兄が帰って来たのと時を同じくして 、パンク野郎とのユニットのデモテープ作りが進行していた。僕たちはそこで顧問の異常なマニアックさをかいま見ることになった。
「な?すげーだろ」
パンク野郎がニコニコしながら顧問の持ち込んだMacのノートPCを覗きこんでいる。
「先生…なんでこんなことに?」
僕は不用意に聞いた。
「話すと…長いぞ」
「かいつまんで…は?」
「この件に関してそういうモードは一切ない」
言い切った…黙っていよう。
「とりあえず試しに一発取りしてみるか」
顧問は指示を出して僕たちはそれぞれ配置に着いた。
「まあ練習だから…どれだけヒドイか聴いてみるってことで」
ベースは3年生の例の女子の先輩が立候補してくれた。ドラムは…なんと新入生だった。しかも女子の…ハーフの…パンダ。いや目の周りが黒いんじゃなくて、体型が…パンダ。しかもそのドラムは凄まじい上手さだったのだ。
「オレ…デブに初めて惚れそうになった」
と、ヤツは新入生歓迎会で彼女の自己紹介変わりのドラムテクを見て呟き、いきなり立ち上がり、 「オレと組まないか!ナヲさん!」
と叫んだのだ…迷惑な。
「誰ですか…それ」
いや…ナヲさんはマキシマムザホルモンのドラムで女…だからかよ! 勿論彼女はナヲさんという名前ではない。しかしマキモ好きのヤツはそのパンダな帰国子女を、卒業するまでナヲさんと呼び続けた。失礼なやつだ。というわけで、リズムセクション女子担当というあまり類を見ないユニットが出来上がった。練習用のメロだけ入ってるシンセのカラオケを、頼みもしないのにマニア顧問が楽しそうに作ってきてくれた。
「おっ…お前のプレーヤーにmp3で落としてやるぞ」
と顧問は僕のデジタルプレーヤーにいそいそとPCから落としてくれた。彼の残してくれた曲の次に僕の曲が入った。彼…どこかでちゃんと生きてる…かな。彼のプレーヤーで自分の曲を聞いた。少し胸の奥が切なくなった。
「さて…と」
翌日の休み時間、ヤツが僕の席にやってきて言った。
「そろそろユニット名を決めないとなあ」
「お前の天才的センスで決めたら」
「いや…みんなで決めよう」
珍しく殊勝な発言だ。
「思い浮かばないんだろ?」
「いや…これは団結力のためだ」
ヤツは今思いついたような顔で僕の方をくるっと向いた。
「一人ひとつづつ単語を持ち寄る。んで、それを全部使ってバンド名にする!」
4人分は長すぎないか?
「その中から良いのを決めるんじゃなくて?」
「この際全部使う。寿限無みたいになっ!」
その日の部活でヤツはあとのメンバーに言い渡した。
「…というわけで一人ひとつ考えて来てくれ。日本語でも英語でもスワヒリ語でも構わないからさ」 ナヲさんがフイた。
「本気ですか先輩?」
「本気です」
「こいつは冗談と本気の区別ないから。プロファイルしといて」
と、女子先輩が説明を加えた。これもなんか「賭け」だな。僕は女子の良識に賭けることにした。
「んでさ、みんなそれで良いの?」
僕はメンバーに確認した。
「だって言い出したら聞かないじゃん…こいつ」
と先輩。
「よし!わかってくれてますよ!」
「いや、それ諦めてるっていうの!」
この二人、漫才でもすればいいのに、と先輩とヤツの掛け合いを見て僕は密かに思うのだった。
そして当日。
「それぞれーこの紙にー書いてくれー」
僕たちは部室の隅に集まり、ヤツはみんなにメモ帳を破いて一枚づつ渡した。
「書いたらーオレにくれー」
ヤツの変なテンションにみんな顔がにやけていた。絶対うまく行かないって…。僕たちは噴き出しそうになるのを必死でこらえながら書いたメモをヤツに戻した。
「よし…そろいましたよっと」
ヤツは僕たちを黒板の前に呼んだ。
「発表する!」
ヤツは紙を開き、それらを読み上げながら赤いチョークで黒板に書いていった。
「LOVE!」
「天使!」
「爆裂!」
「Kiss!」
LOVE 天使 爆裂 Kiss。黒板に並んだ文字をヤツはそのまま叫んだ。
「LOVE天使爆裂Kiss!!」
「LOVE天使爆裂Kiss?!」
瞬間僕たちはオウム返しに叫び、そして爆死…いや爆笑した。しばらく息も出来ないほど笑い転げた。
「ひーっひーっ…もうやめてー」
「スゴすぎるー! くだらなすぎて死ぬー」
メンバー全員が床に倒れこむか又は机にすがりついていた。
「だめだー死ぬー!」
「どんなキスだよ爆裂キスって!」
しばらくして僕らはようやく立ち上がった。
「一体誰がどれを書いたんだ?」
ヤツが息をきらしながらみんなに聞いた。
「オレはLOVEだ」
「お前がそれか!」
「じゃあ先輩はどれ?」
「あたしはKissですよ…Kissのファンだから。なんか文句ある?」
「じゃあ爆裂はどっち?」
僕だ…
「…」
「黙って手を挙げるな!」
「じゃあ必然的に天使はナヲさん」
「イエス!みんなに一人づつ天使の名前つけますか?」
「オレは絶対ルシフェルだ!」
「言うと思った…」
というわけで一も二もなく反論すらなく何故か決まったバンド名『LOVE天使爆裂Kiss』。漢字英語大文字小文字そのままで、僕たちの船に長い名前がついた。
「うん…!良いね!」
ヤツはすっかり満足したようだった。
「これからオレをルシフェルと呼んでくれ」
「LOVE堕天使になりませんか?」
「堕天使はお前だけで十分だし。あ、ダ天使の《ダ》は堕ちるじゃなくて、駄目の《駄》だからね」
駄天使…さすが先輩。駄菓子みたいだ。
「駄目の駄って…どんな字だっけ」
ヤツの質問に答え、先輩が黒板に『駄天使』と大きくチョークで書いた。
「うわー!安いなこの天使!」
「我ながら良く出来たねっ」
ナヲさんが大笑いしていた。笑い上戸だろう。デモ締切まであと少し。しばらく毎日練習の日が続いた。
その日は晴れていた。初夏の日差しがだんだん強くなる。今年は空梅雨なのか梅雨前線は弱く、僕らは高気圧の真下にいた。いつもの始業のベルがなる。僕たちは急いで席に着いた。いつもならばすぐに教科の先生がテキストを抱えて教室に来るはずが、今日に限って5分経ってもやって来なかった。僕たちはざわざわしながら長い休み時間を楽しんでいた。
しばらくして教室のドアが開き、優雅な休み時間は終わりを告げた…と誰もが思ったそのとき、そこにいたのは教科の先生ではなく、何故かクラス担任だった。
「えー…静かに!」
担任はうるさい教室に呼び掛けた。
「これから緊急会議がありますので、1限目自習になります!」
クラスのほとんどがおおーっと喜びの声を上げた。担任は尚も続けた。
「みんなちゃんと自習しろよ」
そして数学のプリントが配られた。担任はそれを見届けるとすぐに職員室に戻っていった。
「なんかあったのかな?」
隣の席で同級生が噂している。
「誰かうちの生徒がマズイことでもしたんじゃねぇの?」
誰もがなにも分からなかった。その意外な答えは、次の日の全体朝礼で明らかにされることとなった。
それは音楽の先生の訃報だった。
校長の話は曖昧だった。事故により、昨日入院してその夜亡くなられたと。若い女の先生だった。まだ30歳前だったはずで、童顔で背が低いので大学生みたいな、明るく可愛い先生だった。僕たちはびっくりした。まさかあの先生がこんな若さで亡くなるなんて。誰もが驚いたと思う。
朝礼が終わり、体育館を出て、僕はパンク野郎を待って驚きを分かち合おうと思っていた。ヤツはすぐ後ろからやってきた。だがその顔はまるで魂が抜けたような、紙のように白い顔をしていた。
「ちょ…おい」
僕はヤツの異様な雰囲気に、声を掛けずにはいられなかった。だがヤツは夢遊病者のようにフラフラした足取りで、僕に気づきもせずに教室に向かって階段を上って行った。イヤな予感がした。今までのヤツとの会話が全てフラッシュバックした。まさか…と僕は自分の考えを否定した。だが僕の胸はそれを覆すかのようにざわざわと騒いだ。僕は猛然とヤツのあとを追って、教室への階段を駆け上がって行った。だがヤツは教室にはいなかった。
近くにいた同じクラスの男子にヤツの行方を聞いたが誰も知らなかった。僕の憶測が正しければ…正しければ。僕は教室を飛び出した。屋上に向かって。
勢い良く屋上のドアを開けると、初夏の風が吹き込んできた。屋上のコンクリートの上で僕は素早く辺りを見回した。ヤツの姿はそこにはなかった。僕は気が抜けたせいか、急に腰に力が入らなくなり、フェンスの下のコンクリの縁にストンと腰を下ろした。その途端、ドアの方から声がした。
「なんでお前がいるの?」
それはヤツの声だった。声の方を向くと屋上のドアの前にヤツが僕を見て呆然と立っていた。 「お前…先回りかよ…スゲェな」
ヤツは笑い出した。
「なんでお前…あとから来るの?」
僕は逆に聞き返した。タイミングが逆じゃないか。
「便所行ってた。ウンコ漏らしそうで」
ヤツは笑いながら説明した。
「その隙に、お前がいるなんてなぁ」
ヤツは笑い続けた。
「死なせろよぉ!」
ヤツは腹を抱えて笑っていた。
「やっぱり…そうか」
僕はヤツの前に立った。
「ダメだよ…そんなうまくいかないって…」
ヤツはしゃがみこんで笑っていた。
「そんなもんなのか…あっは…救われねーな」
「…楽にはさせてくれないんだよ……絶望的だけど」
「くっそ…」
そう言ってヤツは泣き崩れた。始業のチャイムが鳴った。このままだとマズいはずだ。