「最高! マスター! こっち向いてください!」
「……ラッテン。そろそろいい加減にしなさい。起きるわよ」
聞こえて来るのは騒がしい会話。ぼやけた視界と定まらない思考の中で、その声の1人が襲って来た女性の物だと理解出来た。それはつまり私が捕まった事の証明であり、一瞬して目が覚めた私は目の前にその姿を捉えると同時に逃げようと動く。だけどそんな私の身体を後ろから抱きしめて居る誰かの存在によって弱くともしっかりと拘束され、私の行動は無意味に終わる。
「ラッテン、貴女この子に一体何をしたの? 見られてそうそう逃げ出す何て、普通じゃないわ」
「いやマスター。敵に捕まってるんですから、今の行動は自然な物だと私は思いますよ?」
「……それもそうね」
私の存在を中心にしながらも、私の存在を蚊帳の外に会話を続ける私を捕まえた女性……ラッテンと私を抱きしめて居る女の子。後ろに居るからその姿を確認することは出来ないけれど、私よりも少しばかり大きいだけの幼い少女である事はまず間違いないと思う。にしてもこの2人、余りに緊張感が無い。敵である事は間違いなくて、私が捕まって居る事も間違いない。にも関わらず、敵意や悪意をそこまで感じない。言うなれば、危険な雰囲気を感じない。
「……ここは?」
「私達の秘密基地、って所ね。マスターの命令で、貴女を捕まえて私はここに連れて来たって訳」
「……マスター……それが」
「えぇ。私よ」
「!」
ラッテンの言葉でここが場所はともかく敵地である事は良く分かった。だけどマスターと言う存在。私の後ろに居る少女の存在が確認できず、私は思わず呟く。と、私を抱きしめていた腕が離れて行く。そしてゆっくりと私の前に移動した少女の姿は……十六夜によって飛ばされ、街の中を歩いて居た時にぶつかった班模様の少女だった。驚く私の姿に思惑通りと言った様に笑みを浮かべる少女。私達を襲い、私をここに連れて来るように指示したのは目の前の少女。どうして私に目を付けたのかは分からないけれど、私は聞かなければいけない。
「……皆は……」
「……そうね。教えてあげるわ」
私の質問に笑みを消し、一度目を閉じた後に口を開いた少女。私が居なくなった後、黒ウサギの
「貴女、随分好かれてるのね? 殺気が凄かったわ、兎さんなんて特に……ね」
「あれは凄いで済みませんって、マスター」
少女の言葉にラッテンが青い顔をし乍ら震えた声で続ける。黒ウサギは一体どれ程の迫力を2人に見せたのか、私には想像が出来ない。唯、私の事で怒ってくれているのは確かで……今すぐにでも出来るならば彼女に無事である事を伝えたい。目の前の2人がそれを許してくれるとは到底思えないけれど。そもそもどうして私はここに連れて来られたのだろう。私が疑問に思った時、まるで私の心を読む様に少女は再び私に笑みを浮かべる。
「どうせ手に入れる。でもそれは早い方が良い。……私とゲームをしましょう?」
そう言って羊皮紙を目の前に出現させる少女の姿に私は先程思って居た感覚が間違って居た事を理解する。危険な感じがしないなんて、ありえない事だったのだと。……目の前で笑みを浮かべる少女の姿は、恐怖を感じるには十分の物だったから。
『ギフトゲーム名 【自由か隷属か】
プレイヤー一覧 ハク
勝利条件 ホストマスターの打破
敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなくなった場合。
宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
【グリムグリモワール・ハーメルン】印』
目の前に浮かぶ羊皮紙に書かれているギフトゲームの内容。それは余りに単純な物であり、だからこそ目の前の少女の自信有り気な表情が怖くも感じる。ゲームの名前から勝てば自由に、負ければ隷属になるのは何となく想像が出来る。そして私がこのゲームを断れる状況では無い事も、理解出来る。……私はここで彼女に勝たなければいけない。そうしなければ、私の未来は無い。
「ラッテン」
「はい、マスター」
少女が名前を呼んだだけで、その表情に笑みを浮かべたラッテンは笛を取り出す。咄嗟に耳を塞ぐけれど、そこから聞こえて来るのは頭が痛くなる様なあの音では無い。代わりにゆっくりと何かが私達の周りを覆い始めているのに気付く。それはやがて私達を閉じ込め、少女は私に袖の長さで隠れた手を向けて告げる。
「来なさい。貴女は私の力で、私だけの
フワフワと浮かびながら離れる少女を私は追いかける。キリトの力を借りなければ、羽の力を使わなければ私に勝ち目はまず無い。だけど羽の力は既に今日2回使って居るから、発動しても持って15秒。キリトの力は限界が分からないけれど、体力的にもやっぱり1回が限界。……どちらも使えるその時に的確に使用しなければ、自滅することになる。
力を使わない素の私に力は何も無い。だけど彼女の行動を調べるために、私は飛び上がると同時にその身体に向けて拳を振りかぶる。私にとっての全力で、それでも威力が殆ど無いこの攻撃。当たればそれで良いし、避けるならどんな行動をするのか確認することは出来る……そう思って居た。拳に入って居る私の力が彼女に取って余りにも弱い物だと理解せずに。
「!?」
「ふふっ、弱いわね」
浮かんだまま、私の拳を難なく片手で受け止めた少女。そのまま空中で止まってしまった私の身体を受け止めた片手で一度手前に引くと、近づいた私の身体に開いて居たもう片方の手が襲い掛かって来た。圧倒的な力の差とでも言うべきなのか、片手で受け止められた私の全力とは反対に彼女の拳は軽いにも関わらず私の身体を大きく吹き飛ばした。視界が回り、身体が空を飛ぶ。やがて何処かに背中を打ちつけた私は真っ直ぐ地に伏せるしか無かった。たった一撃。その一撃だけで体中が痛み、立ち上がる事も辛くなる。
「所詮は唯の女の子。それ以上痛い目を見る前に、私へ隷属を誓いなさい」
そう言って静かに近づいて来る少女。確かに痛いけれど、それでも私は彼女の傍に付き従って生きて行くつもりは無い。私には帰る場所があって、その場所に行くためにはここで負ける訳には……行かない。
「!」
「へぇ、意外よ、まだ立てるの?」
痛む身体に鞭を入れるつもりで立ち上がった私に少女はそう言った後、「ならさっきよりも強いのを上げる」と言って一気に近づいて来る。彼女は最初から私と言う存在が唯の無力な少女だと認識して居る。それ自体は間違いじゃないけれど、それ故に自分が負ける筈が無いと慢心するその考え方を利用することは不可能じゃない。避ける手段も防ぐ手段も無い私にさっきと同じ様に攻撃しようとする彼女が私の目の前に迫って来たその時、私は迷いなく発動する。
「!?」
突然現れた羽は私の身体を包み、迫った拳を難なく受け止める。と同時に私は受け止めた羽を斜め上へと押し返す。少女の拳は強制的に上へと向き、私はそれと同時に一気に畳みかけるために発動する。左手の甲を撫でる様に1回。現れた砂時計を胸の前に持っていき、思うのはキリトの戦う姿。願うのはそれを扱う自分の姿。
「……憑依召還……キリト!」
目の前に居た少女は私を纏う様に出現した風に大きく飛ばされ、私は羽と風に囲まれる。髪は頭からゆっくりと先の方へ向かって黒く染まり始め、甘ロリの服装は弾ける様に消滅。すぐに表れるのはキリトの来ていた黒いコート。そうしてまるで変身の様な過程を超えた時、私は次にする行動を速攻で開始する。握るはエリュシデータ、狙うは空を舞う少女。
「くっ!」
羽を出し、飛び出した私の姿に驚きながらも体制を整えていた少女。私はそんな彼女の目の前に出ると同時に剣を振るう。しかしそれは宙返りする様にして躱され、すぐに右手が私に向かって迫る。だけどさっきの私と違い、避けられない攻撃じゃない。開いて居る片手で迫る手を横から叩きながら後ろ回りに身体を一回転。そのまま戻る過程で少女に一太刀を浴びせる。少女は私の行動に急いで下がり、その結果長い袖を刀身は浅く切り裂いた。
時間は限られている。私は間髪入れずに再び攻撃を仕掛け、少女はそれを必死に避け続ける。だけどその表情には少しばかり苦痛の表情を浮かんでいて、私はその光景に希望を抱く。このまま行けるなら、勝算はあると。そして剣を再び振り下ろそうとした時、その先に居た少女は私に向けて拳を振りかぶるのではなく唯向けて来る。するとその袖部分から出て来たのは黒い霧。羽は咄嗟に私の身体を包み、それでも勢いのあるそれに私は大きく少女から離される。
「はぁ……はぁ……まさかこんな裏があったなんて、予想外よ。……ますます貴女が欲しくなったわ」
「!」
「にしてもさっきから貴女、急ぎ過ぎ。その力に時間が限られて居ると丸分かりね」
息を切らしながら喋る少女にすぐに向かおうとしたけれど、そう言って笑みを浮かべた少女は先程と同じ様に黒い霧を発生させる。それは瞬く間に私を覆い、私に触れる事無く滞留する。さっき、私の意思とは関係なしに羽はこれを防いだ。それはつまり、私に取って害があると能力が勝手に判断したと言う事。そんな物に閉じ込められてしまっては……どうしようも無い。そして、15秒と言う短い時間はすぐに終わりを迎える。羽は消滅し、残ったのは私の身体だけ。砂時計は既に残り4分の1程となって居て、どうすることも出来ない。
ゆっくりと最後の砂が下へと落ちる。それを合図に髪は色を失う様に何時もの白髪へと戻り、黒いコートも普段の甘ロリへと瞬時に姿を戻す。そしてそれと同時に来るのは立って居られない程の疲労感。元々羽の力で攻撃のダメージを無くしたとしても、体力までは回復して居なかった。その上で凄まじい疲労感が襲い掛かってくれば、結果は目に見えて居る。ゆっくりと閉じる視界と離れて居る意識の中、最後に見えたのは私の敗北を告げる少女の笑みと声だった。
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