その日は冬晴れ、風の強い日だった。
夕暮れと言うにはまだ早い時間、鎮守府沖を足柄率いる十二人の艦娘たちが波を切っている。
隊列の大半を占める駆逐艦たちは、無線で今日の自分たちの戦果を称え合い、無邪気にはしゃいでいる。旗艦の足柄はそれを咎めることなく、黙って先頭に立っていた。今日は艦娘なら嫌でも高揚する戦果だった。駆逐艦たちの稚気をたしなめるつもりはない。ただ、鎮守府沖からそう離れていない海域でこれだけの深海棲艦が出没し続けているのが気に掛かる。
「足柄さん! 方位サンフタフタ、距離ヒトフタマルマルに浮遊物!」
五十鈴が肉眼で確認した目標を足柄も確認する。それは、釣り人が使うようなミニボートサイズの木船だった。
「……子供が乗ってますね、何人か。あれ地元の子じゃないですかね」
「はッ。なによそれ」
思わず声が出た。今日は相当に波がある。ここまで、よくひっくり返らなかったものだ。
大戦果で早々の帰還、姉さんたちに早酒に付き合ってもらうつもりだったのにこれだ。ああ、いやいや! 良い方に考えよう。これは羽黒を独り立ちさせるチャンスだ。
「いいわ、わたしが見てくる。羽黒! あなたが旗艦代行、責任を持って全員を鎮守府まで帰還させなさい」
「えっ、ええぇっっ!」
無線を、羽黒とのみの交信に切り替える。
「えぇ、じゃないの! 分かってるでしょうけど、利根があなたに旗艦をやってもらいたがってる。そろそろわたしの後ろから卒業する時間よ、羽黒」
「そ、そんな! 姉さん、急ですよ! そんな話っ」
「急じゃない。あなただけが自覚しようとしないのよ。わたしも、姉さんたちも、みんなあなたなら上手くやれるって思ってる。羽黒、これを最初の任務になさい。きっとうまくいくから。ね?」
本当は、もっと早く羽黒を旗艦にあげる予定だった。それは旗艦を務めるみんなで決めて、提督にも了承してもらったことだ。それを、わたしの一存でわたしのところで留めている。
「……わかりました。やって、みます」
「よしっ」
回線を切り替える。
「みんな! わたしはあのお馬鹿な間抜けさんたちの面倒を見てくる! 後のことは羽黒に任せるから、ちゃんと命令聞きなさいよ!」
「はーい!」
この子たちはいつも返事がいい。返事はな!
「五十鈴も、あとよろしくね」
「はい。まっ、大丈夫ですよ」
五十鈴が安心させるように笑いかけてくる。その肩をぽんと叩いて答えると、足柄は水しぶきを立てて戦列を離れた。
先に見える木の小舟は、頼りげなく波に揺られている。遠くからでは、子供の頭らしきものが一つ二つ見え隠れするだけだ。足柄の脚は小舟までの距離を一瞬で詰めた。小舟を揺らさないよう、速度を落としつつ接近する。
「あらま」
中には座って泣いている男の子が三人、うずくまっているのが一人、突然艦尾に現れたニンゲンの姿に驚いている胡座の男の子が一人、そして……。
「あなたたち! その子は!」
見るからに水に落ちたのであろう男の子が、一人横たわっていた。ぐったりして動きもしない。
子供達は、海の真ん中で何処からかわいてきたヒトの姿に、あんぐりと口を開けていた。
「聞いてるの?! その子、息してるんでしょうね!?」
呆然として答えない子供達に怒鳴る。
一瞬の間の後、胡座の子が答えた。
「してます。水は吐かせましたが、意識が戻りません」
その子だけが足柄の目をはっきりと見た。
他の子供達は我を失っていた上に、さらに拍車掛かって混乱していた。
「そう。あなたたち、自分たちがしていることが分かっているの? このまま漂っていれば潮流にのってハワイ行きよ。二度と帰ってこれないわ。そもそも、あんた達何処から来たのよ」
「俺達は──」
胡座の子が語るには、ほぼ全員が、鎮守府も構えている大きな湾の、外洋に近い漁港の子供であるという。漁港の先にある離れ小島に度胸試しで、オール二本で漕ぎ出したのだと。意識のない子は落としたオールを拾おうとして落水。必死に引き上げて一息ついたころには、あっという間に湾の外まで流されていたのだ、と。
子供ってどうしてこう馬鹿なんだろう。
わたしは、こみ上げてくる怒りをなんとか抑えた。
自分たちの命なんだぞ。
「分かった、もういい、分かったから。わたしが帰してあげるから、全員ヘリにしっかり掴まりなさい。ちゃんと掴んでなくて放り出されても、知らないからね! キミ、その寝ている子、また落とすんじゃないわよ!」
艦尾を両手で掴んでは腰を落として、馬力を出す。子供とは言え六人も乗った小舟を押すのは思ったより大変だった。脅すように言ったが、とてもでないが速度は出せない。どんな事故に繋がるか分かったものではない。
(誰かもう一人連れてくればよかった。わたしもバカね)
速度に乗り始めたボートの横っ腹を波が叩く。
降りしきる飛沫に、子供達から悲鳴のようなうめき声が漏れた。
「我慢なさいな! …………まったく、なにが、度胸試しよ。わたしの度胸の方が、試されてるじゃないのよっ」
額に汗が浮かぶ。
小舟を押すのって結構キツイ。他の艦娘を曳航するときとは違った重さだ。
舟の中では子供達が必死にヘリや底板にしがみついていた。脅す必要なんかないほど必死だった。
唯一、胡座をしていた子だけが、意識のない子供を気遣っていた。助かるかもしれないという喜びも、助からないかもしれないという恐怖もない。ふとすれば頭を打ちかねない、意識もなく横たわった身体を守っていた。
(こなくそ!)
せっかく作った推進力を、腕や体を通して舟に伝えなければならないというのは、なんて非効率で不便なことだろうか。オールで漕ぎだしたって? 正気じゃないわよ!
わたしが悪戦苦闘しながら波間を裂いているとき、胡座の男の子が立ち上がった。
「──艦娘さん、あれ!」
後方から漁船。同じ進路。
足柄は一も二もなく、進路を寄せた。
目をこらして乗員の姿を探す。
果たして見えた乗組員は、知り合いの漁師たちだった。
「やったぁ! ラッキー! わたしの運も捨てたもんじゃないわよね! おーい、おじさん! おーい!」
足柄が寄せていくと、漁船も徐々に速度を緩める。
もう向こうからも、わたしの顔がはっきり見えるだろう。
「おじさーん、あなたって最高だわー!」
「こんなとこで何してんだ、足柄!」
「この子たち、おじさんトコの子でしょ! はー、助かった。舟は乗るもんで押すものじゃないわね」
漁船に横付けされ、波の上でほぼ停止する。
漁師たちが何事かと甲板に出て覗き込んできていた。
「ねえ、おじさんところの子たちでしょ? ううん、違っててもいいから助けて! 意識ない子もいるの」
すべて言い切る間もなく、漁師たちが怒鳴り声で子供達の名前を叫びだした。
なんとも恐ろしい光景だ。
この子たちのわずか先の未来を想って足柄は苦笑する。
「あ、あのー、助けて、ちょうだい?」
近場の漁師は乱暴で粗野だったが、不思議と艦娘と馬が合った。たまに新鮮な魚を食堂に差し入れたりしてくれるのだ。だから、足柄も素直に助けを求めることができる。海軍と艦娘の関係が冷戦気味なのと比べると雲泥の差だった。
「なんだってこいつら、こんなとこに!」
漁師たちはまだ怒り心頭といった様子だ。
わたしもコワイ。
「本人たちに聞いてあげて。なんか、度胸試しとか言っていたけど」
そのまま漁師たちに任せておくと、木船に飛び移られそうだったので足柄が子供達を渡してやることにした。子供達は、これまでの恐怖か、それともこれから死ぬほど怒られることが怖いのか分からないが、身体を抱いてわかるほど震わせていた。
ま、しっかりぽっきり叩かれて怒られなさいな。
足柄の怒りはとうに消え失せていた。悪戯する子供と叱る大人という構図に、わずかな羨ましさを感じるだけであった。
意識を失っている子も慎重に移して、最後が変な眼をした胡座の男の子だった。その子は、子供達を運ぶ間ずっと足柄を見ていた。気にもとめなかったが、観察されていたという気がする。
足柄が動こうとしないその子に手を伸ばす。
「何? はやく移りッ────」
その子が、艦尾から飛んだ。
サッと血の気が引いたときには、身軽に漁船の甲板によじ登っていた。
その後何する風でもなく、こちらも見ずに反対側の舷に歩いていく。
……空になった小舟が音を立てて揺れている。
わたしの心に、またフツフツと怒りがこみ上げてきた。
そんな足柄をよそに、船縁から漁師が顔を出す。
「足柄、悪いがこのままウチの漁港に来てくんねェか。こいつら、大したことやらかしたもんだ」
「……いいわよ。どっちにしろ、この舟も帰してあげなきゃいけないからね。後から行くわ」
それから二言三言交わして、漁船は先に帰っていった。
後に残ったのは、空の木船と海の上に仁王立ちする艦娘。傍から見れば、奇妙な光景だったであろう。
子供のいなくなった舟を押すのは楽だった。
しかし、人の乗った舟を後ろから押すというのは良い経験になった気がする。何かに役立てられないかしら。
辺りはすっかり夕暮れになっていた。夕焼けに染まる海を独りで走るのは案外気持ちがいい。あっという間に漁港についてしまった。
岸壁の上には人だかりができていて、漁師の他に子供達の親らしき大人も見える。子供らはみんな大泣きしていた。その頭を親が引っぱたいたり、周りがなだめるほどの怒鳴り声で叱られたりしている。
わたしは、おじさんに手を上げて合図した。
「おお、足柄! おまえがいてくれて本当によかった。おまえがいなきゃ、船みんな出しても見つからなかったろうよ」
「気にしないで。本当にたまたま通りかかっただけなんだから。あ、感謝の気持ちは新鮮なお魚でいいから! それでチャラにしましょう」
「そういう訳にはいかねェよ。おいみんな、ガキ共を助けてくれた艦娘が来たぞ!」
ふと気付く。
親に怒られていない子供が、一人いた。あの突拍子もない男の子だ。他の子供達が泣いて怒られているのに、その子はうつむき佇んでいた。周りの大人もなんとなく遠巻きにしている気がする。
何事か言っている漁師を手で制し、その子の元へ歩いた。
その子はわたしに気付くと一瞬驚いて、またアスファルトに視線を落とした。
まだ幼い顔をしている。
歳は十三、四と言ったところか。
(人間の子供のことはよくわからないけどね、誰からも怒られずにいるようなのがロクなのにならないのは艦娘も同じなのよ、キミ)
「──ねえ、教えてちょうだい。あなたが、みんなのリーダーだったのね?」
俯く頑なな頭を見て、問いかけは無視されるかもなと思った。
しかし顔を上げて、少年はちゃんと答えた。
「……はい。そうです」
その顔を、平手で張った。
とてもいい音がした。
周りの視線が集まるのがわかるが関係ない。わたしの頭は最初に見た海の小舟のイメージでいっぱいだった。
「それと、まだ答えを聞いてなかったわね。あなた、自分のしたことの意味、分かってるの? この時間、あんなボートで出たら沿岸流と引き潮で持ってかれるなんて、誰でも知ってることだわ。あなた、六人で死ぬために漕ぎ出したのよ!」
「…………はい。俺の責任です」
もう一度、頬を張った。
「分別もつかない子供が、責任なんて言葉を使うのはやめなさい! これに懲りたら、二度と安易に海に出ないことね」
漁港に静寂が降りた。
遠くでカモメの声が響いている。
俯いていた男の子の顔から涙が落ちて、地面に消えた。
「す、すいませんでした……。俺の、せいです」
その堪えきれずといった様子に、少しだけ罪悪感を感じた。でも、仕方がないじゃないの。
事情は分からないけど、あとでちゃんとご両親に叱ってもらいなさいな。
「ま、まあ、水に落ちた子を拾って吐かせたのは大したものだわ。おじさん、あの子大丈夫だったよね?」
「陸に上がったらさっさと起き出してきたよ。一応センセイに診てもらってる」
「そ。よかった。じゃあ、まあ、いいでしょう」
なんかいつもは使わない心の回路を動かして妙に疲れた。
「じゃ、おじさん、わたし帰るから」
と言ったのもつかの間、助けた子供達の親に囲まれる。さっき鬼の形相で怒っていた女性に涙をためてお礼を言われた。艦娘に縁のない普通の人間の大人たちと話す。その機会は意外なほど少ない。
こういうのも、たまにはいっか。
あの男の子はいつのまにかいなくなっていた。
「みなさんと話せてよかった。けど、わたしもう行かなくちゃ」
それから何故か居酒屋に連れ込もうとする連中を振り払い、岸壁からそのまま海に下りた。こういうとき、艦娘は逃げるに便利。
「船曳手伝ってほしい」「刺し網手伝ってほしい」という言葉を背に受けながら、わたしは暗くなった海を鎮守府へ急いだ。
数日後、感謝状を漁協や警察、消防からもらった。といっても、わたし宛ではなく鎮守府名である。
その日はオフだったが、提督に呼ばれて色々話を聞いた。どこも大仰な感謝のしようと歓迎ぶりだったらしい。
そして、あの男の子は地元の退役海軍中将の孫らしい。地元で神童などと呼ばれる勉強のできる子供で、二つの漁港の子供同士の意地の張り合いに引っ張り出され、今回のようなことになったのだそうだ。退役中将の孫であったことで、感謝状一つのハズの話が少しややこしくなったらしい。しかし、結局は普通に中将から直接お礼を言われたそうだ。わたしに、「よくやったな」と話したときの提督の顔は、いつになく皮肉げだった。
提督室を辞去して秘書官室を通り過ぎた。長門がなにやら頭を抱えてうなっていたが、この様子の長門に話しかけていいことはないので放っておく。
扉を開けると、ちょうど熊野と出くわした。
「熊野! 今帰ったの?」
「ごきげんよう、足柄! あなたへの褒め言葉をたくさん頂いてきたわ」
ハグをして、頬を合わせる。
熊野のポニーテールがご機嫌に揺れていた。
「何? なんて言われたの?」
「うふふ。漁協の人が言ってましたわ。漁港で足柄の叱りようを聞いて、独身の漁師の方にあれは誰だ、お嫁にほしいと詰めかけられたって。所轄の方も大層足柄のことをほめてらっしゃいましたわ。直接お会いできなくて残念だって」
「ちょっとぉ、そんなのミエミエのお世辞じゃない……。っていうか、警察って海軍と仲良いって話じゃなかったの?」
「あ! あと、消防の方も、消防に艦娘がいれば大助かりなのにって。今度非公式でも一緒に訓練しませんかって言って頂けましたわよ。みなさん、とても親身でびっくりしてしまいましたわ。漁協の方は改めて、鎮守府の方にお礼に来るそうです。そのときは足柄も一緒にいるんですわよ」
熊野は、艦娘鎮守府(と提督)がチヤホヤされて嬉しくてたまらないらしい。笑顔がだらしなくなりつつある。
「うーん、あのォ、熊野? 気分良さそうなところ悪いんだけど、わたしはそういうの、いいかなーって」
「うふふ、だーめですわ。足柄はそうやってすぐ照れるんですから。今度ばかりは、ぜったい! 参加してもらいますわ!」
熊野の笑顔は、最近柔らかくなった。
時々、人間の女のような顔をすると思う。
長門は「熊野が艦娘をやめるんじゃないか」と冗談を言っていたが、その気持ちは分かる。どんなに幼い容貌をした艦娘でも、ふとしたときに目付きが鋭くなるものだ。艦娘は生まれながらにして本能で深海棲艦を殺す。それは人間らしさとは対極にあるものだと、わたしは思っている。
でも、熊野の仕草はたおやかになっていた。人間の女の、たおやかさだった。
それはきっと、いいことなのだろう。提督と熊野が式を挙げるなんて冗談みたいな噂もある。熊野は少し前にある事件に巻き込まれて、とても酷い目に遭わされた。それでも今は笑って幸せに暮らしているのだから、戦友として不満などあってはならないのだ。
わたしにとって熊野は生まれたときからの、鎮守府ができる前からの戦友。
それは人間なら家族というのだろう。
初めてわたし達の前に現れた提督に、「あなたはわたし達に深海棲艦を殺させてくれますか、”提督”」と啖呵を切ったのは誰だったか。
そんな熊野が、わたし達を置いていて遠くへ行ってしまうような気がする。
わたし達の生まれた理由も、一緒に過ごした日々も、青くて広いわたし達だけの海も忘れて、おいていかれるような不安。
目の前で話す熊野の指には、指輪が輝いていた。それは艦娘のためのリングではない。人間の恋人たちのためのリングだった。
「くまの~~~~はやく来てくれ~~~~」
長門が死にそうな声を向こうで上げた。最近、長門はいつもこうだ。
「なんだか大変なことになってるみたいですので、またね、足柄」
「ええ、近いうちにまた顔出すから、ね」
まだ何か伝えなければならない筈のその背中が、行ってしまった。
それから何をする気にもなれず、海沿いの道を岬まで歩いた。
眼前には湾が広がっている。対岸にあるはずの陸地は霞んでよく見えない。子供らが渡ろうとした離れ小島は、その頭だけが水平線上に浮かんでいる。
この湾でわたしは生まれた。なのに嗅ぎ慣れたはずのいつもの磯のにおいが、別のものに感じられた。
「……あの、足柄さん、ですよね!」
振り向くと、件の中将の子が立っていた。頬を、赤く……いや、青黒くしている。ひどい顔とは対照的に、眼が妙に輝いていた。
「今日はお礼に来ました! 足柄さん! 今度大人と一緒に全員でお礼に来ることになってますが、今日は俺だけで来ました。先日は、命を助けてもらったのにお礼も言わず、本当にすいませんでした! そして、本当にありがとうございました! 一面海で、足柄さんに見つけてもらったときは本当に嬉しかったです」
男の子が、一息に言う。
この前と違って、なんだか素直だ。ちょっと眩しい。
「いーえ! 元気そうで、よかったわね」
「はい! 足柄さんのおかげです!」
「もう、それはいいってば。それより、その頬の傷……わたしの、じゃないわよね?」
「ハイッ! それは祖父にやられました! 足柄さんは優しく平手で打ってくださいましたが、祖父は遠慮なく拳骨でやります!」
殴られたことを屈託なく話す姿に、思わず笑ってしまう。
「祖父はいつも癇癪を起こしたように怒るので、あれが叱られるってことなんだと思っていましたが、足柄さんに叱られて考えが変わりました! いつものあれは理不尽でした!」
「わたしはやさしくした覚えはないなぁ」
「イエッ! とても、優しかったです! あのときは自分が情けなくて仕方ありませんでしたが、後になって考えると足柄さんは優しかった。怒られたことを思い返して嫌な気分にならないのは初めてです。本当に、ありがとうございました」
「あはは。あなたね、本当に反省してるの?」
「し、してます! もう絶対にしません」
「そうしなさい。それと、お祖父さんのことを悪い風に言わないこと。わたしは一度きりだけど、お祖父さんは毎日キミの腕白ぶりに付き合わされるんだから。同じならわたしだって平手じゃすまないんだからね!」
「はいっ。でも、足柄さんの拳骨なら歓迎です!」
ちょっと変な子よねえ。
わたしは笑いを噛み殺して、お姉さん然とした笑顔を努めた。
「まあいいわ。じゃあ、わたし行くから。元気でね」
「あっ! 足柄さん、これ受け取ってください。そんな多くないですけど、みなさんで」
「わあ、ヤマシロのケーキじゃない! やったぁー、ありがと! ッ…………ていう訳にも、いかないんだった…………」
「え、なんでですか」
「最近規則が厳しくなって、何でも物はいただいたらいけないって、しゃくしじょうぎに、ていとくが…………あ、そうだ! これ一緒に食べましょ? それなら誰にも怒られないわ!!」
「えっ、いいんですか! やった!」
「うんうん。フォークついてないわよね。ならウチで食べましょう。なんでか知らないけど、やたらテーブルあるのよね、鎮守府なのに」
「イエー! イエエエエェェ!」
男の子は満面の笑みで右腕をあげる喜びのポーズをしていた。この子、何をそんなに喜んでるの。そんなにケーキ食べたかったのかしら。
わたし達は、鎮守府への道を歩き出した
「よかった。やっぱり足柄さんですよね」
「はあ? なに? 何言ってるの?」
「だって、さっきまでの後ろ姿とっても元気なさそうでしたから」
思わずギョッとしそうになる。子供にそう言われるのってよっぽどよね。
「……ごめんねぇ。ケーキで超テンション上がっちゃう単純艦娘で」
「えっ、そ、そそそんなこと言ってないです! 全然そんなこと思ってませんって! 俺はただっ」
「ごめん、うそうそ。心配してくれてありがとね。さあ食いしん坊組に見つからないうちに早く食べましょ!」
「でも結構ありますよ。食べきれないと思いますけど」
結局わたしが五切れ、少年が一切れケーキを食べた。
そんなに食べて太らないのかって、少年にも言われました。
知らなかったの? 艦娘は太りません。
それから数週間経った、離れ小島の砂浜。
ライフジャケットを着込んだ少年は、砂浜に乗り上げたミニボートのそばで、水平線を望遠鏡で臨んでいた。
身体の芯から熱を奪う冬の海の風が吹いていることなど全く感じさせないその背中は、いったい何をそんなに夢中になって見ているのかと、一緒になって水平線を覗き込みたくなる力強さがあった。
「来たあ!」
水平線、波間に特徴的な水飛沫が上がっているのが見えた。
望遠鏡を放り出して、馬鹿みたいに水を跳ねさせながら波打ち際を走る。大慌てでボートをベラを傷つけないよう移動させてから乗り込み、必死にオールを漕ぐ。
「一発始動!」
スターターを思いっきり引くと、改造済エンジンが音を立てて始動した。
「最高だぜおまえ!」
ぱこんとエンジンの頭を叩く。ちなみに、イジっていることは場所を借りてる漁協のオッサン連中にも足柄さんにも言っていない。また怒られる。
スロットルを全開にして、艦娘の隊列にぶつかるよう進路をとる。波は予報では一・五メートルだったがそんなに無さそうだ。
船腹を波が叩く。
まだ遠くに艦娘のシルエットが見えた。あの中に足柄さんがいる。
最近友人達に何をしているのかとよく聞かれた。日に日に釣り道具も持たずミニボートを駆って海に出る。変な目で見られて当然だ。それでも俺は足柄さんがいる日を狙って迎えに出た。足柄さんも、それに付き合ってくれる。
本当は、俺も艦娘と一緒に戦いたかった。いや、戦えずとも戦場の近くまで行って一度はこの眼で見てみたかった。でもそんなこと言い出せるわけがない。
この海は海軍が守っているものだと誰もが思っている。俺も、そう思っていた。でも艦娘たちは身を挺して深海棲艦と呼ばれる何かと戦っている。自分の艤装を傷つけたら直すのが大変だからと、迫る砲撃に腕をかざして身を挺して守るのだそうだ。ボロボロになった袖と治りかけているグロテスクな腕を見た俺に、足柄さんは笑って言った。
俺は、その時の居たたまれない気持ちを、今でもハッキリと思い出す。
「足柄さんっ!」
もう艦娘の姿を見分けられる距離まで来た。向こうはとっくに気付いているだろう。
足柄さんが、身振り手振りをまじえて仲間の艦娘と話しているのが見える。胸が高鳴ってきた。足柄さんが戦列を離れてこっちへ向かってくる。
「足柄さーん! おぉーい!」
すごいスピードだ、羨ましい。
あれなんか怒ってる身振りしてる。
それになんか全然スピード緩めない。あ、ちょっ、ぶつかる!
「あしがらさッでゅぶぶぶッ」
……目の前でターンブレーキされて頭から冷たい海水をぶっ掛けられた。艦娘は海上でも一瞬で止まれるからずるい。
頭を思いっきりはたかれた。こっちは頭からびっしょりでよく分からない。
「波のある日は出てくるなって言ってるでしょうが!」
「しゅ、しゅいません……でも、こうしないと会えまへんから」
「あのね。毎度出てこられると、こっちはキミが何処かでひっくり返ってんじゃないかと気が気じゃないの。こんなおもちゃみたいなボート、あっという間に転覆しちゃうのよ。お願いだから、陸で、待ってなさい」
秘密だけど足柄さんに怒られるのって妙な快感がある。
俺は髪をかき上げながら言った。
「だってぇ…………鎮守府に足柄さんに会いに行くのって、なんか恥ずかしいし。知らない艦娘のヒトいっぱいるし」
「嘘おっしゃい」
「えっ?!」
「キミがわたしのいない間に秘書官室に来て、わたしの出撃予定聞いてるのは調べがついてるのよ! これって軍が軍なら機密漏洩よねえ? ねえ? うん? しょっぴくわよ」
長門さんも熊野さんも喜々として教えてくれた。
それどころか足柄さんの好きな食べ物や好きなタイプ、休日の過ごし方まで聞いてしまった。どうやらこの様子ではそこまでは聞き出していないらしい。
よかったよかった。
「あ! こら反転すんな!」
あっという間に追い抜かれて舳先を掴まれる。
二馬力と艦娘では勝負にならない。
「って乗りこまないでくださいよ! あ、重い! うわっ足柄さんめっちゃ重い! お、おもっ、イヤひっくり返るっていうか、沈む! 沈んでる!」
「いいわねえ。魚礁にしちゃいましょうねえ」
「ほッほんとにシズンデル!! 落水! 落水!」
「いい~撒き餌になるわねえ」
「すいませんでした! 何でも言うこと聞きますから、許してください!」
足柄さんが笑いながら舟から腰を上げる。
全然笑い事じゃないよ……。舟に思いっきり水入ってるよ……。
「もう、他の艦娘の話題になると何故かわたしがイジられるんだから。頼むわよ。ああ、ほら、来なさい。水落とすから」
「き、来なさいって?」
しょうがないわね、という顔をして足柄さんは屈んで俺の右脇に体を入れた。いい匂いがすると思った瞬間、片腕で足柄さんに抱え上げられていた。これはめちゃめちゃ格好悪い。
でも、足柄さんは空いている片腕でボートを傾けていた。オールやジェリ缶が音を立てる。どんな屈強な男でも海の上でこれはできない。
「…………んん? あれ? なんかキミ変なの身につけてない?」
「い、いや、ないですけど」
「ライフジャケットの下にゴツゴツ硬いのが……なに、これ」
「あっ、やめて! まさぐらないで! エッチ!
ふざけたことを言いながら結構本気で暴れた。
足柄さんは流石に戸惑いながら離してくれる。危ない危ない。でも足柄さんが険しい顔をして俺を見ている。
「キミ、それ見せなさい」
「な、なに言ってんの。何もないって」
ライフジャケットを開いてみせる。でも、ジャンパーの中には拳銃を吊っていた。祖父さんの現役時代の、骨董品のコルト。
足柄さんは何も言わずに近寄ってくる。
「あ、あしがらさん、こんな波の上でじゃれ合ったら本当に落ちちゃうよ」
「いいから見せなさい。あなたね、無茶もほどほどにしないと子供といえど────」
と、言った瞬間、足柄さんがよろめいた。
「あ、足柄さんッ!」
手を伸ばそうとするが、届くはずがない。足柄さんは、なんとか踏みとどまり屈んで頭を押さえていた。
俺は思わず足柄さんの身体を見回した。服の何処にも損傷はない。それってつまり、今日はなにも怪我をせずに済んだってことじゃないのか。眼で分かる以外に、艦娘は何か消耗したりするのか。
……はは、そんなの当たり前か。さっきまでこのヒトは大砲を撃ち合ってたんだ。だが、初めて会ったときから、足柄さんが疲れる素振りを一切見せないことを良いことに、俺はずっと甘えてきた。
海軍幼年学校に行く甲斐が見つかるかもしれないと、そんなてめえ勝手な理屈で甘えていたのだ。
「足柄さん、大丈夫? いつもの小島で休んでいこう。コーヒーぐらいなら沸かせるから」
「……だ、大丈夫よ。ありがとう」
ふらふらと立ち上がりながら安心させるように微笑む。
でも、その顔は俺が見てわかるぐらいに白かった。血を失ったのか、ストレスなのか、はたまた別の何かなのか、それは分からない、
でも、これ以上このヒトの強さに甘えられない。
「ごめん、足柄さん。足柄さんに構ってもらえるのが嬉しくて、戦いから帰ってきた足柄さんが、どれだけ疲れてるのかとか負担になってるのかとか、全然、考えられてなくて……」
思わず視線が下がる。
足柄さんのつま先が見えて、それが水の上に浮いていた。とても細い足首で折れてしまわないか心配になるほどだった。見とれた一瞬、その脚が海を蹴り上げた。
「あびゃっ」
海水が鼻に喉に眼に入る。
霞む視界で足柄さんを見上げた。
ぼやけていても分かる。いつになく、怒っている。
「いつ! わたしがキミみたいなちんちくりんが負担だって言ったの?! 勝手に決め付けないで。わたしはね、戦って勝つのが楽しくて仕方ないの! 勝利のあと、キミみたいな子犬にじゃれつかれたとしても、なんでもないわ!! クールダウンのいいおもちゃよ。そもそも、全然疲れてないですし! そこを間違えないでよ、キミ」
「はい……。すいません……もう言いません…………」
今日はこんなのばっかりだ…………。
でも、足柄さん元気だったならそれでいいか……。嘘かもしれないけど、でも、本当はそう言ってもらえて嬉しかったりするのだ。
恥ずかしくなって縮こまっていると、足柄さんがすぐ前に立った。
「じゃ、遊びましょう」
驚いて足柄さんの顔を二度見してしまう。その顔はとっても楽しそうだった。
「この前はよくもわたしの手漕ぎボートを散々に嗤ってくれたわね! そんなオール捌きじゃテムズ川も渡れないとか、活きが良いまな板の鯉とか氷の上を滑るペンギンみたいでカワイイとか良くもまあ、言ってくれて……あ、思い出したら本当に腹立ってきた」
「だ、だって足柄さんマジ下手っぴだったじゃないすか! あ、でもでも、最初はみんなそんなもんですよ! おれだって」
「うるさいわね! 行くわよ、ほら!」
足柄さんがボートの尻を押して走り出す。
何度か転覆しそうになりながら、俺達は笑って冬の海の波間を渡った。
* * * * * * * * * *
それから短い間だったが足柄さんとはたくさん遊んだ。わざわざ学校への道のりを遠回りして、出撃前の足柄さんに顔を出していくことも多い。
一番よく遊んだのはサーフィンだ。良い波がくる浜までは少し遠かったが、都合が良く且つ風の良い日には、海岸道をクロスバイクで二人ですっ飛ばして何度も行った。
足柄さんは初めてなのに最初から波乗りが抜群にうまかった。それもあって、この地域は冬でもサーファーが多いのもあり、ウェットスーツを着た足柄さんはよくナンパされた。その波乗りバカどもは俺と足柄さんを見比べて、”姉弟でサーフィンですかあ? 羨ましいなあ、うちのなんかァ~”だってさ。ばっかじゃねえのマジで。足柄さんもなんかニコニコしてるしさ。
陽気な日はそういう奴らとビーチバレーで遊んだりもした。ウェットスーツを着た足柄さんのおっぱいとか、アップにした髪が見せるうなじとかを目当てにした男達は、足柄さん自身によってみんな駆逐された。カモシカのような柔軟性で、ジャンプがいちいち滞空時間が長い。俺も含めて、みんなあっけにとられていた。
他にも、艦娘の脱衣麻雀会に呼ばれてウキウキしていったら箱にされて全部剥ぎ取られたり、二人きりでボートに乗ってオールの使い方教えてあげたり、他の艦娘も呼んで離れ小島で肉を焼いたり、俺のことを遊び惚けのバカだと思ってる足柄さんのために四書五経、十八史略、資治通鑑に易知録、また大日本史や令義解を諳んじてあげたら一層バカを見る目がひどくなったりもした。
そういう楽しい日ばかりが続いて、その日も同じだと俺は思っていた。
それまで順風であれば明日もきっと同じであると。薄々不安を感じていても、二人一緒の楽しさに水を差すことはできる筈がない。
その日は、始めから曇り空だったのだ。
いつものように小島で足柄さんを待っていたら、陽が暮れてしまったのだ。空はどす黒い雲に覆われていたが、それでもなんとか持っていたのに、とうとう降り出した。唯一の救いは風もうねりもないことぐらい。
しかし、夜の小島の心細さと言ったらないな。
まだ陽が落ちる前、ポツリポツリと帰ってくる艦娘達を見かけた。みんな、足柄さんではなかった。全員ひどく傷ついているように見えたが、よく分からなかった。それを何度か見送ったあと、俺は意を決して一人の艦娘に近寄った。名前も知らない艦娘だったが、足柄さんの消息を訊ねると、彼女は殿を務めていると教えてくれた。撤退戦の最中に散り散りになったので状況は分からない。無線は封鎖中。情報は鎮守府が一番早いから心配ならおまえも来い。そういう話だった。
でも、俺はその場に残った。
そうしようとすぐに決めた。実はとっくに無事に鎮守府に帰っていて、それで待ちぼうけをくらったとしても、いっこうに構わない。
俺は、冷え切った身体を抱えて、海の少しの変化も見逃すまいと目を凝らしていた。
「あ、足柄さんっ!」
艤装の警告灯。見えた。間違いない。警告灯だ。漁船の明かりなんかじゃない!
ミニボートの縁を掴んで駆け出そうとして、
唐突に、足が止まった。
何度も上り下りしたいつもの浜。それがいつもとは違って見える。目の前には、白波が打ちつける真っ黒な海。光を飲み込むだけの森の闇よりずっと深くて恐ろしい、海の闇。
波がすぐ足下まで来ているような錯覚に身がすくむ。
夜の海に小舟で漕ぎ出すのがどれだけ怖いか、今さら分かった。
平衡感覚を失いそうになるのを、奥歯をかんで堪える。
こんなのに漕ぎ出すなんて、無謀だよ。沖に出たら死んじゃうよ。方角どころか上下すら分からない。そんなのが迎えに行っても、邪魔なだけじゃないか。おまえなんか居なくたって、彼女はいつもと同じように母港に帰るんだ。もし負傷しているなら、なおさらお荷物は居ない方がいい。だからさっさと尻をまくって陸に帰れ。
──関係あるもんか! ぶるってるだけのことに、もっともらしい理由つけてんじゃねえ!!
「ばっか野郎がああ!」
ヘッドライトをつけて、舟と共に波打ち際を駆け抜ける。
「うわあああ! 足柄さああああん! 今行きまああす!」
やたらに荒くなる息。海を無駄にばしゃつかせて波を切り、いつもの要領でボートを離岸させた。何度も何度も首を回して陸地の明かりと警告灯の明かりを確認した。ヘッドライトは邪魔だとわかったので消してしまった。
「はぁっ、はぁ……」
スロットルを握る指が震える。
怖いんじゃない。怖いんじゃないんだ……。
舟が大きく揺れるたびに身体が強ばる。意気地なしの気を、足柄さんの警告灯を見て打ち殺した。
赤い明かりがだいぶ近づいてきた。。
分からないけど、あれは多分足柄さんのシルエットだ。
「あ、あしッ──」
呼びかけようとして、違和感に喉が固まった。
足柄さんの後ろに、なにかいる。闇の中にさらに真っ黒とした何かがいる。昔まだ家族の仲が良かった頃、キャンプ場のコテージの中から熊を見たことがある。あれと同じだ。異様な熱を持った、闇の中でも分かるほど大きな存在。
その眼が光った。
深海棲艦、だ。
生唾を飲み込む。遠近感が麻痺しているが、おそらくもう目と鼻の先。
足柄さんの姿がようやくぼんやりと見えてきた。警告灯で、艤装のシルエットがはっきり見える。俺の前を左に横切るようにして移動していた。
喉が、引きつった。
「足柄さんッ、足柄さんッ!! 後ろに、後ろに何かいますよッ!! 足柄さんッ!」
反応がない。
目と鼻の先のはずなのに、全く聞こえていないように行ってしまう、
「足柄さん! 足柄さんってば!」
喉が痛くなるぐらい声を張り上げても、届かない。俺が声を上げるタイミングで雨脚が強くなるような気すらして、腹が立つ。
だいたい、深海棲艦に後をつけられる艦娘って、そんな馬鹿な話があるか!
だが無駄に叫んでいる間にも一人と一体は離れていく。
グズグズしている時間はない。
「くそッ! どいつもこいつも糞ったれだ!」
とっさにホルスターからコルトを引き抜いた。
鉄とグリップの感触。何故か母親の顔が思い浮かんだ。父親もろとも、嫌いで嫌いで仕方がなかった。親が俺に与えてくれたものと言えば、自分にロクな家族がいないという惨めさだけだった。なのに、その糞ったれの顔が、頭の裏から消えようとしない。
思わずもう一度、未練がましく足柄さんの名前を呼ぼうと、喉まで声が出かかった。
だが目に見えるその明かりは、ユラユラと揺れていた。頼りなげに、揺れていた。
それで浮き足だった心が覚めた。
もういいだろう、艦娘ばかりに押しつけるのは。足柄さんが無事に港に辿り着ければそれでいいじゃないか。
スライドを引く。
当たらなくてもいい。足柄さんが俺に気付いて、深海棲艦が俺を敵だと思って注意をそらせばそれで十分だ。
一発。撃発の炎が視界に焼き付く。二発、三発と殆ど空に向かって撃ち続けた。耳鳴りがひどい。五発目を撃ったところで、今まで一つしか見えてなかった深海棲艦の眼が、二つになった。無機物じみた眼、ヒトの心の欠片もない眼だった。しかし、もう怖くはない。
身体を半身に開いてオールを掴む。
「かかってこいやあぁ、変態棲艦────! 人間が全員逃げるばかりの腰抜けだと思うなやあ!」
重くて大きい黒い物体が白飛沫をあげて迫ってくる。
全身に粟が生じた。
ぶつかる直前に海に飛び込んで残りの豆鉄砲、全部土手っ腹に撃ち込んでやる。
「うわああああああ!!」
声が出ていた。俺の細胞の一つ一つがまだ死にたくないと叫んでいた。
来いや。殺してやるから!
蒼い眼が近づいてくる。まだだ、もっと引きつけて──まだ、まだまだ、まだ! い、今だッ!
瞬間、爆音が響いた。
「あがッ!」
思わず膝をつく。硝煙と生臭い匂いでどうしようもなく咳き込んだ。吐き気を堪えてなんとか顔を上げると、思ったより距離のある場所で、深海棲艦が貫通した腹を見せながら横たわっていた。
「げほっ、げっ、う、オエッ」
すごい匂いだった。無機物だと思ったのに匂いは死ぬほど生臭い。
「はァッ、はっ、はぁぁっ」
「──なにかんがえ……何考えてんのよ」
見上げると、足柄さんがいた。額から血を流して、片目を瞑っている。それ以外にも特に艤装がボロボロだった。
その顔は本気で怒っていた。初めて会ったときよりずっと、余裕がなかった。
「あなたのこと少しは分かってたつもりだった。でも、今は全然わからないわ。ねえ、何考えてるの? 今、自分が少しの差で死ぬところだったことも理解できないの? 最初に会ったときに、自分の体を大切にすること、わかってくれたんじゃないの?」
足柄さんは泣きそうになっていた。
ごめん、どうしようもない弟で。
「足柄さん。足柄さんが今言ったこと、みんな関係ないんだ」
俺は目の前の艦娘を睨んだ。
口元を拭って、海に唾を吐く。
「俺、足柄さんたちと過ごして分かったことがある。それは、艦娘も人間も何も変わらない、全く同じ心を持ってるってこと。指に針が刺されば同じだけ痛みを感じるし、冬の渡りの鳥を見れば一緒に愛らしいと思える。艦娘は、そういう、普通の、年端もいかない女の子だってこと。なのに、そういうヒト達が戦場に出て、命の取り合いをしていることに誰もおかしいって言わない。漁師も、警察も、新聞も、腰抜けの海軍も、艦娘自身ですら言わないんだ! 海軍・艦娘の協定とか、そんなの関係ないだろ! 女の子が殺し合いしてて、誰一人おかしいって言わないって、どういうことなんだよ! 俺が代わってやるって、言ってやらねえって、どういうことなんだよ!!」
「ッそんなの、あなたの気にすることじゃない! 自分の身を自分で守れるようになってからいっぱしの口ききなさいな!」
「なら足柄さん達は自分の心を守れてるっていうのか! 毎日毎日戦って、戦いに向いてる艦娘も向いてない艦娘も一致団結して怖くても辛くてもやせ我慢して戦って! 女の子にそれを我慢させるのが許されるって言うんなら、俺みたいなクソガキが前線に出たってなんにもおかしくないだろ! ちょっと人間とは違う特殊能力があるからって、こんな糞みたいな特別扱いされてんじゃねえよ!!」
足柄さんの酷く傷ついた顔。
情けない。好きな女のヒトを守るどころか、傷つけるだけなんだから。
「人間だって、自分の海守るために身体張んなきゃいけないはずだったんだ! 相手が深海棲艦だろうが人間だろうが、関係ない。すべてを艦娘に丸投げして、どんな顔して人間は海に船を浮かべるって言うんだ! 足柄さんが出撃のとき、隠していても辛そうなときがあるのを知ってる! 帰還したあと一緒に遊んでて、たまに気が抜けてぼうっとしているときもあるときも知ってる! それを、見過ごせるもんか!」
「……それは、疲れただけよ。艦娘だって戦えば身体は疲れるわ」
「そんな悲しい”だけ”ないですよ! 人間は平気で銃後にいて、でも好きな艦娘が毎日のように戦って傷ついて、それでも身体を張って艦娘とわずかな苦労も分かち合いたくないっていうんなら、そいつは人間じゃない! 俺は弾除けだっていい! それで足柄さんの身体が少しでも傷つかないで済むっていうのなら、それでいい!」
情けなくて涙が出そうになる。でも、泣いたら今まで一緒に過ごした時間が嘘になってしまう。足柄さんを傷つけてまで言ったことが全部嘘になってしまう。
同情じゃない。
俺が言ってるのは、同情じゃないんだ。
「足柄さん、」
「──あっよけてッ!」
悲痛な声。眼下の海面がコールタールのように盛り上がった。ネオンのような光を眼だと認識した次の瞬間には、脚が空を飛んでいた。
垂直のボート。街明かりで薄ら照らされる曇り空。首裏を冷たいものが叩いたと感じたときには、少年の意識は既に水に飲まれていた。
磯の匂いに混じった、微かな女の匂いで目が覚めた。
薪の爆ぜる音がする。それに、波が砂を洗う音も。
とてもあったかい。これは何の暖かさだろう。身体と身体が溶け合うような、肌と肌で暖め合っているような……。
意識が覚醒していく。
「あっ」
目の前には女の身体。
下着しか着けていない足柄さんとアルミのシートに抱かれて、俺は焚き火の傍に裸で横たわっていた。
頭だけを動かして周りを見渡すと、俺が持ち込んだ収納ボックスやクーラーボックスの鍵が壊されて開けられているのが見える。他にも俺のジェリ缶やマッチ箱、タオルが転がっていたり、少し離れてロープで俺の服が干されたりしていた。
足柄さん、俺の用意してたもの全部チェックしててくれたんだ。
背中に回された足柄さんの柔らかい両腕。
温かい気持ちになる。
そして、本当にごめんなさい。
「ごめんね、足柄さん。ひどいことばっかり……言って…………」
起こさないように、きゅっと弱く抱きしめた。
足柄さんのこと大好きなんだ。ちょっと子供っぽくて、そのうえ押しに弱くて、でもとても優しくて、俺みたいな子供に真剣に向き合ってくれた。
褒めてもらいたい。優しくしてほしい。
でも……。
でも、代わりに酷いことを言った。足柄さんはとても傷ついた顔をしていた。言ったのは全部本当のことだ。でも、俺がしたことはただの八つ当たりだった。
(ごめんなさい。酷いこと言って、本当に、ごめんなさい。二回目だから、もう、信じてもらえないかもしれないけど……)
「許してあげてもいいけど、キミの態度次第ね」
息を呑んで顔を上げた。
足柄さんは眼をぱっちりと開けていた。
「起きて、たんですか」
「起きてましたよ。ほったらかしにしたら何する分からない、ずぶぬれワンコを抱いてすやすやできる訳ないわよね?」
足柄さんはわざとらしく意地悪に微笑んだ。
とっても、優しかった。本当は、甘えたかった。
「…………はい」
「いいんだよ、謝って。わたし以外、聞いてないんだもの」
涙が出そうなくらい優しい声だった、
「……ごめんなさい。足柄さんと艦娘に酷いこと言って、ごめんなさい。八つ当たりしてごめんなさい。反省しています」
「うふふ、いいよ。言ったでしょ、キミみたいなワンコロに甘えられても何でもないんだから
あっさりと言って、足柄さんはニッコリと笑った。
そして頭を撫でてくれた。
「それに、助けてくれてありがとう。深海棲艦はたまに攻撃もしてこないで艦娘の跡を追うの。大抵は誰かすぐに気付いて何発か撃ち込んむんだけど……わたしも間抜けよね。あはは」
足柄さんの笑顔はいつもの笑顔だった。
それが少し儚げに見えるのは、俺が浅ましいからだろうか。
「だから、キミが言ったこともちょっと本当。わたしの、艦娘としての能力は確かに落ちてる。キミとたくさん遊んでからのわたしは、人間みたいな優しい気持ちになってしまった。キミは艦娘と人間の心はまったく同じだって言ってくれたよね。でも、少し違う。艦娘は生まれたときから生きる目的を持っていて、それは一生変わらない。でも……でも、あなたと一緒に人間の間で遊んでいた間は、その目的すら忘れられるような気がした。きっと、人間には艦娘にはない特別な優しさがあるんでしょうね。だから、それにもお礼を言うわ」
「あ、足柄さんは、元から優しかったですよ! 俺みたいなクソガキと遊んだだけで、足柄さんが変わるわけないじゃないですか! もし、それで変わるっていうんなら、もっと色々遊びに行きましょう! こんな田舎じゃなくって、もっと──」
「ううん。艦娘は、人間と一緒にいるだけで変わるのよ。赤ちゃんとして生まれて、大きくなって、好きな人と子供を育てて、老いていく。そういう人間にとっては当たり前の生活が、艦娘にはぽっかり欠けている。だからわたしは自分の変化に戸惑って、あなたにも無様な姿を見せた。いろいろ心配かけてごめん。助けてくれて、ありがとう」
足柄さんは俺を見ているはずなのに、その眼は遠く見ているような気がした。
そして、足柄さんの言っていることはとても悲しい。
俺のことを褒めてくれているような気がするのに、全然嬉しくなかった。艦娘も人間と同じだって言ってあげたかった。本当は艦娘も人間と同じように、戦いを離れて生きる暮らしがあるはずだって言ってあげたかった。
でも俺は何の力もない子供だった。
何を言っても嘘なのだ。
焚き火が歪んで涙がこぼれる。
「俺っ、足柄さんがあんな風になるまで戦わないように済むようにしたい! 足柄さんたちが必死に戦ってるのに、何も知らないで陸で待ってるのはもういやだ! 助けてくれてありがとうって、そんな居たたまれない顔で言わせたくない! だから、だからっ、俺は、そのために幼年学校に行って、海軍軍人になりますッ」
足柄さんがぎゅっと抱きしめてきた。身体の柔らかさから、足柄さんの気持ちが伝わってくるようだった。
「いってらっしゃい。あなたならきっと上手くやれるわ」
足柄さんは、俺の髪の毛を愛しげに梳いてくれる。
俺が生まれてきて、きっとこれ以上の瞬間はない。俺がこれからどれだけ頑張って何かを得たとしても、今この一瞬を糧に生きていくんだ。
「……ほ、ほんとうは、足柄さんに構ってほしいだけなんです。足柄さんがそばに置いてくれるなら、他になにもいらないんです! 足柄さんと一緒にいて、俺、初めて生きた心地がした。好きです。足柄さんことが大好きなんです。離れたくなくて、見捨てられたくなくて、ずっと一緒にいたいだけなんです!」
一息に言った。
もうこんな機会はないかもしれない。だから、言葉じゃ表せない気持ちが少しでも伝わるように、精一杯抱きしめた。
足柄さんは、ずっと背中を撫でてくれていた。
「わたしは、わたし達はずっとここにいるわ。あなたが大きくなってわたし達の背丈を超えても、ここにいる。だから思いっきり外の海を見てらっしゃいな。きっと、ずっと待っていてあげられるから」
頬を零れる涙を彼女が舐めた。額に唇が当てられる感触。そして抱きしめる力が一層強くなった。
足柄さんの優しさに負けないよう、抱きしめ返す。いつまでもこの時間が続けばいいと本気で願った。足柄さんの身体が他の誰の物にもならないよう、初めて神様に祈った。
「大丈夫よ。本当に大丈夫なんだから…………って、あれ?」
「あっ、あうっ」
あそこが勃起して、足柄さんの太股に当たっていた。
ガチガチなので腰を引いても無意味である。
「わたし、今感動の場面のつもりで……、あなたの将来を、本気で祈ってあげてたんだけどなあ」
「しゅ、しゅいません!! こ、こいつが悪いんです! こらっ頭が高いわ!」
勃起してしまったあそこをなんとか鎮めたかったが、そもそも無理な話だ。目の前にほぼ全裸の足柄さんがいて、身体をくっつけ合っているのに、今まで反応しなかった方がむしろすごい。
そうだ。俺は悪くない。
好きな人の身体が、自分の腕の中にあるんだから……。
そう思うと、胸の奥からいやらしい気持ちがわきあがってきた。
「……あの……あしがらさん…………」
目の前のおっぱいが焚き火にぬらぬらと照らされている。ブラがずれていて、乳首が少しだけ見えていた。
「あしがら、さん……」
背中に回した腕で、足柄さんの肌をなぞる。手に吸い付くすべすべの肌。背筋を下から上へなぞり上げると、ぴくりと身体が反応した。
俺は、そのまま足柄さんの肌を撫で続けた。身体を密着させて触れ合っていると、足柄さんの体温が上がっていく気がして、一層むらむらしてきた。
「はうっ」
急にお尻を触られて、変な声がでた。
「キミがそんなにエッチな子だと知らなかったな」
「すいません……」
「キミのおちんちん、ずっと大きいままなんだけど」
少しでも離そうとすると、抱きすくめる力が強くなった。
「だって、足柄さんのおっぱいずっと見えてるから…………あッ」
「ふうん。おっぱい見てるだけでこんな真っ赤に大きく……かちかちにしちゃうんだ」
「そ、そうです。うあッ、あ、あしがらさん、ま、まって」
足柄さんの右手が陰茎を優しく握る。それから焦らすように撫でるようにして、すべすべの手が上下した。
「見てこれ、すごい反り返ってる。期待してるのね、キミ」
筋をなぞりながら、耳元で足柄さんが囁く。
「あ。カウパー出てきたよ。あ、すっごい、どんどん出てくる」
足柄さんの握る力が強くなって、先走りで濡れた掌が亀頭をしごいた。そのたびに身体がどうしようもなく跳ねて逃げようとしてしまうが、みんな足柄さんに押さえ込まれた。
「見てみて。こんなに亀頭膨らんでる。なんか苦しそうねぇ」
「う、うぅッ、い、言いながらするのやめてください……んッ、ちゅっ、んう」
「んんっ、ちゅ、んちゅッ…………」
口内に足柄さんの舌が入ってくる。おっかなびっくりに舌を伸ばすと、足柄さんのが艶めかしく絡まってきた。頭がぼうっとしてきて、しごかれ続けている股間の感覚がなくなってくる。
足柄さんの空いた手が俺の胸やお腹をまさぐっていて、その愛しく思ってくれる気持ちが伝わってきた。その手に手を重ねて、握る。
「あ、あ、あしがらさん、弱くしてくれないと、でちゃうっ」
「いいよ、だして」
「うっ、うッ、待って、おれ、あしがらさんと」
またキスで口をふさがれた。
抵抗しようと身体をもぞつかせると、足柄さんの抱きしめは一層強くなった。掌を恋人つなぎのように包まれて、カウパーまみれのあそこをしごかれて、動けるはずがなかった。
「はぁッ、ああっ、う、も、だめッ」
「イッてるところ、よく見せて」
「あうっ、あううッ」
足柄さんの身体が一層ぎゅっと押しつけられて、頭が真っ白になった。
分かるのは足柄さんの腕がまだゆっくりと動いていることだけで、絶頂感で頭がいっぱいになっていた。
「ぁッ、……ぅぁッ…………」
「よかった。いっぱいでたね」
とても優しい顔で、頬にキスをされる。
足柄さんはまだ撫でるようにしごき続けていた。
「キミの、ずっと出てる……」
「ごめんなさい……」
「いいよ。キミの、良いようにしてあげたい」
胸板に口をつけて見上げてくる彼女の眼は、まだ妖しく光っている。ブラがいつの間にか外れていて、胸が露わになっていた。
俺は足柄さんを抱き寄せて、上になった。彼女は何も抵抗しようとはしなかった。
「足柄さんのこと、好きです」
「わかってる」
「だから、その、俺の……あっ」
「つべこべ言わない。キミの童貞、ちゃんともらってあげるから」
その言葉に、思いあまって突き出された胸を鷲掴みにして、生乳を揉みしだいた。じっとりとしたおっぱいは手に吸い付いていくるような感触だった。その乳首は、心なしか尖っているような気がする。牛の乳を搾るように、くにっとつまみ上げると足柄さんの肩がぴくりとした。きゅ、きゅっと絞り続けると足柄さんの目をつぶった顔が悩ましげになって、おっぱいがどんどん熱くなってくる。
おっぱいを揉まれるの、やっぱり気持ちいいんだ。
ぴんぴんに尖っている乳首を口に含むと、足柄さんの背筋がびくんと震えた。そのまま舌で転がしたり、甘く噛んだりするたびに切なげにお尻から肩甲骨のラインが震えた。乳首は口の中でどんどん硬くなって、その身体の興奮が伝わってくる。
顔を上げると、足柄さんの額には汗が浮かんでいた。その顔は色っぽく上気していて、わずかに息が荒い。
「足柄さんの乳首ってすごい勃起するんだね」
「そ、それはそういう……もの、なの」
おっぱいの谷間を、汗が一筋流れる。付け根から乳首の先まで撫で上げていくと、足柄さんは首を反り返らせてわなないていた。見上げると、声を我慢するように足柄さんの喉が震えていた。
手を離すと、びんびんに赤く勃起した乳首が弄ってほしそうに上を向いた。その胸元は紅く興奮していて、足柄さんは荒く息をつきながら火照った顔を横に向けている。
「はっ……はあっ、はあぁ…………」
その胸にまた手を伸ばそうとすると、足柄さんの手に止められた。
潤んだ瞳が俺を見上げている。
俺は、その身体にそっとしな垂れかかり、今度は自分から舌を入れるキスをした。
「んんぅ、はっ、ちゅッ、はうッ……」
貪るように足柄さんの頭を抱えてキスをする。その目尻がさがって、涙が一粒流れた。
それからどれだけの間キスをしていたか分からない。足柄さんの綺麗な髪を撫で回しながらキスをしたり、陰茎で足柄さんのおへそをねぶりながらキスをした。足柄さんは俺をぎゅっときつく抱きしめてキスをするのが好きみたいで、あとはずっとそうしていた。
「あしがらさん、いれて、いい?」
彼女の上気して潤んだ瞳を見ながら言う。
あそこはもう見て分かるぐらい濡れていて、汗に濡れた足柄さんのお腹を撫でると妖しく震えた。
彼女は揺らめく瞳で俺を見て、答えない。
俺はその腰とお尻に手を回して、あそことあそこを密着させて、最初の時のようにじっとりと擦り合わせた。子供をあやすように足柄さんの背中に指を這わせると、ゾクゾクと身体が震えてあそこが滑る。
足柄さんも、すごく興奮してくれているのだ。
我慢できなくなってきて、おもわず秘部に擦りつける力が強くなる。クリトリスにカリが引っかかるたびに、その太股が敏感に反応した。
「あしがらさん……」
その顔を見上げると、足柄さんがぽろりと涙を流した。
どうして泣くのかわからない。でも、イヤで泣いてるのではないことは、分かる。
その足柄さんを見て、胸の内から沸いてくる強い衝動があった。吠えて吠えて、この人をどこかに連れ去ってしまいたい衝動だった。
「──俺の童貞もらってください、足柄さん」
そう言って返事を待たず、陰茎を秘部に押し入れた。
苦しい。
腰を沈めていくと、足柄さんの喉からうめきが漏れる
「うっ、あぅぅぅ、……ふぅっ、くうううッ」
砂浜に足柄さんの指の跡が残った。
愛液で陰茎を濡らしながら膣の入り口を浅くかき回し続けていると、だんだん調子がよくなってきた。足柄さんの反り返って緊張していたお腹が、亀頭で膣を抽挿するたびに痙攣する。彼女の興奮を表すように、胸元が紅潮してきて、胸が張ってきていた。
「あしがらさん、これ、好き?」
「ぁっ、あッ、……ん、んんッ」
股を大きく開かせて砂浜に押しつけると、いっそう滑りが大きくなった。
俺はそのまま陰茎で奥まで割って入る。股間の付け根が震えているのを撫でながら、腰を腰と股間を合わせていった。
「あぅ、ぁぅぅぅぅッ、き、きみのっ、お、大きすぎなのっ」
一番奥まで入った。
足柄さんは息も絶え絶えに俺の腕の下で身体を震わせている。
その姿がとても愛おしくなって、なるべく優しく浅く抽挿を始めた。その髪と首筋をなでながら腰を回すと、堪えきれない嬉しそうな喘ぎ声があがった。
「あッ、ま、待ってっ、それ、だめっ」
陰茎を一番奥まで突き入れて、身体をぴったりと密着させた。手を後ろに回してお腹とお腹をぎゅっとくっつけ合わせると、びくんと目の前の胸が揺れた。膣の奥から手前まで、ゆっくりと抽挿する。足柄さんが俺の頭をかき抱く指が、わなないていた。
「あしがらさんって、だっこされたり、だっこしたりするの、好きだよね」
お尻を掴んでゆっくりと突くだけで、愛液が溢れてくる。
おっぱいが小さく震えていて、足柄さんは堪えるように目を瞑っていた。
「あしがらさん?」
「ぅぅぅっ……はぅッ、…………ぁぅッ…………んぅぅぅッ」
その身体に体重を掛けるようにしてもう一突きすると、膣がきゅうっと切なげに痙攣して、秘部が温かいもので溢れた。
「ぁっ、っ、ハッ、ぁぁ……」
「……もしかして、イッっちゃったの」
言いながら、ぐったりとした足柄さんのおっぱいを鷲掴みにする。
「あっ」
「どうして、黙ってイッちゃうの」
ぴんぴんに勃起している乳首を乱暴に摘まむ。膣がぎゅっとして、身体が一瞬跳ねた。
「……ご、ごめん。すぐ気持ちよくなっちゃって、ちょっと、恥ずかしかった……」
切なげな吐息をついて、恥ずかしそうに目をそらしながら足柄さんは言った。
「俺、あしがらさんと一緒にイきたい」
「うん。今度は、我慢するから」
と言った足柄さんだったが、ジッサイ全然頼りにならなかった。
おっぱいに顔を埋めて、抱き合いながらのんびりと抽挿するだけですぐにイッてしまうのだ。何度試してみてもダメだった。我慢してと言ってみても、抽挿をもっとゆっくりにしてみても、余計に足柄さんの興奮を煽るだけだった。変態だこのひと。
力尽きてシートの上にトドのように転がる足柄さんに、ひざまずいて舐めてもらったりもした。チロチロと舌を動かしてもらってる最中に、頭を撫でながら乳首をいじってると今度はそれだけで小さくイッてしまった。でも、瞳に涙をためながらそれでも陰茎を離さない足柄さんを見ていたら、ほかのことはどうでもよくなってしまった。
「あんっ、ふぁぁッ、まってまって、ちょっ、イッ、くぅぅぅッッ」
足柄さんを俯せにして、腰を抱えてバックで突きまくった。背筋を何度も痙攣させて絶頂しているが、構わず突いた。足柄さんの喉からは獣のような歓喜の声があがっていた。
「くああぁぁっ、ひぃんッ、いやっ、いやああぁッ、おねが、きみっ、ゆるしてッ、お願いッ、こんなのっこんなぁぁッ」
びくんびくんと律動する身体を、尻肉に指を食い込ませて立たせた。愛液がぼたぼたと溢れて、シートの上に水たまりを作っていた。
「ゆっくり、ゆっくりしてっ、わたしっ、ゆっくりのほうがッ」
「嘘、ですよっ。こんなにっ、気持ちよさそうにしてっ」
「あぁぁんッ、あうっ、あぅぅぅっ、もう、いっぱいっ、いっぱいなのッ」
叫ぶようにして足柄さんが悶える。
「もうっ、イけますからっ」
「はやくっ、はやくぅッ、わた、わたし、あたまが、へんになってるうッ」
ぷしゃっと、また足柄さん潮を吹いた。
腕をがくがくさせながら、それでも上半身を突っ張っていた。
「イッても、イッてもいいですかっ」
「いいからっ、どこでもいいからっ、はやくイッてよぅッ」
足柄さんはもうずっとイきっぱなしだった。
とうとう崩れ落ちてシートをぐしゃりと丸めた。
「イッ、イきます! あしがらさんも、イッ……てっ」
「ああぁあぁッ! うああぁぁぁ!」
足柄さんの跳ねるお尻を、がっしり腰を掴んで逃がさず射精した。
お尻にぴったりお腹をくっつけて射精は続いた。
「いっぱい、出てる……おなかに……」
うわごとのように呟く足柄さんの身体を後ろから抱きしめた。お互いの体温を感じて、くしゃみが出る間でそうして浜辺で寝転んでいた。
沖には漁船の明かりが見える。太陽はまだ陰の向こうに隠れているが、空の雲は、そのお腹を赤く照らされていた。
身体を綺麗にしてしまうと、することもなくなり二人で浜に座って海を見ていた。遠くに見える湾内の海岸線には道路の明かりが点々と煌めいていて、たまに観光名所の灯台がきらりと明滅した。空が、ステンドガラスのように透明に輝いている。
波が浜に寄る音、砂利を洗う音。
それだけが響いている。
この子には言わなかったが、わたしはこの湾で生まれたのだ。
だから、この音がわたしの生まれて初めて聞いた音。
「あっ、やべ、祖父さんすっかり忘れた。めっちゃ怒ってるだろうな」
「何言ってるの。とっくに連絡してあるわよ。きっと長門が上手く言ってくれてるわ」
「なんだあ、よかった」
「あ、でも、キミを悪者にしないと収まらないから、やっぱり怒られるのは変わらないかも」
「そ、そんな! 足柄さんの頓知で上手く誤魔化してくださいよお」
今日この日、この子に助けられて確信した。
艦娘は、人と交われば弱くなる。
他愛ない会話、一緒に遊んで楽しい・嬉しい、好きな相手への気遣い。あなたを楽しませてあげたくて、あなたに喜んでほしくて、あなたに自分を好いて欲しい。”あなたのために”。そういう当たり前の触れあいが、艦娘のヒトの心を刺激する。
艦娘がひとの心で満たされれば、きっと海には出られない。
あなたが綺麗と言ってくれたこの手を、艤装を守るため敵の砲火にさらして肉のササクレにすることはできない。あなたが愛しげに梳いてくれたこの髪を、赤黒い血の固まりにすることはできない。あなたを抱いたこの身体には、こすってもこすってもとれない敵の油が染みついている。
それが、艦娘。
──わたし達を生んだ誰かがいるのなら、
グーパンの一つや二つ、覚悟してもらわないとね。
「あーしがらさん、大好きですよ」
「そーね。わたしもよ」
「……えっ?!」
ふざけるように抱きついてきた彼が固まる。そういえば、一度も好きだって言葉に応えてあげてなかったね。見る見る真っ赤になっていく彼の顔。
その背中を抱えて、そっと抱き寄せた。
「あら、その反応は、わたしのこと、好きでもないのに身体を重ねるような艦娘だと思ってたこと?」
「ち、違います! そ、そうじゃなくて、足柄さんに、そういってもらえて、と、とっても嬉しくて……っ」
また泣いてる。
それが、人間の優しさなんだよ。
艦娘がみんな憧れる、普通の人間の優しさなんだよ。
キミとこのまま一緒に過ごしていれば、いつかきっとキミと同じように泣ける日が来る。いつかひとのことを思って、泣いてしまう日がくる。でも同時に、その日がわたしの艦娘としての最後の日になるだろう。
そういう確信。
彼の頬を涙が伝う。
キミは。
心が人間になってしまった、体が艦娘という存在は、どうなると思う? 一心同体の戦友を置いて別の何かになった艦娘は、どうやって生きていくのだと思う?
わたしには、わからない。
そして、彼の頬に流れる涙を舐めた。
艦娘と同じ、潮の味だった。
「あ、あしがらさん」
驚く顔にそっとキスをした。
「おれ、おれは、足柄さんに見合うような男に、なってみせますから」
ひとは、なんだかとても眩しい。
熊野が、提督を見る気持ちもきっとこんな風なのだ。眩しくて、眩しくて、そのまま遠くに行ってしまって、もう二度と触れられないような……切ない気持ち。
冬の湾の穏やかな波の音。
わたしを生んでくれて、ありがとう。
* * * * * * * * * *
さて、わたしがあの子に助けられた日から、あっという間に一ヶ月以上が経った。
それなりにあの子を甘やかしてあげるつもりで身構えていたのが、その心づもりは裏切られた。
というのも、最近あの子は毎日のように鎮守府に来るのだが、わたしのところへは来ない。「かまってほしーです」なんて半べそで甘えてきたくせに、全然来ない。「あしがらさん……」なんて言ってエロいこと誘ったくせに、全然来ない。いや、正確に言えばあれから二回ほどエッチなことはした。でも、それは全然関係ない。
あの子は、なにやら提督の周りをチョロついては色々話を聞いているらしい。提督も始めは訝しげにしていたが、なにやら気が合ったらしく鎮守府にいるときは何かと世話してやっている……ラシイ。全部熊野から聞いた話だ。
顔を見せるのと言えばわたしが帰投したときと、彼が家に帰るときぐらいなもの。
一体どういうこと?
「提督っ、あの子を連れ回して一体何を話してらっしゃるんです?」
「ん?」
わたしは提督室に詰めかけていた。
提督はデスクで眼鏡を掛けながらなにやら書き物をしている。
「はは。何っていろいろだよ、足柄。かわいい後輩だからな、聞かれたら教えてやりたくなる。教えられ上手だな、あの子は」
「テイトクッ」
「おい、俺に矛先を向けるな。艦娘のことさ。幼年学校のことより、海軍と艦娘のことを聞きたがる。どうしてその二つが仲良くできないのかと来たものだ。あの退役中将に孫とは思えん口振りで驚いたよ」
提督は、眼鏡を外して足柄を見た。
「最初は、どうして艦娘だけに深海棲艦と戦わせるのかと食って掛かられた。耳が痛い話だ。どれだけ海軍が屈辱を感じているのかその怨念を見せてやろうかと思ったが、もう幼年学校に入るようだし、俺が懇々と主戦派と共生派の話を教えてやるに留めた。中に入れば自ずと分かることだからな」
提督は遠い目で窓の外に視線を移した。
「あの子は、艦娘のことになると年相応に熱くなる。しかし、本当は早熟だな」
「はい。わたしの前では普通の甘える子供でしたが、いつもはもっと大人びていると、他の艦娘にすら言われました」
「そういう子供が、弟みたいな子供達に請われて離島に小船で漕ぎ出したりする」
「事情は、聞いてません。これからも聞きません」
「いい気なもんだ。俺だってそこそこ頭が回ると地元じゃ言われてたが、幼年学校のために死ぬほど勉強したんだぞ。周りなんぞ眼に入れる余裕はなかったし、遊びなんて考えられん」
「あの子、学校は勉強でするものだって言ってましたけど。徹夜も厳禁だって」
「まったく、できるヤツの言うことが参考になったためしがない」
提督が笑う。
この人の少年時代は想像がつく。気に入らない隣町のガキ大将と喧嘩して合戦ごっこ、だいたいそんなところだ。
今は艦娘のガキ大将。本人は左遷されたポストだと心底から思っていない。
「心配事があるんだろう、足柄。言ってみろ」
「わかりますか?」
「わかるよ。艦娘の表情はだいたい分かる」
この人のこういうデリカシーのないところは、嫌いだ。
「……提督。わたしは、あの子の好意を、無数の将来がある子供の好意を、考えなしに受け入れてしまったという気がしているんです」
「自分が艦娘として、人間の子供の将来に影響を与えてしまったかもしれないことが、不安か」
小さくうなずく。
あのときあの子を叱るべきではなかったのではないかとすら、悩んだ。
わたしのためにというあの子に、わたしがしてあげられることは、あまりに少ない。わたしがあの子の将来のために、何をしてあげられるというのだろう?
「……おい、足柄。あいつを誇ってやれよ」
提督は優しい笑顔をしていた。
「男はこれだと思ったことに、子供であってもがむしゃらに突き進む。だがな、男なら誰しも自分がやり遂げたことを胸を張って報告できる誰かが必要なんだ。おまえが誇ってやることで、あいつはより大きくなる。それはきっと、おまえ自身に返ってくることだと、俺は思うよ。だから、艦娘とか人間とかあまり関係ない。おまえがあいつの未来を誇ってやれ。そうすればあいつはきっと、おまえが思ってる以上の誠実さで報いてくれるさ。俺とおまえの見立ては、間違っちゃいない」
わかってる。
わたし一人が勝手に気に病んでいるのだ。
それでもあの子の将来を思うと、簡単に割り切れはしない。
でも本当は、彼はとっくに自分の足で歩き出しているのだろう。わたしの心配など、とうの昔に振り切って。
「…………提督って結構優しいんですね。意外です」
わたしの言葉を鼻で笑うと、提督は再び書類と向き合い始めた。
「優しいよ。俺は、人間の女みたいな顔をして悩む艦娘には、特に優しい」
「んんッ!? んにゃっ?!」
「熊野がさ、おまえが寂しそうな顔してたって、心配してたぞ。置いて行かれた子犬みたいな顔をしてたって」
「んにゃーっ?!」
「何人かいるんだ、おまえ以外にも、そういうのが。だからまあ、今度古い連中集めてみんなで話しをしよう。でも俺からすると、おまえら艦娘は見えない絆、以心伝心で繋がっている。それで逆に俺が嫉妬するぐらいなのに、艦娘って結構さみしがり屋だよな」
目を見張って提督を見ると、忍び笑いをしていた。
艦娘のことなら何でもお見通しみたいなこの態度がムカツク!
「このっ、このっ、このっ! 糞提督!」
「──あら足柄、ごきげんよう。なぜ提督をいじめてますの?」
「聞けよ、熊野。足柄が、アイツにもおまえにも構ってもらえないってんで拗ねてるんだ」
「んにゃーッ!」
「うふふ、足柄も本当は甘えん坊さんなんですから。だって三女ですものね?」
「アイツの前では妙にお姉さんぶってて、見てるこっちが気恥ずかしくなったぞ」
「んにゃにゃーッ!!」
「え、何? わたしが足柄を提督に売った? ありえませんわそんないつの、あ、やめてっ、足柄っ、ダメっ、あッ、あぁッ、お、犯されるぅぅ! 助けてていとくッ」
窓の外では冬のウミネコが鳴いていた。
今日もまた、わたし達は海に出る。
戦艦が一隻いるだけで仕事が違う。最初から回してくれればいいものを、大抵は駆逐艦ズを率いて対処させられるのだ。
「……最近あの子来ませんネー、足柄ァ」
「どうせ荷造り怠けて出立間近の大わらわなんでしょうよ、金剛」
「もおーあの子もここの子供じゃなくなるんですネー。帰省することはあっても、この湾にテイジューすることはないんデース。さみしいねェ」
だから何だって言うのよ。
人間の子供が大人になるって、そういうことでしょ。
「言いたいことあるならハッキリ言いなさいよ」
「ねーねー、あの子どっか行くぴょん?」
卯月がわたしと金剛の無線に割り込んでくる。
「あの子は海軍幼年学校に行くんデスヨー」
「ええっ、ちょ、超エリートだッぴょん! う、うーちゃんこの前からかわれてムカついたから二階から高速修復材ぶっかけてやったんだッぴょん!! 怒ってたから修復材でもそのイカれたおつむまでは治らないぴょんなブヒャヒャヒャって煽ってやったんだッぴょん!!」
「卯月はいつも三百六十度に敵を作るネーそこに憧れるヨー」
「ああ……未来の艦娘の敵をまた一人増やしてしまったぴょん……。うーちゃんなんて罪作りなんだろ。提督に慰めてもらお」
母港が見えてきた。
まあでも、あの子も最後の挨拶ぐらいには来るでしょう。来るわよね? 来るに決まってるわよね? 帰省すれば会えるんだから挨拶は不要とか思ってないでしょうね??
埠頭に上がって髪をかき上げる。ちょっと不安になってきた。最近ずっとわたしより提督や長門に懐いてたからな。しょうがないから今から行ってやるとするか。
「あしがらー! あれ見てヨー!」
大漁旗を掲げた漁船が一隻こちらに走ってくる。いや、大漁旗ではない。必勝、足柄。そう書かれた大漁旗風の旗が掲げられている。
「あしがらさああああん! こんな遠くから失礼しまあああす!」
舳先に立つあの子、ハウリングするメガホン。
「これから出発のため某港まで運んでもらうんですがあああ、足柄さんにはまだ伝えてなかったことがあるんでええええ、ここから失礼しまあああす!」
声を聞きつけた埠頭の艦娘たちが何事かと注視している。
嫌な予感がするぞこれは。
「あしがらさあああん! 短い間でしたが、本当にお世話になりましたあああ! 最初に会ったとき、足柄さんに叱ってもらえたこと、今でも本当に感謝してまああす! ありがとうございましたああ!」
艦娘たちがどんどん集まってくる。提督もいるぞ。散りなさいよ仕事に戻りなさいよ。
っていうか、そもそもどうしてメガホン使うのよ! 普通に言えばいいことじゃないのよ!!
「みなさん聞いてくださあああい! 足柄さあああん、大好きでええええす! この──(メガホンのハウリング)──は、足柄さんのことが大好きでええええす! みなさん、よろしくお願いしまあああああす!」
どよめきと共にわたしに視線が集まってくる。
どうしようどうしようどうしようどうしよう。
「俺はあああ! 絶対にえらくなりまあああす! 偉くなって、艦娘の一助になりたいと思っていまあああす! 足柄さあああん、それまで、俺のこと待っててくださあああい!」
どよめきが大きくなる。
「はー足柄羨ましいネー」「はた迷惑で恥ずかしいやつだぴょん」「姉さんってああいう子が好きだったんだ」などと外野の声が聞こえてくる。
「それじゃあ、いってきまあああす! 足柄さああああん、いってきまああす」
……泣くなよバカ。泣かないためにずっと寄ってこなかったんでしょうが。
艦娘たちが笑いながら手を振って見送っている中、
漁船が遠ざかっていく。
あの子はもう、ここの子供じゃなくなる。
あっという間に大きくなって、背丈も知恵も身分も追い越していくのだろう。
人の心は変わる。簡単に移ろって二度と戻りはしない。でもあの子は、今日の日をまた一歩として大人になるのだ。ならば背中を押してあげなければ嘘じゃないか。
「妖精さん、祝砲。いい?」
笑って敬礼をする妖精さん達が、艤装に消えていく。この子達もわたしと一緒に、あの子を見守ってくれていたのだ。
あの子はまだ手を振り続けている。
(装填よし)
どうかあの子が、強く挫けず立派にやれますように。
どうかあの子が、良き人々と出会えますように。
どうか……どうかあの子が、わたしのことを忘れませんように。
「──撃てッ」
砲声が潮騒の港にこだまする。
おぼろげな太陽と水平線の雲が、人と艦娘の別れを見守っていた。
長文読んでくださってありがとうございました。
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