どこかわからないホテルのベッドにいる。今日も薬で身体を奪われて犯される。苦痛でしかない行為に悶え苦しむ。それを見て猛り、激しさを増す彼…緩むことのない轡。ようやく辿り着いた僕という獲物。僕が彼を愛せないように、彼も僕には心を奪われない。じわじわと僕を壊す快楽、復讐の標的。身体だけがこの男に飼い馴らされて、直に闇が僕の中にも入り込むだろう。もっと気持ちよくなれたら。もっと狂えれば。こんなに苦しまずに済むのに…
そんな復讐ではつまらないと、彼の拷問は続く。愛せない者に貪られる苦痛が毎秒毎秒僕の胸を押し潰す。夕方には解放される。僕を日常の中に生かしておくために。自分の痕跡を消し、僕の痕跡を隠し、悪夢を日常に溶かしこむ。じわじわと真綿で首を絞めるように、僕の心を殺して兄と隔離するために、生殺しにして生かしておく。夕方はまだ遠い。
車でどこに連れて来られたかもわからないように、最初に僕は意識を奪われる。目が覚めた時にはもう裸で縛られて、ベッドの上で弄ばれている。そしてただ延々と辱しめられる。お願いだからもっと気持ち良くして…もっと狂わせて…苦しい。苦しくて泣き叫ぶ。その声が彼の嗜虐を更に加速する。僕の苦しみが彼に伝わる。復讐が順調に執行されていることを彼は知り、微笑む。
「汚し尽くしたいな…君のその無垢な部分が跡形もなく黒く奇形するまで。何度でも何度でも君を殺して生き還してあげる。君が苦しんでも、私になついても私の勝ちは一切変わらない。私が君の兄さんに一切勝ち目のないようにね…」
彼は言う。
「君の名を私の腕の中で呼ぶんだ。犯され続けて責められて錯乱して、意識を失ってうわ言を言い始める…君の兄さんは君の名前を呼ぶ…」
彼は僕の頚に両手をかける。
「私は死にたくなる。君が居る限り私は存在を打ち消され続ける。君を殺したくて殺したくてたまらなくなる」
彼は僕の頚を絞め始める。僕の意識が朦朧としてくるまで彼は絞め続ける。
「だが君の兄さんは、君が死んだらきっと君の後を追って死ぬだろう。そんなことはわかっている」
彼は返事も出来ない僕に淡々と語り続ける。
「君も私も本当に欲しいものは手に入らない。君は兄さんと一緒にいたい。私は彼の心が欲しい。だが我々は願いが叶わない。ほら…一緒だろう。我々は互いに同情すべきだ…違うかい?」
朦朧とする僕の髪をつかんで引きずり起こす彼。
「だがな…兄さんの身体は今は私のものだ。君は触れない…彼には逢うことも出来ない」
僕はベッドから引きずり降ろされる。
「私に抱かれてよがって悶える彼を君に見せてあげたいな。私の体を求めて泣いてすがる彼をね。どんな風に狂ってどんな風に欲しがるのか君は知ってる? ふしだらな兄さんのよがり声…彼は頭から爪先まで余すところがないほどの淫乱だ」
床の上に寝かされ彼は僕の身体を足先でなぶり顔を踏みつける。
「兄弟なのにな。罪が深すぎる!」
彼は勝ち誇ったように僕を見下ろす。
「罪深い淫らな兄弟だ。互いに真っ当な兄弟愛で普通に思いあっていればいいじゃないか。あの親子の血は呪われてるな。君は犠牲者だ…いや…」
彼は僕の顔に唾を吐いた。
「最悪の犠牲者は…私だ」
ホテルの中で再び意識を消されて、僕は日常へと返される。彼は僕の意識が戻るのを待って朦朧とする僕を車の中で弄んだ。夕方の人気のない広い公園の脇に彼は車を停めて、僕にその日最後の刻印を刻む。車の窓ガラスは黒いスモークで僕らの狂宴を誰も気づかない。そうやって彼は日常と悪夢が地続きであることを僕に刻み込む。敏感な部分をキツく責められて、逃げ場のない車の中で、まだ麻痺が残った身体を必死に動かしもがく。フラフラな僕が上手く逃げられないのを愉しげに引き戻し、更に屈辱的な行為で罰する。そして僕が動けるようになったのを確認すると、僕の服を整え人目のない路地で僕を降ろす。僕はそこから電車で帰る。最寄り駅からほんの2~3駅の、僕の知り合いのいないエリアを彼は上手く選ぶ。闇の残り香を纏わされて、僕はふらふらのまま電車に乗る。このままでは帰ることが出来ない。駅前の騒がしいハンバーガー店で安いコーヒーを流し込み、やっと呼吸することを思い出す。叫び出しそうになるのを必死で抑えながら、時折震える身体をなだめる。
その夜は狂ったように自分を独りで慰める。何度も何度も繰り返さなければ決して終われない自慰。身体から彼の爪痕を消し去るように、自分の性感で身体を埋めつくしたい。あの男のことも兄のことも思い出さぬよう、考えぬよう…だが出来ない。パニックが襲う。身体中を何かが這い回るような異常な感覚。ぞわぞわぞわぞわと絶え間なく見えない舌が全身をなめ回すように。気持ち悪い…やめて…来ないで。頭を掻きむしる。身体も掻きむしる。掻きむしりながら思い出す。兄の発作の姿を。僕は今…同じことをしてる…と。
「あ…ああ…あ…あ…あ」
こ…えが…もれ…る。叫びたい。吐き出したい。死ねないなら狂わせて。お願いだから。もっと気持ちよくなり…た…い…
「補習の星だな…お前は」
数学の教師が複雑な顔で僕の再試験の答案を返してきた。あれから短い三学期はすぐに経ち、当然三学期の期末テストの勉強を僕は再び完全に放棄していた。教師は補習の仕上がりは良いと褒めてくれたらしい。学校で拘束されているほうが家に居るよりましだ。勉強は放課後の補習で救われた。一年間のカリキュラムを習得すれば、テストだろうが補習だろうが目的は達成するんです。僕は今先生の期待する普通の生徒にはどうしてもなれないから。僕にも…事情があって。すみません…ここで学びます。
担任は留年は出したくないし、ここは熱心な進学校でもない。僕は元々大学に行く気もない。
音楽がやりたい。中学生の時それしか僕には思い浮かばなかった。中1の頃親父の友達から中古のエレキギターをもらった。スタンダードな青のフェンダーで、もらったついでに暇なときに教えてくれることになった。僕はギターにのめりこんだ。毎日毎日弾いて母に怒られた。親父はブルーハーツが好きだった。僕は小さい時からそれを聴かされて育った。練習にブルーハーツの曲を選んだ。『人に優しく』が一番好きだった。僕のパンク好きはそんなのもある。
もっと小さい頃僕は思っていた。僕の未来は兄が全てだと。小さな女の子が将来の夢を訊かれて、「あたしお嫁さんになるの!」というのとあまり変わらない意味で僕はそう思っていた。
もうすぐ高二になる。進路指導は必ずある。自分をごまかせるような上手い言い訳が欲しい。仮にも何かに向かっていると、周りに納得させられて心配されない、上手い設定が欲しいんだ。例え上手くいかなくてもいい。何かしていられれば、目的があるなら人はそれに乗り、周りもその成り行きなど最後まで見てはいない。当面何も無い事に人は心配する。だから…自分すらごまかせる嘘。僕の《架空の人生》のための。
はか…な…い
なにもかも…が
暗い部屋。誰か居る。一人じゃない…複数の。
僕は目隠しをされて縛られている。誰が…いま…隣に?
話声…あの男が何か話している。知らない声…低く囁く。
彼が僕に何か飲ませる。吐き出すことも出来ずされるがまま。
彼が耳元で言う。
「今日はキツいよ。だから少しだけ楽にしてあげよう。私の慈悲だ」
…クスリだ。
今日はベッドには縛られていないが、身体は縄で動けない。声は出る…声を聴かれる。だんだん下腹部が火照ってくる。いつもと…違…う。絶望が襲う。安堵と共に。苦しまない…そして虜の始まり。もう戻って来れない。きっと。まわされても求めて飢えて、心が黒く染まる。淫火に焦がされて…あの時身体に押し入ってきた黒いものが僕を支配する。きっと、兄が言ってたみたいに。
身体の中心が堪らなく疼き始める。ベッドの周りには複数の男が僕を視姦している。目隠しされていても視線が肌を灼く。見られている羞恥が僕を襲う。耐えきれずに息が荒くなる。
「あ…」
身体の中に衝撃が走る。思わず声が…彼が低い笑いを押し殺す。
「堕ちるまでもうすぐだと…」
「…いいね…必死で耐えて」
「気が狂うまで放置…かな」
「ええ…それは皆さんのお好きに」
堕ちたくない。でももう火が…火が燃え広がる。身体だけが堕ちる。心を奪って空白になるそこに愉悦が虫のように増殖して埋め尽くす。願いが叶う。お願いだからせめて気持ち良くして…と、祈り続けたこの絶望が、絶望は一切変わらないまま黒い沼のような安堵に溺れる。
「あ…ああ…ああ…」
喘ぐ声を押し殺すことが出来ない。もう…だめだ。あらがえない。これから無理矢理身体を開かされる。諦めが僕の心をかすめる。その隙をついて、一気に性感が僕を支配していく。全身に耐えがたい性感の痺れ。それが局部に集約していく。
「あああっ!」
縛られて不自由な身体が反り返るたびに、縄が食い込んでいく。
「皆さん…今日は忍耐強い」
「見ながらが良いね。自分でしながらで良いかな?」
「もちろん。最後にこの子の顔に」
「ああ、汚したいな」
「ああああああぁぁぁ!」
「もうすぐ狂いそうだ。こんなに濡らして。たまらんだろう」
口々に僕を辱しめる言葉。でも誰も触らない。猥褻な視線が見つめるだけ。
「はうっ…うっ…うあぁ!」
急に淫火が煽られて全身を焼く。
あ…だめ…だめっ…もう…出る…いやだ…こんなところで…
「あうっ…くはっ!」
だめ…もう耐えきれない。見ないで…いやだっ! だめ、だめっ!!
「あうううっっ!」
叫びと共に飛び散る飛沫。勢い良く自分に降り注がれる自らの淫欲の証。
「おう…出る…ああ…」
誰かの喘ぐ声。そして欲望の噴出が予告通り顔に掛けられる。部屋の中の猥褻な空気が深く澱む。更に濃く…更に陰猥に。
「我慢できなかったのかな…?」
彼が冷たく囁く。僕は唇を噛む。口の中にわずかに見知らぬ男の精液の味がした。こんな…こんなのって酷…すぎる。
「誰も触らないのにこんなになったのかな? 淫乱な身体だ」
その言葉も終わらないうちに第ニ波が身体を襲ってくる。
「あ…あ…ああ…はあっ」
終わ…らな…い…の?
「だめ…こ…んな…」
彼がこらえきれずに笑う。
「だめ? どうして? 君の身体は、こっちが本当だよ」
彼は笑っていた。
「クス…リ…クスリのせい…だ」
「クスリ? ああ、あれか。君に飲ませたのはただの亜鉛のカプセル剤だよ。亜鉛は精液の産生に必要だからね。何度も出すことになるから少しでも楽に出せるようにって思ってね。安心し給え。10mg程度のサプリメントで精神効果などあるわけがない。だから君は勝手に興奮しただけだ」
そんな…嘘だ。ありえない。そんな…
僕は一瞬言われたことが、ただの悪い冗談に思えた。あれがサプリメント?
「う…うそ…だ…」
喘ぎながら否定する僕の耳元で、彼は愛撫のように囁いた。
「嘘じゃない。君の愛する人が君の身体に刻んだ快楽は、君たちだけのものじゃないってことだ。彼の中に棲んでる悪魔が君の中にも居る。良くわかっただろう?」
彼が耳の中に吐息を吹き込む。
「違う!そんなんじゃな…」
だけど言葉が、最後まで継げない。
「あはぁぁ!」
身体が止まらない。彼は吐息と一緒に声で耳をなぶる。
「ほら…もうダメじゃないか。君の身体は闇に侵されてるんだ。小さい頃から彼に教えこまれたんだろう? 当たり前じゃないか。彼と同じ身体をしてるのは」
「違う! 僕は…そんなんじゃ…あああぁ…!」
なぜ…? 一度も彼に抱かれて感じたことなどなかったのに。違う…あれは強いドラッグだ。きっと違法な…決してサプリメントなんかじゃない。あの男はまたウソをついて僕を陥れるために、卑怯な手を使って!
「ああっ…あうっ!」
彼が耳朶に舌を這わせる。騙されるな…違うんだ。僕はクスリで狂わされてる…!
「ちょっとした実験…成功ですね。前もって申し上げていた通り彼は家族から近親相姦、つまり幼い頃から猥褻な行為を受けていた。そんな身体を感じないようにコントロールし続けていけるのかどうか? これはプラシーボを用いた簡単なトリックです」
「嘘だ…!」
「君には知らせずにさっき皆さんと一緒にサプリを選んだ。それを君に飲ませた。私は君にこれは媚薬だともなんとも言わずそれを飲ませた。覚えてるかい? ここにいる皆さんは一部始終を知っている…どうですか? 薬という強制的なスイッチが入るという心の諦めが彼に“仕方ない”と思わせたのでは? どんなに悶えて感じても薬のせいに出来る。身体だけの関係に耐える事、それを放棄出来ると無意識に彼は判断し、身体を開いた…それが偽のプラシーボ薬でも」
話しながら彼の手が次第に僕の身体に愛撫を加え始める。
「いやだっ…触るな…」
「触ったら感じるから?」
彼の指が首筋をなぞる。
「やめっ…は…うんっ…んあぁ」
「そうだね…触るだけで溶けそうだからダメなのかな? こんな淫乱な身体なのに? 好きでもない男に抱かれて感じるから? 君は若いのにずいぶん禁欲的だな」
周りで低く笑う複数の声。
「自分の淫らさを知らないと見える。君は今日それを知るんだよ…誰に抱かれてもよがり狂う君自身を」
「ああっ…ああっあはっ」
声が止まらない。放置されて視姦された身体の痺れが、触られた場所から焼けただれてくるように変わる。
「この子は調教したら良い奴隷になりそうだ」
「ええ、そうでしょう…縄が似合う。縛られて見られただけでこんなによがり狂って…」
そう言うと彼はすっと手を引いた。
「さて…この子も充分に開いてきた。そろそろ皆さんも…いかがですか」
「ああ、良いね。そろそろ我慢の限界だな」
「では、お腹が空いたところで、たっぷりと満足のいくまでお楽しみになって頂きたい」
誰かが立ち上がる音。戦慄が走る。パニックになる間もなく、足首をグイッと手が引き寄せる。見えないから、すべてが不意打ちとなって僕に襲いかかる。
「うあっ…!」
身体にのしかかる体重。男物の香水の微かな香り。強引に唇を奪われる。舌が…入って…く…る。
堕ちる。ああ…堕ちる。