※この作品はR-18です。

失われた物語   作:架空線

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 最終回です。





11.そうして、僕らは 【最終回】

しばらくすれば

あなたがたはもう私を見なくなる

しかし、またしばらくすれば

わたしに会えるであろう

 

(ヨハネによる福音書第十六章16節)

 

 

「…そうして、僕らは長い物語を終えたんだ……長い長いお話は…これで終わりだ」

「これで全部か…」

「そう…これで全部」

「おつかれ」

「そっちこそ」

「オレは聞きたかったんだぜ」

「ありがと…聞いてくれて。ようやく話せた」

 

 ある冬の寒い日、兄の納骨が終わってしばらくして、僕は久しぶりにヤツと会った。たまに枯れた街路樹の枝の間から斜めに日が差す、雲の多い晴れの日だった。

「久しぶりだな、ここ」

「ああ…高3のクリスマスライブ以来だね…一緒に来るのは」

 話すたびに息が白く、僕もヤツもマフラーでグルグル巻きだった。僕達は教会の重い扉を開けた。いつもの通り誰もいないガランとした礼拝所で、僕達はいちばん後ろの椅子に腰をかけた。広い教会の中は外と同じように寒かった。

 こいつにだけは全部話したかった。親友なのに大事なことを言えず、心配ばかり掛けたこいつに、僕より先に愛する人を見送ったこいつにだけは。あのときのヤツの告白に、長い時間をかけて僕がいま追いついた気がしていた。自分のためにも話したかった。理由はいろいろあるような気がしたが、実はよくわからない。吐き出してなにか変わりたいとか、そういう意図もなかった。ただ話してしまいたいだけなのか、知っていて欲しかったのか、それは無意識の下に沈んでいて、いつものように僕にわかることはそれほど多くはなかった。

 小さい時の兄との夜の行為のこと、母との結婚という兄の父親の凄惨な計画のこと、母の離婚のこと、母の自殺未遂と親父のこと、初めて告白した時のこと、兄との蜜月のこと、そして忌まわしいあの人との復讐劇のこと、兄の父親が死に、あの人から脅迫されていいなりにされてたこと、その彼と心を通わせた日に別れたこと、それであのバンドの曲が出来上がったこと……そして平穏な生活の中で兄が突然に失踪したこと。その後は知っての通り、と僕はヤツにその顛末を補足した。父親と険悪になりクスリより先にアル中だったこと、監禁されたこと、彼が救い出してくれたこと、彼が自分と引き換えに兄の情報を取引してくれたこと、兄の失踪の真実が明らかになったこと、兄が記憶を失っていたこと、もう長くない病気だったこと、兄との短い生活のこと、病院で兄に起こったこと、そして静かに亡くなったこと。

 いつもながらうまく話せたかどうかわからない。ポツポツと要領を得ない話を、ヤツはじっと黙って頷きながら嫌がらずに聞いてくれた。さすがに夢で見た小さい兄貴と僕の親父のあのことは言わなかった。それは僕は死ぬまでもう誰にも言わないだろう。あの人以外には。それでよかった。

「それ…全部背負ってたのか」

「独りで背負ってたわけじゃない」

「そっか…じゃあ…いい。でも…驚いたわ」

「お前には助けられたんだ」

「そうかぁ? オレ…蚊帳の外だったような気がすっけどなぁ」

「…蚊帳じゃなくてスズメバチの巣みたいなもんだよ。逆だよ。入らせるかよ」

「けっ! 上手いこと言ってんじゃねーよ。なんにも言わねーで、心配かけやがって。まぁ、でもそんな事情じゃあな、言いたいことの10分の1も言えなかったんだろうけどよ。オレの懐の深さナメんなよ。ひとっつも驚かずに聞いてやれたのに…くそ」

 驚いた、と言ったそばからヤツは机に肘をついてそんなふうに毒づいた。

「ごめん。ほんと、ごめん。でもおまえにだけは全部話しておきたくてさ…遅くなっちゃたけど」

「まぁいいわ。その殊勝な心がけで今回は勘弁してやる」

「ていうか、お前ぐらいにしかこんな話しできないけどな。だからこの教会にまた来れるって…思ってなかったし…」

「なんでだ?」

 僕はいい忘れてた、あの時の不良神父への懺悔の話をした。

「はああぁ…そりゃ懐が海のように深いオレでも神父の言う事わかるわ…オレもお前の兄貴に会ってなかったらそう言ったかもなぁ。でもオレはライブ会場に来てくれてたお前の兄貴に会って、弟を大事にしてるほんとにいい兄貴ってことしか感じなかったしな。お前は心底安心して、見たこと無いような嬉しそうな顔してるしよ。オレは兄貴も姉貴もいねぇから、あん時、なんかそういうお前ら兄弟見てて羨ましかったよ。少なくとも虐待だのSMだのっていうみたいな異常な雰囲気、なんかこれっぽっちも感じなかったしよ。オレ、そういうの勘でわかるから…」

 その勘で音楽の先生の危機を察知したのだろう。僕はそんなふうに僕ら兄弟を見てくれてたのかと、ヤツの言葉に感動していた。

「言ってみれば、アレだ、例外中の例外っていうか…そんなレアケースの懺悔なんて聞かされる神父が可哀そうだわ」

 全部受けとめると言った割には神父さんに同情してたヤツの言葉は、以前の僕なら裏切られたとぐらいは思っただろうが、今の僕にはそれは至極当然のように聞こえた。

「うん…そうなんだ。それにそのあとで僕は神父さんの感じてた怒りが僕の中にもあるってこと…カウンセリングとかされて、深い心の底までわかって…認めたっていうか…どちらも間違いじゃなかったって今は思える」

「へぇ、随分余裕のある気持ちに成れたんだな。ま、どっちにしてもな…つくづく二元論じゃ語れない話だわ。善悪の区別が霞んでよく見えねぇ」

「そんなこと言ってくれんの…僕の周りじゃお前くらいだよ…ありがとう」

 そう言って、僕はヨーロッパのかの国で暮らしているだろうあの人のことを思った。あなたのいない日本でも、僕の言うことわかってくれる友達が居てくれるんだよ。あなたのおかげで秘密という呪縛が解けたから。こうやって昔語りみたいにその友達に話すことが出来る。感謝してもし尽くせない…ほんとうに…ほんとに…。切ない気持ちで胸がいっぱいになりそうなその時、ヤツが僕に訊いた。

「なぁ、神父さんはそうだとして、あの人は…どう思ってるんだろうな…ほら…あそこで見てるあの人」

 ヤツが指さしたのは、十字架の上のイエスだった。

「あの人がここの親分だろ? あの人がどう思ってるのか…そっちの方が大事なんじゃね?」

 ヤツはもっともなことを言った。そうだ。確かにあなたがどう思ってるのか、それはまだ訊いてなかった、と僕は気がついた。あのとき、僕はイバラの冠を被ったあなたに兄を重ねあわせた。そしてここで泣いた。あなたはそれを見て、どう思ったんだろうか…

 

(君は私と愛を知る旅をした)

 

 突然僕の耳に、いつもの声が聞こえた。その声はやはり僕の頭の中に、直接響いていた。

 

(君に会ったすべての者の中に私がいた…そうではなかったか?)

 

 稲光のような言葉、全身を包む振動とエネルギー。僕はその姿に釘付けになっていた。そこで僕はその顔に兄の顔を見た。そしてそれは次に彼の顔になった。そして次に神父の顔…ヤツの顔…後輩の顔…先輩の顔…部活の顧問の先生の顔…店長の顔…興信所の担当の人の顔…あのプッシャーの顔…あのヤクザの男の顔…サディストの客の顔…兄の父親の顔…彼の父親の顔…そして父の顔…最後に母の顔になった

 全部あなた…なのですね…自分の人生という十字架の上で…それぞれに形の違う愛で僕にこたえた。荊棘の冠の苦しみの中で、みんな血を流しながら僕を愛してくれた。いつも聞こえてました…あなたの声だったのですか…あの魂に響いてくる真実の声は。

 

(愛は君と共にある…よくわかっただろう? それは君自身が、すべての人が、本当は愛そのものだからだ)

 

「…聞こ…えた……」

 僕は溢れてくる涙もそのまま、十字架に掛かった人の言葉をヤツに告げた。

「いま…彼の声…聞こえたよ…」

「なんて…言ってるんだ?」

「『君は私と愛を知る旅をした』って」

「…え? お前、あの人とか?」

「君が出会ったすべての者の中に…私がいる…愛は君と共にあるって…僕…あの人の中に…兄貴も親父も…お前も…神父さんも母さんも…僕を殺しかけた奴さえも…みんなみんな…見えた…すべての人が、本当は愛そのものだから…って…お前も、僕も…さ」

 ヤツは少し黙った。隣を見ると、ヤツも泣いていた。

「ああ…そうだな…オレも…見えたよ…愛されてたんだな…オレ…」

「うん…そうだね…ほんとにね」

「なあ…もう一度…歌わねーか?」

 鼻をすすりながらヤツが言った。

「…オレ達どうせ天使だしさ」

「駄天使…な」

「ああ…駄天使だ…ちくしょう」

 

 教会を出て二人で歩道を歩いた。北風に背中を丸めてポケットに手を入れる。ひんやりする夕暮れは急速に暗くなってきていた。するとヤツが不意に立ち止まった。そして遠くを見ながら呟いた。

「オレ達さ…パンクスだし、ロンドンでデビューしよーぜ」

 ヤツは寝言みたいなことをいつものように普通に言った。

「いきなり海外デビューってか…それはまた大きく出たな…お前らしいけど」

「好きな人に逢ってこいよ」

 一瞬の隙を突かれた。そう来るかよ…こいつ! 僕はその絶妙なタイミングに、真っ赤な目のまま笑っていた。

「あっははは…お前って…ほんと、参るな」

「だってよ、オレはお前のこと抱けねーし」

「ああ、それだけはカンベンな」

 そういうと僕たちは笑っていた。さっきまで泣いていたのに。笑いながら僕は駄天使の寝言について、少し本気になって考えることにした。。今は夢物語みたいにしか聞こえないけど、バンド甲子園に出たのもコイツの提案だ。あの時も最初は夢物語だった。だがそれは思いもかけない結果を産んだ。その味を僕は知ってしまっている。彼はどこに住んでいるんだろうか。いつか彼の父親に、僕が求めれば教えてもらえるのかも知れない、と初めてそんなことを考えた。

「…悪くないかもな…その提案」

「だろ? オレ様の言うことに間違いはねぇじゃんよ。だって駄天使さまのお言葉だぞ!」

「…実はもう、新曲の歌詞が出来てるんだ。ほんのちょっとだけだけなんだけど」

「ちょ…おま…それ早く言えよ!」

 

 空っぽの中に入るだけ愛が詰め込まれていく。大丈夫、一切は愛なんだ。どんなに物語が失われようとも、それは失えやしない。

 

 

 なにもない

 なにもないから

 ふたりでいよう

 朝の光が差す部屋

 

 なにを求めたの?

 キミの幸せ

 なにを願ったの?

 キミの笑顔

 

 朝の光の中の

 微かな永遠

 

 

 

《完》

 

 

 

 

 

 




《あとがき》

 長かった移築も終わり、とうとう完結を迎えることが出来ました。拙文にここまでお付き合い下さった忍耐と寛容深い皆様に、厚く御礼申し上げます。皆様のご閲覧が支えでした。本当にありがとうございました。心より感謝いたします。でもこれをスピンオフとは言わないですねごめんなさい。
 さて、1年かけて久々に全部通して読んで見ましたが、あまりの文才のなさに全身掻き毟りたくなりました(笑)。でも、こんなこと自分で書いたのかっていうようなハッとする文章もたまにあったりで、書いたっつーより“書かされた感”満載の文章ではありましたが、「僕を止めてください」と比べると、ほんとうに稚拙で読みながら死にそうでした。そしてこの稚拙感は語尾やセンテンスなんかを補足・修正しても拭い去れるものではありませなんだ。おそろしや〜。
 とはいえこんな長い話自分が書けるとは思わなかったし、これがなければ僕止めは産まれませんでした。自分の書いた登場人物にこんな風に思い入れが出来るというのも、この小説が初体験でした。同じキャストでシリーズ物を書きたくなる作家の気持ちがほんのりわかった架空線でした。書きませんが! ちなみに2011年9月から書き始め、2013年10月に完結した作品です。
 こちらでは昨年の12月31日からのUPでしたが、奇しくもまた12月がやって参りました。1年…長かった…体調とヒマは執筆の要ですね。今後は僕止めをなんとか頑張ります。ではご閲覧、お気に入り頂き、本当にありがとうございました!!
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