リハビリが始まり、僕は自分のしたことの現実を知った。幸いなことに運動神経は問題がなく、痛みはあったが筋肉までは損傷していなかった。だが包帯を取る時に違和感があった。左手の指先の感覚がない。
特に親指と人差し指の感覚が、まるで厚い手袋をはめているような遠い感覚しかなかった。親指と人差し指の腹を互いにこすり合わせてみた。正座して足が痺れたときのように、指先がそこに在る位置感覚まで麻痺していた。
傷口や浮腫に神経が圧迫されてるか、感覚神経だけが傷ついていてまだ回復してないのだろう、と担当医は分析した。念のためすぐ神経外科にまわすよ、と担当医は僕に言ってくれた。神経外科の検査では指の神経は切断はされていないと言われた。神経の再生には1ヵ月くらいかかる。傷がついてる可能性はあるが、麻痺はだんだん良くなるはず…と。
僕の麻痺は彼にも報告が行き、「心配ないよ」と言ってくれた。彼の左足は感覚どころか全部切り取られているのに…それを思うと麻痺が治らないことも受け入れなければと思った。それでもいつも使う大事な指が感覚を失っているのは不安だった。それから毎日物理療法士とリハビリを繰り返した。ホットパックで温めて低周波通電、そのあと特殊なストレッチをする。
物理療法士を《PT》というらしい。PTの先生はイカついおじさんで、元はレスリングの選手だったそうだ。オリンピックでは日本代表にも選ばれた、その世界では知られた選手だったが、膝の故障とかでこの業界に入り、以来選手時代と故障の経験を生かし(自称)優秀なPTになった…らしい。最初は僕がこの病院に来た経緯を、PTの先生にも全部知られているかと思うと目も合わせられないほど恥ずかしかったが、まったくそういう素振りすらなく普通に接してくれたので、僕はだんだんリハビリも苦痛ではなくなってきた。先生が上手いから…というのもある。特に麻痺した神経が超音波治療で少しずつ改善してきたのが、本当に嬉しかった。
うっすらとした感覚が指先の皮膚の表面に出てきたとき、これでギターの弦が押さえられる…そう思っている自分に気づいた。本当は…弾きたいんだ。まだ弾けない…だけど…弾けるかも知れない…
それは僕にとって自分に打ち込んだカウンターパンチみたいだった。ギターが弾けないのは、思い出したくなかったからだ。ヤツ…親友のこと。捨て身の忠告を無にした後悔と罪悪感。僕を気に入ってくれてたバイト先のライブハウスの店長にはあの売人とのことを知られていて、そして途中から行けなくなった学校。学校は休学扱いになっている。いつでも復帰できると親に言われたけれど…。ギターはもう、しばらく弾けそうにないほど、手の麻痺じゃなくて…気持ちが。自分の中でギター…それ以上に、音楽のことを忘れていた。弾く気にはなれないどころか、音楽ごと忘れ去ってた。いや…忘れたかったから思い出さなかったんだ。音楽のことを考えただけで、自分が壊した信頼関係を全部思い出してしまうから。僕が音楽で人生をやり過ごしていこうと思ってたこと、それそのものを。
左手が麻痺したとき無意識に感じた。もうギターは弾けないかもと絶望し、それでよい…と。だがその麻痺が解けはじめたら、僕は無防備に蓋を開けていた。ギターがまた弾けるという心の底にある喜びを。そんなに僕は…? 自分の気持ちがわからなくなった。もう苦しいのはイヤだ。考えたくない。僕はまた蓋を閉じた。
「PTと仲が良いみたいで良かった」
声に振り向くと、彼がいつの間にか不機嫌な顔をして後ろに立っていた。
「あ…来てたんだ」
僕は不機嫌な彼の顔を見上げた。リハビリの先生は次の患者さんと話しながらベッドで治療中だった。
「病室に戻るぞ。君はマッチョも好みなのか?」
ますます機嫌が悪くなる彼と一緒に、リハビリ室から病室に戻った。彼は病室のドアを閉め鍵をかけた。いきなり僕の身体を立ったまま後ろから抱く。
「あっ…え?」
「リハビリがとても楽しそうだ。心配だな。抱かれたくなったか?」
いつも彼はふざけてるのか本気かどうかわからない。
「なにそれ…PTの先生はノーマルでしょ。何心配してるの?」
僕は当たり前のことを言う。
「さあな…人の身体を触る仕事なんかに就くヤツは元々エロいんだ。君のいやらしい身体を楽しそうに触っていた。もしノーマルなら君がきっかけで両刀に目覚めるかもな」
見事なほどひどい妄想だ。僕は反論した。
「誰でも疑わしく見えるんじゃないの? 疑心暗鬼って言うヤツ?」
彼は苦笑しながら耳元で答えた。
「そうだ…みんな疑わしいな。担当医も最近、君の診察が長くなってる気がするし、身体の隅々までいやらしい目つきで見てるようだし」
「んっ…ば…ばかみたい」
「ほら…もうこんなに感じている」
彼は後ろから僕の股間をまさぐった。自分でも恥ずかしいくらいに勃っている。まったく逢いに来るタイミングが悪い。彼の意地悪と妄想が炸裂してる。
「指を触られて感じたか?」
「や…やめてよ…あなたに抱きしめられて感じちゃったんでしょ…そんなこと言われると次のリハで変に意識しちゃうじゃないか…あっ…」
構わず敏感なところを指で責める。
「意識してこんな風に興奮するからやめて…ってわけか」
「ふ…ふざけてる?」
「半分」
「そんなに…焼きもち焼く?」
「ああ…君は人気者だからな。ライバルを皆殺しにしたいくらいだ。ちょっと自制心がなくなりかけてる」
そう言うと彼はまた僕の腕の包帯をほどき始めた。
「せっかく巻いたのに!」
「あのマッチョが巻いたと思うと腹がたつ」
「信じらんない…冗談でしょ?」
「さあな…」
そして傷を指でなぶる。
「抜糸したい」
「だっ…だめだよ!」
そのまま壁に押しつけられる。
「犯す」
「えっ…ここで?」
そ…そんな…見つかったらどうするの?
「大丈夫。スタッフにはカウンセリングだと言って締め出してある」
「こんなカウンセリングある!?」
「一番効くぞ」
彼はいきなり僕のパジャマのズボンを下ろした。
「あっあっ…マジで?」
「これでもまだ冗談か?」
後ろ手に導かれ彼の固いものを握らされる。
「んっ…」
「しなきゃおさまらないぞ」
口の中に彼の指が入ってくる。
「か…はっ…」
本気だ。スーツのズボンが床に落ちる音、僕の唾液で濡れる彼の指が後ろの割れ目に滑り込む。
「うっ…う…」
「脚を開くんだ」
「やめ…て…」
「やめないぞ」
無理やり彼の膝が僕の脚の間に押し入れられ、こじ開けられた。力では抵抗できない。
「嫌がってるな」
「意地悪…」
「慣れただろう? 挿れるぞ」
広げられたとたんに熱くて固いモノがいきなり入ってきた。
「ああっ…そんないきな…り…」
「たまらないか…?」
「いっ…いきなり…キツい…よ…」
「ああ…いつ見ても良いな。君の苦しむ顔は…!」
いつものサディスティックな彼。でも僕の性器も更に固く腫れ上がって先が濡れ始めている。
「んああっ!」
「思い出す…君を虜にしてた日々を。あの頃は怒りと復讐に燃えていた。でもいつの間にか苦しむ君の虜になっていた。なぜ逆転したのか自分でも実はよくわからない…」
僕の腰の奥に根元まで深く太くて固いものをうずめて、彼は耳元で囁いた。
「はう…んっ」
キツいのに…もう中は溶けていた。あの時もこうやって溶けた。出口のない苦痛の中で、お願いだからせめて気持ち良くしてくださいと願い、それが本当に叶ったとき、僕たちは互いに心を開いていた。だが理由を問われたらわからなかった。あれは…なんだったんだろう? 今もまだストックホルム症候群なんだろうか?
「な…なぜ…僕を…?」
僕は彼の怒張の圧迫感に喘ぎながらそのわけを尋ねた。彼は更に深く突き上げた。
「くはっ…!」
僕はたまらずのけぞった。
「なぜかと私に聞くのか? 打算もなく、媚びることもなく抵抗もせず、だが諦めもしない…ただ泣きながら苦しみ、加害者の私の行く末すら案じた。君は一体何者なんだろうか」
彼は激しく腰を使い僕を責め続けた。
「白痴か…天使か…私にもわからない…」
「うあ…」
僕はイキそうになり、壁に押し付けられた自分のモノをパジャマの上から両手で握りしめた。
「んっんっんっ…」
叫んでしまいそうな口を手のひらで塞がれた。くぐもった声が病室に漏れる。
「うっ…!」
鋭いうめき声と共に突然彼はイった。いつもよりとても早く。
「参ったな…ここはイクところじゃないのに…」
彼は肩で息をしながら僕の中で余韻を味わっているようだった。
「君が…エロ過ぎる…なんてキツいんだ。嬲られる度にクイクイ締めあげて、外にバレそうなほどヨガって」
彼は僕を再び後ろから抱きしめ、うなじに唇を押し当てた。
「はぅぁ…だめぇ…イクっ!」
その瞬間僕が弾けていた。彼がまたため息をついた。
「先に君をイカせたかったのに。だんだん早くなる。君を操れないのは…嫌だ」
「早くて…いいよ…こんなバレそうなの…精神衛生に悪いよ…」
「そうか…仕方ない…」
彼は残念そうに僕との結合を解いた。
「パジャマが…死んでる…替えたばっかりなのに」
さっき僕が放出した精液がパジャマの裏にべっとりとついてる。
「はは…後先考えなかったな。私はとりあえずここでシャワールームを借りる」
彼は黒いスーツのポケットからウェットティッシュを出して、気だるそうに後始末をしていた。
「ついでにそのまま仕事場に戻る。ここで今日は残念ながらお別れだ。君は着替えてパジャマを洗え。私が帰ってから風呂に行けよ」
彼は勝手に段取りをつけて乱れたスーツを整え、ネクタイを締め直した。そして今度は僕を正面から抱きしめた。
「考えてみれば、犯したのはホテル以来だな。」
ディープなキス。見たこともない切ない顔で僕の舌をキツく貪った。
「ダメだな…また何度でもしたくなる」
彼はフッと僕から離れた。後ろを向くとチッっと舌打ちの音が聞こえた。
「じゃあな」
愛想もなく床のカバンをつかみ、後ろも振り返らずに彼は出ていった。いきなりとても淋しい気分になった。病室でビクビクしながら無理やり犯されて精神衛生に悪かったはずの時間が、過ぎ去ってみると甘くて狂おしい記憶しか無く、彼にもっと優しいことを言ってあげれば良かったと後悔した。結局あの答えは聞けずじまいだった。それともあれが答えだったのだろうか? まだ生々しく残っている身体の中に入ってた固いアレの感覚が、うなじに押し付けられた唇の熱さが、いきなり僕の心に切ない痛みをもたらした。あの人の体液がまだ僕の中に入っている…そう思うと下腹部が熱くなり、どうしようもなくなって僕はベッドに倒れこんだ。その日は何度も自慰に耽った。
次回の更新は12日…くらいかもしれません。