「――私たちは造られた宝石。誰かに使ってもらうのを待つだけの、他人に依存することでしか生きていけないイミテーション・パール」
街にある公園の一角で。
器用にも鉄棒の上に腰かけている少女が、歌うようにそんな言葉を口にした。
彼女はポニーテールに結った髪を、そして短い黒のスカートを、吹く風に遊ばせながら続けていく。
「それでも、『私たち』が優秀であることに変わりはない。そう、私は『壊すこと』に、あなたは『取り入ること』に特化した、この世に二つとない宝石なのだから」
年の頃は十六、七といったところだろうか。
少女は自らを――いや、『彼』をも含めた『自分たち』を、もう一度『宝石』に
そんな彼女に、鉄棒に寄りかかるようにして立っていた少年が反論した。
「それは違うよ、
少年はうつむいて続ける。
「そこらに転がってる『石ころ』よりは、そりゃいくらか役に立つかもだけどさ。それでも、やっぱりしょせんは
どちらのほうが綺麗かと訊かれたら、ぼくは迷うことなく『石ころ』のほうだと答えるね」
それに雫と呼ばれた少女が肩をすくめた。
「なるほど、確かに『私たち』という子供たちは『偽物』ね。でも、『偽物』という名の『本物』でもある。――それと健太、人と話すときは目を見るものよ。そんなこともできないあなたではないでしょう?」
注意されて、少年――健太が「わかってるよ」と斜め上を見上げる。
そこにあるのは、健太に見せつけるように脚を組み替えてみせる雫の姿。
鉄棒に腰かけながらやるあたり、一体どれだけ優れたバランス感覚を持っているのだろうか。
そしてそれ以上に、白く長い脚を
顔をうつむけて彼女の姿を視界に入れないようにしていたのも、それゆえだ。
だが、雫は少しだけ赤くなっている健太の頬に気づいたらしく、
「あら? いっちょ前になにを赤くなってるのかしら? チキンくん。十歳のお子さまのくせに色気づいちゃって」
「違うから! ただ単に、『相変わらず、その『
「でも、あだ名が『タッキー』だと健太には荷が重すぎない?」
「普通にケンか健太でいいよ! というか、タッキーって呼ばれるのも嫌だから!」
「あとは『フライド』あたりが適当かしら……。ええ、どことなくフニャフニャしていて頼りない感じが健太にピッタリかもしれないわね、『フライド』」
「謝れ! 世界のどこかにいるかもしれないフライドさんたちに全力で謝れ!!」
というかこの少女は、なぜ自分のあだ名を毎度毎度『ケンタッキーフライドチキン』のどこかから取ってこようとするのだろうか。
もちろん、自分の名前が『健太』だからだというのはわかるのだが、それならそれで、なぜ『ケン』では駄目なのだろうか。
「それじゃあなたの反応がつまらないからよ」
「ぼくの心読むなよ!?」
「あら、本当にそのものズバリのことを考えてたの? わっかりやすいわねえ」
「う、うぅ~っ……!」
地団太を踏む健太。
それをしばし続け、少しばかり冷静さを取り戻したところで、少年は改めて雫のほうに目をやり、告げる。
「ぼく、やっぱり雫のこと嫌いだ」
「特にあなたに好かれたいとは思ってないから、私としては別にそれでかまわないわよ?」
ああ言えばこう言う、とはこのことか。
「まあ、そういうわけで。早々に荷物をまとめておくようにね、健太。転校手続きはもう済ませておいてもらったから」
「え? ちょっと待って。一体なにが『そういうわけで』なの? ぼく、まだひとつも事情聞かされてないよね? 話があるから顔貸しなさいって連れ出されて、雫が鉄棒に腰かけて、唐突にイミテーション・パールがどうとか言い出したんだったよね?」
「――ちっ。察しの悪い子供って、これだから……」
「舌打ちされた!? 落胆もされた!? というかいま、あまりにも理不尽に見損なわれたよねえ!?」
騒ぐ健太にかまわず、雫は鉄棒から飛び降りて、
「そういえば、最近流行ってるわよね、飛び降り自殺。一体なにが楽しくてやるのかしら?」
「強引に話を逸らそうとするのはやめようよ! ていうか、なに? 転校? ぼくが? どこに?」
少年は疑問符を頭に山と浮かべながら問いかける。
雫はそれにシラーッとした目を向けてきて、
「いくら優秀な私でも、その質問すべてに一言では答えられないわよ」
「あ、ごめん。じゃあひとつずついくよ、ひとつずつ。まず、なんでぼくが転校することになってるの? 『組織』の意向?」
深山健太という少年は、母の
その『能力』は彼に『演じること』、『媚びること』を覚えさせ、また、この世に生を受けてから現在に至るまでも、『演じる』ように、『媚びる』ように、『組織』の人間によって育てられてきた。
すべては、『
『
だが、『組織』が動かしていたその計画は、確かもう――
「いいえ、違うわ。今回のことに『組織』の思惑は一切絡んでない。正確には、私が直接出向いて抑え込んだわけなんだけど。『『瀬川和樹』には『別の
そう、健太の主観において、『組織』の計画はもうすでに『終了』していた。
そのためだけに造られた、自分という存在の意味も、同様に。
「そんなわけで、あなたはもう自由の身。これからは自分の意思で、自らの望む人生を生きなさい」
「そのために、まず、いま通ってる『学園』から離れろって? 余計なことを……」
あまりにも『余計なこと』すぎて、健太はつい正直に漏らしてしまった。
だが、失言だったと後悔することも、またなかった。
「ふうん。余計なこと? なにが余計なことだっていうのかしら?」
わずかに険のこもった口調になる雫。
少年はそれに、ちょっとだけ
「だって、ぼくの人生はもう終わってるじゃないか。さっきも言っただろ。ぼくは偽物、紛い物。『瀬川和樹』を
「だから、いまから『自分の人生』ってやつを持ちなさいと言ってるのよ、私は」
「要らないって、そんなもの。――確かにぼくは、他者に『取り入ること』に特化してる。だから大抵の場所でなら上手くやっていけるだろうって、自分でも思う。
でも逆に言えば、それは『取り入る』以外の取り柄がぼくにはないってことだ。他のことはまったくできないってことだ。そんな人間が『取り入る』ってことを――『他人の人生に
「まあ、確かにあなたの本質は『寄生』と『
でも、私は『組織』に半ば敵対する形であなたの自由を勝ち取ったんだもの。少しくらいは、それに応えてくれてもバチは当たらないんじゃないの?」
頼んでもいないことを勝手にやっただけのくせに、と思わないでもなかったが、健太の人生――もとい、未来のために、雫が相応のリスクを負ってくれたのだということは
「不可能って言葉は、実際にやってみて失敗してから言えってこと?」
「そう。もう転校の手続きだって済ませてあるんだから」
「だから、なんでそう雫はぼくに無断で……。――ちなみに、なんて学校?」
「確か、
ニヤニヤと返してきたその言葉に、健太は「乗る気にはなったけど、乗り気にはなってないから」と憎まれ口を叩いてから続けた。
「まあ、やるからには本気でやるけどさ。ぼくにだったら『
「うん? なにかしら?」
「どうして、そこまでしてぼくに『自分の人生』とやらを歩ませたいの? 『組織』のためだけに造られたのは、雫だって同じでしょ?
雫だってぼくと同じ『
その問いかけに、なぜか雫は少しだけ頬を赤くして、
「あー、うん。……まあ、あれよ。少し和樹に――あなたの元『
ちょっと前に私の感情と『能力』が暴走して、この世界そのものを消し去っちゃおうとしたときに、『お前は誰かの操り人形じゃない。自分の生きたいように生きていいんだ』って言われて……」
「そんな
「うん、まあ、確かに私らしくはないわよね……」
「まったくだね。――というか、なんでそのときに世界を消しちゃわなかったかなあ。そのほうが、ぼくとしては絶対に楽だったのに。
本当、瀬川和樹ってのも、つくづく余計なことを……」
その言葉に『あ、いまのは怒られるか?』と思った健太だったが、意外なことに雫は柔らかく微笑んでくる。
「健太。『楽』であることと『幸せ』であることは、決してイコールではないのよ? いいえ、むしろノットイコールですらある」
「わけがわからないよ……」
「いまの健太じゃ、そうかもしれないわね。でもまあ、そのうちわかるわよ。『組織』の『人形』としてではなく、普通の『人間』として生きていれば、きっとね」
「そういうもの?」
「ええ、そういうもの。少なくとも、私自身はそうだった。
私の場合は、『人形』である私を『人間』として扱ってくれる人たちに出会えたの。それが私――『
「やっぱり、わけわからない……。それで、転校するのはいいとして、ぼくは一体どこに住むことになるの? 学校の近くに『組織』がぼく用の家を用意してくれるってことは、さすがにないよね?」
「そうね。さすがにそこまでの要求はとおらなかったわ。でも安心なさい、静希って家に引き取ってもらえることにはなったから」
「『組織』の息がかかってる家ってわけ?」
「まあ、そうね。――ああ、あとその家には、健太と歳の近い女の子もいるそうよ。近いとはいっても、十六歳だそうだけど」
「いや、それ全然近くないし……。ちなみに、その娘の性格は?」
「お? 早くも女の子に興味深々? 健太ってば、やっぱり色気づ――」
「違うから。その娘の性格に合わせて『ぼく』を『形成』する必要があるってだけだから」
「それはそれは、可愛げのないことで」
ともあれ健太は、嘆かわしげに嘆息する雫から静希家のひとり娘――静希百合の情報をひととおり入手し。
そしてようやく訪れた、彼女との『別れ』のとき。
そのとき、最後に健太がその背中で聞いたのは、
「じゃあね、健太。私は私の人生を、あなたはあなたの人生を。――もう、私たちの人生のレールが交差することは、おそらく二度とないでしょうけれど」
そんな、
◆ ◆ ◆
暗闇の中で目を覚ます。
(夢、か……)
少年にとって、暗闇は『孤独』の――『死』の象徴だった。
隣に『他者』がいない空間。
どれだけ『愛してほしい』と叫んでも、聞き届けられない小さな世界。
そこにいるときは、どうしても寂しくて、人恋しくなって、自分が『生きている』という実感すらも曖昧になっていって……。
そう、『孤独』と『死』は同義である。
『自分しかいない』ことが、『自分が消える』ことと同義であるように。
そして少年は、『学園』にいるとき以外のすべての時間を、そんな
けれど、今日は違った。
健太の隣に、『他者』がいた。
傍らに、確かな温もりがあった。
静希百合という少女の、柔らかな温もりが。
その息遣いと体温を少し遠くに感じながら、少年はあお向けになって片目を手で押さえた。
そこにあるのは、『
健太が母の胎内にいるときから、『魔術』と呼ばれる神秘の
(といっても、別に便利でもなんでもないけどね)
まず、自分の意思では制御できない。
健太の『魔眼』は、眠っているときを除いて、常に発動し続けている。
発動させるために必要な力――人間ならば誰でも持っている『
いや、扱うということ自体、求められていなかったのだ。
深山健太とは、『瀬川和樹』にただ護られるだけの存在。
『瀬川和樹』に頼り、ただ彼を褒め称えるためだけの存在。
そういう『人形』になるよう育てられたがゆえに、『自分の『能力』で物事を解決する手段』を彼は得ていなかった。得ることを、周囲に望まれていなかった。
だから、深山健太の戦闘能力は低い。
『組織』にいた『
そのおかげで心が『壊れ』ずに済んだというのも事実ではあるのだが、やはり『能力』を用いての『問題解決』ができないというのは、少年の精神を相応に歪ませた。
誰かに依存しなければ生きていけないというのも、『
『誰か』に頼るよう造られた。
『誰か』に護られるよう造られた。
『誰か』に媚び、取り入り、その『誰か』を褒め称えるよう造られた。
『組織』における最強の『
それが、深山健太という少年だった。
そしていま、健太の隣には、彼が『寄生する』と決めた少女が安らかな寝息を立てている。
可愛らしくもあどけない表情を、無防備に少年に見せている。
それに、健太は我知らず笑んでしまっていた。
世に大勢いる一般人を『石ころ』に喩え、自分たち『
『宝石』にはもちろんのこと、磨き抜かれた『石ころ』にすら敵わない。しかし、もしも環境に恵まれて磨かれていけば、『イミテーション』などよりもずっと光り輝く『本物の宝石』になれるであろう『原石』。
どうか、健やかに磨かれていってほしいと健太は願う。
自分が『その人生に寄生する』と決めた少女なのだから、できる限り、末永く。
(そんな生き方、雫はきっと望んでなんかないんだろうけど……)
心の中だけで嘆息しながら、百合の長い黒髪に触れる健太。
それは絹糸を思わせるような滑らかさで、ずっと指で
(そういえば、これは『女の命』なんだっけ。まったくもう、
夕方に百合の髪を引っ張って、それを何本か抜いてしまった、あのとき。
健太は本当に
この少女の人生に『寄生する』と決め、彼女好みの性格を作り、無事に一日目を終えたというのに、こんなところで死んでしまわれたらたまらない、と。
そう、一日目は無事に終えることができた。
百合の『深山健太』に対する印象を、最高のものにできたと確信している。
実年齢よりも幼い仕草で保護欲を掻き立たせ。
よくやっていたゲームを『やったことがない』と偽ることで百合を立てる機会を作り。
初心者のふりをするため、同時に『そそっかしくて目が離せない子』という印象も植え付けておくために、『コーナーを曲がるときの車の動きに合わせて身体を思いっきり傾け、身体ごと百合に激突する』ということまでやった。
そしてあとは、上目遣いと寂しげな表情を武器に、百合の部屋で寝る許可を取り付け、彼女の緊張を解くために『手を繋ぐ』以外に接触の意思はないことをアピール。
もちろん翌日――今日の朝に、彼女と一緒に寝たことを百合の母に伝えておくことも忘れなかった。
当然、百合の母から彼女に自分の言葉が伝わるのを見越して。
自分の知らないところで自分のことを良く言われていたと知るのは、直接褒められるよりも嬉しいものである。
百合が『まさか一緒に寝たことをバラすとは』という思いを抱く可能性もなくはなかったが、だとしても、母に褒められた嬉しさや、陰で自分が口にした百合への評価がそれを上書きするはずだ。
ちなみに、このあたりの技術は、すべて『組織』にいるときに健太が自分で調べたことである。
『魔眼』の効果を最大限に有効活用するために――というより、『魔眼』がもたらすデメリットを解消するために、数年間をかけて調べ、
健太の持つ『魔眼』の効果とは、『相手が自分に無関心であるときや、自分に嫌悪感を抱いているときに、それが『色』でわかる』というもの。
そう、自分に無関心な人間や自分を嫌っている人間は、彼の視界において『モノクロ』に映るのだ。
その『モノクロの世界』を、健太は酷く嫌悪していた。
『色のない世界』に陥る度に、少年は誰かに媚び、甘え、関心を引き、とにかく必死に自分の世界に『彩り』を取り戻してきた。
そうするうちに、健太は相手に不快感を抱かせない術に
ちなみに、彼が『彩り』を取り戻そうとするのには、単純に『下手を打つと色覚異常者に間違われるから』という、割と切実な理由もあったりしたのだが……『組織』の人間たちからしてみれば、それこそ
ともあれ健太は今日、この『魔眼』の力を用いながら、学校から帰ってきた百合に、スキンシップと呼ぶにはいささか過剰な接触を繰り返した。
まず手始めに、後ろから彼女に抱きついてみた。
次に、白いブラウス越しに感じられた二つの膨らみを、両の掌で包んでみた。
そして、困惑しつつも嫌悪感は抱かない百合の心情を『魔眼』で確認し、それなら、と次は髪を引っ張るのに切り替えた。
それでも彼女が健太を嫌うことはなく、ならば、と寝るときだけではなく、お風呂にも一緒に入ってもらえないかと頼んでみた。
もっとも、ひとりで寝るのが嫌だったのは事実であり、ひとりで無駄に広いお風呂に入るのが『前居たところ』のことを思いだして嫌というのも、決して嘘ではなかったのだが。
ともあれ、健太はそうして百合に拒絶されようとした。
嫌がられるのは怖かったが、ギリギリまで食い下がって拒絶されておかなければ、いつかどこかで地雷を踏み、彼女に決定的に嫌われることになるのでは、という思いがあった。
それを回避するためには、敢えて一度拒絶され、『許してもらえるギリギリのライン』を見極めておかなければならなかったのだ。
(でも、まさか了承されるなんてなあ……)
態度や表情には出さなかったものの、あのときはさすがの健太も驚いた。
百合という少女が押しに弱い性格だというのは、雫から聞いてもちろん知っていたのだが、それにしたって、あの弱さはさすがに日常生活において問題になるレベルではないだろうか。
それはさておき、そのあとの健太の行動も、すべて計算して行ったものだった。
感謝の意を表すついでに百合へと抱きつき、その胸元に顔を埋め、ブラウスの中にある胸の膨らみに興味を示してみせた。
その質問に無言になったのを見て、これは軽く嫌悪感を抱いたかと思いきや、彼女はただ『どう答えたものか』と迷っているだけのようで、問いを自然な形で
それからもいくつか百合が嫌悪感を示しそうな質問をし、再び顔を胸に押しつけ、そこの匂いまで嗅いでみたというのに、それでも彼女からは健太を拒絶する意思が感じらず。
いやまあ、その感触と匂いには、なぜか健太もすごく安心してしまったものだから、あのときばかりは拒まれずに済んでよかったのだが。
ともあれ、これではいけないと我に返った健太は、続いて『まさか、ここまでやることになるなんて』と思いながら、百合がカーペットの上に座るよう誘導し、またしても後ろから抱きついて胸をまさぐることにした。
ここまでされれば、いくら百合でも悲鳴をあげて振りほどいてくるだろう、と考えて。
(でも、『もっと触りたぁ~い!』は、なんともなあ……)
あのとき自分が口にした言葉を思いだし、軽く赤面する健太。
そして、羞恥心や戸惑いといったものは感じ取れたが、とうとう最後まで百合が嫌悪感を覚えることはなく。
それどころか、百合がやたらと色っぽい声を出してくるものだから、少年も理性を少しばかり飛ばしてしまい。
(うん、あのときの行動は……ちょっと反省。もちろん、『無邪気』を演じることは、変わらずできてたと思うけど……。
……いや、でも! 百合ちゃんにだって問題はあるよ! 『わたしの胸、ちょっとの間だけ健太くんのしたいようにしていいよ』なんて、冗談でも言っちゃダメだろう! あんなこと言われたら、ぼくじゃなくても理性吹っ飛ぶって、絶対!)
おまけに、そのときは気にする余裕自体なくなっていたが、なぜか健太の股間にあるアレが大きくなってもいて。
(百合ちゃんのお母さんに呼ばれなかったら、ヤバかったな。や、一体なにがどうヤバいのかは、全然わからないんだけど……)
それでも健太は小学四年生である。
ちゃんと学校に通っていた、健全な男子である。
だから当然、『女の子の身体には、見たり触ったりしちゃいけないところがある』ということくらいは知っているわけで。
(もちろん、クラスの連中に比べれば、かなり少ないほうに入るんだろうけどさ、こういうことに関するぼくの知識量は)
これは、他者に取り入る手段ばかりを学んできた
ともあれ、大きくなってしまった『そこ』は、夕食を食べているうちに元に戻ってくれ、健太はそれに心底安心したのだが。
しかしそのあと、百合と一緒に入ったお風呂では……。
(百合ちゃんが言うには、男なら普通のこと、恥ずかしく思う必要はないことらしいけど、それにしたって、なあ……。いや実際、百合ちゃんの裸見ただけで、なんでまたいきなりあんな大きくなるのさ……)
おかげで、お風呂ではこれといったことができなかった。
せいぜいが、百合にバスタオルを取るよう促したくらいだろうか。
(でも、案の定というかなんというか、やっぱり百合ちゃんは嫌悪感を抱かなかったし……。というか、むしろ嬉しそうにしてたよなあ。あれもあれで謎だ)
男に裸を見られるというのは、女の子にとっては恥ずかしいことにあたるはずなのに。
というか、男である自分ですら、百合に見られてめちゃくちゃ恥ずかしかったのに。
それなのに、なぜ彼女は嬉しそうにしていたのか。していられたのか。
(演技、じゃあないよな? ぼく、そういうの見破るの、得意だし)
いや、問題はそこではなかった。
そう、本来なら、お風呂でももっとベタベタとくっつくべきだったのだ。
そうやって、彼女が嫌悪感を抱くように仕向けるべきだったのだ。
最低でも、百合の裸身をジロジロと舐め回すように見るくらいはしなければいけなかったというのに。
(くう、不甲斐ないにもほどがある……。あんなことで取り乱したり、恥ずかしがったりしてちゃダメだろ、ぼく)
とにかく、これは明日の課題である。
なんとかしてもう一度お風呂に入ってもらう。
もう、男が女に裸を見られて恥ずかしがるのは、『異常』なことなのだと納得もできたし。
そしてお風呂から上がってからも、あるいはひざまくらをされながら、またあるいは布団の中で、百合の身体にある『触ってはいけないところ』に積極的に手を伸ばしてみたのだが。
それに何度か軽い拒否はあったものの、彼女の表情から読み取れたものは『羞恥』と『戸惑い』ばかりで、とうとう最後まで嫌悪はされなかった。
(というか、あれは拒否か? 口でこそ『だめ』とか『やめて』とか言ってたけど、実際は全然そんな感じしなかったぞ? むしろ、目や表情を見た限りでは、逆になにかを求めてすらいたような……?)
事実、『わたし、明日学校だからもう寝ないと』という言葉からは、『今日はもうここまで。この続きは明日にして』という意思を強く感じた。
だが、なぜ拒否の感情に『この続きは明日にしてほしい』という意思まで混ぜるのか。
もちろん『もう寝る時間だから』という理由があるのはわかるが、それでも
(でもまあ、ぼくも少し冷静さを失ってたからなあ。なにか見落としてた可能性もあるか)
女の子の身体にある、見たり触ったりしちゃいけないところ。
そこを、見てはいけないと知りながらも見て、触れてはいけないと理解できていながらも触って。
『いけないことをしている』という自覚が健太を興奮させ、冷静さを奪っていたのも事実なのだから。
だが、それを差し引いても、百合の言動や心情には矛盾が多く見られたというのも事実であり。
(う~ん、わからないなあ……。あのときの百合ちゃんは間違いなく『触られてもいい』と思ってたはずなのに、どうして口では『だめ』とか言うんだろう。どう見ても、本心では『だめ』って思ってなかったのに……)
あまりの難解さに思わず腕組みしてしまう、人間観察が得意な小学生。
もちろん、そのあたりのことがわかろうとわかるまいと、少年が明日から取る行動が変わるわけでもないのだが。
(とりあえず、ちゃんと一度拒絶されるまでは『こういうこと』を続けていかないとなあ。
はあ、今日のうちに『ギリギリ許されるライン』がわかると思ってたのに、とんだ誤算だよ……)
これでは、まったく安心できない。
なにしろ、『なにをしたら本気で拒まれるのか』が、なにひとつわからないままなのだ。
なにをしても拒絶しない、ということはさすがにあり得ないだろうし。
(当面のぼくの『寄生』対象のことだからな、ちゃんとしっかり探らないと。安心しきったところで嫌われるなんて、そんな崖から突き落とされるような経験は、もう二度としたくないし)
本音を言えば、『当面の』ではなく、百合と結婚して一生同じ人生を歩んでいきたいとすら思っているのだが、そんな理由で彼女を
『
(とりあえず、勝負は明日の夜だな。もう一回、一緒にお風呂に入ってもらえるよう、上手いこと持ちかけないと)
そして、悪意も邪気もなく企みを終えた少年は。
目を閉じて、再び訪れたまどろみに意識を委ねることにした。
密かに、どうか『組織』に居たころの夢は見ませんように、と