Dirty Works~Piece of Story~ 作:空薬莢
無知は罪、とはよく言うが、その罪を償うべく、知識を得る事は罪でないと言えるのか?
――答えは否だ。
探究とて、罪である。
半年後――
一般的な会社で言えば、半年というのは一種の区切りだ。
研修が終わり、正社員として使われ始める頃合い……なのだが、俺がいる職場は違う。
正社員だろうが何だろうが、新兵は新兵でしかないし、実力を示す他に成り上がる手段は無い――というのは、何処も同じか。ただ、程度の違いはあるだろうが――――。
……そんな、下らない思案をしつつも、俺は外を睨む。
手に重機関銃の銃把。
今は帰投中であり、眼下警戒中。
……とはいえ、地上は平和なもの。
白と緑が彩る大地で、魔物共が互いを喰らい合う日常茶番時。
頭上を飛ぶ、輸送ヘリは眼中に無いらしい。
(まぁ、当然か)
旨味が少ないからな。
落とす苦労と、得られる肉の割合的に。
ともかく、弾薬を浪費せずに済むのは有り難い。
が、警戒の為に鋭敏化した五感が、余計な雑音を拾う。
「今日も大した事無かったな!」
「何が魔獣だ。あんなの犬っころじゃねぇか」
背後で騒ぐ、分隊隊員の声だ。
喧しい声に紛れて、咀嚼音が聞こえる辺り、どうやら、携行糧食を食っているらしい。
「って、どさくさに紛れて俺のパテ奪うな!」
「盗られる方が悪いんだ――ごふぉっ!?」
打撃音。
「盗られりゃ、奪い返す。……そうだろ、メドヴェーチ1-10?」
「…………」
話を振られたメドヴェーチ1-10――即ち、ノルシェの声は聴こえない。
答えるつもりは無いようだ。
「相変わらず、無視かよ」
「こういう場合はどうすんだ、メドヴェーチ1-9?」
必然的に話の矛先は俺へ。
狙撃手の事は観測手が一番分かっている、という事か?……短絡的だ。
「どうもできない」
アイツの事はよく分からない。まぁ、害は無いから良いけれど。
「けっ、使えねぇ観測手だ」
……ほざいてろ、前線至上主義の阿呆共が。
後方支援の重要性を軽んじる奴は後悔するぞ。
――という、怨嗟込みの思案を察知したのか、
「……止めといた方がいーよー、セルゲイ」
ドミトーリさんの声が響く。座席で不貞寝して筈だよな?
……この人もよく分からない。戦場での動きはおおよそ掴めてはいるので、まぁ…………いいか。
歳も階級も上だ。歯向かった所で不利益しかない。
「何もしませんよ」
視線を向けず、言葉だけを返す。
「本当にぃ~?」
「……五月蝿いぞ、お前ら。帰投中が一番危ない、気を抜くな」
……隊長の制止が入ったか。
気が弛みがち、という点では確かな事。
気を張っているのは操縦手と側面機銃手だけでいい、訳じゃない。
「メドヴェーチ1-5、1-9。異常は?」
「「ありません」」
だから報告は簡潔、警戒は密に。
「了解だ。操縦手、基地までどの程度かかる?」
「今の速度だと、30分ぐらい」
……30分か。長いな。
長いが、やりきれない程じゃない。むしろ、出来て当たり前。
「……メドヴェーチ1-9」
だが、当たり前の事ほど出来ないのも、世の常か?
「なんだ?1-10」
視線を向けず、聞き返す。
声で分かる。ノルシェだ。
「帰投後、射撃訓練に付き合って」
「断る」
即答。
「益はある。……観測手として……或いは、臨時の狙撃手として」
「…………そうか」
射撃技能は、当然ながらノルシェの方が上であり、盗める物は盗んでおくべきだ。
「話は後だ。眼下警戒に影響が出る」
今は会話すら邪魔になる。
そのぐらい、分かるだろ?
「…………10㎞以内に攻撃的意思を持つ生命体は存在しない。……だから、少しは肩の力を抜いていい」
「信憑性が無い。奥に戻っていろ」
「メドヴェーチ1-9の言う通りだ。戻れ、1-10」
「…………了解」
沈黙が長い事をみるに、不服だったらしい。
遠ざかる気配。
眼下の様子は特に変わらず。
事実、敵対勢力と遭遇する事無く、基地へと辿り着くのだった――
翌日――基地内 射撃訓練場
視界に映るは、標的の頭蓋。
照準線には重ねない。
飽くまで指標であり、弾道は必ずブレる。
(このぐらいか?)
調整。
発砲。
「及第点」
「……だろうと思ったよ」
照準器から目を離し、起き上がる。
伏射は意外と疲れるものだ。
安定こそするが、射角は狭い上に、移動への必要行程も多い事から、一度の失敗が命取りになりかねない。
故に感覚を研ぎ澄ましつつも、気配を消す必要がある。
……とはいえ、バレる時はバレる。対人戦でないならば、尚更。
「射撃場の距離2000程度ならば、半秒あれば充分」
…………基準値が普通に化物じゃないか?
「かつて、この国を苦しめた一人の狙撃手は『上達には鍛練あるのみ』と言った」
鍛練……か。
言った当人――即ち、
「……だけど、徐々にならせばいい。貴方の役割は観測と護衛だから」
「…………そうかい」
小銃を拾い、自嘲気味に返す。
少なくとも、失望しきってはいないようだ。
……ならば、役目を果たすか。
「馬鹿が5人。こっちに来るぞ」
「……そう」
いつもと変わらない返答。
お前が何とかすればいい、という事か?
(手間のかかる相棒だ)
視線を射撃場の入口へ。
歩いてくる一般兵士達。何れもが男性だ。
(……着崩した野戦服に、煙草の匂い。恐らくだが、女は全てが肉便器だと勘違いしている馬鹿共だな)
向き直り、見据える。
「見ろよ女だ…………が、邪魔な野郎がいやがる」
「野郎?ブチのめしゃ良いだけだろ。ありゃ、新入りのモヤシだ」
「お楽しみ前の準備運動だとしたら、物足りないがな」
……予想通り、目的はノルシェ。
俺はその為の障害物扱いか。
反吐が出る。
血煙に変えてやりたい所だが、そうすれば部隊全体に被害が出るな。
さて、どう切り抜けようか?
(……より正確に言えば、どうすれば穏便に奴らの糞みたいな自我を潰せるか、だが……)
あぁいう手前は変に自尊心が高い。精神的に潰すと、実力行使に出るだろうが……かといって、始めから実力行使は前途の通り、実害が確定する。
……ならば、正当防衛に持ち込めばいい分、精神的に潰す方が利口か。
結論が出たところで……衝撃。
思った以上に軽い。
訓練もマトモにしていないかのか?
「邪魔なんだよ、餓鬼がっ!」
警告も何も無く、実力行使。
「……先にやったな?」
殺られる覚悟があるようだ。
「あ?」
それは威嚇のつもりか?
頭も回らないか?
なら――その程度の人間は潰れても、問題ないな。
男の顔を掴み、
「ぐあっ!?」
地面へと叩き付ける。
鮮血と砕けた歯が飛び散り、青く腫れ上がる顔面。
追撃として、右腕を踏み砕いておく。
腕の一本ぐらいならば、死にはしない。問題はないだろう。
まずは一人。
「生憎とソイツには先約があるらしい。お引き取り願いますかね?」
二度目の警告を促す。
「糞が……どの面下げて……言いやがる」
が、連中は無視する。
頭に血が昇ったか?
単純な奴らだ。
「正当防衛だ。非はそっちにある」
「物分かりの悪い餓鬼に灸を据えよう」
「……やっぱり、こうなるか」
……少しは学習してくれよ。
アンタらのプライド的にも、入隊半年程度の若造に潰されるって時点で重傷だぞ?
(……でも)
そういう阿呆ならば、気兼ね無く潰せるというのも事実か。
軍上層部が阿呆を把握していないとは思えんし。
「後悔しても知りませんよ」
「ほざけ糞餓――ぐふっおっ!?」
馬鹿正直な打撃に対し、顎への膝蹴りを叩き込む。
顎の骨が砕ける音と、内出血で青く腫れる皮膚。
続けて腹を蹴り飛ばし、吹き飛ばす。
肋骨辺りが数本折れたであろう音が響くが、気にしない。死んでいないなら、充分。
二人目。
更に、蹴り飛ばした反動を利用して、横っ跳び。
別の男の髪を掴み、地面へと叩き付けつつ、顔面を摩り下ろす。
血と骨片がコンクリート上に撒き散らされ、三人目が沈黙。
残り二人。
(弱過ぎる……)
千切れた頭髪を投げ捨てる。
何故、除隊処分や再教育を受けないのか不思議な位だが……どうせ、コネや賄賂で見逃して貰っているような類だろう。
「テメェ……こんな事をして……どうなるか分かってるのか?」
「大体は」
答えつつ、突貫。
「ぐふっ!?」
勢いを全て載せた掌底を腹部に叩き込む。
「……まぁ、その通りはならないでしょうけどね」
嘆息気味に言い、追撃にアッパーカット。
先程の掌底と合わせて、肋骨と顎の骨が折れた男が吹き飛ばされ、自由落下した後に沈黙。
残り一人。
「このっ……!」
金属音。
得物を抜いたか。
長物は見えなかったから、拳銃の類。
「遅い」
男の懐に飛び込みつつ、確認すれば案の定――抜かれたのは拳銃。
勢いを載せた蹴りで拳銃を握る腕をヘシ折り、無防備な左頬に右フック。
呆気無く転倒する。
すかさず、左脚を踏み砕き、取り落とした拳銃を拾う。
(DN-38か)
旧制式採用のマグナムオートじゃないか。
……悪くはない銃だが、こういう手合には過ぎた玩具だろう。
「まだやりますか?……死人が出るかも知れませんが」
「何なんだ、テメェ…………」
「……質問に答えてください」
撃鉄を起こす。
「……餓鬼の……分――ぐぁっ!?」
「答えろよ」
右脚を踏む。ただし、骨を砕かない程度に加減して。
「やるのか、やらないのか。……どちらですか?」
「わ、分かったよ。俺達の負けだ!だからこれ以上は止めてくれっ!!」
「……始めからそう言えば良いのに」
男の上から退き、《DN-38》を投げ捨てる。
勿論、弾倉と薬室内の弾薬を抜いて。
「……戻ろうか」
「……」
そして、首肯するノルシェを連れて射撃場を後にする。
数分後――
「ヤッホー、セルゲイ。派手にやったねぇ~」
兵舎談話室に入るなり、木箱に寝転んだアーリアさんが言う。
「派手に?何をしたんですか?」
すぐに反応するのはナターシャさん。
どうも純粋というか、正義感に駆られている気があるこの人に話すのは避けたい。
おそらくだが、規律やらについての小言が始まるから。
復習、という意味では有意義だが、過ぎたる復習はただの苦痛であり、時間の浪費に過ぎないと思う。
「ゴミ掃除だよー」
が、俺の思案なぞ知る筈も無いアーリアさんは至極簡潔に代弁。
何処かで見ていたのだろうか?
索敵がまだまだ甘いな……。
「ゴミ掃除?」
「…………深く考えないでください」
一応は、無駄な足掻きをしよう。
…………バレたら、その時は……その時だ。
とはいえ、悪い事は続くもの。
談話室の扉が開き、
「糞餓鬼共はいるか?」
副隊長が入ってくる。
糞餓鬼共……俺とノルシェの事か。
「……いやがったな。ちょっと面貸せ」
視線が俺達で止まり、言葉が続いたあたり、当たりらしい。
指示に従い、退室。
そのまま兵舎の外に行き着くと、副隊長は口を開く。
「……馬鹿共をヤったようだな」
「……除隊処分ですか?」
すぐさま質問。
教育的指導で済めば御の字とは思っていたが、そうはいかなったのだろう。
「いや、よくやったな。……あぁいう塵は掃除するもんだ。国の面子だかなんだか知らねぇが、塵掃除も禄に出来ねぇ上層部は糞食らえだ。……そうは思わねぇか?」
……お咎め無し……なのか?
いや、まだ油断は出来ない。
上げて落とされる可能性は十二分にある。
(……とはいえ、今の物言いは同意を求めているはずだ)
ならば、ここは話に乗るべきだ。
副隊長の言い分にも納得できるし。
よく考えなくても、部下の躾すら放棄するような上官には、従えない。……まぁ、お前が言うな、でもあるが。
「……一理ありますね」
「……」
ノルシェは無言の首肯。
「だろう?……これからは、そういう塵の掃除に躊躇しなくていい。ナターシャあたりが騒ぐだろうが、気にすんな。……俺が黙らせてやる」
「止めておけ、サイガ。ナターシャも軍上層部の無能さには辟易している。余計な事だ」
唐突に混じる隊長。
「隊長……」
「俺も同意見だ。馬鹿共にくれてやる薬など無い。躊躇無く、殺れ。……上も黙認するそうだ」
「……だ、そうだぜ。良かったな」
……そうですね、と手放しに喜ぶ事は出来ない。
なにしろ、人殺しが黙認される職場だと言われているのだから。
言い換えれば、出世の為に他者を踏み台どころか、礎にしても良いととるヤツが出て来かねない。
……屁理屈と規律の裏をとるようなヤツが。
そういうヤツは大抵、碌でなしでもある場合が多い。
「戻っていいですかね?」
「あぁ、構わない。……相方は既に行ったようだしな」
振り返る。
……本当にいない。
「……失礼します」
部屋を出て、廊下を歩く。
何なんだ、アイツは。
自分を語らず、相手の内面を探り――
警戒心が強いのか?
(まぁ、自分を語らないのはお互い様か)
知られたくない事は誰しもあるだろうし。
俺の場合は、秘密の重要さが違うだけで。
……もしかしたら、
余計な詮索は止めておこう。
危ない橋は渡るべきじゃない。……危なくないかもしれないが。
(俺にできる事は少ない。……その中で早急にやるべき事は…………アレか)
結論が出て、行き先を決める。
再び、射撃場へと。
俺にはまだ、修練が必要だ――
――以上、『無自覚な害、意味持つ教練』でした。
久し振りに、構想に悩んだ回です。
やっぱり、暴力沙汰は避けられないのが悲しい所。
……というか、こんな軍隊で大丈夫か?状態だと思った人は大多数でしょう。
しかし、Dirty Worksの世界観上、何処の軍隊もこんな感じです。エリアJpeとエリアU.S.辺りを除いてですが。
では、今回はこの辺で。
拝読ありがとうございました――