白夜叉の修業が終わった後、私は何事も無くノーネームに到着する。子供達も既に起きて居て、朝食を食べる前の準備として畑の仕事をして居た。そしてその中にはレティシアも居て、彼女は私に気付くと近づいて来る。
「お帰り。今日も白夜叉のところか?」
レティシアを始め、ノーネームの全員には修業をして居る事は隠して居る。私が強くなるために修業をして居ると知れば、飛鳥辺りは『必要ないわ』と言って止めさせようとして来る可能性があるから。だけど行って居る場所で嘘をつけばもしその場所を確認でもされた時、一瞬でバレてしまう。だから白夜叉の場所と言う事だけは伝えて居る。何をしているかは彼女との秘密と言う事にして。
私とレティシアが話をして居ると、子供の1人が外に出て来て大きな声で「朝ごはんだよ!」と告げる。仕事をして居た子供達はその言葉に一斉に歓喜し、レティシアに視線を向けた。レティシアもその視線を受け、笑みを浮かべると「行っていいぞ」と。それを合図に子供達は我先にと中へ走り始めた。どうやら皆、かなりの空腹状態であったらしい。
「私達も行こうか」
「ん……」
子供達の姿を見て居ると、レティシアが私にそう言って歩き始める。私も彼女に付いて行く様に中へと入り、食堂となって居る場所へ。そうして辿りつけば、既に十六夜・飛鳥・耀の3人の姿もあった。3人はそれぞれ私の存在に気付くと一言二言言って、飛鳥は私に傍に座る様に催促してくる。けどふと私はこの場に黒ウサギの姿が無い事に気付いた。
「……黒ウサギ……居ない」
「何? ……その様だな。悪いが呼んできてくれないか?」
何時の間にか配膳を手伝って居たレティシアは私の言葉に驚いて同じ様に見渡して確認した後、頼んで来る。3人も既に座って居て、立って居る上で手が空いて居るのは私だけ。私は頷いた後、一度食堂を出て黒ウサギの部屋に向かう事にした。
廊下を歩けば子供達が食堂に向かって進むため、沢山すれ違っていく。だけどしばらく歩き続ければ、徐々に人気も無くなって行く。やがて黒ウサギの部屋にたどり着いた時、既に周りに誰の気配も無い。あるとすれば、部屋の中に1人の気配。間違いなく黒ウサギだろう。私は扉の前に立ち、ノックする。
「……ご飯」
『……』
中から気配は間違い無くする。だけどノックと言葉に反応はしてくれなかった。寝て居る? 黒ウサギはしっかり者だから、寝坊することなんて滅多に無いけれど、偶にあっても可笑しい話では無い。……私はもう1度ノックした後、入るために扉を開く事にする。だけど
「……入る」
『! ま、待ってください!』
寝て居た訳では無かった様で、私が開くと同時に黒ウサギの声が聞こえた。だけど声がした時には既に私は扉を開いて居て……黒ウサギの部屋の中、そのベッドの上に黒ウサギは目だけでなく眼元を赤くしながら兎耳を垂れさせ、座って居た。それは誰が見ても泣いて居たと分かる光景。
「ぁ……お猫……様……どうして開けちゃうんですか……」
「……ごめん」
開けられてしまった扉の向こう側に居た私と目が会い、力鳴く抗議する黒ウサギに私は謝る。でも見てしまったからにはこのまま去る事なんて出来ない。私は扉を閉めて黒ウサギに近づき、同じベッドに隣り合う様に座った。既に黒ウサギは下を向いてしまって居て、私が見ても目が会う事は無い。一体何が彼女を泣かせることになったのか。見てしまったからにはその理由を知り、解決したい。この世界に来て沢山助けて貰って、お世話になったから……私に出来る事ならば何でもしたい。
「……泣いてた」
私が言えば、黒ウサギの身体が一瞬ピクリと動く。そしてゆっくりと顔を上げると、その泣き後の残った目に再び涙が溜まり始める。そして突然お腹に衝撃が来たかと思えば、黒ウサギが私を倒した状態で泣き始めて居た。私のお腹の部分は徐々に黒ウサギの涙で濡れ始め、とりあえず今は彼女を落ち着かせる為にその頭を撫でる事しか私には出来なかった。
黒ウサギが泣き止んだ頃、部屋の扉が叩かれる。どうやら私が呼びに行ったにも関わらず、帰って来ない事でまた誰かが呼びに来たのだろう。私は黒ウサギの頭から一度手を離し、少しだけ落ち着いた黒ウサギをその場に立ち上がると扉を開ける。向こう側に立って居たのはレティシアであり、中に私が居る事で少しだけ眉間に皺を寄せて口を開く。
「何時まで経っても来ないから心配したぞ。黒ウサギはどうした?」
「……居る。……でも、行けない」
「? どういう事だ?」
レティシアの言葉に返したけれど、当然首を傾げて聞き返してくる。でも流石に泣いて居たと言うには黒ウサギが可愛そうで、私は何も言わずに目を一度瞑ってレティシアを見る。もしも今頃食べ始めているであろう3人なら問答無用で聞くか入るかして居るけれど、レティシアの場合は違う。何となく察してくれた様に溜息を吐くと、「終わったら食堂に来ると良い。残しておこう」とだけ言って去って行く。私は彼女に心の中で感謝しながら扉を閉め、黒ウサギの方に向き直った。
「……落ち着いた?」
「はい……すいません、せっかく白夜叉様に貰ったお洋服を」
「……平気」
ようやく話すことが出来る様になった黒ウサギは、私の服が涙で濡れているのを見て謝って来る。だけどこんなのは放って置いても乾くから何の問題も無い。あるとすればやっぱりどうして泣いて居たのか、って事。私は黒ウサギの手の上に自分の手を乗せて、少しでも安心出来る様にした上で黒ウサギを見る。言わなくても伝わった様で、だけど黒ウサギは言いよどみながら私を不安そうに見て来る。しかしやがて一度下を向いた後、今度は強い目で私を見て来た。
「お猫様……居なくならないでください!」
「!」
突然そう言って来た黒ウサギに私は驚く事しか出来なかった。この状況で的外れな事を言う訳も無い。私が居なくなる事は事実で、それを教えた覚えは無いにも関わらず黒ウサギは知って居た。そんな現状に私は動揺する事しか出来なかった。だけどそれでも黒ウサギは止まらず、さっきは私が黒ウサギを抱きしめて居た様に今度は黒ウサギが私を抱きしめて来る。しかも離さないとばかりに強く。
「白夜叉様とお猫様が話して居るのを聞いてしまったんです。お猫様は……お猫様は後3日で居なくなってしまうと。そんなの、嫌です!」
前の世界でこんな風に止められる事は無かった為、余計に私はどうすれば良いのか困ってしまう。正直な気持ちを言えば、私はこの世界に居続けるつもりは無い。だけど、私が居なくなる事を止めようとして涙さえ流す存在が今私の目の前に居る。黒ウサギの気持ちに答える事は出来ないけれど、出来ないと言って彼女が諦めてくれる可能性はかなり低いと思う。
「……私は……帰る場所が……ある」
「! それはここでは駄目なのですか! 私達と一緒に居る事は……出来ないのですか!」
もし私が帰る事を諦めるのなら、きっとこの場所を帰る場所にする事は出来る。だけどそれを私自身が出来ないから、前の世界でもこの世界でも留まる事は出来ない。……私は黒ウサギの言葉に首を横に振って答える。と、彼女の腕が更に私を強く抱きしめ始める。離したくない存在がそれでも離れて行くのなら、もっと離れない様に。そんな黒ウサギの心情が痛い程私に伝わって来る。
「……この場所を求める……仲間が居る。……私は……求める場所が……ある」
黒ウサギの腕の力が私の言葉で一瞬だけど抜ける。黒ウサギは最初、私達にここを紹介する時に言って居た。『仲間たちが何時かここに帰って来る』と。それは仲間達が求めて居る場所があり、帰る場所があると言う事。そして私はこことは違う別の世界で、同じ様に帰る場所がある。私の思いは、仲間達を待つ黒ウサギならきっと理解出来る事の筈。
「お猫様が居なくなったら……私は」
「さっきから勝手に何を言ってるのよ?」
「! あ、飛鳥さん!?」
黒ウサギがまた何かを言おうとした時、突然扉の方から言われた事で私達は振り返る。そこに立って居たのは飛鳥で、その後ろには耀の姿もある。そして気付いた時には十六夜も私の後ろに居て、私は簡単に十六夜に首元を人の姿でありながら猫の様に持ち上げられてしまった。
「勝手に黙って居なくなろう何て、良い性格してるなぁ? 白猫」
「ほんとね。……少し躾が必要かしら?」
「お仕置き」
持ち上げられた後、私は十六夜の怖い笑みを見る。そして飛鳥と耀の言葉を聞くと同時に私はまるでボールの様に十六夜から飛鳥に投げられた。空中を回る際、飛鳥の力で猫の姿にさせられると今度は耀へと投げられる。怪我は無い様に気を付けられながらキャッチボールされる私は既に何処が上で何処が下なのかも分からなくなって居た。
「お、お猫様!?」
「ったく。黒ウサギも黒ウサギだぜ?」
「っよ! そう。考えすぎ」
「それっ! 私達は何処から来たと思ってるのよ?」
黒ウサギの声が聞こえる中、十六夜・耀・飛鳥の順で言う言葉に私は目を瞑って何処か納得してしまう。成功するのかは分からないし、確かめる事も出来ない。この世界から去れば、前の世界同様にまた皆と会えるか何て分からない。でも、前の世界とは違う事が1つある。それは、飛鳥達は全員【世界を渡った】と言う事。自分達の世界からこの箱庭と言う世界に渡った。……そんな事が可能になるこの世界で、私が例え離れたとしてもまた会える可能性は十分にある。一生の別れになると言う事にはならないのかも知れない。
何週目かも分からない回数で飛鳥の方へと投げられた後、今度は投げられずにその腕の中に抱かれる。黒ウサギの時と違い、既に上下左右分からない現状では声だけで判断するしかない。フラフラの状態で止められた為、とにかく私は元に戻るまで休憩する為に力を抜く。と、そんな私の身体を飛鳥は撫で始めた。
「離れても私達の……【ノーネームのペット】である事は変わらないわ。いざとなれば、連れ戻せば良いのよ」
徐々に正確になって行く視界の中、私を心配そうに見つめる黒ウサギは飛鳥の言葉に自分の手を強く握りしめた。そして飛鳥に私を渡して欲しいと催促すれば、飛鳥は最初の時とは違って言われた通りに黒ウサギへ私を渡す。先程とは違い猫の姿のまま、私は強く抱きしめられた。
「お猫様……あと3日間。いいえ、それが終わっても。私達は一緒です。必ずまた会えると、約束してください」
私は黒ウサギの言葉に頷いて答える。来れる来れないでは無い。私は自分の世界に帰れる様になったとしても、この出会いを忘れずにまた会いに来よう。そう新たに決意する。この世界に居る人達はもう唯の他人では無く、仲間だから。……私が渡った先で出会い、共に過ごす人たちもまた大切な人達になるのだから。
次回【World2 箱庭の世界で】……最終話となります。が、残念ながら明日は投稿出来ません。