提督が高二の夏は特別だぞと彼に言っていましたが、艦娘には関係ないぴょんねえ!! と、うーちゃんは思っていたのでした。提督にヨシヨシされて川内達とサッカー部の子達と食って遊んで夜に熊野と長電話することが、提督の言う「特別」なんだということに、それがなくなってしまうまで気付けなかったのですぴょん。

1 / 1
卯月、連れ込み宿に連れ込まれる × 夏と青春のシンデレラ

/起 卯月と痴漢の男の子

 うーちゃんの前には最近両開きになった電車のドアがあって、窓に夜の街並みが通り過ぎていきます。

 ずっと握っていると生暖かくなる手すりがちょっと気持ち悪いですぴょん!

 実は、一人で電車に乗るのは今日が初めてです。はっずかしーぴょんね!

 大和もみんなもからかいながら心配してくれたけど、なせばなりましたぴょん! さっすが、うーちゃん!

「──あうっ」

「あ、すいません」

 電車が揺れた拍子にサラリーマンの男の人が強く背中にあたりました。

 思わず背筋が跳ねましたが、ぺこっとして前に向き直りました。

 うーちゃんがどうしてこんな慣れないことをしているのかというと、帝都にある軍病院に通わなきゃいけないからですぴょん。鎮守府の近くの軍病院じゃダメなんですぴょん。そこに艦娘の誰が毎日通わなきゃいけなくて、今までうーちゃんは一度もいかなくてよかったんだけど、夏の異動でお鉢が回ってきましたぴょん!

 一部の艦娘は「こんなの人体実験じゃあ!」って言うけど、今日は一日身体計測して、ぐるぐる回る機械の中に入って、これから毎日飲むお薬もらっただけでした。楽勝ですぴょん!

 採血の針が艦娘専用のぶっとい針で、ちくっていうより、ぢぐぅ゛ッ、ぶすぅ゛ッて感じでとても痛かったですぴょん! スズメバチの針みたいでしたぴょん! あれ潮や文月が見たらヒエーッてなりますぴょんね!

 ……。

(……ふう)

 あと三駅、はやく着かないかなあ。

 気疲れしましたぴょ~ん。

 もう夜の八時ぐらいですが、かなり人乗ってますぴょん。みなさんお疲れ様ですぴょん。でも、うーちゃんは電車より海の方が好きです。これから毎日乗るのはちょっとユーウツです。

 はやく鎮守府に帰りたいぴょんねえ!

 今日は久しぶりに提督が来るかもしれないって、朝、大和が言ってました!!

 それに仲の良い海軍軍人とロケット花火艦隊決戦の決着をつける約束があるぴょんねえ!!

 楽しみに────

(──あれ?)

 ……お尻になにか当たったぴょん。

 鞄かな?

 辛抱、辛抱。

 もうちょっとで着くぴょん。

(……あ、あれ?)

 また当たってる。

 う、動いてるぴょん。

 スカートの上からお尻をすりすりしてる。

 これは、手の甲だぴょん……。骨がごつごつしてて、きっとそうだぴょん……。

 い、言った方がいいのかな。

 すいません、手が当たってますぴょんて…………。

 でも、それってもしかして痴漢じゃ──

(──ひッ)

 お尻の肉が、抓まれました。

 スカートの上から、男の指がわたしのお尻を抓んで、いや違う、ちょっとだけ指を押しつけられてるだけ。

 なのにそこから怖気が体中に広がって、

 頭がくらくらして……。

(ぶ、ぶん殴らなきゃ)

 で、でも脚がふわふわする。

 全然踏ん張れなくて────ふ、振り向くなんて……。

(う、う、うーちゃんが痴漢に…………?)

 お尻が麻痺したみたいにジンジンする。その神経があっという間に広がって、とてもとても気持ち悪くて……。

(うそ、うそだぴょん……)

 指が、スカートを捲りあげてお尻をなでる。

 今すぐ止めなきゃいけないのに、その指が動く先にこころが集中してしまう。

 今すぐ振り返ってぶん殴らなきゃいけないはずなのに。

 指がお尻をなぞっていく。

 怖い。

 怖い。

 だれか。

 だれかっ。

 提督……っ。

「…………ぅっ」

 下着とお尻の間に指が入った。

 もう〝もしかして〟じゃない。

 男の指がお尻に沈んでいく。

 気持ち悪さで目の前がチカチカして。

 いま自分がどこにいるかもわからなくなって…………。

 自分がなんなのかも………………。

「──そんな小さい子相手に痴漢かよ、おっさん!!」

 大きな声。

 身体と身体がぶつかる音。たたらを踏む音。

 指が、離れた。

 ざわざわ。

 どよめき。

〝まもなく駅に到着します〟のアナウンスが、ぼうっとした頭に他人事みたいに…………。

 うーちゃんは…………。

「きみ、大丈夫?」

 肩を、叩かれました。

 びくりとしてゆっくり振り向くと、スポーツバッグを肩から掛けた背の高い男の子がサラリーマンの手首を掴んでいました。そして、周囲の乗客がわたしを見ています。

 蛍光灯の真白い光でぼんやりとする視界。

 わたしが……わたしは、痴漢に、あっていたんだ……。

 顎が震えました。

「だ、だい、だいじょぶ、です…………」

 なんとかそれだけ言いました。

 ざわめきが大きくなり、手首を掴まれてるサラリーマンのおじさんに視線が集まると、おじさんは顔を真っ赤にして口をパクパクさせていました。

「お、おれはやってない!」

「こんな大人しそうな子を狙って痴漢すんのかよアンタ」

 吐き捨てた高校生は、とても背が高くて腕を振って抵抗するおじさんにまるで動じませんでした。

「きみ、どうする? 警察まで一緒に行こうか」

 高校生の子は怒っていました。

 努めて優しい口調を作りながらも怒っています。

 それで、ずっと浮き足立っていたうーちゃんが戻ってきました。

「け、警察は、だめです……」

 電車が減速を始めました。

 いつの間にか窓の外を駅のホームが流れています。

「そう……そっか、そうだよね。わかった………………」

 高校生の子が手を離すと、サラリーマンのおじさんは〝やってねえって言ってんだろ〟と叫きながら開いた扉から出て行きました。

 男の子はそんなおじさんのことなんてもうまるで気にしていないように、こちらを見ました。

「……もしかして、きみもここで降りる?」

「つ、次の駅です」

「そう。よかった。あれが降りた駅じゃ嫌だもんな」

 肩をすくめて、男の子は安心したように笑いました。

 それから近くにいたOL風のおばさんに「気づいてあげられなくてごめんね。大丈夫だった?」と、声を掛けてもらいました。

 他にも何人かに声を掛けられて……きっと酷い顔をしてるんだと思いますぴょん。

 でも、時間が経つにつれて逆にうーちゃんは段々頭がはっきりしてきて、今更おなかが熱くなってきました!

 震えも止まりました!

 全部終わってしまってからようやく、戦闘態勢になったですぴょん…………。

 つまり、うーちゃんは…………!

「着いたよ。降りよう」

 優しく背中を叩かれました。

 そして電車を降りてホームのベンチに座りました。

 身体が震えます

「大丈夫?」

「う、うぅっ」

「う?」

「ウガ~~~~~~~~~ッ!!」

 うーちゃん、艦娘失格だぴょん! 恥ずかしいぴょん! こんなこと誰にもいえないぴょん!! 痴漢に触られて何も仕返しできなかったなんて、信じられないぴょん! サノバ○ッチだぴょん!! ファッ○ンブル○ットだぴょん!!

 くそくそくそくそ~~~~ッ!!

「ウガ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!!! …………ううぅ、ううっ……うぅぅ…………」

 うーちゃんのプライドが……。

 こんなに情けない艦娘だったなんて…………。

 ……卯月はもうお嫁にいけません………………。これから一生深海棲艦と戦って過ごします…………。老後の楽しみは勲章を数えることです…………。

「す、すごい声だね」

「──はっ」

 構内の人が、反対のホームの人までみんなこっちを見てるぴょん!

 隣の高校生の子も目を丸くしています!

「ごめんぴょ…………ご、ごめんなさい。痴漢されてなにもできなかったのが、く、くやしくて」

「そっか。ははっ、きみおとなしそうに見えたけど、実はすごい元気な子なの?」

「すいません……」

 踏んだり蹴ったりだぴょぉぉぉぉぉん!

「いいよ。でもすごいな。すぐ立ち直れて」

「た、立ち直ってないです! すっごい落ち込んでまっっす!」

「いや、なかなかそうはいかないってわかるよ。俺も痴漢されたことあるんだ。結構引きずったな。気持ち悪くて、電車変えたりしてさ」

「う、うん…………うん?」

 え? どういうこと?

 男の子は肩をすくめて言いました。

「俺も痴漢されたんだ、男だけど。なかなかいないよね」

「う、うッそぴょん! キミ男の子だッぴょん!」

 普通の男の子だぴょん!! かなり背が高いけど普通の男の子だぴょん!!

「でしょ。だから誰にも言ってない」

 といいつつ爽やかに笑ってますぴょん。

 う、うーちゃん慰めるのに嘘言ってるの?

「中学のとき。朝だったけど同じ路線でさ、尻に手が当たって、早くどけろよな~~って思ってたらそのまま撫で始められて。自分が痴漢されるなんて夢にも思ってなかったから、気づいたときは頭真っ白になったよ。振り向いてやめろって言えばいいのか、この人痴漢ですって言えばいいのか、いやでも俺男だしな恥ずかしすぎるだろってさ……。下見ると、普通のサラリーマンっぽい革靴がぴったり俺の真後ろに立ってるんだ。怖かった」

「…………そっ、それからっどうなったぴょん?」

「いや、それっきり。さんざんひとの尻撫で繰り回して次の駅で降りてったよ。実際やられるとやばいよな。俺は触られたところから電流が走って、嫌悪感っていうか、気持ち悪さが体中を駆け回って頭がいっぱいになって金縛りになったみたいだった」

「わ、わかる! わかるわかる!! わかるぴょん!! キミエスパーだぴょん!! すっごいぴょん!!」

「だから、本当のことだって」

 男の子は苦笑しました。

 ……なんかいい子だぴょん。

 うーちゃん慰めるためにこんな話してくれたんだぴょん。

 ……。

「助けてくれてありがぴょん。痴漢止めるのって、きっと勇気いるぴょんね」

「そんなことないよ。それよりきみの方だよ。さっきまで死にそうな顔してたからすごい心配してたのに、すごい元気じゃん」

「う、そ、それはね。じ、事情があったぴょん…………事情が!」

 たかが病院で気疲れして索敵を怠り痴漢されても反撃できずされるがままだった艦娘、卯月!!

 うぅぅ…………。

 みんなに知られたら〝艦娘の恥〟勲章だぴょん……。

「そ、そんなに酷い顔だったぴょん? ほら、蛍光灯が青白いぴょんから、そう見えたってことが、あっ、あるぴょん……」

「いや、顔真っ青だったし、一目で分かるほどガッタガタに震えてたから」

「うぅぅぅぅぅっ! ううううううぅぅっっ!!」

 痴漢に心胆寒からしめられた艦娘、うーちゃん!!

 ……うーちゃんのプライドが…………。

 ゴマ塩にされていく…………。

 もはや、〝艦娘の敵は深海棲艦より痴漢だぴょん派〟を立ち上げるしかないぴょんな!!

 うーちゃんが頭を抱えると、男の子がへらへら笑いました。

「なにおかしいぴょん!」

「本当に、後引いてないみたいですごいなと思って」

「ひ、ひいてひいてる! すっごい尾を引いてますぴょん! どうやったらうーちゃんのプライド取り戻せるのかずっと考えてますぴょん!!」

 男の子はまた笑いましたぴょん。

 な、何が面白いのかわからんぴょん!

「もう大分遅い時間だけど、どこに通ってるの? その制服もあんまり見ないし、どこ中?」

「中学生じゃないぴょん! うーちゃん艦娘! 艦娘の卯月っていいます。よろしくぴょん! あ、あと、うーちゃんが可愛いから勘違いするのは仕方ないけど! でもキミより年上! ちゃんと年上の女性として扱ってね!!」

 それを聞いて、男の子はぽかんとしました。

 それから「ふうん」とだけ言って、自己紹介しました。彼はちょっと遠い、帝都の高校のサッカー部に所属していて、その帰りだったそうですぴょん!

 男の子に促されて、うーちゃんたちは電車が出たばかりのホームを連れだって歩き、階段を降りていきました。

「余計なお世話かもしれないけど、卯月の立ってたところ、危ないからあんまり立たない方がいいよ」

「え、どういうこと?」

「卯月側のドア全然開かなかったろ。それが痴漢にとってやりやすいんだって、女子が昔言ってた」

「へ、へえ~…………それはぁ、いいこと聞いたぴょんねぇ!!」

 誘引、包囲、殲滅!

 あそこで待ってれば痴漢がくるぴょん!!

 うーちゃんのプライドを削り節にしてくれた報いは受けてもらうぴょんねえ!!

「……立っちゃダメなんだぞ?」

「う、うん!!」

「なんか卯月って危なっかしいな」

「う、うるさーーい!! うーちゃんはキミより年上なんだぴょん! 卯月さんって呼びなさいぴょん!!」

 話しているとすぐにキップ係の駅員さんしかいない改札に着きました。

「じゃあ俺、まだ先の駅だから」

「えっ! じゃあわざわざ降りてくれたの?」

 え~~~~っ!

 てっきり同じ降りる駅なんだと思ってましたぴょん!

「艦娘だかなんだか知らないけど、あんま遅い時間に電車のるもんじゃないよ」

「だからっ、年上だってば!!」

 男の子はあっさり笑いました。

「じゃあね。お互い二度と痴漢なんかに遭わないといいな」

 この子。

 ちょっとぶっきらぼーだけど、うーちゃんショックだろうっていろいろ話しかけて気を遣ってくれたいい子ですぴょん!

 なにかお礼してあげたいけど、ガマグチにはホコリしか入ってません……。

 どうしよう。

「ちょ、ちょっと待って!」

 うーちゃんのミニバッグを開けようとしたその時、

「────卯月!」

 聞き慣れた声。改札の外、高架下。

 白い軍服。肩にベタ金。

「し、しれいか、じゃなくて提督っ!」

 提督がいるぴょん! なんで? なんでぴょん?

 とっても嬉しいぴょん!

 駅員さんに切符を放り投げて提督に飛びつきました。

「とっても久しぶりだぴょん~! どうしたの? もしかして、うーちゃん迎えにきてくれたの? 嬉しいぴょん~! って、え、待って! もしかしてずっとここに立ってたの? そんなわけないぴょんね? たくさん軍人さん通るからそんなことしないぴょんね??」

「そう捲したてるな。大丈夫だ」

 提督は苦笑いしてます。

「おかえり卯月。大変だったな」

「もーほんとうに大変だったぴょ~~ん……。はーちょっと提督頭撫でて」

 提督に頭触ってもらうと気持ちが楽になるぴょん。

 不思議だぴょんね~。

「なんだ? おまえ本当にくたびれてるな。萎れてるぞ髪が」

「うん……」

 痴漢のこと提督に言ったらすごく怒るだろうなあ。

 どうしよう……。

「そんなに大変だったなら病院まで出迎えてやればよかった」

「え?」

「今日は、丸の内会館から紅葉館だったからな。病院まで迎えに行ってやろうか迷ったんだ。芝からならそう遠くないだろう」

「そっかぁ。うーちゃんも提督と久しぶりにドライブしたかったな…………」

 そしたら提督と車で二人きりでたくさんお話しできたのに……。

 でも現実は電車で痴漢ですぴょん…………。

「……それより、後ろの彼は? 親しげに話していたじゃないか」

「あっ! ご、ごめんぴょん!」

 振り向くと、男の子は近くのキップ係の駅員さんと微妙な距離を保って所在なさげにしてましたぴょん。

 迂闊!

 ごめんぴょん!

 忘れてたわけじゃないんだけど、忘れてたって言うか、ちょっとはしゃいだぴょん!

 うーちゃんの代わりに提督にお礼をしてもらおうって思ってね、それでね……。

 ……。

 でも、そっか……。

 提督に痴漢されたこと言わなきゃいけないんだぴょん。

 ………………痴漢されたことは言いたくないなあ。

 言いたくない。

「……あのねえ、提督」

 向き直ると、提督は暢気にニコニコうーちゃんの言葉を待っています。

 胸がきりきりする。

 言えば提督とっても怒って悲しむぴょん。

 人知れず悪いことしてしまったとき、こんな気持ち。

 ……言いたくない。

 うーちゃんが胸に仕舞って我慢すればそれで済むこと。

 男の子には頭を下げてこのまま別れてしまおうか。

「あのね、実はね、提督…………」

 なかなか言わないうーちゃんに提督の顔が訝しげになっていきます。

 思わず男の子の方を見ると、親指で後ろを指しました。電車の音。もういいから行くよって。安心させるような顔。思い出す、下着越しの痴漢の手の生温かさ、気持ち悪さ。痴漢を睨んでいる怒った顔の男の子。

 きっと、痴漢を止めるってすごく勇気がいったぴょん。

 とってもとっても、勇気がいるぴょん。

 だから、

「…………実は、うーちゃんさっき電車で痴漢されてね」

「──痴漢、だとォォッ!!!!」

 鎮守府まで届きそうな大きな声が鼓膜を震わせました。

 提督は怒ると怖い。

 うーちゃんみたいに奇襲にあっけにとられて怒るタイミングを逃がすことはしませんぴょん。

「……うん。それでね、あの子がね、痴漢から助けてくれたの。それにね、降りる駅ここじゃないのに、ここまで見送ってくれたぴょん」

 提督は、ゆっくり駅の方を見ました。

「その痴漢野郎は?」

「……あの子が捕まえててくれたんだけど、逃がしてもらったぴょん。……提督、うーちゃん、間違ってないよね?」

 うーちゃんは艦娘だから。

 人間とのトラブルは避けないといけませんぴょん。

 怖い顔をしていた提督も。眉間にしわを寄せていましたが、でも一瞬こめかみをもむようにすると、もう次にはいつもみたいに笑っていましたぴょん。

「よく頑張ったな。えらいぞ、卯月」

 もう全然大丈夫なつもりだったのに。

 そう言って頭を撫でられただけで、ちょっとだけ涙が出ました。目元をゴシゴシして誤魔化しました。

「さて、じゃあまずは娘を助けてくれたお礼を彼にしないとな!」

「う、うん!」

 提督はノシノシと改札の方に歩いて行きましたぴょん。

 すぐに怒ったり、気持ちを切り替えたりできる提督は本当に大人です。うーちゃんは自分のことなのに怒れませんでした。情けないぴょん。

 ……男の子は、うーちゃんたちを待っていました。

 キップ係さんがちらちら提督を見てびくびくしていたのがちょっと面白かったですぴょん。

「きみ、ちょっとこっちに来なさい」

 そ、そんな警察みたいな言い方しなくても!

「いや……俺まだ先の駅なんで」

「いいから。来なさい」

 男の子がちらりと一瞬こっちを見たので、うーちゃんはニッコリ笑いました。

 それからちょっと逡巡すると、彼は駅員さんに定期を見せて改札を出ました。

 そして自分の近くまで来るやいなや、提督は男の子の肩をがっちり両手で掴みましたぴょん!

「きみッ、よくやってくれたなッ!」

「あ、はい……」

 戸惑う男の子に提督はお礼と賞賛の言葉を浴びせまくりました。すごい勢いです。うーちゃんもなんかニコニコしてきます。

「おっとすまない。俺はこういうもんだ。よろしくな」

「あっ、少将さんだったんですか!」

 背筋を伸ばして自分の名前を言った男の子は、なんだか目上の人と話すのに慣れている感じです。

「なあ! 君さえよければ、お礼がてら家まで送ってあげたい!」

「い、いいんですか?」

「ああ! もしかしたら電車の方が速いかもしれないがな!! ふははっ!!」

「いえ、今日雨でしたから、助かります!」

 男の子は、路線の終点、畑と海と山ばかりのド田舎(←失礼)に住んでいましたぴょん!

 高校からあまりに遠いド田舎(←失礼)なので、友達からは三崎くんと呼ばれているそうですぴょん! 短い間ですがうーちゃんもそう呼ぶことにしました。

 それから、もう一つの改札で張り込んでいた運転手さんを拾ってみんなで夜のドライブを楽しむことになりました!

 うーちゃんめっちゃウキウキしていました!!

 提督とのドライブめっちゃ久しぶりだぴょん!! やったぜ!!

 って。

 なのに。

 それなのに……。

 車中で男二人は、うーちゃんを除け者にして和気藹々盛り上がっています。

 なんだか、提督が欧米視察に行ったときにパーティーで会った海外のサッカー選手やスタジアムの話だとか、三崎くんの学校が部活の高校選手権予選で早々に負けちゃった話とかで盛り上がってますぴょん。うーちゃんそんなの知らんぴょん。っていうか、なんでうーちゃんが助手席なの? おかしくない? 普通、うーちゃんを間に挟んで「痴漢されて怖かったね。かわいそう、もう大丈夫だよ」って慰めてくれる場面じゃないの!!

「──構ってよ~~~うーちゃんにもっと構ってよ~~~~~」

 って、ごねても全然構ってくれません。

 そうこうしている内に、あっという間に山を越えて海兵団駐屯地も通り過ぎました!

 うーちゃんは一言も会話をしていません!! 完全に蚊帳の外です!!

 やばい!!

「あっ、あのねえ! うーちゃんねえ! サッカーはねえ! アルゼンチンが好き!」

「おまえが好きなのは優勝した国だろうが。いいから座席に立つな、後ろを向くな。……おい、飛び跳ねるな!!」

「ふふ」

「ああ? 何が『ふふ』じゃぴょん、三崎くん! うーちゃんの酸素魚雷五連発食らうか? んん? あと、うーちゃんのけ者にすんな!! かまって!! かまってください!!」

「馬鹿なこと言ってないで、おまえもちゃんと彼にお礼言ったんだろうな?」

「い、言ったよ! 何度も言ったぴょん!! ねっ、三崎くん!」

「…………そうだったっけ?」

「おい、卯月」

 エッッ?!

「は、はっ、はあ~~~~? はあ~~~~~~~?! い、言った! うーちゃん言ったぴょんよ!! 三崎くん!! 言ったって!! たぶん!! 言ったよねえ!! ………………あ。ありがとぴょん!!」

 提督と三崎くんが笑いました。

「ごめん。ちゃんと言ってたよ」

「はあ~~~~~~~~?!」

「かわいいだろう、卯月は」

「そうですね」

「くッ、くそくそくそくそくそ!!」

 ……といつつ、うーちゃんは、構ってもらえて嬉しかったのでした……。

 ほっとかないでよ! 男同士で喋んないでよ!!

 ……まったく!

 まあ、三崎くんもすぐに提督と仲良くなっちゃったし、よかったですぴょん! その後は、三人で三崎くんが今日が終業式で夏休みが始まったお話をしました。高二の夏は大切なんだから彼女作れよ、とか色々提督は説教をしていました。

「さっきの名刺。その裏に手書きの電話番号があるだろう」

 急に提督が言いました。

 もう三崎くんのお家に着きそうです。

「あ、はい」

 三崎くんは名刺を裏返していました。

「困ったとき、他に頼りようがなかったら掛けてみてくれ。もしかしたら力になれるかもしれん。例えば、君がたまたま雀荘に行ったら、運悪くガサ入って留置場送りにされたが早く出たいっていう時とかな」

 それ提督の実体験でしょ……。

 提督は、なんか真面目くさった顔しています。

「ありがとな、三崎くん。艦娘ってのは立場が弱いもんで、警察にはなるべく厄介にはなりたくないんだ。知っているかもしれないが、艦娘には艦娘のためだけの法律があって人間とは裁かれる法律が違う。裁かれる法律の違う艦娘と人間が争うことになった場合、その二つをブリッジするためのまた別の法律があるんだが……まあ、実際のところ、何かあったら艦娘の泣き寝入りさ。そういう事情だから、被害に遭ったあとに痴漢を捕まえて警察に行っても、意味がない。ないどころか、鉄道公安に艦娘の身分を明かしていたとしたら、本庁特高に注意報告が行って、暇な艦娘係に痛くもない腹を探られて卯月は嫌な思いをすることになっていただろう」

 提督が、うーちゃんを見ました。

「だから、君はとてもうまくやってくれた。心から礼を言うよ」

「……そのことなんですけど。今は、もっとうまくやれたんじゃないかなって、思っています。あんな風に、注目を集めるようなやり方じゃなくて…………。俺、頭に血が昇ってて」

「いいんだ。その時、その場所にいた、君が卯月を助けてくれた。それ以上はないさ。『別の』とか、『もっと上手く』とか、俺達にはないんだ」

 そういった提督は、今日一番優しい顔をしていました。

「また、卯月に会ったら、よろしくしてやってくれないか。君は、とても良い青年だ」

 そうして三崎くんのお家に着きました。

 お家は昔ながらの農家でお庭が広くて納屋や御蔵があります。

 うーちゃんがドアを開けて降り立つと、草と土の匂いがぶわーっとして、虫の鳴き声でみーみーしました。

 三崎くんを玄関まで送っていくと、家から小さな子供達が出てきました。ぎゃあぎゃあ騒いで、それから家の中に戻って三崎くんと一緒にうーちゃんに手を振ってくれました。

 うーちゃんは、最後にもう一度お礼を言いました。

 三崎くんもまた会おうねって、言ってくれましたぴょん!

 

 帰りの道は、うーちゃんも後ろの座席に座ります。提督にべたーってくっつきました。てーとくの軍服はおじさんの臭い。提督とふたりっきりになると甘えたくなったりいじけてみたりしたくなりますぴょん。不思議ですぴょんね?

「……てーとく、ありがとぴょん」

「ああ。それより、来週からは軍の車で送迎させるからな」

「え、やだ!」

 提督は昔から結構公私混同します。それを注意すると、「こういうのは公私混同じゃなくて背私向公って言うんだ」って言います。

 どういう意味なのってきくと、「私を背に、公を腹に、表裏一体頑張りましょうって意味だ。俺の娘が何百人も軍に居って、内務省にも艦娘たくさん預けて居って、私心なく滅私奉公できるはずがないだろう。そういう人間のための便利な言葉だ」って。

 うーちゃんを難しい言葉で煙に巻く気だな! って言うと提督は変な顔をします。結局、背私向公ってなんだぴょん!!

 ……提督とは、艦娘が生まれてほどなく、今から二十年経たないぐらい前に初めて会いましたぴょん。そしてお父さんになってくれました。

 提督と初めて会ったときにはなかった顔の皺は、うーちゃん達が作った皺です。艦娘のお父さんの皺です。

 だから、うーちゃんは今日ずっと気になってたことをききました。

「ねえ、提督、聞いてもいい?」

「なんだ? あ、痴漢にリベンジするなよ。リベンジ禁止だ」

「違うぴょん! ……今日の提督、ちょっと変だぴょん」

「ほお?」

「熊野と、喧嘩したんでしょ」

 うーちゃんの頭を抱えて、ぽふぽふしていた手が止まりました。

 いくら提督が公私混同マンでも、帰省する海兵団のひよっこ新兵共や他の軍人も多く通る改札の前でうーちゃんを待ってくれたり、お礼だからって三崎くんを送る車に自分も一緒に乗ったり、そういうのはいつもと違ってやっぱり変です。

「……よくわかったな」

「熊野から聞いたんじゃないよ。うーちゃんね、提督のことはみんなわかっちゃうぴょん」

 提督と熊野はもうずっと恋人です。

 うーちゃんは、熊野とよく電話をします。

 熊野は年々心配事ばかり増えていきます。もちろん、みんな提督のことです。

 提督が一度病気して、それから一層心配性になりました。

「てーとく。喧嘩のことは聞かないぴょん」

 もう十何年も前、まだ提督が若くて鎮守府にいた頃、お酒がたくさん入ったときに、ぽろっと言ったことがあります。

 俺がおまえらを誇りに思うのは哀れまないことだって。

 自分のことを哀れまないし、誰と接するのでも決して相手を哀れまない。立場ある人間の哀れみ体質ほど厄介なものはないぞ。その点、おまえらはどこに出しても恥ずかしくないって。

 どういう意味なのって次の日に聞いたら、「ハ?」ってすっとぼけられました。

 でも。それからうーちゃんは、ずっと「かわいそう」って言葉を使っていません。

「提督、なるべくお酒を控えて身体を大事にしてね。それから早く熊野と仲直りして、ずっとうーちゃんたちのそばにいてね。熊野のことも怒っちゃだめぴょん。提督が怒った気持ちが伝わって、うーちゃんたちは居場所がなくなるような気がしてとっても悲しいぴょん」

 見上げると、道路の外灯が提督の顔を明滅させていました。その顔は、一瞬だけ昔の若い頃の顔に見えました。

「ずっとそばにいてね」

 うーちゃんがもう一度言うと、提督は、

「怒っちゃいないさ……。一度だって、怒っちゃいない…………。熊野のことも、おまえらのことも…………」

 と寂しそうに言って、また、黙りました。

 

 

/承 どうか神様

「あ゛~~~~ち゛~~~~~~~~」

 夏の真っ昼間。地獄めいた太陽の日射しと熱気!

 アスファルトの照り返しで鉄板焼きにされてるみたいで、日陰がなくても海の上の方がまだナンボかマシですぴょん!!

「あぢぃぞ~~~~~~~~」

 あっ、向こうでかわいい女の子が日焼け止めクリーム塗り直してるぴょん! うぴょ~~~~かわいいぴょんな! うーちゃん日焼け止めクリームはいらないけど、なんか青春って感じで羨ましいぴょんね~~~~。

「よっ! 卯月、ごめん、待たせた?」

 汗を滲ませた三崎くんが、うーちゃんのいる木陰に駆け寄ってきました。

「今来たとこ~~~~。でもゆでだこになりそ~~~~」

「はいこれ」

 水滴を滴らせたお茶の缶をくれました!

「やったーーーー! ありがとぴょ~ん! ……カーーーーッ! うまい! うますぎるぴょん! は~~~~ふ~~~~! 三崎くん達、本当にこんな暑い中でいちにち試合してんの? 死んじまうぴょん!」

「しょうがないよ。ホストだし」

 三崎くん大きな背をかがめて、顎から汗を滴らせながら、缶を傾けました。

 目の前のグラウンドで、もさぁと砂埃が舞っています。

「でもこれはキツイぴょん!! 艦娘だって根を上げるぴょん!!」

「海のほうが涼しいんだ? 日射しとか、海の上のほうがきつそうじゃない」

「うーちゃん達は、全速前進でかっとばかすからね~~~~。ほら、海水浴場で走ってる水上バイク、あれ! あれを想像してほしいぴょん! ジャッジャッと水しぶき波しぶきあげて横目に見える陸がぐんぐん過ぎ去っていくぴょん!! 風がと~っても気持ちいいぴょん!」

「それは、涼しそうだね……」

 土曜週末の今日、このくっそあついなか! うーちゃんは三崎くんの学校にサッカーの練習試合を見に来ています!

 うーちゃんは、あれから三崎くんと仲良くなりましたぴょん! だって、あれから毎日のように、帰りの二十時の電車で乗り合わせるんですぴょん!

 三崎くんとは電車の中で色々お話をしました。

 そうしている内に、三崎くんが部活のみんなとたまに河川敷でボールを蹴っているってお話になりましたぴょん!

 艦娘も、昔は結構、近所の子供達とサッカーなんかをして遊んだりしましたぴょん! 最初はよかったのですが、うーちゃん達はどんな遊びでも、すぐに子供達より上手くなってしまって、手加減をしないと遊びにならなくなって……。うーちゃん達は、まっすぐな子供達相手にそうしなきゃならないのが、とっても辛かったですぴょん。だって、うーちゃん達も本当は思いっきり遊びたかった! 子供達と本気で遊んで遊んで、遊びたかったんですぴょん!!

 そういうことを三崎くんに言ったら、「じゃあまずうちの試合見に来なよ」って言ってくれて! うまくいけば、うちのとミニゲームでもして遊ぼうぜって、言ってくれたんですぴょん!

 嬉しかった!

 これからその前哨戦です!!

「あ、おい! こっちこっち!」

 三崎くんが立ち上がって、声を上げます。

 そして男の子が何人か、うーちゃん達の木陰にやってきました。

「卯月、こいつらが前言ってた谷川と植田。おまえら、こいつが艦娘の卯月」

「よろしく」「お~~~~、この子かぁ! たしかにすっげーかわいい! 卯月ちゃん? よろしく! 三崎より握力あるってマジ?」

「そうぴょん! よろしくぴょん! キミが、『左手でリンゴを潰す男』ぴょん?」

「早速だけど、ちょっと谷川と卯月とで握力勝負やってみてよ」

「……いいけどさあ。俺、女の子に怪我させたらやだな。試合前にテンション下がるぜ」

 谷川くんは三崎くんよりずっと小さいのですが、肩幅は三崎くんよりありそうです! シャツの袖を巻いて露わになった二の腕がめちゃめちゃ太いですぴょん!!

「大丈夫だよ、ただの女の子じゃないから」

「そんなこと言われてもなあ」

 すかさず、うーちゃんがすっと手を伸ばすとしぶしぶという感じで、谷川くんがその手を握り返してきて、さあやるぞって思った瞬間、

「──うおおおおおお! 卯月ちゃんの手、すげースベスベ!! なっ、なんだこりゃああああ!! 吸い付かれるうううううう!! …………う。やべっ。勃ってきた!! ごめん!! 勃ってきちゃった!!」

 谷川くんは二人から辛辣な罵倒を浴びせられています……。

 変な子ですぴょん……。

 

 そして。

 握力勝負で谷川くんの右手を捻りつぶしました。

 谷川くんは唖然としていました。

 さらにうーちゃんは藪に隠れて転がっていたボールを拾って地面に置き、間髪おかず、思いっきり蹴っ飛ばしました。回転が掛かったボールは弧を描いて、見事、グラウンドの真反対にあるゴールにノーバンで入りましたぴょん!

 一発で入るとは、うーちゃんも捨てたもんじゃないぴょんねえ!

「どおやぁ? 三崎くん? うーちゃんの言うこと、信じたか~~?」

 三崎くんは握力勝負のときは笑ってみてましたが、キックのときにはビックリしてました。

「し、信じてたけどさ……」

「なっ、なんだぁ……?」

 三人とも反対側のゴールを呆然と眺めています!!

 うぴょぴょ!!

 うーちゃん、いつもこの瞬間が大好きです!! やんちゃな男の子達に、圧倒的艦娘力を見せつけるこの瞬間が一番興奮します!!!!

 ゾクゾクしますぴょん!!

「卯月ちゃん? もう一回蹴ってくれない? なにいまの?」

「いいぴょん! でも、せっかくサッカー部の男の子たちがたくさんいるんだから相手のあることしたいぴょんね!」

「待った!! その前にちょっと腕触らせて! 筋肉どこにあるんだよ!!」

 うぴょぴょぴょ!!

 男の子達の熱いまなざしがうーちゃんに注がれています! 熱い! 熱いです!! あっ、うーちゃんのウサギ力が高まっていっています!! まずい! これはまずいですぴょん! うーちゃんのウサギ力がたまると、うぴょっぴょっぴょっぴょっ!!

「卯月ちゃんって中学生だよね? 何部? えっ、艦娘って学校通わないの? っていうか、カンムスってなに?」

「卯月ちゃん、もう一回勝負しようぜ! さっきのは本気じゃなかったから!!」

 植田くんと谷川くんの熱い、視線がっ!!

 うぴょ!!

 ぴょっぴょっぴょっ……うぴょおおおおおおおお!!

「じゃあ次は、うーちゃんの脚力をお見せしますぴょぉん!! 垂直跳びです!! 見ててください!!」

 うーちゃんのジャンプはヒトの肩を越します! 見てろよ!! 驚け!! そしてうーちゃんをもっとチヤホヤして!!

「ふんっ!! ──あッ」

 跳躍と同時に。

 うーちゃんのふんわりスカートが、ふわりと、思いっきり、まくれました。

 口を開けて、うーちゃんを見上げる男の子達の眼が、一斉に上から下へ。

 押さえたって、あとの祭りでした。

 着地と同時に、うーちゃんのまとめた髪の先が、ぺしりとお尻を叩きます。

「…………」

 カッと熱くなっています……。

 顔上げられません……。

 恥ずかしい!! 恥ずかしすぎるぞうーちゃん!!

 うーちゃんはいつもこうです! 途中までうまくいくのに調子にのって台無しにするんです!!

 ばかうづき!!

 うーちゃんがスカートをくしゃりとすると同時に、笑い声が響きました。

「あっひゃひゃひゃひゃっ! かっ、かわいいなあ~~~~! 卯月ちゃんは!!」

「確かにかわいい。三崎が連れてきた理由が分かったよ」

「そうだなあ! こういう子がタイプだったんだなあ! ほっとけないタイプが! にしても今時下着丸見えって! 確かにすげー運動神経だけどさあ! うっしっしっしっ!!」

「あんまり笑うな、おまえ」

 三崎くんの声が聞こえましたが、うーちゃんは顔を上げられませんぴょん……。

「よかったな。これでおまえ、ホモ疑惑なくなるぞ」

 突然、植田くんのとげっぽい声。

「……は? ホモ? 俺が? なんの話だよ、初めて聞いたぞ」

「そりゃ、女子がおまえに聞こえるようには言わないだろ」

 うーちゃんが顔を上げると、植田くんの皮肉な笑いが眼に入りました。

 三崎くんが少しかちんと来た様子で何か言おうとして、

「あっ、あんた達まだこんなとこいる! 時間!」

 と、校門の方から女子マネっぽい子が自転車でやってきて言いました。

「やべっ! 卯月ちゃん、俺ゴール決めるから見ててくれよな!! あ、終わったら握力計らせて!!」

 みんなが走り去っていきます。三崎くんだけ残って、下着丸見えうーちゃんをフォローしてくれました。恥ずかしい……。

 女子マネの子が、そばまで来て自転車を止めました。

「ちょっと三崎くん、マイペースもいいかげんに…………あれ、誰その子。あ、かわいい」

「佐枝、こいつ、艦娘の卯月。いい奴なんだ。ちょっと間抜けだけど」

「……珍しいね、女の子、三崎くんが」

「そうかな。まあちょっと気が合ったんだ。ね、卯月」

 そうして気付きました。

 三崎くんがニコニコしている横で、女子マネの子が、ショックを受けていることに。

 植田くんの小馬鹿にした視線の理由が、ほんのちょっとわかりました。

 

 かんかん日照りの中、試合は始まりました! コーチっぽい人の怒声や控えの子たちの声が、もうもうと熱気をあげるピッチにこだまします! あつい! マジあついぴょん!!

 谷川くんが一番ゴールに近いフォワードで、三崎くんはのっぽなのにタッチライン際にいました。谷川くんはすごいです! あんまり背が高くないのにゴール前で競り合うととっても強いです!

 ううぅ…………。

 声、出したい。

 声出して応援したい!

 三崎くんがんばれ~~~~ってやりたいですぴょん!

 でもこれ以上目立つのは……。

 うっうっうっ……………。

 あっ、三崎くんにボールが渡りました! なんか足元でコネコネしてますぴょん! 三崎くん! 三崎くんでかいんだからもっとゴールに近い方がいいんじゃないの?! こねっこねっ……って、あ、抜きました! 一人相手を抜きました! ドリブルして…………センタリング! ぉぉぉ───────って、あれ入った!! そのままはいっちゃった!!!!

「うおおおおお!! すげえぇぇぇぇぇ!! ずげーぴょん三崎くん!!」

 三崎くんが狙ったぞ、ってパフォーマンスしてます! 絶対嘘だぴょん!! でもすげー!!

(って、あ…………)

 周りの人が、うーちゃんを見ています。

 ごめんね、うーちゃん海の女だから、声が大きいの……。

 案の定、遠くで顧問とコーチっぽい人が二人、うーちゃんのことを話していました。艦娘の耳は地獄耳なので聞こえてしまいます。

「ありゃ誰だい」

「三崎が連れてきたんですよ。艦娘とかなんとかって。さっき助走なしで百メートル以上ロングシュート決めたって騒いでましたが」

「はあん。艦娘ねぇ」

「なんなんです、艦娘って」

「おまえ知らないのか。昔、地球外生命体だエイリアンだって散々騒がれただろう。人類以外のなんとか知的生命体だとか。そういえば、最近話をきかんな」

「はあ」

「若い者はしらんか……。歳をとらんときいて何を言うと思ったが、ありゃ本当にとらんのかもな。ただの子供じゃないか」

「まあどうでもいいですよ。うちの子達にちょっかい出さないでくれれば。今年の三年の二の舞だけはごめんです」

「まあ、そうだな」

 ……だって。

 それからは、うーちゃんは静かに観戦しました。試合は三崎くん達が勝ちました。

 その後、学校の近くの喫茶店でお茶して、三崎くんが出てくるまで待ちました。そして、出てくるのを見つけるとすぐに手を振りました。背が高いからすぐにわかります。三崎くんも、すぐに気づいてくれました。

 三崎くんは、「じゃあな! ロリコン!!」「またな!! ロリコン!!」「捕まんなよ合法ロリコン!!」「羨ましいぞロリコン!!」って他の子達に囃し立てられながらこっちに来ます。谷川くんと植田くんも「卯月ちゃん!」って、こっちに手を振ってくれています。女子マネの子もいました。

「……ねえ三崎くん、ロリコンってなに?」

「さあ。あいつら馬鹿だから。俺も言われてること、たまにわかんないんだよね」

 そう言って三崎くんは笑いました。

「それよりさ! あいつらいいってさ! 谷川も植田も他の連中もいいって、やるって!」

「ほんと!! うーちゃん達と本気でサッカーしてくれるぴょん?! やったぴょん!! みんな喜ぶぴょん!!」

「まあ、それは卯月達次第かな。遊びで一方的なったら、かわいそうじゃん」

「なッ?! そっ、それはこっちのセリフだぴょん!! あのねえ! 試合みたけどぶっちゃけうーちゃん達の方が上手いぴょん!! ぜんっぜんうまいぴょん!! 三崎くんたちもうちょっとサッカー練習した方がいいぴょんよ!!」

「はは。卯月さん吹くねえ」

「ふッ、吹いてるのは三崎くんでしょ!!」

 お空はだいぶ暗くなって、もう火星の煌めきがはっきりと見えました。

 うーちゃんは、この夕闇のこの時間が一番好きです。

 男の子と一緒に歩くって言うのも悪くありません。

「……三崎くん、今日はありがとぴょん。とっても楽しかったぴょん」

「こんなのお礼を言うことじゃないって」

 うーちゃん、今日は普通の女の子の気持ちが少しだけわかりました。

 とっても、いいものですぴょんね。

 

 

 艦娘は、どいつもこいつも遊び足りない組なので、うーちゃんがサッカー部の子達とサッカーするぞ~~~~って言ってたら、すんげー勢いでやるやるみんな言いましたぴょん! でもみんな任務あるし、三崎くんたちも夏休み毎日部活あるし、うーちゃんも病院あります。結局、三崎くんの学校の近くの河川敷なら、三崎くん達がたまに使ってるし、病院からも近いしでそこに決まりましたぴょん!

 誰かが持ち込んださっびさびの大小のゴールがあるだけですが、騒いでも近所迷惑になりませんぴょん!

 いつも、任務を終えたあと、電車に乗ってやってくる艦娘組を待って始まります。いつもたいていローテに合わせて五、六人の艦娘が来ます。一番よく来るのは川内です!

 そして真っ赤な夕暮れ。艦娘とサッカー部の男の子達が交錯する草地。裏抜けする川内とのアイコンタクト。ボールを足先で捉える感触。その軌跡。風のにおい。目の端がとらえる東の宵の星空。

「あはは! 楽しいねえ、卯月!!」

「やっぱりサッカー部の子達はうまいぴょんねえ!」

「艦娘ってすげー体力馬鹿……」

 って、もうサッカー部の子達がうんざりするほど相手をしてもらいました!!

 サッカー部の男の子達は、とても気持ちが良い子達でした。

 さわやかで陰になるところがまったくありませんぴょん! 三崎くんにそのことを話したら、すごく嬉しそうにしてました!

 遊んでいる内にみんなノってきて、ついにはフットサルコート借りちゃったりして、終わったら近くのお好み焼き屋さん借り切って呑み食いしちゃったりして、とっても楽しかったです!

 その勢いで、海水浴場にも行きましたぴょん! ぎゅうぎゅうの江ノ電! 人でごった返す灼熱の百三十四号線! 何度も遊んでいる内に仲良くなっていた川内と谷川くんが海そっちのけで浜辺でボール蹴り始めて「ざっこー! 川内ざっこー!」とかイチャついてるのを放って、浜辺のパラソル借りてビーチバレーしたりしましたぴょん!! みんな、毎日運動してるだけあって脱いでも身体引き締まってますぴょん!! まぶしい! 太陽よりまぶしい!!

 あとは、

「人多すぎて、波待ってんだかナンパ待ってんだかわかんないわ」

 ってぼやくウェットスーツ姿の足柄とバッタリ会ったら男の子達が興奮し始めて、特に谷川くんが、

「うおおおおおお!! すげえ美人!! ウェットスーツむちむち!! え、このひとも艦娘なの?! 艦娘ってちっこいのしかいないんじゃないの!! 違うの? そうなの? じゃあなんで俺たちの周りにはちっこいのしかいねえの?! あっ、どうでもいいや! 足柄さん俺とお付き合いしてください!! 特技は、」

 なんて言って川内に蹴られてましたぴょん!

 楽しかったぴょんねえ!

 男の子達と遊ぶと、どうしてキラキラした気持ちになるのかな。他の駆逐艦ズにきいても首を捻っていました。うーちゃん達、任務ばっかりだもんね。でもそれを変だと思ったことないし、周りの人間から「戦争ばかりでかわいそう」って言われても、ピンと来ません。それに三崎くんも、うーちゃんのことを「かわいそう」って言わないし。

 そうそう、三崎くんはとっても良い子なんですぴょん!

 うーちゃんが街の公園の清掃ボランティアしてるって聞いたら朝早いのにわざわざ電車で何駅も来てくれて、オジサンオバサンおじいちゃんおばあちゃんと、土いじりや家庭菜園の話で仲良くなれるような子なんですぴょん!

 すごかったのは、あるオジサンと仲良くなるきっかけを作ってくれたことです! そのオジサンはとっても気難しくて、怒りっぽくて、口下手な偏屈オジサンで、オバサン達が本気で嫌になってしまうような人でしたぴょん。

 でも、うーちゃんが「そんなに悪い人じゃないと思うぴょんよ。うーちゃんが困ってたら、黙って手伝ってくれたことあるし。仲良くしてみたいなあ」って三崎くんに言ったら、「うん」って言って草刈り鎌一つ持って歩き始めて、オジサンとなんか喋って一緒に草刈りやり始めて、うーちゃんがハラハラしていたら、オジサンが手招きして「おまえも一緒にやれや」って言うですぴょん!! うーちゃんは正直戸惑いましたが、三崎くんがあーだこーだと質問するとオジサンは普通に草刈りのコツを教えてくれます。笑顔もあって、最後には今度畑見に来いよ、とまで言ってくれましたぴょん!

 オジサンと仲良く掃除したことに、みんなビックリしてました!

 あとで三崎くんにどうしてすぐ仲良くなれたのか聞いたら、「卯月が優しいこと、オジサン知ってたんだ。だから卯月をダシにしたらすぐに仲良くなれた。たぶん、卯月は誰にでも優しいから、声を掛けていいものか躊躇っていたんじゃないかな。…………ね。あの人、確かに色々拘り強そうな人だけど、でも、普通のシャイなオジサンだったよね。知らないこと、色々教えてくれたし」って、あっさりさわやかに言うですぴょん!

 うーちゃんは、とっても嬉しくなって仕方ありませんでした。

「今ねえ! うーちゃんの中でかつてない三崎くんブームがきてますぴょんよ!!」

「よかったね」

「三崎くんはとっても優しいぴょんね!!」

「卯月が優しいからうまくいったんだよ。かわいい女の子に声かけるのって恥ずかしいし。歳食うとなおさら」

「そうかなあ! でも、うーちゃんは、そういうのすてきだと思うな」

 うーちゃんがそう言うと、三崎くんはにっこり笑いました。

「そっか。実は俺も、卯月がさっきのおじさんと仲良くしたいって言ってくれて、嬉しかった。あの人、うちの偏屈祖父さんに似てるんだよね。でもそういう人が根は悪い人じゃなかったりするし、試しに仲良くしてみればいいって思うんだけど、こういうこと言うと、変なのって他の奴に言われるから」

「えーっ!! 全然変じゃないぴょん! 誰がそんなこと言うぴょん!! うーちゃんが出て行ってとっちめてやるぴょん!!」

「谷川とか植田とか」

「………………そっか!!」

 三崎くんが笑ったので、すねを蹴りまくりました。

 そして、帰りの夜の電車。

 三崎くんは、うーちゃんをドア側に置いて人混みから守るようにしてくれていました。

 上を見上げると、背の高い三崎くんの顔が電灯で陰になっていて、それを見ていると、うーちゃんの胸に切ない気持ちがムクムクと沸き上がってきましたぴょん!!

 もっともっと、この子と遊びたいですぴょん!!

 なんか今、うーちゃん、すっげ~~~~楽しいんですぴょん!!

 これがきっとそんなに長く続かないのだとしても、うーちゃんはこの子達ともっと遊びたいですぴょん!!

 任務から離れている時間が長くなって、どんどんうーちゃんわがままになっている気がします!!

 でもでも、巷の女の子達がきゃいきゃい騒いでる気持ちが、今はすっごくよくわかりますぴょん!!

 三崎くん、うーちゃん今めっちゃ楽しいぴょん!!

 ……………。

 それから、その日の花火大会で三崎くんと手をつないでいるところを他の艦娘に見られて、ちょーからかわれました。恥ずかしくって、その晩は枕に頭を埋めてモガモガしました。

 でもそうしながら祈ったのです。

 あと、もう少し続けさせてください、神様……って。

 

 

/転 あるいは提督というお父さんとの別れの始まり

「でねっ、うーちゃん須賀の花火の時に聞いたんだ。こんなに遊んじゃって、部活に勉強に家の畑もあるのに大変じゃないの、大学行くの大丈夫なのって。そしたら三崎くん言ったぴょん! うちの部は、みんな浪人前提だけど俺は絶対に現役で行くんだって! サッカーは好きでやらせてもらってるし、学校も遠くても好きで行かせてもらってる。貧乏ってわけじゃないけど、浪人させてくれとは言えないって!! うーちゃんといつも同じ電車になるのもね、部活終わったらシャワー浴びて学校近くの喫茶店で友達と勉強してから帰ってきてるからなんだってさ!! うーちゃん感動したぴょん! 今度ね、内務省のおじさんに会ったら三崎くんを中央報徳会で表彰してくれるようお願いするぴょん! きっとニノキンもニッコリだぴょん!!」

「に、ニノキンってあなた……。そもそも、中央報徳会が何するところなのか分かってますの?」

「わからん!! ニノキン教!!」

「もう、卯月ったら……」

「で、でねっ! それ聞いてうーちゃんが、『それ聞いたらますます遊ぶのはな~~、大人としてな~~~~』ってなったらね、『でも俺、今は卯月と一緒に遊んでいたい』って言うぴょん!! 『え、なんだって?』ってうーちゃんが聞き返したら、『今は卯月と一緒にいたい』って顔真っ赤にして手をぎゅって握ってきたぴょん!! うぴょぴょぴょぴょぴょぴょっ!!(←歓喜の鳴き声) 三崎くんめっちゃかわいいぴょん!! もちろんうーちゃんもそう思ってますぴょんよ!!」

「わたくし相手に興奮しないでくださいな……。彼に、ちゃんと言葉でそう言ってあげたんでしょうね。あなた、内弁慶なんだから」

 うーちゃん、久しぶりに熊野と電話してます!

 さっそくなので、うーちゃんはこれでもかと熊野に近況報告してますぴょん!! うーちゃんの三崎くんブームはとどまるところを知りません!

(──ねえねえ熊野見てヨ、あれー! すごいでしょー! 金剛型の誰だと思いますか、アレー! えっ、榛名? 比叡? ブ~~♪ 違いマース!)

 そして今日は受話器の向こうが騒がしいです。一番大きな会議室使って、みんなで今はやりの大人数ドミノやってるんだってさ! ずるいぞっ、うーちゃんも混ぜろぴょん!! それと、できればもう少し静かにしろぴょん!!

「でも、卯月の話を聞いてると、三崎くんは誰かさんに少しだけ似ている気がしますわね」

「えっ、似てる? だれかさんって、だれ?」

「…………あの人、ですわ」

「へ? あの人? …………もしかして、提督のこと?」

 熊野は提督と喧嘩したとき、こんな言い方をしますが……。

「ま、待って。もしかして、熊野、提督とまだ喧嘩してるぴょん?! うーちゃんが提督に喧嘩してるって聞いたの、もう何週間も前のことだぴょん!!」

 熊野が、無言で肯定していました。

「ま、まじぴょん…………」

 もちろん二人もたまには喧嘩します。でもいつもの熊野は、喧嘩中でも提督のことをかばうぐらい提督スキスキ艦娘です。熊野にとって提督は、お父さんで元司令官で恋人。ベタ惚れです。提督とそうなったら艦娘なら誰でもそうなりますぴょんね。

 だから、こんなに長いのは初めてです。

「な、何があったぴょん?」

「……」

 熊野の沈黙は重いのですが、わざわざ話を振ってきたのだから、きっと仲直りしたくてたまらなくて違いないのですぴょん!

「ね、ねえ熊野、提督ももうすっかりオジサンだぴょん! てーとく、この前会ったときはね、熊野と喧嘩したせいでうーちゃんが分かるぐらいしょんぼりしてたぴょん! それに熊野にはいつも苦労掛けてすまないと思ってるって、しおらしく言ってたぴょん!(←言ってない) たぶんね、提督もオジサンになって、素直にごめんって言えなくなって、きっととっても寂しい思いしてるぴょんよ。熊野から優しくしてあげても、きっと罰当たらないぴょん。ね、熊野……」

「……わたくしも、そう思わないでも、なかったのですのよ」

 ほいきた!!

 うーちゃんナイスアシスト!

 提督、お礼の準備をするぴょん!

「そう思って、昨日、半ドンですから……わたくしの方から掛けたのですわ。でも、一日中繋がらなくって、わたくし心配になってしまって提督のクラスの方々や出仕先の方々に掛けたのです。そうしたら……」

 あれっ。なんだぴょんこの口調。

「『どうせ元帥に呼ばれて麻雀だよ。あいつ潮っ気抜けすぎて、もう船より卓の方が長いかもしれんな、ガッハッハ! あ、そういえばアイツ、恩給もらったら雀プロ目指すってこの前言ってたぞ。まずいなぁ、熊野ちゃん!』ですって…………」

 て、ていとく……。

「わ、わたくし、あの人に心ないことを言ってしまって、ずっと悩んでて、どう仲直りしたらいいかしらってずっと考えていて…………。でも、あの人はそんなこと全然気にしないで賭け麻雀なんかやったりしていて…………」

「ま、麻雀とはかぎらないぴょ──」

「今日も!! 電話を掛けましたわ!! 一日中!! 待ってましたわ!! 今まで、ずっと!! 書生さんに言伝を頼みましたから絶対に伝わってるはずですわ!!」

「はい……」

「だいたいあの人はいつもそうですわ!! 昔から麻雀のためにガラの悪い場所にも平気で出入りするんですから!! 初めてあの人にデートに誘われて胸をときめかせて連れてかれた場所が雀荘ですのよ!! どういうことですのよ!! 馬鹿じゃありませんの!! 麻雀なんてこの世からなくなればいいんです!!」

 熊野は一人で勝手にボルテージを上げていきますぴょん……。

 もうその話何十回も聞いたぴょんとは口が裂けても……。

 ……。

 ごめんぴょん提督!

 うーちゃん撤退します! びしっ!

「く、熊野、うーちゃん明日もはやいから」

「まだ話は終わってませんわ!!」

「あっ、そのっ」

 おたおたと口ごもっていると、

(──ヘイ熊野! なに怒ってるんデス! プリプリしてないでこれ見てヨ! ……じゃーん! ミニ提督!! かわいいでしょー、若いときの提督ですヨー! ワタシ、ドミノアートの才能あるネー! 人間になったらゲームのドッターになろうカナー!)

「……」

 あっ。こ、金剛いまは──

「ふんっ!」

(ぎゃっ……ぎゃああああああ! なっ、なにするデスウウウウウウ熊野オオオオオオオオオ!! あッッ! とめっ、とめてクダサーーイ!! 霧島!! 霧島アアアアアアアア!!)

 受話器の向こうから悲鳴とドミノが倒れていく音がします。

 うーちゃんはそっと受話器を置きました……。

 金剛、ありがぴょんのすけ。

 うーちゃんは金剛のそういうところが大好きだぴょん。

「……ふう」

「向こうはずいぶん楽しそうね」

「あ、ごめんぴょん。仕事中に、うるさくして」

 隣の矢矧が、うーちゃんの方を見て言いました。

 ここはがらんとして蛍光灯がちらちらしている秘書艦室です。艦娘鎮守府には、艦娘が普段使える電話が秘書艦室にしかないのですぴょん。

「いいの。それより、熊野と提督どうかしたの?」

「喧嘩中! 気を取り直して自分から謝ろうと思って電話したのに全然連絡が取れないって怒ってたぴょん!」

「そう……」

 矢矧は、一瞬手元の黒表紙のファイルに目を落とし、それから棚から書類を取り出しました。

「話は違うけど、これ。卯月に頼まれてた調査、上がったわ」

「どっ! どうだった?!」

「もちろんシロよ」

「川内も?」

「ええ」

「………………そっか~~~~~~。よかったぁ……」

 うーちゃんは、矢矧に三崎くんの身辺調査をお願いしていました。艦娘には親しくなった人間の身元を洗うルールがあります。それは提督が決めたことで、嫌がる艦娘も多いのですが自分一人のことではないのでみんなそうしています。

 いろんな思惑を持った人間が、艦娘とお近づきになろうとあの手この手を使ってきます。それで泣いた娘もいますぴょん。

 チェックされている、書類のおカネのページを開きました。

「……目にとまるのは、自作農創設基金と自作農創設助成基金ぐらいかな?」

「そうね。額からすると、昔はきっと相当な大地主だったのでしょうね」

 貧乏なんてとんでもないぴょん、三崎くん。

 ……でも、こんなこと、本当は家族以外が知ってはいけないことだぴょんね。

「……」

「卯月。きっと、彼も理解してくれるわ」

「うん……」

 まだ少年と言っていい、三崎くんの顔が思い浮かびました。

「ねえ矢矧。こんな風に調べちゃったりしちゃってさ、うーちゃん達と仲良くしてるって、特高が、三崎くんや三崎くんのお家を調べたりするってこと、ないよね? 迷惑になったりしないよね?」

「ふふふふっ。すごいこと考えるわね。特高だって艦娘が憎くて見張ってるわけじゃないわ。心配しすぎよ。そんなことしたら、それこそ提督が桜田門に怒鳴り込んで大騒ぎになるわ」

 書類に書かれている三崎くんの経歴に目を落としました。

 それが、今はとても愛しいものに感じられるのですぴょん。

 

 

 ──卯月が秘書官室を出て行った後。

 矢矧は、題字のない黒表紙のファイルを再び開いた。

「もしもリスト」なんて大和がかわいく呼んでいるこれは、提督が遭難した場合に、取るべき手順や艦娘が最後に頼ることになる人達の連絡先が書かれているメモを綴じたものだった。

 提督の添え書きと共に、外交官や陸軍軍人、財閥、堂上華族や大名華族、果ては陽明学者から国外の人間までと多様な名前が載っていた。わずかに載っている内務官僚と海軍軍人には添え書きがないことが、提督の彼らへの信頼を表しているようである。その行間から、提督がオヤジと呼ぶ元帥に艦娘が頼れなくなるかもしれないことを、提督は危惧しているのだと読み取れた。

 矢矧は、書棚から人事録を引っ張り出し、いちいち見比べながら内容を暗記した。大和はもう全部を頭に入れているが、矢矧は今日初めて見たのだった。大和は最近、外回りで艦娘鎮守府を離れる日が多い。

 その大和が、提督に言われて矢矧に「もしもリスト」を読んでおくよう伝えてきたのだ。

 事情はわからなかった。大和にもわからないらしい。

 でも、本庁特高二課と提督が頻繁に接触しているということは、聞かされた。

 人間と艦娘を結ぶ求心力である提督に、脅迫や怪文書が届くのはいつものことだった。

 しかし、そんなことに慣れっこの提督が今、身の危険を感じている。

 わかることはそれだけだった。

 ……。

 なら、艦娘に身辺警護やらせればいいじゃないか、バカ提督。どんな奴が来たってそれで身を挺して守れるのに。

 提督が危険な目に遭うのなら、そんなの艦娘が理由に決まっているのだ。わかりきっている。誤情報だとしても構いはしない。みんな喜んで提督を守る。

 でも、提督はそうしようとしない。

 そして決まって言うのだ。

 ……父親が、娘を守ってやれなくて何のための男だと。

 まして娘を盾にする父親がどこにいると……。

 そんなことだけは、恥ずかしげもなく言って…………。

 拳銃弾など艦娘にとっては豆鉄砲と同じだと、一番わかっているくせに。

 ……提督は、どこまでも艦娘のお父さんだった。

 艦娘鎮守府を離れてだいぶ経つ。それでも、艦娘にとって提督は提督だった。

 艦娘のために海軍軍人としての出世の花道をあきらめてくた人。一度も船の艦長をやれずに将官になり、軍令畑のキャリアからも外れ、在外武官として華々しく社交することもできず。慣例の欧米視察すらこの前ようやく認められたその立場。男だというのなら、クラスの栄達を横目に何も思わないはずがない。

 でも、提督は、そんなことをおくびにも艦娘に見せない人だった。

 そういう男が、私達のお父さんになってくれたのだということを、艦娘みんながわかっている。

 ……。

 矢矧は、千々に乱れそうになった思念を、そこで断ち切った。

 そして、誰も居ない秘書官室で独り、これから縋ることになるかも知れない男達の顔を、再び脳裏に刻み始めた。

 

 

 その日はお盆でした。

 その日も、いつもと変わらない夏の夜だと思っていました。

 うーちゃんはすっかり普通の女の子気取りで、その日も別の駅で降りて三崎くんと遊ぶつもりだったのですぴょん。

 でも、うーちゃんが気付かなかっただけで、その日、日が暮れる前には、艦娘が無邪気でいられる日々は、とうに過ぎ去っていたのです。

「……あれ?」

 三崎くんとの集合場所に向かっている最中でした。

 ひっそりとした十字路。

 車もほとんど通らない、信号機の明かりがぴかぴかしている道に。

 三崎くんが、いました。

 街灯の下。白い薄暗がり。

 遠くからでもすぐに分かる、とても背の高い三崎くん。

 そして。

 三崎くんだけじゃなく、男達がいました。

 スーツを来た男達。

 独特の立ち振る舞いは、昔よく見た特高のそれで。

 三崎くんを脅すように、囲んでいました。背丈は三崎くんの方が大きいのに男達に囲まれた姿は普通の高校生で、頼りなくて。

 三崎くんが、そんなことをされる理由も、そんなことする奴らもやっぱり一つしか思いつかなくて。

 楽しかったうーちゃんの気分はみんな吹き飛んで。

 何本かの線が、頭で音を立てて切れました。

「──おまえらッッ!!」

 跳躍。

 政治警察の匂い。嗅ぎ間違えはしない。

「どんな理由があろうとッ、ただの高校生に手を出すなッッ!!」

 間抜けな刑事達の驚いた顔。

「……もしおまえらがッ!! なんの罪もない、ただの普通の一般人を艦娘と親しくしたからって理由でッ!! 彼と彼の周囲に不利益被らせたらッ!! わたしはおまえらを一生許さないッ!! おまえらと県警察部と桜田門と本省を庁舎ごと燃やして八つ裂きにして二度と戻らないよう灰にしてやるッ!! わたしとわたしの仲間全員でそうしてやるッ!!」

 反射的に腰に手をやろうとする刑事を、一番偉そうな男が止めた。馬鹿が。ぶちのめしてやったのに。

「誤解だ、我々は──」

「誤解なもんか!! おまえら特高だろ!! 県警か本庁か知らないが、どんな理由があったってその子はおまえらが関わるような人間じゃない!! 離れろッッ!!」

 男達全員の鋭い目つきが刺さってくる。

 そうだ。この感覚。この数週間、遠ざかっていたこの感覚。艦娘の感覚。

「おい」

 偉そうな男が言うと、男達は三崎くんから離れて、代わりにこちらを囲むようにしました。

「艦娘の卯月だな。おまえに話があって来た。中で話そう」

 パトカーを顎でさして、男が言いました。

「嫌だ。話があるなら、今ここでしろ。じゃなきゃ鎮守府を通せ。おまえらなんか、大っ嫌いだ」

 言ったうーちゃんに、男はあからさまに嘲りの表情を浮かべました。

「そうかい。ならボーイフレンドと遊んでな。…………なあよ。一部には艦娘をヒトを超えた存在だと、超人だと言いふらす阿呆な連中がいる。学者まで一緒になってな。そいつらに、今のおまえの姿を見せてやりたいよ。男にうつつを抜かして親の死に目に会おうともしない、この阿呆女。……まったく。何が艦娘だ、子守じゃねんだ」

「な、なに……?」

 お、親の、死に目?

 三崎くんが隣に来て。

 偉そうな男は、鬱陶しそうにうーちゃんに向き直りました。

「今日午後、帝都某所で少将がひき逃げにあった。今は意識不明で、ある病院の集中治療室に居る」

 ……轢き逃げ?

 提督が?

 集中、治療室…………?

「全艦娘は、ただちに指定の施設に集合しろと内務大臣からのお達しだ」

 また、顎が震えた。

 三崎くんの手。

 現実感が、ない。

「そ、そんなの、いままで、どこにも……」

「本当のことだ。おまえらが彷徨いているとニュースにならないから、こうしてわざわざ来てやっている」

 短く言い切った男の声。周囲の刑事達の緊張。

 ……あ。

 本当の、こと、なんだ。

「──ど、どこにっ!! 病院って、提督はどこに居るのっ?!」

「卯月!」

 男の胸ぐらを掴むと、三崎くんが羽交い締めにしてきました。

「それは言えん」

「どうして!!」

「さっさと車に乗れ。おまえも時間が惜しいだろう」

 胴に回された三崎くんの腕。

 三崎くんの体温で、だんだん現実が迫ってきて、二の腕まで震えて。

 提督。

 轢き逃げ。

 意識不明。

 ……そんなこと、あっていいはずがない!!

「ごめんッ!!」

 三崎くんの腕をふりほどいて、走り出しました。

「あッ、おいッ!」

「放っておけ。走らせた方が速い」

 男達の声を置き去りにし。

 橋を越え、線路を越え、高速を駆け抜け、車の頭上を飛び越し、海軍基地をいくつも横断して、艦娘鎮守府に辿り着きました。

 鎮守府のロビーにはたくさん艦娘が集まっていて、入口から溢れそうになっています。

 近くに居た川内に、声を掛けました。

「川内!! どういうことなの!!」

「あ、あたしも今帰ってきたとこだもん。わかんないよ! みんな、矢矧の発表待ちだって言うし」

 川内は動揺していました。

 みんなも不安そうに何かの間違いじゃないかって言い合っています。

「──全員聞いて!!」

 ざわめきの中、中央階段を少し上がったところに矢矧が立ちました。

「今、大和から連絡があった! 提督は、確かに──病院の集中治療室にいる! 大和が確かにその眼で確認をした!」

 悲鳴があがりました。

「嘘だ! 帝都で提督がひき逃げされてどうしてニュースにならないんだ!」

「そうだ! それにひき逃げなんてトロいこと、提督がされるもんか!!」

「病院! みんなで病院に!!」

「バカ!! 見舞いなんか後だ!! 私達がやるのはっ、轢き逃げ犯が単独犯なら探し出し半殺しにして警察に差し出す! 逆に組織犯で確信犯なら、戦争だ! 一人残らず炙り出して皆殺しにしてやる!! そうだろ!! 心当たりなんて死ぬほどいるんだ!!」

 暴発しそうな怒号の応酬。

 艦娘が一番嫌いなのは、自分たちの周囲の人間に暴力が振るわれること。それが提督を相手にしたものであれば…………。

 ロビーは、悲鳴に近いざわめきでいっぱいでした。

 そこに、

「──静まりなさい!!」

 提督に似ている、低音でドスの聞いた矢矧の声。

「いい! 第一に、艦娘鎮守府からこれ以上病院にひとは出さない! 病院には大和や長門がいる。それで十分よ! 第二に! 犯人捜しもしない! どんな奴が犯人だとしても、私達が直接手を出すことはない! 私達が法を越えて自分たちの手で解決すること、私達に敗けがあればそれがそうだと思い定めなさい!! だいたい、提督は生きてる! 提督が目覚めたときに、犯人ぶっ殺して提督が心配だから全員で病院に押しかけましたって、胸を張って言えるの? 後先考えないのもいい加減にしなさい!」

 しんとロビーが静まりかえりました。

「みんな知っているように、提督は、たとえ自分がいなくなっても、私達が社会でうまくやっていけるようにって、ずっと心を砕いてくれてきた。自分が提督の艦娘だと思うのなら、自分の気持ちよりまずそのことを思い出しなさい。……それでももし、激情でそれを忘れて事が起きれば、私が責任をとります。提督や大和には、決して累を及ばせない」

 悔しさで、すすり泣く声。

 顔を真っ赤にして怒りを堪えている艦娘が、たくさんいます。

 提督がいったい、何をしたって言うの? あんなに優しい人が、どうして車に轢かれなきゃいけないの?

 ざわめきの中、誰かの泣きそうなつぶやき。

 ……矢矧が再び口を開けようとした瞬間、

「おいみんな!! 軽空母組の全飛行隊とっくに暖気終わってるで!! 辛気くさい顔してんなや!! はよ犯人捜そうで!! それに編隊組んで提督の病院の真上ぶんぶん吹かせばビックリして提督も目ェ覚ますやろ!! なあ、みんな!! …………お、おい。あれ?」

 龍驤が飛び込んできて固まりました。

 みんな、龍驤を見ています。

「……なんや?」

「龍驤。あなた、来月の休暇取り消し」

「な、なんやーー!!」

 矢矧がほんの少しだけ頬を緩めました。

「本日は以後、全員自室待機とします。病院から連絡があり次第、すぐに知らせるつもりだけど、明日も通常通り任務をこなすわよ。寝不足で被弾して帰ってくるようなことがあったら引っぱたくから、そのつもりで! 以上、解散!」

 矢矧が身体を翻すと同時に、みんなが一斉に喋り始めました。

 みんな、まだ口々に文句や嘆きを言い合ってますが、はち切れそうな気配はなくなりました。

 龍驤は地団駄踏みまくってみんなに笑われています。

 うーちゃんは矢矧に駆け寄りました。

「待って、矢矧! ねえ、熊野は?」

 矢矧は、一瞬言葉に詰まりました。

「……自分を責めているわ。酷く、取り乱して」

 熊野…………。

「うーちゃん、熊野のところに行きたいんだけど、いいよね?」

 矢矧が、うーちゃんを見つめています。

 怜悧な瞳に、うーちゃんの奥の奥まで覗き込まれたような気持ちになりました。

「卯月。今はひとのことより、自分のことよ」

「えっ? 自分?」

「熊野には他の艦娘がついているから問題ないの。それより、これから報道管制が解けてこの件が報じられ始めるわ。話題性のあるニュースとして扱われるのはわかるわよね。そのとき、艦娘にスキャンダル的な注目が集まったとき、一番辛いのは、艦娘と『ほどほどに』親しくしている人間と……その艦娘自身だということ。わかるでしょう。艦娘が、人の形をしすぎているから────」

 っ…………三崎くん。

 何も言わず、置いてきてしまった。彼はうーちゃんのことを気遣ってくれたのに、乱暴に振り払ってきてしまった。ああ、それに、彼の前で特高を口汚く罵ったような気がする。あいつらが、三崎くんに何かするんじゃないかと思って、カッとなって……。でも、本当は三崎くんはむしろ保護される側だったんだね。

 ちゃんと、帰れたかな。

 特高に艦娘のあることないこと吹き込まれていないかな。

 ごめんね、こんなことに巻き込んで。

 でもね。提督はうーちゃん達みたいなののために、本当にたくさんしてくれたんだ。うーちゃん達のことを、一人残らず、お父さんがそうするように好きになってくれたんだ。普通できないよね。誰だって自分のことを好いてほしいと思うけど、提督は私達が好かなくても好きになってくれた。誰かを好きになるって本当に大変なことなんだって教えてくれた。だからね、みんな提督のことが大好きなんだ。尊敬してるんだ。

 世の中には、そんな人を狙ってテロする連中がいる。

 ……熊野、大丈夫かな。提督は強い人だから、きっと大丈夫だよ。大丈夫だよ、きっと。きっと一番に熊野のこと許してくれるぴょん……。ね。そんなの、そうじゃなかったら…………。

 ……。

 あ。そっか。

 これが、提督の言っていた「かわいそう」ってことなんだ。

 他の誰でもない、うーちゃんがかわいそうなんだね……。

 提督がかわいそうだから。熊野がかわいそうだから。みんながかわいそうだから。

 うーちゃんの傍なんかにいた、三崎くんもかわいそうで……。

 そんなうーちゃんが、一番かわいそうなんだね。

 ……。

 それでも三崎くんが、うーちゃんのことを嫌いになるわけがないっていう、傲慢な確信。

 うーちゃんはひとり、部屋で膝を抱えました。

 

 

 あれから一週間ぐらいが経ちます。

 提督は幸い命をとりとめました。

 でも、未だに目を覚ましません。

 うーちゃんも一度お見舞いに行きました。身体中包帯でぐるぐる巻きにされた提督と、その隣でぼろぼろに憔悴した熊野。うーちゃんにできるのは、熊野の気持ちが少しでも楽になるように他愛のない話をすることだけでした。

「提督が、一番年嵩ですのよ」

 熊野は、提督が艦娘の恋人やパートナーの中で一番年齢が上なことを気にしていました。提督とあとどれぐらいの間、元気に一緒にいられるかと、うーちゃんと秘かに数えたこともありました。でも、今はもう、そういう自分の全てを熊野は呪っています。自分が遠ざけられた意図を考えようともしなかった、自分の傲慢さと浅はかさを。

 卯月は、何も、言うことはできませんでした。

 その一方、世間では。

 艦娘が須賀の市内であれば自由に居住できるようになる制度が来年度から始まることもあって、マスコミに注目されました。提督は「入り婿の女王蟻」だの「海軍の人身御供」だのとコメンテーターに解説されています。酷い言い様ですぴょん。艦娘の方も、警察との接触時にトラブルが何件かあってそれが問題にされました。うーちゃんよりもっと酷く怒ったり、もっと荒っぽいやり方で道でないところを強行して帰ってきた艦娘がいるんですぴょん。常日頃から外に出ていた艦娘達も、今は亀が首を引っ込めたみたいに艦娘鎮守府でじっとしています。それがいいと、うーちゃんも思います。

 うーちゃんもいつもの電車を避けるようになりました。三崎くんとも、あれから一度も会っていません。会わないようにしていました。

 そうしている内に、夏が終わっていきます。

 今年はお盆を過ぎたら、ぐっと涼しくなりました。

 それが、とても悲しかったです。

「──卯月、話があるんだけど」

 ある晩。そう川内が夕食時に持ちかけてきました。

 川内は、今回の件で酷く落ち込んでいる一人です。事件後、谷川くんと外に出たとき、何かあったようなのですが、口にはしません。

 川内の話は谷川くんが持ちかけてきたもので、三崎くんとうーちゃんも入れて四人で遊ぼうという話でした。鎮守府から快速で一つ向こうの駅、すぐ近くだからもう何遍も繰り返し遊びにいったアミューズメントパーク。行き慣れすぎたところですが、それが今はよかったです。

「よっ! 卯月!」

 そう久しぶりに会った三崎くんは、いつもの三崎くんでした。

 最近のうーちゃんは、いつもの電車、うーちゃんのいない電車で、うーちゃんの姿を探している三崎くんを妄想して、胸をじゅくじゅくさせて楽しんでいます。胸が切なくなってとっても気持ちいいです。最近はそれだけで飽き足らず、自分が死んだら三崎くんは悲しんでくれるだろうかと、独りで妄想しています。

 そういう卯月をみんな心配してくれます。今回。艦娘で卯月が一番ショック受けてるみたいです。みんなはあっさりと立ち直ってからりと提督の心配をしています。何がどうしてこうなったのか、よくわかりません。

「卯月、ぼさっとしてないで行こうぜ!」

 涼しい風が吹く中、四人でのんびりご飯を食べながらお話ししたり、アトラクションに乗って過ごしました。

 たぶん、楽しかったです。

「──えっ、じゃあ三崎くん、特高の奴らとも仲良くなったの?!」

 夜になり、うーちゃん達はパークを出て、近くの公園にいました。

 川内と谷川くんとは、一度別れました。

「俺もどんな人達なのかなって思ってたんだけど、話したら普通の人達だったよ。県警の人っていうの? その人なんて、ちょっと前まで街のお巡りさんだったんだってさ。なんか家まで送ってもらっちゃって、結構たくさん話聞いちゃったよ」

 ……絶句しました。

 いくら人好きがすると言ったって、限度があります。

 世の中何事も経験というけれど、一生一度も経験しなくていいことはたくさんあります。特高とは関わり合いにならない方がいいんだよと言おうとしましたが、それも言えませんでした。世間的には「特高」を「艦娘」に変えた方がしっくりくるかもしれないのです。

「でもビックリしたな。卯月がいきなり現れて怒り出した時。髪がマジで妖怪みたいに逆立っててさ、特高のおっちゃんも正直ビビった、って笑ってたよ。俺は、卯月はあんな風に怒るんだって知れてよかったけど」

 公園の街灯が、あの時のように、ジリジリと音を立てています。

「変なこと、言われなかったぴょん?」

「うーん。色々言われた」

「……なんて?」

「『艦娘はやめておけ』って。おまえ子供だからまだわからんだろうけど、いい女なんか世の中死ぬほどいるんだぞって。もし人間の心を持っているなら、それはかわいそうなことだが。艦娘は化生だ。化生は化生だ。若い者が化生に化かされちゃいけねえよって」

 見上げると、三崎くんはまっすぐ前を見ていました。

「……同じようなこと、植田にも言われたんだ。付き合い考えろって。近くにおまえのことが好きなやつがいて、なのに艦娘艦娘って馬鹿じゃねえの、おまえ相当オカシイよって。……谷川も、同じようなことで他の奴とやりあってた。よそから見たら、俺たち危なっかしく見えるんだろうね」

「……違うよ、三崎くん。本当に、危ないんだよ。提督は、艦娘と一番親しいから一番に狙われた。そういう考えをする人達に、艦娘と親しい他の人間が狙われても、何もおかしくないんだよ。それに今日だってうーちゃん達にずっと尾行がついてるぴょん」

 そう言っても、三崎くんに動じた様子はありません。

「……今日は、川内と話し合ってから来たんだ。もう、こういう風に遊ぶのやめようって。三崎くんも谷川くんも、きっと将来いい大人の男の人になるんだぴょん。でもね、うーちゃん達みたいなのに関わってさ、そういうのが台無しになったりしたら、いやだよ」

 三崎くんは、黙ってうーちゃんを見ていました。

 傷をかきむしって気持ちよくなるような暗い楽しみを見透かされたような気がして、目を背けました。

「…………ねえ。最初に痴漢に遭ったとき、どんな気持ちだったの、卯月は」

「え……?」

「俺が初めて会った卯月はさ。痴漢に遭ってすげえ震えてたのに、ホームに降りたらなにかを振り切るように急に叫んでさ。で、叫び終えると何もなかったようにケロっとした顔をしていた。俺、すげえなこいつって思ったよ。俺は、男で痴漢されたのに何もできなかった自分が、許せなかった。でも俺は叫ぶこともできず、それどころか誰にも言えず一人でウジウジ引きずって自分を哀れんでた。誰でもいい、『男なのに痴漢って!』って卯月にしてもらったように、さっさと笑い飛ばしてもらえばよかったんだ」

 三崎くんは静かに言いました。

「だから一人で叫んで振り切った卯月ってすげえなって思ったよ。男なのに痴漢されたって卯月に笑ってもらえてよかったと思った。それから短い間だけど一緒にいて、卯月が同じことを同じように感じてくれる人だとわかって、本当に、嬉しかった」

「三崎くん……」

「俺、卯月のこと好きだよ。でも今日の卯月は、ずっと物欲しそうな眼をしてた。自分で自分を虐めて、それでも虐め足りないって顔してた。卯月が、提督さんのことで深く傷ついたのは知ってる。知ってるよ。でも、俺、卯月にそんな顔してほしくないよ……」

 そう言って縋るように握ってくれた三崎くんの手は、とても温かかったです。

 その温かさが、うーちゃんの妄想のつまらなさを教えてくれるようで。

(自分で自分を虐めるか。うん。きっと、そうだね)

 提督も、そういうだらしないこと、きらいだもんね……。

「ごめんね、三崎くん。最近のうーちゃん、三崎くんに心配して構ってもらえるのが嬉しくて、癖になってた」

「卯月……」

 でもね、本当のことを言うとね。

 もう、前みたいにきれいに気持ちを置いていくできないよ。

 三崎くんの手を握っても。

 三崎くんが目の前に居ても。

 そのつまらない妄想が胸にへばりついて、じゅくじゅくしてるんだぴょん。

 艦娘、失格かもしれないね。

「……ごめんね、三崎くん。うーちゃん、こんな女々しい艦娘になってしまって……三崎くんの期待に添えず…………」

「卯月──」

 失格かも、しれない。でも、そんなところ三崎くんにだけは見せたら、いけないよね。

「……うくくくっ。うぴょぴょぴょ! なーんていうと思ったか!! やい三崎くんのロリコン!! ずいぶん言いたい放題言ってくれたぴょんね!! 説教混じりに告白までしやがって!! ですから、三崎くんにはこれから街に出るたびに『あっあの人ロリコンだ』って思われる呪いが掛けられましたぴょん!! うぴょぴょぴょぴょっ!! ざまあないぴょんなあ!! ろりこん!!」

 ……と言ってる間も、三崎くんはずっと手を握っていてくれました。

 それからは黙って手を引かれて川内達のところに歩きました。

 三崎くんの優しさが手を通して伝わってくるようで……。

 これではどっちが年上なのか本当にわかりませんぴょんね……。

「──ふげっ」

 急に三崎くんが止まりました。

「な、なに──」

 あ。

 まっすぐ行ったところにあるベンチ。そこに川内と谷川くんがいて。二人が、キスしていました。それもチューではなくて、ベンチに座る谷川くんが川内を抱っこしてベロチューしていました。

 見てるこっちが恥ずかしくなるぐらい口を吸い合って貪り合ってます。ここまで音が聞こえてきそうですぴょん。

「……なにあれ。うーちゃん、聞いてないんだけど」

「俺だって」

 ここ、天下の往来ですぴょんよ……。

 いくら夜もふけたとはいえ…………あっ、谷川くんおっぱい揉んでるぴょん!! 脇から手ぇいれとるぴょん!! ちょっ!! こら!! やりすぎ……あっあっお尻鷲づかみにした!! 征服欲ビンビンにこねくり回してるぴょん!! こらあ! 川内も切なげにもじもじ腰押しつけてんなぴょん!!

 ……あ、川内泣いてる!!

 くそぉ、辛いのはうーちゃんも同じだぞ!!

「まっ、まったく。二人とも分別ないんだから。ね、三崎くん! ──あ、あれ?」

 あ。

 なんだこいつ。

 掴まれている手がぎゅって握られて。

 か、肩も掴まれました。

 や、やる気か? うーちゃんにあんなことする気なのか?

 でも残念でした! うーちゃんはロリコンなので幼児体型なんですぴょん!!

「みっ、三崎くんもどうせ化かされるんだったらおっぱいある艦娘に化かされればよかっ────あうッ」

 すっぽりと抱きしめられました。

 三崎くんの匂い。

 だめだ。また、胸がじゅくじゅくしてきちゃいます……。

「三崎くん、本当にロリコンになっちゃうよ……」

「そうじゃなくしてよ、お姉さん」

 そう言って笑った三崎くんは、いつもの三崎でした。

 心臓がずくんずくんと痛いです。

 うーちゃんもすっかりその気で……。

「じゃあ、ちょっとかがんで」

 ……くっそ。こいつ無駄に背ぇーたけーぴょんな!

 爪先立ちしても全然届かんぴょん!!

 くっそこんにゃろ…………。

「も、もうちょっとかかんで」

 三崎くんは、うーちゃんの顎がぎりぎり届かないぐらいに首だけ曲げました。

「み、三崎くんっ! だからうーちゃんが届くように────んむッッ?!」

 ……こ、こいつ。

 ……なっ、生意気だぴょん…………。年下のくせに……不意打ちハグに不意打ちキスとか…………。死ぬほど……生意気だぴょん…………。

「ちゅ……」

 少しやりづらい……。身体を寄せて啄むようにしても、息が漏れるたび喉がこくんと鳴ります。三崎くんも、身体を丸めてキスしています。辛そうです……。

 でも、三崎くんはそれでもやめようとしませんでした。三崎くんが膝を曲げると自然に腕がうーちゃんのお尻に触れて、さわさわするのですぴょん。最初は遠慮がちに添えられているだけでしたが、キスの回数が増えていくたびに大胆になってきて、今は形を確かめるように指が何度もお尻をなぞりあげています。その指先がとても優しくて、エッチで、スカートに滑り込まれても止められませんでした。うーちゃんのお尻に直に触れた指が、だんだんと深く優しくお尻の肌に、肉に埋まっていきます。そしてお尻の腰に近いところを押された瞬間、声が出ました。

「あっ…………うぅ…………」

「もう少しだけ、いい?」

「えっち…………」

「だめ?」

 答えの代わりに、三崎くんの首に腕を回してキスをしました。夢中でキスをしました。三崎くんにスカートをまくり上げられ、両手でお尻を揉まれてももう止まりません。三崎くんの唾液が自然に喉を落ちてきて、さっき声が出てしまったところを指で押されるたびに、頭がぼうっとしていきました。

 爪先立ちが辛くなってくると、三崎くんがお尻から手を離して腰と背中を抱いてくれました。

 うーちゃんは、もうぐいぐいと三崎くんに身体を押しつけるだけです。

 三崎くんの熱い息。

 川内がもじもじしていた気持ちがわかります。

 うーちゃんも、腰がもじもじします……。

「三崎くん……」

「電車、のろっか」

「えっ。う、うん……」

 うーちゃんはすっかり変な気持ちになってしまっていて。

 本当は、このままもっとすごいことをしてみたかったです。

 草むらの方にすら何度か目が行きました。

 それもたぶん表情に出てしまって、きっとバレてしまって、三崎くんは手を握ってくれました。

 電車に乗りましたが、気持ちが全然収まらなくて、三崎くんが後ろから抱くようにしてくれても情欲がちろちろしています。いつものうーちゃんが降りる駅に着いて、OLのお姉さん達に降り際「わあ、あの二人かわいいー」って言われてもそれどころじゃありませんでした。

 そこから何駅が過ぎると人はほとんど降りていきました

 それで誰も居ない車両の端のボックス席に移りカーテンを締めました。

 半ば三崎くんを押し倒すようにしてシートに座らせると、跨がるようにして膝をつきその口に吸い付きました。もどかしかったキスの鬱憤を晴らすように、見つめ合って何度も舌を絡め合わせました。嬉しくなって笑いながら口内を舐りました。その間も三崎くんは上着やスカートの中に手を入れて、うーちゃんの身体を弄んでいました。うーちゃんはそれよりキスに夢中だったのですが、お尻をぐいぐいされている内にまた声が出ました。

 一瞬動きを止めた三崎くんは、それからキスもおざなりに人差し指と中指でお尻を指圧し始めました。無視してキスしまくってやろうと思いましたが、ダメでした。もどかしい鈍い快感。三崎くんに触られるとどうしても身体が反応してしまって声が出てます。でも三崎くんはそんなことに気付かないようにお尻全体をなで回して、うーちゃんにキスをさせていました。

 それが何分も続くとだんだん、もどかしくなってきて……。キスどころじゃ、なくなってきて……。

 三崎くんの指先にだけ意識がいって、知らず知らずのうちに、お尻を突き出していました。

「どうしたの、卯月」

「み、三崎くんが、いじわるするから……」

「ふふふ。卯月、ここ電車だよ、我慢して」

 お尻を引っ込めようとしましたが、三崎くんが許してくれませんでした。そして要求されるままキスを再開すると、応えるようにお尻の一番きもちいいところを触ってくれました。切なくて、もどかしくて、うーちゃんはお股を揺すって三崎くんの身体で擦りつけました。頭蓋にキスと荒い息の音が響き、頭がすごくぼーっとしてきて、少しでも刺激が得られるように腰をくねらせ……三崎くんの指のことだけを考えていると、目の前が少しずつ白くなって……。それでも鈍い快感に身をゆだねていると、何度も浅く気が飛びました。繰り返し、浅く浅く震えました。

「すごく敏感なんだね、卯月は……」

 浅いのが続いてとまらなくて、癖になりそうでした。

 三崎くんは、頭をなでながら、うーちゃんが震えて止まるたびにねっとりとキスをしてくれました。

 それでもう完全に三崎くんスキスキモードになってしまって、浅い絶頂と正気を繰り返しました。

「ここで、降りなきゃ」

「やだ。終点まで行くぴょん……」

 さらに盛り上がってきてグラインドするように股間同士を擦り合わせ始めたところです。

 もううーちゃんはイカせてほしくてたまらなくなっていました。

「ダメだよ。俺も、我慢してるんだから」

 そう言って無理矢理引き剥がされて、駅を出ました。

 降りたのは海水浴場のある街で夏の残り香が色濃く残っていました。引きずられるようにして着いたのは民宿でした。近くて安くて素泊まりで融通が利くから、みんな連れ込み宿としていつも使っていると、朦朧とした頭で聞きました。

 そして、部屋に入って、布団を敷いている途中で三崎くんに押し倒されました。あっという間に服を脱がされ、のし掛かられました。三崎くんのおちんちんは、お腹まで反り返って勃起していました。

「あっ…………♥」

 うーちゃんの身体に入ってきたそれは、とても大きくて、太くて、かたくて……。お腹の異物感と圧迫感に息が苦しくなりました。三崎くんは、うーちゃんを抱きしめて息が整うのを待ってくれました。

 それから、一番奥まで入ってしまったおちんちんをそのままに、腰を回し始めました。入れたままその根元で膣の入口を舐っています。うーちゃんの息苦しさは続いていましたが、三崎くんの大きな首元に頭を預け、背中に両腕を回して、身体を任せました。三崎くんに腰を揺すられ膣を優しく擦りあげられ、愛しいものをなでるように髪を触られると、だんだんこの体勢が好きになってきました。二人で身体をほとんど動かさないで、つながっていることを楽しみました。

 次には三崎くんはおちんちんを引き抜いて、膣の浅いところを亀頭で責め始めました。出し入れされるたびにあそこが亀頭にかき分けられて、さっきまでのゆるく浅く長く続く快感に慣れていたうーちゃんはビックリしました。でも今度は三崎くんとキスができて、うーちゃんが心から気持ちいいと思えるまで、ゆっくりとねっとりと亀頭を出し入れしてくれました。こうされるのも、うーちゃんは好きになりました。

「ぁっ、んっ…………んッ…………♥」

「さっきのとこれ、どっちがいい?」

「どっちも好き……」

「そっか……」

 そう言うと、三崎くんは一番奥までおちんちんを突き入れて、腰をゆっくりストロークさせ始めました。それが三崎くんが初めて自分で気持ちよくなる行為に思えて、胸が愛しさでいっぱいになって、うーちゃんも三崎くんが動きやすいように身体をよがらせました。

「はぁっ、あっ♥」

 三崎くんの腰の動きはどんどん速くなっていって、うーちゃんは彼より先に気持ちよくなってしまって、頭が白くなって。彼はうーちゃんの脚を抱えて呻くように腰を振り続け、何度目かの快感の波が来たとき、彼がおちんちんを引き抜いて射精しました。

 精液は勢いよく飛び出して、うーちゃんの頭も飛び越していきました。

「すごい、ね……」

 それから電車の時の騎乗位の体勢で思いっきりハメ倒して一回、次に部屋にある鏡でうーちゃんが自分が突かれてるところを見させられて一回。気付いたときにはものすごく時間が経っていて、終わるとすぐに眠りに落ちました。

 そして翌朝起きると、三崎くんが起きて、うーちゃんの顔を見ていました。

「三崎くん、早いね」

「農家だから…………」

 歯切れが悪そうに言います。

「どうしたの?」

「……お願いがあるんだけど」

「え? なに?」

「…………もう一日だけ、卯月とここで色々したい」

 恥ずかしそうに三崎くんは言います。

 思わず、笑ってしまいました。

 最近分かってきたのは、三崎くんは他の人相手だと教えられ上手なのに、うーちゃん相手だと実は甘えるのが下手だってことです。かわいいです。

「いいよ。よしよし」

 胸に顔を押しつけ、おっぱいに舌を這わせる三崎くんの頭を撫でました。

 ちょっとそうして陽も高くなってから、身支度をして三崎くんは部屋を出て行きました。そして色々買って帰ってきた彼とご飯を食べました。

「ねえ、三崎くん、どれくらいこういうことしたことあるの」

「兄貴が大学生でね……年下好きっていうのがいるんだって言われた。で、どうするって言われて、じゃあってことで、一度きりって話だったんだけど、その人とこっそり何度かするような────いて、いてっ、いッ……いてえ!! マジで痛い!! あざになる!!」

「うるさい!! 艦娘パンチはうーちゃんの心の痛みだぴょん!! くらッ、くらえッ」

「本気で痛い!」

 二人でお風呂に入って、三崎くんが取り出したのは…………あの、なんと、バイブでした。えーって抗議の声をあげましたが、結局やられました。

 最初はゲラゲラ笑っていたのに、執拗に気持ちいいところを探されると流石にうーってなります。気持ちが乗ってくるのを見ると、三崎くんはバイブを動かしながら、うーちゃんの身体を愛し始めました。ちっちゃいおっぱいも、そんなにくびれのない腰も、薄いお尻も愛してくれました。彼は延々とバイブを使っていて、だんだんあそこが痛くなってきてもやめてくれず、外が暗くなっても続きました。そして続けている内に、不意に、押しては引いていたはずの快感が大きくなり、弾けました。音も視界もあそこの感覚もなくなり、深い底に落ちていくような感覚だけが続きました。

「あ゛…………ッ、ぁ゛…………ッ♥」

 死んだようになったうーちゃんの身体に、彼が跨がってきました。そして余韻で恍惚とした身体を突かれて揺さぶられる快感。

 今まで感じたことのない幸せな感覚。

 本当に、幸せな…………。

 ……。

「卯月。ありがと」

 また、眠りに落ちる前、彼が言いました。

「うん……」

 彼は他人とは思えないと言っていました。

 本当にそうです。

 生まれてからずっと一緒にいるみたいです。

 でもね。

 三崎くんの、かわいい寝顔。

 三崎くんにはたくさん教えてもらったね。本当は年下だなんだって、馬鹿にしちゃいけないよね。

 とってもいとしい、彼。

 でも。

 うーちゃん艦娘なんだ。ごめんね。

 

 

 未明に目が覚めました。

 大窓から庭に抜け出して、浜辺に出ました。

 空には月が掛かり、水平線上には大型船の明かりが見えます。

 砂浜に腰を下ろして、膝を抱えました。

 久しぶりにこうして海に接する気がします。この一ヶ月の間、ろくに海を顧みることもしませんでした。自分が艦娘だと。この一ヶ月で、うーちゃんは浮かれて忘れて、また思い出させられました。

 三崎くんはとてもいい子です。

 熊野は提督と似ていると言いました。確かに似ているけど、やっぱり違います。

 三崎くんは卑怯なところや狡いところがない、とてもまっすぐな男の子で。けれど提督は、うーちゃん達を守るためなら卑怯なことでも狡いことでもなんでもしました。

 でも熊野の言うとおり、本当は提督も誰にでも優しい人で…………。しかし、「温厚篤実は無能と同義だ」と、知り合いの官僚さんも言っていました。

 うーちゃん達はそういう面倒な存在で、これまでたくさん提督に甘えてきました。

 ……そういう存在のうーちゃんが、まだ子供の三崎くんに、たった一つできること。

 振り切れ、と。彼は言いました。

 そうだよね。

 うーちゃんも、そうするからね…………。

 砂を踏みしめる音。

「夜の海ってもっとロマンチックかと思ったけどさ、波打ち際に近づくとなんか生々しいね」

 そう言った三崎くんが隣に座りました。

 少しの間、ただそうしていました。

 胸の疼きが首をもたげ始める前に、口を開きました。

「三崎くん」

 ………………返事を、してくれません。

「三崎くん」

「……いいよ、言わなくて。これっきりって言うんでしょ。そのぐらい、俺にも分かる」

「うん……。これっきりにしよう」

 海の風と夏の残り香。

 短いようでとても長かった沈黙が、終わりました。

 そして。

「わかった」

 とだけ言って、三崎くんは立ち上がって、

「前払いしてあるから。鍵は置いてくよ」

 とだけ言って、踵を返し浜を戻っていきました。

 ……それだけです。

 それだけでした。まだ、少しぐらいはお別れに話せるだろうと、うーちゃんはそんなつもりを────

「あっ」

 三崎くんが離れていく。

 唐突に迫り来る現実感。

 あっという間に、遠くなっていく。

 ……このまま、もう二度と会えないかもしれない。

 もう、二度と会えないかもしれない!!

 脚が震え出して。

 腕も、身体も、頭も。全身が震えて。

「いッ────」

 今から追いすがればまだ間に合う!

 まだ間に合う!!

 いまなら!

 まだ…………。

 まだ、まだ………………まにあう。

 今なら、まだ。

 間に合うよ………………。

 まだ………………。

 …………。

 ……。

 ねえ、提督…………。

 ちゃんと起きて、うーちゃん褒めてよ……。

 だって、ひどいよ…………。

 ひどいよねぇ…………っ。

 

 

/結

 遠くに見える、艦娘鎮守府のレンガ壁に朝顔が咲いています。

 昔、提督に徳育じゃあ、死生観じゃあ~~~~~~って育てさせられました。今も物好きな艦娘達がせっせとお世話して、健やかに花をつけています。うーちゃんはどこに育てたのだったか、それもわかりません。

 提督はまだ目覚めません。みんなでお見舞いしてはよ起きろや~~~~ってしたりもしています。でも、起きません。

 側を離れないようとしない熊野は、日に日にやつれていました。見るに見かねた長門に無理矢理送還されています。誰も、言葉を掛けられませんでした。

 ……。

 九月に入って、うーちゃんも病院通いから解放されました。

 いつも通りの任務の毎日が帰ってきてしばらくになります。

 鎮守府の埠頭、倉庫のある一角。

 任務帰りのうーちゃんは大和に言われ、艤装もつけたまま待機させられています。

「おーい、卯月~~~~!」」

 三十フィートクラスの小さなお船に乗った川内が埠頭に船を寄せてきています。

「なにそれ! 川内、その船どうしたぴょん?!」

「大和が教育用の船をパク……じゃなくて借りてくれたの! それより、なんで卯月艤装つけてんのさ!」

「え、だって、任務終わってから命令ですぐ来たぴょん! うーちゃん何するか何も聞いてないんだけど!!」

 デッキで声を張り上げていた川内が、船内の方を見て何か喋っています。

 なんか妙な雰囲気です。

「しょうがない! 卯月、こっち来て!」

 近づくと、なにかクスクスと笑い声がしています。

「──ほら、男の子ゴーゴー!」

 ……うげ。げげげ。

 ど、どーゆーことだぴょん……。

「み、三崎くん……」

 三崎くんが手を上げてデッキに出てきていました。谷川くんもいます。

「久しぶり、卯月」

「よっ、卯月ちゃん! ちょっと、三崎の言うこと聞いてやってよ。これから卯月ちゃんに振られたら、慰めるのは俺達の役目だからさ」

「まあまあ! 本当は卯月も船に乗ってもらいたかったんだけど仕方ないね! 積もる話はあとにして、まずはひとっ走り行くから卯月も来て!」

「ちょ、ちょっと」

「行くぞぉ!!」

 ……川内。あれからうーちゃんに少し負い目を感じています。

 埠頭から飛び降り着水すると、三崎くんと眼が合いました。

 岸壁にぶつかる波と夏の残りの太陽。

 船が出ました。

 エンジンの音と船が波を切るだけが、響いています。

 船から少しだけ距離をとりました。

 ……うーちゃんは、ずっと風と波に任せて波間を漂っていたいと最近思います。

「卯月さ~~あ~~~~!!」

 川内が、顔だけ窓から出して、こっちに叫んでいます。

「わたしたち、陸に好きな男の子がいたら、海に出られなくなるわけじゃないって!」

 エンジンの音に負けじと大きな声。

「海に出たら艦娘でも、陸にいるときは艦娘じゃない別の自分がいる! それでいいんだよ! それでも辛くなったのなら艦娘やめてもいいんだって! やめられるかどうかわかんないけど、やめてみようとしても、いいんだって!」

 提督にたまに甘えられて、三崎くんやサッカー部のみんなと艦娘とで楽しく遊んで、蛍光灯がチカチカしている秘書官室で熊野と電話でお喋りする。

 天地がひっくり返るほど楽しい時間だった。

 それだけでよかったのに。

 もう少し、あのままで居て欲しかったのに。

「──卯月!」

 三崎くんが、デッキから身を乗り出しています。

「俺、卯月に気遣われなくても済むような大人になるよ! 卯月に年下だからって言われなくて済むような大人になる!」

 三崎くんが、手を伸ばしています。

「でもさ、提督さんも言ってたじゃん! 異性と一緒に過ごす青春ほど人生を豊かにするものはないって! 俺、いま卯月にいなくなられたら、どうしたらいいかわからない!」

 私の側に、私を見てくれる誰かがいるということ。ごまかしなしに、同じ時間を過ごしてくれる誰かがいるということ。

 うーちゃんはそれを知ってしまいました。

「…………三崎くんって、結構ずるいよね!!」

 川内と谷川くんが、こっちを心配そうに見ているのがわかります。

「そうだよ!! 当たり前じゃん! 名刺だって使わせてもらったし、大和さんにだって、『卯月には散々からかわれたから何でも言ってね』って言ってもらったし!!」

「あのッ、公私混同艦娘…………」

 三崎くんは、まだ、手を伸ばしています。

 ……男の子っていうのは、人の気持ちも知らないで、どんどんやってしまうんだから。

 でもそれが男の子で、もしかしたら提督もそういう男の子だったのかもしれません。

 まったく、負けちゃいますぴょんね。

 ……悔しいので、三崎くんの指先を、ちょっとだけ掴みました。

 それでも三崎くんはにっこり笑って、後ろで川内と谷川くんも安心したように笑っています。

「まったく、心臓に悪いよ、卯月は……」

「だいたい、一方的にぶちっと縁を切って、それで済むと思ってる当たり子供だよね、卯月は」

「なにおう!! やるかぁ!! うーちゃんがしおらしくしてればいい気になりやがってぇ!!」

「なあなあ! んなことより、この船本当にパクって四人で使おうぜ!! 前から欲しかったんだよなこういうの!!」

「ちょ、ちょっとちょっと! バレて大目玉食らうの、あたしじゃんか!」

 提督。

 うーちゃん、提督に会わせたい人がいます。提督も知っている人ですぴょん。

 それでね、その人が言うように、うーちゃんも提督に甘えなくて済むような存在になりたいと思います。できれば提督が胸を張れるような、提督がお爺ちゃんになったときに、「あれが俺の娘だ」と自慢して言えるような存在になりたいと思います。

 だからね。

 はやく元気になって、ずっとうーちゃん達のそばにいてね。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(必須:10文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。