/1 車中
「えーっ、もういいでしょー! 何回目だよー課長さん!」
「駄目だ。何回でも言え、鈴谷」
窓の外を幹線道路のオレンジ色の外灯が過ぎ去っていきます。
黒塗りハイヤーに乗る前は少しだけ緊張していましたが、隣の課長さんがあーだこーだとウルサイのでそれもなくなりました。
「はいはい…………。えーじゃあ、一! 猟奇的性倒錯な関係を求められたら、とにかく一切の関係を断つ! 二! 人間社会の枠組みを逸脱するような艦娘の力は使うな! 三! 自分が元帥と提督の艦娘だということを忘れるな!」
もう何度同じことを言わされたか!
「そうだ。それと、会話に元帥や提督が潔癖だということは必ず紛れ込ませろ。あとから考えても失礼にならないようにな」
「もうわかってるってば~~~~! ほんとオトナって地位が高くなるとどうして話が説教臭くなるかな~~! 心配しすぎだよ! ちゃんとするって!」
わたしは、ぼふっと背もたれにもたれ掛かりました。
……隣の説教くさいオジサンは、内務省の地方局行政課長さんと言います。地方局っていうのは地方自治に関することがお仕事なのですが、このオジサンは色々あって艦娘によくしてくれます。
そしてこれから、鈴谷はこの課長さんの紹介で、内務省の警保局保安課長さんに会います!
警保局っていうのは全国の警察官十数万の中で一番偉い組織です。これから会う、保安課長さんはその中のナンバーツー! まーつまりとってもえらいんです! 同じ内務省の課長でもうちの課長さんとは、ぜんぜんえらくて別格なんだってさ!
内務省って言うのは変な官庁で、他の省庁が時代錯誤だからって自発的にやめた高等官(専用)食堂というのが残ってるし、他の官庁が一省設けてやるところを一局の人員でやれることを誇りにしている変な人達が集まっているところです! 四十六府県のお知事さんや県警察部長の人事、また元は内務省の一局だった厚生省、建設省人事も握っています。行政に新しい分野が望まれるとお腹を痛めてぽこんと生むのが内務省! 最近では消防などを統合した災害対策のための危機管理局なんかが作られました! うちの課長さんも、偉くなったら艦娘による艦娘のための艦娘局を作ってくれるって言ってたので期待してます!!(嘘
つまり、内務省はそういう何でも屋さんなので鈴谷達もお世話になっているワケ!
でもどんな偉くて変な人達も、鈴谷の魅力にかかればちょろちょろですわ!!
うひひ。
「で、でもさ? 課長さんさあ~~? どうしてもっていうことはあるじゃない? 大人の世界にはさあ! ほら鈴谷ちゃん、かわいいし? ちょうかわいいし? お願いッ、一度でいいからって言われたらぁ~ん」
と、ちょっとからかってみると、
「一切禁止! 例外なしだ! いいか! 一部の乱れた上流階級には性倒錯者同士の横の繋がりがある! もし一度、おまえがそんな風な身体の許し方をしたら! 同好の士の間で噂はあっという間に広がるぞ! どういう風に広がるか分かるか? 〝艦娘は好きなだけ切って叩いても死なないオンナだ、たまらん儂にも回せ〟だ! もしおまえがそんな身体の許し方をすれば! おまえの仲間達が〝そう〟見られるんだ!!」
なんて、マジギレが返ってきました……。
うへー!
な~んかナーバスなのは、わたしより課長さんだよね。
言ってることは分かるけど……。
無理もないか。
無理ばっかり言ってるもんね。
ごめんね、課長さん。
「ごめんごめん、ちゃんとわかってる。でも、保安課長さんってそういう人じゃないんでしょ?」
「ああ。人並みには女好きだが、そういう趣味はない人だよ。だから会わせる。しかし、艦娘が倒錯趣味の対象としてこれほど都合が良いということが分かれば、どんな風に口ききされるかわからんのだ」
「…………その課長さんと、うちの課長さんはどういう関係なんだっけ?」
「先輩後輩さ。俺が某指定一等県で事務官やってたころ、先輩は警務課にいた。同郷ってわけじゃないが縁あってだいぶよくしてもらったよ、面倒見がいい人だ」
そ、そう言う割には脅かすよね~~!
この課長さんは艦娘のことになると目の色変えるんですよ! 鈴谷達のこと大事に思ってくれるのはありがたいけど、ちょっと過保護だよねえ!
……ま、しょうがない。
鈴谷はお世話になってる身です!
それも課長さんにはそうそう返せない御恩を受けておりますからね!!
湾岸線に乗りました。
目的地の料亭までもうそんなに遠くはありません。
「ねえねえ! そういえば、この前大和に会ったらねえ、提督と一緒に偉い人と会議したって言ってたよ。なんか大和すごい燃えてたんだけど! 課長さんがセッティングしたんでしょ?」
「ああ。地方官会議帰りの知事とっ捕まえて、あと市長と鎮守府長官、磯子園に呼んでな。〝内地雑居〟の話をさせてもらった。みんな艦娘に理解ある人達だから、よろしくお願いしますってだけの話だけどな」
「ふ~ん……」
来年度から、わたし達はY市市内であれば好きなところに居住できるようになります。今までは、みんな鎮守府か内務省指定の官舎で寝起きしていて、外泊には許可が必要でした。それがなくなって自由に住まえようになるので、通称で〝内地雑居〟と呼ばれています。
もし艦娘が人間と同じように暮らしたいと思っても、今の私たちには叶いません。
それが今日、鈴谷が偉い内務官僚さんに会いに行く理由です。
「ま、大和が大変なのはこれからだ。当分、市内県内の自治会めぐりで頭を下げなきゃならん。大和も、あのトレードマークの赤いミニスカを封印してスーツを着る。挨拶に行った自治会のご婦人方の臍を曲げる訳にはいかんからな!」
「……えっ、ほんと? 毎日スーツ着るの? 課長さん、無理言ってないよね?」
「当たり前だ。この前男連れてわざわざ新調しにいっとったよ」
「そ、そっかぁ……」
すごいな~大和は。
たまのお洒落なら楽しいけど、毎日スーツなんか着させられた日にゃげっそりだよ。
駆逐艦の子達なんか、可愛い服着させられてもいつの間にかあちこちに脱ぎ捨ててるしね!
艦娘の服って自分の身体の延長みたいなものだもん。
それでも大和が艦娘の服を脱いでスーツなんか着て、人間に頭を下げる仕事にやる気満々なのは──
「やっぱ愛ってことなのかな!!」
「あん?」
「艦娘ってさ、愛があると自分でも知らない力がわいてくると思うんだよね!! 毎日、窮屈なスーツなんか着させられてたくさんの人と会ってぺこぺこして、そんなこと他の艦娘にできないもん! この前の大和の大怪我だって全治半年だったのに二ヶ月で直しちゃったじゃん?! そんなの艦娘鎮守府が全盛期だってなかったよ! みんなチマチマ痛いの我慢して治してたもんね!!」
「いきなり何の話だよ?」
「だから! 〝内地雑居〟だって! 〝内地雑居〟が実現したら好きな人と一緒に鎮守府の近くに住むんだってさ! 大和照れながら言ってたよ! 自分の仕事が愛する二人のためになるなんて、すてきだよね~! あこがれるな~鈴谷も!」
「ああ、そういうこと。鈴谷らしい、奇抜な発想だな。まあそれはいいが、口でなんと言っても大和は仕事に私情を持ち込まんぞ。そこはわかってやれよ、仲間なら」
は、はあ~~~~?!
なに?
なにを言ってるのこの人??
「きっ、奇抜じゃないでしょ! 普通でしょ! そ、それに、大和は本気で言ってたし! 私情を持ち込むとかじゃなくて、愛が艦娘の原動力になるの! 大和すごいきらきらしてたよ! 課長さんも見たでしょ! 人間にへこへこする仕事をあんな楽しそうにできる艦娘他にいないんだよ!! わかってんの!!」
「はいはい、そうだな」
こいつぅぅぅ!
きぃえええええええ!!
「──チッッ!!!! チッチッチッ!! そんな鈍いっからカチョーさんいまだに独身なんだよ!! そんなだから文月に、〝課長さんの話ちょっとクドいな~~~~〟なんて言われるんだよ!! 文月にクドい言われるって相当やばいんじゃない!! やばいよね!! やばいやばい!! やーばーい!!」
「てめえ、人が気にしてることを……。おまえ、俺が縁談を断るのにいかに苦労しているかの話をしてやろうか?! そうだ、この前なんか元帥のご令妹のお孫さんの」
「ストップ! 話長い! 課長さんは壁に向かって話してればいいんだよね!!」
……課長さんのいいところは、わたし達相手でも全然遠慮がないところです。
変な話かもしれませんが、それはとっても貴重なことなのです。
「後で覚えてろよ鈴谷…………。あ、運転手さん、次の次の信号左ね。あ、わかってる? こりゃ失礼」
と、ご到着です。
なんだかんだでうちの課長さんのナーバスをちっとは解消できたようで鈴谷満足っすよ!
第一、今日喋るのはすずやんなんだからさ~~。
課長さんがあれこれ心配しても仕方ないっしょ~~~~!
この鈴谷さんに。みーんなまっかせないって!
/2 提督への想い
ハイヤーは料亭の前で止まりました。
地面に足がついたとき、うちの課長さんもすっかり官僚モードです。
課長さんはお内儀さんと顔なじみのようで、ツーカーで奥まった座敷まで案内されました。
「呼んだら入れ」
「はい」
縁側。障子の前。
課長さんは小声でそうわたしに耳打ちすると、中に声を掛け、膝をついて障子を開けました。
「ご無沙汰しています、先輩! いや、もう閣下とお呼びしなければいけませんか」
「おう入れ入れ! まあ堅いことは言わず昔のように一杯やろうや!」
「はい」
「なあ酒入る前によ、しつこい話で悪いけどよ、おまえさんやっぱり警保局に来いよ。地方局なんて学者崩れに任せて、おまえみたいに人あしらいが巧いのは────」
そこまで聞こえて、ピシャッと障子が閉められました。
……前口上は長くなりそうです。
鈴谷の心持ちは定まっていたので、なんとなく外を見ると、初夏のおぼろげな空気に綺麗な月と火星がぼんやりと並んで浮かんでいます。
ガラス張りの縁側になんとなく正座をして空を見上げました。
誰も居ない、夜の空気の縁側。
独りで見る月。
……。
……ずっとずっと昔のこと、鈴谷は提督と二人で同じ月を見上げたことがありました。
まだ、提督が艦娘鎮守府の提督だった頃です。
夏祭りの日。みんなが街に繰り出して、なのにわたしは当直で独り寂しく埠頭で月を眺めていました。そこに何故か提督がきて……街の明かりでよく見えない星空を肴に、提督は鈴谷にたくさん話をしてくれました。見習い時代に天測で大失敗した話。駆逐艦から艦娘を初めて見たときの艦内の大騒ぎの話。提督の失敗談を、たくさん聞かせてくれたんです。
楽しかった。
そうしている内に、目の前の海の沖合から、花火が打ち上がりました。それで初めて埠頭は花火を見るには特等席なんだと気づきました。「ああ、だから提督ここに来たんだ」とわたしが言うと、提督は笑って答えませんでしたが……。
花火が穏やかな海にキラキラと光って、本当にきれいだった。
空の花火とみなもの花火の鏡写しがこの世のものとは思えないほどに……。
……だからかもしれません。
提督が言ったんです。「俺は子供の頃、軍艦の艦長になりたかったんだ」って。花火の爆音に混じっても、はっきりと聞こえました。
その時はなんとも思わず、提督は海軍軍人なんだからいくらでもなれるだろうって勝手に思っていました。
ですが後から考えると、その意味がわかりました。たぶん、あれは失言だったのだろうと思います。
提督はその後、何年かして異動になりました。けれど、一度も艦長を経験せず、それどころか船に乗ることすら二度とないまま、少将になりました。ただの一度の艦上勤務もしていないのです。艦娘鎮守府を離れても、艦娘のアドミラルになった提督に求められたのはキャプテンとして海に出ることではなくて、内地で安全に長生きしてもらうことだったのです。だから欧米視察にもなかなか行かせてもらえず、在外公館付武官にも随行員にもなれず、軍令畑のキャリアからも外れました。
……子供の頃の夢をつぶやいた提督に、どんな思いがあったのか。失言でしかネガティブなことをもらしてくれない人のことだからわかりはしません。
今でも、あのときの提督の顔が思い浮かびます。
艦娘のために、たくさんを諦めてくれた大人の顔。
わたしにだけ漏らしてくれた心の声。
わたしにだけ教えてくれた、提督の本当の素顔。
今でも覚えている、そのときの胸の甘い痛み。
提督のどれもが、狂おしいほど愛しくて、
いとしくていとしくていとしくて、わたしは────
「──鈴谷、入れ」
「……はい。失礼します」
開けた障子。わたしの頭をいっぱいにしていた提督は、部屋の明かりで消えました。
「艦娘の鈴谷です。先生、お目にかかれて光栄です」
「なんだおまえ外に待たせて居ったのか! かわいそうなことするのお。儂のことは伊澤から聞いて居るかな。ま、はやく入りなさい。そして顔をよく見せておくれ」
「はい」
伊澤は、うちの課長さんの名前です。
「おお、噂に違わずめんこいのう! 儂は古い人間だからかな、昔の軍艦の名前を冠したこんなに綺麗で若い娘っ子が戦争していると言われても、いまだにピンときていなかったのよ。しかし、こうして面と向かってみると分かるものがあるな。単純な女性らしさとは違う美しさだ。神々しくすらある」
「ありがとうございます、先生。……それはお褒めのお言葉ですよね?」
「はは。もちろんそうだとも! 今日は艦娘の話を仰山聞かせてくれるそうじゃあないか。楽しみにして居ったのよ! 伊澤のケチはこれまで全く艦娘と会わせてくれんだからの! まったくまったく…………。おぉい、酒!」
「鈴谷」
……はいはい!
ていうかね、鈴谷だってね~~~~ッそう手取り足取り指示されなくてもお酌ぐらいできるんですよ!!
/3 鈴谷の大見得
「はっはっはっ! しかし儂もSFを多少は読むんだ。それで常々思って居るんだが、艦娘が人間との間に種を残せないなら、本当は対になるオスの存在が別にいるんじゃあないのかね?」
「は。それは当時の内閣の時分に相当やったようです。結果、今の地球の何処にも艦娘の〝オス〟は存在しないということだけがわかったようですが……」
おじさん官僚二人と鈴谷さん一人の密会は意外に楽しく盛り上がりました。
わたしは保安課長さんの隣に座ってお酌。
まあ、さっき人あしらいのなんたらと言ってただけあって、話がうまいのよね! これは芸者さんにモテるんだろな~! ああっ、でもお尻は触ったらだめっしょ!! もうあてくし四回も触られましてよ!!
……とまあ、そんなセクハラと回りくどい外堀埋めに耐えて耐えてようやく、
本題に入りつつありました。
「しかしなんだな。聞けば聞くほど、儂にはわからんよ」
「と言いますと」
「鈴谷くんに、アスリート並の身体能力があるのはわかった。度胸や協調性がある理由も理解した。軍人より実戦経験が豊富というのも信じよう。それはいい。だが、なぜ警察畑に来ることを望むね? 聞けば聞くほど鈴谷くんは軍にいた方が活躍の場は多いだろうにと思ってしまうな。荒事の作法一つとっても軍と警察ではやり方が違うよ。軍も艦娘を手放したがるまい。それとも、軍人が嫌になったのかね?」
ここからです。
鈴谷は、オトナと腹芸を競いに来たわけじゃないからね!
距離を取り、居住まいを正して頭を下げました。
「先生。鈴谷に不躾な言い様をお許しいただけますか」
「ああ言いたまえ。そのために、君は儂の時間をとっているのだから」
「では、失礼致しまして……。まず、警保局、保安課の艦娘に対する取締りはいまだ不当であると存じます」
「鈴谷!」
制止する声。
も~~うちの課長さんはぁ……。
「言わせろ。過保護は本人のためならんぞ、伊澤」
「……ありがとうございます、先生。先生もご承知の通り、艦娘の存在理由は深海棲艦の撃滅でありました。しかし、その仕事も人間が、海軍が代わりを務めつつあります。私の仲間達も、深海棲艦の撃滅ではない、それぞれの人間社会での生き方を探し始めました。ヒトの男性を愛する者も多くいます」
「喜ばしいことだ。艦娘の非人間的な戦争の仕方は聞いて居るよ」
「はい。艦娘は変わりつつあります。変わろうとしています。……ですが。それまで府中が定める官舎に住まっていればよかった時代には気にせずにいられた様々な障害が、今、艦娘を縛り始めています。一番大きいのは、特高作成の全艦娘が記載されている要視察リストです。皆が鎮守府か官舎に集まっているこれまでならば、特高との連絡も負担ではありませんでした。しかしこれから艦娘の居住が自由になれば、思想犯同様の取締りはこれから艦娘が人間と暮らす上で大きな障害となります。また、警察の持つ様々な許認可権上の区別は、政府の掲げる人間と艦娘の共生の方針に明らかに反しています。それぞれ一つ一つが艦娘が人間社会に溶け込むうえで生涯の禍根となる障害です。今日、私は、それをわずかなりとも改めたく先生にお力添えをお願いに参りました」
艦娘の保安に海軍憲兵が関わることは表向きありません。
特高の専権です。
そして特高は、艦娘を思想汚染、「若者のはしか」から守るべく、全艦娘の性格性向から交友範囲、筆跡まで全ての情報をリストにしています。
その特高の元締めが保安課です。
艦娘は、改正治安維持法の対象なのです。
「儂にどうしろと言うのかね?」
「私を、警察でお使いください。軍にも、自治体にも、地方局にも、地域にも、艦娘を理解してくれる方々がいます。しかし軍と並んで艦娘と接することが多かった警察とは、これまでとても疎遠でありました。また艦娘の側も毎月会う県警特高の方にすら好意的に接することができません。そこで私は自ら進んで仲間達に範を示し、艦娘こそが社会秩序を守る一助になるのだと、私たちの特異な力がこんな風に功利に叶うのだと言うことを、人間に、仲間達に証明したいのです! ……先生! どうか、私をお引き立ていただけないでしょうか!」
わずかな沈黙。
「…………鈴谷くんの言い分に、儂も言いたいところがある。が、それは今は目を瞑ろう。鈴谷くん。艦娘の特異な力を社会秩序に役立てると言ったが、それは決して綺麗な意味ではないということを理解しているね?」
「はい。理解しています」
「理不尽な目に遭うことも多かろう。ヒトの二倍も三倍も実績をあげて、ようやく人並みに認められる。君たちにとって出世の道は茨の道だ。艦娘だから認められないという泣き言は誰も聞いてくれない。それでも引き立てろというのかね?」
「はい。先生は、艦娘を見くびっておられます。待つこと、我慢すること、理不尽な目に遭うこと、それが何年とやってきた私たち艦娘の仕事です。目を疑うような不条理な巡り合わせで仲間を少なからず失いもしました。それでも、それなりに楽しくやってきたのです。仲間達と、私たちを支えてくれる多くのヒトたちのおかげです。そのすべての人たちに、私は私なりのやり方で恩返しをしたいと考えています」
保安課長さんは唸って黙り込みました。
ちらっとうちの課長さんの方を見ます。
……顔に出しませんが、絶対はらはらしてます。大見得切っちゃったかな? ごめんね! でも、課長さんには特別感謝してるんだよ! 恥ずかしいから言ったことないけど!
「どうだろう、伊澤」
「はい、先輩。私からも、どうか鈴谷をよろしくお願いします。今はこいつ、猫をかぶっていますが先輩にはご迷惑をお掛けすることになるかと思います……」
余計なこというなよ~~!
「よいよい。では決まりだ。鈴谷くん、大いに働いてもらうよ」
「ありがとうございます、先生」
「決まったらからには、これからは儂のことは萱場と呼びなさい。天真爛漫なのも知っている。猫はかぶらんでよいぞ。その方が儂の好みだ」
「はい、萱場さん。………………じゃ・な・く・て~~~~! いいの、萱場さん! そんなこと言われたら鈴谷ほんとに猫かぶらないんだよ!! もうさっきから肩凝っちゃってこっちゃって!」
ぽかんとしたあと……萱場さんの爆笑で、場がゆるみました。
お仕事、半分終了。
えへへ。
あ、と思ったらうちの課長さんがピキってます! マジで青筋立ってる! ビクンって動いた! きも! きっもー! 絶対こっちの方が笑えるって!!
……まあちょっと格好つけすぎたかな? でもこのぐらい言っても許されるよね? 前半は本心だし!
大体、既に提督と萱場さんとうちの課長さんで話はついてて、この一席は儀式みたいなものです。
萱場さんは銓衡任用(政治任用)ポストの警保局長を狙っていて、提督にはパトロンの元帥。
内務省みたいな強大かつ広範な職掌と高等官人事を握っている官庁が、政治と軋轢を起こさずにいられるのは、銓衡任用で政治が官庁の中にまで浸透しているからです。もちろん弊害もあります。だから改正文官任用令が局長級の銓衡任用を認めているのは内務省の一部だけです。
だから、萱場さんが警保局長になるには政治が必要なのです。
鈴谷は、政府の艦娘処遇改善の方針と内務省に再来した政党化の流れ、それに提督の元帥のご威光の間を縫って、今ここに居ます。
この人達から見れば鈴谷は所詮小娘で、その見得では何も変わりません。あとであんな大見得切らなきゃよかったと、もしかしたら後悔するかもしれません。
それに来年度までにわたしが挙げた問題が解決することは決してないでしょう。でもそれでいいのです。急いで何かを変えられるとは思ってないんだから。
わたし達には、時間があります。
〝わたし達〟には…………。
…………ま、しかめ面しい話はどうでもいいとして!!!
すずやんの手腕をちょっと見てなさいって!
鈴谷にまかせるとなんでもうまくいくな~~~~すごいな~~~~って、みんなに言わせて見せますから!
/4 初夜
その後は萱場さんと鈴谷の身体の距離は一層縮まりました。
色々覚悟していたのですが、距離が縮まった分むしろ紳士的です。嬉しいな~。
「またまた~~~~萱場さん嘘ばっかり!」
「おいおい儂は嘘は言わん。儂らとて、思想かぶれの道楽息子、放蕩娘は銀行でも襲わない限りしょっぴかんのだぞ。あれらに比べて、艦娘は品行方正に暮らして居る。もちろんその行状を監視するのはやむを得んことだが、寝た子を起こすようなやり方は儂は好かんよ」
「じゃあ課長さんの鶴の一声で、ぱぱっとみんな改善してください!!」
「それはキミ、儂の一存ではなあ!」
「あ~~~ほら、ちょっと~~~~萱場さんぜったい私に適当に合わせてるだけっしょ~~~~鈴谷昔から思ってたんだけど、ほんっと警保局のひとって艦娘に冷たいよね~~~~!」
ちょっと調子に乗って絡んでみても鷹揚に流してくれます。
う~む、これはすずやん的に悪くないです。
さすが偉い人です。えらいです!
そうしている内にお時間が来ました。
萱場さんとうちの課長さんは、非右翼系の宗教結社の台頭について情報交換したあと、示し合わせたように文部省の悪口をさんざんに言い合い貶しまくって会話を終えました。何故か知りませんが二人とも文部省が嫌いみたいです。そういえば艦娘の教育も内務省が仕切ってますね?
萱場さんが立ち上がったので、わたしはお側に付きました。
「鈴谷、お送りしなさい」
「萱場さん顔真っ赤だよ~大丈夫?」
「いやあ、大して酔ってないんだがね! すぐ顔と脚に来るんだ! いや、酔ってない! 酔ってないんだが!!」
「先輩は地方官時代、酔って知事の禿げ頭を撫でまくった前科がある。大変な大騒ぎになったもんだ。だから、丁重にお宅までお送りしろ」
「あははは!! うっそなにそれ!!」
「ありゃ~~えらいことだった、らしいなあ。儂覚えとらんのよ」
「あはは萱場さん他人事じゃん!! ロックだねえ! 萱場さんロックだねえ!! 保安課長がロックってやばいじゃんねえ!!」
そして回してもらったハイヤーに萱場さんを押し込んで乗り込みます。
去り際一瞬、うちの課長さんと眼が合ったので笑って見せました。けれど、課長さんは、笑いませんでした。
ハイヤーが到着したのは東京湾を望む、お洒落なマンションです。
鈴谷は今までこんなところ来たこともありません。
「萱場さんこんないいとこ住んでるの?」
「〝別荘〟、別荘」
その言葉の通り、部屋の中はあまり生活感がありませんでした。
オシャレな内装とインテリアは揃っていて大きなベッドもあります。
気づかれないよう鼻をきかせてみましたが、血の匂いもクスリの匂いもしません。よかった。
あ、でも、わずかにアロマの匂いがする。あっ、ディフューザー。アロマはわたし、眠くなっちゃうんだよね…………。
「ん? 鈴谷もアロマ好きかい」
めざとくわたしの視線に気づいた萱場さんは、鈴谷にコーヒーを渡しながら言いました。
「あ~~~~……ううん。アロマってリラックスしすぎて眠くなっちゃうんだよね! 知ってるくせに、この前も他の艦娘が部屋でアロマ焚きだして、もう勉強にならないから寝ちゃったよ」
「わはは! そりゃいい! これは儂が持ち込んだものじゃないんだが意外と楽しくてそのまま置いているんだよ」
と言って萱場さんは棚から精油の小瓶を取り出しています。
……。
げ……まさかのオリエンタル系じゃん。
一番眠くなるやつ。
止めるまもなく、萱場さんは数滴落として……ディフューザーをつけました。…………甘ったるい匂いが鼻に入って……殴りつけられたみたいに、頭がくらっとしました。
「や、やっぱりダメ。……とめて! か、萱場さん、鈴谷、本当に眠くなっちゃうから……ダメ」
「いいじゃないか。儂はそんな風に楽しめんから羨ましいぞ」
猛烈な睡魔が襲ってくる。
こ、この人……。
掌の中のコーヒー。
マグカップの中の、オレンジ色の光に当てられた鈴谷の顔。
薄暗さ。アロマの匂い。
蒸し暑さ。
「か、萱場さん、私…………」
身体が傾く。
なんとか、こぼさないうちにカップをサイドテーブルに置けました。
「本当に寝ちゃうよ、ばか……なんのため、わたしは…………」
「少しの間お休み、鈴谷」
鈴谷の意識は、瞼が落ち切る前に、重く沈んでいきました。
まどろみ。
眠りから目覚めると、
アロマの香り、蒸し暑い部屋。
部屋の天井には間接照明のオレンジ色の明かりが右手から差し込んで波をうっています。
見覚えのある部屋。
提督が、どこからか名前を呼んでいます。
何度も何度もわたしの名前を、〝鈴谷〟を、呼んでいます。
なぜかはわたしは焦っていて、声を出そうと何度ももがいて、それでも声が出なくて……。
「提督っ!」
声が、出ました。
そしていつしか本当に提督が目の前にいたのです。
「提督っ! 提督!!」
……鈴谷は、ずっと提督の近くにいたかった。
本当は言いたかったこと。
言えなかったこと。
もう、言えなくなったこと。
鈴谷はずっと提督と花火を見ていたかったのに。
提督は、あのころのまま、笑っていました。
「提督………………鈴谷ね、ずっと提督のことが好きだったんだよ」
まだ若い頃の提督。
頭がおかしくなるぐらい好きだった。
夜、ベッドの中でどれだけ自分を慰めたことか。
「いままで一度も言えなかったけど、好きだったの」
この人が好き。
狂ってしまうぐらい、好き。
「みんなは提督のこと、お父さんみたいって思ってたし、そう言ってたよね。守ってくれて、頼りになって、間違えたら叱ってくれて、導いてくれる。〝理想のお父さん〟。でも……わたしは、鈴谷は…………提督のこと、お父さんみたいだなんて思ったこと一度もなかったんだよ。わたし……最初から、初めて会ったときから、提督が好きだったんだもん!」
提督が、歩み寄ってくる。
「でも、言えなかった! ずっと好きだったのに! わたしだけがはじめから好きだったのに!!」
「鈴谷」
「だって、だって提督は熊野がッ」
「言うな」
提督の力強い両腕が、わたしを抱きしめました。
それだけで今まで感じたことない幸せで頭がいっぱいになって……。
「すまなかった、鈴谷」
「ほんとだよ! ずっと、待ってたんだよ! 何年も何年も、ほかの艦娘よりもずっと我慢してたんだよ!! 提督ずるいじゃん! ひどいよ!! わたしたちのこと娘みたいに平等に大切にしてさ!! そんなのいやだよ! どうしようもないじゃん! わたしは提督のままの提督が好き! 一緒に花火を見た提督が好きなの! お父さんなんかじゃない! あの時みたいに、わたしの傍にいてよ!!」
涙が止まりません。
ずっと言えなかったこと。
〝大好き〟ってそれだけのことなのに。ずっと言えなかった。
「ごめんな」
「もっと、強くぎゅってして……バカ提督。卑怯だよ。半端に優しくしてさ、嫌いだよ…………」
でも…………。
提督に抱きしめられると幸せで頭がチカチカします。
全然だめなんです。
鈴谷は本当に提督が好きなんです。
だから、本当は、こうしてしてくれるだけで幸せ…………。こうしてもらえるだけで、どんなことにも…………。
「鈴谷」
顎を、持ち上げられました。
そして提督の顔が近づいてきます。
……て、提督? そこまでいったら浮気じゃん? 鈴谷のために、浮気してくれるの? 裏切ってくれるの? わたしのために、お父さん、やめてくれる?
胸が甘く高鳴って、
そっと目をつぶりました。
ですが…………。
待ち望んだ唇の感触はやってこず、わたしのおでこに生温かい唇が触れました。
「て、提督ぅ…………」
「うわはは! 泣きそうになるな! まったく鈴谷は、いじめられてるときが一番かわいいな」
「しッ、してくれないの?」
「どうしようかな……」
言いながら、提督の手がわたしの胸の膨らみに伸びました。
「あっ、こら! そっちじゃない! そっちは触っていいなんて、鈴谷は……!」
その指がわずかに胸をなぞると、服なんてないかのように電流が走りました。
性感帯に直接触れられたような、強い刺激。
「あッッ、だ、だめだってッ!」
「鈴谷の胸を触らせてくれたら、代わりにキスしてやるよ」
「そ、そんなの! どっちも提督の得じゃん!! ばか! あほ!」
「そうか? 俺はどっちも鈴谷の得だと思うから……試してみるか?」
「だめだめだめ!」
だって、そんなこと、わかりきってるじゃん……。
「あっ」
提督は、最初にキスをしてくれました。
嬉しい……。
提督のキスは、最初から遠慮がありませんでした。わたしが目を白黒とさせているうちに、提督の舌が鈴谷の口内を舐りました。わたしが口の端からたれる唾液を拭おうとして胸を押し返しても離してくれず…………。
息が苦しくなって無理矢理艦娘の力で押しのけた瞬間、提督の指がわたしの胸を鷲づかんで、火花がはじけて、頭が真っ白になりました。
「お、おい……大丈夫か。感じすぎだろ」
背筋をゾクゾクとさせ一瞬惚けたわたしを見て、提督が焦り気味にいいました。
ちょっと、恥ずかしい。
でも……。
「だ、だって、ずっと待ってたんだもん! 我慢してたんだもん! わたし、提督のためならなんでもする…………。だから、嘘でもいいから、鈴谷のこと……」
提督はわたしの身体を右腕で抱き寄せると、感極まったように左手でおっぱいを揉みしだき首に舌を這わせました。わたしの身体はとっくにおかしくなってて、提督の指がわたしの身体を布地の上から下になぞられていくだけで、首筋に汗が滲みました。もう何も考えられなくなって、気づいたときには、提督に抱き留められてだらしなく開いた口に唾液を流し込まれながら、わたしは胸をもまれて身体を震わせ続けました。
どれだけの間そうされていたか……。
気がつくと、寝台に横にされました。
提督に触れられた場所はすべて性感帯みたいになって、わたしを運ぶために触られたふとももですらもどかしいです。
すごく蒸し暑い。
提督はタオルを取りに行きました。
中のシャツが汗でぐっしょりです。
恥ずかしいな……。
でも。
恥ずかしいけど。
提督はきっとそんなことちっとも気にしません。
だから、いいや……。
……。
遅いな……提督。
わたし、ずっと待ってたんだよ。
もうこれ以上、待たせないでよ……。
うっすらと、眼が開きました。
滲む視界。
頭がぼんやりする。
部屋の天井には、左手から間接照明のオレンジ色の明かりが差し込んで波を打っていました。
「ぁっ……」
自分の肺から漏れた声。
胸が……熱い。
けだるい首をわずかに上げて下を見ると、上着もシャツも脱がされて、ぺったりと乳房に張り付いた薄いブラがぬらぬらと光っています。
なんだろう? なに……? 提督…………?
ヌッと、右側から手が伸びてきました。二つの乳房が、根元からマッサージするように揉み上げられていきます。
鈍い快感。
ねっとりと優しい手つき。
提督は、ほんとうに鈴谷をいじめるのが好きだね……。
おっぱいもうとっくにできあがってますよ、おにーさん。
もう鈴谷のことはいいから、提督を気持ちよくしてあげたいな……。
そしてその手が、ゆっくりとブラをずらしていきます。
乳首はいつもの二倍ぐらいぴんぴんに勃起していて、提督を誘っていました。そして人肌に温められたオイルが乳首に垂らされて、てらてらに艶めかしく光っています。我ながらエッチなおっぱいだよ……。
指はもどかしいまま、なかなか強くはしてくれませんでした。
乳首に触れるか触れないかぐらいで散々に焦らした後、
またおっぱいの根元からマッサージを始めました。
根元に親指が当てられる度、股が震えます。親指がじわじわとおっぱいの稜線を上がっていき、乳首までのぼるころにフッと離れるのです。何度も何度もそれが繰り返されました。親指が根元に戻ってくる度、おっぱいが熱くなります。焦らされすぎの乳首はわずかな風の動きすら感じてしまいます。
切なさで腰とお尻がたまらず動いてしまいます。
それでも手は乳首を触ってくれず、オイルがまた乳房全体に塗られていきます。
そして牛の乳を搾るように、掌全体で乳房を下から揉み上げられると、身体全体から汗が噴き出ました。鈍い気持ちよさと性感で胸がいっぱいになっています。乳首も、今まで見たことないほど尖っていて……。股の方は自分でいじりたくなるほど熱くぬれていて……。
もう、我慢できませんでした。
「いじってよ……」
おっぱいは、乳首がかたくかたく尖ってお椀になっています。
はやく、触って。
手は、わたしの言葉なんて聞こえなかったようにまた根元から焦らして。
乳首は期待で赤く真っ赤になっていて。
指がそれまでの優しい手つきとは少し違って、きゅっと強く乳首の先を抓んだとき、わたしは声もなく達しました。
真っ白に飛んだ視界が徐々に戻り始めたとき、
鈴谷の荒い息だけが広い室内に響いていました。
「乳だけで潮吹く女は初めてだわい、淫乱な娘だのう」
萱場さんの声。
……。
わかってました。
でも、もしかしたら夢の続きが見られるんじゃないかって…………っ。
都合の、いいことを……。
馬鹿な艦娘。
頭を吹っ飛ばされなきゃ直らない、って……。
「……想い人かね?」
泣く気なんてなかったのに、知らず眼から涙が零れてしまっていたわたしに、萱場さんは言いました。
「みんな知ってて、わたしにあの匂いを嗅がせたの?」
アロマの匂いは、鈴谷が提督と仲間を裏切ったときの匂い。
もう鼻の粘膜にはあの甘ったるい香りは残っていないのに、頭の中で匂いが日々ハウリングしてどんどん大きくなり、もうわたしには手に負えずどうにもならない。
「そんなつもりはなかったのだがね……。直に鈴谷と会って、試してみたくなった。泣かせてしまうつもりは、なかった」
「いいよ。身から出た錆だし……。でも、萱場さんやっぱロックだね! 向こう見ずだよ! わたしが暴れ回ったらどうするつもりだったのさ…………っ」
止まらない涙を拭い、上半身を起こしながら鈴谷は言いました。
泣く鈴谷に、萱場さんは少し困っているようです。
もう。お馬鹿さんです。
「すまんの。お詫びに、鈴谷の望むように朝まで過ごそう」
……オトナってずるいよね。いつも他にどうしようもなくなってから、言い訳みたいに、実はこんな風にもできる、なんて言うんだから。
嘘つき。
ずるいよ。死んじゃえ。
「本当に悪いと思ってる?」
「ああ。思って居る」
「……なら、抱いてよ、萱場さん。鈴谷のこと、絶対に忘れなくなるぐらいに…………」
家族のことは忘れて。
大切な人のことは忘れて──。
その後。
萱場さんに連れ込まれて、鈴谷はお風呂場で穴という穴を舌と指と肉棒でほじくられ、精液を流し込まれました。鈴谷の身体に萱場さんの舌が這っていない場所はもうありません。
お風呂から出るとベッドに俯せにされて突かれましたが、疲れ果てた萱場さんがダウンしてしまったので鈴谷が奉仕してあげることにしました。
艦娘のもち肌に抵抗できる男の人はなかなかいません。
今度は逆に萱場さんを俯せにし、鈴谷も裸のままマッサージしてあげると、萱場さんは呻くようにしてまた男性器を勃起させていました。
もう出るものもでないと、かすれた声で言う萱場さんでしたが、鈴谷がゆるゆると男性器を咥えながら睾丸を撫でるように長時間弄っているとカウパーを精液の代わりに吐き出しました。
それからは本当にマッサージをしてあげ、薄暗い明け方の時間をキスしたりアナルに指を入れられたりして過ごす内に朝になりました。
窓からは白い朝日が差し込み、部屋はカーテンで青く染まっています。
すごいことになっているシーツを放り棄てて、二人とも新しいシーツに包まりました。
「起きてるか、鈴谷」
「はいはい」
「………………どうだ。……たとえば、荒事とは無縁な生き方をしてみたいと考えたことはないか。艦娘にだってそういう生き方はあるだろう」
その声には、これまで聞いた萱場さんの声の中で一番人間らしい浅ましさがあって、鈴谷の心に響きました。
「…………萱場さんも知ってるとおもうけど、鈴谷は一度仲間を裏切ってるの。昨日は偉そうに、待つこと、我慢することなんて言ったけど、鈴谷にはそれができなかった。だからその時一度死んでるの。二度目はない。……だから」
「いや! 悪かった。忘れてくれ。どうかしていた……。……まったく、伊澤のやつが入れ込む気持ちがわかったよ。鈴谷といると、儂はいい歳をして童心に帰るようだ」
「ふふ、そっか。でもそれ、うちの課長さんが聞いたら、俺はそんな不純な動機じゃねえ! って言うよ」
「わはは! あいつは昔から尻が青いやつだが、まったく歳をとっても進歩のないやつだ! そんなだから独り身なんだよあいつは!」
/5 花火の残滓
ある夏祭りの夜。
夏の人事がとうに終わったあと。
「みんなに会っていかないのか」
「うん。里心ついちゃうからね、…………ねえねえ! そ・れ・よ・り~~! 艦娘の女衒って陰口叩かれた?! ねえ!」
「叩かれてねえよ! 叩かれたら提督の耳にも入るだろうが! そんな嬉しそうな顔して訊くな!」
「きゃは~! よかったよー! いや~~~~わたしのせいで課長さんがそんな風に言われて落ち込んでたらさ~~~~なんて慰めればいいかなって、鈴谷困っちゃう!」
「何が困っちゃうだ! 困るのは俺だろうが……」
須賀の街に花火が上がっています。
大蔵との戦いが始まる前の課長さんを連れ出して、鎮守府の街に戻ってきました。
萱場さんは、局長と課長二人揃って帝都を離れるわけにはいかんからとかなんとか言ってました。萱場さんと親しくしてわかったのは、警察畑の偉いヒトはなかなか枕を高くして眠れないってことです。使える機密費はたくさんあっても、それが一層心配事を増やしているという気もします。
「…………それよりそれより! 重大発表! 課長さんにはこの度たくさんお世話になりましたので、今日はささやかなお礼をしたいと思います!!」
「いや、いらない。おまえそう言ってすぐ次の頼み事を──」
「お礼は! なんと!! お礼の……チューー!!」
「あッ、やめろバカ!!」
「あはは! 赤くなってる~~! ホッペにちゅーで照れるってウブすぎ~~!! 課長さんかわいいなぁ! 四十路前なのにかわいいなあっ! もぉ~~~~!」
「お、おまえは……。おまえから、感謝の気持ちがこれっぽっちも感じられないんだが……?」
「えっ、そんなあ……。それはつまり……、もっとすごいことしろってこと? こんなところで…………人がいるのに? キャー!! もう課長さんマジ性倒錯シュミ!!」
「よしわかった。何でも聞いてやるから今すぐ黙れ」
頭上には花火が咲いています。
でも。
あの時見た花火。
あれが一番綺麗だった。
鈴谷の記憶の中で一番綺麗な男の人の顔。
鈴谷の中には、これから何があっても、もう一人のあの人がいる。
見ず知らずの艦娘のために半生を費やしてくれた人。
艦娘の、家族になってくれた人。
(あなたのことを、お父さんって言えるのなら……言えたのなら…………)
提督。
……提督っ。
いつかまた、
いつか、また、あなたに…………。