『先輩、お疲れさまでした。今日は本当にスペシャルな1日でした。ほんとは直接話さなきゃと思いましたが、うまく話せるかどうか自信がないのでメールですみません。
私は前の学校でもバンドをしていました。でもそこで人間関係の問題があり、せっかく大会に出られるはずだったのが、私のリーダーとしての力不足で、結局バンドは目標を前に解散してしまいました。そのショックを引きずりながら日本に久しぶりに帰って来て、この高校に入学して、でも私にはドラムしか無くて、やっぱりこうやってバンドの一員になってました。隠してましたが、最初は部活がとても怖くて、やっぱり入らなければ良かったと思うこともありました。大会に出ると決まって、逃げたい気持ちさえありましたが、でも今ここで止めたら、またあの空しい日々を送るのかと思うと、それも出来ずに苦しい日々が続きました。でもあの日、駄天使先輩がなにか心に大きな悲しみを背負いながらも練習を続けていくのを見ているうちに、私は自分の苦しいことよりどうすれば先輩が前のように元気になってくれるかな…ということを考えるようになっていました。そうしているうちに、怖さや迷いのようなものが消えているのに気付き、みんなで玉久司にお参りに行った時、神様の前で本当に私は先輩の皆さんに感謝しました。
ですが、あの後の、例の先生の話で私の心はまた折れそうになりました。また、上手く行ってたものが壊れて取り返しがつかなくなるかも知れない…と。あの時の私の失望感がまた戻ってきて。でもリーダー先輩は私ができなかったことをしてくれました。ひとりひとりが納得のいく答えを見つけるまで、練習しないって。これが、あの時私がリーダーとしてできなかったことじゃないかって。私は迷ってるメンバーを信頼してはいなかったんだな…って。私が説得すればするほどみんな離れて行ってしまいました。私がひとりで無理に人を動かそうとしていた。それがその時の私の限界でしたから。私のあの時の答えは、先輩のそのメールでした。自分達の中の答えを信じようって。先輩が信じてくれた自分を信じようって…。私達が5人目そのものなんだと、その時フッと答えが来て。
あまり先輩の皆さんに迷惑になってはいけないし、心配されたくなくて今まで言わないようにしてきましたが、いろいろありましたよね。きっと先輩も苦しいこと乗り越えてみんなここまで来たんですよね。最後までやりきっただけで悔いがないと思ったら、賞が貰えたなんて乗り越えてきたご褒美をもらったようで、今までの辛かった時のことが心に迫ってきて、泣いてしまいました。長々とごめんなさい。でも先輩には伝えられそうな気がして。文章が下手で申し訳ありません。私を気遣って頂きありがとうございました。先輩はいつも優しいので…。ではまた部活で!』
それが彼女からのメールだった。あんなに明るくて屈託のないあの笑顔の下に、そんな不安を隠していたなんて。
気づいてあげられなかったんだ。僕は自分のこととヤツのことでいっぱいいっぱいで、しかも気持ちの中であの明るさに頼っていた。
ショックだった。自分に軽く絶望した。そんな彼女をほったらかしにして、頼ってたのかと思うとゾッとした。言いたくても言えなかったんだね。気づいてあげればもっと早く気持ちを打ち明けてくれてたかも…
ごめん。ごめんね。先輩失格だね。でも皆んなを支えてくれて本当にありがとう。影のリーダーは君だったかも知れない、と。そんなメールを書いた。送信ボタンを押すのに勇気が要った。
二学期が始まり、夏休みを境に僕らは学内の有名人となっていた。そしてそういうのに付き物の根も葉も無い噂とか、クラスメートの反感とか、学外のファンとか、漫研の腐女子共に恐ろしい同人誌を作られるとか、部活内の嫉妬とかが現れては消え、それらはいつも予想の斜め上を行き、心に大小の燃料を投下していった。メディアの取材もあり、僕たちバンドメンバーの生活は確実に夏休み前とは違っていた。けなされもしたが褒められもした。それは幸せなのか不幸なのか微妙によくわからない世界の変化で、それぞれの立場や起きた出来事は違っていても、多かれ少なかれ皆がそれに翻弄され、自分が本当は何を望んでいるかを独りきりで考えざるを得ない日々がかなり長い間続いた。
一番神経がすり減ったのは、先輩にストーカーみたいなのが憑き、これはかなり騒ぎになった。警察の世話になり、接近禁止命令が出ても一気には解決せず、肝っ玉の太い先輩もさすがに参ったようだった。全国放送で顔も学校も身バレしているというのはある意味大変なことだとつくづく思った。結局懲りない犯人は逮捕され、1年の別荘暮らしとなり、ようやく先輩は普通に外出できるようになった。
信じがたい早さで二学期が終わり、短い三学期が始まり、そんな三学期の終わりに先輩は、晴れて高校を卒業していった。専門学校に進学が決まっていて、ストーカー対策で実家を離れ、新しい部屋でOLのお姉さんと二人暮らしで新生活が始まるらしい。
「…いろいろあったけどさ」
卒業式の終わりに部活の先輩達と部室でお別れする時間に集まった僕たちバンドメンバーに、先輩は静かに感慨深く語った。
「後悔はないね…ほんといろいろあったけどさ」
僕たちの贈った花束を抱えて、先輩は嬉しそうに笑った。
「やり残し感無し!」
それからヤツに向かって先輩はなぜか頭を下げた。
「誘ってくれてありがとう」
「や…やめて下さいよ! 明日地球が滅亡するじゃないですか」
「その憎まれ口もあんまり聞けなくなるのか…」
先輩はハンカチを出して目頭をそっと押さえた。
「えっ…マジですか? あの…」
「ぶわ~っはっはっは!」
突然先輩が笑い出し、顔を隠したハンカチが女王様のムチのように勢い良くヤツの頭にスパンと命中した。
「せいせいするわっ!」
「うっウソ泣きぃ~?」
「お前の顔見ながら泣けるかよ、おらおら」
「くそ~っ!」
「いや〜楽しかったよ。みんなありがと」
そして僕に言った。
「あ、新曲作ったら教えろよ」
「え…あ…はい」
「作れよぉ」
と、先輩は僕の胸ぐらを掴んだ。半ば脅し? いや、全くの脅し?
「なんかさ、君は最終的にゴタゴタで音楽避けてなかった? 分かるけどもったいないから。学校とか部活とかじゃなくてもいいじゃん。コイツは勝手にヤるからいいんだ」
コイツとはうちのリーダーだ。
「でも君はさぁ、悩んでるうちに後ろ向きそうなんだよね。あたしは許さんから。君の曲が好きだから。いい? マジちゃんとしろ」
「す…スミマセン…」
それを言うと、ふぅ…と一息ついたみたいにして僕のシャツから手を離し、僕の肩をパシッと叩いた。
「言いたいことは言った! じゃあな! お前ら精進しろい! ぬはははは!!」
そうしてへこたれない僕らの先輩は、豪快に笑いながら新たな世界に旅立って行った。春まだ寒い薄曇りの中、僕の高校3年がこのあと始まろうとしていた。
「来期のデモ曲、早めに作んねーとな」
ヤツがボソッと呟いた。
《前編》終わり
《これを書いてた頃のあとがき》
ここまでお付き合い下さり本当にありがとうございます。長々と書きまして更にこのあと後編に絶賛突入です。一旦区切りをつけて再加速します。ええ、しますとも!
残念ながら物語はまだ続きます。源氏物語書いた人の気持ちが少しだけ理解出来た架空線でした。夏が長かったです…まだ残暑厳しい折りですが、皆様もご自愛下さいませ。
では後編にてお会い出来れば幸いに思います。
2011.9.13
《いま現在のあとがき》
いつもご閲覧ありがとうございます。ようやく第1章が移動終了です。しかしこれからもっと長い、更に鬼畜なストーリーの後編を絶賛移築中です。とはいえ、後編が本筋といえばそうなんですが…。犬山の明治村を作ったの皆様の苦労が忍ばれます(泣)。ではまた第2章でお会いしませう!
Coming Soon!! (第2章・1話目のUPは8月15日予定)
2016.8.10