※この作品はR-18です。

ゲームオーバーから始めようか   作:モモンガ

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N-14 命令一つで触り放題ですよ

 ヤントラは始末した。

 ここからが問題だろう。

 『マグヌム・オプス』がどう動くか。

 送るのが怖いがナーベラルとルプスレギナとセバスの三人に様子をうかがってもらうことにする。

 慎重を期す為にアウラ達も同行させようか迷った。

 というか、誰一人として送りたくない。

 巨大図書室(アッシュールバニパル)に連絡を取り、何者かが侵入してこないか報告させる。

 今のところは転移場所に異状は無いようだ。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)も監視している。

 不可視化での侵入対策も万端だ。

「お、お召し物に……血が……」

「構わん。それより様子を見てもらうのだが、行ってくれるか?」

 アインズの言葉にセバス達三人は跪いて了解の意向を伝える。

「メイド達が暴走しているのか、はたまた姿を消しているのか、触れずに確認できるところは確認して来い。七の宝物庫の地下二階部分の様子もな。もし、立ちふさがるメイドが現れたら状況を質問するだけにとどめろ。触れると飛ばされるかも知れん」

「畏まりました」

 セバス達はお辞儀して移動を開始する。

「せっかくの食事処が台無しだな。アウラよ、手数だが新しいものを用意してくれ」

「畏まりました」

「マーレは私と共に来い」

「は、はい!」

 掃除はメイドに任せてアインズはセバス達の後を追う。

 本来なら共に来るアインズ当番を忘れていた事を思い出し、共に連れて行くことにした。

「まずは替えのインクを用意してからだ。酷いことになったが……。許してくれ」

「はい!」

 返り血を浴びたメイド達は後で服や身体を洗うように八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)に魔法ではない伝言で頼んだ。

 先に向かったセバス達の後でインクを用意したメイドが到着してから『マグヌム・オプス』に移動する。

 マーレ達が先行したが七の宝物庫の地下一階は静かだった。

 作業以外ではメイドは隠し部屋で待機していたり、屠殺場に居るはずだ。

 一般メイドの見回り予定の部屋にはヤントラのメイドは居ないらしい。居るとしても立ち入り禁止の扉の前に転移してくる。

 悪い事した後で来ると異様な雰囲気を感じてしまう。

 アンデッドである自分が恐怖を覚えるほどに。

 それだけ物騒な施設ではある。

 ここから六の宝物庫に行き、イビルアイなどが居れば『ちょっと奴をぶっ殺しちゃった、ごめんね』と軽く言ったら大激怒だろうな。

 覚悟はしていたとも言いそうだが。

「……マーレよ。部屋の雰囲気に変化はあるか?」

「特に、おかしな、空気はありません」

 メイドにも声をかけてみたが変わった様子は感じないと答えた。

 『静寂(サイレンス)』の魔法がかかっているわけではないのにとても静かだ。

 それだけ広い部屋だから仕方が無い。

 そういえば、メイドを呼ぶ手順があったはずだ。

 今日は運(・)が(・)悪(・)い(・)事にイビルアイとンフィーレアが居ない。

 それでも出来ることはある。

 まずは先行している三人が帰ってくるまで待つ。

 慎重な調査なら一時間くらいかけそうだ。

 『伝言(メッセージ)』でナーベラルを帰還させる。

 異常は無いらしい。というか阻害はされなかった。

 数分で下の階から上がってくるナーベラル。

「メイドの姿はありませんでしたが容器類は見た範囲では異常がありません」

「うむ。六の宝物庫に行き、メイドを呼ぶ手順書を持って来い。ンフィーレアの所には日本語のものもあったはずだから」

 王国語でも今なら読めそうだが、念のために日本語のものを頼んだ。

 その間に普段は立ち入り禁止になっているはずの培養室への扉にマーレを向かわせた。

 通常なら近づくとメイドが転移してくる。だが、今回は現れなかった。

 アインズの許可を得て扉を開けても異常なし。

「禁止が解けたのか?」

 マーレが中を覗き込むと容器は部屋の片隅にいくつかある程度だった。

 遠いので近づく必要はある。

 そのすぐ後にナーベラルが戻ってきたのでマーレに戻るよう言いつける。

「おそらくこの書類だと思われます」

「一応聞くが……、棚は荒らさなかっただろうな?」

 乱暴に探し回る荒くれメイドの姿が浮かんだ。

「す、すぐに整理してきます」

「待て待て。どういう風に探した?」

「目的のもの以外は床に置いて……。持参を最優先に……」

「投げ捨ててなければ整理しておけ。いかんぞ、研究者の棚を荒らしては」

「申し訳ありません」

 脱兎の如くナーベラルは駆け出して行った。

「今回は物取りに来たのではない……」

 と、言いながら書類を確認していく。

 メイドの使い方。そのままな題名は分かり易くていい。

 呼びかけに丁寧な口調で言わなければならなかった気がした。

 今回は仕方が無いので部下には我慢してもらう。

 手を規定の回数叩くとメイドが転移してきた。

「お呼びでしょうか、………」

 後半は口を何度も開閉するだけになった。

 未登録者とかあるのだろうか。

「ンフィーレアの代理だが……」

「………」

 言葉は無いが何かを喋ろうとしているらしい。

「現在、この施設で進入禁止区域はどこだ?」

 メイドは何度か首を傾げた。

「一、二、四、五、六の下。以上でございます」

「培養室は解放されたのか?」

「正確におっしゃってください」

「大浴場は……、三か……。三の宝物庫の地下一階は解放されたのか?」

「培養室は解放されました。ただし、全体の半分までとなっております」

 半分という事は容器のあるところが含まれているのだろう。

 遠目では中身が見えない位置とも言える。

 質問に答えている分、暴走はしていないようだ。

 ヤントラが死んだ事により、再生された部分が消失する事態もないようだ。

 マーレの耳が無事であるのは見ていて分かった。これから腐り落ちるのかもしれないけれど。

 一日無事なら大丈夫だろう。

「マーレよ。耳は無事か? 引っ張るとすぐ取れる、ということは無いな?」

 マーレは軽く耳を引っ張ってみた。それでポロッと取れたら大事(おおごと)だ。

「無事のようだな。無理に引っ張らなくていい」

 術者が死ぬ事によって今までの魔法的効果が解呪されるのは危惧していた。

 それがなければ遠慮しなくていい材料が手に入る。

 マーレの無事が確認出来た頃にナーベラルと先行していたセバスとルプスレギナが戻ってきた。

「見た感じでは異常は見られませんでした」

「分かった」

 報告の後でセバスがアインズの側で片膝を付く。

「……罰のことを言うつもりなら後にしろ」

「……はい」

 主に見透かされ、セバスは姿勢は変えずに黙った。

「喝采しろだの、笑えだのはやり過ぎか……」

「支配者として……。アインズ様……」

 言葉を続けようとして続きが出て来ないナーベラル。

 息が続かないような気持ちになったのか、喉を押さえる。

「も、申し訳……ありません……」

「えー、あー。しはいしゃとしてとうぜんです、はい……」

 と、棒読みでルプスレギナは言った。

 聞きようによってはバカにしているような感じだった。

 ナーベラルも棒読みでは最後まで言えた。

「……本音を言えばやり過ぎだっただろう。つい支配者として何か言わねばと……。ナーベラルよ、辛いと言えぬ立場は申し訳ないと思っているぞ」

「そ、そのようなことはありません! ただ……、喉の調子が悪かっただけでございます」

「ナーちゃんは素直じゃないっすね。私は平気っすよ」

「ルプスレギナ……。お前は変わらないようで安心したよ」

「わー、ありがとうございます」

 誉めたわけではない。皮肉だ。

 アインズ当番が居るが今は聞かれても気にならない気持ちだ。

 支配者としての権利というものは時に残酷だ。それは長く彼らと付き合ってみてよく理解した。

 あと、アンデッドの身体になった事で人間的な感情が薄れているのも原因だろう。

 ゲームのキャラクターを殺すのに涙が流れるはずが無い。もちろん、感動的なイベントがあれば別だ。

「主が居なくても作業は継続のようだな。このままだと寿命を持つ者が死ぬまで……か」

 メイドは次の命令を待っているのか、微動だにしない。

 アインズ当番も同じく待機しているが、こちらは微妙に動いている。

「主の死により発動する罠がなければ良い。……他人の施設というものがこれほど恐ろしいとは……」

「いつもご利用しているのに、ですか?」

 気楽なルプスレギナ。この明るさは見習いたくは無いが、少しは欲しいと思った。

「プレイヤーが作り上げたのだ。それも並みの者ではない。ここがウルベルトさんが作った施設だとすれば、いくら私でも次の部屋には行きたく無いぞ。るし★ふぁーさんはとことん頭に来る罠を仕掛けてくるだろう。よくて半壊。……全壊させるくらいはありえるな」

 アインズ・ウール・ゴウンの大錬金術師と言われるタブラ・スマラグディナは輪をかけて凄まじいギミックを仕込んでくるだろう。

 ペロロンチーノはピンク色の空間が広がり、姉に破壊されるイメージが浮かぶ。

 ブルー・プラネットさんや自然を愛する仲間達なら少しは安心出来るだろう。

「次の部屋に行かなきゃならない場合はどうするんすか?」

 口の利き方が軽いルプスレギナに無言のにらみを利かせるセバスと彼女の頭を叩こうとするナーベラル。

「万全を期すだろうな。罠感知。感知妨害。偽情報。スクロールや魔法がいくらあっても足りないくらいには……」

 魔法発動による連鎖トラップ。発動した場合の罠回避。床と天井と壁と扉の情報収集。

 転移魔法に対する対抗魔法。囮。それによって発動される出入り口の封鎖など。

 全てに対処や対抗策は出来ないのだが、どれかは仕掛けられている可能性がある限り油断は出来ない。

 あまりにも徹底的過ぎると一つの魔法で全ての罠が発動し、せっかくの防衛が台無しになる事もある。

 侵入者と対抗者の読み合い。一流のプレイヤーは甘くないのだ。

 自分の執務室はその点ではかなりの防衛策が施されている。

 無理に暴こうとすれば広範囲爆撃魔法が発動したりする。

「禁止区域以外は監視程度はされているだろう。魔法そのものを感知した連動式ともなれば……。ただ、あまりにも厳重すぎるとンフィーレアとイビルアイが困る。それでも最低限の対策は施されている」

 それが転移するメイド。

 侵入者を撃滅するタイプではなく強制排除するタイプ。

 転移阻害の魔法を防ぐ為に警報が鳴る仕組みなのは以前に試して知っている。

 警報発動で隠し部屋が封印されたり、集団転移で部屋の中身ごと隠蔽する事もありえるという。

「色々と部屋の行き来が出来る裏には色々な対抗策が施されているんすね~」

「……隠したいものを無理に暴こうとすれば施すのは自然だな」

 秘密を探れと命じている張本人がアインズだ。

 ヤントラとしてはあまり部屋を荒らしてほしくないのだろう。

 すぐ知りたいと思ってしまうアインズは後で我慢の足りない自分に自己嫌悪する。

 ルプスレギナが粘ってお願いしている事もあり、見せるだけは許可してくれる事もある。

 ナーベラルは甘えたりはしないので強引なところがある。

 少なくとも下等生物と蔑むンフィーレアと交渉はしているようだ。

 口も利きたくないのを我慢して情報をペラペラ喋る男を頑張って利用している。

 ンフィーレアは嫌らしい気持ちは持っていないのでアインズも安心できる人物の一人に数えている。

 イビルアイは真面目で融通が聞かないが、知りえた情報の一部は素直に教えてくれる。

 後半の説教に耐えられれば優秀な人物だと思う。

「このまま帰れば『マグヌム・オプス』はメイドが死ぬまで稼動するのだろう」

 異常がない事は確認した。

 後はどうすればいいだろうか。

「五の宝物庫の金貨は充分にあるだろうか?」

「………。質問の内容が曖昧です。正確におっしゃってください」

 メイドに質問する事がほとんど無いアインズには難しい事だった。

 ンフィーレアに任せっぱなしだったから。

 無理に問い詰めても人形メイドには無駄だ。

「う~ん。この場合は……。貯蔵している金貨の枚数を教えてください」

 と、丁寧に言ってみた。

 すると眼球だけ激しく動かし、口は何度も開閉される。ただ、姿勢は微動だにしない。

「正確な枚数は存じておりません」

 機械人形ではないから自動的に増減の情報は入ってこないのだろう。

「で、では、地下一階部分を埋めるほど、ですか?」

 部下を制しつつアインズは質問を続ける。

「正確なら……、金貨の推移は何メートルくらいだろうか?」

 メイドは手を素早く五回鳴らす。

 新たなメイドが一体、転移で現れた。

 そのメイドに高速で何かを伝えるのだが早すぎてアインズには正確には聞き取れなかった。

 相当、高度な情報伝達のようで驚いた。

「このくらいです」

 新たなメイドは壁に手を当てて答えた。

 随分と大雑把な答えにアインズは呆れた。だが、その位置が一階層分だとすると数億枚は確実に超えているだろう。

 伝え聞いた話しでは一階層分は溜められていた、というのだから今まで『永続化(パーマネンシー)』で使用していたとしても悪くて半分ほどは消費している、かもしれない。

 実際、そこまで溜められるものだろうかと疑問に思うのだが、溜められるような酷い事を続けたのだろう。

 天然の資源を増産すればありえなくはない。やる気があれば出来るだろう。

 魔導国が行(おこな)わないのは非道な行(おこな)いが発覚した時のリスクを考えての事だ。

 長期的に金貨を増やすのだが、可及的速やかに必要な事でもない。

 ヤントラ的に言えば楽して稼ぐと面白くない、という気持ちがあるのかもしれない。

 挑戦する心はヤントラ程に無い。

 自分は慎重に進めたい。

 もちろん『悪用方法』は魅力的だが、リスクは避けたい。

 特に再生を続けることによって起きる劣化現象が気になる。

 天災は突然に起きるものだ。

 金貨についてはシズが定期的に持ってきたりするけれど。それは許可しているのだろう。

「この施設の主、ヤントラが死亡した場合、この施設はどうなるんだ?」

「………。死亡。未確認。………。予測。曖昧。………」

「………」

 二人のメイドが言葉を吟味しているのか、口を何度も開け閉めする。

「主の権利をイビルアイに委譲し、………。この世界をぶっ壊してやるよ!」

 と、叫びつつも表情にあまり変化は無い。

 そういう質問をする者を驚かせる意味があるのかもしれない。

「……どうしようもない奴だな」

 アインズ当番のメイドは驚いたようだ。それ以外は武器に手をかけ、セバスは大人しくしていた。

「失礼。今のは主の本音……、こほん。ではなく、心の叫びを表現したものにございます」

「だろうな」

 メイドに変なこと教えるなよ、と呆れるアインズ。

 このシュールさは今も昔も変わらないんだろう。

 楽しいゲームを心がけていた。

 いつも意味がありそうで、バカみたいな事ばかりするヤントラ。

 寝ながら崖から転落し、未発見のダンジョンを見つけて死んでいく。

 潜ってみると意外な宝は無く、徒労に終わる事がある。ただ、初心者には有意義なアイテムがいくつかあったのは覚えている。

 登攀(とうはん)という技術を持っているなら、良い鍛錬になる名所として有名になった。

 雪山で空(から)のポーション瓶を並べて遊んでいるバカが居る、と聞いただけで犯人が分かる。

 命をかける場所を間違えるプレイヤー。

 朝起きると矢(色んな遠隔武器類)が刺さっている、既に死体と化している、というのが日常的だ。

 聞いた話しでは半殺し(仕返し)にする事もあるという。一方的にやられないのだとか。

 無抵抗の場面ばかり見ていたので分からない事もある。というか、あまり近づきたくない空気はあった。

 少なくともたっち・みーはヤントラは決して弱くないと自慢げに話していたのは覚えている。

 感傷にひたりそうなのでアインズは現実に意識を向ける。

「変化らしいものは無い様だな。蘇生魔法を使えるメイドは居るのか?」

「禁則事項です、です。ですですです」

「ででで、すすす」

 応答がおかしくなり、アインズは怯む。

 その後、勝手に転移して消えてしまった。

 聞いてはいけない質問だったかもしれない。ただし、それはマニュアルには書いていない。

 ヤントラ独自の罠が発動したと考えるのが自然だ。

 それはそれで想定されるべきものだ。

「お前達、手ごわいプレイヤーはすんなりと帰してくれそうに無いぞ」

「転移ならば……、あれ? 転移阻害魔法が発動しました!」

「当然だな」

 強引に出る方法はある。だが、まだ少し確認したい。

 扉から新たなメイドがアインズの元に駆け寄ってくる。

「お客様。敵性モンスターが接近しております。速やかに避難してください」

「んっ……。我々ではなかったか」

 敵性モンスターならば内部に転移させない措置としてはおかしくないだろう。

「どんなモンスターだ? 我々は強いから……」

「飛竜(ワイバーン)でございます」

「それなら大丈夫だ」

「………。冒険者様でございますか?」

 そう言うメイドの顔は常に冷静沈着。というか無表情だ。

 慌てている素振りがまるで感じられない。

 それでも構わずアインズはモモンへと姿を変える。

「漆黒のモモンだ。敵は何匹だ?」

「………。モモン様。モモン様。………。ちっ」

 なにやらムカつく事を教え込んでいるようだ。

「失礼しました。どうぞ、勝手にやっちゃってください。建物を破損した場合は損害賠償を請求いたしますので」

「……あー、ムカつく……。なにあいつ、こんなこと教え込んだの!?」

 久しぶりに怒りのオーラが噴出する。

「……くすくす、冗談に決まってるだろ、バーカ」

 と、無表情で口に手を当てて言うメイド。

「……セバス、代わりに飛竜(ワイバーン)を追い払っておいてくれ。……建物は傷つけないように」

「畏まりました。外への扉はそのまま出ても良いのでしょうか?」

「ンフィーレア達が利用するのだから罠は考えにくい。多少の爆発は覚悟するしかないな」

「了解いたしました」

 セバスが地上に行こうとすると新たなメイドが現れて駆け出してくる。

 客人の居る位置を把握しているようだ。

「敵性モンスター、執事が現れました」

「それはセバスだ。敵性は……、敵か……。いや、嫌がらせだろう、それは」

 セバスは自分が敵性モンスターと言われたことに気づかなかったようで、敵(・)の(・)執(・)事(・)を探してしまった。

「構うな、セバス。ウソ情報を挟むな。現場が混乱するだろう」

 今度は蜘蛛女(アラクネ)が二体現れてセバスの後を追う。

 脚が多いせいか、移動速度が速かった。

 瞬く間に地上を目指していく。

「無人でも稼動する施設は迂闊に手出しが出来ないな。次から次へと……」

 せっかくモモンになったのに、と残念に思うアインズは死の支配者(オーバーロード)の姿に戻った。

「アインズ様。今、下で何か、というか誰かが階段から転げ落ちた気配がしました」

「忙しいな、ここは。様子を見て来い。急な飛び出しがあるかもしれないから慎重にな」

「畏まりました」

 数分後に様子を見終えたルプスレギナが戻り、アインズの前で片膝を付く。

「三相の悪魔(ヘカテー)と思われるモンスターが階段から落ちたようです」

「あの頭が三つある悪魔か」

 しかも女体モンスター。

「まだ生きているなら治癒しておけ。こちらのメイドはどうにも信用なら無い。おそらく……、客人に安易に使わせない仕様になっているのかもな」

 それはそれで立派な防犯だ。

 誰でも気軽に使えない事にするのは意外と大事な事だ。

 従っている振りも戦略としては間違っていない。

 三相の悪魔(ヘカテー)は本気なのか、偽装なのか。

 本当に素で転んだのなら可哀相だ。

 床がタイルだから種族によっては歩きにくいかもしれない。

 分析しているうちにセバスが戻ってきたが蜘蛛女(アラクネ)達は来なかった。

「地上の畑を狙ってきただけのようです」

「一緒に行った蜘蛛女(アラクネ)達はどうした?」

「宿舎に行き、作物を飛竜(ワイバーン)に与えた後は畑の周りで待機しました」

「討伐はしなかったのだな。……というか餌付けではないか?」

「はあ……」

 ということは敵性モンスターは偽装という事になる。

 客人はモンスターに慣れていない場合があるとすると、適切な避難誘導としては間違っていないのかもしれない。

 少し経ってから三相の悪魔(ヘカテー)が姿を現す。

 二メートルくらいの背丈にメイド服を着ていたのだが血がついていた。

 彼女の背中を押すようにルプスレギナが現れる。

「無理に連れて来なくても……。来てしまったものは仕方が無い」

 色んなモンスターをメイドとして使っているのは驚くが、色々と出てくる施設になったものだ。

 マーレは待機させても仕方が無い気がしたので撤退させようかと思った。

 三相の悪魔(ヘカテー)はそのまま地上に出て行った。

 外で騒動になろうとアインズは関知する気は無いので引き止めはしなかった。

「気にしても仕方が無い。禁止区域が設定されている以上は……」

 と、言いかけて思う。

 それらはいつ解放されるのだろうかと。

 永遠の管理が出来る不死のモンスターが行(おこな)うのだろうか。

 一人のメイドを倒すのは問題ないが連動して数で押し切られると不味い。

 今日は様子見だけで撤退するのが無難かもしれない。

 ヤントラの装備は置いてあるし、一先ずは撤退だ。

「機を見て判断しようか。では、帰還するぞ」

「畏まりました」

 転移阻害の影響は隠し部屋には適応されていない事を確認する。

 客人を逃がすのに妨害しては本末転倒。

 アインズ達を閉じ込めるつもりなら力技を使うだけだ。

 無事に帰還した後、日を改めて冒険者モモンと美姫ナーベとして『マグヌム・オプス』に訪れる。

 六の宝物庫にイビルアイ達がいる事は確認している。

 懸案だったンフィーレアの書斎は整理整頓されていたので少し安心した。

「モモン様!? ようこそ」

 正体がアインズだと知っているはずなのにイビルアイは恭しく出迎えてくれる。

 中身ではなく鎧が好きなのでは、と勘違いしそうだ。

「た、たまたま近くを通りかかったのでな」

 冒険者として外出する時はアインズ当番はナザリックに待機する事になっている。

 一日丸まる外出する場合は交代されない事になっている、らしい。

 四十一人に平等の担当時間を与える事を約束しているからだ。

「変わりは無いか?」

「大きな動きは無い」

 見たところ普段と変わらない様子だ。

 ナーベに事前に命令した事を実行させる。

 ンフィーレアと共に七の宝物庫に向かってもらう。

「忘れるところだった。王国との会談はいま少し延期だ。それほど遠く無い内に改めて打診させてもらおう」

「了解した」

「この施設に飛竜(ワイバーン)が来るようだが……、餌付けしているのか?」

「ああ、群れからはぐれた奴だろう。餌付けになってしまった。もっと大挙していれば討伐するかもしれないが、一匹くらいなら面倒を見ようと……。番(つがい)が見つかるまで」

 大勢の仲間を連れてこられた場合は困るが、それはその時に考えることにした。

 頻繁には来ないようで勝手に来て畑に降り立つ。その時、メイドに食料を与えてもらう。

 お気に入りが蜘蛛女(アラクネ)。人蛇(ラミア)だとケンカになるとか、色々と好みがあるらしい。

「主が不在でも稼動するんだな、ここは」

「我々も忙しくて留守にするし、元々はご主人一人で使うところだから当たり前かもしれない。勝手に動くメイドを引き止める権利は無い」

 数百人のメイドがどこからともなく現れて世界各地に散る様は見たくない。

 イビルアイが聞いているメイドの総数は四十人ほど。

 大半が今も屠殺場にいる筈だ。

 数が合わないのは漏洩を防ぐためだろうから百人は居てもおかしくない。

 数日しか経っていないがヤントラが音信不通でも気づかないとは意外だと思った。

 連絡を密にする自分とは違う。

 もちろん、部下に内緒で活動する事はある。

「モモン様はこの後、仕事に行かれるのか?」

「王国の都市の様子を見に。定期的に噂話しを聞こうと」

「共に行きたいところだが……。ここしばらく仲間内で会合する事になっている」

「真蒼の薔薇は定期的に集まるのか?」

「チームを解散したわけではないからな。一人は国外に狙われているし。ルリマリスはまた捕まるかもしれない、というので色々とな」

 その国外がスレイン法国なのはすぐに思い至った。

 森妖精(エルフ)は敵。捕まえて奴隷商人に売る。

 もう一人は裏切り者として処分したいという。

 諜報担当の秘密部隊に狙われていると本人が言っていた。

 六色聖典の一つ『風花聖典』という。

 全ての部隊がとんでもない実力者という訳ではない。

 それぞれ役割分担が決まっていて、色々と活動しているのだとか。

「大きな動きがあれば我らは動く。ある意味では裏の仕事に特化している所もあるので……」

 公(おおやけ)に出来ない王国の仕事など。

 モンスターよりは犯罪者を捕まえたり、尋問に拷問。時には殺人も行(おこな)う。

 村すら焼き討ちにする事もある。

「昔ほど酷くは無いのだが……。命令されただけで実行したりはしない。ちゃんと調べて行動する。時には依頼主の意に沿わないこともある」

「王国の犬、というわけではないのだな」

「私が許さんがな。モモン様、仮の話しではあるのだが……。ナザリックの調査を依頼されたとして、向こうに打診した場合はどこまで譲歩できるのだ?」

「譲歩? ナザリック地下大墳墓の情報か……」

「目安でいい」

 アインズとしては顔を顰めたくなる事だ。

 逆の立場なら理解できなくは無い。自分たちも他国の情報などは集めている。

 諜報活動はどこの国も組織も行(おこな)う自然なことだ。

 他人の情報は集めて自分の情報は出したくない、というのは単なる我がまま。

 それは分かっているけれど。

「難しい問題だな」

 既に公開しているのは第六階層。第九階層。第十階層。

 ただし、一部だけという事が多い。

 他の階層は敵を迎撃する事に特化しているのと観光には適していない場所もある。

「大部分は無理そうだ。一部なら可能というのはあるにはある」

「トイレの中まで見せろ、とは言わん」

「……いい例えだな」

 モモンは苦笑する。

「ナザリック地下大墳墓は観光には適さない。外交手段にしか使いたくない。そういう特定の用途ならば公開できる部分はいくつかある」

「例えば食堂や大浴場だったか、娯楽施設などは大丈夫そうか?」

「自由度は高く出来ない。……浴場には人間が入ると危険な場所もあるのでな」

 その浴槽はアインズもよく分からない『チェレンコフ湯』という怪しさ満点のものだ。

 目に痛いほどの青い光りを放っている。

 第十階層の巨大図書室(アッシュールバニパル)と鍛冶師の居る場所は見学できそうだが、最下層はおいそれと見世物にはしたくない。

 ンフィーレアとフールーダに条件付きで解放しているけれど。

 どの階層もすんなりと許可は出せないだろう。

 代わりに自分たちは堂々と侵入し、色々と調べているのは不公平かもしれない。

 気軽に王様の部屋を見せているのならば、こちらも、というわけにはいくまい。

 隠し続けていると色々な厄介者が集まってしまうのも頭の痛い問題だろう。

 衝突を避ける方法はイビルアイも模索していると思う。だからこそ、あえて彼女はアインズが激怒するかもしれない話題を言ったのかもしれない。

「……厳しい条件が付く。魔導国は逆に一般人を受け入れる上で甘くなっている。こちらで妥協させるのは……、申し訳ないだろうな」

「条件付けは覚悟している。それは想定内だ。……こちらの貴族は色々と疑心暗鬼な体質なのでな。色々とうるさいのだ」

「……なんとなく分かります」

 モモンだと丁寧語や敬語が言える。

「今回は聞くだけだ。後日、正式に質問状などをしたためるかもしれないが……。一ヶ月はかかるかもしれない」

「一ヶ月……って、それほどかかるものか?」

 質問を事前に書いておけば数日で済みそうなのに、と。

「モモン様はご存じないと思うが……。貴族というのは形式を重んじる。何事にも面倒くさいやり取りを繰り返す。羊皮紙一つとっても相手によって質を変えたりするものなのだ」

「……面倒くさそう……」

 伝え聞いた話しでは王が特別な催しの時に使用する羊皮紙は染料で染められたものを使うらしい。

 ジルクニフも特別な書類は染めるのだとか。

 さすがにメモ用紙をすべて染めるわけではない。

 アルベドからも法律の草案書を紫や派手な色で染めましょう、と言っていた事を思い出す。

「身に覚えはある。使者を誰にするかでももめるのだろう?」

「そうです。一部の貴族は私が王と魔導王の橋渡しをする事をよく思わない者が居るので……。私は気にしないが王の立場が危うくなるのは避けたい」

「……魔導国に届く書状はちゃんと目を通した方がいいな。いつもイビルアイには迷惑をかけているということだな」

「私はいいんだ。自分で責任が取れる」

「私にとっては良くない。イビルアイには色々と世話になっている。褒美は与えられそうに……」

 と、続けていた言葉を切る。

 今まさに恩をあだで返している事を思い出す。

 本当に自分は何をやっているんだか、と。自己嫌悪に陥る。

「……ないが、協力は惜しまないつもりだ」

 イビルアイは仮面を外し、微笑を見せる。

「ありがとう、モモン様」

 素敵な笑顔に無い心臓がドキリと跳ねる。

 恋を感じたわけではなく、女性の心からの笑顔に驚いただけだ。

 アウラ、マーレ。アルベドの素直な笑顔にだってドキリとする事がある。

 ここであのバカ(ヤントラ)をぶっ殺したんだけど、許してね、とは言えず。

 というか、ナーベが未だに戻って来ないのが気になる。

 メイドが何らかの行動に出たとしてもンフィーレアが来ないのは妙だ。

 七の宝物庫に顔を向けた後、自然な動きで移動を始める。

 イビルアイは特に指摘してこなかったが、急いで駆け出しては怪しまれる。

 今の段階では誤魔化す事ができるだろう。

 勝手に外出する事もあるはずだから。

 頑張って移動し、七の宝物庫に向かう。

 扉を閉める時に全身から流れない緊張の汗が濁流の如く流れ落ちる。

「……第一段階はクリア出来た」

 安心するのもつかの間。

 ンフィーレアとナーベがたくさんのメイドに拘束されていた。しかも口は蜘蛛女(アラクネ)によって封じられている。

 動くごとに関節を決めてくる見慣れないメイド。

 何かの罠に引っかかったのだろうか。

 レベル七十を超えたナーベを拘束するのだから相当な強さがあるだろう。

 剣に手をかけるべきか迷ったが、これ以上の悪化は望んでいないので大人しくする事にした。

「メイド達よ。私の仲間を解放しろ」

「………」

 声をかけたアインズに一斉に顔を向けるメイド。

 前回以上に厄介な予感がする。

「解放?」

「……命令か?」

「主は拘束せよ、と」

 と、それぞれ顔を見合わせて様々な言葉が交わされていく。

「対策不明の場合は拘束。のち主の許可が必要」

「第一に優先されるべきは主の命令」

 その主は居ない。だから、誰にも解除出来ない罠、ということだろうか。

 それはそれで困る。

 力技が通じるのであればいいのだが、見た目の印象では武闘派のメイドに見える。

 おそらく影の国の女王(スカアハ)か、それに近い女体モンスターだろう。

 蜘蛛女(アラクネ)は戦乙女(ワルキューレ)型。

 背中に翼が生えているのは女神級モンスターかもしれない。

「……仕方が無い。……私の仲間を解放してください」

 丁寧に言うとメイド達の敵意に満ちた意志が薄まってきた。

 プライドの高い者は敵の可能性が高い、と教えられているのかもしれない。

 それはそれで間違っていない気がする。

「跪いて足を舐める変態なら殺す」

 厄介な事は影の国の女王(スカアハ)達にも教え込まれているようだ。

「変態?」

「……足フェチ?」

「違う! あと、変態でもない」

 と、怒鳴るように言うと武器を突きつけてきた。

 ヤントラが居ない状態で施設を悪用するのはとても難しい事のようだ。

 変態を許容できる人間は少ないかもしれないし、個人的趣味をちゃんと理解するようなペロロンチーノみたいな者でも無い限りは苦労するだろう。

 下手に常識のある者には難攻不落の要塞かもしれない。

 影の国の女王(スカアハ)の一人が靴を脱いで裸足になる。

 何となく予想は付くがここはナーベの為に我慢するべきだろう。

 その影の国の女王(スカアハ)は近づいてモモンの腹に裸足をペタリと乗せてきた。

 影の国の女王(スカアハ)のしなやかな足は趣味の者ならばご褒美と捉えたかもしれない。しかも体勢を崩さない平衡感覚も流石だ。

 顔や股間部分だったらぶった切ってやろうかな、という思いが過ぎったが我慢した。

 予想としては一定時間の我慢を要求してくるだろう。

 一分ほどの沈黙が続く。その間、モモンは黙って立ち尽くした。

「客人のようだ。警戒を一つ解いて良し」

 今の行動で客人だと思うのはどうかしている。バカにするのも大概にしろ、と怒鳴りたかったが我慢した。

 普通に考えて頭を殴っていてもおかしくない。

 それで反撃すれば敵対行動と見なされるのだろう。とても恐ろしい罠だ。

 精神を逆なでする罠はタブラ・スマラグディナを思い起こさせる。いや、この場合はるし★ふぁーが近いか。

 裸足の影の国の女王(スカアハ)が手を挙げると十人近いメイドが転移で消えた。

「お客様、今日はどのような変態的趣向をお望みか?」

 うわー、こいつ殺したい。という気持ちは抑えようとしたのだが、怒りのオーラは出てしまった。

「具体的には、ど、どんなコースがある、んですか?」

「精液飲み放題。飲尿療法が本当に健康にいいのか確認。足のにおい嗅ぎ放題」

 どれも選びたくない。

 女性の口から出る最悪な言葉が並ぶ。

 命令に従順だとこんなことも出来る。だが、アインズはこんな事は恥ずかしくて出来ない。

 ペロロンチーノを意味も無く殴りそうだ。

「丁度女体モンスターを手に入れましたので、解体ショーも行(おこな)えますが?」

「……出来れば、その者は解放してほしい、です。私の部下なので」

 と、言うと影の国の女王(スカアハ)はナーベを見下ろす。

 沈黙すると微動だにしないが、アインズ側が下手に動けないのも事実。

 一定の沈黙は応答を精査しているのかもしれない。

 想定外の動きに柔軟な対応はしにくい。

 ンフィーレアを拘束していたメイドが縛っていた糸を引き千切っていく。

「ぷふぁー! 危うく窒息するところでした」

 何度も深呼吸してモモンに頭を下げるンフィーレア。

 今まで長い時間、耐えていたということは空気は幾分か入っていたのだろう。でなければとっくに窒息死していたはずだ。

「無事で何よりだ。というか、どうして拘束されたんだ?」

「分かりません。蘇生魔法の使えるメイドさんを呼ぶように言っただけなんですけど……。そうしたら大挙して襲われまして」

 蘇生魔法はこの世界では扱える者は少ないし、それを当て込んでくる者が居てもおかしくはない。

 王国からの指示であれば拒否する構えだとすると少し納得する。

 頼み方の問題かもしれない。

 これはこれで面倒くさい。しかもマニュアルに無い対応のようでンフィーレアは戸惑っていた。

 秘密をベラベラ喋るのだから対応策を講じていてもおかしくはない。

 命令する相手で対応が変わるようになっているのだろう。

 ンフィーレアは解放されたがナーベは裸足の影の国の女王(スカアハ)に踏まれ続けていた。

 攻撃というよりは軽く踏む程度の優しいものに見える。

 自分たちが敵を踏む事はあっても部下が踏まれる姿は腹が立つ。

 強い者に負けたら弱い者は従う、という理論なら納得出来るかもしれない。が、納得したくないのが本音だ。

「ンフィーレア。もう一度、頼んでみてくれないか。土下座とかで」

「土下座ですか!? わ、分かりました」

「すまないと思っている。……全くメイドに何を教え込んだのやら……」

 憤慨するモモンの様子にンフィーレアは苦笑しつつ、土下座でナーベが言った事を伝えてみた。

 通常ならば襲われることが無かったので驚いていた。

「禁則事項。お前達に提供できる情報はない」

 はっきりとした言葉で言い返される。

「モモンやアインズの名前であってもか?」

 ンフィーレアに正確な名前と敬称をつけさせて頼んでもらった。

 自分で言うのは恥ずかしかったので。

「………。ンフィーレアは騙されているのではないか?」

 と、影の国の女王(スカアハ)は言った。

 あながち間違っていないのでモモンは唸る。

「内容によってはこの者の首を蹴り飛ばす」

 ガツっと音がするほど強く踏みつける影の国の女王(スカアハ)。今度は並みの脅しではないようだ。

 一体だけなら何とか出来ると思っているモモンの目の前で複数のメイドが武器を持参して転移で現れた。

 こちらの考えを読んでいるような有様だ。

 よくよく考えればヤントラはアインズの考えをある程度は読んでいる。

 とはいえ、敵愾心が強い反応には恐れ入った。

 モモンは背中の武器を一本引き抜き、ナーベの口に巻きついている糸を慎重に切る。

 敵対行動に見えないように持ち方を戦士っぽくない形にしてみたのが上手くいった。

「モモンさん、私の事は諦めて下さい。モモンさんを守れるのならば、この命は惜しくありません」

「自害ではないが……、お前の命は惜しいぞ。もう少し待っていろ」

「どのような結果になろうとも……」

 と、言葉を続けようとするナーベを制して黙らせる。

「それは私が決めるのだ、ナーベ」

「……畏まりました」

 ナーベを黙らせても現状打破とは行かない。

 見るからに分が悪い。

 交渉次第ではナーベの首が簡単に飛んでしまう。その後は身体の解体ショーが始まるのだろう。

 そうなればこの施設を吹き飛ばすことも考慮しなければならない。

 イビルアイ達には大事なものは持ち出してもらうけれど。

 熟考の為に膠着状態が続く。

 しばらく黙っていると何人かのメイドが消えていく。

 時間経過によるイベントというのは中々厄介なものがある。

 選択肢とは違い、何が最善なのか見分けがしにくい。

 慌てても仕方が無いので、相手の出方をうかがう。

 ヤントラはこちらの考えを読む。ならば逆に読み返せばいい。

 単純に考えられれば苦労は無い。

 アインズもヤントラの考えは割と分かる方なのだが、嫌っていた事もあり、読み損ないが多い。

 今のところ選択肢と時間経過のイベントで対応してきているのは理解している。

「冷静ですね、お客様」

 そんなわけが無い。

 使いたくない頭を一生懸命に働かせている。

 それこそ煙が出るほどに。

 大事な部下が人質に取られているのだから。

 力技なら容易いのだが、なんだか負けた気になる。

 アインズ・ウール・ゴウンに敗北を与える者は許さない。というか、これは素直に負けたくなかった。

 更に一分、五分と時間が過ぎていく。

 十分後になると新たなメイドが転移で現れる。ただし、一人だけ。

「仲間がピンチだというのによく耐え切りましたね」

 微笑を絶やさない新たなメイド。

 詳しくは分からないが影の国の女王(スカアハ)の好敵手『影の国の魔法戦士(オイフェ)』という者ではなかっただろうか。

 影の国の魔法戦士(オイフェ)と思われるメイドは一定の間隔で長く手を叩きはじめる。

 すると一人ずつ転移して消えていく。

 後半は暗記できそうに無い複雑なものに変わっていく。

 床を踏み鳴らす音も加えていった。

 最終的にはナーベを踏みつけるメイドのみ残る。

「改めて……、お客様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「漆黒のモモンだ」

「ももんだ様」

「モモン」

「モモン様でよろしいですか?」

「その名で構わん」

 影の国の魔法戦士(オイフェ)は頭をぐるりと回していく。

 横回転したらもげてしまう。今のは普通の人間でも出来る首の運動に似ていた。

「承りました。ツァインドルクス=ヴァイシオン様」

 わざと間違えているのだろう。ここはあえて無視してみる。

「………。………。突っ込めよ!」

「キレるな」

 つい返事してしまった。

 時間経過イベントならば反応があると予想したが当たっていたようだ。

 使いようによっては面白い。

「それより、そこの影の国の女王(スカアハ)だと思うのだが……」

 影の国の女王(スカアハ)という名前でナーベを踏みつけるメイドに顔を向ける影の国の魔法戦士(オイフェ)。

「とっととどかしてもらいたい」

「ととっとと?」

「……速やかにどかしてくれないか?」

 影の国の魔法戦士(オイフェ)は影の国の女王(スカアハ)の腰を掴んで移動させる。

 あまりに簡単に行(おこな)ったので呆れ果てた。

 メイドが行(おこな)ったから微動だにしなかったのかもしれないし、自分が触れたら暴れだすかもしれない。

 つまりこれは我慢大会だ。

 短気を起こす者には辛いイベントだろう。

 アインズとしては苦手なイベントとも言える。

 忍耐力は人並みにあると思っていたのだが、慌ててしまうことがあるので結構術中にはまってしまった。

 急いでいる時こそ冷静な対応が求められる。

「失礼しました。主に代わりまして私がご意見を賜ります」

 ンフィーレアは急いでナーベを解放し、影の国の女王(スカアハ)から離れる。

 打撲はあるかもしれないが、切り傷は無さそうだった。

「では、改めて……。蘇生魔法を扱えるメイドは居るのか?」

「………」

 最初に口をパクパクとさせるのは何を言おうとしているのだろうか。

 とにかく、ンフィーレアには六の宝物庫に避難してもらおう。居るだけでまた拘束されるかもしれない。

 ここは一人で頑張ってみるのもいいだろう。

 忘れないうちに時間になったらアウラ達を呼ぶようにナーベにはナザリックで待機していてもらおう。

 それぞれに命令を与えて、改めて影の国の魔法戦士(オイフェ)に向き直る。

「その質問に答える場合はこちらの質問にも答えてくださると良いのですが……」

 言いながら部屋の中を見回す影の国の魔法戦士(オイフェ)。

 滞在人数を数えているのかもしれない。

 様々な条件が関わるのは難しい。

 メイド達の行動をプログラムしたヘロヘロ達の労力に今更ながら感心する。

「いいだろう」

 この際、ろくでもない質問も覚悟しておく。

 仲間達が来るまでなら耐えられるだろう。

「この施設に来たのは王国、帝国などの諸外国首脳のご依頼ですか?」

「依頼という話しでは魔導国の国王個人の依頼だと思ってくれ」

 特定の単語に対し、メイドは口を動かす。

「間違って暗殺した者の蘇生でしょうか?」

「そういうわけではない。……あながち間違ってはいないかもしれないけど……」

「私の自慰行為を三十分凝視できますか?」

「……そう来るか……。やだなー……」

 胸を揉み続けろ、と言われても納得はするが実行したくない。

 というか変態になりたくない。

「意気地なしのようですね」

「大きなお世話だ」

 迷いの無い顔が怒りを覚えさせる。

 メイドに何を仕込んでいるんだか。

 一から作るNPCに自分好みの性格を付けるのは珍しくは無いが、酷いなと思った。

 ペロロンチーノなら規制のない事を喜ぶだろうな。

「紳士気取りの意気地なしは本物のモモン様のようですね」

「……それで本物と言われるのは嫌だな……」

 ここで開き直ってメイドの胸を揉んだら偽物呼ばわりされるかもしれない。

 それはそれで腹が立つ。

「魔導国で蘇生魔法を使用なさらない理由は教えていただけるのでしょうか?」

「こちらの金貨で蘇生させたい者が居る」

 このやり取りを毎回繰り返すのは拷問のようだ。

 人任せにしたり、自分の資産を減らしたくない心の小ささが生んでいるので仕方が無い。

 強引な手で行(おこな)おうとすれば良い結果は得られないだろう。

 ちょっとした頼みごとの為に全面戦争に発展するのは非常に困る。

「その者はモモン様にとって災厄を振りまく者ならお止めになった方がよろしいです。現状を維持していれば半年後に世界崩壊のフラグが立ち、争いの絶えない楽しい世界へと変貌するでしょう」

 物騒な事を言っているようだが、実際そうなる予感がする。

「それはもちろん一ヶ月ほどモモン様が部下に任せて怠惰な生活を送れば、の話しでございますが……」

 一ヶ月丸まる休息してはならないという意味だろうか。

 働く質にもよるのかもしれない。

 ずっと書類を処理する事とか。

 何らかのモンスターなり、ここの複製なりを倒す、はたまた仕事をしていれば世界の崩壊は止められる、かもしれない。

 推測に過ぎないので実際にどうなるのかは分からないけれど。

「私が命令を受けた時点ではモモン様は我が主を葬りたくて仕方がないとお見受けしますが、それは現在でもお変わりはありませんか?」

「んっ? ん~……。多少は……、事情が変わってきた」

 というか、既に葬ってしまった。

 『マグヌム・オプス』に異常が無いなら蘇生は不要かもしれない、という考えが脳裏に浮かんだ。だが、作業を継続している者を放っておくわけには行かないし、無理に止めるのは色々と危険だろう。

 世界にメイドが何人か散らばったままのようだし、南方には黒い仔山羊が一体居る。

 あくまでメイド達は素材調達の任務のみ与えられているので『万魔殿(パンデモニウム)』は完成させられないはずだ。

 まだまだ色々と改良しなければならないし、部屋の配置も未定で打ち合わせ中だと聞いている。

 メイド達で独自に判断できるとは思えない。命令を与えるのも面倒くさそう。

 蘇生魔法一つで随分と労力を使っているのだから。

 これが自分のところなら安易に他人の命令には従わせない。色々と面倒くさい質問を与えるだろう。

 目の前のメイドのように。

 ここで業(ごう)を煮やして『いいから、蘇生魔法の使えるメイドを連れて来い』と言えば相手の思う壺だろう。

 自分ならそうする。

 だが、のんびりと待っていると部下が駆け込んできてしまう。

「……質問の開始から五分経過……」

 待つだけなら三十分でも待てるかもしれない。

 十五分後にアウラ達が姿を現すがモモンは待機を命じる。そして、黙っているように命令する。

 更に待つこと三十分。

 苛立つアウラ達に我慢してもらっているとメイドが両手を横に伸ばして肩をすくめる仕草をする。

「そこまで私の裸を観賞したいとは恐れ入ります」

「……どうしてその結論に至った?」

 つい突っ込みを入れてしまう。

 エロい話題には敏感になってしまうようだ。

 案の定、メイドが薄く笑う。

「最後の質問と致しましょう。モモン様、主を蘇生させるご意志があるのですか?」

 ストレートな質問に無い心臓が跳ねる。

 言葉として聞くと結構なダメージがある。

 ここでどうして知りえた、と聞くのは間違いだと感じた。

 かまをかけることは読み合いでは基本だからだ。

「……んー、奴の言葉で言えば……。これはこれ、それはそれ理論というやつだ」

 聞いた単語をメイドは復唱しているようだ。

 それによって必要なフラグを立てているのだろう。

 メイドは手を数回叩く。

 合図により現れたのは血まみれのメイドが一人。

「………。………」

「畏まりました。こちらの紳士気取りのクソ……、失礼しました」

 怒りのオーラは噴出したが、その後なんと続くのか気になってしまった。

 ナーベラルも色んな下等生物の名前を言うのでおあいこにしたいところだが、対象が自分だとムカつく。

 用が済んだら始末したい。今は忍耐力が試されている。

 安易に激怒していては今後の活動にも影響が出るだろう。

 国王としてもアダマンタイト級の冒険者としても。

 品位が問われる事態に対処できなくてはならない。

「私の権限で五の宝物庫を開放いたします。ただし、警備の観点から一日のみとさせていただきます」

 影の国の魔法戦士(オイフェ)の言葉にモモンは頷いた。

「………」

 もう一人のメイドに命令を下した後、影の国の魔法戦士(オイフェ)は転移で消えた。

 数分後にまた現れる。

「では、モモン様。そのメイドの女性器を触りながらご命令をどうぞ」

「……帰ろうかな……。何なの、その命令は」

「クスっ、冗談ですよ」

 と、無表情で言う影の国の魔法戦士(オイフェ)。

 力いっぱい殴りたい。

 ヤントラの会話に合うのはペロロンチーノしか居ないかもしれない。

 確実に『えっ? いいの?』と大喜びする姿しか浮かばない。

 悪乗りするぶくぶく茶釜が声を当てたり、という最悪な状況が目に浮かぶ。

「そちらのメイドにご命令が済みましたら、私と共に執務室に移動いたします」

「うむ」

 メイドへの命令の前にアウラ達には六と七の宝物庫に待機するよう言いつける。決して現れるメイドに話しかけたり、触れたりしないように、と。

 モモンは小さな声で命令を下すとメイドは疑問を抱かずに転移した。

 それから影の国の魔法戦士(オイフェ)の手に触れて地上二階の執務室に転移する。

 影の国の魔法戦士(オイフェ)は主が座っていた執務室の椅子に座る。

「……まだ月にも行っていない内に始末されるのは迷惑です。細かい打ち合わせが残ったままだと世界全体にとっても悪影響です。魔導国に大質量の物体を落としたいのですか?」

「すみません」

 言っている事は間違っていないし、そういう危険な想定もありうる。

 まして、大質量の物体が五千メートルから落ちるのは星にとっても結構なダメージとなる、気がする。

 もちろん製作程度にもよるだろう。

 積み込んでいる小さな物質でも結構な散弾の雨となる。

 あくまで解呪されたら、起きるであろう大惨事だ。

 命令の程度によれば、それくらいの大惨事は覚悟しろ、という意味で言っているのかもしれない。

「蘇生による数日間の記憶喪失は大きいですよ。予定が狂うかも知れない」

「それについてはこちらのメイドを動員する」

「了解しました」

 口を尖らせるメイド。

「モモン様はメイドの胸やら裸にはご興味はありませんか?」

「はっ? きょ、興味は……ある。男だからな」

「命令一つで触り放題ですよ」

 命令すれば出来ないことは無いだろう。

 おっぱい丸出しで働けと命じればナザリックのメイドはたぶん、涙目で従うだろう。

 少なからず羞恥心は持っているらしい。

「裸に抵抗があるなら海水浴はどうされるのですか? 水泳禁止とか?」

 こちらの世界に来て水泳に関連した事柄は体験した事が無い。

 各都市と森とナザリック内くらいしか移動したことが無い。

 少し遠出して海で遊ぶ事は無かった。

 四季があるのに季節を楽しむことがない。ナザリック地下大墳墓の中で完結しているけれど、本当の自然はあまり楽しまなかった事を思い出す。

「……海に近ければ水着を着て海水浴も悪くないだろう」

 下着は恥ずかしいが水着は問題ない、というのもおかしなものだ。

 娯楽の要素も忘れてはいけないだろう。

 そんな事を話していると執務室にメイドが転移してきた。

 扉を開けずに転移の移動が多い。

 転移妨害した場合は壁を見つめたまま動かなくなる気がした。

「準備が整ったようです。向こうの部屋へどうぞ」

「うむ」

 影の国の魔法戦士(オイフェ)ともう一人のメイドと共に部屋を移動する。

 椅子が一つしか置いていない簡素な部屋。

 モモンはこんな部屋でも『マグヌム・オプス』にとっては最重要拠点のひとつだと理解している。

 着替えと思われる服装一式が持ち込まれていた。

「では、始めてくれ」

 モモンの言葉に影の国の魔法戦士(オイフェ)は頷き、メイドに命令する。

 もし、拒絶していれば何も起きない。

 ヤントラの性格からは途中で仕事を投げ出すような無責任さは無いはずだと思う。

 予め開いておいた窓から、階段からと液状化した金貨のうねりが玉座の間に集まってくる。

 頼んだ魔法は最上位の蘇生魔法。肉体が無くても問題は無い。

 モモンは自らの行動を正当化する気は無いが後悔は少しだけある。でなければこんなことはしない。

 数日間の記憶が消えるのは都合がいいのか、それは実際のところは分からない。

 多少の愚痴は聞き流せばいい。

 さすがに金貨の残量を考えずに始末するのは危険なので、今度はちゃんと確認してから殺してやろうと思った。

 あと、室内で殺す魔法が意外と使えないのも困ったものだ。

 広範囲の爆発で一般メイド達が巻き込まれてしまう。

 屠殺場も派手な魔法が使えないので、戦場でもないと思いっきり暴れる事はできそうにない。

 シャルティアとの一戦では周りの被害はあまり考えていなかったが、結構な大破壊にはなっただろう。

 砂漠化するほどに。

 ブルー・プラネットが見たら激怒するに違いない。

「主の身体を触り放題ですが……」

「私は変態ではない」

 そう答えると影の国の魔法戦士(オイフェ)は舌打ちした。

 真面目一辺倒では面白くない。

 自由な発想と言えばいいのか。

 堅苦しくない対応も考え物だ。

 羨ましいとは思うのだが、良心が抵抗している。アンデッドだけど。

 アンデッドなのに、というのが正しいか。

 メイド達の仕事のためを思えば、という無茶な論理で無理に納得させる。

 強引な思考は比較的得意だ。

 今後の覇道の必要な物は何でも利用してやる。それが魔導王アインズ・ウール・ゴウンだ。

 

 

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