空腹
広がる草原。見渡す限り草ばかりのその光景は非常に開放的だった。その所々に牛の様な豚の様な生き物が居て、その草を食べて居る光景が見える。雰囲気だけなら私の住んでいた世界の何処かにもありそうな光景。だけど生き物は見た事ない種類で、遥か向こう側には街が見えて居る。そして何よりも……凄い遠くで剣を片手に生き物を倒して居る人の光景があった。
狩り? なら銃とかを使う筈。となればあれは銃を使えないからか、それとも最初から目的が違うのか。と考えて居た時、生き物が斬られると同時に綺麗に砕けて消滅してしまう光景が目に入った。あれは生き物が倒されたって言う事? なら狩りじゃない何か別の目的があったのかもしれない。
「ん? 猫? こいつも魔物か?」
「さぁ? でも翼生えてるし、レアモンスターかも。とりあえず倒すか!」
遠くを見て居た時、私の傍に2人の青年が近づいて来た。猫と言う概念は何も問題ないけれど、魔物と言う言葉には疑問を持つ。と同時に何となく説明も着いた。様はあの生き物が魔物で、この人達も含めてそれを倒しているんだと。そして今、私はその魔物と間違えられて同様に倒されようとしているんだと。
青年の片方が剣を抜いて静かに近づいて来る。私は視線を動かして居ないから気付いて居ないと思って居るらしい。ゆっくりと近づいてきて、その剣を振り下ろして着た時。私はすぐにその場を飛び退いてから走り出す。正直少し心配だった。この身体で走れるのか? と。だけどその考えは杞憂だったみたいで、私が思って居る以上にスピードが出た。私を狙って居た青年2人が声を上げて追ってこようとしているけれど、それ以上のスピードで走って居る私に追いつく事は出来ない様子。私はそのまま、先程確認した街に駆け込むことにした。
この世界は所謂ファンタジーな世界らしい。路地裏の小さな隙間から外を伺えば、色々な人達が通って行く。大半は男性で、時折女性が混じって居るけれど、その殆どが剣を装備していた。そして時折隠れて居る建物の中から【ポーション】とかそんな単語も聞こえて来た。ポーションなんてどう考えても【FF】とかそう言ったイメージしか私には無い。だけど雰囲気からしてそう言うのとは違うらしい。でもその名前がある時点でここが何か危険のある世界である事は間違いないと思う。
「? 猫?」
ずっと人通りの多い前を見て居た時、突然背後から声を掛けられた。急いで振り向けばそこにはフードで全身を隠して居る誰かが立っていた。で、その人は私をジッと見つめて居た後。ふとしゃがみ込むと手を差し出して来た。この行為を私は知って居るし、人間だった頃にやった事もある。『おいで』と言う表現だった筈だ。普通の猫なら無視して逃げて行ってしまうけど、それでもやってしまうのは猫好きだからかも知れない。と言う事は置いて置いて、今はこの手に近づくかどうするか。
「ほら、食べ物もあるよ?」
……さっき思いっきり走ったせいなのか少しばかりお腹が空いて居た私は思わずそれに近づいてしまった。そして瞬く間に目の前の人物に身体を掴まれて持ち上げられてしまう事に。食べ物に吊られて捕獲される動物の気持ちが良く分かった気がする。
「こんな世界にも動物が居たのね。あなたはNPCの飼い猫か何か? 普通の猫じゃ無いわね」
私を抱えているこの人はそう言いながらその場を歩き始める。当然私を抱きかかえたまま。にしてもNPCと言う言葉から察するにここはファンタジーの世界でありながらその世界観を普通ではないと認識出来て居る人が居る。それはつまり……この世界に居る人々は本来この世界には居なかった人達で、この世界はゲームの様な世界なのかも知れない。つまり私は……別の世界のゲームの中に辿り着いた? それに普通の猫じゃないとはどう言う意味?
考えて居る内に広い場所に出て居たらしく、少人数乍ら人が集まって居る場所にたどり着いた。扇形に広がる席に真ん中のステージ。そしてそこに立って居る男性とその男性に集められた感じの人達。どうやら何かの演説か何かが始まる様子。
予想は的中して、真ん中に立っていた人が話を始めた。正直殆ど分からない言葉ばっかりだったけど、ここがゲームの世界であり。この場に居る全員がその世界に閉じ込められている。そしてこの世界での死が現実に居るその人の死につながって、1層がまだ攻略出来て居ない。ベータテストがあってそれをやって居た人、つまりベータテスターが皆を捨てたとか助けて居たとか。何となくだけど分かって来た気がする。
この世界はゲーム。だけど皆その中に閉じ込められて、このゲームにリセットも無く死んだ時点で本当に人生が終わる。そして何層かあるある場所を超えてクリアしなければ脱出できず、今その最初も超えられて居ない。って所かな。中々に怖い世界かも知れない。
演説をして居た人が6人のパーティーを組む様に指示をし始める。その時に私を抱えているフードの人は一切動く気配が無く、ドンドン組まれていく中で1人だけ浮いて居る感じの様。……ううん、もう1人居た見たい。で、そのもう1人が黒髪の少年。同じ様に浮いて居るらしく、炙れたのかとフードの人に質問すれば首を横に振って「仲間同士で入りづらいだけ」と否定する。結果的には同じ気がするけど……気にしないで上げた方が良いのかも。
2人はその後無事にパーティーを組んでその場から解散。フードの人はすぐにその場を私を抱えたまま走り出してしまって、やがて路地裏の片隅に座り込んでしまった。で、そこで先程見せられたパンを取り出すと小さくちぎって私の目の前に。そう言えば言われたのに食べて居なかった事をここで思い出した。
「美味しい?」
正直に言って美味しいとは思えない。だけどくれたのはきっとこの人が優しいからであり、その優しさを裏切るのも流石に悪い。だからここは嘘でも頷いて答えた。フードの人は私の行動に食べようとしていたパンを口を開けたまま固まってしまう。何故固まったのか、実は美味しく無い事を知って居たとか? だとすれば意外に性格悪い人だと思う。
「私の言葉、分かるの?」
突然聞かれた質問にどう返事をすればいいのか迷ってしまう。そう言えば今の今までこの人と一緒に居たには居たけれど唯居ただけであり、捕まった時も見せびらかされた結果であって会話になりそうなものは一切して居ない。普通の猫なら気ままにその場で言葉も通じない筈だけど、流石に今の行動は猫らしからぬ行動だったらしい。少し迷った後、私はとりあえず頷く事にした。
と、さっきの場所でパーティーを組んだ少年が追って来たらしく、フードの人の横に座った。と同時に素早くフードの人は距離を取る。そして私にくれたパンを少し千切った後、私にまた差し出してから自分も齧り出した。その時に少年が私の姿を見て「猫?」と思わず声を上げる。どうやらこの世界、動物は珍しいらしい。
「さっきの会議の前、見つけた」
「猫が居る何て聞いたこと無かったけど……あ、ならこれ喜ぶかも」
少年はそう言って小さな壺の様な物を取り出す。そしてそれを手で触るとほんのりとその指先が淡く光り出して、その後にその光をパンに塗ればクリームが出現した。今の今までファンタジーでありながらそれらしき物を見て居なかったけれど、今それを目の前で私は見る事になった。と、感心している私に向けてそのクリームがついたパンを差し出してくる。食べろと言う事なんだろうけど……何のクリームか微妙に気になる。魔物とかが居る世界だから少し怖い。けどさっきのちょっとじゃまだ食べたいのも事実で、私は意を決して食べた。……甘い。
「さっきより味気はあるだろ? 君も使ってみなよ」
「……じゃあ」
フードの人はそう言って少年と同じ様にパンに塗って一口。美味しかったのか素早く食べ終えてしまった。それはつまり私の食事タイムも終了って事。正直まだ何かを食べたいけれど、贅沢は言えない。だから静かにその場で大人しくする事にした……んだけどこの後、少年の行動によってフードの人は戦いの練習などをする事に。私は「ずっと抱えたままでごめんね?」なんて言われてその場で解放された。だけど私自身、行く当てもないからどうしようもない。
どうしようかと考えて居た時、突然私の頭の中につい数時間前に感じた流れ込む不快感が襲う。そしてそれと同時に頭の中で言葉が浮かぶように現れた。そしてその言葉は簡潔に2行。
【ソードアート・オンライン】
【結城 明日菜『アスナ』 保護欲・癒欲】
……多分これが私がこの世界に存在する理由。この名前の人物を見つけ出して、2つの欲望を叶える事が出来れば成功なのかも知れない。仕組みは分かるけれど、この後どうなるのかは何も分からない。まだ欲が追加されていくのか、はたまた1人だけじゃ無くて対象の相手もまた追加されていくのか……どちらにしろ今はこの人物を見つけ出さなければいけない。で、保護欲は分かるけれど癒欲って何。