部にいる男の姿は見ることは出来なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。