アミバは毎週末、家に泊まりに来る友人(本当は恋人と呼びたいけど、向こうが相手にしてくれないので現状はセフレ止まりだ)のために掃除に余念がなかった。
彼は父親が世界的な発明をしていくつか特許を取ったおかげで働かなくても困らない。
暮らしている屋敷は、発明王である父の趣味を完全に反映したスチームパンクの凝集体だ。一部のマニアからは大絶賛されるものの、近所の人たちの評判はかんばしくなく、得体の知れないオブジェで造形されたこの家を、古道具屋とかお化け屋敷とよんでいる。
たしかに何本もの太いパイプが天井を這い、押すと何が起きるか分からない真鍮のボタンが並ぶ操作盤があったり、大小さまざまな文字盤や歯車から成る
それを少しでも見栄えよく快適にするために、アミバは雑巾やモップ、コロコロローラーを総動員して万全を期しているのだった。
それでも見落としがないか考えていたとき、玄関の呼び鈴が鳴った。アミバはあわてて掃除用具を片づけ、駆けていった。
ユダはまるで見慣れぬ渡り鳥が飛来したような風情で立っていた。というより、彼はいつも特別な瞬間が訪れたような印象を見る者に与えるのだ。
陽射しを跳ね返す白い丈の長い長袖シャツに、幅広の黒いズボン、黒いサンダルを履いている。目にはなぜか、『天空の城ラピュタ』に出てくる特務の人間みたいな黒眼鏡をかけていた。ゆるふわの長い髪は顔の両脇で三つ編みになっている。
「早かったな。言ってくれれば迎えに行ったのに」
「近くに用があったから」
サンダルを脱いだユダは玄関に揃えられていた専用のスリッパに履き替えると、アミバの横をすり抜け、すたすたと歩いていく。
「なにか飲む物をくれよ。喉が乾いちゃった」
「麦茶とオレンジジュースがあるよ。どっちがいい」
「オレンジジュース」
横柄にユダが言う。
アミバとユダは、傍から見ても奇妙な取り合わせだった。
アミバは軽くウェーブした長髪に尖り気味の顔、目つきが悪く見える三白眼。背は高いが痩せているので、手足がひょろ長く伸びたように映る。
あまりいい印象を人に与えない風貌だが、唯一、長所をあげるとすれば目に宿る光や表情が高い知性を感じさせ、良くも悪くも研究室に籠もりきりの理工学部の学生というイメージを与えるところだろうか。実際、アミバは就職はせず大学院に籍を置いたまま、モラトリアム生活を続けているのだが。
片やユダは誰が見ても綺麗な若者だった。
少女と見まごう美貌に化粧をして、爪にはマニキュアまでしている。着ている服やつけている時計、バッグまでもが女性向けのブランド品だったから同性愛者なのかといえばそういうわけではなく、たんに美しいものが好きという彼独自のポリシーなのだ。
ユダはどこにいても目立つし、友人になりたがる人間は多かった。しかし彼は自分が完璧と認めた者以外は近づけず、しかも気に入らない人間には容赦ない毒舌を浴びせることで有名だった。
ユダを特徴づけているのはこの高慢さで、多くの人間の忌避を買うには十分だったが、エキゾチックな美しさと相まって一部の人間にはひどく魅力的に映り、そのうちの一人がアミバなのだった。
アミバはユダを知っていたが、向こうはこちらを知らなかった。
知り合うきっかけになったのは産学協同のコンペだった。
自分にしか関心がなく見えるユダはその実、理工系の分野に興味があった。そして進化著しい人工知能やロボット工学のブースで、マニアックな質問に答えられたのがアミバだったのだ。
気が合うと分かったとたん、二人は急速に親しくなった。
このちぐはぐなコンビはもともと一個の貝だったように相性がぴったりなのだ。もちろん違う意味でも。
「ねえ話していたものを見せてよ」
ジュースを飲み干してしまったユダがさっそく催促してくる。
アミバの家の蔵には金満家の父が財にあかして手に入れた珍品の数々がぎっしり収められている。ユダが毎週末、来るのはそうした
「ちょっと待って。親父の書斎に置いてあるんだ。持ってくる」
アミバは一抱えもある分厚い大書を持って戻ってきた。
「ほら、凄いだろ」
ユダは感嘆の声をあげた。
「これ本物?」
「本物だよ。サザビーズのオークションで親父が手に入れたやつさ」
それは12世紀にヨーロッパの修道院で作られた新約聖書の彩飾写本だった。
ラテン語で書かれた文章を読み解くことは二人にはできなかったものの、図案化された精緻な飾り文字や細密な挿し絵など、見ているだけで溜息が出てくるような芸術品だった。
美しいものを愛してやまないユダは熱心に目で追っているが、アミバは友人の頬にかかる綺麗にカールした髪の毛を見ていた。
白いシャツから見える首筋や胸もとの、絹なんかよりもっとなめらかで艶やかな肌が男心をそそってやまない。
アミバはついに焦れて、ユダの手から写本を取り上げ、わきに押しやった。
「なあ、本は後でもいいだろ。いまは俺のほうを優先してくれよ」
「ここっていつ見ても変わってるよね。中世ヨーロッパの拷問室みたい」
「まーな。そのためにだけ作った部屋だし」
二人が入ったのはマニアックな性的好奇心を満たすためのSM部屋だった。
スチームパンクの影響はここにまで及んでいて、機械仕掛けの拷問台や、革や真鍮の拘束具が独特の雰囲気を醸し出している。
ユダはサイドボードに珍奇な人形のように並べられていた張形を手に取った。雁首がぐっと張り出し、胴の部分には波形の隆起が浮き彫りにされている。江戸時代、大奥の女中が愛用したという鼈甲製の逸品だ。
アミバを見て、ユダは意味深な笑みを浮かべた。愛らしい唇を開き、張形の胴に舌を這わせると、雁首をチロチロと舐めはじめた。アミバは自分が愛撫されたように、ぞくりとなった。
「そいつは後でたっぷり咥えさせてやるよ。下の口にな」
張形を取り上げ、ユダの服を脱がしにかかった。
「お前のために一週間オナ禁してたんだ。タンクが空になるまで、しゃぶり尽くしてやる」
全裸に剥かれたユダは革の拘束具で手首と足首を繋がれている。ボールギャグで口を
ユダは挑発するような、誘惑するような眼差しでアミバを見上げている。他人を見下す高慢さと、ベッドのうえで見せる淫奔さのギャップがたまらなかった。
ユダの足元に腰を下ろしたアミバは、指先でユダの両乳首をつまみ、しごきはじめた。ユダは「うううッ」と声を上げ、身を仰け反らせる。
「感じるだろ。お前、ここを
アミバの声は欲情にうわずっていた。
「でも、まだまだだぜ。約束どおり張形を味わわせてやるからな」
いかがわしい原色のボトルに入った潤滑液を会陰部に垂らす。とろりとした液体が双臀の狭間をつたい、うっすら口を開いている後孔に流れ落ちていく。
「ううー……!」
むりやり張形を挿入させられ、ユダはいやいやするように首を振る。
大奥の女性たちに愛用された性具は肉体の餓えを満たしてあまりある太さと長さがあったが、度重なる使用で拡張されたユダのそこが受け容れられないということはなかった。
「ん……ッ!、んんー……んッ!」
深浅強弱を変えて張形をあやつる。
張り出した雁首が内壁をこそげ、刻まれたうねが本物の性器では考えられない快感を与えてくるのだろう。ユダが汗まみれになってのたうつ様を見ているだけでアミバはイキそうになった。
「ああ……もうだめ。もう無理」
我慢の限界に達したアミバは張形を抜き、自分自身をユダの体内に埋没させた。アミバはうめいた。
(すごい、トロマンだ)
内部は熱くて、
「……!、……ッ!」
烈しく突き上げるたび、
(すげえ、いい顔。すげえ、そそられる)
キスがしたくなったので、ボールギャグを外した。ユダの唇の周りは唾液でベトベトだった。アミバは無我夢中で舐め、口中の唾液までも啜り取った。ユダは執拗な接吻から逃れようと顔を背けようとしたが、アミバは両手でがっちり固定して離さなかった。
「ああ、うまい。お前、うますぎるわ」
何十回となく突きまくる。
最後に腰を大きく打ちつけると、滾る奔流をユダの
「俺たちってさ。身体の相性抜群だよな」
毛布にくるまったアミバは快い疲労感を味わいながら、ユダをぎゅっと抱き締めた。
「……そうだね」
背を向けて寝ているユダはアミバの熱心さに比べて、なんとも気のない返事をする。
手足の拘束はそのままに二度目はバックで責め立てられたユダは疲労困憊といった感じだった。いつも、やりすぎたと思うものの、ユダを前にすると我を忘れて夢中になってしまうのだ。
「このまま、ずっと一緒にいられたらいいよな」
「…………そうだね」
さっきより、さらに気のない返事がかえってくる。ほんとうに気がないのか、ただ眠いだけなのか、よく分からない。
「俺たちってほんと相性いいもんね。他のやつとヤルなんて考えられないくらいにさ」
だから俺以外のやつとは寝ないでくれ、というニュアンスをこめてさらに話しかける。せっかくの逢瀬なのに、このままユダを睡魔の手になんか引き渡したくなかった。
「………………そうだね」
三度目のそうだね、はほとんど寝言に近かった。
「なあ、もう寝ちゃうのか?」
今度は返事がなかった。
本当はもう一度相手をしてほしかったが、ユダが疲れ切っているようなのでやめることにした。以前あまりに
アミバは片腕をそっとユダに回した。ユダが嫌がるそぶりを見せないので、こんどは自分の胸と相手の背中が隙間なく密着するようにする。ユダはおとなしく自分の抱擁に身を任せている。
アミバは笑顔を浮かべた。好きな人間が腕の中にいる幸福を噛み締めながら眠りについた。
刻んだ玉葱とピーマン、ソーセージをバターで炒め、トマトケチャップを混ぜる。温かいご飯を加え、全体をなじませる。さらに、熱々に熱した別のフライパンに油を引き、溶き卵を流し入れる。
頭にバンダナを巻き、エプロンをつけたアミバの動きにはまったく無駄がない。
シャワーを浴びてきたユダは彼のためにわざわざ買ったオーガニックコットンのタオルとバスローブをまとってリビングに来た。美味しそうな匂いに鼻をくんくんさせ、アミバの傍までやってくると手もとをのぞいた。
「オムライス?」
「そう。『マツコの知らない世界』でやってて食いたくなったから」
「ふーん」
ケチャップライスを卵できれいに包み、皿に移す。別の器には有機野菜のサラダと中華スープ。二人は
「美味いか」
「うん」
アミバは(よっしゃ)と心の中でガッツポーズする。ユダは食の好き嫌いがはっきりしていて嫌いな物は絶対に口をつけない。アミバはユダを喜ばせるメニューのなかにオムライスを付け加えた。
朝食が済むとアミバは流しで食器を洗った。
ユダは手伝わなかった。鏡を見ながらドライヤーで髪の毛を乾かしている。自慢の美しい手が水仕事で荒れるのが嫌なのだ。アミバもやらせようとしなかった。炊事や掃除や洗濯といった家事はユダには似合わないし、ユダに似合わないことはさせたくないのだ。
洗い物が済んでリビングに戻ってくると、ユダはラグの上に寝そべったまま手鏡に見入っていた。アミバは横に座り、ユダの足の爪にペディキュアを塗ってやった。その姿は女王様にかしずく下僕のようだったが、アミバは幸せだった。
「もう午後の1時か」
時計を見上げてアミバは呟いた。だいぶ時間が経ってしまったが、ユダを退屈させないデートプランは仕込み済みだった。
アミバとしては一日中部屋にこもってセックスしていたかった。だが、あんまりがっついて盛りのついた犬みたいに思われたくなかったし、それにユダを連れ歩いて、自分の綺麗な恋人を世間に見せびらかしたいという欲もあったのだ。
「なあ、このあと」
おもむろに口を開いたとたん、ユダのスマホが鳴った。
ユダは横着にも寝転がったまま電話に出ていたが、通話を終えると起き上がった。
「悪い。帰るわ。マミィが、ダディと三人でディナーに行くから家に帰って来いって」
「まっ……待ってくれ。送っていくよ」
引き留める間もなく出ていこうとするので、アミバはあわてて車の鍵を取りに行った。
ミニクーパーは買ったばかりの新車だったが、すでにスチームパンク風の魔改造がほどこされ、年代物のクラシックカーのように仕立てられていた。外装は古錆びた真鍮色で、シートも時代を経たように加工された革張りになっている。スピードメーターをはじめとする計器類もすべてアンティーク調のアナログ式というこだわりようだ。ただし、積んでいるエンジンは最新型だったから走行性は抜群だ。
二人が乗る車は瀟洒な邸宅が建ち並ぶ住宅地を走っていた。
ユダの家は富裕層が多く住む山の手とよばれる地域にある。文字通り、市街地を眺め下ろす丘陵地帯だ。
着いたとき、ユダは助手席のシートにもたれて眠っていた。
長い睫毛の影が白い頬のうえに落ちている。桜いろの唇はうっすら開いていた。あまりに可愛らしい寝顔に、胸がきゅんとなった。アミバは口づけしようと、身を乗り出した。唇が触れ合ったとたんユダが目を醒まし、瞼を開いた。
エメラルド色の清澄な泉のような瞳がアミバを見つめる。
「着いたの?」
どぎまぎするアミバにユダが訊いた。
「ああ」
「じゃあ帰るね」
シートベルトを外し、ユダが車から降りようとする。
「あっ! あとで電話するから。また来週な」
あわただしく週末の約束を取り付ける。ユダはまだなんとなく寝ぼけた感じで、うんうんと頷く。なんだか危なっかしい足取りで屋敷の門までたどり着くと、インターフォン越しに鍵を開けてもらい、なかに消えていった。
アミバはハンドルに顎を乗せ、上目遣いに屋敷を見上げた。
「いつ見ても、でかい家だな」
ユダの家は真っ白な外観をもつ洋菓子みたいにおしゃれな洋館だ。
白い石壁のこちら側にまでブーゲンビリアの花があふれ、枝垂れている。明るい色彩の花々が咲きみだれるさまは、清潔で健康的な家人の暮らし向きを想像させた。ユダの両親は息子が友人と淫靡な遊戯にふけっているなど思ってもみないにちがいない。
アミバは昨夜のことを反芻しながら、ご破算になってしまったデートプランを思い返し、次こそはより完璧でスウィートな一日にしようと決心した。