Dirty Works~Piece of Story~ 作:空薬莢
知らぬからこそ、どうするかは人それぞれ。
しかし、拒絶を選択する者の方が多いだろう。
本能的に、未知を恐れるからだ。
入隊から数日経過したある日。
「お前ら、作戦命令が下ったぞ」
談話室に入るなり、隊長は言う。
「了解だ、グローム。呼び出す分隊は?」
「第1だけだ」
「…………研修か。聞いていたな、新入り共?」
さも面倒臭そうに、副隊長が俺達を見据える。
――テメェらに似合いの任務だ、さっさと臓物撒き散らしてきな、とでも言いたげな視線を伴って。
(……そんなに新入りは邪魔か?)
出来ることならば、綺麗に整った面を出来の悪い粘土細工の如く歪めてやりたいが、上官に出来る所業ではない。
軍隊では、上下間系が絶対的だろうからな。
「「……Да」」
故に、俺は了承。
ノルシェの声と重なるが、相変わらず、抑揚が無い声だ。
「良い返事だ。……第2分隊以下は準戦闘体制で待機させておくぜ、隊長」
談話室を出ていく副隊長を見送り……隊長へと視線を移す。
「任務説明を始めるぞ。ナターシャ、アーリヤ。集合だ」
「了解です、隊長」
「まだ眠いよぉ……」
残る二人の先輩も集まり、任務説明が始まる。
「全員集まったな。……20分前、エリアLim-S近郊で正規軍第88歩兵大隊が魔獣の襲撃を受け、全滅。俺達に処理命令が下ったというわけだ。とはいえ、上は一分隊で充分とのお考えらしい。ならば、遂行してやるしかないだろう?閣僚のご機嫌取りも“お仕事”だからよ」
「面倒ー。隊長ぉ~……オジサンの面子なんて蹴り飛ばせば良いじゃん」
「その前に、俺がお前のオツムを吹っ飛ばしてやる。何なら、懲罰部隊にブチ込んでやってもいいんだぞ?知り合いに両刀使いの大隊長がいる」
不穏な言葉だ。
「……やってみなよぉ~。逆に弄り倒してあげるからさぁ」
「良いのか?筋骨隆々の中年親父だが?」
何故、そんな知り合いがいるのか。
「オジサンかぁ…………てっきり、胸まで筋肉と化した火傷だらけの女傑か、メスゴリラだと思ったのにぃー」
「……いい加減にしてくださいよぉ」
……なんて、非生産的思考の裏で、ナターシャは仲裁に入っている。
で、思考を止めた俺と、ノルシェはというと、
(……準備をしておこう)
無言で装備確認。
とはいえ、すぐに済む事だ。
日頃から手入れはしているしな。
支給された武装、予備弾薬の確認。野戦服の類は指定地的に…………森林迷彩と都市迷彩の間の子あたりが妥当か。……まぁ、対人戦ならばの話だけど。
……一応、着替えに行くか。
結論が出る頃、
「――では、各自準備に移ってくれ。5分後、格納庫前に集合しろ」
「「「Да」」」
ブリーフィングも終わり、俺達は準備に移る。
さぁ、初陣だ。
数時間後 作戦領域――
コンクリートと、樹木の生い茂るの言葉通りのコンクリートジャングル。かつての意味では、高層建築群が乱立しる都会の事だが。
ともかく、俺達の初陣は、そんな領域で行われる。
「メドヴェーチ1-9、配置に着きました」
「メドヴェーチ1-10、同じく」
朽ちたコンクリートの廃墟に身を潜めつつ、俺達はヘッドセットのレシーバーに囁く。
『了解だ。索敵に移ってくれ。今回は大丈夫だろうが、保険はかけるに越した事はない』
「メドヴェーチ1-9、了解」
「メドヴェーチ1-10、了解」
無線を切り、ノルシェ――もとい、メドヴェーチ1-10がコンクリートに身を投げ出す。
その横で、俺も匍匐姿勢に移り、自らの得物を構えた。
無骨かつ、直線的な小銃。
AA社の7.62㎜口径バトルライフル《KrG-35》――に、各種装備を装着したもの。
上部マウントレールに取り付けた、多目的望遠照準器《AA 4-16x65㎜ SJZL-11》を覗き、内蔵された複合測量計も起動。
俺の仕事は観測主。
隣で、同じく匍匐姿勢をとる狙撃手の支援と護衛が主任務。
(標的は…………13時方向に5頭か)
狼に似た、魔物――――いや、魔獣か。
かつて、教わった事だ。
「13時方向、距離2000。数は5」
「確認した」
「西風――」
続けて、各種環境の情報を伝えようとするが、
「――必要無い」
拒絶。
既に分かっているのか?
(軍と警察の狙撃手では、状況が違うんだぞ……)
軍の狙撃手は通常、観測主との二人体制が一般的であり、警察や法執行機関の狙撃手は単独が普通である。
つまり、警察や法執行機関の狙撃手は狙撃に必要な各種要素を自身で特定しつつ、射撃を敢行するわけで、個人の負担が大きいのは想像に難くない。
が、そもそもの軍狙撃手よりも遥かに近距離かつ、支援が万全な場合が多い。
尻拭いをしてくれる仲間も多いしな。
――何て、頭の片隅で考えつつ、砕け散る魔獣の肉体を確認していると、
「メドヴェーチ1-9」
照準器を覗いたまま、メドヴェーチ1-10が口を開く。
「なんだ?」
「射距離、方向、数だけでいい」
抑揚の無い声は、暗に『余計な言葉はいらない。それだけ言えばいい』と俺に伝えてくる。
自分一人で充分だという自信か――俺を信用していないだけか。
「……了解だ」
まぁ、両方だろう。
信用されなくて当然。
同じ部隊に配属され、ある程度行動を共にするようになっても、まだまだ日が浅い。
なんとなくでしか、互いの事は分からないし。
(今は関係無いな。仕事に集中しよう)
全ての思考と感覚を、戦場へ。
前線組の状態を確認。
30頭程度の魔獣と交戦中。
見る限りは優勢。
ならば――伏兵を潰すべきか。
周辺確認。
「10時方向、距離1200。3頭」
「確認」
轟音。
視界の中で飛び散る、魔獣の鮮血。
眼球を銃弾が抉り、或いは顋を砕き、肉片や脳漿を撒き散らす。
確認した時には、次の砲声が響く。
処理速度が速い。
(次の目標は……)
索敵再開……とはいかない。
いや、行けなかったというべきか。
自身の周囲警戒に割いていた分の聴覚と嗅覚が、魔獣を探知したから。
位置は背後。
背後を向きつつ、匍匐から立射姿勢へ。
(定点狙撃をしていれば、こうもなるか)
対人狙撃ならば、致命的か。
照準器の倍率を最低に。
出来れば、ダットサイトを付けてくるべきだったか。
何を考えようが、もう遅い、と割り切った所で、飛び出してきた魔獣。
口を開き、跳躍している。
予想軌道上には、俺の首。
やらせるかよ。
照準は既に合わせてある。
トリガーを引き絞り、3発の7.62㎜小銃弾が撃ち出され――
飛び散る鮮血。
腹部、頚部、下顎が抉られ、絶命。
幸いにも、肉が軟らかかったようだ。
「……第2狙撃地点に移動する」
「了解」
2頭目の頭部に銃弾を叩き込みつつ、応答。
然り気無く、眼下を確認すれば、前線組の姿が見えない。
支援可能範囲から外れた事が理由か。
大型の対物ライフル《AA PB3》を背負い、走り出すメドヴェーチ1-10を追う。
樹木と人工物のアスレチックを止まらずに走り抜ける。
少なくとも、運動会の障害物競争だった場合、死人が出るレベル。
追ってくる数頭の魔獣をコンクリートにぶつけ、怯んだ隙に射殺する。
(……後は無いか)
が、警戒は解かず、《KrG-35》を抱えたまま、数十mは離れたメドヴェーチ1-10を追走。
数秒で追い付くと、
別の廃墟内に到着。
伏射姿勢に移行するメドヴェーチ1-10を確認しつつ、俺も索敵行動を再開。
同時に、彼女はヘッドセットのレシーバーに向けて、言う。
「メドヴェーチ1-10、支援を再開する」
……一応、俺も繋いでおくか。
『了解した。残りは少ないが、油断するな』
『大丈夫だって隊長ぉー。消し飛ばすだけだからさぁ』
『……こういう風に、図に乗る阿呆にはなるなよ』
「……通信終了」
何も感じていないかの如く、無味乾燥した声と共に、無線を切断するメドヴェーチ1-10。
「……」
彼女は横目で俺を一瞥し、ライフルを構え直す。
意図を察し――
「14時方向、2100mに2頭」
索敵結果を告げる。
もっとも、その報告が最後の支援となったのだが。
数時間後 駐屯地内 格納庫――
(……アイツ、使えない観測主だと感じているだろうな)
任務が終わり、帰投した俺は思う。
今回の任務で、殉職者は出ていない。
とはいえ、奇襲に気付くのが遅過ぎた、という反省点はある。
手早く対処できた分、上出来だ、と隊長は言ったが……。
(俺が納得できない以上、気休めにもならない)
観測主としては、落第も良い所だろう。
……鍛えておくべきだが……今日は無理だろう。
訓練場は使えない。
出来るのは、駐屯地内の兵士達の位置と行動を把握する位か?
(それも訓練になると言えば、なるか)
……状況把握という意味では。
格納庫から出て、外へ。
適当な壁に背中を預ける。
後は目を閉じ――聴覚と嗅覚に集中。
(……14時方向、300mに2人。会話内容から察するに、哨戒任務帰り。特に障害は無し……か)
無事で何より、血税の無駄遣い――ということか。次だ。
(15時方向、1440mの3人組。火薬と汗……人血の臭いもするな)
暴徒の殲滅でもしてきたのだろうか?
(……会話内容的に、予想通りか。新入りが二人死んだみたいだな)
初陣やそこらで、殉職するのは普通だ。
最初を切り抜けられるか否かは実力と運次第。
――なら、俺は運が良かっただけか?
(今は考えない方がいいか。次は…………11時方向、3200m。数は4。会話内容は…………与太話か)
ざっくり言えば、東方司令部の頭が変わる、という話。
(新たな司令は、少々面倒な奴らしい、か。……どういう理由かは、コイツらも知らないようだな)
次の対象を探そうとして――止める。
代わりに、右脚のホルスターに収めていた、9㎜口径自動拳銃《AA AP-4》を抜き、側面に向けた。
同時に、即頭部に突き付けられた大口径リボルバーの銃口。
「……何のつもりだ、ノルシェ」
俺に銃口を突き付けたのは、同部隊の仲間。
仲間割れが起こるような事柄は無かった筈だが?
理由を模索しつつ、ノルシェを見据え直すと、彼女は一言、
「無粋な訓練」
と、口にする。
無粋だって?
確かに、他人の私情を覗いているようなものかもしれないが……。
「誰かが、被害に遭っているわけではないだろ?」
今の所は、当たり障りの無い、世間話しか得ていないし、仮に踏み込んだ話題を聴いた所で、精々除隊云々や、女性関係だろう。どうでもいい内容に変わりはない。
だから、邪魔をしないでくれよ。アンタの為にもなる。
なんて、俺の訓練理由を察してか、
「……ソレ、大した成果は出ない」
ノルシェは忠告するように言い、手にしていた大型拳銃を納銃。
「感覚は実戦でしか、鍛えられない」
近くの壁に背中を預けつつ、続ける。
少々、癪に触る言い方だが、間違ってはいない。
おそらくだが、彼女なりの助言。
「……貴重な意見をありがとう」
怒りを抑え、礼を返す。
「……礼はいらない。必要そうな言葉を言っただけ」
「そうか。なら、俺に関わる理由は無くなった筈だろ?」
早く、離れてくれ。
「理由はある。軍の命令」
軍の命令……。
あれか?二人一組で任務にあたれ、という。
「任務中のみ、有効なものだと思うが?」
「だとしても、早めに知るべき事はある」
無表情な顔が、俺を見る。
早めに知るべき事……か。
「……今日の任務で、理解はしただろう。俺は、あんなヤツだ」
嘆息するように言い、壁から離れる。
コイツと関わると、調子が狂いそうだと感じたからだ。
丁度、飯時。さっさと食堂に向かうとしよう。
振り向かず、食堂へと歩みを進める。
ノルシェが動く気配は無い。
退いてくれるか?
「……なら、勝手にする」
無味乾燥した声と共に、動く気配。
追従する気だ。
(勝手に観察し、見極めるつもりか)
……何となくだが、止めても無駄だろうな。
考えの読めない奴だ、対処法も不明。
「…………邪魔だけはしないでくれ」
俺が取れる選択は、折れる事のみ。
「状況次第」
「……」
先が思いやられる。
何故、こんな奴と組ませたのか?
軍に恨まれる覚えは全く無い。
(何か、裏がありそうだが…………今は考えない方がいいだろうな。)
精神が保たないかもしれない。
俺は頭を抱えたい気持ちのまま、食堂へ入る。
一定の距離を保つ、ノルシェに嘆息しながら――
――以上、硝煙がもたらすモノ でした。
いつも通りの戦闘回。
違う事と言えば、初戦の相手が魔獣だという事ぐらい。
魔獣ぐらい、で済ませられるあたり、この世界では異常ですが。
本編を読んでいる方には、微妙に伏線が見えたかもしれません。
では、今回はこの辺で。
拝読ありがとうございました――