※この作品はR-18です。

失われた物語   作:架空線

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40.僕たちが紡ぐ歌

 僕は神に祈ることの普遍性をかいまみた。神父に言われようが、神社で祈ろうが、神は神だった…ね。

 奇跡。身も蓋もなく正確な結末。善悪すら超えた破壊と創造…。これに耐えてその怒涛に身を晒す者にだけ見える光がある。それは知ってる。そして僕の音楽にもその試練が来たんだ、とうとう。

 家に戻った。母が心配してオロオロ待っていた。

「お帰り! どうだった?」

 ストレートだ…もし落選してたら僕はここで折れるよ。

「決勝…行けるよ!」

 それでもさすがに少し嬉しい。立ち止まっていてもそれは嬉しい。そして少し居場所があるような、変な安堵感すら…

 これが、ステータス…ってヤツなのか? 自分の心の変化にまたひとつ何かを認識する。ステータス…居場所。僕はこみあげるものを感じた。母の大興奮の「やった~!」というかわいいガッツポーズに僕の拳をポンと当てて、最大限の笑顔を作った。もう…ダメだ。わけのわからない涙が落ちそうになる。

「シャワー浴びてくる」

 僕はその場を逃げた。早く…独りになりたい。

 

 シャワーを全開にして僕は泣いた。頭から人工の雨に打たれて僕は泣き続けた。人間が他人を蹴落としてでも地位や評価を受けたいことを、僕は此処でわかった。居場所がないんだ。みんな居場所が欲しいんだ。自分をどうやったら許せるか知らなくて、形…それしか他人に見せられるものが無くて。

 それは人類の悲劇の累積にすら見えた。何かに勝つことで居場所を得て、刹那の安堵にまどろむ僕たち。だからその闘いが終わることは無い…無いんだ。虚無はそんな生易しいものじゃない。もしかして、誰にも居場所なんかない、のかな…? 世界はそんな場所なのかな? もしかして。

 もしかして。

 人間が悲しい。僕だけの悲しみじゃない。人類が悲しいのかも知れないな。涙が止まらないほど。崩れ落ちるようにタイルに座り込む。人がなぜほとんど平和でないか。そう、兄が実の父親からあんな仕打ちを受け、あの人が母親から愛されなかったように。みな…自分の居場所を求め迷い泣き叫んでいるような、そんな幻想が脳裏をよぎり、僕は気づいた。兄の愛が、そして兄を愛する心が僕にとっての居場所なのだと。誰からも奪わず、誰にも奪われない。与えられ与え合う想い。それしか確かなものがない。僕が誰にも危害を加えることがないようにしてくれた。兄の愛がそうしたんだ。

 悲しみの連鎖。誰かにつなげるくらいなら、そこで死にたい。僕は不意に僕たちの歌を思った。

(世界を愛で満たして…)

 それが願いだ。僕はそのために音を紡ぐ。それ以外今の僕を音楽に向かわせる動機はないんだ。

(君が誰かを救いたいなら、君が神を感じている証拠だ。君の悲しみは神の慈悲、君の苦しみは神の目覚めの苦い薬、君の絶望は神の不在。君の喜びは神の愛。君は神といつも共にある。そして、君の祈りは神の救いだ…)

 だとしたら、僕の中に神のカケラでもいい。それが在ると、今それを信じたいんだ。僕は床に両手を着き、崩れそうな身体を支えていた。だって僕たちが共鳴して、あの倍音になるならば。それが、エンジェル・ボイスと呼ばれるなら。

 お願いだから、そのカケラを僕に下さい。

 

 しっかりと抱きしめられてる。真夜中。僕が求めたから。

 包まれる。それだけで泣き出しそうになるくらい。優しい手で頭をなでられ、切な過ぎて身動きも出来ない。

「すごく…悲しい顔して…」

 兄がささやく。

「悲しそうなのに、温かいな。あふれてるよ…お前の心が、ね」

 何を感じ、何を決めたか兄には言わないまま。なのに、でもわかってる。いつもそうだ。

「決勝…聴きに行くから…」

「ほん…と?」

「ああ。必ず行くよ」

「ありが…と…」

 聴いてもらえるんだ。すごく嬉しい。

「兄貴のために歌う。それが…広がるんだ…全世界に」

「そうか…俺にはもったいないな」

 照れくさそうに兄は微笑んだ。

「でも…みんなに広がるなら…良い」

 そう言って兄は深く息を吸った。

「お前は静かに願いを叶えていくな…静かに…確実に…ね」

「兄貴だって…」

 気のせいか兄の手に力がこもったような感じがした。

「…ああ」

 兄はそう言ったきり何も言わなくなった。沈黙が闇を包む。このまま闇に二人で溶けて、ひとつになってしまいたい。兄と僕、その存在のユニゾンから、天まで届く倍音が響いている。そんな気すらする。それは耳にも聴こえない、沈黙のエンジェル・ボイスとして。

 

 翌日ヤツからメールが来た。それにはこう書いてあった。

『テンション回復するまで練習はなし』

 だから準備オーケーになったら、ヤツにメールして待つ。全員回復するまで…。いつもながら極端だ。でもヤツらしい。実際そうでもなきゃ練習しても無駄かもと今は思える。すでにテクニックではなく、もう気持ちの方がウェイトが高い。それはみんなわかってるから、先輩も後輩もこのメールで気持ちが楽になっただろうか。それともみんなと一緒に話し合いたかったろうか?

 僕はすぐヤツに返信した。

『リーダーらしい采配ありがとう。僕は回復完了。みんなはどうしてるかなぁ。なんか困ってることある? みんなの幸運をイノル。んじゃ』

 返信が来た。

『早いなw オレ様は困ってなどいないぞ! ふははは!! まあ…ありがとう。では皆が揃うのを待て』

 その1週間後、ヤツからの再メール配信が来た。それを合図に僕たちは再び部室に結集した。

 

「…やせた?」

「ハイ! っていきなり失礼ナッ!」

 部室での再会はそんな会話から始まった。それ…セクハラに近くないか? 誰と誰の会話かは容易にわかる。すかさず先輩からヤツの後頭部にアタックが入る。うん…正解だ。

「うごぉ!」

「良い音だ! スティックで叩いちゃえ!」

 後輩に更にアドバイスする先輩。

「わかったわかった!」

「なにがよ!」

「いい感じじゃないか?みんな」

 

「あたしは…まだ答えは出てない」

 と先輩は言った。

「…でも復活?」

 確かになぜ復活できたか気になった。

「そんなことあたしみたいなバカが考えて答え出せるわけないから」

 先輩はサバッと笑いながら答えた。

「あと2週間だよね。みんなと音出して練習しまくって…それで分かるって信じてる。他に思いつかん!」

 なんて潔い…

「…やられた」

 ヤツが呟く。

「なによ? ここ突っ込むとこじゃないから!」

「いや…久しぶりに先輩かっこいいなって…」

「久しぶりとは何だ!」

「えーっ! 誉めてるのに~っ?」

「練習…始めないか」

 とりあえず今は後輩より先に久しぶりに僕が突っ込む。後輩は僕を見てニコニコしてる。確かに…やせたなぁ。やせるくらい悩んだのかな…。自分がヤツと同じ思考をしてるのをすぐに気づく…ダメじゃん。

 先輩だけが今回の回答を語った。ヤツとしっかり者の後輩は何を思いながら今から演奏するんだろう。だがそんなことを思い続けられるような僕たちのオープニングではなかった。

 始まりから物凄いドライブ感が部室に充満していた。ドラムのひとつひとつの音に芯が入っていて、それと呼び合うように先輩のベースがバキュンと銃声のように響く。後輩のドラムは元から上手かった。でもこの音は前に増して、シャープで鋭く下腹に響く。たまらないリズムに身体がざわつく。ヤバいくらい気持ち…良い。指が勝手に弦を滑っていく。僕の音はその厚いリズムの上で自由に泳ぐ魚みたいな気分。確信を持って行う犯罪みたいな演奏。…変な比喩だ。でもなんか…言葉でなんて言ったらいいのか。ヤツのボーカルがいつもより響く。前まで感じたやけくそ感と少し違うのがわかる。はっきりしたよどみない暴力性。ナイフもって暴れてるんじゃない。確実に顎をねらった蹴り。しかも重いヤツだ。ほんと…たまんない。互いが互いの音に乗り込んで、からみ合って、突き放して、ただ合わせてるだけじゃない。この歌という道を、皆で踊りながら走ってる。最後の音に向かって。こういうの陶酔っていうのかな…初めてだ。

 サビのユニゾンに差し掛かる。二人が同時に滝壺にダイブする、そんなビジョンが脳裏をよぎる。最後の長く伸ばす音から倍音が…練習では初めてじゃないか? それほど二人がブレスの数すら自然に合わせている。通い合うリズムとメロディ。それを2度づつ下で支え合う僕のギターと先輩のベースが弦が共鳴するくらいハモってる。マジか…ハッとして僕と先輩が顔を見合わせていた。自然に流し目になってる先輩がなんだかエロく感じる。僕は訳も分からずニッと笑った。

(わお! みんなスゴいじゃん!)

 先輩が目でそんな風に話しかける。僕はうんうんと頷きまた笑った。

 

「あっさり結論出たし」

 練習を終えたばかりの先輩がマジな顔でベースをしまいながらみんなに言った。

「この快感があたしの音楽の源だな。他に理由はないよ…今日はホント気持ち良かった!」

 先輩は次に不思議そうな顔をしてみんなに尋ねた。

「何を見つけたんだ…みんなはさ」

 そしてヤツの顔を見た。

「声…変わったね」

 ヤツは苦笑いした。

「世界の中心で愛を叫んだのだ」

「うわっ…そこまでひねりもなくパクるかよっ」

 だがヤツは下を向いてそれきり何も言わなくなった。

「そ…そんなヘコむなよ」

「いや…先輩のせいじゃないです」

 ヤツはクルッと振り向き、つとめて明るく言った。

「じゃ…あさってまた9時からで」

「ハーイ! お疲れ様デシタッ!」

 先輩と後輩が女同士で連れだって先に帰り、僕とヤツは部室の鍵を職員室に返した後、校門まで無言で並んで帰った。

「あの…さ」

 僕は思い切ってヤツに尋ねた。

「さっきの答え…」

「わかった…だろ?」

 やっぱりそうか…

「だって…あの物語は」

「…認めた…オレ」

「何を?」

「もう、あの人が居ないってこと…この世に…さ」

 それを聞いて僕の方が泣きそうになった。

「そっ…か…」

 バカな相づち。

「オレ…あの5人目を…先生だって思った」

なんて悲しい告白なんだろう。

「だけどさ…いや…本当…」

 泣きそうなヤツの目が空を見上げてる。

「ん…顧問…グッジョブだよ。オレ、認めたくなかったんだ…ずっと」

 ひぐらしの声が響く。

「あれから…泣きまくったんだぜ、1週間。でも…現実を見なきゃな」

「ドスの効いた声になったよな」

 僕は今日の練習で感じたことをそのまま言った。

「そうか。オレは押し殺して認めなかった悲しみを、今日、全部歌に乗せた。そうするしか今は…ない」

 それがあの重いケリの正体だった。

「不誠実と思ったけど、あの事があってからオレは、先生と二人だけで歌ってるって練習の時も本番も…それだけが支えだったんだ。だけど今日初めて…オレたちは4人だって思った」

 ヤツは下を向いた。

「ゴメン。悪いことしたな」

 それを聞いて僕は目がうるむのを止められなかった。

「バカ…お前…よくここまで歌ってくれたって…あんな事あったのに」

「いや…そうじゃない。オレは、このバンドがなかったら死んでた」

 いつものように校門で別れた。こらえていた涙がぽろぽろと落ちた。ゴールはもう、大会の決勝じゃない。自分の中にそれが在る。それが。

 

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