先程までゲームを見ていた人々が一様に悲鳴を上げ、客席から逃げ始める。空から降って来たそれは箱庭の災厄、【魔王】が現れた事を示して居る。魔王からのゲームを断る事は出来ず、負ければ自分達のコミュニティ。存在が消える可能性がある。今の今まで楽しんでいた者達が急に恐ろしい現状に立たされ、受け入れる事なんて出来る訳が無い。
騒ぎ始める客席を見て居た時、白夜叉や十六夜達。そして新しくこの土地を統べる事になったらしいサンドラと言う少女やその兄が座っていたその場所が突然黒い何かに包まれ、一斉にそこに居た数人が吹き飛ばされる光景が見えた。耀はその光景を見て私に視線を向けて来る。今出来る事はまずあの場所に行くことだろう。私は耀に頷いて返し、お互いに走り始める。黒い契約書類が足元に散らばる中、たどり着いたそこに居たのは……黒い謎の球体に囚われて居る白夜叉の姿。十六夜と飛鳥、ジンも居る。
「白夜叉!」
「……これは?」
「主らか。分からぬ。契約書類に何か書いて居らぬか?」
身動きが出来ないものの、会話をする事は出来るらしい。白夜叉の言葉にジンが落ちていた契約書類を広げる。私達もそれを一緒に覗き込むように見れば、そこに書かれていたのは今回のギフトゲームに関する内容。
『ギフトゲーム名 【The PIED PIPER of HAMELIN】
・プレイヤー一覧
現時点で三九九九九九九外門・四〇〇〇〇〇〇外門・境界壁の舞台画区画
に存在する参加者・主催者の全コミュニティ。
・プレイヤー側・ホスト指定ゲームマスター
太陽の運行者・星霊 【白夜叉】
・ホストマスター側勝利条件
全プレイヤーの服従・及び殺害。
・プレイヤー側勝利条件
一、ゲームマスターを打倒。
二、偽りの伝承を砕き、真実の伝承を掲げよ。
宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
【グリムグリモワール・ハーメルン】印』
今まで行って来た中ではまず間違いなく壮大なそのゲーム内容に飛鳥と耀が息を飲む。白夜叉の事に関しては【ゲームマスターの参戦条件がクリアされていません】と書かれて居て、その参戦条件が何なのか私達には理解出来なかった。十六夜は聞こえて来た『魔王が降りて来る』と言う声を聞き、遥か遠くに見える魔王らしき存在を確認したらしい。白夜叉の声も聴かず、飛び出してしまった。そんな彼に焦りながらも、白夜叉は身動きが出来ない状況で尚思案して黒ウサギに伝える様私達に告げる。まず1つ、魔王の一手として稀に使われる方法。説明に不備があり、最悪このゲームに【勝利する事が出来ない】可能性がある事。2つ目は襲って来た魔王のコミュニティは新しい可能性が高い事。そして3つ目である自分が閉じ込められている理由に付いて語ろうとした時、
「は~い、そこまでよ」
白夜叉の言葉を遮る様に突然1人の女性が現れた。巻き込まれた人なのかと一瞬思うけれど、その雰囲気に焦った様子は無い。それどころか白夜叉を見て「本当に封じられてるじゃない♪」と楽しそうに呟いたその言葉で、私達はすぐに目の前に来た女性が相手の内の1人なのだと理解出来た。そしてその背後にはこの土地を統べる者と同じ種族、サラマンドラの人々。一様に彼らの様子はおかしい。その理由が目の前に居る女性なのかその仲間なのかは分からないけれど、敵である以上無視なんかできる訳が無い。と、その女性が私達を見回し……私にその視線を向けて来る。
「貴女ね。へぇ~、なるほど」
「?」
「おのれ! サラマンドラの連中に何をした!」
「言う訳無いじゃない。っと、それよりそこ貴女達……邪魔よ」
女性の言葉と同時にサラマンドラの人々が飛鳥達に襲い掛かる。耀は素早く腕を薙ぎ払い、風を使って襲い掛かって来たサラマンドラを吹き飛ばした。意外そうに「グリフォンの力かしら?」と女性は耀に聞くけれど、耀は当然答えない。しかしそんな耀を女性は見つめ、やがて「私の駒にしましょう」と突然言う。何かを感じたように耀が動き出すと、私の身体を抱えてジンたちも連れて行こうと動き出した。今この場で出来る事は何も無い。逃げるしかないと思ったんだろう。飛鳥達も分かった様に動き出すけれど、その瞬間。それは突然私達を襲う。
「!」
「う、あ……駄目……これ……」
突然聞こえて来たのは高い笛の音。それは私の頭の中に響き渡り、何か得体の知れない物が私の中に入って来る感覚に襲われる。普通の人には唯の笛の音。でも私や耀の様に普通以上に耳の良い者に取ってこの音は……凶器だ。耀は完全に気を失ってしまい、私も耀が倒れた事で地面に倒れてしまう。耀は私以上に耳が良い。犬や猫と言った友達を何人も持って居れば、当然だろう。それに比べれば、猫一匹分の聴力である私は気絶までには至らなかった。それでも立ち上がる事がやっとだけれど。
「……あ……すか……逃げて……!」
私は頭に響き続けるその音を聞きながらも力を使う。背後に現れたその羽は私を包み、その音を消してくれた。まだ痛みは残るけれど、何も出来ない訳じゃ無い。私はそのまま女性に向かって一気に飛びつく。笛を吹いて居た女性は驚いた様な表情を浮かべるけれど、猛スピードで迫った私への対処をする間は無かった。石の壁にその身体を打ちつけ、苦しむ様な声が私の傍で響く。
「ハク!」
「逃げ……て! 早……く!」
「でも!」
今この場で戦っても私達に勝ち目はない。戸惑って居る暇なんて、無いに等しい。それでも逃げない飛鳥に私はどうにかしようと思うけれど、その瞬間。私の羽が私以外の誰かに触れられる。巨大になった羽でも、それは間違いなく私の羽。それを掴む様に触れられ、手前に引かれた事で私は女性のすぐ傍に顔を寄せられる。と、壁に打ち付けた筈にも関わらず余裕そうな表情をした女性が私の耳元で呟いた。
「仲間思いの良い子。でも……少し躾が必要みたいね」
「!?」
羽を片手で捕まれ、大きく投げ飛ばされる。地面に激突する間際、羽が私の意思とは関係なく守ろうとその衝撃を抑えてくれた。けど私は自分の身体を上手く動かすことが出来ない。触るだけでも不味い羽をあんな風にされれば仕方の無い事なのかもしれない。中々立ち上がらない私に女性はしばらく待ち続けた後、理解したように笑みを浮かべる。そこに感じるのは紛れも無い恐怖だけ。
今の今まで逃げて居なかった飛鳥が突然ジンに耀と私を連れて行く様に力を使って命令する。だけど飛ばされた私は距離があり、女性はすぐに飛鳥の元に移動するとその身体に迷うことなく攻撃を加えた。大きく飛ばされ、ジンは耀を抱えた状態で一瞬だけ元に戻る。しかし飛鳥が痛みをこらえて再び命令する事で、ジンが私の元へと走って来た。……このままだと私は抱えられて逃げる事になる。女性は間違いなく飛鳥にまた手を上げようとして居て、そんな光景を前にして私は逃げるの? 飛鳥を置いて? そんな事……出来る訳が無い。
「なっ!」
「ハク!」
身体が動かないのなら動かさなければ良い。羽の力だけで私は浮き上がると、女性へと一気に突っ込む。そして私はその女性の身体に抱き着いてそのまま空へと大きく【飛び上がった】。飛鳥はいくら言っても逃げてくれない。ジンと耀もあのままでは危ない。ならその元凶をあの場所から連れ出せば問題なんか……無い。
「考えたわね。でも貴女は逃がさないわ。マスターにも言われてるしね」
そう言った女性は私の鳩尾を殴り付ける。苦しみが身体を襲い、動かない身体はそれを最後に意識事機能しなくなってしまう。羽が散る中、横抱きに抱えられて最後に見えたのは涙を流して私を呼ぶ飛鳥の姿だった。