※この作品はR-18です。

失われた物語   作:架空線

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 この物語は、『イナフ −失われた物語−』のスピンオフです。なぜイナフの主人公があんな目にあったか…という事情を考えているうちに、こんな面倒くさい物語になりました。いわば、これくらいの設定と動機がないと、あんな鬼畜な話は生まれませんよね、という。いや、もっと単純なストーリーでもよかったはずだ。だがなぜこんなことに…? 面倒くさいのは、私の脳内だったってことですかそうですか。

 では、宜しくお願い申し上げます。

*『イナフ −失われた物語−』 http://novel.syosetu.org/67606/





第1章 時の鍵
1.こうして僕らは 


 セラフィムはたわごとを言い

   占い師は偽りを見

 夢見る者は偽りの夢を語り

  むなしい慰めを与える

 故に人は羊のようにさ迷い

  牧者が無いために悩む

 

《旧約聖書 ゼカリア書 第十章2節》

 

 

 いつもの真夜中の逢い引きが始まる。

 

 兄は狭い部屋の二段ベッドの上にこっそりとあがってくる。僕は布団の中に彼を迎え入れる。僕がまだ幼稚園に行く前から僕たちはこんな風に夜を共にする。全部兄が教えてくれた。兄のすることに僕は逆らわない。そしてもう、やめられない。あまりに愛し合ってしまったから。僕は兄と破滅したっていい。誰にも内緒の関係だけど、ただ一人、兄の父だけが僕らの関係を知ってる。

 

 だって大元の原因はそいつだから。

 

 

 僕らの母親は僕が産まれる前に兄を産んで離婚した。兄の父がゲイだとわかったからだ。兄が父にされたことを母は多分知らない。母が知ってるのは父が年下の彼と浮気してたこと、でもその前に兄は小さいころから兄の父に身体ごと愛されていた。物心つくかつかないかの頃から、人生が変わるくらい兄は実の父に教えこまれた。もしかすると兄も、彼の父親の遺伝子を受け継いで違和感なく彼に抱かれたのかも知れない。

 母はショックで絶望してひどいノイローゼになり、兄と無理心中を図った。車ごと埠頭から海に突っ込んだのだ。それを助けたのが今の僕の父だった。

 僕も兄も母から溺愛されている。父はのんきでノーマルな普通の人だ。自動車の修理工で腕は抜群。アマチュアのカーレースのチームでピットを担当している。兄とは親子というよりは友達に似て、互いにとても気を遣い、神経質な母を気遣っているのが僕の目からも良くわかる。兄は頭が良くてスポーツも得意だ。今は応用物理とかの専攻で、大学に通って研究室に出入りしてる。ずっと中・高と陸上部で短距離の選手だった。無口なのであまり人付き合いがなく、友達はあまりいない。

 母は離婚と自分のした自殺未遂が、兄が内向的な原因だと思っている。兄は見た目にもそんな陰影があり、でも面長で憂いのある切れ長の目は実は母にそっくりなのだが…

 その罪悪感があるから母は兄に甘い。

 

 僕も見掛けは普通の男の子だ。父親似で身長も普通(兄より小さい…これから伸びる)。頭もそれほど悪くもない(兄には及ばない…すでに頭打ち)。外見もだが父親の遺伝子が優勢で、職人っぽく手先だけは器用だ。音楽が好きなのでギターをやってる。車とエレキギターは似てるのかも。

 兄も僕も見掛けは一見普通だ。でも誰にも言えないことが、僕らの生活を支配している。

 

 兄は僕を抱くときに必ず言う。「俺を見ないで」と。僕はそれを聞くといつも悲しくなる。兄は自分が汚れてると思っている。僕はいつか兄が罪の意識で自殺してしまうのではないかと、不安で不安でしょうがない。でも僕は必ず言う。

「見ないよ…大丈夫だよ」と。

 兄は彼の父から教えこまれたことをすべて僕になぞる。あまりの気持ちよさに声が漏れそうになる。狭い家ではそれは許されない。しばらく前から兄は、し終わるといつも震えて泣く。僕は兄の頭を抱いて泣き止むのを待つ。彼は声を殺して僕のパジャマが濡れるほど涙を流す。僕は兄がどれだけ壊れているか母より知っている。兄には僕しか吐き出す場所がない。兄は彼の父を愛しながら憎悪してる。

 

 僕が物心つくまで兄は僕を愛し、父とも内緒で会っていたという。父親が彼に会いたかったし、兄は抱かれたかったという。あまりに小さい頃から抱かれていて、兄は兄の父が離婚してから夜は全く眠れなくなり、悶えながら毎晩泣いていたという。あまりの苦しさに兄は何度も死のうとすら思った。まだ小学校に入ったばかりの7歳の子供が悶えて苦しんで、誰にも言えず死を考えてる。僕は兄からその話を聞き、あまりの彼の傷つきかたに寒気と戦慄を感じた。僕がパニックを起こすほど、彼の話す心の傷は過酷に思えた。

 彼の父が離婚後しばらくして内緒で彼に会いに来るようになり、兄は少しだけ安らぎ、そして母と新しい父親に対して大きな心の負債を背負った。兄は父親からいつも、

「絶対に秘密だぞ…誰にも言うな」という言葉を聞いて抱かれていた。今兄は僕に同じように言うのだ。

「ダメだよ…言ってはいけないよ」と…

小さい頃僕はたまに聞いた。

(…なぜ?)

(言ったらどうなるの…?)と。

(…言ったらね)

兄は答える。僕の首に手を掛けて。

「…死ななきゃ」

 

 

「死ななきゃならない」

 兄は父にそう言われたのだという。

「実際…小さかった俺が母に話しそうになった時」

 兄は淡々と語った。

「父は俺を海に連れて行ったんだ。彼は暗い海辺で俺を抱きあげ埠頭に俺を座らせた。父は言った…ダメだよ…一緒にここから落ちて死にたいか? って…。俺はまだその風景が目に焼き付いて離れないんだ」

 兄は死んだような目をして囁くように話した。その時僕はまだ11歳で、少しだけ僕には話してくれる高校生になったばかりの兄の耳を塞ぎたくなる陰惨な過去から、どうにかして兄を助けたいと思った。どうしていいかわからなかったけど。

 

 僕は彼を救いたいと思った。僕は兄を愛していた。愛する人の惨劇はいつも、僕のパニックの発作となって優しい家族を悩ませた。僕は兄の父を恨んだ。ゲイなのにも関わらず、普通の女性と結婚した奴を憎んだ。優しい母と兄を壊して逃げた彼を。

 だが兄はまだ彼を愛していた。兄は僕には言わないけれど。

 

 兄の指が僕に触れる。そこから電気が走るように感じる。兄の背中に回した腕に力が入る。僕は兄の耳元で請う。

「兄貴…もう許して」

 兄は黙って僕に口づける。それだけでまた頭の中がスパークするような感覚が僕を襲う。僕はなぜ女の子じゃなかったのだろう。いつも兄に抱かれて切なく思う。種違いの兄弟で、しかも同性で…

 二重の枷、二重の禁、二重の苦しみ。しかも兄の後ろにいつも兄の父親が見え隠れしている。自分でも気づかないうちに。嫉妬…? 怒りだけじゃない。兄の心が全部欲しくなってる。嫉妬だ…きっと。三重の苦痛。苦痛だけが膨らんでいる。兄も僕も普通の結婚は出来ない。この先きっと普通の人生はない。母も父も悲しませる…きっと。四重五重…なにもかも普通じゃない。高校生になった僕にもだんだんと“将来”の文字がうるさくちらつき始めている。頭の良い兄は大学院に行くことがすでに決まっている。しかしあんな傷を抱えて、これからどう暮らしていくんだろう。心も閉じたまま。僕がいなくなったら兄は…

 いつまで僕達は一緒に暮らせるのだろうか? 未来は僕らに答えない。そういう緊張と苦悩で押し潰されそうになるたび僕はパニックの発作を起こす…過呼吸の発作と脳貧血。学校で紹介してもらった心療内科で薬をもらっている。発作が起きるたび心配になる。兄はそれが自分のせいだと自分を責めているんじゃないかと。

 

 僕にとって音楽は唯一の発散だ。ハードコアなエレキギターの凶暴な音を出している時だけ頭の中が空っぽになる。きれいな音なんか出さない。何かを壊せるくらい凶暴な音…それが欲しい。

ギターを持つと人が変わるねと、入部したての頃部活のメンバーが驚いていた。普段はニコニコしてさあ、まるで気違いみたいな音出して。

 きっと破壊願望があるんだ。この世界が僕たちを受け入れてはくれないなら…いっそ…壊してしまいたい。壊してしまえるなら僕は…

 

 僕は…

 

 ただ苦しいんだ。自分すら救えないのかな。兄が心配で心配でならない。まるで兄の母親のようだ。きっとうちの母も苦しいんだろう。だから絶対に秘密なんだ。僕たちのことは。

 

 兄はある日父親を捨てた。彼は「捨てた」という言い方をした。あれは僕が中学生の1年だった。僕が初めて兄に告白した時だった。小さい頃から優しい兄が大好きで、夜に裸で抱き合うのが何より好きだった。愛撫もキスも物心がつく前から当たり前の日常だった。秘密だけが僕の束縛だったけど、僕たち二人の時間のためなら、その束縛はかたい絆となった。僕が兄としてでなく、一人の人間として彼を愛してることに気付き始め、その気持ちが抑えきれなくなるのは本当に時間の問題だった。男で、しかも自分の兄で、普通の同級生とは全く違う僕。ただの肉親だから好きなんじゃない。それ以上の切ない感情を、僕は兄を通して初めて知った。

 僕が産まれたときから、兄は僕を本当に可愛がってくれた。父親がいなくなった心の隙間を幼い僕を可愛がることで、兄は埋めていたのだという。乳飲み子の僕が兄を見て笑うと、幼い兄はずっと僕をあやしていたと、母も何度も僕に話す。そんな兄を母は自慢に思っている。母は離婚のショックで兄が新しい父親と自分との間に出来た父親の違う弟をいじめやしないかと、とても不安だったから。でも兄は優しかった。彼は彼の父親から愛されたように、僕を愛した。心も身体も…兄はそれ以外に愛しかたを知らなかったから。

 

「お前は天使みたいに可愛いな」

 兄はそう言って小さな僕を眺めていたという。僕はわんぱくで甘えん坊の絵にかいたような次男坊で、そんなやんちゃな僕は兄の前ではまるで飼い犬のようになついていた。だから母は僕が産まれてから兄が落ち着きを取り戻したのが、はっきりわかったと言った。

 母は僕が10歳になったある日僕たち家族の秘密を僕にわかるように話して聴かせた。僕は兄がたまに言う「あいつ」や兄がなんでこんなになったのかの謎がようやく少し解けた。もちろん母は兄の父親が同性愛者だなんてことは話さなかったし、自分が兄と自殺未遂を図ったことも言わなかった。でも僕はそのことを兄から聞いていた。兄は何が起きていたかほぼわかっていたのだ。幼いけれど頭の良い兄には、互いが何を感じ何をしたのか、ほとんどわかっていた。

 そして兄は僕からの告白を聞き、苦しみ抜いた父親との身体の関係をざっくりと切り離した。兄は父親から貪られるのがもう耐えられなかったと言った。愛じゃないんだ…欲望…を満たすんだよ…俺で…

 兄は泣きながら僕に言った。俺はお前に愛されてわかった。あれは…あいつのは欲望だったんだって。だからもう…我慢しない。お前に俺を…全部やる。お前は死にかけた俺を救いにこの世に産まれて来てくれた…天使なんだ。だから…もう俺はあいつを捨てる。

 

 こうして僕らは、秘密と愛を分かち合った。

 蜜月が始まった。兄は僕のすべてだった。

 僕が兄のすべてになったように。

 

 

 

  to be continue…

 

 

 

 

 




《ご挨拶》 

 皆様こんにちは。架空線が初めて世に晒した処女短編小説『イナフ ー失われた物語ー 』(2010年作品)の長大なスピンオフ『失われた物語』(2013作品)を、『イナフ…』の予告通りに元サイトからこちらハーメルンに避難開始となりました。R−18の桎梏をこちらで解放し、やましさを絶賛解消したく存じますが、いかんせん長いので(20万字ほど)、週に1〜2回、5000文字くらいづつこちらへ引っ越す予定です。
 体調問題や職場問題で現在創造力(creation power略してCP)を大幅に削られているので、とりあえず身辺整理にこの時間を使わせて頂きます。エロいわグロいわダークだわ鬼畜だわ(ええ、どうせそういうのしか書けませんから)のこの初長編作品ですが、連載中の『僕を止めて下さい』の読者の皆様も、お暇な時にでもお付き合い下さいますれば、作者大変幸せに存じます。

 ではご閲覧ありがとうございました。
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