とりあえず【結城 明日菜】と言う人物を探そう。そう考えた私はその場から移動する事にする。だけど行く当ても手がかりも無い現状でたった1人の相手を探すのは凄く難しいと思う。……そう言えば明日菜の後にあった片仮名は何だったのだろう? 世界観からしてこの世界の、このゲームの自分自身に付けて居る名前なのかも知れない。所謂……プレイヤーネームって奴かな。
つまり探すのはこの世界に居る限り本名らしき物では無くてこの名前のみ。アスナって人を探す訳で……会話を出来ない私には結局厳しいのが現状。一体どうすれば……? そう言えば私には人間としての記憶があって、今は猫で、でも普通の猫じゃない? もしかしたらもしかするかも知れない。
イメージするのは人間の身体。過去の記憶の中にある私の姿を想像して……あ、何か感覚が掴めて来たかも知れない。
しばらくイメージなどを繰り返し、完全に掴めた時。本気で私は願ってみる。人間の身体、猫の身体では無い元の身体になるイメージをし乍ら、その形になれと。すると私の視線は徐々に高くなり始めて……結構低めだけれど先程よりも遥かに高い位置で止まった。そして両手両足を見ればその姿は間違いなく人間だった時と同じ姿形。間違いなく、私は今人間の姿をして居る筈。
「……低い?」
にしても低い。記憶にあった地面を見て居た視界の光景と今の光景では明らかに低い気がする。建物も大きく見えるし、この感じだと身長がかなり低いとしか思えない。図れるわけでは無いから分からないけれど、120㎝まで届いて居ない可能性もある。
とにもかくにも無事に人の姿を取る事には成功した。声は無事に出たし、何の問題も……ある。まず最初に身長が低い事からこの身体が本来の私の姿をして居るのかが疑問。そしてそれを確かめるためにガラスか何かを探そうとしたけれど、どうやら今の私は所謂裸体。何も着ていないために外に出るのは流石に恥ずかしい。人の姿になれる事は確認できたし、今はそれで良い事にしよう。
すぐに私は猫の姿に戻って街に出て見る事にする。私の姿を見つけた人達で驚いた表情をする人も居れば無表情の人も居る。前者はゲームをして居る人で後者はNPCって事だと思う。となれば私が探すのは私の姿に驚く人の中にきっと存在している筈。……あ、確かこのゲームの中での死は現実の死に直結しているらしいから、死んでしまわれた場合はどうすれば良いのだろうか? 思わぬ時間制限が存在しているかも知れない。……確か参加している人間の名前と死んでいるかを確かめられる石碑があるってあの会議の最中に呟いて居る人が居た気がする。だったらまずはアスナって人が生きて居るかどうかから確認してみるべきかな。
石碑を発見することは出来た。1万人のプレイヤーネームが書かれている石碑で横線二本で消されている名前の人は恐らく死んでしまって居る人。沢山あって探すのは大変そうだけれど、とりあえず端から順に探して見る事にする。Zから始まって徐々に徐々に……あれ? あぁ、F辺りまで来て気が付いた。アルファベット順に並んで居たらしい。アスナだからきっと【Asuna】って字かも知れない。となれば真逆から探して居ればすぐに見つかったのかも……とにかく探してみよう。
反対の端から読み始めればその名前はすぐに見つかった。横線で消されている訳では無いため、死んでは居ない様子。でもこんな危険が身近にある世界ではいつ死んでもきっと可笑しく無い筈。どうにかして早めに見つけ出さなければ……でもどうしようか。
少し考えた後、私はとりあえず街を適当に歩くことにした。相手の名前を見ただけで分かる訳でも無いから、誰かが名前を呟いたりしてくれれば助かる。そんな偶然が起こるとは到底思えないけれど。何も動かないよりはきっと何かあると思う。……でも猫のままで居るのは流石に面倒があるかも知れないし、ここは人間で居られる様になるのが得策かも知れない。会話が出来れば情報も手に入りやすい筈。と決まれば衣服を手に入れるのが最初の目標。
「? ! この泥棒!」
店の人に見つかる羽目に。入って来たお客さんはどうやらプレイヤーだったみたいで驚いて居たけれど、扉が開いた事で気付かれてしまった私は急いでその場から走り出す。身体も小さいために着る服も小さいサイズ。咥えて運ぶにはそんなに苦労しない物だった。で、路地裏に急いで隠れてから何度も曲がったりして振り切る事には成功。汚れてしまった服を人間の姿になると軽く叩いてから着て見る。
手に入れたのは防具とは呼べない真っ白なワンピース。下着類は一切手に入れる事は出来なかったけれど、これ一枚あれば外を歩くことは問題ない筈。丈もひざ下まであるから足を上げるとか強い風が吹くとかしない限りは大丈夫。何故か背中に違和感を感じるし擦れて居る様な何かを感じるけれど、今は特に可笑しな場所が無いかを確認する。そしてその後、私は街中に出てみる事にした。けど出た瞬間、何故か周りに居た人々が一斉に私を見始める。話をして居た人達もその会話を止めて、信じられない物を見た様な表情。
歩き続ける私を全員が全員振り返って来る。何か可笑しなことがあるのか、もしかして既に泥棒とばれているのか。不安になりながら大きな場所に出た時、私は建物のガラスに映った私自身の姿を確認することが出来た。そしてそこに映ったのは私の記憶にある私の姿とはかけ離れた姿。低い身長に腰近くまである長い白髪。何よりも鏡の向こうで私を見て居る私の真っ赤な瞳。
私が視線を集めて居た理由はこの普通とは思えない私の姿が原因らしい。髪の色がカラフルなのは私だけでは無いけれど、肌も含めて全てが目以外真っ白な私は注目を集めてしまっても不思議では無い。と、私の目の前に数人の男性が集まって来る。どうやら目的は完全に私らしく、集まって来たのに何も言わない私を見て「NPCなのか?」等と話をし始めた。
「っと、待てよ」
とりあえず無視をしてその場から去ろうとしたけれど、そんな私の腕はすぐに掴まれてしまう。思わず見返して首を傾げた私を見てどうやらプレイヤーだと思ったらしく、俗に言うナンパって言う物が始まってしまった。静かに見続けているしかない私は掴まれているこの手をどうするべきか考える。この場から離れようにもこの手を放してくれない限り移動は難しい。
何も言わずに黙っているのはこの男性達と取って気に食わない事だったらしく、突然「何か言えよ」と言ってくる。けれど何か言えと言われて何を言うべきなのだろうか? とりあえず言われたとおりにするべきならば、何かを言わなければいけないらしい。思いついたのは
「……お腹空いた」
「は?」
言われた通りに言ったのに何故か驚かれてしまった。と、その驚きと同時に手の力が抜けたみたいで私はすぐにその場から走り出す。突然逃げた私に驚いて居るけれど、さっき同様に逃げ足の速い私は無事にその場から脱出。猫の状態では会話が出来ないけれど、かと言って人間になってしまえば絡まれてしまう。これが世間で言う、詰みって奴なのかも知れない。