「ハク」
「いい加減、機嫌を直しても良いじゃない。昨日の事は悪かったと思ってるわ」
耀と飛鳥が話しかけて来るけれど、私はそれを無視して歩き続ける。隣では一緒に歩いて居る三毛猫が『あっしからもお願いや。お嬢を許してやってくれんか?』と言ってくる声が聞こえるけれど、私は三毛猫の言葉に唯一言。『嫌』とだけ返して歩みを進める。そんな私達の光景を黒ウサギは溜息をついて、十六夜は何かあったと察して、ジンは頭に?を浮かべて見て居た。
昨日の1件で私は少し彼女達から距離を取る事に決めた。まさかあんなことをされるとは思ってもみなかったから。問題児と言えど、問題を起こして御咎めなしでは駄目。これは私が出来る私なりの彼女達への罰。と言うよりも私の身の安全の為の行動。と、私達の目の前にどう見ても普通では無い森の光景が広がって居た。そしてその光景にジンが驚いた様な表情で1本の木に近づき始める。
「これは……鬼化してる? いや、まさか」
ジンがそう呟く中、私は目の前にある森の様な【元・居住区】に視線を向ける。今日私達がここに来たのは昨日出会った男、ガルド・ガスパーとのギフトゲームを行うため。まぁ、行うのは飛鳥・耀・ジンの3人。私はあの時まだノーネームの住人では無かったし、そもそも人になれる事も分かられて居ない唯の猫。三毛猫と同じ様に唯傍に居るだけの存在だった故にこのゲームに参加する資格は無い。
飛鳥が
『にゃぁ!! ハク、助けてぇな!』
『……無理』
私は迫る枝を避け乍ら三毛猫に返事をする。面倒とかそう言う意味でも無く、今の私に攻撃できる手段は無い。武器は既に消滅してしまって居るし、猫の姿故にあったところで無駄。人の姿になろうにも今なれば私は裸で出る事になり、また同じ様になったところで攻撃の手段が無い。羽を出して守る事は出来ても、私に出来るのはそれだけ。時間や回数も決まってるから無駄に使いたくも無い。
皆が契約書類を読んでいる間、迫って来る枝を避け乍らどうするべきか考える。何時までもこうして動き回ってる訳にも行かない。……枝は私を追ってきて居るのだから、私に付いて来るのかも知れない。私はそれを利用する事にして、三毛猫が吊し上げられている枝を周回する様に走る。案の定、私を追って居た枝と三毛猫の枝が絡まって三毛猫は解放された。枝はお互いに絡まったまま動けない様子。三毛猫は私にお礼を言った後、器用に爪を立てて枝を切り裂いて行った。……あの攻撃方法、私にも出来るかも。
「じゃあ、行きましょうか。……終わる頃には機嫌が直ってると良いのだけど」
「昨日はやり過ぎた」
「あの、何があったか分かりませんけどゲームに集中してくださいね?」
落ち着いた頃には3人がゲームの舞台の中へと足を踏み入れて居た。何故か入る前にこっちを見てくるあたり、無視する行為は結構な罰になって居る様子。……まぁ、無事に戻ってきたら少しは相手してあげよう。どちらにしろ、関わらなければいけないのだから。
「飛鳥さんも耀さんも、お猫様の行動に結構落ち込んでますね」
「だな。朝から無視って事は時間的に昨日何かあっただろ?」
「えぇ、まぁ。……内容に関しましてはハクさんの為にも言えませんが」
「そう言われると知りたくなるんだよな」と十六夜は嫌な笑顔を浮かべて言いながら私に視線を向けて来る。だけど今現在、私と会話出来る存在はこの場に三毛猫だけ。そして三毛猫と会話できるのも私だけなため、会話と言う会話をする事は出来ない。出来ても言うつもりは毛頭無いけど。
入って行った3人の姿が見えなくなってしばらくした後、突然大きな咆哮が響いて来た。その咆哮に黒ウサギが驚き、「今のは!」と声を上げれば十六夜は「虎に変身した春日部だな」とボケる。その事に黒ウサギがツッコミを入れる中、私の横で三毛猫が『お嬢はあんなごつい叫びせぇへん!』と十六夜を睨んでいた。どうやら三毛猫は十六夜が気に入らない様子。飼い主が馬鹿にされた様な物だから仕方ないと言えば仕方が無い。
ふと中を見れないのかと十六夜が黒ウサギに聞く。確かにこの場で待って居るのは問題ないけれど、一言で言えば暇。ゲームの内容を観戦、何て出来れば良い暇つぶしにはなれそう……なのだけど残念ながら出来ないらしい。黒ウサギは
結果的に飛鳥達は無事、ゲームに勝利した。が、その代償として耀が大怪我を負ってしまった。ゲームが終了して私達が中に入れるようにあった時、黒ウサギは言ったのだ。耀が大怪我をして居ると。急いでその場所に向かえばそこには血だらけになって力無く倒れて居る耀の姿。どう見ても重傷で、放って置けば危険。黒ウサギの話ではノーネームの工房に治療器があるらしく、急いでそこに運ぶように言った。そこで私は黒ウサギの元に近づいて翼を広げる。
「お、お猫様!? その翼は……! 今は耀さんの身を優先すべき、なのですよね」
私はそれに頷いた後、耀の傍に近づいてその翼で一度耀を包み込む。前の世界では出血などの概念は無かったけれど、それでもHPは回復して居た。あの世界で命のゲージの様な物だったのなら、この世界での命を救う事はきっと同じ概念で出来る筈。私の予想は当たって居た様で、耀の傷口が徐々に小さくなっていく光景が見えた。やがて跡も残らず消え去った傷口。だけど怪我が治っても出て行った血は恐らく戻らない。消すことは出来ても増やすことは出来ないから。
私はそれを終わらせた後、黒ウサギに頷いてその場から離れる。黒ウサギは傷が無くなった事に驚いた後、私にお礼を言って耀を抱え、その場から去って行った。と、私の後ろから鳴き声が聞こえて来る。振り向けば三毛猫が泣いて居た。
『お嬢ぉ! お嬢ぉ! ハク。いや、姉さん! お嬢を、お嬢をお願いや!』
『……大丈夫』
私は三毛猫の言葉に頷いた後、その場から大きく空へと跳躍する。下には沢山の人々が集まって居る中で十六夜とジンがそんな人達の元へ歩いて行く姿が。そして何も無い所で自分の手を見つめて居る飛鳥の姿が確認できた。ギフトゲームに勝利はした。だけどその内容の書いてあった契約書類にはとある一文が書かれている。
【クリア条件 ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐】
このゲームの勝利条件は相手であるガルドを文字通り、討伐する事。耀は大怪我を負って、ジン本人には戦闘力は無い。となれば、ガルドを討伐。……殺したのは飛鳥しかいない。飛鳥達は新しい世界に来た。とは言え来る前の世界は平和だったのだろう。だからこそ人を、誰かを殺すと言う事に飛鳥は苦しんでいるのかも知れない。あの時私はキリトのお蔭でそれをしなかったけれど、居なければきっと飛鳥と同じ思いをして居る事になる。そして【しようとした自分】に恐怖した私と【した事】に恐怖する飛鳥……似ては居ても重みは違うのだろう。
『……無視は……止めよう』
私は空を駆け、耀の運ばれて居るであろうコミュニティの本拠に向かいながら決めるのだった。