黒ウサギとの約束を交わした後、私は何時も以上に皆と居る様になって居た。私が例え動かなくても、気付けば皆が傍に居る。
普段なら昼寝をして居る時間、庭でして居ると気付いた時には耀と三毛猫が居た。掃除などが終わった後、図書室に行けば飛鳥が一緒に付いて来た。夕食を作る時はレティシアと一緒に食事を作って、子供達をお風呂に入れる時には黒ウサギと一緒に入る事になった。皆が皆、それぞれ自分達の役割をする中で私と一緒に居る様になっていた。そして今、私は応接室でこのコミュニティのリーダーであるジンと話をして居た。
「そう……ですか……。じゃあ、ハクさんは3日後に」
「ん……居なくなる」
黒ウサギ達との話を済ませたとしても、私は現状このコミュニティに入って居る。だからこの場所のリーダーに伝えるのは私がここでお世話になって居た以上、やらなければいけない事。ジンは私の言葉を聞いて目を見開いて驚いたけれど、すぐに納得してくれる。私がここから出て行くことは止められないと、何となくだけど察してくれたらしい。その後ジンはしばらく黙って居たけれど、やがて「分かりました」とだけ告げると立ち上がる。そして右手を私に向けて伸ばして来た。
「ハクさんに事情があるのは分かって居ます。だから、止めません。今まで、ありがとうございました!」
……今日居なくなる訳では無いのにまるで今から居なくなる様に言うジン。仲間が増えた後、こうして居なくなる事は彼に取って少しだけトラウマになって居たのかも知れない。だけどそれを我慢してまでこうして私が居なくなる事を許してくれるジンに私は感謝すると共に、その手を取る。お互いに繋いだ手を一度強く握り、そして離した。
ジンとの会話を終えた後、私は部屋を出る。と、そこには壁に背を預けて立って居る十六夜の姿。彼は私が出て来ると同時にこちらに視線を向けて、「ガチガチだったな!」とジンのあの姿に付いて笑みを浮かべて言う。彼なりに頑張った筈。本人が聞けば少し不愉快な言動だけれど、十六夜の場合はもう仕方が無いで終わってしまうだろう。
「白猫。明日、昼は開けとけ」
「? ……どうして?」
突然言われた言葉に私は聞き返すけれど、十六夜は私の質問に答える事無く「明日な」とだけ言って去ってしまう。私は何をするのか少し不安に思いながらも、その日は自分の部屋に戻って眠りに付く事にする。そしてすぐにその時は来る。
次の日になり、昼食を食べた後で十六夜と合流した私はノーネームの出入り口に連れて行かれる。するとそこには飛鳥と耀。そして黒ウサギの姿があった。黒ウサギの傍にはレティシアも居て、2人は何かの話をして居る。と、私の存在に気付いたレティシアは「それじゃあ気を付けてな」と言って私達の方へと歩いて来る。そして「楽しんで来い」と一言。彼女はそのまま中へと戻って行ってしまった。
「さて、では行きましょうか?」
「……何処に?」
飛鳥の言葉に私が聞けば、十六夜が笑みを浮かべて答える。「世界の果てだ」と。
十六夜と黒ウサギは私達の中で群を抜いて身体能力が高い。初めてこの世界に来た時、十六夜は世界の果てに行ってその絶景を見て来たらしい。そしてそれは追いかけて行った黒ウサギも同じで、私達に……私にその光景を見せたいと黒ウサギが提案したとの事。だけどそこに行くのはかなり大変で、歩いて行けば今日明日と付く距離では無いとの事。ならどうするのか。
「準備は良いかしら?」
「うぅ、まさか飛鳥さん達も付いて来るなんて」
「不満?」
「いえ、そう言う訳では無いです! 唯行き方が行き方なので」
「どうなっても自己責任って奴だ」
黒ウサギの背中に背負われながら飛鳥が聞けば、黒ウサギは辛そうに呟く。かなりの速度で走れるのは黒ウサギと十六夜だけ。ならそんな2人に【背負って貰って】移動すれば、すぐにその場所には到達出来る。でも当然本人たちは問題無いけれど、私達には強烈な力が掛かる筈。黒ウサギは少人数で行きたかった様だけど、飛鳥達がついて来る事で心配事が増えてしまったらしい。
耀は十六夜に抱えられ、私は飛鳥と黒ウサギの間に猫の状態で座らされる。この位置だと2人に挟まれて私に負荷は掛からない可能性が高い。……飛鳥と耀は大丈夫か少し心配だけど、でも確か飛鳥は北に言った時に十六夜に抱えられて走った筈。耀も耀で黒ウサギや十六夜ほどではないけれど人間離れしているから、大丈夫なのかも知れない。
十六夜と黒ウサギがお互いに目を合わせると、「行きますよ!」と黒ウサギが宣言。途端に私達の視界は凄いスピードで動き始めた。木々が確認できない速度で動き、遥か遠くに見える街がドンドン横に動いて行く。上を見れば飛鳥の顔が映り、その顔は勢いよく受ける風に目を細めながらも口元に笑みを作って居た。……そうして揺れること数十分、景色の動く速さが徐々にゆっくりになり始める。
「そろそろ着きますよ!」
黒ウサギがそう言い、少しだけ待ち続けた後。速度は更に遅くなって行き、やがて歩く程の速さになり始める。そして一度止まると、飛鳥は黒ウサギの背中から降りて私を持ち上げた。……そうして目の前に黒ウサギの背中が無くなった事で見えたその光景は例え私の姿が人であったなら、声を漏らしていたかも知れない。そう思える程に凄い光景だった。
「綺麗」
「えぇ、そうね」
世界の果て。その名前に嘘は無い様で、見える景色は断崖絶壁に近い。だけど滝の様に水が流れ、崖の下には海も山も何も広がって居なかった。まるでこの世界が宙にでも浮いて居るかの様。……もしもここから落ちたなら、底があるのかも分からない。だけど見える景色は綺麗で、私は唯見惚れる事しか出来なかった。
「お気に召しましたか?」
「見りゃ分かるだろ? 白猫の目、釘づけだぜ?」
私が飛鳥の腕の中でその光景に見入って居ると、笑顔で私の視界に入って来た黒ウサギ。同じ様に十六夜も入って来て私を見ながら笑う。上を見れば私の姿にクスクスと笑う飛鳥の姿。私は少し恥ずかしくなって飛鳥の傍から飛び降りると、誰も視界に映らない端の方へ移動する。真下には終わりの無い光景。……まるで吸い込まれそうな程に。
「お猫様!?」
気付いた時には私の感覚が可笑しくなって居た。ゆっくりと前へ落ちて行く様なそれに黒ウサギの声が聞こえて来た事でようやく気付く。余りに高い場所に居ると平均感覚を失う事があると聞いた事はあるけれど、まさかこんな場所でそれを実感するとは思わなかった。……このまま私は気になって居た底を確認することになってしまうのだろうか。
落ちる感覚に目を瞑った時、突然私の身体が誰かの腕に包まれる。すぐに手を伸ばして届く距離じゃ無いために上を見れば、そこには十六夜を最初として飛鳥・耀・黒ウサギの順で手を繋げている光景。私は十六夜に捕まれている様で、一番上に居る黒ウサギが辛そうな声で「大丈夫ですかぁ!」と叫ぶ。3人と1匹を持って居るのだから、かなり負担が掛かって居るのだろう。
「最後まで、世話が焼ける」
「まったくね。大丈夫よ! 上げなさい!」
「分かりましたぁ!」
耀の悪態に飛鳥が続けると同時に黒ウサギに叫び、徐々に上へと引き上げられる。そうして無事に陸へと上がり切ると、すぐに私は黒ウサギ達に説教される事になる。完全に不注意だった私の責任だから、文句など言える訳も無い。
その後、改めて世界の果ての光景を目に焼き付けた私達はノーネームへと帰る事になる。……これがこの世界での最後の遠出であり、この世界での最後の思い出となるのだろう。忘れられない、大切な思い出として。
「……っく、そ」
悔しがる声と共に誰かが倒れ、それと同時に時が来る。目を閉じれば浮かぶ光景。しっかりと閉じて居るその扉は黒ウサギの。飛鳥の。耀の欲が文字列となって並び、消える事で徐々に開いて行く。そうして全てが開いた時、私の瞼の裏に見えた光景は消えてしまう。あの時と同じ。瞳を開いた時、扉は私の目の前に存在して居た。……そして、私の後ろではまるで見えない何かに眠らされた様に横になって居る十六夜達の姿。
この世界を離れる時となり、私を見送るために居てくれた皆。だけど時間が来ると同時に1人、また1人と眠る様に倒れてしまった。あの十六夜でさえ、最初は平気そうにしながらも最後には悔しそうに倒れた。彼が一体どれ程の力を持って居るかは誰も詳しく分からないけれど、この扉の力にはそれすらも効かないと言う事なのだろう。……それでも最後まで立てて居たのは彼だけだったけれど。
『必ずまた会えると、約束してください』
黒ウサギの言葉が過る。扉を潜ったら最後、前の世界と同じならきっと消えてしまうだろう。私が元の世界に帰るにはこれを続ける事だと最初に分かったけれど、来た場所に帰るにはどうすれば良いのか……私は何時か知らなければいけない。
後ろで倒れて居る皆の元に戻る訳には行かない。だから私は唯その場で振り返り、声にならない思いを告げて扉を潜る。私を出迎えた扉は私が入ろうとすれば光乍らそれを迎え、私と皆との間を強い光によって視界を薄めると同時に閉める事で遮断する。そうして私はまた真っ白な扉ばかりの世界に足を踏み入れる事になった。
どの扉も開いて居らず、目の前に広がる光景を前に数歩足を踏み出す。すると前回同様、強い光が背後から照らす。振り返れば箱庭へと続く扉は跡形も無く消滅して行き、やはりあの世界へと帰る道は無くなってしまう。
大きな音が響き渡り、少し離れた場所にある扉がゆっくりと開き始める。新しい世界への入り口。ここを潜ればまた知らない世界へと飛び出すことになるのだろう。…………行こう。覚悟は、出来た。
扉の向こうに見えるのは少し赤さを持った黒い世界。私がその扉を潜れば、見えて来たのは1つの部屋だった。窓は1つも無く、明かりも存在しない。家具と言える家具は殆ど無く、あるとすれば赤いカーペットと唯一置かれているベッドが1つ。そしてその部屋の中に唯一存在として存在して居るのであろう、1人の少女の姿。だけど見ただけで分かる、この少女は人じゃない。
「? だぁれ?」
潜り抜けた扉は消滅して行き、それと同時に少女が私の存在に気付く。彼女の背から生えて居る綺麗でありながら骨の様にも見える恐ろしい羽根が動き、金色の髪が揺れる。そして私を見つめるその赤い瞳は純粋でありながら何処か……恐怖を感じる物だった。
まずはここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次の世界が何処なのか、すぐにわかった人も居るとは思います。しかし前回同様、しばらくの間は本編を停止させて頂きます。半分~それ以上完成し次第、再び再開致しますので、それまでは出来上がり次第投稿します【World∞】の方をお楽しみいただければ幸いです。
2020年 5月12日追記
常時掲載
【Fantia】にて、主にオリジナルの小説を投稿しています。
また、一部二次創作の先行公開や没作の公開もしています。
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