Dirty Works~Piece of Story~ 作:空薬莢
時として、平穏は必要である。
だが、過ぎたる平穏は毒以外の何物でもない。
主力戦車選定トライアルに伴う、HW社製先行量産車両の暴走事故に《霊甲の嘆き》という名が与えられて数日後――
その日、私は非番だった。
お店のシフトも無い、完全な休日。
セルゲイさんとノルシェさんは何処かに出かけていた。おそらく依頼だろう。
他の方々も各々が依頼、自主訓練、説教等と、いつもの日常風景。
かく言う私は、日課になりつつある射撃訓練から戻る途中。
(……大分、良くなってきた)
落ち着いて狙えば、前から精度は良かったが、時間がかかり過ぎていた。
狙いを定めるのに有する時間は少ない方がいい。余裕が出来るから。
だから、少しでも精度を維持したまま、素早く狙い撃てるように訓練しており、着実に出来るようになってきている。
(……でも…………)
まだ、ノルシェさんには届かない。
次元が違うのだから、当然であり、軍人と一般人を比べる事自体、
そもそも潜った修羅場――即ち、経験が違うのだ。
同じくらい経験を積め。
努力は裏切らない。
(…………なんて、鼻で嗤われそうな言葉だけど)
セルゲイさん曰く、努力とて裏切るらしい。
努力し、力を付けたとしても、利用されるだけ利用され、捨てられるだけ。
故に、命の価値は其処ら土塊以下である。
(…………もし、本当ならば…………殆どの人にとって、高等教育以上は無価値になるよね……)
……余計な事を考えない方がいいか。
気持ちが沈むだけ。
(……仕事の確認でもしよう)
予定を設定し、便利屋に近付く。
すると、
「
何処からか、旧エリアGer公用語の歌が聞こえてきた。
「
……歌詞の内容は、非常に鉄錆臭いもの。
こんな歌ってあったかな?
気になり、音源に近付いていく。
「
音源は車庫から。
こんな時間から、車庫にいるような人は――
思い浮かぶのは一人だけ。
車庫に入ると、装輪輸送車や大型バイクに混じって鎮座する、戦車が私を出迎える。
現代に於いて、戦車は牽引式野砲よりもマシな火力支援手段――早い話が、自走砲の代用品という認識。
本来、戦車とは小回りが効くような車輌じゃないから、基本的に物量で攻めてくる魔物と正面対決すれば、勝ち目は無い。
(……でも、勝てる人もいる)
戦車の中から、歌は聴こえていた。
この時点で、何となく誰か分かる。
「
操縦席に腰を降ろしていたのは案の定、ノエルさんだった。
色々と、人の所業とは言えない実績を持っているらしい。
その証拠に、《霊甲の嘆き》時に、戦車で暴れまわっていた。
明らかに、移動砲台とは言い難い機動で。
アレが本来――旧来――の戦車運用法なのかも知れないが、現代では死地に突貫する無謀そのもの。
(……コツとかあるのかな?)
唐突に沸き上がる疑問。
戦車兵になるつもりは無いが、興味本位では気になる事だ。
「……何か………用?天樹ちゃん」
歌い終えたノエルさんは視線そのまま、私に問う。
「いえ、歌が聴こえたから……来てみただけです」
「そう。…………アレは、《Panzer Lied》。……遥か昔の、戦車兵の行進歌。聴いていて、あまり気持ちの良い歌では無いと思うけれど……」
苦笑するような声。
女性が歌うには、余りにも雄々しい。……でも、ノエルさんらしい歌だ。
「確かに、女性が歌うような歌詞では無いですね……。ノエルさんは何故、この歌を?」
「
……この娘達?…………あぁ、戦車の事か。
ノエルさんは、自分の扱う車両を我が子のように愛おしく思っている。
それだけでは単なる機械フェチだけれど、ノエルさんにも慕う人間がおり、セルゲイさんとノルシェさんがそれに当たるとの事。
経緯を聞くつもりは無い。何処と無く、触れてはいけない地雷ではないか、と思えるから。
「称える、ですか……」
「そう。私にはこの娘達がいる。殆どの人間よりも遥かに親しみが持てる存在が。……でも、天樹ちゃんは違う筈。……だから、火薬と機械油臭い、私に合わせる必要は無い……」
「…………」
ノエルさんなりに気遣いだろうか。
確かに、最年少は私。即ち、後先が長いのは確かではある。
自分から悪影響を受けるな、という無言の圧力。
正しい事かもしれないが、間違っているとも言える。
(少しは自分を大切にしようよ……)
言葉には出さないけれど。
「……私は、私だから」
しかし、言わんとする事が伝わってしまったようだ。
「もう、変われない。……天樹ちゃんは変われる。……だから――」
「嘘を言わないでください」
自然と紡いだ言葉。
「ノエルさんだって……変われる筈、です」
「……そう、かな?」
「そうですよ」
だが、柄にも無い言葉。私自身、変わっていないのに。
「…………嘘でも、そういう事を言う人は天樹ちゃんが初めて」
遠い目をされる。
何かを悟っているかのような、そんな目だった――
自室に戻った私はテーブルに火器を置く。
簡易狙撃銃と自動式拳銃を。
漸く、肌に馴染んできた相棒達。
(……まだまだ、だけどね)
反復するように思う。
中等教育に於ける、護身技術課程でならば、私は既に平均以上の成績だろうけど――
この便利屋――第3独立遊撃隊――では最下位。
周りが化物だらけなのだ。
先日の実戦で、それは思い知っている。
出来たのは、誤射無く標的を撃つ事だけで、仕留められたのは数体程度の魔物だけ。
隊長と副隊長は評価してくれたが、『新入りとしては上出来』と言われたようにしか感じられなかった。
……精進あるのみ、か。
ならば、整備に移ろう。
迷信かも知れないが、手入れを怠れば、どんな物にも裏切られる。
有機、無機問わず。
ドライバーを手に取り、機関部の分解作業をしようとして――端末が振動。
(……こんな時に、ですか……)
連絡はおそらくだが、依頼。
現状で行ける人員に私が含まれていたのだろう。
整備は不充分。……簡易整備しか出来ていない。
普通の運用に限れば、問題は無いけれど……精密射撃ならば、厳しいか?
(他の人員は……)
送られた依頼詳細を確認。
内容は中規模魔物群の殲滅。
現状の選定人員は――3名。
私以外は――アラン・ドミトーリ、フィア・リベリ。
どちらも、前線で戦う方。
必然的に、私は後方支援。……現状、それぐらいしか出来そうに無いけれど。
(そうと決まれば、武装を整えよう)
主武装は6.8㎜突撃銃《AA SG36-S》、副武装は9㎜自動拳銃《FR SP-35》。
《SG36-S》のオプションは…………《GW30》で良いかな。
後は、予備弾倉をポーチに収め、腰に巻く。手榴弾はいらない。
集合場所は談話室かな、と思いつつ、自室から出る。
「ったく……また、雑魚狩りかよ……。隊長ばっかり大物取りやがって…………って、天樹か」
直後、機嫌の悪そうなアランさんと出会う。
装備はいつも通りの、突撃銃と散弾銃の合の子みたい。
「わりぃな。愚痴、聴こえちまっただろ?」
「気に、しないで……下さい」
「そうは言ってもな……」
アランさんは、困ったように後頭部を掻き、
「ま、気にしても無駄だよな……。行こうぜ」
気持ちを切り替えたのか、歩き出す。
私も後を追い、歩く。
向かう先は格納庫のようだ。
歩きながら、端末を起動。
依頼内容に目を通す。まだ、しっかりと確認していなかったから。
(――依頼主……正規軍。内容は施設防衛と……魔物の殲滅)
先月完成したらしい、新たな基地が魔物の侵入を許し、窮地に陥っているらしく、私達に駆除依頼が来たようだ。
…………弛んでいるのかな?
不意に思う疑問。
軍基地ならば、それなり以上の警備はされている筈。なのに、魔物が侵入。
文面を見る限りは、奇襲が原因とは思えない。
(……なら、何故…………)
考えられる理由は二つ。
一つは純粋に力負け。
二つ目は…………警備の怠慢。
セルゲイさんやグラナデさんが吐き捨てる言葉を信じるならば、後者の可能性が大。
……尻拭い、という事かな。
「さて……確認は済んだか?天樹」
「……はい」
アランの声で、思考を止める。
格納庫に着いていた。
「遅かったですね。アランさん、天樹ちゃん」
フィアさんは既にいた。
「輸送ヘリが提供されてるみたいです。……近くで待っていますよ」
「ヘリ……また、あのオッサンか?」
アランさんはぼやくように言う。
この場合の“オッサン”とは、ほぼ確実にフリーグさんの事かな。
…………あの人の運転は苦手だ。
何回乗っても、酔う。
酔わないセルゲイさん達がおかしい、と思う程度に。
(それも経験の差?)
……多分。
「今回は女性の方らしいです」
「…………何だと?」
フィアさんの発言で、何故か、アランさんは問い返す。
…………これ、下心が顕現しかけている例だよね。
「早くいかねぇとな。場所は…………いた。行くぞ!」
周囲を見渡し、走り出すアランさん。
「現金な人ですね。行こうか、天樹ちゃん」
「……はい」
少し遅れて、私達も後に続く。
男性は現金だ。
第3独立遊撃隊の女性陣は充分に美人揃いの筈。
それなのに、女性を見かければ、口説こうとする。
(欲望に忠実だよ……)
生物の性と言ってしまえば、それまでだけど…………好意が生殖に直結するのが動物であるが、人間は性欲を理性で抑え込む“動物”の筈なんだけどなぁ……。
(今は分からなくても良いことだよね……)
不毛な思案だし、今の私にはまだ早い。
「天樹ちゃん!早く早く!!」
思案に耽り過ぎたのか、先にヘリに乗り込んだフィアさんが呼んでいる。
速いなぁ、フィアさん、と思いつつ、少し遅れて搭乗。 側面
大口径の無骨な、機関砲。
見覚えのある火器………というよりも、グラナデさんが扱っている擲弾機関砲――《AA MW-00》。車載型なんだろうけどね。
「……全員搭乗したみたいだね。なら、出す」
静かな操縦手の声と共に、エンジンが始動。
離陸。
小さくなる廃虚街から視線を外し、内部を一瞥。
反対側の側面機関砲に着く、フィアさん。
では、アランさんはどうしたのだろう?
振り返る。
「クソッ……操縦席は見えねぇのかよ……」
項垂れていた。そこまで、楽しみだったんですか……。
(……関わらない方が良さそう)
戦場に着けば、気持ちを切り替える…………筈。
警戒に戻ろう。……現状は、安全そうだけど。
眼下に広がる高速道路は、相変わらずの小競合い。
暴走族と国道警備隊の銃撃戦。
某島国的には卒倒モノだろうか?
「アランさん…………項垂れてないで、装備確認くらいしてくださいよ」
私がフォローを放棄したせいだろうけど、フィアさんがアランさんに話しかける。
「ふざけんなっ!美人とお近づきになれなかったんだぞ!?」
「ふざけているのは、アランさんです。……私はともかく、他の隊員に聴かれたら、刺殺されますよ?」
「……有り得ねぇ。副隊長は隊長の女、グラナデは俺なんて眼中に無さそうだし、此方から願い下げだ。ノエルと天樹に至って言えば、そんな勇気はねぇだろう」
……言ってくれるね、この人。
確かに、殺る気はないですよ。残念な人だなぁ、とは思いますけど。
「…………どうしようもない方ですね。……忠告はしましたから、後は自己責任です」
案の定というか、フィアさんも呆れたようだ。
「ハッ!ご忠告どうも。礼は――」
「――五月蠅い。最終ブリーフィングに移るよ」
で、アランさんの返答は操縦手に遮られ、強制的に最終ブリーフィングが始まる。
「作戦区域は、先月末に完成したばかりの空軍基地。現在は警備隊以外は整備兵しかいない状況で、魔物の襲撃を受けている。……おそらく、近隣のならず者と思われるが、間が悪い事に、少数とはいえ、魔獣も侵入しており、今回の依頼は、これらの排除。……施設への被害は出来る限り抑える事。被害状況に応じて、報酬額は変動する。……何か質問は?」
「……警備隊の戦力はどの程度ですか?」
質問者はフィアさん。
「一個歩兵中隊と主力戦車数両」
「……あまり期待は出来そうに無いですね。……増援予定は私達だけでよね?」
「いいえ。現在、第100歩兵大隊も急行中ですので、私達の仕事は、彼らの到着までの繋ぎ……という事になるでしょう」
第100歩兵大隊……フリーグさんの部隊、だよね。
「……分かりました。天樹ちゃん、アランさん。準備は良いですか?」
「……問題ねぇ」
「大丈夫です」
数十分後――エリアRos ES 空軍基地上空――
眼下では大量の魔物。
ざっと、1000は下らないだろうか?
「作戦区域に到着。まずは降下地点を確保してください」
「「了解」」
弾薬が足りるか不安だ、と思いつつ《MW-00》を構え、引鉄を引き絞る。
軽い発砲音と共に、40㎜榴弾を射出。
着弾。
群がる魔物を薙ぎ払う。
爆圧と火炎が肉を焼き、或いは吹き飛ばして生命を刈り取っていく。
私とは反対側のフィアさん――メドヴェーチ4――も同様だろう。
僅か数分で、眼下の魔物は死体だけ。
降りるには充分――
「降下地点を確保。行ってください」
地表2m程度で滞空。
「行くぞ!」
「……援護は任せるよ、天樹ちゃん」
メドヴェーチ4と、アランさん――メドヴェーチ8――は先に降下。
前線特化型が二人では……ね。
だから、二人に遅れて降下。
着地。
ヘッドセット起動。
『消え失せろぉっ!!』
直後、耳を刺す罵声。
怒りをぶつけるような、子供じみた感情の発露。
…………まだ14年しか生きていない、自分が言うのは烏滸がましいか。
(っと……支援をしないと)
周囲を見渡し、予め決めていた狙撃地点へ。
背負っている6.8㎜半狙撃銃《SG36-S》を構える。
照準線を合わせ――発砲。
着弾。
絶命。
次。
『Ураааааааа――――!!』
相変わらず、無線が五月蠅い。
何をやっているんだろう。
照準を前線へ。
(……うわぁ)
最前線の陣中。
分隊支援用の重機関銃を銃座から引き千切り、乱射するメドヴェーチ10。
…………重ねて思うが、怒り狂っている。本当に、私よりも年上なのかな。
『前に出過ぎですよ!』
『お前もなぁっ!!』
あ、フィアさんもいた。
容赦無く散弾を撒き散らし、肉片を量産している。
普通の人なら、すぐに致命傷を負いかねない戦い方。
言うなれば、創作の世界でしか扱えない、舞踏にも似た、派手さ重視の闘技。
現実で使える人って、それだけでも才能があるよね。
(……今の私は、あの人達の引き立て役で充分)
だから、仕事に戻ろう。
苦戦しているのは、残存部隊の方。
こっちを援護しよう。
照準。
射撃。
絶命。
周波数修正。
「標的を指示してください」
『増援か?助かる!魔獣を優先的に殺ってくれ』
「了解」
無線切断。
対象は……狼型魔獣。しかも防勢型だから、皮膚が硬く、
頭部以外は、6.8㎜小銃弾では厳しい。私の技量を鑑みて、対物ライフルが欲しい所。
(……武器庫の場所でも分かればいいけど……そんな時間は無い、よね)
倒せなくても、牽制になればいい。
第一、対物ライフルの運用経験も無いのだけれど。
照準。
微修正。
射撃。
6.8㎜弾を顔面へと叩き込む。
着弾は額。
陥没し、魔獣は転倒。
動かなくなった所を見るに、軟らかい個体だったのかもしれない。
次の目標へ。
魔獣群の注意が私に向いている。
最低限の役目は果たした。
後は、前線が安定し、攻勢に出られるまでの支援。
(数が多い。なら――)
銃身下部に装着した、《GW30》の薬室を解放。
ポーチから40㎜擲弾を抜き、装填。
薬室閉鎖。
照準器の距離計を起動。
――2500m。
《GW30》の直射最大射程は750m。
仰角を取る必要がある。
照準修正。
発砲。
軽い音共に、飛翔する擲弾。
確認せず、仰角修正。
発砲。
爆音。
吹き飛ぶ肉片。
数体は巻き込んだか。
二発目の擲弾が奏でる爆音も聴きつつ、薬室開放。擲弾を装填していると、
『加勢するぜぇっ!』
『その前に、残弾確認してくださいって!ソレ、数発しか残ってませんよ?』
残敵が片付いたのか、二人が戻ってきた。
『ん?……ホント、弾ねぇや』
『……そう言って、味方の遺体から小銃を強奪ですか……』
『ま、良いじゃねぇか。道具も使われた方が幸せさ』
気の抜けるような会話。
しかし、それは彼らが余裕を持っている事の証に他ならない。
『メドヴェーチ5、支援を続けてくれ』
だから、この言葉は駐屯部隊の支援、という意味だろう。
「了解」
照準修正。
引鉄に指をかけた直後、
『いえ……もう充分です』
割って入る、無感情な声。先程の操縦手かな。
『第100歩兵大隊が到着。依頼は完遂されました。今から指示する地点にて、回収します』
眼下を見れば、防衛部隊が息を吹き返し、残存する魔物を掃除中。
増援も到着したならば、これ以上の支援は必要無い、という判断も頷ける。
「……メドヴェーチ5、了解」
『メドヴェーチ4、了解』
『メドヴェーチ8、了解』
故に、私達は回収地点へと移動した――
以上、戦車兵の一端、雄の欲望 でした。
久し振りの天樹編。
相変わらずの低品質ですが、どうでしたかね……。
尚、後半暴れたアランですが、実は強化個体としての世代は、実用最低レベルなので主要人物では
では、今回はこの辺で。
拝読ありがとうございました――