円形に並ぶ客席とその中央に位置する舞台。熱気が支配するその場所へと足を進める者達は皆、一様に控室に座っていた。と言ってもまだ出番の遠い参加者や、当てられた控室の違う参加者はこの場に居ないらしい。トーナメント方式で行われるこのギフトゲーム、【造物主達の決闘】。私は耀のサポーターとして、耀の隣に座っていた。耀とは作戦会議の様な事をしたにはしたけれど、耀曰く私は猫のままで『危なくなったら守って欲しい』とだけ。戦闘関連は全て自分がやるとだけ言って、内容は終了。耀の中で、自分が危なくなる想像は余りついて居ないんだろう。だからこそ、形だけのサポーターだと思う。
順番が回って来るのは思ったより早く、耀と私の番はすぐにやって来る。私は耀の肩の上で猫の姿のまま待機し、耀の移動と共に会場へと出た。客席に広がる人々が騒ぎ立てる中、黒ウサギの司会の元にこのギフトゲームは進んで行く。ノーネームとして紹介された私達に間違いなく客席の温度が少しだけ下がったのを感じ乍ら、目の前に居る対戦相手の姿を見る。……私よりも、耀よりも何倍もある巨大な身体。岩で出来上がって居るその身体は私達にその存在感を主張していた。周りは思って居るだろう、弱小が勝てる相手では無いと。……それは普通ならばだけれど。
不安そうな黒ウサギの視線を受け乍ら、試合が始まる。耀は「飛ぶよ」とだけ言ってその場から人間離れした跳躍を見せ、その巨人の顔の目の前にまで躍り出た。だけど巨人は目の前に来た耀の身体をその大きな手で叩き落そうとして来る。ゆっくりと確実に迫るその手は耀に当たり……そのまま来た道を勢いよく引き返す。空中で耀が襲い掛かって来た手を蹴りつけたから。少女の姿からは想像できない程の蹴りは巨人の身体を怯ませ、耀は先程の蹴りの勢いを生かして空高く舞い上がっていた。
『お嬢! 止めや!』
客席と舞台の間にある控室へと続く窪み。そこで三毛猫は身を乗り出しながら叫び、その声を背後に空中から勢いよく落下した耀は真っ直ぐ巨人の眉間に右足を喰らわせる。一瞬、世界が凍る様な感覚に包まれた会場。巨人の身体が傾き、耀が地上に足を付ければそれと同時にその巨体は地面に倒れ伏す。湧き上がる歓声と喜びを隠しきれない黒ウサギのアナウンスを聞きながら、耀は控室へと戻った。
『流石やでお嬢! 姉さんもお疲れ様!』
「ありがとう、三毛猫」
『……何もしてない』
『いやいや、お嬢の宙返りに肩の上で苦も無く乗り続けられるのは難しいと思うで』
控室に戻れば最初に三毛猫が駆け寄って来る。耀はその言葉を素直に受け取るけれど、私は正直何もして居ない。確かに三毛猫の言う通り、耀が空で回転して居る時は肩から落ちない様にするのが大変だったけれど……結局それは試合とは何の関係も無い。私の存在が必要になる時が来るのか、耀の役に立てる時が来るのか、不安になって来る。
トーナメント方式で進む試合は何の問題も無く終了していき、耀の番になったところで私は先程と何も変わりはしない。結局耀の肩に乗って居るだけの猫であり、サポーターとしての仕事も存在の意味も無かった。このままでは耀の肩に物理的にも重荷を掛けるだけの存在でしかない。耀の存在はノーネームでありながらも強いダークホースの様な存在として会場の中でも沸き上がり、その期待に応える様に数々の試合を無傷で済ませて行く。そして耀は決勝まで無事に上り詰める。
「お待たせしました! 只今より、決勝戦を開始いたします! プレイヤーはノーネームの春日部耀。ウィル・オ・ウィスプ、アーシャ=イグニファトゥスです!」
黒ウサギの声を聞きながら会場に出た耀と私は、相手の選手を探す。と、その瞬間。目の前を巨大な『彼』が通過し、耀は急なそれに思わず後ろに下がる。私が居る事もあって、転ばない様にギリギリで回避してくれたらしい。
「あっはは! 見た見た、ジャック? ノーネームの女が怯えて驚いてる! ふふ。さあ、素敵に不敵にオモシロオカシク笑ってやろうぜ!」
「ヤホホホホ!」
私達の目の前に現れ、突然の事に警戒して居る耀の姿を見て笑うアーシャ。そんな彼女が乗って居るのは紛れも無くジャックであり、ジャックは会った時とは違う少しふざけた雰囲気を出して居る。アーシャもジャックの事をさん付けして居ないし、何かあるのかも知れない。……勝ち続けて居れば何時かは出て来ると思っていた。だけどこんな感じになるのは私も予想外でしかない。アーシャはノーネームの耀を馬鹿にして居る感じで、それが少し苦しく感じる。あの時の私は人の姿。もしここで私があの姿になったなら、2人はどんな反応をするのだろう。
アーシャは黒ウサギの紹介に関して耀が先に呼ばれた事が少しばかり不安だったらしい。黒ウサギの正位置に戻る指示と挑発を止める指示を受け、渋々元の位置に戻るその姿を見ながら私は耀に声を掛ける。
『……気を付けて』
「? 何か知ってるの?」
耀の言葉に答えようとした時、黒ウサギのアナウンスが響く。その後、決勝戦と言う事もあって今までは会場での戦闘だった舞台もこのギフトゲームの主催者である白夜叉の力によって変化する。一瞬にして変わる決戦の舞台に驚きつつも、耀は足元や目の前に伸びる樹の根の様な物を触る。……様な物では無く、多分樹の根なんだろう。ここはそれに囲まれた世界。耀が私に伝える様に呟けば、それを聞いて居たらしいアーシャが皮肉を交えて感謝の意を伝えて来る。と、そんな私達の目の前にゲームの内容などが掛かれている契約書類が姿を見せた。
『ギフトゲーム名 【アンダーウッドの迷路】
勝利条件
一、プレイヤーが大樹の迷路より野外に出る。
二、対戦プレイヤーのギフトを破壊。
三、対戦プレイヤーが勝利条件を満たせなくなった場合(降参含む)
敗北条件
一、対戦プレイヤーが勝利条件の一つを満たした場合。
二、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。』
つまりこの樹の根で囲まれた地形から出るか、アーシャ達を倒せばその時点でこちらの勝ち。反対も当然同じと言う事だろう。アーシャは契約書類を手に「へぇ~、面白そうじゃん」と呟いて居る。……試合だから仕方ないけれど、正直戦いたくは無い。
『
何処からか聞こえる黒ウサギの声が辺り一面に響く。そして試合の始まりを告げる合図が鳴り、私達は……動かなかった。
「睨み合っても進まねえし。先手は譲るぜ?」
「貴女は……ウィル・オ・ウィスプのリーダー?」
ウィル・オ・ウィスプ。黒ウサギがアーシャの紹介の時に言っていたコミュニティの名前であり、その事からアーシャとジャックはその中に居る人達なんだろう。耀の言葉にアーシャは照れた様に「え? あ、そう見える?」と頬に手を当て始める。……何となくだけど、リーダーって感じでは無い気がする。アーシャ本人も耀の言葉に自分がリーダーでは無い事を答えるけれど、それを聞く前に耀は走り出していた。このゲームは先に抜け出しても勝ち。先程アーシャ自身、先手を譲ると言ったこともあって耀は動いたんだろうけど……私達の背後でアーシャの怒る声が木魂する。そしてそれが私達の中で本当の試合開始を意味する合図になった。
背後から勢いよく火の玉が耀目がけて襲い掛かる。樹の根は入り組んでいて、耀はその地形を利用して回避し続けながら出口を探し続けた。暗かった内部は向こうが投げる炎の明るさで良く見える様になって居て、このまま逃げて居ればその内出口が見つかる可能性は十分にある。……にしてもさっきから凄く臭う。多分普通なら分からないけれど、生憎普通じゃ無くなってしまった私にはそれが分かった。これは間違いなく、ガスの匂い。
『……耀』
「分かってる……!」
耀は動物と友達になった時、その力を証として使える様になると前に言っていた。当然箱庭に来る前にも友達は居て、鼻の利く動物は居ただろう。飛んでくる火を身軽に躱しながら走り続けて居ると、小さな舌打ちが聞こえて来る。と同時に一瞬、目の前が揺らぐ。そして次の瞬間、目の前には……ジャックが居た。
「嘘」
「嘘じゃありませんよ。失礼、お嬢さん方」
『!』
≪!≫
さっきのふざけた雰囲気とは一変、昨日のしっかりした雰囲気を出しながら目の前に現れたジャックは耀にその手を振るう。私は咄嗟に羽の力を使ってその攻撃を自分を守る上で耀ごと守った。突然今まで何もしてこなかった私にジャックは驚き、耀も私の行動に驚いた様子を見せる。ジャックの手は私の力で弾かれ、私は耀の肩から降りる。
「ハク」
『……信じて……私を』
「! ……分かった」
耀の事だから私に頼りたく無かったのかも知れない。だけどサポーターとして存在して居る以上、頼って貰わなくちゃ私が困る。この場に居る以上、彼女の力になるのが私の役目だから。耀は私の言葉に頷いて飛び上がり、ジャックもまたアーシャに行く様に指示を出す。私にその視線は向けたまま。猫と向き合うジャックの姿にアーシャは困惑気味だったけれど、ジャックが叱る様に一言二言アーシャに告げれば悔しそうに彼女も耀を追って去って行った。
「さて、昨日ぶりですね。お嬢さん」
『!』
ジャックの言葉に私は思わず固まってしまう。ジャックは最初から、耀の肩に乗る私の存在に気付いて居た? ……今思えば耀を攻撃する時も、確かに『お嬢さん方』と言われた気がする。どうやら最初からお見通しだったらしい。
「変わったギフトをお持ちの様だ。先程の姿が本物ですかな?」
「……そう」
ジャックの言葉に私は人の姿に成り乍ら肯定する。正直、猫の姿が本物であると言う事実は否定したかった。私は人間だった筈。気付けば猫になって居ただけで、元は人間だった筈だから。でも、この身体は間違いなく猫が主体。【人化変化】なんてギフトがある時点で認めざる負えない。私の本物は猫の姿だと。
「そうですか。さて、アーシャを放って置く訳にも行きませんからね」
「……お互いさま」
「ヤホホ、其方も大変そうですね。ではこのジャック。お嬢さんのお相手を致しましょう!」
そう言ってお辞儀をする仕草をした後、ジャックは一瞬でまた私の背後に現れる。だけど私は今だに出て居る羽の力で攻撃を防ぐと、大きく後ろに飛び退いた。が、ジャックはそんな私を見越す様に手に持っていたランタンを私に向ける。するとそこから火炎が私に勢いよく襲い掛かり、私の羽によって四方八方にそれが撒き散らされる。辺りは一瞬で火の海となり、それに囲まれる様に私達は向かい合った。
「逃げてばかりでは勝てませんよ!」
そう言って襲い来る火を防ぎながら私は考える。羽の力も持って後15秒程。後2回使えるとは言え、余裕は無い。攻撃の手段は今現在キリトの力を借りる事だけれど、行き成り消える程の速度で移動するジャックに攻撃を与えるのはかなり難しいだろう。それに使って無駄になってしまえば、私は恐らく即負けてしまう。あの力は終わったら最後、疲れが半端じゃないから。
樹の根に足を付け、襲い掛かる炎を回避する。ジャックは私を追う様に移動して居て、私は縦に伸びる樹の根に足を付けるとそれを足場に後ろに逆さのまま飛び上がった。所謂バク転と呼ばれるその動きで、足元の炎から身を離すと同時に追いかけて来るジャックに耀の様な蹴りを入れようとする。だけどジャックはすぐにその場から消え、私はよろめき乍らギリギリ着地に成功した。
「俊敏な動き、流石ですね。しかしお嬢さん、その服装で今の動きは関心出来ません。スカートの中が見えてしまいますよ?」
私の目の前に姿を見せ、そう言ってくるジャックの姿に私は人間の世界だった頃に居たお爺ちゃんの存在を思い出す。子供を優しく見つめ、時には厳しくしつけるジャックの姿は少し似て居る気がする。と、突然私達の周りの炎が消え去る。と同時に黒ウサギのアナウンスが響き渡った。そしてその内容は……
『勝者、アーシャ=イグニファトゥス!』
私達の負けを意味する物。それと同時に周りの光景は一瞬にして会場へと戻り、肩を落とす耀と喜びを伝えようとするアーシャの姿があった。アーシャがジャックの元に移動する様に、私は耀の元へと移動する。
「……お疲れ」
「ハク……ごめん」
私が声を掛ければ耀は最初にそう言って私に謝って来る。私を置いて行ってまでも負けてしまった事か、その他の事なのか私には分からない。だけど今の耀は黒ウサギと同じ。自分の状況が、周りの存在への理解が少しだけ出来て居ない。だからこそ、私は口を開いた。
「……耀は私……私達が嫌い?」
「! そんなこと無い!」
「……なら……信じて。……仲間を……友達を……頼られるのは……嬉しい事。……見てるだけは……辛い事」
「……うん。……ありがとう、ハク」
そう言って微笑む耀に少しだけ安心すると、突然アーシャが声を掛けて来る。その目は耀を見て居て、私もその声に振り返った事でその瞳が大きく見開いた。ジャックは何処か面白そうに微笑む中、アーシャは「お前昨日の!」と私を指さす。
「あぁ、もう! オマエラ、名前は!」
「春日部 耀」
「……ハク」
「耀にハクだな! 私はアーシャ=イグニファトゥス! 次に会った時は私だけで勝ってやるからな!」
アーシャは言い切った後、その場を去って行く。と、ジャックが私達の前に出て「アーシャは同年代の女の子に負けた事が無いですからね」と呟いた。私はどうだか分からないけど、耀に関しては確実にライバルとして見られた……と言う事なんだろう。ジャックがゆっくり近づいて何かを耀に告げた後、私の方にも近づいて来る。
「お嬢さんは戦う際、身の振り方にご注意を。その可愛らしい姿が傷つかない様、お気を付けて」
「ん……ありがとう」
「ヤホホ! では、また会う日まで」
そう言って去って行くジャックの後ろ姿を見た後、私は耀に視線を向ける。耀も私を見て居て、静かに頷くと私達は控室に戻り始めた。そしてその直後、私達の元にそれは落ちて来る。真っ黒な羊皮紙で書かれた【魔王の襲来を証明する契約書類】が。