※この作品はR-18です。

オリ主探訪日記   作:mimick

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27.クレマンティーヌ・ユリ編※2

 

 エ・ランテルへの道中は当然のことながら舗装されている訳でもなく、人の往来や馬車の車輪で土が踏み固められただけの田舎道が続いている。

 

 それも王都から離れる程に道はどんどん悪くなり、人の通った跡は薄れてゆく。見通しの良い平原だったり、なだらかな丘陵ばかりが続き、彼女達にとっては特に心惹かれることなどない、珍しくもなく有り触れた、代わり映えのしない景色が彼方まで広がっていた。

 

 しかしもう一方の視点では──風に揺れる草原が波打つようにざわめき、遠くで鳥の囀りが聞こえた。太陽の元、植物、動物を問わず生命を全うする。円環の欠けていない、本来あるべき環境。幾つもの生活環が重なり、影響し合い、その上で成り立つ奇跡。

 

 男の目に映るのはそんな見飽きることの無い、絶えず変化する世界。壊れてしまった世界を知る者からすれば、それは何にも代えがたい宝に他ならなかった。

 

 そんな世界を視界に収め、一歩を踏み締める。

 

「青空の下で()()()のは気分がいい」

 

「んー? でも、早い移動手段があるならそっちの方が断然楽でしょ。そういう所、ちっとも理解出来ないなー」

 

 男の言葉を言い間違いかと少しだけ不思議そうにしつつ、先行して道の状況を確認していたクレマンティーヌが二人の元に戻ると愚痴りだした。別の移動手段があれば、自分の役割の負担が小さくなると考えたのだろうか。

 

「あなたね……もう忘れたのかしら? 御方様は可能な限り想定される障害を避けていらっしゃるの。これはあなたの為でもあるのだから。少しは御方様の御心を汲む努力をしてみたらどうなの?」

 

「はい、はい……毎度同じような事しか言わないんだからさ。実は脳みそまで腐ってるんじゃないかって疑っちゃうよねぇ」

 

「──は? もう一度言ってみなさい」

 

「やーんぅ、こわ〜い。首無し女が苛めるよぅ」

 

 クレマンティーヌが素早く男の影に隠れた。ユリに見せつけるように、男の体に腕を回し、手を這わせる。

 

「こっ、この、女郎……! そして……何度言わせるのかしら……気安く御方様に抱き着くな!」

 

 男の影からはヒャッヒャと笑う彼女の細めた目が覗く。ユリを見るその目には反抗心と嗜虐心で満ちていた。

 

 □

 

 同じ景色の中、クレマンティーヌはただ歩いているだけなのが暇なのか、愚痴を零したり、男にちょっかいをかけてはユリに邪魔されたり、そのユリをからかって遊んだりと移動中の光景は中々に騒々しい。

 

 男はそれに溜息をつきつつ呆れるも、挑発するクレマンティーヌと切れる寸前になっているユリを見ては、何となくこれも悪くない時間だと笑みを浮かべた。こうした日々の連続がいつか日常になるのだろうか、と。

 

 

 ──その後もモンスターによる襲撃といったトラブルもなく、歩みを進めている内にとうとう日も傾き始める。橙に照らされ始める緑の大地を一頻り眺め、そこで彼らは野営をするか、転移で一端ナザリックへ帰還するか、どちらにすべきか選択を迫られることとなった。

 

「野営のがマシ。得体のしれねー墓穴なんかに入りたくない。てか、嫌な予感しかしねー」

 

「警護のことを考えれば帰還することが望ましいのですが……判断は御方様にお任せ致します。……それと、勘違いされては困るのですが、ナザリックは墳墓ではありますが、いずれにしても、あなたのような低俗な方の墓所になることはありませんのでお間違えのないよう」

 

 最終的な決定権は男にあるのだが、念の為、同行者である彼女達にも要望を聞いてみた所、ナザリックへの帰還については意見が割れた。

 

 墓穴──つまりナザリック地下大墳墓への帰還は断固拒否するとは片割れの言で、もう片方はナザリックを墓穴と称したことに眉を顰めて反論する。

 

「邪魔だからさ、一人寂しくおウチに帰ンなよ」

 

「あなたが一人此処に残れば万事解決するのでは?」

 

 と、二人がやいのやいの言い争いを繰り広げる内に日も落ち始め……結局、言い争いが落ち着くまで待ちぼうけを食らっていた男はナザリックへは帰還することはせず、野営する事を決めていたらしい。

 

「ぷぷぷ……ほんと、ユリちゃんは分かってないよね」

 

「……」

 

 ナチュラルに煽るクレマンティーヌ。ユリは表面上は冷静そうであったが、怒気を発していた。

 

 ちなみにゲヘナが実行されるより以前。彼らがエ・ランテルから王都へと向かっていた際にも、野営か帰還かを選択する時にも同様の言い争いが起きていた。

 

 その時はまだユリとクレマンティーヌの顔合わせが済んで直ぐということもあり、今とは比較にならない程に雰囲気が悪かった。クレマンティーヌは嘲笑い、ユリは敵愾心を隠さない。果てには互いを無視し始め、相手がいないものとした。野営など出来る空気ではなかったため早々に近くの都市まで転移していたのだが……

 

 それと比べれば今回はまだ何とかなりそうだったから。三人の親睦を深めるという意味でも、野営は効果があるだろう、というのは男の弁。

 

 それに、今回は尾行を受けた直後でもある。近くに監視の目はないが、遠距離からの監視の可能性が無いわけでもない。転移するよりも、この場に留まった方が無害な冒険者を装えるだろうとの判断が背景にあった。無論、そんなものは野営をしたい男の建前に過ぎなかったが。

 

 

 急いで男が辺りの草を刈払って整地、慣れた様子で大き目の天幕を張り、内側を整える。設営を早々に終えると男は道中こっそりと集めていた枝で焚火を熾そうとしていた。

 

「とはいえ、あんなの何が楽しいのかな。男ってわかんないよねぇ。でも、まぁ、用意してくれるってなら、見てるだけだから楽でいいけど」

 

「……」

 

 クレマンティーヌは手慣れた様子で作業する男をのんびりと眺めながら気楽に周囲にモンスターがいないか警戒していたのだが、ユリは反対にソワソワと居心地が悪そうだった。

 

 その様子に気づいたクレマンティーヌが邪な笑みを浮かべた。

 

「……あれあれー? 前から思ってたけど、もしかしてユリちゃん、野営は不慣れなのかなー? そんな箱入り娘みたいな女が、よくあの人の旅に同行しようとか思えたよねぇ」

 

「……!」

 

「役割分担は旅の基本。……でも、従僕如きが主に設営任せちゃっていいのかなー。存在意義が疑われちゃうよぉ?」

 

 クレマンティーヌは嗜虐心を滲ませてニヤニヤとそう言うが、天幕の設営やそれら道具の管理は男の役割であると事前の分担の話し合いで決まっていた事だ。ユリとしては、どうしても御方の手を煩わせているようで気が気でなかったのだが……

 

 ちなみに今後ユリは彼女のスキルを活かした料理番を担当する予定で、クレマンティーヌは行軍に慣れており、ある程度の土地勘も有していることから通過する道の選定を担当することになっていた。もっとも……エ・ランテルへの道など幾筋もあるが、人の往来もあって殆ど危険などなかったが。

 

「くっ……手伝いを申し出てたのですが御方様に休んでいろと言われたのです……仕方ないじゃないですか」

 

「ククッ……それってつまり、戦力外通告ってこと?」

 

「なっ……断じて違います! 御方様は設営も野営の楽しみの一つなのだと! …………くっ……ナザリックという快適で安全な場所があるのに……至高の存在たる御方様が何故態々粗野な天幕で野営など……」

 

 役に立てないことを不安に思ったのか、ユリがポツリと本音を零す。

 

 男に帰還するか野営をするかの判断は任せると言っていたユリだったが、内心では至高の四十一人の一人である彼が態々野営をする意義を見いだせていなかったのかもしれない。

 

 それを耳にしたクレマンティーヌは……

 

「へぇ〜…………ねぇ〜! ユリちゃん、野宿は嫌だってさ! やっぱり向いてないんじゃないかな〜!」

 

「ちょっ……御方様違うのですっ! 私は野営自体が初めての経験となりますし、野営中に御方様の身の安全を確保するにはどうしたら良いのか悩んでいただけで──」

 

 離れた場所で作業している男に対して大声で呼び掛けた。それにユリは慌てて抗弁する。彼女の中には本当に野宿するのかという戸惑いや緊張もあったのかもしれない。そして、至高の御方を野宿させても良いのかという迷いも。

 

 

 ──その後、先程のユリとクレマンティーヌの言い争いが蒸し返されることになり、結局、再度話し合いとなった。

 

 

 野生のモンスターや害意を持った亜人、野盗らが三人に敵うはずもなく、身の危険などそうそうないから問題ないと再度男は説明したのだが、そもそもユリには至高の四十一人の一人である男が粗末な天幕で野宿すること自体に心理的な抵抗があるようで、結局、ユリの中のモヤモヤは晴れなかったようだ。

 

「……う、む」

 

「……話を聞いて頂き、感謝いたします。天幕があるとはいえ、至高の御方が屋根も無い場所で休むというのは、あまりにも……それに、その……仮とはいえ御方様の寝所がこのように見窄らしいものでは……ナザリックの支配者のお一方として、今後は相応しき威厳も考えて頂きたく」

 

 ユリは男が設営した天幕のことを見窄らしいと評したが、この世界においてはごく一般的な代物である。むしろ、彼女達のためを思って内側は快適に過ごせるように整えたつもりであった。男は表情にこそ出さなかったが内心でシュン……とした。

 

「あーあ、嫌な言い方。野宿如きで霞む威厳なんて意味ある? いっそのこと捨てちゃいなよ」

 

「……」

 

 ユリの目つきが鋭くなり、クレマンティーヌを忌々しげに睨みつけた。クレマンティーヌはその睨みを鼻を鳴らして返した。

 

「見窄らしい……」

 

 ユリの言葉が男の頭の中でリフレインし、何度も繰り返されている。男はショックから立ち直れないでいた。

 

 しかし、このままでは楽しみが一つなくなってしまうことを予感したのか、ささやかな反抗を試みた。

 

「……モモンガは時たま冒険者に扮して、ナーベラルと共に野営をしていると聞いたが……?」

 

「オホン……その時は他の冒険者と合同で依頼を受けていたと聞いています。作戦行動中であったり、何か避けられない事情があるならば兎も角、平時に至高なる御方に粗野な生活を強いることなど、身の回りの世話を預かる侍女として許容できません」

 

「現に、アインズ様とて平時にはナザリックでお休みになられています。御方様の自由を縛る訳ではございませんが……シャルティア様の件もあります。ナザリック外には未知の敵性存在がいる可能性をアインズ様は示唆されました。情け無い話ではありますが……何かがあった時に私だけでは警護の不安もあるのです……ですので、御方様には特段の事情がなければナザリックへと帰還いただきたいのです」

 

 怒涛の正論を繰り出す。全て言い終えると、クイッ、と眼鏡を手の平で持ち上げて位置を直した。

 

「そ、そうか…………なら、俺はこれから気軽に野営出来なくなるのか……」

 

「うっ…………な、なにも私も駄目とまでは……そ、そうです! ナザリック大墳墓第6階層、大森林にて野営を行われては如何でしょうかっ?」

 

「あそこであれば敵性存在などおりませんし、安全に野営を楽しむことができますっ」

 

「ぐぅ……」

 

 男の心底弱ったような声にユリは怯むと同時にあたふたと、甘やかしてしまいたい衝動に襲われる。

 

「あーあー? 主、イジメちゃってさ。嫌われちゃうよー?」

 

「くっ……」

 

 クレマンティーヌがニヤニヤと笑い。ユリは空気を誤魔化すように咳払いを一つ。ユリはどうにも心配性で、融通の効かない所があるようだった。

 

 

 とはいえ、言い負かされたとしても男にだって意地はあるし、今更、ナザリックに帰還するのは憚られた。

 

 そこで、男は人目につきにくい場所を選定し、グリーンシークレットハウスのテント版──グリーンシークレットハウスを手に入れられるようになる前の下位アイテム。外見上では普通のテントだが、中はそれ以上に広いという点では同じ──魔法で出来た拠点で夜を明かすことを妥協点として提示した。

 

 拠点作成アイテムであるグリーンシークレットハウスは課金要素もあり、その実、無駄にバリエーションがあるため、一応彼女たちにはシャワー、トイレ、キッチン等は必要かと問うたのだが──

 

「はー……? そんなのあんなら早く出してよ! 湯浴みし放題で不浄の心配もしなくていいとか……流っ石、プレイヤー…………てか、そんなのあるなら態々、小汚い天幕設営する必要なかったよね……? ……え……怖……」

 

 短くも愛用してきた天幕を小汚いと言われて、再びショックを受ける男。

 

 一方で──今はまだ問題ないが、歩き通しになれば汗だってかくし、土埃だってつく。街中なら兎も角、旅の最中では当然のこと湯浴みなど出来るはずもなく、布で肌を拭ければ御の字。肌着だってマジックアイテムや水場が無ければ洗濯など出来ず、交換出来ないことだってザラにある。

 

 クレマンティーヌとしてもそれは慣れていることだが、綺麗であることにこしたことはない。それに、肌も土埃でザラザラに汚れ、髪もギシギシ、そんな状態では愛する人には近づきたくても近づけないというのが女として当然の心理。ましてトイレがないということは……そういうことである。

 

 グリーンシークレットハウスという便利すぎる道具があることが発覚し、男が態々通常の天幕を設営していた事で、クレマンティーヌは信じられないというように愕然としていた。

 

 ここに味方はいないらしい。

 

「申し訳ありません……私もバスがないのは少し………………それと……どうせなら、やはり最低限の調理設備もあった方が……」

 

 クレマンティーヌの心情が分かったのか、ユリも若干、口元を引き攣らせて彼女に同意する。そしてユリはチラリと男のおこした焚火を見て、もしかしたらそこで今後、自身が四苦八苦しながら調理するかもしれない事を想像したのか、少しだけ間を開けて言いづらそうに付け加えた。せめて、最低限携帯式の調理器具は揃えて欲しいと……

 

 どうやら、男の中でブームになっている、敢えて不便を楽しむ野営は彼女達には受け入れられなかったようだ。賛同者がその場には誰も居らず、男はとうとう不貞腐れた。

 

 

 □

 

 

「……」

 

 焚火──その前で男は座り込み、ただ静かに揺らめく火を眺めていた。身を倒し、寝転がれば空には満点の星空。しかし、そこに男が見知った星座はない。

 

 遠い場所──それがこの世界への男の認識。これまで幾つかの不思議な体験を経て、この世界へと来訪し、随分と遠い場所に来てしまったのだと感傷に耽る。

 

 しかし、男はこの世界で生まれ育った訳でもなく、移住者のような立場であるが、ここが嫌いな訳ではない。

 

 この世界には素晴らしいものが溢れている。とある世界では人類の自業自得で失われた自然の均衡が、この世界では存在しているし、天上を見上げれば当たり前のように青い空や満天の星空があるのだから。

 

 男は鉛色の雲が常時覆っている壊れた世界が大嫌いだった。空気中や水は汚染され、人体に有害な物質が紛れ、病気や機能障害を媒介する悪夢のような世界。健全な環境など機械で全てを管理された極々僅かな場所にしかなかった。そして、それを享受できるのもこれまた極々僅かな人種のみ。

 

 ──思い知らされた。人間は愚かで、結局の所、何かを犠牲にしなくては生きることなど出来ないのだと。

 

 宙は深い。その暗い青が自らの矮小さを、ヒトの愚かさを教えてくれる。自然の雄大さを。均衡の奇跡を。この素晴らしい世界を独り占めにすることなど出来ない。教えたい。想いを共有したい。友に、父や母にも見せたいと思った。

 

 だが──共有したい存在はここにはいない。彼らは遥かな場所に旅立ったのだから。それは現実として叶うことはないのだ。

 

 

 だから。気まぐれに男は懐から取り出した白い奇妙な石で、黄昏時にも似た金色のサインを描いた。

 

 しかし、男の名が記された輝くサインはただ揺らめくばかり。何の反応も示さない。ワールドアイテムという大層な代物であるならば、大切な人達との縁を繋いでくれるかもしれない、と思っての行動であったが……

 

 あぁ、やはり……と、男は何も起こらないことに落胆し、そうそう奇跡など起こるはずも無いことを悟る。そうして、トラベルノートを開くと、ほとんど日課となっている感情を整理する作業を始めたのだった。

 

 

 

「うぷぷぷ……ねぇねぇ、そういえばユリちゃんが前にさ〜」

 

「?! ちょ、もしかしてっ、あ、あなた! 当てつけですか!? あの時の話はしないという約束がっ!」

 

 男から少し離れた場所ではクレマンティーヌが何かを囃し立て、ユリが焦りからかまた声を荒げている。二人は飽きる事なく互いを牽制し、からかい合ってはどちらが上なのか、マウントの取り合いを繰り返しているように見えた。

 

「ねぇ、聞いてる──」

 

 

 

 その一瞬……クレマンティーヌとユリの視線の先。焚火の前に座り込む男の後ろ姿が白い光の霧に溶け、消失──

 

「!」

 

「御方様っ!?」

 

 驚愕の後。二人に焦りが生まれ、駆け寄ろうとした瞬間、男は直立した姿勢のまま白い光の霧に包まれて再び現れたのだった。

 

 男は、あぁ、と納得すると、再び焚火の前に座り込み、何時も持ち歩いているトラベルノートに何事かを書き込み、思案しているかの様であった。

 

 

「さ、さっきのは一体……一瞬、何処かに転移していたようにも見えましたが……」

 

「……白いサインろう石を使ったみたいだね」

 

「え?」

 

 その様子を見ていたクレマンティーヌの表情が険しくなり、ユリは先程の奇妙な光景を見て困惑した。

 

 

「──ねぇ?」

 

「御方様」

 

「ん、あぁ……クレマンティーヌ、ユリ」

 

 彼女たちが声をかける。男が近くまで来ていた二人に気づき、ノートに落としていた視線を上げた。二人を見て、男は思わず二人に手を伸ばそうとしたが、途中で止めた。

 

 その時、ノートの中身が少しだけ見えた。そこにあるのは隙間無く書かれた文字と何かのスケッチ──知らない少女の横顔と、ここいらではあまり見掛けないモンスターの絵姿。

 

 前から知っていたが、男の書くその文字はクレマンティーヌの出身国である法国に伝わるプレイヤー達が用いたもの。法国にはその文字を理解する存在もいるが、彼女にはどのような内容が書かれているのかわからなかった。

 

「え? 御方様、あの……」

 

 感じたのは違和感。男からの視線にユリは困惑した。姿は同じ。しかし、先程までの御方とは何かが違うような気がした。

 

 声を掛ける前の後姿にはどこか落ち込んでいるような、沈んでいるような。例えるのならば、気掛かりに思いを馳せているとか、罪悪感や寂寥感を感じているようにも見えた。

 

 そして、声を掛けてからは久しぶりに会った人に相対するような、嬉しさやもどかしさ、気まずさが表れた。彼女たちはその空気に距離間を感じた気がした。繋ぎ止めていた綱が綻んでいるような気配を。

 

「……さっき迄と急に雰囲気違うんだけど?」

 

「御方様……何か御心を病ませる事がありましたでしょうか? それに先程の転移魔法は……」

 

 先程まで三人で談笑し、笑顔まで見せていたのに。二人には思い当たるような理由など皆目見当がつかなかった。

 

 

「……何でもない。気にするな」

 

「はぁー? 嘘、ド下手クソかよ」

 

 男が一瞬返答に詰まり、不意に視線を外した後に素っ気なく答えた。クレマンティーヌが眉を顰める。急な態度の変化に、ユリも不安気に男を見た。

 

「何でか知らないけど、妙な辛気臭い雰囲気出しちゃってさぁ」

 

 ニコリと笑う彼女。男が訝しげにクレマンティーヌをみる。

 

「どんな理由があって、何を隠したいのかは知らないけど、邪険にされるとムカつくな〜。私が寂しくなって病んじゃったら、死んじゃうよー? そこらの誰かが」

 

「……あぁ、そうだった……こういう奴だったな……」

 

 笑みをたたえたまま、言わないと八つ当たりするぞ、と脅しを掛けた。

 

 しかし、苦虫を噛んだような顔で、尚も変わらぬ態度の男の様子に、クレマンティーヌは一つ溜息をつく。そして、男を矯めつつ、眼前に迫った。

 

「…………本当に強情な方。何故、貴方の第一の信徒である私を拒むのですか? 貴方はその身に抱える何かに心を蝕まれているように見えます。私が苦悩する貴方を一人にするはずがありませんのに……」

 

 スイッチが切り替わったかのように口調が全く別のものに変化する。そして雰囲気もまた危うさを感じさせるソレから、真摯で清廉な物に変わる。

 

 目鼻立ちの整った顔が至近まで迫る。男からすれば、久方振りの見知った女の香り。男が急に接近されたことに驚き、身を引いた。

 

「っ、何を」

 

「私は貴方に救われたのです。身も心も。だから私は貴方の側にいたいし、いなければいけない。貴方と共にあることを既に心に決めているのですから。あなたが苦しんでいるのなら手を、身を差し出し、言葉を引き出して支えるのが私の役目。私にとって本当に大事なのはそれだけなのです」

 

「……」

 

「貴方の想いを共有するのに、私では不足ですか?」

 

 そして、あなたの話が聞きたい、と聖女のように、慈しむように微笑んだ。その雰囲気にあてられた男は瞠目し──二人だけの空間が作られようとしていたが、それに負けじとユリが腕を引いた。

 

「っ、ボ、ボクもです!」

 

「……」

 

「御方様をお一人になどさせられません! 下僕として、一人の女としても……御方様のためなら、何だってできます。下僕として、かくあれと創造されたからではなく、自らの意思で御方様の盾となり剣となることを、御方様の公私に渡る支えとなることを望んでいます」

 

「ユリ……」

 

「ボクは……貴方様との間に、主従の関係を超えた絆があるのだと信じていますから」

 

 ユリが男の手を胸に抱き入れ、真正面から勇ましく言うと、今度は、男は驚いた表情でユリを見つめたまま沈黙した。

 

「チッ………………まぁ、いいけど。……そんな顔してるのにはさぁ、何かあったのは確かだよねぇ? ここは一つ、何があったのかお姉さんに洗い浚いぜ〜んぶ話してみよっか」

 

 そう言って、クレマンティーヌはさっさと男の横に座り込むと、再び気を引くために男の腕を胸に抱き込み、しなだれ掛かる。今はもう、先程の真摯に向き合う態度と、聖女の如き雰囲気は消し飛んでいた。

 

 二人ともグリーンシークレットハウスに備え付けられたシャワーで汗や土埃も落とし、イチャつくための準備は万全だったのだ。彼女の胸に抱かれた腕は隆々としており、ドッシリとした大木のような安心感がある。反対に、女の赤みのさした肌の柔らかさと温もりは鬱屈した男の精神に活力と昂揚感を与える。

 

「ちょっ、あなたは!」

 

「……あー、もう、うっさいなぁ。反対側空いてるんだから、そっちに回りなよ」

 

「そっ、そういう事を言っているのではありませんからっ」

 

 しかし、ユリもまったく……と愚痴を溢しながらも、躊躇いがちに男の手を取り、抱きとめたまま男の側に掛けるのだった。

 

 

 □

 

 

「本当にお前たちが気にするような、大したことではないんだが……」

 

 ──男の保有するワールドアイテムの力。

 

 聞けば、男はその力により精神体のみとなって、過去もしくは隣り合う世界を旅し、そこで出合いと別れを経験したのだという。

 

 その男の僅かな心残りとは、転移した場所で出会った少女とした約束を果たすことなく、別れを済ませることもせずに元の居場所へと戻ってきてしまったこと。その後、一人になってしまったはずの彼女が無事に過ごしたかどうかが気掛かりだった。

 

 それらの心配は言ってしまえば、時間も空間も異なるどうしようもない事柄ではあるのだが。しかし、やはり一人で抱え込むよりは話すことで楽になるらしく、先程よりも男の表情の陰は鳴りを潜めていた。

 

 思い返せば、男はアンデットであった彼女に正体の隠し方や逃げ方を教えているし、彼女と離別した時には、彼女は既に大抵の脅威を払う程度には 魔法の力量を身に着けていた。自ら危険を侵さなければ大丈夫だろうという予測はつく。

 

「で、なんで言いたく無かったのさ?」

 

「……そりゃ、唐突に転移して知らない場所を旅してきたとか言われたら何言ってんだコイツってなるだろうが。……それに本当のことだと分かったとしても、ユリは心配するだろうし、お前だって何かしらでキレるのが想像できた」

 

「はぁ〜!? 私だって心配するっつーの!」

 

「御方様、心配するのは当然のことですよ」

 

「す、すまない」

 

「…………まぁ、とりあえず理由はわかった。……ところでさぁ? 声掛けた時、私達に手伸ばそうとしてたよね。アレ、なんだったのかなー?」

 

 ニヤニヤと笑う。

 

「あ、あれは……」

 

『アレは?』

 

 二人の声が重なった。ジッと男を見つめた。

 

「……久しく見ていなかったお前たちを見て、無意識に腕が動いただけだ」

 

 それはつまり、抱き締めたくなるほどには恋しく思っていたということなのか。その意味が伝わったようで、彼女たちはニヨニヨと頬を緩めた。

 

「ふふ……どれほど期間、旅されたのかはわかりませんが……私達を見てそう思っていただけて嬉しいです」

 

「な〜に〜? 可愛いとこあるじゃん」

 

 妙に気恥ずかしい空気になった。

 

「し、しかしっ、御方様の種族は、そのようなこともお出来になるのですね」

 

「種族、というよりは、ワールドアイテムの力によるものが大きいのだろうな。不死人であることは条件の一つかもしれないが」

 

 

 ──その後も男の思い出話は続いた。少女の生まれた故郷に起こったアンデッド災害のこと。国に溢れたアンデッドを元に戻す方法を探すのが旅の目的だった事。旅の終着点が周辺諸国で最も高い山であったこと。最後に、竜を討伐して帰還したこと。

 

 時に驚きながら相槌を打ち、尊敬の念を浮かべて話を聞いている様子のユリと、聞いてはいるのだろうが話に加わらないクレマンティーヌ。

 

 そんな彼女は話の途中で出てきた、知らない文字が読めるようになる眼鏡をこの目で見てみたいと強請り、渋々渡されたそれを弄るのに夢中のようだ。

 

 男の話す内容は通常では信じ難いことであったがユリもクレマンティーヌも男の話が本当のことであると確信していた。何故ならば、ユリは至高の御方であれば不可能などないと本気で信じていたし、一方のクレマンティーヌも、彼女が死の淵で見た夢で、男が過去や隣り合う世界へと召喚されていたのを知っていたから。

 

 そして、他にも彼女達が抱く想いには共通する部分もある。何時の間にか自分の知らない所で冒険をし、そこで自分ではない誰かを救っていたことに嫉妬し、そしておそらくは絶望させていたことを想い、同時に怖れを覚えていたのだ。

 

 別れ──やはり、それはいつか自分にも訪れるのものなのだろうかと。

 

 もしも男が転移したまま戻る事がなくなれば、もしも転移した先で力尽き帰還が叶わぬことがあれば……そんな最悪の想像が頭を過る。

 

 彼女達は抱えていた男の腕をどこにも逃さないようにと、力を込めた。

 

「……お聞きした内容はアインズ様や領域守護者の皆様にご報告差し上げてもよろしいでしょうか?」

 

「それは構わないが……」

 

 男は不思議そうに返した。そんな報告は領域守護者にまで周知する必要があるのかと。

 

「きっと皆も御方様の冒険の話が気になると思います。過去や隣り合う世界を旅するなど、アインズ様も羨むのではないでしょうか。それにワールドアイテムの情報は貴重なはずです」

 

「そうか……それもそうだな。ならよろしく頼む」

 

「はい、お任せください」

 

 ユリは不安を悟られぬよう、努めて柔らかい笑顔を男へと向けた。

 

 男は想像する。ワールドアイテムの力で過去に跳んで冒険したなどと知ったらモモンガは驚き、きっと悔しがるのだろうと。

 

 はたまたデミウルゴスあたりがこの話を聞いたら、過去の世界に男がいた証を求めて広範囲に渡り捜索に力を入れ始め、今回の話の裏を深読みしてしまうのかもしれないな、と。

 

 

「──ねぇ」

 

 表向き会話を弾ませる二人を尻目に、これまで会話に加わることのなかったクレマンティーヌがドカリと、突然男の膝へと跨る。

 

「ちょっ……! あなた、突然何を──」

 

 当然、ユリは抗議の声をあげるも、クレマンティーヌの真剣な顔を見て、勢いを萎ませていった。

 

「私はさぁ、冒険とかは正直どうでもいいし、アンタがどこに行こうったって別に反対しない。ただ、しょうが無いから、ついてくかーって思ってるくらい」

 

「……でも何でかなー、ここが気に入り始めてるからなのかな。他に二つとないだろうし。居心地も、まぁ悪くない。……ユリちゃんは煩いけど、誂うと面白いし。だからさ、この居場所はまだ続けたいんだよねー」

 

 明るい赤色のガラス玉のような瞳が男を見ている。その言葉に嘘はなく、熱もない。なのに気圧された。その言葉に男は何と返したものかと迷った。

 

「急にどうした」

 

「あはは、訳がわからないって顔してる」

 

「……」

 

「気づいてないよね。私らが、あなたが知らない内に何処かに行っちゃうんじゃないかって不安に思ってるって」

 

「……あなたは必要とされているの。様々な方に。その中心にいるのだと気づいてください。勿論、私や彼女だって……貴方がいないのは嫌です。他には代えられないほどに。………………ま、墓場の連中と縁を切って逃げるってなら私は大歓迎だけどね」

 

「先程から黙って聞いていれば……何故、御方様が私たちから逃げなければならないのですか!」

 

 クレマンティーヌの言葉にユリは怒気を顕にする。

 

「ハイハイ、ちょっとした言葉の綾だって」

 

 ユリが憤懣遣る方無い様子でフン、と鼻を鳴らした。

 

 

「……彼女ではありませんが、私も御方様に全てを捧げる覚悟があります。身も心も、全て。ですから……あまりお一人で危険なことはなさらないでください。私が危惧しているのは御方様の身に危険があった時に、盾となる私達下僕が側にいられないかもしれないということです」

 

「身を捧げるなど……」

 

「私たちは至高の御方に御仕えするために生み出されましたが……御方様に私の全てを捧げられるのなら本望ですし、それは全て私の意思で成されること。私の意思は、私のもの。ですから、そうなった時に御方様が責任を感じる必要など無いのですよ」

 

 むしろ、私の行動の責任を奪わないで下さいとも。それに対して、男はそういう訳にもいかないだろ、と再び苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「──あーあ、良かったね〜? こんな()()()()()()が二人もいてさ。この幸せものー」

 

 誂うような笑みを浮かべる。しかし、一方で、ユリはグッと眉を顰めさせた。

 

「…………あぁ、御方様、申し訳ありません。一つだけ訂正が……御方様──私を彼女とは同列に見ないでいただきたいのです。全てを御身に捧げるとはいえ……私は彼女の言う、都合のいい女になるつもりはないのです」

 

「はぁ?」

 

 突然何を言い出すのだこの女は、という訝しげな視線でユリを見た。クレマンティーヌの冷ややかな視線を受けながらもユリは堂々と宣言する。

 

「私は御方様の側に仕え、ご奉仕すること自体が存在意義だと思っています。御方様が快適に日々を過ごされるようにするのが私達の喜び」

 

「……ですが、主の命を全て肯定することばかりが忠誠ではないと愚考いたします。ですから、従属しながらも時に御方様の意に反する具申をすることだってあるでしょう」

 

「私も騎士の端くれ──私の全てを御方に捧げ、御身の理想を現実のものとすることに尽力すると誓います」

 

 と、男の側に跪き、頭を垂れた。

 

「……ですので、本当に都合のいい女は彼女一人、とお考えください」

 

 ……と、途中までは真摯な言葉であったのだが、最後に意趣返しの言葉が付け加えられた。

 

「へぇ……だから、私は甘やかしたりしてないって? うーわ、なら無自覚? こういう甘々な女が、とんでもないクズ野郎を作り出しちゃうんだよね〜。あ〜、コワっ! つーか、否定しちゃってるけどさ、どこからどう見てもお前が都合のいい女だろうが。鏡見てみろよ、主に媚びる雌が映ってんぞ!」

 

 売り言葉に買い言葉。マウントの言葉にはマウントで返すのが礼儀というのは可笑しな事か。クレマンティーヌもまたプッツンして言い返した。

 

「フン……甘やかす? 誰が、誰をですって? 意味がわからないわね。それにそんなこと、クズ女に言われたくはないわ」

 

「あ゛?」

 

「……どうやら、まだ力の差がわかっていなかったようね。そうしてまでボロ雑巾のようにされたいのかしら?」

 

「殺すぞ、コラ」

 

 その場の空気の温度が急激に下がってゆく。男を挟んで両側では互いを射殺さんばかりに睨みつけていた。

 

「お前らは……本当に……」

 

 険悪な雰囲気の中、男は何だか可笑しくなって笑みを作った。

 

「何一人だけ関係ねーみたいに笑ってんだ! あぁん!? 根っこは全部テメーのことだろうが!!」

 

「貴様、御方様に向かって……! というか、いつまでそこにいるつもりだ! いい加減に御方様の膝から降りろ!!」

 

 クレマンティーヌが男の襟首を掴んでガクガクと揺すり、ユリが彼女を引きずり落とそうと掴みかかる。わちゃわちゃとした状況の中、男は声を出して笑った。

 

 




すぐに続きを読みたい人は、クレマンティーヌ・ユリ編※3へ
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