わたしには
束縛も解放もない
(アシュターヴァクラ・ギーター)
中から開かない部屋。繰り返す覚醒剤とMDMA。ヤク漬けの廃人。男の言いなり。調教…暴力…快楽…禁断症状…でも携帯だけは…返し…て…お願い…兄貴が…連絡…し…
殴られるのはわかっていて、でも毎日毎日土下座して頼む。毎回すがりついて、毎回靴で踏みにじられて。携帯…だけは…返して…白痴みたいに。会うたび会うたび、懇願して殴られて。鼻血が口に溢れる。溢れた血がカーペットに滴る。僕を床に転がしたまま、左手に長い鎖のついた手錠をはめる。血まみれの僕を残して、男は部屋を出ていく。
あの日、部屋に閉じ込められてすぐに携帯はその場で取られた。兄との連絡の可能性が絶たれ僕は半狂乱になった。だが男にとってそんなことはどうでもいいことだった。両親が僕の失踪を知っているかどうかすらわからなくなった。学校は…ヤツは…僕の友達はもう気づいただろうか、僕がいないことに。ヤツは元の飼い主を知ってる。警察に通報してくれていればあの元の飼い主も逮捕される。だがその先まではあの下っ端の売人は言わないだろう。言ったら出所したあと殺される。男の組織に。
マンションは男の所属する暴力団の関連の不動産会社が経営していた。あの黒服達は男の部下。あの地下クラブはヤクの取り引きの商談のための場所。そして僕は、男の性欲を処理する便器であり、商談のための接待係でもあった。たまにいるゲイの取引先の接待。だからこのマンションなのだ。客はクラブから10階へ案内される。下の階には女の部屋もあるらしい。日本人も来るが、外国人も多かった。僕はプッシャーの飼い犬から、高級男娼になった。覚醒剤の注入された瞬間の、頭が飛んでしまうほどのたまらない感覚の中で、知らない男によって繰り返される、何度も何度も行われるあの行為。そしてヤク切れのあとにやってくる精神の転落。抱かれる前にしかクスリをくれない。パブロフの犬みたいに調教されて、だから客と男が来るのを待ち望んで。破滅の崖を転がり落ちて行く。そこには濃い死臭が漂っていた。
普段は長い鎖のついた手錠に片手を繋がれて、ベッドとトイレを往復する。時間の感覚が次第に曖昧になっていく。監禁はもうどれくらいなんだろうか。時計もカレンダーもない部屋。窓から日が昇り、やがて暗くなる。最初僕はそれをベッドの足に手錠の角で傷をつけて日を数えていられたが、覚醒剤とエクスタシーに蝕まれて記憶の混乱と幻覚が始まり、いつの間にかそのベッドの傷はもう増えることがなくなっていた。
兄の次は僕が行方不明に。父と母の心を思うと凍りつきそうになった。だが見つかった行方不明の息子はヤク中でゲイの男娼だった、と二人が知ったら。僕はこのまま死んだ方がいいのかも知れない。兄がもう帰ってこないなら、僕はもう死んだ方が、いい。だが兄が生きていてさえくれたら、僕は生きなくてはならない。なんとしても。そして生きて、ここらか脱出しなければならない。ヤク中の病院に入れられようが、刑務所送りになろうが、父と母に今の僕を知られようとも、僕は生き延びなければならない。絶対に。
自分の弱さを心底恨んだ。ごめんなさい。こんなところで死にかけていて。ごめん。兄貴みたいに我慢強くなくて。ごめん携帯に出られなくて。目覚めはベッドの中でいつも嗚咽から始まる。なぜ…こん…な…こんなところで…死にかけてい…て…ごめん…なさい。兄貴…探してあげられない…兄貴を…探して…あげられな…い…僕が弱かったばっかりに…こんな奈落に…落ちて。取り返しがつかない…よ…深過ぎて…出口が無くて…戻って…行け…な…い……
「ううああああああああぁぁぁ!」
気が狂う。叫ばずにいられない。だけどこの声はどこにも届かない。のどが裂けるほど叫んでも、この部屋の外には何も聞こえない。
だがある日、僕はあることをずっと思っていることに突然気づいた。ああ……ごめんなさい。頭の中に男の姿を思いながら、僕は顔を両手でおおい、ベッドから動けなかった。ごめんね、ごめん…ね…ごめんね。
僕…あんたを…殺しちゃうよ。
僕はこの日、殺意という感情を自分の中に唐突に見つけた。あまりにはっきりと、たぶんそれは、あまりにためらいのない、明確な、明確過ぎて僕自身にも制御不能な。
それから毎日凶器を探した。部屋の中の備品、トイレ用品、バスルーム。だが、僕の手に入る刃物は髭そりだけだった。頭を殴打出来るような重い灰皿も花瓶もない。こんなボロボロの身体で首を絞めて殺すには、相手は強すぎた。だが僕は毎日狂ったように男を殺すことを考え、男を殺せる凶器と方法を探し続けた。
なぜか男に対して憎しみという感情は見当たらなかった。あんなに殴られて、犯されてヤク中にされて、それでも驚くことに憎悪で殺すわけではないのだ。僕が兄と再び逢うために殺さなきゃならない。殺さなきゃ逃げられないから。逃げられなければ死んでしまうから。死んだら兄に逢えないから。だから殺して逃げるしか、もうすべがない…だって、ここまで堕ちたのは自分のせいなんだから。この男に出会うような陰惨な場所を、僕は自分で選んだんだから。
ヤツに止められたあの時、あれが最後の分かれ道…岐路…だったんだ。バカなのは僕。それだけ。裏のある誘い水。どこかでわかってた。引き返せる猶予を、僕は見て見ぬ振りをして闇に溺れた。自分を信じられない地獄を見たくなかった。神が兄の罪を…裁い…た…と…あの時…あの時の…神父の…言葉が…
それでも今夜も、殺すはずの男に抱かれてる。絞め殺したいはずの男の首に腕を回して、しがみついて、腰を回して喘いで、快楽の飛沫を垂れ流して、止まらない…自分が憐れに思えてくるほど止まらない。性感だけが研ぎ澄まされて、そのための機械みたいに、ただひたすら間断なく淫らに注がれたものを全部受けとめて。悶絶して尽き果てるまで。
最近男の様子がおかしいような気がするのは僕の妄想なのかな…抱きしめた僕を貫いたままじっと動かないでいたり、イク時に苦しそうな顔をしたり。全然入れないで身体中嬲り続けたり。客が少しずつ減ってる気がする。売買がうまくいってないのかなそれとも他のことでヤバい事態だったりするのかな…。イラついていることもある。もっと冷徹で無表情だったのにね…僕が携帯を返してって言わなくなって警戒してるのかな。何も言わないのは変わらない。僕はまだ、凶器を手に入れられない…
でも、デカい取り引きがそこまで来ていた。僕にも覆い被さるような、真っ黒い雲みたいに。
「なんでもしていいんだろ?」
クスリでもうろうとしているうちに最初から裸に剥かれ、ベッドの上で誰かにいきなり犯された後、特大の太すぎるディルドで後ろを塞がれている。穴の縁が裂けてるような痛み。それでも勃ってしまっている。犯されながら自分の精液がすでに自分の腹を汚している。両手に手錠。クスリだけじゃない。僕が気違いみたいに溺れるそれを最初からハメられて、なにをされてももう言うことを聞かないダメな身体。
「スゴいな…叩いてもイクかもな」
頭を掴まれて口いっぱいに誰かの固いペニスを深々と咥えさせられ、息が詰まる。それでまたイク。
「吊るして犯してからたっぷり叩いてやれよ。好きそうだ、この子」
誰かがが言われたとおりに天井のアンカーに縄をかける。全裸のまま吊るされて無防備な脇腹にタバコの火が押しあてられて。皮膚が焼ける臭い。絶叫する。絶叫しながら身体だけが悶えてしまう。萎えない。固くなってる。
「お前…狂ってんなぁ。楽しみだ…ふふふ…」
それを見て誰かが呟く。ソファに座っている。焦点が合わない。この人…? 今日の…お客さん…じゃあ、いま犯してるのは…誰…? いつもより強いクスリ。それで感覚が鈍くて…何人…居るの…? 数が数えられない…3人…4人…? いつかのあの日…みたいに。
言われたように吊るされて輪姦されてる。ソファに座ったまま、回りに命令して見てる若い男。ショーを見てるみたいに。この人がお客様…とびきりのサディスト…理科の実験で引き裂かれるカエルみたいに自分が思えてくる。回りは…部下…かな。若い男の視姦の生け贄になって。あああ…今日のクスリ…強いよ…ダメだ…痛みが鈍…い…ああ…ああ…あ…見られてる…手錠が…イイ…死ぬほど身体が疼く…
「あ、あ、イクぅっ!」
殺してくれないかな…このまま吊るされて死にたい。半殺しなんて…困る。
「ころ…し…て…」
その少し前、いつものように無表情な男が部屋に来た。禁断症状で震えてる僕にクスリを打ち、珍しく話し始めた。
「今夜の客は大事な客だ。逆らうなよ。今夜のルールだからな…わかるな…?」
僕は薄れていく焦燥と震えの中でうなずいた。
「少し趣味が変わってる。まあ…この業界では珍しいことじゃない」
「…どん…な…?」
僕はぼんやりと尋ねた。
「お前は半殺しの目に遭う覚悟をしておけ。サディストだ。だが自分は眺めてる。ある意味本物の外道だ。生きて帰れないこともあるからな。だから逆らうな。何言われても、されてもな」
本当だ…この人…僕を抱かない…ずっと眺めてる。楽しそうに…眺めて…部下に…殴らせて…犯させて…すごく…気持ち良さそうに…笑う…
「良いんだ? これもか?」
「うああぁぁっ!」
太いベルトで打ち据えられる臀部。そのたびに響く笑い声。打たれながら思い出す。ああ…この感じ…あのときの。兄の恍惚とした顔…あの部屋であの人に…ベッドに縛られて…ベルトが振り下ろされるたびに兄の顔が歪み…苦痛が…苦痛を越えてしまっていた。ロウソクの火が…揺らぎ…影…が…不気味に…揺らめいて。
「ぐふっ!」
みぞおちにベルトが炸裂する。こうやって僕はまた、兄になれる。こんなにされてたのかな。脇腹のタバコの痕も…また兄貴と同じになったね。兄貴の身体中の火傷の…痕…また…一緒に…歩ける…兄貴…生きて…る…? もし…この世から離れていても…僕は黄泉の道まで迎えに行くから…
「うあっ! ぐあぁっ! うぐっ!」
太ももに何度もベルトが食い込む。皮膚が切れて血が滴り始めた。されてる暴力に反して急に来るオーガズム。
「くあああっ!」
「いいぞ! イクのかぁ。あははは! いいねぇ…上等だ…」
嬉しそうな声が響いた。若い男の声が興奮でうわずっている。
「針を…針を刺してやろう」
クックッと笑いながらしゃべってる。
「注射器じゃなくて…拷問用の、ね」
針…? さすがにその言葉に鳥肌が立った。ど…こに…?
「いつものやつ、やっちゃって」
いつもの…って…?
「これでもイクのかなぁ? 期待しちゃうな」
道具の入ったカバンから、部下がキラっと光るものを取り出した。近づいてくる。
「い…いや…や…なに…これ…?」
(逆らうなよ。今夜のルールだからな)
いや、と言ってはいけないのに、その光るものの長さに、恐怖で思わず声に出してしまっていた。
「イクかな? ねぇ、どう思う?」
部下が僕のペニスを掴んだ。まさ…か…
「いや…やめ…だめ…だめ…それは…うわああああああああ!!」
まったく滞りなく躊躇なく、部下の手の中の長い銀色の針が、僕の勃起したぺニスの中ほどに突き刺さっていった。
「ああっ…良いっ…その声良い! すごくイイ!」
「ぐああああっ!」
部下の男の慣れた手つき。これが…見たいのか…針がまた深く刺さっていく。
「あああ…たまらないよ…もっとえぐっちゃって!」
「あああああっ! うああああっ!」
痛みに激しくのけぞる。部下に後ろから羽交い締めされていて、それしか動くすべがない。
「悶えろ…もっと…叫べよ!」
「あうっ! イタい! 痛いぃぃっ!!」
あ…あ…突き抜け…突き抜けるっ! やめて! もうやめ……でも逆らえない…ルール…だから。それでもクスリで痛みがどこか鈍くて、だから気を失うことが出来ない。部下が容赦なく長い針を押し込む。痛みでようやく萎え始めた僕のペニス。だが針先が何か固いものを突き抜ける。
「いやああああああああっ!」
絶叫した。すると尿道口からポタポタっと血が垂れた。突き抜けた固いものは、尿道…
「あっあっあっあっ…イクッ!」
それを見ながら絶頂を迎える男の声。イった…の? これ…見て…イクの?
「も…やめて…やめ…」
また口走っていた。ごめんなさい…ルール違…反だよね…
「ダメだぞ…ダメだ…まだもっと気持ち良くなれるぞ…もう一本だ…もう一本入れろっ!」
「やめてやめてやめて…やめてええええ!」
男の命令に即座に従う部下。その手の中にまた同じ拷問の長い針があった。あまりの恐怖でひとりでに腰をねじって身体が逃げる。
「もう…やめて…だめ…だめ…」
震えるような戦慄に拒絶だけが口をつく。すでに男に言われた約束を守れなくなっていた。でもおかまいなしに部下の腕に太ももを固定される。更に根元に近いところにもう一本…また…
「やめてええええっ!」
針が…針が突き刺さる…
「ぐはああああああああっ!」
「あはあはあはあっ! イイっ…イイっ!」
若い男がまた笑いながらイク。ソファでだらしなく股を開いて、その股間を両手で押さえ、もみしだき、喘ぎながらのけぞる。高級な細身の茶色のスーツを着たまま、股間に黒いシミが広がっていく。酷薄そうな薄い唇が快楽に歪む。
「もっと深くっ!」
暴れないようまた一人、後ろから足を押さえられた。突き刺さった2本目が更に深く肉を貫いていく。
「いやああっ! やめて! やめてぇぇぇ!!」
でもヤラれてる恐怖に比べて、その痛みが鈍いことに再び背筋が凍る。こんなになってもクスリに身体を耐えさせられている。それどころか…それどころかこの期に及んで…深いところから快感が鎌首をもたげ始めた。なぜ…気を失うことができない? こんな外道な責めのどこに僕の身体が歓ぶ余地が…?
「大丈夫だよ。しっかりキマってるから痛みが鈍いだろう? きみは大丈夫! 二本目突き通せ。裏に抜けるのが見たいんだよ!」
ああ…なにかが麻痺していて…遠いよ。2本の長い針で串刺しになった僕の性器が…これはほんとに…僕の身体なの? でも痛い…激しい鈍痛が…下腹部に広がって…でも意識を失えない…助けて…お願い助けて…
「いやああああっ! やめてええええっ!!」
尿道のあたりに焼けつくような灼熱感が走る。針が…また突き抜けて…また尿道から血が滴る。
「ああああっ! たまらないっ! あははは! 出る! 出るっ! 出るっ!!」
また男の絶頂の歓喜の声が。男の笑いが止まらなくなった。哄笑してる。
「あはっ! あはははっ! 犯せ! そのまま…刺したまま犯せ! もっと太いモノで貫いてやれ!」
「ぐはっ!」
二本の針でペニスを貫かれ、吊るされたまま後ろからまた犯されていく。刺し傷でぺニスが腫れてくる。ドクンドクン…と脈動してきて。
「つうっ!」
部下が腰を振るたびにペニスの裏から飛び出した長い針の先が、僕の太ももや睾丸に刺さる。刺さったところから血がにじんで、尿道から垂れてくる血とで、股間がだんだん血まみれになっていく。それなのに…
「あうっ!」
犯されながら、なぜか僕のモノが串刺しのまま大きくなり始めた。
「ああっ…あっ…はう…痛い…あう…あ…あぁ…いたいよ…あはぁ!」
勃起した異常な圧迫感が針の回りに起きてきた。引き攣れていく。怖い…怖いのに壊されていくことがどこかで僕を狂わせていく。
「へぇ…立つんだな…こんな時に! きみって!」
男が目を見張る。それでもだんだん大きくなって、ピクンピクンと震える。
「あ…あ…痛いよ…もうだめっ! 痛い…痛いっ! はう…やめてええ…針があぁ」
その時固くなりかけた僕の性器が、部下に腰をつかまれて深い突きを後ろから食らったとたん、勢い良く内股に当たった。その瞬間、針が内股に2本同時にザクッと突き刺さった。深い。外れないくらい深い。針に固定された腿と性器がひきつる。
「うあああああっ! 痛いぃぃっ!!」
「ああ、良い…良い眺めだ…もうたまらないよ! お前良いよ。気に入った…今日は生かしといてあげる…また遊ぼう…痛くて気持ちいい遊びをしよう。またお前でイキたいな」
ああ…ああ…この人…鬼…だ。クスリが切れたら、きっと痛みで…死ぬ…僕の性器…もう使えないかも知れない。だが、尿道からの血が糸を引いて滴り始めた。これでも先走りの粘液がまだ…またこれを繰り返せっていうの? またあなたにオモチャにされるの? 虫けらやカエルみたいに? その鬼畜な行為で感じてしまう僕。それにも絶望する。
「殺し…て…殺して…よ…もう許して…」
それを聞くと男は満面の笑みを浮かべた。
「きみはそう簡単には、死なせないよ。ほら、もう一度、イキなよ」
最深部の急所を激しく犯されながら乳首をひねりあげられると、身体の奥がカッと熱くなった。その瞬間、内股に刺さった針が抜けた。僕のペニスが勢い良く勃ったからだった。そしてすぐに血でピンクに染まった精液がほとばしった。尿道の激痛と快感に半分意識が飛んだ。そして僕は失禁していた。若い男の狂ったような笑い声が耳の中に響いていた。
次回の更新は2日後の19日予定です。