サウザンドアイズから出てすぐに見えた光景は本来あった筈の外とは全く別の世界。私達が住んでいた東とは違い、風もかなり暖かい。境界線となる巨大な赤い壁や、街を彩る飾りの数々は東側とは全く違う雰囲気を出して居た。ジンの言っていた距離があるのだから、文化が違っても何の不思議は無い。街の光景に飛鳥と耀は目を輝かせ、十六夜も面白そうにして居た。
そんな時、現れた人物。十六夜達が勝手に残して来た手紙のその内容を読んで追って来た黒ウサギ。彼女は普段以上の怒りを露わにして十六夜達を捕まえるために動いて居た。手紙の内容は知らないけれど、どうやら黒ウサギは全員を捕まえるらしい。逃げ出した十六夜とその腕に抱かれる飛鳥。そしてそんな飛鳥の手に抱かれていた私はその場から離れ、耀が捕まる姿を見送るだけだった。
この北側はさっきも言った通り、風が暖かい。そんな場所で飛鳥に抱かれて居れば当然熱くなり、私は飛鳥に必死に降ろして貰える様にお願いをした。最初は分からなかった様子だけれど、十六夜が分かってくれた様で「熱いんだろ」と言った事で私はその場で降ろしてもらえる事に。そうして自由になったと同時に私は人の姿に身体を変えた。猫のままでは毛もあって熱すぎるから。
「とりあえず、街の中を回って見ましょ?」
「……黒ウサギ……怒ってる」
「気にすんな。楽しめる時には楽しんだ方が得だぜ? 白猫」
さっき起こった事に付いて、特に気にする様子も無く言う十六夜。飛鳥も同意見らしく、その後街を回るために歩き始めた私達はその途中で南瓜のお化けの様な物を発見する。最初この世界に来た時、十六夜達はそれぞれ別の世界から来たと黒ウサギが言っていた。十六夜の世界は平和な、耀の世界は少し科学の進んだ、飛鳥は戦争が終わったばかりと確かにそれぞれ別物で私は多分十六夜が時代的に近かった。と言っても世界自体は別物だと思うけれど。
十六夜の世界にはハロウィンと言うお祭りが存在していた。私の世界にもハロウィンはあったけれど、飛鳥の世界には無かったらしい。その結果南瓜のお化けと言えば私も十六夜もハロウィンを思い浮かべたけれど、飛鳥は当然分からない。だから飛鳥に十六夜がハロウィンに付いて教えて、今度ノーネームの畑に南瓜を植えるなどの話をして居た。私は南瓜に視線を向けて居て、2人が会話に盛り上がっていたところで振り返る。すると、2人の間に立つ様にして見えた。……違う、見えてしまった。怒れる黒ウサギを。
黒ウサギから再び逃げ出した十六夜と飛鳥。だけど飛鳥のすぐ傍にはレティシアが立って居て、その足首を掴まれる事で転倒する。耀同様に捕まってしまった飛鳥を見ながら私は……空を飛んでいた。何時の間にか十六夜に捕まえられて。
「今度と言う今度は許しませんよ! お猫様まで巻き込んで!」
民家の屋根を次から次へと飛び退く十六夜。そんな彼を追って黒ウサギもまた追って来ていた。十六夜は今現在行われている鬼ごっこに楽しそうに笑いながら跳躍し、黒ウサギは声を上げ乍ら同じ様に跳躍する。私は十六夜に横抱きにされて居る為、十六夜の背後に視線を向ければ黒ウサギと目が会った。そして口パクで言われる。『今助けます』と。……別に誘拐された訳では無い筈。無理矢理連れて来られたのは事実だけれど、『助ける』とまで言われる事?
「白猫、さっきも言ったが楽しめる時には楽しんだ方が得だ。だから……行ってきな!」
「!?」
「なっ! お猫様!?」
十六夜に抱き上げられながらしばらく。十六夜がふとそう言うと、突然私を飛んでいた場所から街の方に向かって投げた。余りに突然の事に驚いてしまい、突然投げられた私に黒ウサギの声も聞こえる。徐々に離れて行く十六夜との距離の中、「楽しめよ、白猫!」と言う声と「ヤハハ!」と笑う声が聞こえ続けて居た。
空中で浮遊し続ける身体はやがて下へと落ち始める。私は地面に激突する前に羽の力を使って地上に安全に着地した。突然空から真っ白な羽を生やして降り立った私の姿は流石に目立つ様で、周囲から沢山の視線を感じる。力を消し、私はその場をまず離れる事にする。
十六夜達が進んで行った方の上側を見れば、米粒程に小さな2人の姿が見える。十六夜も黒ウサギも私の力に付いては一応知って居るから、大丈夫だと思ったんだろう。黒ウサギが十六夜を追って居ると言う事は、私を追いかけて居る人物はレティシアぐらい。でもレティシアは飛鳥を捕まえていたから……今のところ私を追って居る人物は居ないのかもしれない。
「……楽しめる時は……楽しむ」
十六夜の言葉が何となく思い浮かぶ。前の世界でもそう、私は平和な時間を送ったりはして居たけれど殆ど欲を満たすことばかりだった気がする。今この街はお祭りをして居て、私を追って居る人は居ない。偶には楽しんだってきっと罰は当たらない。
もう1度街中を見回してみる。お祭りと言えば屋台。本来の私の世界にあった様に、この世界でもその感覚は間違って居ないらしい。一応少しだけギフトゲームもしたし、自分用の財布を黒ウサギから貰ったままだったから中身も高く無ければ心配ない。屋台を見て回って、美味しそうなものとかがあれば食べよう。焼きそばとかは……無いと思うけど。
「!」
考えながら歩いて居ると、1つの屋台に目が留まる。その屋台の看板には丸く黄土色の円状になって居る絵が描かれて居て、そこから香る甘い匂い……間違いない。この世界に来て最初に食べたいと思い、それから食べる事無く今の今まで続いて居たあれだ。値段も問題ない、食べてはいけない理由も無い。つまり、何の問題も無い。
「お、嬢ちゃん。買ってくかい?」
「……1つ」
「あいよ!」
屋台の中から私に向かって話しかけて来る店主に私は注文する。すると威勢よく言った後、屋台から外に出て来た。本来なら屋台の中と外で受け渡しをする物だけれど、身長が低いせいでそれが出来ない。少し悔しく思いながらも屋台から出て来た店主にお金を渡す。そしてそれと交換に店主の手にあった袋を受け取る。その際、「おまけ付きだ」と言って店主は私の頭に手を置いてから屋台の中へと戻って行った。疑問に思いつつ袋を開ければ、中には食べたかったそれ……バウムクーヘンが2つ入って居た。
「……ありがとう」
お礼を言い、店主の笑顔を見た後に私はそこから離れると袋の中に手を入れてバウムクーヘンを1つ取り出す。この世界にもあるのか、バニラの香りが私の鼻とお腹を刺激する。堪らず食べれば口の中に広がる生地と香りが私を満たしていく気がした。バウムクーヘンにもまた色々あるけれど、あのお店は所謂当たりだったらしい。
私はバウムクーヘンの味に幸せを感じ乍ら歩き続ける。すると突然地面が揺れる程の騒音が響いた。周りに居る人も含め、私はその音の方に視線を向ける。ここに来てから上を見れば殆どの位置から見えて居た街の時計塔。それが何時の間にかその姿を消し、無残な残骸だけが残って居た。何となく理解したくないけれど、理解出来てしまう。あの方向は間違いなく、十六夜と黒ウサギが去って行った方向だから。
現実から目を背ける訳では無いけれど、何となく離れたいと言う思いで私は騒音とは真逆の方に足を進める。だけど私が方向転換した時、背後から誰かが来ていたらしく私はその人とぶつかってしまう。手に持っていたバウムクーヘンは地面を転がり、袋も落ちてしまう。……前者はもう食べられないだろう。後者は大丈夫の筈。袋越しだから勿体無い。
「人にぶつかったと言うのに食べ物が先なのね」
「……ごめんなさい」
落ちてしまったバウムクーヘンの入って居る袋を最初に拾って居ると、突然聞こえた声に頭を上げる。そこに居たのは斑模様のワンピースを来た少女で、その瞳は無表情に私を見つめて居た。どうやら私がぶつかった相手らしく、無意識に少女よりも食べ物の心配をして居た事が気に食わなかったらしい。当然と言えば当然の反応だろう。私はすぐに袋を手に頭を下げた。すると目の前の少女は少しだけ、ほんの少しだけ謝った際に驚いた様な表情を見せる。無表情だけれど、私も同じせいかそれが自然と分かる。だけど今はもう駄目になってしまったバウムクーヘンを拾った。そのままにする訳には行かないから。
「分かれば良いわ。気を付けなさい」
少女はそう言うと、私の横を通って去ろうとする。しかしその去り際、少女は振り返ると私に何処のコミュニティに入って居るのかを聞いて来る。どうして聞いて来るのかは分からないけれど、私は正直にノーネームである事を伝えた。すると何故か少女はその答えに「そう」と言って少しだけ笑みを浮かべ、「またね」と言って去って行ってしまう。結局なんだったのか分からなかったけれど、気にしなくても問題は無いだろう。ここに居るのは今だけだから、戻ればここの人と会う事は殆ど無い筈。
落ちてしまったバウムクーヘンをお祭り故に増えて居るゴミ箱の1つに入れ、軽く手を払ってから袋の中にある無事なバウムクーヘンを食べる。うん、やっぱり美味しい。