静希家の脱衣室。
百合は全身が映る鏡の前で、白いブラウスのボタンに指をかけていた。
床に置いてあるのは、健太のTシャツやズボン、下着の入っている洗濯籠。
そのうちのブリーフを特にまじまじと見てしまっていた自分に気づいて、百合は思わず赤面してしまう。
(これじゃまるで変態だよ、わたし……)
鏡に映る、真っ赤になって恥じ入っている自分の表情。
扉一枚を隔てた浴室からは、バシャバシャと健太がはしゃぐ音が聞こえてくる。
その音を聞きながら、百合はひとつ深呼吸をした。
そうして無理にでも心を落ちつけながら、ブラウスのボタンをひとつずつ丁寧に外していく。
(結局、中学のときの水着は見つからなかったな……。うう、バスタオル一枚で入るだなんて……)
だが、それでも無いよりはマシに違いなかった。
ブラウスとミニスカートを脱ぎ、ブラを外し、ショーツを脚から抜き。
それらを自分の洗濯籠にまとめて入れ、百合はその
(相手は子供、相手は子供……。いやらしい目でなんか見られてないんだから、変に意識しちゃだめ……)
自室で胸を揉まれていたときのことを、意識的に頭の中から追い出して。
百合はひたすら自分にそう言い聞かせ続ける。
そうしていると、扉のところに人の気配がして、向こう側からガラリと勢いよく開かれた。
「百合ちゃん、まだぁ~?」
「う、うん、もう行くよ! だからほら、健太くんは早く湯船に戻って……!」
「はぁ~い!」
扉を閉めることなく、優に四人は入れる大きさの
(び、びっくりした……。まさか、こんな不意打ちで健太くんの裸を……)
続いて、百合は胸を撫で下ろす。
扉を開けられたのが、バスタオルをちゃんと巻いたあとのことで本当によかった、と。
そして、いよいよ二人きりのバスタイムが幕を開ける――。
◆ ◆ ◆
身体にバスタオル一枚を巻いているだけ、という自分の状態に心もとなさを覚えながら、百合はタイルの上に足を乗せた。
「あ、百合ちゃん、やっと入ってきたぁ~!」
どことなく不満そうで、しかし嬉しそうでもある声が聞こえてきたのは浴槽のほうから。
「もう、遅すぎてのぼせちゃうかと思ったよ~」
本当にのぼせて、『先に出たい』と言い出してくれれば心の底から助かるのだが。
だが、もちろんそんなことは口にしない。
代わりに彼女は手を縦にして軽く謝る。
「ごめんね。やっぱり心の準備が必要で……。健太くんは、もう身体洗った?」
「ううん、まだ。かけ湯しただけだよ。百合ちゃんと一緒に洗おうと思ってたから」
その言葉で、百合の思惑はあっさりと崩された。
静希家の洗い場は、浴槽に比例して広い。隣接はしているものの、蛇口もシャワーも二つずつあるし、壁についている鏡だって二枚ある。
だから、少年が『身体も洗ったし、あとは湯船に浸かってゆっくりするだけ』となっているタイミングで風呂場に入り、浴槽からは比較的遠い場所でバスタオルを外さずに手早くシャワーだけを浴び、あとは早々に出てしまえば、お湯でタオルが張りついて身体のラインが少々浮き出てしまったとしても、健太にはそうと気づかれずにこの時間を終えることができるのでは。
そう思っていたというのに、まさか『一緒に洗おうと思ってた』とくるとは。
(身体のラインを見られちゃうのは我慢するしかない、か。そもそも、おかしいのは健太くんを意識してるわたしのほうなんだし……)
心の中だけで嘆息しながら、百合は壁と向かい合うように置かれている椅子に腰かけ、蛇口をひねって洗面器にお湯を溜めていく。
そうして充分に溜まったところで一度お湯を止め、バスタオル越しの身体にばしゃりとかけた。
当然、お湯に濡れたバスタオルは彼女の豊満な肉体に張りつき、その女性らしいラインをはっきりと浮かびあがらせる。
それに恥ずかしさを感じないわけもないが、裸身を直接晒しているわけではないのだからと百合は自分に言い聞かせた。
(大体、これから健太くんが隣に来るんだし……。それに健太くんは子供なんだから、わたしの身体に興味なんてあるわけ――)
「百合ちゃ~ん! まだ入ってこないの~?」
少女の思考をさえぎって百合の耳に飛び込んできたのは、健太のそんな楽しげな声。
しかも、その声はすぐ隣ではなくずっと向こうのほう――浴槽から聞こえてきた。
そして、もう風呂場に足を踏み入れている百合に対して『まだ入ってこないの?』と訊いてくるということは。
(もしかしなくても、わたしも一緒に湯船に浸かると思ってる? 健太くんがそうしたように、かけ湯だけしたらすぐに浴槽に入ってくるだろうって……?)
なんということだろう。
自分はあくまでもシャワーを浴びるだけに留め、今日のお風呂はそれで終了とするつもりでいたというのに。
だが、『わたしはシャワーを浴びるだけでいいから』と返そうとして、百合は思いなおす。
そもそも百合は、健太が隣にやってきて身体を洗い始めるとばかり思っていたのだ。
それはつまり、お湯に濡れたバスタオル姿を間近で見られるのは、彼女にとってギリギリセーフであるということ。
そしてそれは、一緒に湯船に浸かるのと距離的になにがどう違うというのだろうか。
(なにも違わない、よね? だったら、湯船に浸かろうかな。お風呂入ったのにシャワーだけ浴びて出るなんて、本当はわたしだって嫌だし)
短い時間でそう結論し、百合は椅子から立ち上がりながら健太に返す。
もちろん、なにかの拍子にバスタオルが解けないよう、両手でしっかりと押さえながら。
「お待たせ、いますぐ入るから」
「もう、待ちくたびれたよ~」
ぷう、と少し頬を膨らませる健太。
それに百合は柔らかく微笑し、浴槽へと――
「あれ? 百合ちゃん、なんでバスタオル取らないの?」
入ろうとしたところで、少年の邪気のない問いかけに全身を硬直させた。
「――な、『なんで』って……?」
「だって、お湯に浸かるときは取るものでしょ? タオル。ぼく知ってるよ! タオルはお風呂に入れちゃいけないんだって!」
えっへん、と。
すごいでしょ、とでも言いたげに。
健太は百合をパニックに陥らせることを言ってきた。
「そ、それはそうなんだけど……でも、ほら、今回は特別っていうか、例外っていうか……」
「『例外』は作り始めるとキリがないって、前の学校で先生が言ってたよ? 決められたことはちゃんと守りなさいって」
子供であるがゆえの
そんな少女にかけられるのは、少年の悪意のない――しかし、それだけに
「大人が決められたことを破るのって、すごくいけないことなんだよね? 子供に『示し』、だっけ? そういうのがつかないからって」
「そう、なんだけどおぉ……」
バスタオルを巻いたまま湯船に浸かるのはいけないこと。
その一点が、百合から正常な思考能力を奪っていく。
大人がルールを破れば子供に示しがつかなくなる、というのも間違いのない事実。
(と、取らなきゃだめなの? 男の子の目の前で? わたし、もう十六歳の高校生なのに?)
段々と、取らなければいけないような気になってくる。
そうしなければ、湯船に浸かってはいけないような気がしてきてしまう。
隣り合って身体を洗うのも湯船に一緒に浸かるのも、濡れた自分のバスタオル姿を見られるという点においては同じことだと思っていたのに、まさか現実はこうまで違うとは。
そして、もはや百合の中に『バスタオルは取らず、湯船にも浸からない』という思考は存在しない。
(そ、そもそも、『男の子の前で』って考えてることのほうが、おかしいんだよね? それに健太くんだって、わたしの裸を見たいと思ってこういうことを言ってるわけじゃ、ないんだし……)
それに、『健太と一緒にお風呂に入る』と母に告げたときにも、変な顔はまったくされなかったのだ。
『でも、男の子と一緒に……入るん、だよ?』と言っても、『十歳の子相手に、なに意識してるの』と笑い飛ばされたのだ。
そう、彼女の母は、百合が
それはつまり、母も健太という少年を『安全』だと思っているということである。
健太を『男性』とは見ていないということである。
だったら、おかしいのはバスタオルを取るのをこんなにも
(そ、そうだよね。『男の子の前で』なんて考えて、恥ずかしがってるわたしのほうが、どうかしてるんだよね。だって健太くんは、まだ十歳の子供なんだから……)
そう自分に何度も何度も言い聞かせ。
震える指で、百合はバスタオルを解き始めた。
少しずつ、少しずつ。
まるで、目の前の少年を焦らすように。
恥ずかしさゆえに、たっぷりと時間をかけて。
ごくり、と健太が唾を飲み込む音が聞こえたのは、果たして百合の気のせいだろうか。
だが、気のせいだろうとそうでなかろうと、初めて異性にその肌を余すことなく晒そうとしている少女には、判別などつきはしない。
「っ……」
そして、ついにバスタオルがタイルの上に落ちた。
高校にいる多くの男子生徒を、あるときは制服越しに、またあるときは体操服越しに欲情させているその身体が、とうとう少年の眼前に晒された。
むろん、共に学ぶ男子生徒たちが自分のことをそんな目で見ているなど、百合自身は想像すらしていないわけなのだが。
多くの者を
それとは対極な、まるで子供のものとすら思える
そこは、異性とは気軽に話すこともできないという彼女の性格を裏づけるように、綺麗な一本の筋になっており。
「う、うう……。じゃあ、入るね……?」
湯に浸かって、少しでも身体を隠したい。
そう思いながら、百合は浴槽を
無防備にも開いてしまう股と、揺れる乳房。
それに健太が大きな声を出した。
「――えっ!? あ、またっ!?」
だがその目は、百合の身体に向けられていない。
どうしたのかと視線をやり――彼女は「きゃっ!?」と両手で自らの顔を
それでも百合は、勃起している健太のぺニスを指の隙間から見るともなしに見てしまい。
そして、自らの陰部に目を落としている少年が、軽い
「なっ、なんでまた大きくっ……!?」
「け、健太くん? え、えっと……?」
「ちょ、ちょっと待って、百合ちゃん! 見ないでっ!?」
「う、うん……?」
恥ずかしそうに股間を両手で押さえる健太を見て、逆に落ちついてしまう百合。
自分の裸を見られる羞恥も、少年の陰部を見てしまった衝撃も、
(なんか、恥ずかしがってる健太くん、可愛い……)
という微笑ましさに変わってしまった。
一方、健太のパニックはまだ収まらない。
「というか、ぼくのおちんちん、なんでまた大きくなってるのさ……。そりゃ、さっきだって百合ちゃんの部屋で大きくなってたけど、あのときは夕ご飯食べてるうちに元に戻ってくれたのに……」
それはすなわち、健太が百合のことを――百合の身体を性的に意識したということだ。
おそらく、本人にその自覚はないだろうが。
そして、健太からその気が感じられなかったがゆえに、百合はその生理現象に身の危険を覚えずに済んだ。
いやむしろ、
「そんな、わたしに見られたからって、別にそこまで恥ずかしがらなくてもいいのに」
だが、それだけでは可哀想かと思い、
「それにその反応は、男の子だったら普通のことだよ、きっと」
と、つけ足した。
むろん、本当に『普通のこと』なのかはわからない。
男性器の勃起は一体何歳くらいから始まるのか。そんな知識、百合は当然持ちあわせていない。
しかし、それでも彼女は健太を安心させてあげようと「ね? 普通のことだから」と繰り返す。
「そ、そうなの? これって、本当に普通のことなの……?」
その甲斐あって、健太は落ちつきを取り戻してくれた。
もっとも、その途端、
「百合ちゃんのおっぱいを見たら急にこうなって、さっきはこれに触ってたんだって思ったら、もっと大きく、硬くなって……。それが普通、なの……?」
などと、百合が赤面してしまうことも訊いてきたが。
だが、自分よりも恥ずかしがって陰部を必死に両手で隠している健太を見ていると、羞恥よりも微笑ましさのほうが上回った。
「うん、普通なんだよ。だからほら、恥ずかしいのはわかるけど、手で押し潰すのはやめてあげよう? 大きいままでいいから。硬くなってるままでいいから。
大丈夫。そっとしておけば、また元通りになってくれるから。ね?」
「う、うん……。わかった……」
自室で胸を揉まれていたときとは、完全に立場が逆転していた。
百合はくすくすと笑いながら湯船に浸かり、申し訳なさそうに身体を縮こまらせてしまった健太を半ば強引に後ろから抱きしめる。
「……っ!? 百合ちゃん、背中におっぱい当たってるよ!? おちんちん、もっと硬くなっちゃうよ!?」
唐突に覚えた胸の感触に驚いたのか、騒いで身じろぎする健太。
その度に少女の可愛らしい桜色の乳首が少年の背中に擦れ、敏感にも「――っ、あ!」と男の獣欲を刺激する声が出てしまったが、それでも百合は努めて平静を装いながら優しく返す。
「んんっ……! だ、大丈夫。硬くなった、ままで……く、んっ……いいん、だよ……。それは、自然なことで……ひゃ、うっ……! 恥ずかしがることじゃ、あ、んっ……ないんだ、から……」
「そ、そうなの?」
「う、うん。だか、ら……は、ふ……恥ずかしがらなくて……く、ふぅっ……! い、いいんだよ?」
「で、でも、百合ちゃんの硬いのが背中に当たる度に、なんか、どんどん大きくなって……。さっきは百合ちゃんのおっぱい触るのに夢中でどうでもよくなってたけど……けど、いまは……」
「も、もう、健太くんっ……! そういうこと、言ってると……あっ、あんっ! もっと、もっと大きくなっちゃう、からぁっ……!」
もちろん、大きくなってしまうのは健太のぺニスのことだけではない。
百合の
だが少年は、それに気づいているのかいないのか、
「あ、あんまり言わないほうが、いいの?」
「う、うん。そのほうが……ひんっ! 早く、元に……んぅっ! ん、んっ……! 戻ると、思うよ……?」
「わ、わかったよ……」
それからしばし、真っ赤になってうつむいてしまった少年と無言でゆっくり湯に浸かり。
「さ、そろそろ身体洗おうか? わたしが背中流してあげるから。――ほら、立って立って」
そう、ちょっとばかりお姉さん風を吹かせてみた。
それに応えて少年は、両手で股間を隠しながら立ち上がり、洗い場にある鏡のほうへと向かっていく。
そして健太の目がこちらに向いていないうちに百合も浴槽から出て、バスタオルを拾いあげ――子供相手にいまさら巻くこともないか、と前だけを隠すに留めた。
「じゃあ、洗うよ?」
椅子に座って鏡のほうを向いた健太の後ろに、もうひとつ椅子を持ってきて陣取り、手にしたハンドタオルにボディーソープをつける百合。
いまや気分は『年下の男の子の面倒をみている、余裕たっぷりのお姉さん』である。
むろん、少年は無言。彼女はそんな健太の背を『わたしの部屋では胸まで揉んでたのに、なんでいまさらこんなことで恥ずかしがるかなあ』と思いながらゴシゴシと擦っていく。
ちなみに、少年の前にある鏡には百合の――バスタオルで前を隠すことさえしていない少女の裸身が映っており、健太はそれを見たくなくても視界に収めることになってしまっていたのだが、百合はそれに気づかない。
「前は、自分で洗えるよね? あ、髪はどう?」
「あ、洗えるっ! ていうか、もういいから! ぼく、もう上がるから! のぼせちゃうから!!」
背中を洗い終えて尋ねるやいなや、健太は手足をバタつかせながらそう言って、椅子から素早く立ち上がった。
「あ、だめだよ! ちゃんと洗わな――って、行っちゃった……。もう、わたしと一緒にお風呂入りたいって言ったのは、健太くんのほうなのに」
健太が勢いよく閉めた扉へと目をやりながらそうつぶやいて、百合はくすりと微笑する。
「でも、ああいうところは本当に可愛いなあ」
そう口にしたところで、少女はようやく気づいた。
自分がバスタオルを手放し、その柔肌を健太の前で余すところなく晒してしまっていたことに。
「あっ……。で、でも問題ないよね? わたしのほうが恥ずかしくないなら、全然……」
もちろん、まったく恥ずかしくないというわけではない。
羞恥心は、いまも変わらずこの胸にある。
ただ単に、先に健太に恥ずかしがられると、羞恥よりも愛おしさに似たものをより強く覚える、というだけのことで。
「さ、わたしも身体と髪を洗って、早く出てあげないと」
そして百合は、そうひとりつぶやいて。
改めて鏡に向き、シャワーのホースを手に取るのだった――。
プロローグから一話挟んで、ようやくお風呂回をお届けできました。
前半は百合の逡巡メイン、後半は『おねショタ』っぽい展開メインとなっていましたが、楽しんでいただけましたでしょうか?
一応、脱衣回と呼べなくもないのですが、脱衣による羞恥がメインとなる回は今後にとっておきたかったので、今回は割とあっさり気味に。
あ、それと、次回からは『あとがき』無しにしていこうかな、と思っています。
それでは。