そろそろ帰って来る頃だろうと思い、猫の姿になる。と、思った数分後に焦った様子でアスナが帰って来た。
「ハク! 居るなら出て来て!」
ハクと言うのはアスナが私につけた名前。本当の名前がありはするけれど、とりあえず今はこれを名乗ると言うか自分の名前にして居る。で、アスナの目の前に当たり前の様に現れれば凄い勢いで抱きしめられた。何でもリズベットの武具店に私を引き取りに行ったが、私は逃げ出した後だったために帰ってきていなかったらどうしようかと焦っていたとの事。確かに逃げ出す事はそんな数無いし、無事にここに帰ってこれる可能性は低いのかもしれない。それは私が唯の猫だった場合の話だけど。
「良かった! もう居なくならないでね?」
そう言って笑うアスナの瞳を見ながら鳴いて返事をすると同時に頭の中に言葉が浮かぶ。
【結城 明日菜『アスナ』 保護欲 MAX・癒欲 65/100・支配欲 0/100】
……どうやら欲を1つ満たしたらしい。だけどそれと同時に新しい物が出現している。人が増える事は分かって居たけれど、まさか欲まで増える事になる何て思っても居なかった。これでは私が帰れるまでどれだけ掛かるのか本当に分かった物では無い。
考えて居る内に私はアスナに抱かれたまま移動する事になった。それからしばらくの間、アスナは私を離そうとしてくれない。今日あった出来事などを話してくれるけれど、その内容は綺麗な少女が語るには実に殺伐とした物語で「あの時は怖かったわ」と言う内容は余りにも現実的すぎる内容。生か死かを生きるこの世界では当たり前の事なのかも知れないが、これに慣れる事は余り良い事では無いだろう。
それからしばらくの間、私は解放されずにずっと一緒に居る事になった。それでも途中で解放してくれるだろうと思って居た私は甘かった様で、結局残りの1日。アスナが寝付くその瞬間まで私は解放されることが無かった。そしてこの時私は支配欲と言う物が出現した時。その人の感情が変わるなど知る由も無かった。
「この層に居たの? 純白の天使が?」
「唯の噂だけどね。昨日、転移門で見たって人が居てね」
翌日、私はアスナと共にまたリズベットの武具店に来ていた。入って最初に私の姿を確認した時、リズベットは私に手を合わせて「ごめん!」と謝って来たため、私は頷いて許すことにした。あの時は調子に乗って居ただけで、分かればもうあんなことはきっとしない筈。そう信じたから。そして私とリズベットが再び元通りになり、店の奥の武器を作る鍛冶場のある場所で武器を作りながらアスナとリズベットは会話を始めた。会話の最中、妙に冷たい視線をアスナから感じたのは多分気のせいだと思う。
話の内容は純白の天使。真っ白な姿をした綺麗な天使と見間違うプレイヤーがこのゲームの中に存在している。だけどその存在の名前も場所も、誰も知らないと言う内容。それもその筈、その天使の正体は猫なのだから。探して居る人は皆一様にその存在を人と考えた上で探しているけれど、その探し方ではきっと見つかる事は無いだろう。かと言って別の生き物だと思う人もそうそう居ない筈なので、結果的に私が見つかる可能性は非常に低い。
「真っ白な天使……噂になるくらいだし、一度見て見たいな」
「ふ~ん、アスナもそう言うのに興味あるんだ」
「それは女の子だったら誰でも憧れるよ。そう言うリズは興味無いの?」
「私は此奴が居るから天使って言われても何かもう猫しか思いつかないのよね。此奴が純白の天使って言われたら私、納得出来るわよ」
憧れるアスナを見て頬杖を突きながら言ったリズベットの言葉にアスナは聞くと、私の身体を撫でながら答える。「そんな訳無いけどね」って最後に付け加えるリズベットだけど、私は内心結構ドキッとしていた。もしも私の正体を知って居る人が居るのなら絶対に思うだろう、ほぼ当たって居ると。意外にも中々に鋭いリズベットに撫でられながらも平静を装う。変に驚いても多分そんなに怪しまれないだろうけれど、私自身が少し落ち着く必要がありそう。
「ハクが純白の天使……違和感無いね」
「でしょ? 真っ白だし可愛いし……そう言えば結局この子は何なの? NPCじゃ無いんでしょ?」
「うん。だけど魔物でも無くて、住居登録とかで一緒に出来たからプレイヤーと同じ扱い見たい。だけどレベルとかは無いみたいだし、結局謎なの。でも悪い影響は無いと思うし、帰った時に出迎えてくれると癒されるから特に気にしてないけどね?」
2人の会話を聞きながら私は自分の立ち位置について考える。この世界に居るのは大きく分けてプレイヤー・NPC・魔物の3種類。そして私はその中で一番最初の存在に近いらしい。でもある筈のレベルが無かったり、自分自身の持ち物とかも無いからその辺についてアスナもリズベットも不思議がって居る様子。でもそれは猫の姿の時だけで、人間の姿になればアスナみたいに何も無い場所にメニューとか出すことは可能。レベルは存在して無いけれど、似た様な事は出来る訳である。
「あ、リズ。お願いがあるの。明日から少しの間、またハクを預かって貰えないかな?」
「ハクが大丈夫なら別に良いけど……また前線に出るの?」
「うん。で、昨日みたいに途中で帰ってこれないかも知れないから泊めてあげて欲しいの」
リズベットがアスナの言葉を聞いた後、私に「って言ってるけど大丈夫?」と聞いて来る。私が視線を向ければ、「ちゃんと帰って来るから良い子にしてて。ね?」と手を合わせてお願いしてくるアスナ。飼い主が飼い猫にする動作では無い気がするのはきっと可笑しく無い。だけどアスナにもアスナでやらなければいけない事がある訳で、その内容を私が邪魔する訳にも行かない。それに泊まるくらいの事をしなければリズベットの欲を満たすのは難しい筈。私は頷いて返した。
2人が私の行動に褒める様にして同時に私の身体を撫でて来る。1人ならまだしも2人で一斉にとなると身体中の至る所を撫でられる事になる。何とか羽は避けてくれている様だが、流石にうっとおしく思ってしまうのは仕方の無い事。逃げようとした時、2人の目が同時に光った気がした。そして一瞬にしてリズベットに両脇を持たれて持ち上げられ、アスナが私の身体を撫でまわしてくる。人間だった時に猫を撫でまわしたい衝動はあったけれど、いざ立場を変えてやられる側になるとうっとおしくてしょうがない。……あ。
【支配欲 13/100】
【支配欲 25/100】
前者がアスナと後者がリズベット、どうやらこの状況に支配をして居る感覚らしい。確かに今現在私は無抵抗にやられるしかない訳だけれど、前回の羽の時同様にこのままは流石に嫌。今回は爪を立てる事も出来ないため、睨むつもりで目の前に居るアスナを見る。と、アスナが私の姿に少しばかり申し訳なさそうになって手を止めた。どうやら伝わったらしい。
「ちょっとやり過ぎちゃったかな?」
「また逃げられたら堪った物じゃ無いし、もう止めときましょ。にしても表現力と言い、ほんと利口よね」
私はゆっくりとカウンターに降ろされた。そしてそれからは2人が他愛もない話をして居るのを聞きながら時間が過ぎるのを待つ。今更だけれど、私が動いて何とかなる欲が今のところ何も存在して居ない気がする。保護欲はアスナが何かを保護したいと思う欲であって、既にMAX。癒欲は多分だけど癒されたいって事で、これは攻略から帰って来ると同時にちょっとずつ上がって居る様子。支配欲は……私が犠牲にならなければいけない状況しか今のところ無いから考えどころで、愛求欲は多分愛を求めて居る欲? ……これは何とか出来るかも知れない。なら次の目標は泊まる間にリズベットの愛求欲をMAXにする事。かな?