最後のバンドが全て演奏を終えた。決勝のあまりのレベルの高さに僕たちは唖然として、そのあとみんな笑ってしまっていた。
「こりゃ、ムリだねっ!」
先輩の明るい笑い声には屈託のカケラもない。ここは決勝の会場。テレビ局や報道カメラが入り、緊張感と興奮と熱気が最高潮に達して決勝らしいすごい雰囲気だった。全バンドが終了したので、舞台はよどみなく結果発表へ向かう。表彰されるのはグランプリと、2位と3位。そして特別審査員の独断で選ばれる特別審査員賞。つまり4校のみ。僕はもうすでにここまで来れたそのことで満足していた。いやもう満足するしかない。
とうとう3位から結果発表が始まった。
「3位は…○○高校!《王様とその家来》!」
『ハダカの王様』をモチーフにしたかなりコミカルでブラックな歌詞と、王様と家来のコスプレが超ウケた、会場誰しも納得のヘヴィメタバンド。ボーカルの上手さが半端なくてツインギターの5人編成。音の厚みが違う。コンセプトの完全勝利だ。
「3位がコレかよ…オレたちの勝ち目なしだなぁ」
隣でヤツが感心したように呟く。悔しいが実力が違い過ぎる。悔しくなくなるほど。
「それでは、次、2位を発表します! △△高校、《Dead-Loid》!」
キャーッと嬌声が上がる。今回多かった女の子バンドの実力派。美形ツインボーカルで、異常な完成度のハモりは演奏中に拍手が起きたほどだった。歌詞は社会問題になってる引きこもりの体験を元に書かれたと言っていた(どうやらボーカルの片方が中学の時に不登校だったらしい)。舞台の上でみんな泣いていた。いろいろ苦労したんだろう。そこにも共感できる。
「さて、グランプリの前に、いつもの審査員特別賞の発表です!」
今年の特別審査員が壇上に上がった。毎年特別審査員は、音楽業界では評価の高い実力のある有名なミュージシャンが選ばれる。今年はヒットメーカーとして有名な中堅作曲家の一人だった。若い頃はコアなファンを持つロックバンドのリーダー兼ギターで、かなり過激なパフォーマンスで、短い期間ではあるがバンドはカリスマ的な存在だったらしい。僕らはまだ小学生だったのでその伝説と過去のライブ映像しか見たことないが…
「さあ…審査員特別賞はっ!」
司会の声がひときわ高く響く。長髪に黒のロンドンブーツと革のジャケットに身を包んだ、中年ながらやたらかっこいいオヤジロッカー特別審査員が司会から呼ばれる。姿を表しただけで、会場から拍手と歓声が巻き起こった。舞台の司会席に立ち、審査員自ら受賞バンドをアナウンスするのがこのイベントの恒例だった。
「では、みんなのお楽しみの審査員特別賞の発表をするぜ!」
オヤジロッカー審査員のフランクなMCに、会場からまた歓声が沸く。
「みんなレベル高くて選ぶのに苦労したよ。でもこのバンドはその中で、荒削りながら魂を感じさせてくれました。それではいきます! 審査員特別賞! 《LOVE天使爆裂Kiss》! はい! 出てこいよ、素晴らしきクソやろー共め!!」
えっ
「マ…ジ…か?」
ヤツも僕も呆然と同じ言葉を口走っていた。
「ほら! 舞台! 舞台行け!」
顧問のあわてて急かす声で僕らはハッと我に帰った。
「え…ああ…はいっ」
僕はつまづきそうな勢いで、客席の狭い通路をみんなとパタパタ走った。特別審査員のロンブーオヤジが僕たちの到着を待っていた。2位と3位のとなりに司会が僕たち4人を誘導する。頭が真っ白でどうして良いのかよくわからないぞ。それは他の3人も同じだったけど。しどろもどろで受賞インタビューにヤツが答えてる。
「ええ…はい…ええ…まあ…」
ほとんど上の空じゃないのか?
「…あれ? すんません…オレ今なんて言いました?」
特別審査員が最後のまとめでこんなことを言ってくれた。
「未完成だけどね、将来性を買いました。俺の独断と偏見だけどな。出来過ぎは伸び悩む。だからみんな音楽やめるなよ。これからのバンドだから」
出来の悪いのは皆んなわかってる。でもそれに将来性を見てくれるプロが居るなんて、僕らにとっては、どこが将来性なのかが、客観的にはよくわからないくらいだった。
「それではとうとうグランプリの発表です…」
僕は1位のバンドを朦朧と見ていた。もうグランプリどころじゃない。いまこの舞台の上に僕たちがなぜいるのかまるで夢物語みたいで、少し怖いくらいで、つまり本当に夢から醒めてしまいそうでどうしていいかわからなかった。
あのロンブーオヤジは僕たちの魂と言った。タマシイ。それがもし、僕たちの中の神のカケラなら、僕たちはこの世界を愛で満たすことは出来るのだろうか。この音楽で…
ふと横を見ると、普段ニコニコしてるはずの後輩が目を真っ赤にして泣いていた。最後まで言わなかった彼女の決意を聞かなければ…と僕は思った。閉会のコールと共に、今年のバンド甲子園は終わった。
席に戻ると、兄が通路に立っていた。
「あっ…兄貴!」
兄は嬉しそうに笑った。
「やったな」
「あはは! まさかの展開だ」
「…ねえねえ、お友達?」
先輩が話し掛けてきた。
「いや、あの…兄です」
「えっ! お兄さん? まあまああらまあ!」
僕は騒いでいる先輩を紹介した。
「いつもうちの弟がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそぉ…お兄さん、かっこいいですね~!」
先輩が女の子目線になってる。普段の悪行雑言はどこへ行った?
「えー? お前の兄上? オレも紹介しろよ!」
ヤツが割り込んでくる。
「ああ…コイツが噂のリーダー」
「大変お世話になってるみたいで、ありがとう。これからも…こいつと仲良くしてやって下さい」
「ああ、あの、えと、ご丁寧にすみません。こっちが世話されてます。兄上もなんか楽器やるんスカ?」
「いや、俺は楽器はダメですから…」
なんだか、不思議な光景だ。バンドのみんなと兄が話してる。兄の嬉しそうな照れた顔が新鮮で、ちょっと胸がときめく。
「えと、こちら…しっかり者の後輩…バンド全員が世話になってる」
まだ目の赤いままの後輩だった。
「あっ…はじめマシテ」
「ドラム、上手かったですよ。凄く良かったです」
「あ…ありがとうございマス」
その後後輩は、じっと兄の顔を見ていた。
「皆さん改めて、おめでとう。じゃあ俺は退散します」
「うん、ありがとう。寄ってくれて」
「俺も楽しかったよ」
えもいわれぬ余韻を残して兄は去っていった。
「なんだよなんだよ、君んとこの兄さん…かっこいいじゃん! 彼女居るの?」
「いえ、いませんよ(彼氏しか)」
「むむむ! これは押せばイケるかも?」
「そうすると僕は、先輩をお姉さんと呼ぶんですかね?」
「ゲッ! それはイマイチ想像出来ないかも!」
先輩が僕の顔をマジマジと見る。
「…何見てんですか」
「いやぁ、あんま似てないなーと」
「ああ、えっと兄貴と僕は父親が違うから」
「あっ…ゴメン」
先輩がマズった感満載な顔で謝る。それで後輩も兄貴の顔を見てたのか?
「別に気にしないで下さいよ、そんな」
「いやいや、気にするわ…まぁ、勘弁してよ、未来の姉さんだからさ」
「家事とか全然出来ない兄ですがよろしいでしょうかね?」
「え、このイクメン時代にそれはないかもな…」
それより後輩の滅多に見せない涙がとても気になった。
「兄貴ほめてたよ」
「ええ…ありがとうございマス…ほんとに嬉しいデス」
僕は単刀直入に尋ねた。
「珍しく泣いてたから、何でかなって…聞いてもいいのかな?」
後輩は少し考えていた。
「整理ついたら…話しマスネ」
「嫌なら話さなくても良いから」
「ありがとうございマス。でも話した方が良いのかも、デス」
「はい! 撤収だ! 荷物持って!」
運営から呼び出されて帰ってきた顧問が、僕たちを急かした。
「じゃあ、その話は後で聞かせて欲しいな」
「ハイ。先輩…」
「ん?」
なにか言いたげな後輩が気になりつつも、僕たちは大勢の人混みと共に会場の外に押し出されていった。
結局健気な後輩の泣いた訳は、その日は聞けず仕舞いだった。帰宅すると母は大興奮で兄からの会場レポートをそのまま僕に語って健闘を称え、普段あまり口を出さない親父が、「テレビでやるのいつなんだ?」とか訊いてきたりして、その日はお祝いとかで珍しく寿司だった。その日は兄もバイトを休みにして、僕の審査員特別賞のお祝いに付き合ってくれた。
「…クリスマス以来だけど」
兄がしみじみと言う。
「ギター…上手くなったなぁ」
「そうか、俺はお前が舞台でギター弾いてるのそう言えばまだ見てないな」
親父はビール片手に寿司をつまみながら僕に訊いた。
「お前まだ、俺のダチからもらったポンコツギター使ってるのか?」
「ポンコツって…ちゃんと普通に弾けるけど」
「電話してやろう。アイツ喜ぶぜぇ。テレビの日も教えてやろう。舞台の上でお前があのフェンダー弾いてるの見たら泣くかもなぁ!」
「泣かないよ」
「いやお前、この歳になると人間涙脆くなってだな…」
確かに僕にギターをくれたあの人には、今日の成果を伝えてお礼を言いたいと思った。そんなことを考えているうちに酔った勢いで親父が友達に電話を掛けていた。
「あっ! もしもし? ああ…俺だ俺…久しぶり…でもないか?」
親父は今日のことを彼に話していた。
「替わって替わって!」
僕の声に気づいて親父が携帯を僕によこした。
「…あ…あの」
(お?久しぶりだなぁ! 元気か? 今日はおめでとう!)
「あ、ありがとうございます。いやあの…お礼を言いたくて」
(いいんだよそんなの! まだあのギター使ってんの?)
「はい…気に入ってます」
(そっかそっか! 親父譲りで器用なんだな。まあ器用だけじゃギターは弾けねぇけどなっ!)
そういって彼は豪快に笑った。
「とにかく、ありがとうございます。あの…指導が良かったと思います」
(あっはは! まあいいや、恩着せとくぜ。テレビ見るからな! 俺の指導がどうなったか見てまた電話するわ。でもさ…せっかくなんだから、プロになっちゃえよ!)
久しぶりに話した。彼はプロになりたかったが結局やれなかったと以前言っていた。プロになっちゃえよ、か。それは神のみぞ知るってヤツで…
その日の夜、後輩からメールがきた。