「だけどもう、想像すら耐えられない…お前とあの人が愛し合う姿なんて…地獄だ。お前がまだ…あの人を愛しているんだろうと…思えば思うほど…焼けるような苦痛が胸をズタズタに切り裂いて…それしか考えられなくなる。お前を支えるだけじゃ俺は満足しないのかよって…! ああ! そうだよ! ずっとずっと! お前が欲しくて欲しくて仕方ないんだよ! だからお前を普通の世界から奪ったんだ…俺は!」
「じゃあ!責任取ってよ!」
僕はもう何がなんだか分からなくなっていた。
「そんなに自分を責めるなら、責めればいいじゃない! その代わり僕の言うことを全部聞いてよ! 兄貴が罪を償うとか言うなら僕の言いなりになってよ! わかったよ、もし僕の未来がバラバラに崩壊するのが兄貴のせいなら罰として全部見届けてよ。僕が破滅するのを僕と一緒に見届けてよ!」
その言葉に兄は唖然としたまま絶句した。だが僕も自分がいま言ったことが自分で言ったこととは思えずに、その場で茫然と兄を見つめていた。
「良い考えだ…と思う…よ」
僕は自分の言ったことを思い返しながらその提案をもう一度繰り返した。
「兄貴を…下さい。僕を壊した…罰として…」
そして僕は心の底から願った。この不毛な‘罪と罰’の議論を終・わ・ら・せ・た・い。今すぐ!
「兄貴が僕を兄貴のモノにしてくれないんだったら、僕が兄貴をもらう。兄貴が逃げないように僕が鎖で縛る。兄貴が本当に僕の人生を壊したっていうなら、僕にも考えがある。壊しておいて逃げようなんてそれこそ卑怯だよね。兄貴自身で責任取ってもらうから」
「そ…それは」
「もう弁解は聞き飽きたの! 全部僕を捨てる口実なんだし! いい? 罰として兄貴は僕のモノになるの! 僕に支配されるの! 良いよね?!」
兄は僕の(ある意味)正論にグウの音も出なかった。あっけにとられていた、の方が正しいけど。
「兄貴、契約だからね。破ったらただじゃおかないから。えっと…母さんに全部バラす」
「それだけはやめろ!」
兄はマジな顔になった。
「僕はマジだから!」
僕もその時本気で怒っていた、かもしれない。だが兄は僕の剣幕に押されていた。
「それくらいしなきゃ、兄貴は責任取らないで逃げるから…僕から逃げるから!」
「脅迫…?」
「そうだよ!僕はね…あの人から僕たちの秘密を盾に脅されて無理矢理犯され続けたんだ。兄貴は自分のせいだと思ってるんでしょ? だったら僕も兄貴を脅して言いなりにさせる!」
兄はそれから無言だった。僕たちは結局歩いて家まで帰った。二人で黙って夜道を歩いた。喜劇なのか悲劇なのか? どちらともつかない変な気分が僕を包んでいた。兄はいつものように深刻な顔で、暗い地面を見つめながら歩いていた。
帰ってシャワーで汗を流した。なぜか二人して無言で、一緒にベッドの中にいた。兄の髪からシャンプーの香りがした。あんな変な口論をしたのに、なぜかたまらなく感じていて、僕が目で兄を誘うと兄は無言のままそれに応えた。兄の身体もいつもより熱を帯び、黙っていても僕を求めているのがわかった。
沈黙を破ったのは僕だった。
「…抱いて欲しい…すごく」
すると兄はなぜか初めてのようなぎこちなさで僕に口づけた。僕のものになった兄の最初のキスだった。
「あ…あ…僕のもの…だ」
僕は頭の芯の融けるようなキスに、のけぞりながら兄を抱きしめた。
「僕のもの…離さない」
なんて…なんて甘い言葉。僕のもの。
「兄貴が言いたかったの…わかる」
兄は何も言わなかった。ただ僕の首筋から胸から肩から、隙間なくキスで埋め尽くしていった。その愛撫に愛しさが溢れる。好き…好きだよ…大好きだ。キスのひとつひとつが告白に聞こえるほど。
「…甘い枷だ」
兄が陶酔したような顔で囁く。僕は愛撫に震えて声も出ない。
「どんな手錠より…縄より…」
兄が感じやすい耳元に唇を寄せる。
「んっ…」
「こんな甘くて切ない束縛を…俺にくれるのか?」
兄が僕の耳元で囁く 。
「兄…貴に…必要な…罰…なんだ」
その声に悶えながら、途切れ途切れに僕は答える。
「死ぬまでこの罰を受けていいのか…」
「無期懲役…だよ」
「終身刑か…俺は幸せな囚人だ」
僕はまた両手がたまらなくわなないてくるのを感じた。あの日から少し治まっていたのに。僕は喘ぎながら傷のある手首を頭の上でもう一方の手でつかんだ。
「また疼くのか…?」
僕は羞恥心の中でおずおずとうなずいた。縛られたいという欲求。どうしてもこれだけは恥ずかしくて兄の顔を見れなくなる。
「身体くらい…縛って欲しい」
目を逸らしたまま兄に訴える。本当は兄にあの言葉を言われたい。言って欲しい。俺のものだ…って。兄はあの部屋から持ってきた手錠を枕元の棚から取りだし僕にはめてくれた。チキチキチキと手錠の噛む音が頭の上で響く。手首にまた冷たく重い感触が加わる。一気に加速する愉悦がまだ少しおぞましく思える。だから感じてしまうんだ。
「僕から…取り除いて欲しいんだ」
「何を?」
「この調教された…ところ」
「苦しいのか」
「…恥ずかしくて…心が折れる」
「俺も…同じだよ」
兄は微笑んだ。
「されたくて…恥ずかしくて…気が狂いそうになる」
兄は優しく僕の手首を手錠に沿って指でなぞった。
「兄貴が『俺のもの』って何度も言ってくれたら…治るかも」
兄は手を止めて僕の手首をつかんだ。
「言えないよ…」
兄は悲しげに笑った。その顔を見た途端、まるで戦場の君主みたいな有無を言わせぬ強硬な気持ちが僕の心に芽生えていた。
「兄貴…僕の言う通りにして」
僕は兄に命令していた。
「いい? 兄貴は僕のものなんだよ? わかってるの?」
兄はハッとして僕を見た。
「僕の言うことを聞かないの?」
「お前…」
「僕は…こんな快楽要らないよ。誰かも知らない男にまで狂わされて、復讐の玩具になって…」
望んではいなかった、決して。
「僕は兄貴に縛られたい…身体じゃなくって心を。だから…言って!」
兄は少し黙った。そして大きく呼吸をした。
「それでお前が…楽になるなら…」
すると兄の顔が一瞬嗜虐を帯びた。
「お前は俺のものだ」
その一言が快感を一気に増幅させた。兄は僕の恍惚に満ちた表情をじっと見つめていた。そして耐え切れないような声で僕に言った。
「ごめん…もう我慢出来ない」
以前少しだけかいま見た兄の嗜虐がその時封印を解いた。叫ばないように、前と同じくタオルを口輪にされた。これから激しく責められる。それで気が狂ってもいい。このまま狂ってしまいたい。兄の固くて太い欲望が僕の中にゆっくり押し入ってきた。
「俺の…ものだ。誰にも渡さない」
兄が囁く。頭の中が白くなる。内臓を掻き回されて、急所が押し潰される。
「むぐぅ…」
「お前の中の…俺以外の爪痕を全部消してやりたい…」
気が遠くなってくる。幸せなめまい。内臓だけじゃなく、頭の中も掻き回されているみたいに。
「あの人の痕跡も…なにもかも…」
激しく貫かれながら、兄が耳に舌を入れる。
「んんんーっ!」
意識がスパークしたと同時に僕が先に噴射していた。
「ここ…お前は小さい時から弱かったな。音楽にぴったりの、敏感な…耳…あの人にも責めされたんだろう? ここ」
兄はなぜか自分を追い詰めるような際どいことを言った。
「どうだった?あの人に責められて、こんな風にイッたのか…?」
およそ兄の言葉とは思えない嗜虐。
「何をされたのか…見えるようだよ。俺の身体にそっくりになって…俺の狂った身体に…」
突然兄は僕の肩口に噛みついた。
「んぐっ!」
痛い。でも…身体は…逆。また疼いてくる。支配されているんだ。その夢のような切なさに、胸の奥がズキッと疼いた。
「こんな…痛くされて…興奮して」
兄はすぐにその下の腕の付け根を続けざまに噛んだ。
「ううっ…!」
「また悶えてる…この身体が…好きだ」
兄の声は恍惚としていた。それほど僕の身体は嗜虐に敏感に反応した。腕の付け根の歯形が真っ赤に残った。
「俺の…印…」
兄が呟く。
「欲しい…欲しいんだ。お前が…お前が欲しい。俺だけのもの…俺だけの…」
うわ言のように口走りながら、胸元を更に噛む。その噛み痕に口づける。何度も何度も、繰り返し繰り返し…その間兄の張り詰めた性器が僕の中をえぐり続け、その張り裂けそうな快感に僕の身体がまた快楽の飛沫を噴き上げた。
「んーっ!んーっ!」
もうすぐ口輪も役に立たなくなる。その声を聞いて兄の動きが早く、激しくなった。
「俺も…イク」
左右の腰を長い指が掴む。その感触にまた僕は背中を反らせて喘ぐ。ひときわ深く抉られた瞬間、兄がのけぞった。
「んあっ…出る」
「んんんんっ! んんぐぅ! んんんっ!」
中に発射される感触に、僕はたまらなくなり、首を左右に振って悶えた。
「これ以上…マズいか」
兄が我に返ったように言うと、僕からゆっくりと身体を離した。手錠と口輪が外され、僕はたまらず兄にすがりついた。
「感じ過ぎて…死にそう」
「痛かったか…? ごめん」
「痛くて…感じて…イッた」
それから長いこと僕らは抱きあっていた。僕たちが互いに互いを捧げた日から何年も経った今日のこの夜、今僕たちはようやくそれを本当に互いに受けとった気がした。
「ねぇ…なんで走ったの?」
「…嫉妬が治るかな…と思って」